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第百十五話 これがあたし達の日常 その二

お待たせしました。


後半部分の投稿になります。




 幾千もの足達の動きによって舞い上がった土埃が冬の空気と混ざり合い、少しだけ埃っぽい匂いが立ち込めて鼻腔の顔を曇らせる。


 その足達が放つ音はまるで地鳴りの様でどれだけの数がこの街に住んでいるのかを視覚から聴覚、果ては嗅覚に至るまで。五感のほぼ全てから知らせてくれていた。



 嬉しそうに頬を染めて楽し気に会話を続ける男女。酷く落ち込んだ表情を浮かべて物悲し気にどこかへと向かって行く女。


 西大通り沿いを歩くだけでも様々な顔と音があたしを楽しませてくれる。


 森の中で静かに暮らしていたら知らなかった光景だ。


 自然豊かで温かい故郷を悪く言う訳では無いけれども、正直。


 あたしは毎日が充実している。



『ぬふふ……。今日はどの子が私を満足させてくれるのかしらねぇ』


 暴飲暴食の限りを尽くす我が親友の龍。


『マイちゃ――ん。ユウちゃんが払ってくれるんだからって食べ過ぎちゃ駄目だよ?? ねっ??』


 陽気な感情を惜しげも無く醸し出してあたしを見つめる狼。



『ん?? そうだな』



 里を出てから知り合ったかけがえのない友に四六時中囲まれていたらそうも感じよう。


 それだけじゃない……。ってのが本音だけどさ。


 レイドの奴。


 今頃任務の説明受けているのかなぁ――。


 今度はどこへ向かうのだろう?? あたしの知らない場所かな。


 遠くへ向かうのであれば満足の行く物を買い揃えなきゃいけないし。


 明日以降も嬉しい忙しさが待ち構えていると思うと、自然に笑みが零れるってもんよ。



『ユウちゃん。朝ご飯楽しみ??』


『おう。腹ペコだからな』



 本当はちょっとだけ違うけど。取り敢えず、頷いておこう。


 こういう事に関して見透かされるのは好きじゃないし。


 思えば……。里の者以外で知り合ったのはレイドが初めてなんだよな。



『ユウ!! 何をチンタラ歩いているのよ!! あんたは食べ過ぎて二度寝して起きたばかりの牛か!?』


『へいへい』



 ごめん、忘れてた。お前さんも居たよね。


 私も居た事を忘れるな!! まるであたしの心の声を綺麗に見透かした様な声に驚いてしまう。


 クレヴィスの所へ偵察に行って、道中あたしのヘマで食料を落としてさぁ……。


 空腹で動けなかった所にレイドとマイが現れた。


 あの時食べたパンの味は今でも忘れられない。


 生涯で、一番美味いと感じた味だ。


 今同じパンを食っても多分普通の味しかしないだろうけど。



 大体普通さぁ。


 ドデカイ魔物を見たら畏れて逃げ出すだろ?? でも、レイドは違った。


 逃げ出す処か逆に弱っていたあたしに手を差し伸べ何の見返りを求めずに大切な食料を差し出してくれた。


 それが堪らなく嬉しくて。


 行動を共に続けている内にううん。もしかしたら初めて会った時から……。



『ユウちゃん!! 着いたよ!!』


『あらあら、今日も盛況の御様子ですなぁ』



 ルーの言葉を受け、地面の石畳から正面に視線を動かすと。


 人が犇めき普通に歩くのも困難だと予想される様子の中央屋台群が見えて来た。



「いらっしゃ――い!! 冬の味覚、栗はどうですか――!?」


「沢山食べてドンドン大きくなろう!! うちのパンは美味しいから沢山食べても飽きないよ――!!」



 屋台の店主達の快活な呼び声。



「美味しい!!」


「本当だっ!! あはっ!! 朝から得しちゃったっ」



 栗の甘味に目尻を下げて歩く姉ちゃん達。


 道路を挟んだ先には多種多様な表情が光り輝き、数時間程度なら見ていても飽きない光景が流れ続けていた。


 そう、見るだけならね。


 今からあの人混みの中に入らなきゃいけないかと思うと、ちょいと辟易しちまうよ。



『おふぅ。いいじゃないかぁ。この盛況ぶり』


『マイ。派手な行動は止めろよ??』



 コイツは釘を差しても聞かないと思うけど、一応ド派手にブッ差しておかないともっと酷くなるからね。



「はぁ――い!! 皆さん、進んで下さ――いっ!!」



『分かってるって!! 行くぞ!! 者共!!』


『お――!!』


『はいはいっと』



 冬の季節だというのに額から大粒の汗を流す交通整理の兄ちゃんの許可を得て人達で溢れ返る中央屋台群の中へ、朱を先頭にして突撃を開始した。



『んほぉ……。いいじゃないかぁ、えぇ??』


『マイちゃん。首を忙しくカックカック動かしていたら疲れちゃうよ??』


『これだけ沢山の馨しい香り!! 人の笑み!! 自然と気分が高揚しちゃうから仕方が無いのよ!!』



 そのまま首を痛めたら多少は落ち着くのかねぇ……。


 嬉しく燥ぐ二人を尻目にあたしはこの閉塞感から湧く憤りを誤魔化す為に記憶の海へと身を沈めた。



 レイドと行動を共に続けていると、彼の優しさに惹かれる様に色んな種族の仲間が増えた。


 里を覆う深い森を抜けて海岸に出ると一人の美少女と出会う。


 カエデは何でも出来て、賢くて、おまけに可愛いときたもんだ。


 ズルイとは思うけどそれを通り越して逆に、アレなら負けても仕方が無いと思ってしまう自分が憎たらしい。



 お次は蒸し暑い森で出会った華麗な女性。


 見た目はお淑やかで、聡明で、淫靡な印象を受けるアオイだけど。


 蓋を開けてみたらレイドの事で頭が一杯の恋に焦がれる年相応の女性だった。


 まっ自分に正直な所は参考にしようと考えているけどね。それ以外は残念ながら反面教師ですよっと。



 彼の任務に帯同して北の大森林に向かうと、とんでもない強さを持った二頭の狼と出会った。




『お――。お肉だぁ……。朝からお肉をかぶりついてもいいよねぇ……』



 一頭は凛々しい狼の見た目とは裏腹に底抜けに明るく、そしていつも仲間内を盛り上げてくれる。


 灰色の細かい髪の毛、柔和な金色の瞳と明るい笑みを見れば誰しもが足を止めてしまう程の魅力を備えている。



 もう一頭の狼は長い四肢に整った体躯。


 だらけきったあたし達をぴりっと纏める性格だけど。最近は今朝の様にとばっちりを受ける事も多くなった。


 出会った頃は余り喋らなくてさ。


 話し掛けるのもちょっと億劫だったけど、今じゃ仲の良い友人の一人だ。



 いいよなぁ。二人揃ってカッコいい体つきして。


 灰色の長髪を揺らして意気揚々と前を歩くルーの後ろ姿を見つめて若干の劣等感に苛まれていた。



 皆と比べてあたしときたら……。色々と彼女達に劣っている……。


 それにさぁ。これだよ、コレ。



 今もあたしの肩を凝らせ、歩みに合わせて弾んでいるコイツ。



 どうやらレイドはコレを怖がっている様に思えるんだよね。


 あたしの寝癖。つまり抱き癖の所為でレイドに恐怖心を抱かせてしまった。


 まぁ……。その点についてはあたしが悪いとは思うよ??


 でも、あたしの事を怖がって欲しくないのが本音だ。


 仲間内でもやれしまえ――だとか、やれ外に出すな――とか。


 扱いが存外過ぎると思う訳なのですよ。誰も好きでこうなったんじゃないっつ――の。



 勿論口に出して言わないよ??



 だって空気悪くなるし。


 綺麗どころが集まり、彼女達に対して劣等感を抱かざるを得ない状況に多少なりとも辟易しているのかもなっ。



『はわわぁぁ、参ったわねぇ。どの子も私の気を惹こうと必死になっちゃってぇ』



 だらしなく顔を惚けさせ人の合間を我が物顔で進み続ける覇王の娘。


 親友であり、悪友でもある。


 何でこんなに気が合うのだろうとは良く思うが。


 波長が異常な程合うのだろう。そう思う事にしておく。


 深紅の髪が光を反射すれば煌びやかな艶を帯びて、街行く人はすれ違う彼女に対して時折振り返る。


 しかし。



『デ、デヘヘッ。エ、エヘヘェッ!! 私に食われたい奴はどごだぁ――!?』


「「……」」




 見慣れたあたしでさえも気色悪いと思える表情を浮かべているので、折角振り返った男共も呆れた笑みを浮かべ素通りして行く。


 自分の魅力に気付かないってのがマイらしいけどさ。


 正直、あたしは気が気じゃないんだ。



 だって、レイドがこの魅力に気付いたら嫌だもん。



『ユウ様――。因みにぃ――。ご予算は如何程でぇ??』



 深紅の髪を揺らしてこちらに振り返ると、上手い具合に後ろ足で進みながら猫なで声で強請って来る。



『ん――。千までなら出す』


『おっひょう!! さっすがユウ様!! 太っ腹ぁっ!!』


『よっ!! ユウちゃんが大将!!』



『持ち上げるな。ってか、ルーは自分で出せよ??』


『えぇ――!! ついでじゃん!! ついで――!!』


『ったく。しっかりしてんな。まぁいいよ。二人共、大船に乗った気持ちで選べ!!』



 あたしの左肩に頬ずりをしてくるルーの横顔を押し退けて許可を出してやった。



『『はぁ――い!!』』



 親友の恋路は応援したくなるのが世の常。


 だけど、同じ波長を持った者同士。


 好意を抱く者も同じってか??


 そこだけは申し訳無いけど譲れないんだな。


 勝てる算段は無いけど……。


 はぁ――――…………。やめやめ。


 今、この時を楽しもう。


 朝っぱらから暗い気持ちでいるのは宜しくない。




『…………ねぇ。ユウ』


『おう。どうした??』



 マイがふっと歩みを遅らせあたしと並走して歩き、此方の横顔をじぃっと眺めると。



『何かあったの??』


『――――。ハッ??』



 突然の質問に思わず心臓が驚きの声を上げてしまった。



『いや、何んと言うか……。びみょ――に元気が無い気がするのよねぇ』



 これには素直に驚いた。


 心の空模様を表情に出さない様に務めていたのだけど……。



『いや?? 別に普通だぞ??』


『そう?? それならいいや!!』



 お、おいおい。幾ら何でも鋭過ぎだろ。


 食事と戦闘以外は無頓着にも見えるが、あたしの事は何でもお見通しってか??


 ごめんな?? マイ。


 心配掛けちまって。



『何だぁ?? あたしの事、そんなに好きなのぉ??』



 いつもの揶揄いを右隣りの親友へと言ってやる。



『はぁ?? 何よ、それ』



 右眉をくいっと上げ、怪訝な表情を浮かべる。


 そうそう、揶揄われると決まってその顔をするよな。



『え――。マイちゃんってそっちの気があったの――??』


『ばっ……馬鹿じゃないの!? ある訳ねぇだろ!!』



 間髪入れずに悪友があたしの悪乗りに乗っかる。



『お、おい。まさか……。あたしの胸を我が物にしようと?? 止めてくれよ。これは将来の旦那様に捧げる物なんだから』



 わざとらしく胸を両腕で隠して話す。



『ふ、ふざけんな!! こんな化け物西瓜、いるか!!』


『いって。叩くなって――。お嫁さんに行けなくなるだろ――』



 両腕の防御を掻い潜り、鋭い痛みが胸を襲う。


 そしていつもの通り。



『エ゛ッ!? えぇ――……??』



 マイは己の手を見つめ茫然とした表情を浮かべてしまった。



『マイちゃん。駄目だよ?? それを叩いたら。またおっきくなっちゃうし』


『あたしのはたん瘤じゃないっつ――の』



 ふふ、ごめんな??


 心配かけて。



『叩けば叩く程伸びるから、ぷっくり膨れ上がった餅??』


『あのな?? さっきから人の胸を食い物に例えるの止めよう??』



 惚けるマイに話す。


 それと同時に感謝の気持ちが湧いて来てしまう。


 ありがとうよ。御蔭さんで明るい気持ちを取り戻したぞ。


 マイ達はマイ達。あたしはあたし。


 コイツ等に勝てる自信は無いけど、想うのは自由だし。



 あたしなりの長所を探して、まぁ……気長にいくとしますよ。


 それがあたしらしい正解って奴だな!!


 ふぅ……。スッキリした!!!!




『カヴァンドゥラッ!!!!』


『びゃっ!? な、何々!?!?』



 いきなり奇声を発しなきゃ可愛いのに。


 本当、残念な奴だよ。全く。


 マイらしいっちゃマイらしいけどさ。



『何だ?? 良い物見つかったのか??』


 あたしがそう尋ねるが。彼女は既に心此処に在らず。


『フラッハァン……。こっちねぇぇん』



 馨しい香りに誘われ、見えないナニかに手を引かれる様に人混みの間を器用に縫って歩み出す。



『ルー。何か良い匂いでもするの??』



 あたしは、視力は良いんだけど。この二人に比べると鼻は利かない。


 普通にお腹が減る匂いが立ち込めている事位しか掴めないし。



『ん――。迷っちゃう匂いは沢山するけどさぁ。マイちゃんがどの匂いを嗅ぎ取ったまでは分からないかな』



 成程、それが分かれば苦労はしないって事ね。


 仕事帰りの酔っ払いよりも酷い出鱈目な歩き方で進むマイに従い付いて行くと。


 とある屋台の前で大馬鹿野郎がピタリと歩みを止めた。



『何々?? 焼きおにぎり、だってさ』



 少しばかり汚れた看板に並んでいる質素な文字を読んでやる。



『こ、ここね。私が追い求めていた物は……』


『焼きおにぎりって事はだよ?? おにぎりを焼くんだよね??』



 ルーが話した通り、屋台の中では今も忙しなく炭火で純白のおにぎりが焼かれていた。


 炭が弾ける耳に心地良い音、使い熟した筆に醤油を纏わせて焦げ目が美しい三角に塗っていくと……。



『わははぁぁ――……ん。んふふ、お醤油さんを焦がしているのねぇ……』


 洪水の如く押し寄せる涎を懸命に堪え、マイが惚けた表情のままで店主の手元を眺めた。


『お――。確かに食欲を誘う良い匂いだな』



 醤油の焦げた香りがすっと鼻腔を優しく撫でてくれると、あたしの胃袋がアレを早く寄越せと叫んでしまう。


 どぎつい脂も偶には良いけどさ。


 やっぱり朝は体に優しい物を食べたくなるよな。


 幸い、店に並んでいるのは数名の客。


 直ぐに食事へとありつけそうだ。



『うぐぐぅ……。は、早く焼けろぉ……』


 心急く思いでマイがじぃっと炭を睨む。


『お前さんが睨んでも火力は上がらないって』


『んな事は分かってるわよ。私が龍の姿に変わって焼いた方が早いんじゃないの??』


『丁度良い火力で焼くから美味しくなるんだろ。マイの火力なら一瞬で炭になっちまうだろうし』



 腹を空かせて焦ったマイがおにぎりに向かって炎を放射すると……。



『んぎやぁぁああああ!! わ、私のおにぎりちゃんがぁっ!!』



 ワンワンと喧しく泣き叫んで炭屑に変わり果てた三角擬きを小さな龍の手で掴むのだ。


 うん。これは容易に想像出来てしまう。



『そうかな?? 今度ボケナスにおにぎり作って貰ったら試してみる??』


『あたしのおにぎりじゃなけりゃいいよ。自分ので試せ』


『じ、自分のでか。失敗する確率の方が高そうね……。ルー!! 今度おにぎりをさぁ……』


『やっ!!』



 ま、そうなるだろうね。


 誰だって自分の食料を失いたくないだろう。



『ちぃっ!! まぁいいや。ボケナスのおにぎりで試そ――っと!!』



 近い将来。おにぎり一つがこの世から消滅する事が確定した瞬間であった。



「いらっしゃいお姉ちゃん達!! 何個買うんだい!?」



 やっとあたし達の番か。


 愛想の良いおいちゃんがあたし達を迎えて汗だくの顔で話す。



「……」



 先頭のマイがおいちゃんに対して三本の指を無言で立てた。


 おっ、先ずは無難に一人一個って事ね。



「毎度あり!! 三百ゴールドになります!!」



 安っ。


 マイの代わりに御釣りが出ない様に硬貨を店主へ渡してやった。



『はい……丁度だね。じゃあちょっと待ってね!!』



 馨しい香りを放つ三角。


 鼻腔と心が醤油の色と香りに染められ、いつの間にかあたしの心は彼等に独占されてしまっていた。



『ウ、ウギィィ。は、早く詰めなさいよねっ!!』



 マイ程では無いが心急くのは大いに頷けるさ。


 だって、醤油が炭火で弾ける香りって物凄く良い匂いだもん……。



「はい!! お待たせ!! 出来立て、熱々だから気を付けてよ!!」



 食欲をグッとそそる蒸気を放つ焼きおにぎりを茶の紙袋に詰めてこちらへと渡してくれる。


 それを受け取るのは……。



「…………ッ!!!!」



 言わずもがな。


 蕩けた表情で紙袋を受け取ると、中央屋台群の外周に併設されているベンチへと向かい。この人混みを巧みに躱しつつ駆け始めてしまった。




「おらぁぁああ――――!!!! そこのドチビ朱髪の女ぁ――!! あんた毎度毎度何様なのよ――!!」




 アイツの突破力をいつも咎めてくれる交通整理の姉ちゃんと同じく毎度思う事があるのですよ。



『――――。置いて行くなっていつも言ってるだろ!!』


『そうだよ!!』


『あんた達が遅いのよ。何?? 足に肥満巨人でも括り付けているの??』



 あたし達がベンチへと到着する頃には既にどんっと腰を据えて座っているのだから参っちまう。



『んな訳あるか。それより、早く食べちまおう。出来立てが一番美味いんだよなぁ』


『そうそう!! 早く出してよ!!』


『んふふ――。そう急くな、素人さん達。玄人はね?? この瞬間も大切にしなきゃいけないのよ??』



 はい、出ました――。ほぼ無意味な玄人座談。


 素人、玄人云々より。お金を出したのはあたしなのだぞ??


 早く食わせてくれ。



『ほぉぅら。袋を開けたらあら不思議。幸せの蒸気のお出ましよ』


 袋を開けた刹那。


『『おぉ――ッ!!』』



 閉じ込められていた香りが一気に放出され、腹の機嫌が立ちどころに悪くなってしまった。



『この醤油が焦げた香りぃ……。んほぉ――――!! さいっこう!!!!』


『いや。だから早く食わせてくれって』



 袋の開け口付近に顔を埋めてガッフガフと匂いを嗅いでいる龍へ言ってやった。



『はぁ、仕方が無いわね。ほら、受け取り……にゃっちぃぃ!!』



 袋に手を突っ込み、恐らく超アツアツの焼きおにぎりを手に取ったのだろう。


 熱さに驚いた手が数舜で元の位置へと戻って来る。



「…………」

「…………」



『な、何よ。その凄く残念な人を見る様な顔は……』


『なぁんかさぁ――』


『だよなぁ』


『マイちゃんって玄人玄人っていう割に。カッコ悪いよね――』



『だ、黙りなさい!!!! 誰だって失敗くらいするでしょ!!』


『玄人はしないと思いま――す』



 ルーの言葉にうんうんと頷いてやった。



「と、兎に角!! 溶岩もビックリする位に滅茶苦茶熱いから注意するように!!」



 差し出された紙袋に手を突っ込み、焼きおにぎりを摘まむが……。



『うん?? そこまで熱く感じないぞ??』



 手に感じる温度はそこまでの物ではなかった。この温かさを強いて表すのなら……。


 へへっ、レイドと手を握った時に感じたソレに似ているかなっ。


 美しい琥珀色の三角を手に取り、紙袋をルーへ渡してやった。



『へぇ――。冷めちゃったんだね。えへへ。次は私――っと』



 ほぉ!! こりゃ美味そうだ。


 米粒の一粒一粒が琥珀色に輝いているぞ。


 宝物を愛でる様にうっとりとした表情で眺めていると、左隣から突如として悲鳴が轟いた。



『ギャンッ!! あっつ――い!!!! ちょっと、ユウちゃん!! 熱いじゃん!!!!』


 マイと同じ挙動で手を慌てて引っ込め、あたしに文句を放つ。


『あり?? これだけ熱くないのか?? 持ってみる??』



 恐らく、既存の焼きおにぎりを焼き直したからかな??


 そう考えて何気なくルーに差し出す。



『多分そうじゃない?? どれどれ?? …………わちゃ!! はっつ!! あっちぃい!!』



 ルーの手元で焼きおにぎりが面白く飛び跳ね回り。



『ユウちゃん!! はいっ!!』


『お、おぉ……』



 ルーから差し戻された焼きおにぎりを優しく受け取ってあげた。



『前は熱々の飯盒を掴んでもビクともしなかったし。アンタの手、一体どんな造りになってんのよ』


「知らないよ。あれじゃない?? 種族差って奴じゃないのか??」


『あ――。火傷するかと思った……』



 ルーが、ふぅふぅと可愛い唇で両の手に風を送る。



『ま。役得って事で。お先にいただきま――す!!』



 羨ましがる二人を尻目に、口をあ――んと開けて焼きおにぎりさんを迎えてやった。



『んふっ。おいしっ……』



 舌に感じる塩気、そして丁度良い硬さの焼け具合が目尻を強制的に下げてしまう。


 前歯で焼けた米をサクっと裁断して奥歯で噛めば米の香りが一気に鼻腔へと抜ける。


 米の甘味と醤油の塩気。


 この二人は正に最強の組み合わせかも知れない。


 たかがおにぎりを焼いて、醤油を塗った単純明快な料理なのにこれ程の味を発揮するとは……。



『く、くっそぅ……。美味そうに食いやがって!! もう一度挑戦よ!!』



 あたしの表情を受けたマイが紙袋の中へ恐る恐る手を入れる。



『もうちょふぉ。まっふぁら?? んん――!! さいふぉ――』



『んびぃ!! あっちぃ!! クソぅ!! こ、この焼きおにぎりめぇ!! 大空を統べる龍族に、喧嘩を売るとは良い根性してんじゃない!! 待ってなさいよ!? 食らい尽くしてやるんだからぁ!!』



 両手を器用に動かし、左右の手に焼きおにぎりを投げながら文句を垂れる。



『大袈裟だって』


『そうそう。私はもうちょっと待とう――っと』


『それが賢明だな』



 マイよりもルーの方が玄人に見えるのは気の所為でしょうかね。



『ぬぉっ!! はむっう!!!! あっつ!! うっま!! はっふちぃ!!』


『『落ち着きなさい』』



 最後はルーと綺麗に声を合わせ。


 目を白黒させながら焼きおにぎりと熱き格闘戦を繰り広げるマイへ、子供の粗相を咎める母親の口調でそう言ってやったのだった。




お疲れ様でした。


私事ですが、時間が出来たのなら今年中に四国へうどんを食べに行こうかなと考えております。


コシのある歯応え、ツルっとした喉越し。想像するだけでもお腹が減りますよね。


うどんを極めし猛者共が群雄割拠する激戦区に訪れ、腹がはち切れんばかりに食べまくりたい!!


ふとそう思い至り予定は未定ですが愛車のスラコ号に乗って訪れようかなと考えています。


因みに、スラコ号とは映画エイリアン2で主人公達が搭乗した宇宙船の名前です。


くだらねぇ豆知識なんかいらねぇよ!! と。釘バットを持った読者様達の罵声が届きましたのでプロット作成へと戻りますね。



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!


執筆活動の嬉しい励みとなります!! 本当に嬉しいです!!



それでは皆様、台風が接近していますので天候に気を付けて下さいね。

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