第四十九話 文明の香り
お疲れ様です!!
今日の投稿になります!!
ごゆるりと御覧下さい。
少々歪な形を形成する轍の上を進む。
足はこんな状態の道の上を歩くなと顰め面を浮かべ。
体は腰を痛めても知らないぞと警告を放ち続ける。
旅に慣れた者、或いは誰しもが顔を顰めてしまう道の状態なのだが……。実の所、心は高揚してしまっている。
そりゃあそうだろう。
確かに刻まれた人の文明の上を約一月半振りに進んでいるのだから。
任務へと発ち、人の文明が及ばない深い森の中を抜け。
暑さと熱砂で顔を顰めてしまう砂浜へと出て。
じっとりとした空気が漂う密林を出てからは首を傾げたくなる霧の中をおっかなびっくり進み、漸く辿り着いた文明の残り香なのだ。
感慨深い想いを抱いても致し方あるまいて。
「レイド。もう直ぐ到着しますよね??」
ウマ子の手綱を引き、のんびりと夕日に染まる空の下を歩いているとカエデに呼び止められた。
「後……。そうだな。一時間位かな??」
先程地図で確認したので大まかな場所は把握済み。
大陸西よりの田舎町。
恐らくさびれているであろうが、何も無いよりはマシな街。ハドレーと呼称される街まで残り僅かだ。
「分かりました。皆さん、少々宜しいでしょうか??」
カエデが轍の上に立ち止まり。皆に注意を促す。
どうしたんだろう??
「如何為されました?? カエデ」
黒の着物を美しく着こなすアオイが、俺と同じく疑問を持った顔で立ち止まった。
人の街に入る予定ですので、本日は胸元をキチンと整えていますね。
可能であれば……。毎日そうして頂けると幸いです。
視線の置き場に大変困るのですよ。
「これから人の街へと足を踏み入れるのですが……。皆さんにとある魔法を掛けたいと考えています」
「「とある魔法??」」
列の最後方に立つマイとユウが話す。
「はい、私は一方通行と呼称している魔法です」
「一方通行?? どんな魔法なの??」
一方的に何かを可能にした魔法なのだろうか。
如何せん。
魔法に疎いので質問ばかり投げかけてしまいますよね。申し訳無い。
「私の父と母が約百年以上の時を掛けて構築した高度な魔法です。人の肉体には魂が宿っていると考えられています。父と母は、魔女が起こした厄災。つまり、認識阻害は肉体の部分に多大なる影響を与えているのではないか。その考えに至りました」
「ふむふむ。それで??」
マイが腕を組みつつ話す。
「この一方通行は肉体が受ける認識阻害の影響をたった二十四時間ですが。緩和する事が可能になります」
「嘘!! 凄いじゃん!!」
マイが驚くのも無理はない。
僅かな時間だが人の言葉を理解出来る様になるのだから。
「相手の言葉と文字は理解出来ます。しかし、此方から会話をそして文字を伝えるのは不可能です。」
「だから……。一方通行か」
意思の疎通が完璧に可能になった訳では無いが。相手の会話を通し、身振り手振りで此方の意思を伝える事も出来る。
不便そうで大変便利な魔法だよな。
「人間が描いた文字、言葉は理解出来ます。これで混乱する事は無くなりますが……。此方の言葉は向こうに対して。大変形容し難い言葉に聞こえますので口を開かぬ様。必要な言葉は念話で伝えて下さい。宜しいですね??」
カエデが強くマイ達に促すと。
「了解――」
「んっ、分かった」
「畏まりましたわ」
三者三様、それぞれ違った肯定の言葉をカエデに伝えた。
「では……」
周囲に人が居ない事を確認すると、マイ達に向けて両手を翳した。
「我は全能なる海神の僕。理を統べし者は賢者……。理を破壊し尽くす者は愚者。厄災を払い、打ち消せ!! 行きますっ!!!!」
カエデが魔力を籠めると煌びやかな青の魔法陣を展開。
そこから青の光が放射状に一旦空へと上昇し、そして刹那に方向を転換して三名を包んだ。
「んおっ!? なんか、体が温かいんだけど!?」
マイが青白く光る体を見下ろしつつ話す。
「私が強力な魔力を籠めましたのでその影響かと。ふぅ――……。これで終了です」
最後にカエデの体を青白い光が包むと、額から零れる汗を拭った。
「お疲れ様、有難うね」
労いと謝意を同時に彼女へ送ってあげた。
これで、大丈夫なのかな??
カエデを疑う訳じゃないけど、後は効果を確認するだけか。
「いえ。これも私の務めですので。さて、行きましょうか」
いつも通りの歩調で進もうとするが……。
「あっ」
地面の小さな起伏に躓いてしまった。
「っと……。大丈夫??」
白の長いローブに包まれた細い腕を手に取る。
相変わらず、細い腕だな。
この細い体だと長時間の移動も辛いだろうに。
「え、えぇ。大丈夫です」
「一気に魔力を消費し過ぎた代償ですわね」
アオイがカエデの肩に手を添えて話す。
「一体どれくらいの量??」
試しにカエデへ問うてみる。
「マイの魔力の許容量が百だとします」
ふむふむ……。
「今し方発した魔力は凡そ、千ですね」
「千!?」
数十程度かと思いきや。
桁が違いましたね。
「肉体的に劣る分、私達よりも桁違いの許容量を備えていますのよ?? ですが……。余り無理は禁物ですわよ、カエデ」
「分かってる。もう大丈夫」
ふぅっと言葉を漏らし、ちょっとだけ無理が見える速度で進んで行ってしまった。
「本当に、負けず嫌いな性格ですわねぇ……」
「一長一短な性格だけど……。皆を想う気持ちは見ていて気持ちが良いもんさ」
アオイと肩を並べ、カエデの後ろ姿を見つめる。
あんな小さな背中だってのに……。
無理をし過ぎるのがカエデの悪い所だな。
「うふふ。そうですわね。さっ、レイド様?? 街に到着しましたのなら、熱い一夜を過ごしましょうね??」
それは勘弁して下さい。
やんわりと御断りの言葉を放ち、少しだけ小さくなった皆の背を追い始めた。
◇
此方の予想通りと言うべきか……。嬉しい方向に予想を裏切ってくれない街の寂しい入り口が俺達を弱々しい顔で迎えてくれた。
街道を沿う様に建てられた普遍的な木造建築物が奥へと連なり、入り口の看板には掠れた文字でこう書いてあった。
『此の地に希望を!!』
正にその通りだ。
この街にそして、大陸全土に活気を取り戻す為。
我々の仲間が粉骨砕身の想いで任務に取り組んでいますので、もう少々お待ち下さい。
大陸の西よりに位置している所為か、人通りも疎らでどこか寂し気な印象を与えている。
人が少ないのは予想出来たけどさ。
もうちょっと活気ある街に入りたいよね。まぁ……。休めるだけ嬉しいけども。
厩舎にウマ子を預け。
俺の帰りを待つ者達へと合流を果たした。
「お待たせ!!」
「遅い!! 早く御飯を食べに行くわよ!!」
そう話すと同時に、愚か者さんが我が物顔で街の入り口へと堂々と進み行く。
「待てって。俺が先頭を歩くよ」
此処は人が住む街。
魔物がいけしゃあしゃあと進めば何が起こるか分からん。
それに……。
「うふふぅ。良い香りがするのはあそこの建物ねぇ――……」
湧き上がる涎を堪えつつ、只一点を注視する御方が暴走せぬよう。俺が監視の目を光らせねば。
「取り敢えず、今日の宿と食事処の確保だな」
家と家で挟まれた街道を進みつつ、誰とも無しに話した。
「食事処の確保は彼女に任せて……」
「うふぇふぇ……。み――つけたっ」
カエデが早足で進むマイの背中を呆れた瞳で見つめ。
「宿はどうします??」
そしてクルリと顔を反転させて、藍色の瞳で俺を見上げた。
街道に沿う形で置かれている松明の橙の明かりの所為もあってか。藍の色がいつもより綺麗に映るのは気の所為でしょうかね??
「食事処で聞いてみるよ。土地勘が無い以上、そっちの方が手っ取り早いし」
既に太陽は沈み、人の姿も疎ら。
あれこれと伺っている内にいつもの野宿になってしまったらあの御方になんと罵られる事だろうか。
罵られるのならまだしも。
勢い余って首を捻じ切れんばかりに殴られる虞もある。
「了解しました。マイ、食事処は……」
「あそこよ!!」
彼女がビシッ!! と指差したのはこれまた普遍的な建物だ。
だが、他の家と造りがちょっとだけ違う。
一階部分は横に広く、そして二階部分も一階と比例するように広い。
大人数が収容できる造りですね。
その建物の入り口に立ち、中の様子を窺おうとしていると。
「あら?? お客さん??」
大分痛んだ木の扉が開かれ、中年の女性が外の様子を窺う様に出て来た。
「あ、はい。本日この街にお邪魔して食事処を探していたんですけど……」
「丁度良かった!! もう店じまいしちゃおうかと考えていたんだよ!! ささ!! 入って!!」
「え、えぇ。お邪魔します……」
半ば強引に店の中へと案内され、痛む扉を潜った。
丸い机が五つ。
開けた空間に寂しそうに座っている。
本来であれば美味しい食事に目尻を下げ、酒を片手に愚痴を零し合う場所なのだろうが。
今日はその明るい景色はお預け。
誰も居ない無駄に広く寂しい空間が俺達を迎えた。
「好きな場所に座ってていいよ。今からお水持って来てあげるから!!」
「はぁ……。皆、聞こえた??」
先程の一方通行?? だっけ。
その効果の確認じゃあないけど。
入り口付近で待機するマイ達へと振り返ると。
「ばっちりよ!!」
「あぁ、普通に聞こえるな」
おぉ!!
効果覿面って訳か!!
「流石ですわね、カエデ」
「別に、普通。さぁ、座りましょう」
アオイの言葉を受け。頬がぽっと朱に染まったまま部屋の隅の机へと向かって行った。
意外と照れ屋さんですよね。
「んふふ――!! さぁさぁ!! どんな御飯が私を待ち構えているのかしらねぇ!?」
丸い机を囲んで座り、正面に座ったマイが品書きを手に取って話す。
「あまり派手に頼むなよ?? 目立つ行為は御法度なんだから……」
背負っている背嚢を足元へと置き。
座り心地が余り宜しく無い椅子に腰かけ、もう一つの品書きを手に取りつつ注意を促してやった。
品書きに書いてある料理を全部持って来いとか勘弁してくれよ??
「わ――ってるって!! ユウはどれにする??」
「ん――。あたしは……」
さてと。
黙っていても料理が決まる訳ではない。
俺も決めようかな。
大分痛んだ紙で作成されている品書きを手に取り。
「レイド様っ。ご一緒に見ても宜しいですか??」
「あぁ、良いよ」
右隣りに座る彼女と早速品定めを開始した。
何々??
鶏肉の香草焼き。
季節の野菜パスタ。大蒜と胡椒のパスタ。
特製スープに、豚肉の胡椒焼きに後は酒類諸々、か。
随分とスッキリした品揃えだな。
「お待たせしました……」
ん??
随分と覇気の無い声ですね??
先程の中年女性とは違い、俺達と然程変わらぬ歳の女性が盆に水を乗せてやって来る。
声に覇気は無く何処か気怠そうな表情だ。
よっぽど疲れているのだろうか??
「ご注文なのですが……。大変申し訳ありません。街への供給状況が大変悪く……。大蒜と胡椒のパスタしか提供出来ません……」
あらまっ。
それなら仕方ない、か。
「ではそれを五つ下さい」
『一つは特盛って伝えろ!!』
はいはい……。
食の権化が量の催促を念話で伝えて来た。
「その内の一つは大盛に出来ますか??」
「えぇ、構いませんよ……」
『特盛っつってんだろうがぁ!!』
うるさっ!!
大音量で叫ばなくても聞こえていますよ!!
頭の中で響くのはまだ慣れていないのですから!!
「オホン。大盛では無く、特盛でお願い出来ますか??」
「畏まりました……。暫くお待ち下さい……」
そう話すと、耳を傾けないと聞き取れない足音で店の奥へと姿を消してしまった。
夜分遅くに御免なさいね。
きっと昼間の疲れが残っているのだろう。
「レイド。ファストベースまでどれ位??」
カエデがコクンっと水を飲み終えて話す。
「ちょっと待って……」
足元に置いてある背嚢から地図を取り出し、机の上に開く。
「今が此処だから……。北西に向かう街道を進んで。最初の分岐点を西へ……。そして、街道から少し外れた位置にあるから……。大体五日位かな」
どんぶり計算でそれ位だろう。
到着後、任務内容を伝え。一路レイモンドへ。
レイモンドに到着するのは……。六ノ月に入ってからだな。
「分かりました」
「五日かぁ。その後はこの大陸で一番大きな街に向かうんだろ??」
ユウが快活な笑みを浮かべつつ話す。
「アイリス大陸の全人口約五百万人の内、二百万人が住む超大きな街だぞ?? 人口もさることながら、広さも桁違い。人の多さにうんざりするかもね」
俺も初めて訪れた時は空いた口が塞がらなかったものさ。
口をポカンと開けて歩いていたら都会人に。
『どこ見て歩いていやがる!! 前見て歩け!! 田舎者が!!』
と。
田舎者が受けるべき洗礼を頂き、その足で訓練施設へと向かい二年過ごしたのです。
得意気に話しているのだが、実はそこまで街に精通していない事は内緒にしておきましょう。
未だ見ぬ都会に憧れを抱く会話が飛び交い、平和な光景に肩の力を抜いていると。
「お待たせ!!」
「お待たせしました……」
中年のおばちゃんと、若い娘さんが注文した品を運んで来てくれた。
「ごめんね!! こんな物しか用意出来なくて!!」
「い、いえいえ!! 凄く美味しそうですよ!!」
たっぷりと油を纏った美しい麺と、鼻腔を擽る大蒜の香りが食欲を多大に湧かせますので。
素晴らしい香りを堪能していると。
「失礼します……」
若い娘さんが心配になる声を出して下がって行ってしまった。
「あの……。娘?? さんですかね。体調が随分と優れないみたいですけど大丈夫ですか??」
「娘じゃないよ」
あら。
失礼しました。
「数日前からかな?? 変な夢を見てから体調が優れないんだってさ」
「夢、ですか」
相当恐ろしい夢でも見たのだろう。
可哀想に。
「まぁ、寝れば治る!! んで、お兄さん。宿、探しているんじゃない??」
ほぅ。
流石、店を営むだけあって客の要望を見抜く事に長けていますね。
「そうですね。何処か良い所があれば宜しいのですが」
「うちの店。宿も経営していてさ!! 良かったら泊まっていきなよ!! 二階が宿になっているんだ!!」
だから二階も広かったのか。
「宜しいのですか??」
「勿論!! おひとり様、たった百ゴールド!! 安いだろう!?」
「お世話になります」
おっと。
即決してしまったぞ。
そりゃそうだ。
五百ゴールドで一泊出来るんだぞ??
レイモンドの安宿でも一人三百ゴールド程度掛かるのだから。
「毎度あり!! 五人部屋は無いから……。三人部屋と二人部屋で良いよね?? 他に客も居ないし。ゆっくり寛げるよ!!」
「じゃあそれでお願いします。食事の会計の時に合わせて支払います」
「うん!! 有難うね!!」
どういたしまして。
そんな感じで頭を一つ下げ、正面を向くと。
「ふぁぐっ!! んががっ!! ふぁむぅぅううう!!!!」
とんでもない勢いで麺を体の中に取り込んでいる愚か者を捉えてしまった。
「話、聞いていた??」
机の上に乗るフォークを手に取りつつ、マイに聞いてみた。
「ふぁ!? お、おぉ。勿論よ」
油でプルンっと潤んだ唇でそう話す。
聞いていなかったな。
「ここで一泊するから。それだけは覚えておけよ」
大変食欲を湧かせる麺をクルクルと巻き取りながら話す。
「ふぉう!! んまい!! いや、すっごく美味いわ。これ……。大蒜と胡椒の単純な味付けなのに手が止まらないもん」
「それより、さ。部屋決めはどうすんの??」
マイ同様。
食事の手を止めずにユウが話す。
「適当でいいんじゃない??」
やっと迎える事が出来た麺を口の中で転がしつつ言ってやる。
んっま!!!!
ピリっとした胡椒に、誂えたような大蒜の香りが堪らんぞ!!
「公明正大にクジで決めましょう」
モクモクとお上品に咀嚼を続けるカエデが話す。
「レイド様は私と二人部屋で泊まるのですわよ!? そうですわよね!?」
「いや、クジで決めようよ……」
ぐぐっと体を此方に近付けてきた彼女から正常な距離を取り戻して言ってやった。
「私とレイド様は見えない糸で結ばれているのです!! 必ずや、相部屋になる運命なのですわよ!!」
もしも、アオイと相部屋になったのなら誰かに変わって貰おう。
どうしてかって?? 恐ろしい力によって命を失いたくないのです……。
真正面から向けられる深紅と深緑の彼女達の恐ろしい瞳を直視出来ず、白い皿の上に乗る素晴らしいパスタに視線を落としつつ固い決意を確と抱き。
己の不甲斐無さを誤魔化す様に藍色の彼女同様、モクモクと食事を続けた。
お疲れ様でした!!
少々短い投稿でしたので……。今から数時間以内にもう一つ短めの話を投稿させて頂きます!!
もう少々お待ち下さいませ!!