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第百十話 二人っきりの素敵な看病の夜 その二

お待たせしました。


後半部分の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 体の中に残る倦怠感がまだお前は病から完治していないのだぞと、人知れず己の体調の悪さを知らせてくれますが……。


 私の心はそんな倦怠感など放置して目の前の状況を楽しめと嬉しく叫んでいた。


 この深夜のおしゃべりが翌日に響く事は勿論理解しています。


 でも……。


 心の暴走を止める手立てを持ち合わせてない私は己の想いをそのまま口から素敵な雰囲気が漂う部屋の空気へと流し続けていた。




「それで、ふふっ。ピナったら私の御飯を……。あれ?? レイド、さん??」



 妙に静かな雰囲気を察知して彼の方へ視線を向けると。



「…………」



 椅子に腰かけて器用に眠っている彼の姿を私の視界が捉えた。


 腕を組み、項垂れ、コクリコクリと頭が揺れ動く。



「レイド……さん?? 眠っちゃいました??」



 私がそう話しても一向に起きる気配が無い。


 そっかぁ。疲れて寝ちゃったか。


 残念だな……。


 いやいや!! 何を考えているの、私!!


 レイドさんは私の為に、こんなに傷ついてまで薬を取りに行ってくれたのよ??


 それなのに、残念って……。


 でも……。うん。やっぱり残念だな。



 彼と続ける会話は私の寂しい心の隙間を十分に満たしてくれた。


 温かい感情を乗せて交わす言葉。正直な感情の朗らかな笑み。そして、時折見せてくれるこちらを真に心配する様。


 そのどれもが、かけがえのない宝物に見えてしまう。



「レイドさ――ん。お――い。もしも――し」



 一縷の希望を託し、産まれたての雀程の声で話すが。



「…………んっ」



 小さな寝言しか返って来なかった。


 しかし。


 その寝言が女性の部分の何かを大いに刺激してしまった。



 はぁ…………。優しいなぁ。


 レイドさんって。


 他種族である私達に対して普通に接してくれる。只、知り合って結構な月日が経つのに今だ敬語を使うのはちょっと残念かなっ。


 まぁ、彼と私の立場を踏まえれば当然ですけどね。



 彼の優しさにいつまでも触れていたい。彼の温もりを感じていたい。


 我儘な私の心がそう叫んでいた。



「…………。起きないと悪戯しますよ??」


 ベッドに腰かけて彼の足をちょんっと指で突く。


「……」



 それでも起きない彼の様子を受け。もう一人の悪い私が目を覚まして体を容易く乗っ取ってしまった。



 これは……。違うのです!!


 悪い私の所為なのですよ!!


 等と独り善がりの、体の良い言い訳を己に言い聞かせ彼の太ももに手の平を添えた。



 …………。


 わっ、温かい。


 彼の優しさが目に見えてしまう温もりとなり、手の平を通じて私の体に伝ってくる様だ。


 手から腕へと伝わり体の奥底に染み渡り体がそして心が春の温もりに包まれる。


 堪らないなぁ……。


 ずぅっと、こうして触れていたです……。



「んんっ……」



 あ、寒いのかな??


 彼の傷付いた体が何かをせがむ様に小さく震える。



「よいしょ」



 彼の足元に置かれている毛布を手に取り、肩から掛けてやった。


 どうですか??


 再び、ベッドに腰かけ下から覗き込む様に顔を窺うと。



「…………」



 うん、良かった。柔らかい表情になってる。


 駄目ですよ?? 看病している人が風邪を引いちゃ。



 優しい寝顔から、上着を脱いで剥き出しになっている彼の右腕に視線を移す。



 額に巻かれた布も心配ですが……。やっぱりここが一番酷いですよ、ね??


 白い布に血がじわりと滲み痛々しい褐色へと変色している。



 どうして……。こんな酷い怪我を負うまで頑張れるの??



 私の為?? それとも私が情けない姿を晒したから?? ピナに頼まれたから??



 ねぇ、レイドさん。教えて下さい。



 痛々しい姿の布にそっと手を添えると。



「…………ッ」



 痛みを感じたのか。


 一瞬だけ、体がビクリと動いてしまった。



 痛い、の??


 ごめんなさい、全部私の所為です。



「ごめんね??」



 小さく、蚊の羽音よりも本当に小さく彼に詫びた。


 出来る事ならこの痛みを私の腕に宿してあげたい。彼から痛みを取り除いてあげたい。



 どうして私は女王なのだろう。



 出来る事なら彼を連れて大空をどこまでも飛翔し、誰にも邪魔されない世界へと飛び立って行きたい。


 でも、それは叶わぬ事と知っている。


 彼にもやるべき事があり、当然逆もまた然り。


 私は……。彼の障害になるべきでは無い。


 それなのに……。この様ですものね。


 本当に、何と詫びればいいのか……。



「ねぇ。私、邪魔。かな??」



 問いかけても無駄だと分かっていても、情けない言葉が出て来てしまう。



「ごめんなさい。いつも……レイドさんに迷惑を掛けてばかりで」



 以前は里を救ってくれた。そして、今回も私を救ってくれた。


 彼はいつかの恩返しと微笑みを浮かべてくれたがそれでも私の心は悪戯に傷ついている。


 どうして。


 私はこの人に迷惑を掛けてばかりなのだろう。本当は、彼を支えてあげたいのに。


 自分が情けなくてそして大っ嫌いになりそうだ。



「レイドさぁん……。駄目な私を叱って??」



 あ、あれ?? 何で??


 レイドさんの体が近付いて来るの??



「もっと……。いけない私を怒って??」



 い、いけないですぅ!! これ以上は!!


 もう一人の私が彼の太ももに両手を置き、淫らにナニかを請う姿勢でレイドさんの前に膝を着いている。



 体が……。熱いです。


 また、熱が出て来たのかな??


 違う。これは……うん。やっぱり、そうですよね。



「ほら……。叱らないと。酷い事しちゃいますよ??」



 えぇえぇッ!? 何言ってるの私!?


 自制心が燃え盛る感情によって制御不能に陥り、折り畳んでいた膝が伸びて彼の顔へ向かって体が伸び行く。



 わっわっわっ!!!!


 私の体、言う事聞いてぇ!!!!



「ねぇ……。レイドさん……。私を……食べてみますか??」



 いぃ!?!?


 ぜ、絶対言わないよ!! そ、そんな事!!


 もう一人の獰猛な私が体を全部乗っ取り、彼の甘い吐息が顔に掛かる位置まで伸びて来てしまった。



「後で貴方に沢山怒られますから……。だから……。許して、ね」



 互いの吐息が混ざり合い、絡みつき、熱を帯びてしまった空気を吸い込むと頭を刹那に惚けさせてしまう。


 制御を失った私の顔は重力に逆らう様に彼の下へと吸い込まれて行った。



 んぐわぁ!! もぅ無理ぃい!!



「これが最後の警告です……。今から、私はあなたの……」



 レイドさんの前髪が顔に触れると、体温が一気に爆ぜた。


 血液が煮沸されそれが全身に行き渡ると……。もうどうにでもなってしまえ。


 そんな気持ちが生まれてしまう。



「……っ」



 獰猛なもう一人の私に心も体も全て預けて瞳を閉じた。


 レイドさん……。ごめんなさい。


 私の初めて、受け取ってね??














































「……………………。レイドさ――ん。起きていますかぁ――??」

「ぴぃっ!!!!」



 突如として扉の向こう側からピナの声が響いたので口から心臓が飛び出すかと思った。


 慌てふためき、鷹も目を丸くする勢いでベッドへ飛び乗り慌ただしく毛布を被る。



「失礼しま――す」


「お、おはよう。ピナ」



 出来るだけ動悸を悟らぬ様、しっかりと呼吸を整えた後に声を出した。


 ば、ばれていないでしょうね??



「ア、アレクシア!! 目を覚ましたの!?!?」


「きゃっ!! も、もう。大袈裟よ……」



 その場から遠慮も無しに踵で床を踏み付け、私のベッドへと飛び込んでくる。


 全く。二人だけだからいいけど。もう少し態度と所作に気を付けなさいよ。


 あ、二人きりじゃなくてレイドさんもいましたね。



「良かった。本当に……。良かった」



 彼女の目に浮かぶ大粒の涙が私の容体の酷さを物語っている。


 幼馴染である彼女が泣く程だ、本当に危なかったのね……。



「んぅ……?? はれ?? ピナ、さん??」


「レイドさん!! アレクシアが目を覚ましましたよ!!」



 この騒動で目を覚ましたレイドさんがぼぅっとした瞳で私達二人を捉えた。


 良かった。


 本当に眠っていたのですね。



 私の醜態に気付いていたのなら、彼の性格上平然を装う事は無理でしょうから……。



「ん――。くっはぁっ……」



 喜び、歓喜の声を上げる彼女に対し。


 レイドさんは凝り固まった体をのんびりと解す。



「ん?? レイドさん。喜ばないんですか??」


「へ?? ん――?? さっきさ」



 わぁっ!! 言わないで!!


 私が必死に彼の顔をじろりと睨むと……。


 此方の心情を察してくれたのか。



「……っ」



 ピナにバレない様に片目をきゅっと瞑って合図を送ってくれた。


 ちょ、ちょっとずるいなぁ……。その仕草は。



「少しだけ目を覚ましてね?? でも、容体が宜しく無かったからまた眠ったんだよ。アレクシアさん。話せるまでに回復しましたね??」


「えぇ。何んとか……」



 も、もぅ!!


 何も言わないのに理解してくれるなんて……。


 卑怯ですよ。


 まるで長年連れ添った恋人みたい、じゃあないですか!!



「そうだったんですか……。アレクシア、貴女はまだ本調子じゃありません。ほら、早く横になって!!」


「え――。でも、ずっと寝ていた所為か。眠れなくて」



 それにレイドさんともっとお話していたいし??



「え――じゃあありません!!!!」


「あいたっ!!」



 ピナの手がぴしゃりと私の額を叩く。



「ちょっと!! 私、女王なのよ!?」



 全くこの子は!!


 よりもよって、レイドさんの前で!!



「今は二人きり……。じゃあ無いですけど!! 二人の時は友人関係でいたいって言ったの覚えています!?」



 むんずと可愛い顔が近付く。



「それは……まぁ……」



 可愛い顔から少し視線を外してしどろもどろに答える。



「だったら言わせてもらいますけどね!! 皆さんがどれだけ苦労と苦痛を潜り抜けて来たと思っているんです!?」


「レイドさんの様子を見れば分かるよ……」



「いいえ!! 分かっていません!! 瓢箪のお化け、支離滅裂な迷路、それと薔薇のお化け!! 命を落としてもおかしくない森から帰って来たんですよ!? それなのに、アレクシアときたら!! え――。でもぉ。ずっと寝ていた所為かぁ。眠れなくてぇ。 じゃあありません!! 女王の気概を持って然るべき態度を取って、礼を尽くすべきなのに!!」



「もぅ……。五月蠅いなぁ……」



 両手で耳を塞ぎ、彼女の剣幕から逃れる様に毛布へ潜る。



「こら!! 逃げるな!!」

「きゃぁっ!!」



 しかし、それを良しとしない彼女に強烈な勢いで毛布を引っぺがされて逃げ道を失ってしまった。



「あはは。二人の新しい一面を見られた気がするよ。お邪魔だったら、退出しようか??」



 レイドさんがそう言い、腰を上げるが……。



「いいえ!! 結構です!! マウルさんが仰っていた通りにして下さい!!」


「あ、はい」



 ピナの剣幕を受け、そのまま静かに着席した。



「ね、ねぇ?? 明日じゃ駄目かな?? ほら。レイドさんもいる事ですし??」



 助けを請う目で彼を見つめるが。



「…………」



 柔和な顔で見返してくれるだけ。


 その目はまるで子供のじゃれ合いを見つめる優しいお父さんの目そのものであった。



「駄目!! レイドさんの怪我だって。あ、一部は違いますけど。ほら、顔の傷!!」



 ピナがレイドさんの頬を指差す。


 良く見ると。


 薄っすらと鋭利な物で傷付けられた様な傷跡が残っていた。



「あれがどうしたの??」


「毒ですよ。ど、くっ!! それを受けてもなお立ち上がり。敵に向かって行ったんです!!」


「そ、そうなのですか??」



 さっき話してくれた内容にそんな言葉は出てきませんでしたけど……。



「まぁ……。師匠の手前。逃げ出す事は出来なかったからね」



 私の為に……。そこまで……。



「はぁい。見惚れるのはそこまでです!!」



 ピナが私の顔をぐいっと掴み、彼の温かな顔から恐ろしい鳥の顔の方へと強制的に方向転換させられてしまった。



「見惚れてなんて……」



 見透かされたのが妙に悔しいですねっ。



「それだからかなぁ?? 胸元が開けている事に気付かないのはぁ??」


「……っ!?!?」



 や、やだ!! 嘘!? いつの間に!?


 慌てて服の前を閉じる。


 すると。



「……っ」



 レイドさんも頬をぽりぽりと掻きながら明後日の方向を向いてくれた。



「娼婦じゃないんですから。アレクシアの肩書は女王ですよ?? それなのに……風格もへったくれもありませんね」


「だって。起きて直ぐだしっ」


「唇を尖らせても無駄ですっ!! あ――。安心したらどんどん文句が沸いて来た。覚悟して下さいよ?? 眠たくなっても説教してあげますからねっ!!」


「レイドさぁ――ん……」



 お願いです。


 この口喧しい鳥の口を閉じてやって下さい。



「ピナさん。ほら、病み上がりだし。その辺でいいんじゃないですか??」



 さっすが!! 私のレイドさんっ!! やっさしい!!


 おほんっ。


 今のは私の勝手な妄想ですっ。



「甘いですっ!! 気の弛みがきっと病気に……。っと、これは違いますね。兎に角っ!! 弛んでいるのでここでしっかりと引き締めます!!」


「もぅ勘弁してよぉ……」



 耳を塞ぎ、ベッドに顔を埋める。



「あはは。災難続きで大変だね??」


「笑い事じゃないんですよ!? これから大変な時が来るって言うのに……。男性の前で胸元を開く女王なんて聞いた事がありますか!?」


「若干一名、下にいるぞ??」



 あ、きっとエルザードさんの事だ。


 今は遅い時間んだから後でお礼を言わなきゃ……。



「アレは別ですっ!!」


「アレって。あはは、もう少し優しい言い方で呼んであげなよ」



 レイドさんの笑い声。



「アレクシア!! 聞きなさい!!」



 ピナの喧噪。


 さっきまで素敵な空気がこの部屋に充満していたのにぃ……。


 たった一匹の五月蠅い鳥の侵入を許した所為でこれですもの……。


 もぅ――。やだなぁ。



「若いって理由で何でも許される訳じゃないんですよ!? 女王足る者。気品に満ち……」

「ん――っ……!!」



 枕に顔を埋めたまま足を無意味にバタつかせ、精一杯の抵抗を見せるが。



「足ぃっ!!!!」

「はぁ――い」



 速攻でピナに抑え付けられてしまう。


 ピナの苦言に嫌々と首を横に振れば。



「あはは。可愛く嫌がるね??」

「……っ」



 と、レイドさんの優しい声が私の心の水面にトクンと嬉しい波紋を生じさせてしまう。



 厭忌な心と温かい心が交互に訪れて心がどうにかなってしまいそうだった。


 口煩い鳥から与えられる羞恥から解放されない事に辟易しても、彼から偶に訪れる堪らない幸福が痛みを和らげてくれる。


 早く終わって欲しい、いや。終わって欲しくない……。


 そんなジレンマに苛まれ、悶々とした感情のまま夜は更に黒を増していったのだった。



お疲れ様でした。


本日の夕食はコンビニで買った蕎麦だったのですが……。少々お行儀が悪いかと思いますが、編集作業と並行して頂いていました。


どちらかと言えば辛い物が好きなので冷蔵庫の中に保存してあった山葵を取り出し、葱の側に大量に配置。


美味しく頂きながら光る箱へ文字を打ち続けていたその時。


突如として熱したドライバーを鼻の奥に捻じ込まれた様な感覚に襲われました。


どうやら葱と山葵の配分を間違えた様で?? 久し振りにあの独特の感覚を味わいましたね。


盛大に咽つつ冷たい御茶で必死に辛さを誤魔化し、瞳の奥から滲み出て来る汗を拭きつつ投稿させて頂きました。


皆さんも山葵の大量摂取には気を付けて下さいね??




いいねをして頂き、そしてブックマークをして頂き有難う御座いました!!


暑さで徐々に萎えつつある執筆活動の嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、暑さに気を付けてお休み下さいね。

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