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第百十四話 需要と供給 武器防具と金 世に数多溢れる普遍的な理

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 冬に相応しい厚く暗い雲が点在する空の隙間から呆れ顔の太陽が俺を見下ろす。


 もう間も無く壊れる予定の人形よりも酷く可笑しな歩き方で進めば年がら年中元気溌剌とした彼も思わずアハハと乾いた笑い声を上げようさ。



 いい加減休まないと取り返しのつかない事になるからな??



 恐らく体中に流れて行く痛みは俺にそう忠告しているのでしょう。しかし、休暇は本日までなのでお父さんは重たい体を引っ提げて御使いへと望まなければならなのです。


 休暇の延長を訴える体と相談を繰り広げながらいつもよりも大分薄暗い裏通りを大通りへと向かって拙い歩みで進んでいた。



 いつもは割と直ぐに大通りへ出るのだが今日はやたら長く感じてしまう。


 全く……。アイツときたら。


 頑丈な事に自信はあるが流石に朝一番の雷撃は体に堪えた。


 手加減……いいや。そもそも直ぐに手を出す方が間違いなんだよ。


 そう声を大にして叫びたいが言っても聞きやしないし。


 どうせ言っても無駄。徒労に終わるだけ。


 精神面での疲労もこの痛みに多大な影響を与えているのかもね。


 偶には雄大な大自然の静謐な空間に包まれ頭の中を空っぽにして、空から零れて来る鳥の歌声と目の前の風光明媚な景色を眺めつつ体を弛緩させたいものですよ。


 まぁそんな事は今の仕事に携わる以上、決して訪れてくれないのですけどね!!



「お兄さん。大丈夫かい??」


「え??」



 痛む体がそろそろ休めと悲鳴を上げたので、壁に手を着いて休んでいると後方から優しい面持ちのお婆ちゃんが心配の声を掛けてくれた。


 柔和な顔付きと雰囲気に痛みもどこか和らぐ気がする。



「その制服……。そぅかいそぅかい。あんた達が頑張ってくれている御蔭で私達は平和に暮らせているよ。御苦労様だねぇ」


「ありがとうございます」



 どうやら前線帰りの兵士だと思われている様だ。


 そりゃそうだよなぁ。


 軍服を着た人間が壁にもたれ、痛みに顔を顰めていたらそうも見えるでしょう。



「ゆっくり休んで怪我を治しなさいね。体の酷使は寿命を縮めてしまから。それじゃあ頑張って」


「お婆ちゃんも体を労わって下さいね」



 ありがとう。


 そんな意味を含めた会釈を交わし、彼女は明るい大通りへと俺よりも大分力強く。そして中々に速い速度で歩いて行ってしまった。


 寿命を縮めてしまう、か。


 お婆ちゃん、俺はこう見えて後数百年以上生きてしまうのですよ??


 彼女が言う様に体の酷使で幾年か縮めてしまっているかも知れないが普通の人間の人生を何度も味わうのです。



 それも全て体内に宿る龍の力の影響、か。



 右腕に視線をスっと落とす。


 何度か頭の中に聞こえた正体不明の声。


 それは恐らく龍の力によるものであろう。


 前は……。そうだ。



『その力は君には似合わない』 だったな。



 君には似合わないってどういう意味だろう??


 敬愛する我が師の様に魔力を宿して戦うよりも、烈火をも飲み込む灼熱の龍の力を使用すべきと攻撃を通して伝えたかったのだろうか……。


 ん――。分からん。


 グシフォスさんの力でスカスカの檻に戻ってくれたものの、俺の魂に近い位置にそれは併設されてしまっている。


 一時は安心していたが……、それは間違いだったな。



 未熟なお前さんは我が師には到底及ばない。使い慣れた力を使用しろと俺の中に潜む龍は言いたかったのだろう。


 でもさぁ、もうちょっとやり方ってのがあるとは思わないかい??


 少なくとも大切なお肉を引き裂いて教える物では無いと思うのですよ。


 やんわりと。


 仄めかす様に教えてくれてもいいじゃないか……。



「だぁ――!! 危ないって!!」


「おわぁっ!! す、すいません!!!!」



 あっぶねぇ!! 荷馬車に撥ねられるかと思った!!


 ボ――っと歩く俺の姿を見た騎手と馬が驚きの顔を浮かべて大通りのど真ん中で停車した。


 いつの間にか大通りに到着し、我が物顔で何の遠慮も無しに道路を縦断していた様ですね。



「ぼ――っと歩いてんじゃねぇ!!」


「は、はぁ……。申し訳ありませんでした」



 深々と彼等に対して頭を下げ、軽い駆け足で大通りを横切って行く。


 危く、日に二度体が爆ぜる感覚を味わうところであった。


 騎手さんが申した様に、ぼうっと歩いているのは駄目だよな。



「うん、気を付けましょう!!」



 両頬をパチンと叩いて気持ちを入れ替え、確と背筋を伸ばして本部に続く細い裏通りへ足を踏み入れた。



 建ち並ぶ家屋の軒先に置かれた得も言われぬごちゃごちゃとした物の山。


 溜まりっぱなしの水桶に浮かぶ枯れ葉。


 大分草臥れた窓枠に嵌められたくすんだガラスの窓。



 う――む。生活感溢れるこの姿。


 嫌いじゃないぞ。


 田舎街で育った名残か、親近感が湧くんだよなぁ。こういう道を通ると。


 左右に流れて行く生活感溢れる景色を捉えると心に小さな温かい気持ちが湧き、朗らかな気分で蝸牛の如くゆるりとした速さで歩いていると。


その朗らかな気持ちが消え失せてしまう怒号が普遍的な家屋の中から漏れて来た。



『だから!! 何度も言ってるだろ!! 軍規で教えられないって!!』



 お、おぉう。レフ少尉の御怒りの声だ。


 一体誰に対して御怒りなのだろう??


 まさかと思うが……。


 またイル教の連中じゃないだろうな。


 そう何度も彼等の尻拭い?? 手伝い?? を幇助したくないのですがね。


 レフ少尉の御怒りが鎮まるまで様子を窺おう。これ以上の負傷は任務に支障をきたしますから。



「……??」



 家屋の屋根から首を傾げて俺の可笑しな姿勢を見下ろす鳩さんを尻目に、傷が目立つ扉の前で些か失礼かと思うが聞き耳を立てていた。



『え――。別にいいじゃないですか。ほら、レイド先輩はここに来ても良いって言っていましたし。それに?? ビッグス教官にも許可は頂いていますので――』



 うん!? この妙に明るい声はまさか……。



『おい。ビッグスが良いって言ったのか??』


『そうですよ――。ですからレイド先輩が来るまでここで待たせて貰いますっ』



 はぁ――……。


 何でこうも朝から疲れる事が頻繁に起こるんだよ。


 午前中は適度な忙しさと、素敵な平穏を求めているのですがね……。



『待つな!! 帰れ!!』


『あ、この報告書。見ても構いませんか??』


『触んな!!』



 こりゃいよいよ不味いな。


 大噴火の兆しが扉越しに聞こえて来たので、慌てて扉を開き。混沌と喧噪が渦巻く室内へと飛び込んで行った。



「お、おはようございます!!」



 狭い……。基、適度に広い空間の中にいた四名の女性が俺の姿を同時に捉える。


 一人は当然、直属の上官であられるレフ少尉なのだが。残りの三人は昼寝を興じようと安らぐ親犬に向かって体力が続く限り遊びを強請る悪い子犬ちゃん達でしたね。



「あぁ!! レイド先輩だ!!」


「久々……、でもないか。元気そうで何より」



 元気一杯のミュントさんが軽快な足取りでこちらへ向かい、金色の髪を揺らして歩み寄って来る。


 浮かべる満面の笑みは陽性な性格に誂えた様に光輝いていますね。しかし、今現在その光を受け止める元気はありませんので可能であればもう少し光量を下げて頂けると幸いで御座います。



「申し訳ありません。一応、止めたのですが……。今日行くと言って聞かなかったものですから……」


「私は付き添いで――す」



 レンカさんが肩を窄めて話し、シフォムさんはどこ吹く風といった感じで相変わらずの飄々とした態度を取っていた。



「ねぇねぇ!! レイド先輩!! 御飯行きましょうよ!!」


「御飯?? 突然だね??」



 そりゃ誰だっていきなり職場へ後輩が雪崩れ込んで来たら怪訝な表情を浮かべるだろう。


 現に俺の顔は世間の皆様へ素敵な笑いを届ける大道芸人がお手本にしたくなる面白い表情を浮かべているに違いない。



「ほら!! この前の約束を守って貰いに来たんです!!」



 約束?? 何かしたっけ??


 腕を組み、拙い記憶を手繰り寄せるが一向に思い出せなかった。



「え――。忘れちゃったんですか?? ほら、模擬戦で鉢巻き取ったらレイド先輩を一日自由に使っていいって約束だったじゃないですか」


「…………。あぁ!! そう言えばビッグス教官が言っていたね」


 思い出したぞ。


 訓練所で指導を行った際、確かにそんな約束を交わした記憶がある。


 まさか冗談を本気で捉えるとは。



「酷いなぁ。休みが取れる日を指折り数えて待っていたってのに」



 ミュントさんがむっとした表情で話す。


 本当は何も今日じゃ無くてもいいのにと言いたいが。



「ごめんね??」



 嬉しそうな顔を浮かべている彼女の前で流石にそれは憚れた。


 当たり障りの無い柔和な顔を浮かべておく。



「へへ。でもいいです。こうして会えたので!! ささっ!! 行きましょう!!」


 いやいや。


 行きましょうって。


 こちとら、任務の説明に受けに来たのですがね??


「さっきから黙って聞いていれば……」



 んげぇ!!


 レフ少尉がわなわなと拳を振るわせ、義憤を籠めた燃える瞳で騒ぎ続ける俺達を睨みつけていた。



「どうかしました??」



 それをキョトンとした顔で迎え撃つミュントさん。


 もう勘弁して下さい。朝から何度も喧噪に巻き込まれたくないの!!



「小娘共、今から私はコイツに任務内容を伝える」


「痛いです!!」



 レフ少尉に首根っこを掴まれ、強制的に椅子に座らせられる。


 尻も痛けりゃ腕も痛い。頑丈過ぎる体も考え物だな。


 常人なら痛みで任務処じゃないし……。下手を打ったら今頃墓場の中だ。



「あ、そうなんですか?? よいしょ」



 此方の正面、空いている椅子にミュントさんが実家の食卓に腰掛ける様に着席。



「何を……。しているんだ??」



 その姿が癪に障ったのか。


 感情が籠っていない声を放って小娘を睨みつけた。



「へ?? 何って……。現役の兵士さんの任務を聞ける貴重な機会ですし。この際だから聞いておこうかなぁ――って」


 えへへと明るい笑みを浮かべて恐ろしい圧をサラっと受け流す。


 あれはもう一種の特技でしょうね。とても真似をしようとは思いませんが……。



「こ、この……」



 やっばい!!


 山頂部分を吹き飛ばしてしまう大噴火が始まる気配を察知して、一瞬で両耳を塞いだ。



「軍規でなぁ!!!! 仲間内でも任務内容は伝えてはいけないんだよぉ!!!! 出て行けぇぇええ――――ッ!!!!」



 耳を塞いでも脳内に怒号が乱反射する。


 そんなに叫ぶと喉、痛めますよ??



「も、申し訳ありませんでした!! ほら!! ミュント!! シフォム!! 行くよ!!」


 レンカさんが慌てて二人の手を取り、出口へと向かう。


「え――いいじゃん。別に――」


「ミュント――。流石にそれは不味いって。首席卒業を狙っているんだったら大人しく聞いておいた方がいいよ?? ほら。この人ビッグス教官と知り合いみたいだし」


「あ、そうなの?? ビッグス教官の昔の姿、教えてくださいよ!!」



 駄目だ、こりゃ。


 友人の忠告もまるで聞きやしない。



「昨今の小娘は痛い目に遭わないと言う事を……聞かない様だな??」



 レフ少尉が腰から短剣を抜剣し、彼女達に見える様に手元でくるくると器用に回し始めた。



「い、行くよ!!」


「レンカ、引っ張らないでよ!! レイド先輩!! 外で待ってますね――!!」


「あ――れ――」



 喧しい塊が引きずられ扉の先へと消え失せる。


 漸く室内に待ち望んでいた静寂が訪れ、一つ大きな溜息をつき言葉を漏らした。



「はぁ……。やっと静かになりましたね??」


「クソ餓鬼共め。ビッグスの奴。一体どんな指導をしてんだ」



 レフ少尉も俺と同じ量の溜息を放ち、手際よく短剣を収めてくれる。


 何事も無くて良かったよ……。



「申し訳ありませんでした。お手数をお掛けしまして……」


「あ――あ。貴重な時間を無駄にしたなぁ――!!」



 そんなわざとらしく言わなくても……。


 肩を窄めより窮屈な姿勢となり、汗顔の至りの態度を露わにした。


 お願いします。どうか早く任務の説明を。



「まぁいい、私は寛大だ。同期の馬鹿野郎の尻拭いをするのも偶には良い。これで貸し一つ追加――っと」



 強張っていた顔の力を抜き、ふっと柔和な顔を浮かべる。


 恐らくビッグス教官の汗に塗れた顔でも思い出しているのだろう。



「あの、それで。次の任務は一体どんな内容なのでしょうか??」



 今しかない。


 そう考え、おずおずと声を上げた。



「あぁ、すまん。そう言えばそうだったな」



 もしかして……。忘れていました??


 ふと何かを思い出したかの如く、軽い足取りで背後の棚へと向かって行く。



「よいしょ。では、次の任務を説明……」


 レフ少尉が机の上に地図を広げて口を開こうとした刹那、再び表情が曇ってしまう。その視線を追うと……。



『…………』



 ミュントさんとシフォムさんが興味津々といった様子で窓からこちらを覗き込んでいた。


 俺と目が合うと楽しそうに手を振るが……。


 大変バツが悪いと思うのは俺だけでしょうかね。



「しつこい!!!!」


 鋭い速さでカーテンを閉め、窓の外に浮かぶ無邪気な姿を遮断した。


「はぁ……。いつまで経っても仕事が進まん!! あ――。苛つく……」


「度重なる御無礼をお許し下さい」



 何で俺が、と考えてしまうが……。


 事の発端を起こした張本人だから致し方あるまい。


 ここはぐっと堪えてお叱りの声を受けるべきだ。



「レイド、貴様の階級は伍長だ。伍長は分隊長を兼ねる事も出来る。丁度いい練習の機会だ。あいつらの面倒をしっかりみろ。そして、二度とこんな無礼が無い様にしっかりと教育を施しておけ。分かったな??」



「了解しました」



 確かにレフ少尉が仰る通り、伍長は少数の人数で編成される分隊の隊長に就く事が可能だ。


 まぁ人数がたった二人しかいない我が部隊では小隊も大隊も関係ないのだが……。


 どうせこの後子犬さん達にやんややんやと付き合わされる筈なので、隊を率いる練習を兼ねて指導を施すのも一考かも知れないな。


 もう怒られるのはこれっきりにしたいので。



「では任務の説明を始める」


「あ、はい」



 分隊の事は後回し。


 今は説明を受ける事に集中しよう。


 そう気持ちを入れ替え、背筋を伸ばした。




「今回の任務地は……ここ。クレイ山脈の麓にあるストースの街まで行って貰う」




 レフ少尉が指差したのは王都から遥か離れた北北西に位置する点。


 クレイ山脈の南北には大森林が広がり空を支える猛々しい山が大陸を横断する様に東西へと聳え立つ。街の南には平野が広がり、王都から枝分かれした街道の終着点が矮小な点を繋がっていた。


 東西に広く伸びた山々で鉄鉱石の採掘、それを利用した武器防具に果ては料理器具まで幅広い物を生産している街として有名だ。まぁこの謳い文句はエルザードと素敵な買い物した時に聞いたのですけどね。



 何を隠そう。


 俺が使用している鍋もストースの職人が魂を籠めて生産した物なのです。


 だが……。そんな街に一体何の用があると言うのだ??


 言い方は悪いかも知れないけど。


 地図上から確認するだけでも田舎だと伺い知れる。



「ストースまで、ですか」



「あぁ。実は……武器防具の生産が滞っているんだよ。ストースでは我が軍の少佐以上の士官が使用する武器防具の生産を請け負っている。ストースの職人が生産した物は質も良く鋭い切っ先は鉄をも切り裂き、堅固な防具は鋼も通さぬと評判だ」



「職人の魂って奴ですね。自分が使用している鉄鍋もストースで作られた物なんです。鍋の湾曲具合、素材への熱の伝導率、そして使い勝手を考察された柄。どれも思わず唸ってしまう程の作りに溜息しか漏れませんよ」



 いやぁ。あれは本当にいい買い物をした。


 料理人垂涎の品を頭の中で思い浮かべ、満足気に頷く。



「あ、そう」


「え?? 感想はそれだけですか??」



 逸品ですよ??



「私はそこまで料理器具に拘りは無いからな。続けるぞ」


 左様でございますか……。


 出来る事なら小一時間程職人の逸品について語りたかったが……。


 またの機会と言う事で。



「生産が滞り始めたのは先月からだ。こちらから何度も打診を続けているのだがな?? 向こうは暫く待ての一点張り。まるで言う事を聞きやしない」


「伝令鳥を飛ばしたのですか??」


「あぁ、そう報告を受けている」



 ふぅむ。


 オークや魔物に街を占領された訳じゃないのか。



「こちとら高い金を払っているのに物が届かないんじゃ文句も言いたくなるだろう。それと、ストースの街は他の街との連携も強固。こっちが下手に手を出せば軍の武器防具を請け負っている他の街にも影響を及ぼす恐れもある。そこで、だ」



「…………。便利屋の自分の出番って訳ですね??」



 大方そういう事であろう。



「察しが早くて助かる。生産が滞っている事を受けて我が軍の最大の資金援助先、いけ好かない教団の最高指導者ちゃんも御怒りの御様子だし??」



 嬉しそうに言わないで下さい。


 彼女の機嫌を損ねたら軍全体に、そして俺にまでとばっちりが飛んで来そうですから。



「それといつ始まるかも分からない決戦に備え、武器防具が足りませんでした――。では話にならんだろ」



 決戦、か。


 マウルさんが仰っていた魔女の目覚めは年が明けて少し経ってから。


 その時までもう目と鼻の先だ。


 この事はパルチザン、そしてイル教の奴らも知り得ぬ情報だけど……。


 武器防具の生産の滞りを焦る理由は納期の遅れ、本当にそれだけなのだろうか??


 もしかしてアイツ等が何か良からぬ情報を入手して……。


 ん――。深読みし過ぎかね??



「その為に直接使者を送ろうと考えて自分に白羽の矢が立ったのですね?? ですが……。わざわざ自分が赴かなくても北部の前線基地に居る兵を送れば良かったのでは??」


「北部戦線は前線基地ティカの襲撃事件を受けて以来警備を強化しているからそんな余裕は無いんだとさ。こういうじみ――な仕事は手の空いている私達が受け持つんだよ」


「了解しました」



 その地味な仕事が一番疲れるんですよね……。


 上層部の人達は只の移動がどれだけ疲れるのか理解していないのでしょう。



「ほら、これが指令書だ」



 っと……。毎度毎度思うんですけど。


 もう少し丁寧に扱ってくれませんかね??


 机の上に置かれた指令書を手に取り、上質な紙に整然と並べられている文字に視線を泳がせた。


 えぇっと……何々??



「…………。任務の承認、並びに発令は……。レナード大佐ですか」


「そう。総司令マークスの右腕として名高い人だよ」


「噂では……。あの特殊作戦課の指令でもありますよね??」


「おっ、良く知っているな」



 知らない訳が無い。


 俺達の間でまことしやかに噂されている特殊作戦課の存在。


 パルチザンに入った男性なら一度や二度、耳にした事だあるだろう。


 良い意味でも悪い意味でも。



「本部も隊員も公にはされていない。でも、私達の窺い知れない場所で人知れず任務を遂行している。謎多き部隊で有名な所だからなぁ」


「入隊して暫くして俺達の間でも話題に上がりましたよ?? その謎めいた所に男心が擽られる様で……」



 かく言う俺もその内の一人だ。


 別にいいだろう??


 雄足る者。一度くらいはそういう謎めいた所に惹かれてしまうのですよ。



「ま、今回は貴様の下らな『男心』 を擽る部隊を纏める指令からの指示だ」


「茶化さないで下さい」


「悪い悪い。この書簡をストースの職人組合の……。何て言ったっけ??」


「えっと……」



 慌てて指令書に視線を落とす。



「……ありました。職人組合会長コブル=テイラー氏に書簡を渡されたし。だそうです」


「そうそう。そいつに書簡を渡して帰って来い。只それだけの指令だよ」


「案外楽そうですね??」



 厳しい任務を与えられると身構えていたのに、思わず拍子抜けする任務内容だ。



「まぁ厳しいのは移動位だろう。なぁんにも無い所を踏破しなければならないからなぁ――」



 机の上に広げられている地図を確認するが……。


 レフ少尉の仰る通り、ストースの街へ向かう経路には大変寂しそうな地図記号しか記載されていない。


 空白の目立ち具合からして単調な道である事は容易に窺えますよ。



「どの道筋で行くのが正解でしょうか」


「簡単な道だと……。そうだな。ここから西進、ギト山の東方に到着したら只管街道を北上。その経路上が一番補給を受ける機会が多そうだな」



 師匠がお住まいのギト山まで移動して北上か。確かに駄犬でも理解出来てしまう簡単な道筋だ。



「だが、このギト山周辺の深い森は周知の通り立ち入り禁止区域に指定されている。迷いの森として有名だから気を付けろ」



 魔法でそうなっているとは知らないでしょうね。



「それに?? そこから離れた所で尻尾が三又に別れた狐を見かけたとの報告も上がっているから気を付けろ」

「ブフッ!!」



 ま、まさかとは思いますけど……。


 師匠じゃないでしょうね!?



「どうした??」


「い、いえ。くしゃみを我慢しまして……」



 咄嗟に思いついた言い訳を話す。



「変な奴だな。くしゃみ位構わんぞ?? 任務地まで往復で……。そうだな。三十日程度か」



 地図上で移動する様を頭の中に浮かべるが……。


 俺もレフ少尉と同じ結論に至った。



「確かに……。それ位ですね」



 本日は十二ノ月の二十二日。


 帰還予定は年を越した、一ノ月の後半か。



「だろ?? ま、のんびり歩いて。向こうで美味い飯と温泉に浸かって帰って来い」


「温泉??」


「何だぁ?? お前知らないのかぁ??」



 何です??


 その私だけ知っているもんね――っと、勝ち誇った顔は。



「ストースは何も武器の生産だけで有名じゃないんだよ。滑らかな水質に程よい温度の温泉。温かい湯に浸かりながら酒で心を酔わせ、宿の料理に舌鼓を打つ。一度だけ立ち寄った事があってな。正に羽を休めるのに適した街なんだ」



 ほぉ――。それは初耳だ。



「酒には興味がありませんが。他には興味がありますね」



 武器防具の名産地として名高いのだから俺の目を引く逸品もあるかも知れない。


 それと……。


 ふふっ。新たな素晴らしい料理器具達との出会いもあるやも知れぬ。


 勿論、任務を滞りなく完遂させるのが最優先ですからね?? 寄り道は任務を滞りなく遂行してからですよ??


 逸る気持ちに強く言い聞かせてやった。



「んだよ。温泉と言ったら酒だろ?? 分かっていないなぁ――」


「酒は判断能力を著しく低下させますから」


「堅物め。ほら、受け取れ」


「投げないで下さい!!!!」



 円筒状の筒をぽ――んと放り投げるので思わず声を荒げてしまった。



「それが書簡な――。装備と物資全般は明日の九時に受け取りに来い。説明は以上!! 帰って良し!!」


「了解しました」



 ったく。大事な物を無下に扱わないで下さいよね。


 心の中でぶつくさと文句を言いつつ、鞄の中に書簡を大切にしまった。



「ほれ。鬱陶しいガキ共が待っているんだろ??」



 あ、そうか。


 任務説明に集中していた所為か、すっかり忘れていたよ。



「本当はこれから任務に備えて日用品を買い揃えておきたいんですがね……」


「いいのかなぁ?? そんな事言って――?? ビッグスに口添えしちゃうぞ――?? 後輩達を蔑ろにしたって」



 呑気に椅子にもたれながら話す。



「構いませんよ。大体、ビッグス教官が俺を嵌めたのが良く無いんです」


「あはは。変わっていないなぁ、アイツ……」



 うん?? またさっきの柔和な顔だな。


 普段はこういった表情を見せる人じゃない……。


 も、もしや!?



「あ、あのぉ……。大変失礼かも知れませんが。御一つ質問をしても構いませんか??」


「ん――??」


「レフ少尉と……、ビッグス教官って。その、そういう間柄、だったので??」



 俺が突拍子も無い質問を投げかけると。



「……っ」



 ぽぅっと頬がやんわりと桜色に染まってしまった。


 おぉ……う。


 初めて見るな。この人がこうして頬を染めるの。



「き、貴様!! 上官に対して何て口の利き方をするんだ!!」


「で、ですから!! 最初に申しましたよね!? 失礼かと!!」



 桜から一転。


 熟れたリンゴも驚く赤さに変わり、怒号を撒き散らす。



「聞いて良い事と悪い事があるだろうがぁ!!」


「のわっ!!」



 木製のコップが空気を切り裂いて飛翔して来たので慌てて上体を屈めて躱す。



「避けんな!!」

「当たったら怪我するじゃないですか!! 任務前ですよ!?」


「こ、このっ!!」



 レフ少尉が腰に手を回し、短剣を抜剣しようとする姿を捉えてしまった。


 こりゃいかん!!


 身の危険が迫り、脱兎を超える速度で扉へと走り出した。



「そこに……。直れぇぇええ――ッ!!」

「し、失礼しましたぁぁああ!!」



 慌てて扉を閉めると同時に、何か硬い物体が扉にカツンッ!! と突き刺さる乾いた音が響き渡った。



 あ、危ないじゃないですか!!


 扉に背を預け、ずるずると崩れ落ちて安堵の息を漏らす。


 はぁ――……。殺されるかと思った……。



「あ、任務の説明終わりました??」


「今し方、ね」


「何か、こわ――い声が聞こえてきましたけど??」



 ミュントさんが膝に手を置き、心配そうな表情でこちらを見下ろしている。



「いつもの事だから御心配無く」


「ふぅん。何か――。上官って感じじゃないですよねぇ。口喧しい……おばさん??」


「頼む。レフ少尉の前で今の台詞は絶対に口にしないでよ??」



 あの手癖の悪い上官なら短剣処か、死刑囚の首を豆腐の様にスパっと刎ねてしまう切れ味抜群の大剣を持ち出しかねないからね。



「はいは――い。それじゃあ、行きましょうか!!」


「あ、おい!! 引っ張るなって!!」



 俺の右手を掴み、強制的に立ち上がらせると同時に大通りへと進み出す。



「えへへ。楽しみにしてたんですからね!! ほら。レンカ、シフォム。行くわよ!!」


「だから!! レイド先輩が困っているでしょ!!」


「はぁ――い。御飯楽しみだな――」



 ふぅぅ――……。


 任務説明が終わり、さあこれから一人気ままに街へ繰り出そうと画策していたのになぁ。


 これからの行動を考えると早くも体が疲れを感じてしまう。


 でも、まぁ……。


 こんな明るい笑みを浮かべているのはミュントさんが話す通り、余程楽しみにしていた証拠だ。


 いつかは分隊を束ねるやも知れぬし。


 丁度良い機会だ。


 聞き分けの無い子達に指導を施しつつ、自分の自身の勉強も兼ねましょう。


 無理矢理そう自分に言い聞かせ、明るい太陽に手を引かれながら大通りへと向かって行った。





お疲れ様でした。


本編でも触れましたが、彼はこれから後輩達の面倒を見る破目になります。今回の日常パートは後輩達の面倒となり、その後に御使いへと向かいますので今暫く彼等の日常を堪能して頂ければ幸いです。



さて、本日は日曜日でしたが皆さんは思うような一日を過ごせましたか??


日頃の疲れを癒す為にとことん体を休ませる事に専念した方もいらっしゃいますでしょう。私の場合は雨が降る中、いつも通りコツコツとプロットを書いていました。


本日の執筆の御供は……。


ヤツは人間を喰う為に生まれてきた!! 喰って食って食いまくる怒涛のモンスターパニック映画。


『ザ、グリード』です!!


知っている人は、うわっ!! 出たコレ!! と思わず椅子からふわっと立ち上がってしまう事でしょう。




主人公達は豪華客船の襲撃を画策している強盗を運ぶ運び屋で、強面お兄さん達の命令通り嵐の中。豪華客船へと向かい小型艇を操舵させられ、紆余曲折あって豪華客船に到着したのですが……。


巨大な船に乗っていた筈の三千人以上の客が忽然と姿を消していたのです。


不気味な空気が漂う客船を捜索していく内に彼等はとんでもないモノと遭遇してしまい……。


これ以上はネタバレになりますので話せませんが、B級映画の中でも最上級の面白さを誇るので数か月に一度定期的に見てしまうのです。



またコイツはくだらねぇ映画ばかり見やがって……。そんな暇があるのなら話を書けと大変て厳しい声が光る画面を超えて此方に届きましたのでもう少し書いてから眠りますね。



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


これから暫く続く長編の執筆活動の嬉しい励みとなります!!



台風が接近しつつあるので今週は天候に気を付けて過ごして下さいね。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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