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第百十五話 これがあたし達の日常 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 紙を捲る小気味良い乾いた音。指に感じるさらりとした滑らかな感触。


 静謐な空間に誂えた様な感覚に舌鼓を打って吐息を漏らす。



 はぁ――……。静かでいいねぇ……。



 眼下に広がる文字の羅列に視線を泳がせ、束の間の静寂をじっくり噛み締める様に文章を咀嚼し続けていた。



「おっ!! 裏通りの商店街。今日特売日だって!!」


「……。そう」



 七人部屋には不釣り合いなちょっとだけ寂しい二人の声が小さくこだました。



 どこぞの暴れん坊共はカエデのお仕置きによって街の外へ飛ばされ、喧しい連中が帰って来る迄の間。


 宿の待合室に置かれている朝刊を部屋に持ち込み、時間を持て余す様に己のベッドで寝転がりながら読み耽っていた。


 俯せの姿勢でパタパタと両の足を悪戯に動かしつつ人間達の情報をコクコクと飲み込んで行く。


 ちょっと行儀が悪いかも知れないけどこの姿勢が落ち着くんだよなぁ。


 おっと、いけねっ。


 圧し潰された胸で新聞の下まで読めないからもう少し上に動かして――っと。



「ふむふむぅ……。どうやら王都に住む人間さん達はオークや魔女より。政治経済に躍起になっているみたいだなぁ」



 朝刊の一面にはやれ国の財政状況やら、やれどこぞの政治家の汚職だとか。


 戦いには無縁の情報が事細かく載っていた。



「貨幣経済が円熟していますからね。人間社会は」


「ほぉん。あたし達の里では物々交換が基本だからなぁ……」


「その物々交換の発展先が貨幣経済です。そして古代からの基本概念を覆したのが、硬貨の出現です」


「キホンガイネン??」



 可愛い足ちゃんの動きをピタリと止め、カエデの方を振り向いて話す。



「えぇ。食物はいつしか腐りますが、硬貨は錆び付いても腐る事はありません。有限と無限。この違いがはっきりとした形で現れたのです」


「あ――。言われて見れば確かに……」



 良くもまぁ本を読みながら難しい話が出来るもんだ。


 うん?? そこまで難しくない??



「硬貨が現れ人間の経済は爆発的に発展しました。重たい物資を運ばずとも、それに代わる貨幣を運べば良い。硬貨は製紙技術の発展により紙幣を生み出す。人間の飽くなき技術の進歩、挑戦。これには正直舌を巻いています」



「その築き上げた技術もさ。魔女の復活で無かった物になるのかもしれないよなぁ」


「そう、ですね。この星の生命そのものが危ぶまれます。我々が存在し続ける事を賭けた戦いになりますね」



 存在ねぇ。


 もっと柔らかい言い方をすればいいのに。


 例えば――。あぁ、そうそう。



 生き残る為、とかかな。



「ま。あたし達はそれを食い止めた英雄になるかも知れないって事で」


 いつもと変わらぬ姿勢で本を読むカエデから朝刊へ視線を戻す。


「英雄……。ふぅむ。響きは良いかと考えますが。問題はその後です」


「その後??」



 一面は読み終えたから二面にいこうかなぁ。



「魔女を倒したら人間との壁。つまり、言葉の障壁が取り除かれるかもしれません」


「おっ。そいつは便利だな。話が通じないんじゃ不便だし」



「その逆ですよ。ほら、以前。神器の話を聞きましたよね?? それを探し求めるイル教。その動機は依然不明です。人間が魔物の言葉と文字を理解し、私達が窺い知れぬ事に手を出そうと画策すれば自ずと結果は見えてきます」



 良くもまぁ朝からおっそろしい話を出来るもんだ。



「結果?? どうなるの??」


「人間、魔物。どちらかの破滅の虞があります」


「お、おぉ。仰々しいな??」



「直ぐにとはいきませんが……。神器は九祖が一体。亜人を封印していると御伺いしました。この星の生命を生み出した神にも等しき存在の一体が復活すれば……。もう分かりますよね??」



 いいや?? あたしの頭ではどうなるか全く想像に及びませんよ??



「伝承によると、亜人は人を救いたいが為に残りの九祖へ反旗を翻しました。もし。その鋼の意志が現世でも存続しており、我々九祖の血を受け継ぐ者達を見付けたら??」


「――――、おいおい。あたし達がその亜人とやらと戦わなきゃいけないのか??」



 か、勘弁してくれよ。


 幾らあたしでも神様擬きには勝てる自信が無いぞ……。



「最悪を想定した話ですよ。そうさせない為にも一つの神器はリューヴ達の里で守られています。残る二つの神器も人間達……。いいえ。イル教よりも早く奪取すればいいだけですから」


「人間に遅れを取る訳にはいかない、か」



 んおっ。下着屋も割引してるんだ。


 二面の一番下。広告欄っていうのかな??


 そこの隅に小さく。



『女性用下着、本日一割引きです!! 大小様々な大きさを取り揃え。色とりどりの可愛い柄もご用意させていただきます!! 是非ともお越しください!!』 と載っていた。



 新しい下着、買おうかなぁ……。


 でもあたしに合う大きさは中々売っていないのが玉に瑕。


 値段も高いし、さ。



「そういう事です」



 カエデがぽつりと己を自己肯定した言葉を発すると、再び心地良い沈黙が訪れた。


 いいねぇ――。


 朝はやっぱこうじゃなきゃ。



「ふっふ――ん」


 鼻歌も自然と出て来ちゃうよなぁ。


「ふふっふ…………うん??」


 陽性な感情に包まれ、文字を咀嚼していると。


 とある記事が私の視線を奪った。






『銀行強盗団の公判が開始』


 王立銀行本店で銀行強盗未遂事件が発生し、犯行を画策した一団の公判が王都裁判所で開廷しました。


 主犯格である男性に求められた刑期は三年、そして共同不法行為を働いた者達にも実刑で三年が求刑されました。裁判の焦点は一団の強盗未遂なのですが、記者の取材によるとこの事件は数点不可思議な事象が見られます。


 団員同士の殺伐とした内輪揉めによる欲に塗れた金の奪い合い。


 此度の事件はそれによって生じた血生臭い争いであり、犯人達が所持していた凶器は鋭利な刃物であった為に重傷は免れないと考えられていたのですが。不思議な事に彼等は怪我一つ負っていなかったのです。


 そして、現場から忽然として消えた一人の犯人。


 その者が事件の真実を握っていると警察関係者は睨んでおり現在も捜索中である。


 真相が闇に葬り去られる前に解決へ繋がる糸口を発見し、この不可思議な事件を解決する為に警察関係者は心血を注ぐ覚悟であると供述していた。


 裁判は犯行に至った動機、及び凶器を使用した明確な殺意の有無を中心にして進められていきました。


 一団の犯行動機、及び前途の不可思議な原因の究明を果たし。十分な法的斟酌を終えてからになるので判決が一団へ言い渡されるのは長引く恐れがありそうだ。






 ――――。


 ふぅん。言われて見れば不思議だよなぁ。


 お金の奪い合いは、まぁ理解出来る。


 凡そ大金が手に入ったから仲間割れでもしたんだろう。


 でもさ。


 傷ついたのに怪我一つ負っていないってのも気になる。



「なぁ。カエデ――」


「何でしょう??」



 ここは賢い海竜の出番だな!!


 そう考え、カエデに声を掛けた。



「この事件について、どう思う??」


「事件??」



 本から顔を上げ、数度瞬きを繰り返して私を見つめる。


 あんれまぁ。相変わらず可愛い御目目ちゃんだ事。



「なんかさ。銀行強盗未遂事件の記事が載っているんだけど。どうも合点がいかないと言うか。もやもやするというか」



 あたしがそう話すと。



「…………っ」



 はっとした表情を浮かべ、驚くべき速さでこちらに向かって来ると。あたしから半ば強奪する形で朝刊を奪い、隣のレイドのベッドに腰かけ熱心に読み始めた。


 びっくりしたなぁ……。



「そんなに気になるの??」


 未解決の事件。


 それがカエデの何かを刺激したのだろう。


 ほら、良く小説を読んでいるし??


 その影響じゃないかね。



「未解決、不思議な事件。興味がそそられるのは当然です」



 ほらね??


 今もふんふんと嬉しそうな鼻息を漏らして記事を読んでいるし。



「ふぅ…………。そう、ですか」


 記事を読み終えると、何故か満足気に頷く。


「何か分かったの??」


「いいえ?? これだけでは解決までの材料が足りません」


「うん?? じゃあ何で頷いたんだよ」


「ふふっ、私は謎めいた事件が好きなんです」



 にこっと可愛らしい笑みを浮かべてあたしを見つめる。



 くっそう。憎たらしい程可愛い顔しちゃって。


 あたしが男だったら今ので堕ちたな。


 それに比べあたしと来たら…………。


 いかんぞ!!!! あたし!! 悲観的になるな!!


 カエデはカエデ。あたしはあたし。


 人それぞれの魅力があるってもんだ!!



 全く……。おっそろしい笑みだな。たった数秒で人を悲観的にもさせるなんて……。



『……ッ!!!!』



 そんな下らない事をあれこれ考えていると、けたたましい複数の足音が扉の外から漏れて来た。



 おっ、この足音は。



「おらぁっ!!!! ちょっと!! カエデ!! 酷いじゃない!!」


「とうっ!! そうだよ――!! お母さんに教えて貰わなかったの!? 人を遠くに飛ばしちゃいけませんって!!」


「何故私も飛ばしたのだ?? 心外だぞ」


「全くその通りですわ。私はレイド様と憩いの時間を過ごそうと考えていただけですのに」



 口喧しい二人を先頭に、怒りを露にした四人の女性が扉を潜り抜けて来た。


 静寂が一気に吹き飛びいつも通りの騒音が戻って来てしまう。



「幼少期は空間転移の魔法を詠唱出来ませんでしたので。母親からはそう習いませんでしたね」



 投げかけられた数ある言葉の中からルーの言葉を選び。


 どこ吹く風といった感じで話す。



「そ、そういうのはね!! あ、揚げ……揚げ物??」


「揚げ足を取る。ですか??」


「そう!!!! 駄目だよ!? 難しい事言って逃げようとしても!!」



 逃げやしないだろう、カエデは。


 寧ろ、向かって来いって感じだし。



「逃げる?? 私が??」



 ほらぁ――。こうなるぅ。


 元のベッドへと戻り、朝刊から視線を外して厳しい瞳でお惚け狼を睨みつけた。



「に、睨んでも怖くないよ!?」


「びびってんじゃん」



 後ろ足加重になり、怒れる海竜から距離を取ろうとするお惚け狼に言ってやる。



「ユウちゃん酷いよ!!」


「そうか??」


「はぁ――……。まぁいいや。五月蠅くしたのは確かだし。よっと……」


 深紅の髪をいつもより大袈裟に揺れ動かす親友が寛ぐあたしのベッドに腰かける。


「よぉ。良い運動になったんじゃないか??」


「まぁね。朝から運動した所為か……。お腹が減っちゃった」


「そりゃいつもの事だろ。どうだ?? 丁度良い時間帯だし。朝飯食いに行く??」


「大賛成よ!!」



 あたしの提案に飛び付き、満面の笑みを浮かべて振り返った。


 分かり易い奴め。



「でもさぁ――。食べに行くのはいいんだけどぉ。一つ問題がある訳なんですよ??」



 出たよ、この顔。


 厳しい親に小遣いを強請る横着なガキみたいな顔しやがって……。


 どうせあたしに金をせびろうって話だろ??



「問題??」


 分かっているけど、一応聞いておくか。


「そう。お金が…………足りないの!!」



 表情一つで親友の悪い考えを察す。


 嬉しいような、嬉しくないような。


 単純に複雑だ。



「はぁ――。分かった。朝飯代くらい払ってやるよ」


「やっほぉい!! さっすが我が親友!!!! 頼りになるわね!!」


「こういう時だけ抱き着くな」



 仰向けで寛ぐあたしに軽い体が覆い被さる。


 うぅむ……。女性らしい良い匂いがしやがる。


 どいつもこいつも勝手に女を磨いちゃってまぁ。



「へへ。ごめんね??」



 ほら、ニコって口角を上げて笑うこの顔。


 レイドには見せたくないなぁ……。



「いいって。それより、何?? あたしに抱擁されたいの??」


 大袈裟に両腕を開いてやった。


「それは勘弁!!」



 驚くべき速さで軽い体が離れて行く。



 何?? そんなに嫌なの?? あたしの抱擁。


 自慢じゃないけど……。


 抱き心地は最高だと思うんだけどなぁ。



「そんなに怖がらなくても良いのに……」


 むっと唇を尖らせてやった。


「ごめんって。ほら、行くわよ!!」


「はいはいっと。ルー達はどうする??」



 逸る龍に促され徐に立ち上がり、各自のベッドへと問うた。



「私はもう少し朝刊に目を通してから出掛けます」


「私もカエデに付き合いますわ」


「喧しいのは好かん。空いた時間帯に出る」



 ふぅむ、真面目組はもう少し後ね。



「はいは――い!! いきま――す!!」



 こいつの返事は予想出来た。


 灰色の長髪をフルっと揺らし、大袈裟に挙手して立ち上がる。



「う――い。それじゃあ行って来るな――」


「ユウ、ちゃんと駄犬達の面倒を見なさいよ?? レイド様に御迷惑が掛かるといけませんからね」



 駄犬って……。言い方を考えなさいよっと。



「あぁっ!? 噛み殺すぞ!?」


「アオイちゃん!! 私は犬じゃないよ!?」



 な?? 直ぐこうなる。


 深紅の龍が数舜でアオイの言葉に反応し、鋭い歯を剥き出しにして怒りを表現した。


 これに噛まれたら……。


 いかん。想像したら胸に痛みが……。


 滅茶苦茶痛いんだよなぁ。


 こいつの噛みつき。



「おいおい。僻地送りにされちまうぞ」


 反省の色が見られぬ親友へ進言する。


 何が原因となって街の外に追い出されたのかいい加減気付けって。



「構やしないわよ。アイツを……噛み殺せればね!!」


「…………マイ。故郷の空気を感じたいとは思いませんか??」



 カエデがぽつりと言葉を漏らすと。


 マイの足元に淡い光を放つ魔法陣が浮かんだ。



「い、いいえ?? 大丈夫、よ」


 はっとした表情を浮かべると、まるで鉄をひん曲げた様な硬い笑みでカエデの方へと振り返る。


「はは。龍も海竜の前じゃ形無しだな??」



 そりゃ向こうの大陸に送られちゃあ堪ったもんじゃないだろうよ。



「うっさい!! おら!! 行くぞ!!」


「へ――へ――」


「皆、行って来るね――!! お土産、買って来るから――!!」



 怒りとも、高揚とも受け取れる大袈裟な声を放つ親友を先頭に部屋の扉を潜る。


 ま、いつも通りの朝だし。


 よっぽどの事が無い限りは大丈夫でしょ。


 普段通り、ふつ――に過ごせばいいんだよ。



「ねぇ――。朝ご飯何にする??」


「嬉しい事に未定よ!!」


「あはは!! 決まらなくて嬉しいんだ――」



 陽性な声を上げるうら若き女性二人の後ろ姿を真正面に捉え、あたし達は未定の朝食を探し求めに宿を後にした。




お疲れ様でした。


現在後半部分を編集中ですので、次の投稿まで今暫くお待ち下さい。

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