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第百十一話 咲き誇る可憐な一輪の花

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 爽快に晴れ渡った冬の空から温かい日差しが地上を照らし、鳥達の爽快な歌声が青の中を通り抜けて行く。これから微塵も崩れそうもない良好な天候が本日の始まりを爽快に告げてくれた。



「お――いっ!! 蜜蜂の越冬の準備って全部終わったっけ――!?」


「いいや!! まだ半分程度しか終わっていないぞ!!」


「了解了解!! じゃあ道具一式持って行くよ――!!」



 素敵な天候を受けて里の通りを行き交う人達の表情もどこか朗らかに感じるな。


 彼等は今から里の仕事に携わり嬉しい労働の汗を流す。可能であれば俺も恩返しの一環として里の人達と肩を並べて先程の会話の中に出て来た蜜蜂の越冬の準備?? だっけ。


 彼等と共に蜜蜂に感謝を述べつつ仕事を手伝いたいですよ。


 窓枠の側の壁に肩を預け、目を細めながら遅々として過行く平和な光景を見下ろしていた。



「ふわぁぁ――……。はぁ、眠い」



 その平和な光景を受けた所為か、将又昨日までの激務の所為か。


 意図せずとも巨大な欠伸が続々と湧き上がって来てしまう。


 今は誰も俺の姿を見ていないからこうして何の遠慮も無しに欠伸を放てますが、彼女達が起床したのなら頑張って噛み殺しましょうかね。



 悠長な里の光景からアレクシアさんが休まれるベッドの上へと視線を動かすと。



「ん――……」

「ふっ。んっ……」



 何だか妙に男心を擽る甘い声を放つ二つの柔肉が互いの体を大切そうに抱き締めて心地良い眠りを享受していた。


 アレクシアさんの寝顔は年相応の女性が快眠を頂ているそのものの寝顔で体調不良の様子は微塵も感じられない。


 マウルさんの薬、そして幼馴染が直ぐ隣で眠っているから安心しきって眠っているのでしょう。



 一晩の看病の報酬は御二人の幸せな寝顔。



 これ以上に勝る報酬は要りませんよっと。


 だが、その……。何んと言いますか……。



「んっ……」

「すぅ……。ふぅ、んっ……」



 粘度の高い甘い声を漏らして毛布の中で互いの体を抱き合う姿を見ていると……。一日中起きていた時のあの妙な高揚感が良く無い感情の肩をポンポンと叩いてしまった。



『ふわぁぁ――……。あ゛ぁっ、ねっみぃ』



 御免なさい、貴方に用はありませんので暫く眠っていて下さいね。


 気怠く上体を起こして眠気眼をグシグシと手の甲で拭うもう一人の馬鹿野郎へそう言ってやる。



『誰だって肩を叩かれれば……。お、おぉっ!! 何々!? 二人同時に食べて良いの!?』



 彼女達は食べ物ではありません。



『うっひょ――!! 柔らかそうっ!! モチモチのスベスベでぇ……。きっとさいっっこうに美味いぞ!?!?』



 馬鹿野郎の意見には賛成ですが、残念ながらそういった行為に及ぶ体力は残っていませんので悪しからず。


 眠過ぎて少しでも気を抜いたら硬い床の上に倒れ込んでしまいそうだよ……。



「くぁっ……」



 もう数えるのも億劫になる欠伸を放ち、二羽の雛鳥の様子を見守っていると。



『……っ』



 聞き慣れ過ぎて辟易する足音が扉の向こうから聞こえて来た。


 あの歩調、足音、そして間隔……。アイツ、なんかいつもより焦って歩いていないか??


 見方によっては淫靡にも見えるベッドから視線を外し、至極平和な光景が広がる里の方へ顔を向けた。



「よぉっ!! やってるかぁっ!?!?」



 一族を統べる者が使用する部屋を何の遠慮も無しに開け放つ君のその果断、並びに敢然足る態度は正に天晴と褒めてやりたい所だが。


 此処は場末の酒場でも無ければ、気の良い店主が経営する民衆食堂でも無いのです。



「もう少し慎みを覚えて扉を開けろ」



 腕を組み、壁にもたれたまま物凄くツヤツヤの顔のマイへと言ってやった。


 夕飯、朝飯を馬鹿みたいに食べたから体力が全回復しちゃったのか。先程の軽快な足取りと今の無駄に覇気のある扉の開け方からしてそれが容易に窺えてしまった。



 ランドルトさんは俺の忠告を聞かずにアイツの望むままの量を提供しちゃったみたいですね。


 今度この里に訪れる時は必ず土産を持参しよう……。



「私の中の慎みちゃんは食欲様の尻に敷かれているからね。早々外に出て来れないのよ」



 慎みと食欲。


 全く種類の異なる感情なのに同じ場所で同席しているのですね。知りたくも無い龍の心の部屋の位置関係が本日も少しだけ明瞭になりました。



「おっじゃましま――っす!!」


「入るわよ――」



 朝も早くからぞろぞろと……。


 無駄に元気な龍を先頭に女性陣全員が顔を揃えて狭い部屋に集合した。



「あんた何で壁際にぼ――っと突っ立ってんのよ?? 腹が減ってんの??」



 どうして腹が減ると窓際に立たなければいけないのかしらね。


 心の部屋の位置関係は徐々に理解出来て来たが、お前さんの頭の中の地図は依然不明瞭ですよっと。



「ん」



 一々考えて返事をするのも面倒だったので、ベッドの方へクイっと親指を差してやった。



「あぁ――……、成程。ベッドの上で淫靡に絡みつく女性を見て、己の昂る感情を抑える為。そうやって誤魔化していたのね」


「エルザード。詳細を言わなくてもいい」



 マジマジと二人を見下ろしている彼女へ呆れた口調で言ってやった。



「ふわぁ……。ん――……」



 朝に不釣り合いな喧噪を受けて夢の世界から帰って来たのか。


 アレクシアさんとピナさんが瞼をグシグシと手の甲で拭きながら起き上がる。


 起きる仕草も一緒か、仲良しですねぇ。



「んぅ……。あっ!! み、皆さん!! おはようございます!!」



 アレクシアさんが部屋の中の面々に気付くと、慌ててベッドから立ち上がり此方へ向かってぴょこんと頭を下げると。



「アレクシアさん、それ」



 カエデが静かに彼女の乱れた胸元を指して注意を促した。



「へ?? わ、わぁっ!!」



 此処へ来てから何度も訪れた緊急事態を受け、外の景色を強制的に視界に入れてやった。


 首、痛めそう……。



「どうじゃ?? 調子は??」


「はいっ!! もうばっちりです!!」



 寝間着を正すと師匠の言葉に満面の笑みで答える。


 うん、本当に体調は良さそうだ。


 あの笑顔の為に皆は頑張ってきたんだよなぁ。喜ばしい限りだ。



「あの。所で……」


「何じゃ??」



 申し訳無さそうにアレクシアさんがおずおずと声を上げる。



「私に起きた病気の原因を教えてくれますか??」


「は?? ピナから聞かなかったの??」



 俺の視界を常に警戒しているマイが話す。


 そんなに厳しく監視しなくてもいいじゃないか……。そりゃさっきは偶然、チラっと薄緑の下着が見えてしまいましたけども……。マジマジと見た訳じゃないし。



「えぇ。ちょっと説教……じゃなかった。小言を聞いていましたので」


「アレクシア様がいけないんですよ??」



 ピナさんがベッドの上からじっと見上げる。



「そうねぇ……。ちょっとこっちにいらっしゃい」


「え?? あ、はい」



 手招きするエルザードの下へ、アレクシアさんがパタパタと軽い音を立てて歩み寄る。



「いい?? 貴女はね?? ――――。」



 こちらに聞こえぬ様、ヒソヒソと耳打ちを始めた。


 そういや。病気の理由ってなんだろうなぁ??


 エルザードから聞いた古代種?? だっけ。その種族の頂点に君臨する者が罹患する病。


 ちょっと気になるのが本音ですね。



「え、えぇっ!?!? それは本当ですか?? ふむふむ……。へぇっ……」



 くそう、気になるな。


 敢えて呼吸を鎮めて何気なく聞き耳を立てようとすると。



「おい。聞き耳立てんなよ??」


「分かってるよ」



 獰猛な野獣でさえアワワと口を開いて慄いてしまう狂暴な龍の瞳が襲い掛かって来た。


 少し位聞いたって良いじゃ無いか。


 だがまぁ、女性の体の事だ。男は踏み入るべきじゃないのかな。



「うっそ――……」


「でしょ?? ちょっと勿体ない事したわね??」


「えぇ……。なぁんだ。そんな事だったんだ……」



 エルザードとアレクシアさんが俺の方をみてニコリと笑う。


 濃い桜色と薄い桜色に見つめられ、思わず怪訝な表情を浮かべてしまった。


 え?? 俺、悪い事した??



「と、言う訳で。もう大丈夫って事よ」


「はいっ!! 皆さん、本当にありがとうございました!!」



 エルザードが彼女の肩をポンっと叩くと、俺達に向かって軽快にお辞儀をしてくれる。



「いいって事よ!!」


「ちょっと怖かったけど楽しかったよ!!」


「養生するのじゃぞ」


「しっかりと栄養を摂るのだぞ??」


「何かありましたのなら。いつでも呼んで下さいまし」


「その下着、可愛いですね」



 全回復した彼女へ向かって各々が労いの言葉を伝えた。



「ありがとうございます!! 後!! カエデさん!! 下着の事は今、関係ないですっ!!」


 でしょうねぇ。


「ちらりと見えてしまいましたので」



 ふっとカエデらしい笑みを浮かべてそう話す。


 美しく可憐な花が部屋の中で咲き乱れる。


 俺は宛ら、雑草?? いや。路傍の小石??


 花弁が宙に舞って咲き乱れる中、武骨な石は肩身を窄めいつまでも続く花達の会話を透き通った心で見つめていた。



「あはは!! も――、皆さん。心配し過ぎですって」


 その中で一際強く輝く一凛の花。



 彼女の為にこれだけの魔物が集まったのだ。


 仲間を想う心は強くそして、美しい。



「アレクシアさん、体の調子は如何ですか??」


「先ず先ずといった所ですかね。只、夜更けまでピナの小言が続いていましたので若干寝不足です」


「アレクシアっていい匂いだよね――!!」


「ちょ、ちょっとルーさん!! どこに鼻をくっ付けているんですか!?」



 喧しい花達に囲まれ絶え間なく表情が移り変わるアレクシアさんの表情を、僅かながらの憐憫を含めた瞳でいつまでも飽きる事無く静かに観察していた。



 そんな和気藹々と高揚した空気が漂う中。



「さて!! お主達!! 帰って稽古の続きじゃ!!」



 師匠の言葉が強烈にそして無慈悲にこの素敵な雰囲気を打ち砕いてしまった。



「えぇっ!? 今からぁ!?」



 アレクシアさんの胸元から大きな鼻を外したルーが金色の瞳をキュっと丸めて師匠を見つめる。



「稽古の途中じゃったし。それにまだお主の休みは残っているのじゃろう??」


「え、えぇ……。後五日ほど……」


「今回の遠征でお主達はまだまだ精進が足りぬと判断した。よって!! 植物擬きの戦闘よりも更に厳しい稽古を与えてやるから覚悟しておけ!!」



 じょ、冗談は程々にして下さいよ……。


 こちとら夜通しの看病をして、怪我もまだ完治していないのですよ??



「あんただけ帰りなさいよ。私達は此処で少し休んでから帰るし。ね――??」



 エルザードがアレクシアさんの手を取って優しく上下に振る。



「み、皆さんがそうしたいのなら構いませんけど……」


「ならんっ!! 気の緩みが弱さに繋がるのじゃ!! 戦いに身を置く者は常々に気を張っておからねばならんのじゃ!!!!」



 師匠が目を瞑りウンウンと大きく頷くが。



「ねぇ!! 鳥姉ちゃん!! 特別な蜂蜜食べさせて!!」


「おっ!! いいねぇ。あたしも食べたいと思っていた所さ」


「えっと……。じゃあそれを召し上がってから帰ります??」


「い――やっほ――ぅっ!!!! 有難う!! 流石女王!! 太っ腹ぁ!!」



 マイが龍の姿に変わると、アレクシアさんの顔にひしと抱き着き頬ずりを始めてしまう。


 そして我が師匠の御言葉はこの部屋に再び充満した温かい空気の中に飲まれ、霞の如く消え去ってしまった。



「そう言う訳よ。ほら、くっさい狐はさっさと帰れ。シッ!! シッ!!」


「じゃかましいわ!!!! あの匂いならとうの昔に消えたわ!!」


「あ――、くっさい。くっさい。ねぇ、アレクシア。あんたも臭いと思うわよね――??」


「へっ?? 別にそうは思いませんけど……。後、マイさん。ちょっと痛いのでもう少し手加減して頬ずりして下さい……」


「嫌よ!! 何かスベスベで気持ち良いしっ!!」


「マイちゃん代わってよ!! 私もスベスベしたい!!」


「ちょ、ちょっとぉ!! あはは!!!! 止めて下さ――いっ!!」



 皆様、大変申し訳ありませんが。彼女は文字通り病み上がりなのでもう少し静かに過ごして下さい。


 喜々として咲き誇る色とりどりの花達の中央。その中の一輪の麗しき花が己の陽性な感情を表す様に激しく花弁を揺らす。


 当たらぬ蜂には刺されぬと言われる様に、俺は一人静かに部屋の片隅からこれでもかと咲き誇る美しき花達の様子を只々見守っていたのだった。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


いいね、そしてブックマークをして頂き有難う御座います!!


本当に嬉しいです!!!!



さて、約一か月に亘り連載させて頂きました長編もこの話で一応の完結を迎えました。日常パートから、ちょっとした稽古に龍の力の暴走。そして植物達との戦いに謎かけ。


凡その予定通りに筆が進み完結した事について、後書きを書いている今の心情としてはホッとしているのが本音ですね。最初から最後まで読んで頂いた読者様には感謝してもしきれませんよ……。


しかし、次話からは新しい御使いが始まりますので改めて気を引き締めて連載を続けたいと考えております。





次の御使いは今回の長編よりも更に長くなる予定ですので宜しければブックマーク、そして評価して頂けると大変嬉しいです!!


これからも応援宜しくお願い致します!!



暑い日々が続きますが頑張ってこの季節を乗り越えましょうね。


それでは皆様、お休みなさいませ。


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