第百六話 良薬と恋慕 その二
お疲れ様です。
話を途中で区切ると流れが悪くなってしまう恐れがありましたので長文となっております。
予めご了承下さい。
歴戦の勇士をも慄かせる恐ろしい力を持った沢山の瞳から逃れる様に彼が勢い良く扉を開けて出て行くと。
「…………何じゃ。面白くない」
マウルさんが彼の背を見送ってぶっきらぼうに言葉を発した。
「おふざけはそれ位にしなさい。ほら、さっさと続きを読みなさいよ」
先生の厳しい視線がマウルさんに突き刺さる。
アレクシアさんの病気の真意を知りたい気持ちは分からないでも無いですけど、もう少し言葉に注意して貰いたいのが本音ですね。
相手は敬うべき人であり年長者なのですから。
「そう急かすな、混沌。それより……。お主もそろそろ子を成せ」
「勿論そのつもりよ」
「ほ?? して、その生贄は誰じゃ??」
「生贄って、私は荒ぶる恐ろしい神か。相手は勿論…………」
外へ繋がる扉の先に意味深な視線を送る。
「何じゃ。お主達はそういう関係なのか」
「そうよ?? 言っていなかったっけ??」
「ば、馬鹿者!! 鵜呑みにするでない!! あ奴は儂の弟子じゃ!!」
先生の妄言を真面に受け取ってしまったマウルさんにイスハさんが噛みつく。
「金色。弟子と申したが……。師弟関係である者達はあんな風に絡み付いたりせぬぞ??」
絡みつく?? 何の事??
先生のアレはいつもの事だから大目に見ていますが、この不思議な迷宮に来てからイスハさんとレイドは特に不必要な接触は無かった筈ですけど……。
「き、き、き、貴様!! 覗いておったのか!?!?」
マウルさんの言葉を受けた刹那、イスハさんの顎先から頭の天辺まで真っ赤に染まってしまった。
もしかして……。私達が見ていない間に何かあったの??
「そりゃあそうじゃろ。ここは儂の庭じゃし。ほほっ、金色があんな顔を浮かべるとはなぁ。世も末じゃて」
「マウル。ちょ――――と詳しく聞かせて??」
先生がピクリと眉を動かして話す。
私もちょっと聞きたいかな。
事と次第によっては彼に『教育的指導』 を施さなければいけないかもしれませんし。
「ほら、二つ目の部屋で四方向に別れたじゃろ?? その時……」
「い、言うなぁ!!」
「情報の共有は大事じゃからなぁ。弟子を庇った師があろうことか。弟子の上にポフンっと覆いかぶさったのじゃよ」
「……。それで??」
恐ろしく強い力で拳をぎゅぅっと握りながら先生が言う。
「そこから二人の距離は徐々に縮まり……」
「ぎにゃぁ――――っっ!!!!」
イスハさんは己の恥部を晒された所為か。
頭頂部からぴょこんと生えるモフモフの獣耳をぎゅっと塞いで机に伏してしまった。
「お互いの鼻が可愛く、ちょんこんっとくっついてのぉ……。歳柄にもなく儂も思わずキャっとなってしもうたわ」
「で??」
先生の肩がワナワナと震え、今にも常軌を逸した魔力が体から放出されてしまいそうだ。
この家……。吹き飛ばさないで下さいよ??
「そのまま重なるかと思いきや……。ほほっ。後は想像にお任せするわい」
多分……。していないと思う。
その後のレイドの行動を見れば一目瞭然ですよ。
もしもイスハさんと接吻を交わしていたら、きっとぎこちない動きをしているだろうし。
彼は嘘を隠すのが大変下手ですからね。
あ――、でも。イスハさんとレイドが重なりあっている姿を想像するとちょっとだけ嫌な気分になりますね。
彼には後で正座……。ううん。
それじゃ足りないからもっと、もぉっと過酷な指導を施さなければなりませんねっ。
荒々しい鼻息を放出しつつ、頭の中で彼に与えるべき惨たらしい教育的指導を考えていると。
「……っ」
マイが憤怒の感情を瞳に宿したまま徐に立ち上がった。
「ん?? マイ、どうした??」
「な、なぁんか。猛烈に外の風に当たりたくなったからちょいと出て来る……」
「ほぉん。あたしの分も宜しく――」
「…………。おぅ」
大股で扉へと歩み、荒ぶる力に任せて勢い良く扉を開いて出ていってしまった。
レイド、大丈夫かな??
まだ毒が抜けきっていないって言っていたし。
「おい、クソ狐。私の男に手を出すなんていい度胸してんじゃない」
「喧しい!! いつからお主の男になったのじゃ」
「そうですわ。レイド様の正妻はこのアオイですのよ??」
「ほっほ――。モテモテじゃなぁ、あの男は。別に誰を孕ませようと男の勝手じゃろう。魔物と人との婚姻関係は特に定まっておらぬし。あ、奴の場合は人では無いか」
それはそうですけど……。
彼の場合そっち方面は奥手ですのでこの中の誰かを選ぶというよりも、無理矢理襲われて婚姻関係を結ばれてしまいそうですよね。
特に、私の先生がその一番手を務めそうで気が気じゃないのです。
泣きじゃくる彼に無理矢理首輪を嵌め、満面の笑みで何処かへと引きずって行く先生の姿を想像していると……。
『い、イヤァあァあぁアァアアアぁ――――ッッ!!!!』
この世の物とは思えない断末魔の叫び声が静かな空間に突如として響き渡った。
そして、その数十秒後。
「ふぅ……。ふぅっ……。ふぅぅううっ!!!!」
マイが荒い呼吸を携えて部屋に戻って来た。
まだ興奮冷めやらぬのか。
大きく肩を揺らし、頬にべっとりと付着した深紅の血液を手の甲で拭い。女性らしからぬ速度で元居た席へと腰掛けた。
外見上に負傷箇所は見られないので恐らく先程の血は彼の物でしょう。
さり気なく彼の魔力を探るが……。
いつもよりも大分弱々しいものへと成り果てていますが特に問題はみられませんね。
丁度良い塩梅に痛めつけた、とでも申しましょうか。
「よっ。どうだった??」
労を労う様にマイの肩をぽんっと叩きながらユウが話す。
「生まれてこの方経験した事が無いであろう恐怖を与えてやったわ。きっと……。フフ。己の愚行に後悔している事でしょう……」
「うむ。良くやったぞ、マイ」
小さく満足気に頷くリューヴもどうかと思う。
傷は治りますが、心の傷は早々治らないのですよ??
「あ、あの――――」
成敗完了を遂げてほのぼのとした柔和な空気が流れる中。
ピナさんがおずおずと、申し訳無さそうに挙手をした。
「アレクシア様の……。病気の原因をまだ聞いていません……」
あ、そうだった。
イスハさんとのいざこざですっかり忘れていましたね。
「おぉ!! すまぬな!! さて、続きっと……。生殖が可能になるのは、生を受けてから二十年程。丁度今位じゃな」
「つまり、大人の女性になったという事ですね??」
鼻息を少々荒げてピナさんが口を開く。
「そうじゃな。そして、子を産める体になり。体は自然と想い人を求める様になる。もし、想い人が近くにいないと……。会えないという負の感情が体を苦しめ、個体差にもよるが食欲不振、高熱、気怠さが数日から数週間続く場合がある。最悪、襲い掛かる苦痛から解放を求めて命を落とす者もいるそうじゃ」
「そ、それってさ……」
ユウが深緑の瞳を見開いて話す。
「この病気の対処方法は想い人を一晩看病に務めさせれば良い。じゃって。俗に言う、恋煩い。という奴じゃな」
「え、え、え――――!!!! ア、アレクシアさんって、レイドの事……」
ユウに続き、ルーも目をきゅぅっと見開く。
病気の原因はさて置き、恋煩いの方はまぁ私の場合は概ね予想通りでしたね。
私も女性ですからそういった事はある程度理解出来るのですよ。
「でも、その想いは痛い程分かりますわ。レイド様と一日でも会えませんと、胸が張り裂けそうな程痛みますし……」
「アオイちゃんの言う事分かるなぁ。レイドの匂いを嗅がないと落ち着かないもん」
「兎に角、解決方法が分かった事だし。大事に至らなくて良かったわ」
先生が大きく息を漏らして言った。
「里へ帰ったらこれを飲ませてやれ」
マウルさんが懐から透明な小瓶を取り出して机の上に置く。
そして、その小瓶の中には無色透明な液体が揺れ動ていた。
「あの、それは一体……」
ピナさんが小瓶の中身の液体を珍し気に眺めて口を開く。
「疲労が蓄積された体に良く効く滋養薬みたいな物じゃ。中身は清らかな水、ユタワニの葉の雫、柊の花粉……」
「ユ、ユタワニの葉ですって!?」
マウルさんの言葉の途中で先生が声を荒げて思わず腰を上げてしまった。
早々驚く事の無い先生のあの慌てよう。
恐らく貴重な物であるとは理解出来るのですが、それが一体どの様な物なのか私には理解に及びません。
今も唖然とした表情を浮かべている先生へ向かい、大変興味がそそられたので問うてみた。
「先生、ユタワニの葉とは??」
「この大陸の南部一帯に広がる森の中に人知れず咲く花の事よ。毎年決まった場所に咲くのでは無くて。何処に咲くのかは完全に分かっていないの。ユタワニの葉の雫からは魔液が生成出来てね?? 私達魔法を主戦力とする者にとっては垂涎ものなのよ」
「ちょっと。その魔液って一体何よ??」
ピナさんと同じく小瓶の中の液体を不思議そうに見つめるマイが尋ねた。
「周囲に漂うマナを勝手に吸収してくれて、それを摂取すれば失った魔力を回復してくれる優れものよ。マウル!! 今年は何処に咲いていたのよ!! 教えなさい!!!!」
「絶対に教えぬ。自分で探してみたらどうじゃ」
「ちぃっ!! この意地悪爺め!!」
先生が喉から手が出る程欲しがる物、か。
今度機会があればお父さんに自生する場所を聞いてみようかな??
「話が逸れたな。この液体はまだ完成しておらぬのじゃ。完成には……。穢れ無き乙女の涙が必要になる」
「「「穢れ無き乙女??」」」
数名が口を揃え、これまた仲良く首を傾げた。
何だかんだいって皆さん仲良しですよね。
「まぁ簡単に言えば処女の涙じゃな。それを一滴この小瓶の中に入れれば完成じゃて」
「あぁ、そう言う事。よっこいしょっと……」
マイが椅子から立ち上がると。
「ほいほい、了解了解」
ユウもそれに続き、何故かルーの背後へと移動を開始。
「マイちゃん、ユウちゃんどうしたの??」
「ユウ、準備宜しく――」
「ん――」
「びゃっ!? な、何!? 何するの!?」
椅子に座るルーの背中からユウが万力で彼女の体を抑え込むと。
「ルー、耳をかっぽじってよぉく聞きなさい。鳥姉ちゃんを救う為には処女の涙が必要なのよ」
「う、うん。マウルさんがそう言っていたからね。ってか、ユウちゃん。両腕が折れそうだから放して」
「つ、ま、り。お前さんの目玉から涙を摂取せにゃならんのよ」
「えぇっ!? 私の両目を取っちゃうの!?」
あぁ、そういう事ですか。
「いいや、違うね。もっと手っ取り早く涙を摂取する方法をこれから実行するのよ……」
ルーの真正面に移動したマイの十指が怪しく蠢く。
「ま、ま、まさかっ!!」
「そう!!!! てめぇの脇ぃ、全部毟り取ってやるわぁぁああ――――!!!!」
「い、イヤァァアアアアアア――!! アハハハハ!! 止めてぇぇえええ――!!!!」
脇腹、脇の下、そして内太腿。
ありとあらゆる場所へマイの指が的確に攻めていく。
「おらおらおらおらぁっ!!!!」
「アヒャヒャヒャ!!!! だ、駄目だってぇ!! 取れちゃうぅぅ!!」
暴れて逃れようにもユウの万力がそれを阻止して、更に泣き叫ぼうならマイの指が襲い掛かる。
あの惨状を眺めていると私じゃ無くて本当に良かったと思えますね。
「ン゛っ!! モジャモジャ爺ちゃん!! 涙出て来た!!」
「誰がモジャモジャ爺じゃ。ほれ、貧乳娘。この小瓶の中に入れろ」
「あ゛ぁっ!? こんな状況じゃなければその服ひん剥いて海に沈めるところだぞ!?」
受け取った小瓶にルーの瞳からポロポロと零れ落ちた雫を一滴混入すると。
「「「ぉぉおお――!!!!」」」
春の木漏れ日を彷彿させる大変温かな光が刹那に浮かび、そして数度明滅すると光が止んでしまった。
「うむ、完成じゃ」
「ほい、ピナ。帰ったらちゃんと飲ませてやるのよ??」
「何から何まで……。本当に、ありがとうございます!!」
マイから受け取った小瓶をきゅっと胸に抱き、マウルさんに向かって大きく頭を下げた。
「大袈裟じゃよ」
「良かったですね。アレクシアさんの病気の原因が分かって」
「はい!!」
眩い笑みですね。
危険を冒して此処まで来た甲斐があるものです。
「はぁっ……。はぁっ……。な、何で私がこんな酷い目に遭わなきゃいけないの……。私以外にも処女が沢山いるのにぃ……。というか、全員穢れ無き乙女じゃないのぉ……」
「あはは、ごめんな?? ルー」
「この中で一番泣き虫なあんたが適任だったのよ」
「ユウちゃん、マイちゃん……。いつか絶対仕返しするからね!!」
真っ赤な顔を浮かべて机の上に溶け落ち、喘ぎ声を放つ彼女を尻目にマウルさんが少し緊張した面持ちで口を開いた。
「少し真面目な話を伝えてもよいか??」
「何じゃ??」
「金色、混沌。それと九祖の血を受け継ぐ子達よ。もう間もなく…………。魔女が目を覚ます」
「「「っ」」」
魔女。
その単語を受けると、私達の間に緊張の糸が走った。
「具体的にいつか分かる??」
「凡その事しか分からぬが……。年が明けて暫くしたらその兆候が表れるじゃろうな」
今が十二の月。
という事は復活まで後数か月、か。
「魔女が目覚めたとしたら、どの程度の被害が想定されますか??」
マウルさんに聞いてみた。
「そうじゃのぉ……。オークの活性化、マナの乱れが連鎖してこの星の生命の存続に危険が迫る。とでも言っておこうか」
「食い止める方法は無いの??」
マイが緊張を含んだ声で話す。
「現段階では無理じゃ。魔女が眠る居城には堅牢な結界が覆いその上空には対空魔法が張られ正に鉄壁の守備を誇っておる。それに……。居城の最下層に続く道は魔物が侵入出来ぬ様に造られておる」
「じゃあ何?? 指咥えて敵の親玉の目覚めを待てって言うの??」
「マイ、そう噛みつくでない。儂らもそれに備えて準備を整えておるわ」
「準備?? どんな準備をしてんのよ??」
それは私も気になります。
このまま黙って看過すべき事態ではありませんからね。
「今の段階では話せぬ。じゃが……。儂達を信じ待っておれ」
「信じろって言うけどさぁ。何をしているか位教えてくれてもいいじゃない」
「私達は出来もしない事をやろうとしているのよ。今あんた達に伝えて、ぬか喜びさせたくないし。情報漏洩を防ぐ為、情報を持つ者を意図的に少なくしているの。あなた達は信に足る子達よ?? でもね……。この星の命の存続を掛けた戦いが始まる前に、微塵の不安も残したく無い。だからお願い私を……。ううん、私達大人を信じてその時を待って」
先生の口から請願の言葉が出るとは。
これは余程の事でしょう。
「分かったわよ……。でもね!! その時が来たらちゃんと教えてよね!!」
マイも先生の思いを汲んだのか、多少口は悪いけど納得してくれたようですね。
「ありがとう」
ふっと笑みを浮かべ、私達を見渡す。
その瞳はどこか安心しているようにも見えた。
「以前は敵対していた者同士が組むとはのぉ。時の流れは面白いものじゃて」
「敵対?? 誰と誰が敵対していたの??」
漸く回復に至ったルーが不思議そうに首を傾げる。
あ、でもまだちょっと頬が赤いですね。
「何じゃ。お主ら、伝えていなかったのか??」
「そりゃあ知る必要の無い話じゃし」
「仕方が無いのぉ。ここにおる狐の金色、淫魔の混沌。そして、龍族の戦乙女。蜘蛛族の霞刀。ラミア族の華毒……。今から二百年程前の話じゃが、この五人と四王と呼ばれる者達がこの大陸で争っておったのじゃよ」
四王……。
まさか……。それって。
「仕方が無い。話しましょうかね」
やれやれといった感じで先生が重い口を開く。
「私達、五人。つまり、フィロ、フォレイン、ミルフレア、クソ狐」
「おい」
イスハさんがきっと睨む。
「この五人と……。グシフォス、ネイト、テスラ、ボー。この四人である件について折り合いが付かなかったから戦闘までに発展しちゃったのよ」
「え、えぇ――ッ!? イスハさん達ってお父さん達と戦っていたの!?」
「そ、それは初耳だ」
ルーとリューヴが目を見開き。
「母様が……」
「父上達がねぇ……」
アオイとユウも同様に驚きを隠せないでいた。
当然、私もその一人だ。
お父さんからそんな事は一言も聞いていませんでしたからねっ。自分の部屋に本を預けに帰った時に問い詰めてあげましょう……。
「先生。ある件と仰いましたけど……。何について争っていたのですか??」
「ん――。ちょっと驚くかもしれないけど……。まぁ、昔の事だし」
「グシフォスらと儂らは……。人間との関係について争っていたのじゃよ」
先生の代わりにイスハさんがぽつりと呟いた。
「人間との関係??」
「うむ。魔女が生まれ眠りについてから周知の通り人と魔物の間に軋轢が生まれた。その理由は……分かるな??」
「えぇ。言葉の壁です」
今もその名残が深く残っていますし。
「そうじゃ。人間は魔物をいつしか迫害し、辺境へと追いやった。以前は共に手を取り共存していたのじゃが……。意志の疎通を図れぬのは真に恐ろしい事じゃ」
意思の疎通には言葉が必要であると理解出来ますが……。たったそれだけの事で人間と魔物が決別してしまった事に僅かばかりの憤りを両者に感じてしまう。
ハーピーの里とルミナの街の人達の様に身振り手振りで意思の疎通を図ろうと努力している場所もあるのに。
もっと互いに歩み寄ろうとは考えなかったのでしょうかね。
「そんな人間共に反旗を翻そうとしたのが、グシフォス達じゃ。傷ついていく魔物達をこれ以上静観出来ぬと思ったのじゃろうな」
「気持ちは理解出来ます。しかし、そこからは憎しみしか生まれませんよ??」
敵を傷付け倒したとしてもその仲間が、そして残された家族が新たなる殺意を持ち我々に対して牙を剥けようとする。
それは私達にとっても当て嵌まります。
傷つけ合う度に溝が深まり、夥しい量の憎悪が積もり。分かり合える者同士である筈なのに殺し合うという悲しい関係が構築されてしまう。
それだけは絶対避けなければいけない事態だ。
「分かっておる。儂達は……。今は無き師から人を嫌いになるな。共に手を取り、共存の道を模索しろ。そう習い、五人はその誓いの下。グシフォス達の前に立ち塞がった」
そうか。
以前、ミルフレアさんへ言った約束ってこの事だったのかな??
「戦いは熾烈を極めたわ。空を裂き、地が割れ、数多の戦闘が行われても決着はつかなかった」
「奴らと顔を合わせる度、血沸き肉躍ったのを今も覚えておるわ」
大魔同士の戦いか。
よくぞこの大陸が原型を留めましたね。
「ちょっと待って。うちの母さんと父さんって敵同士だったの??」
マイが驚きを隠せない表情でイスハさんを見つめる。
「そ。私達を進んで率いたのはフィロよ」
「そしてボー達を率いたのは同じく龍族のグシフォス。取り分け、あの二人の戦いは激しかった。炎が岩を溶かし、大翼が山を割る。龍族の力は伊達ではないと思い知ったものじゃて」
「うっへ――。見てみたい様で、見たくない様な……」
ユウが激しい戦闘を想像して顔を顰めた。
「幾度となく戦闘を続ける度、あの二人の想いが重なっていってね?? いつしか戦闘は行われなくなったの。これが指す意味、分かる??」
先生が意味深な瞳をマイに向けた。
「分かりたくないけども……。父さん達が恋仲になったんでしょ??」
「正解。全く……。今でもあの呆れた告白は忘れられないわ」
「フィロの奴。相当焦っておったからなぁ……」
イスハさんと先生がしみじみと語る。
「へぇ!! グシフォスさんってどんな風に告白したの!?」
「ルー、それは両親の面目を守らせたいから聞かないで。ってか、私が聞きたくない!!」
でしょうねぇ……。
私も両親のなり染めは余り聞きたくありませんから。きっかけ程度なら聞いても良いですけど。
「こ奴らの戦いの終結を要約すると……。愛が戦いを止めたのじゃよ」
マウルさんが、うんうんと頷き話す。
「素晴らしいですわねぇ。愛……。私もレイド様と愛を育み、この大陸を幸せで埋め尽くしたいですわぁ」
明後日の方向に意識が向いているけど大丈夫かな??
後、マイ。
「……」
そんな気持ちの悪い物を見る様な目は止めた方が賢明ですよ。彼女は私達の大切な友人なのですから。
「お父さんと先生達が敵対していたなんて……。驚きを隠せません」
正直な感想を述べる。
「強かったわよ――?? テスラの奴。私と一対一で、同等の魔法勝負が出来たのは彼位だったからね」
「あの弱虫テスラがのぉ……」
「そう言えば、お父さんはマウルさんの弟子でしたね??」
マウルさんの方を見て話す。
「そうじゃよ。おぉ!! そうじゃ!! ずっと捨てようと思っておったが……。ちょっとそこで待っておれ」
うん?? 何だろう??
マウルさんが私の顔を見て、何かを思い出した様な仕草を取るとその足で後ろの部屋へと消えて行ってしまった。
「私達のお父さんはどうだった??」
「ネイトか?? あ奴も強かったのぉ……。ボーと組んだ時は特にやっかいじゃったわ」
「父上と?? へぇ。そりゃ意外だ」
「ねぇ、さっきさ。四王とか、混沌とか。聞き慣れない言葉がずっと気になっていたんだけど。説明してくれる??」
マイが言う。
「通り名みたいなものじゃよ。当時存命しておった魔物達はその名を聞いただけで震えておったわ」
「おぉ!! かっこいいわね!!」
そうかな??
私は普通に名前で呼ばれたいですけど。
「覇王、力王、瞬王、聡王……。その四人を称して四王。大体どれが誰を指すか分かるわよね??」
「えっと……。覇王が父さんでしょ??」
「力王が父上だな」
「瞬王がお父さんだね!!」
「そして……。聡王が私のお父さんですね??」
恐らくそうでしょう。
「正解――。フィロとグシフォスが付き合う様になってから戦闘は行われなくなり、人間を脅かそうとする魔物はいなくなった」
「人は魔物を恐れ、忌み嫌い、拒絶の壁を築いた。時は流れ、その固定観念は生まれたのじゃよ。しかし……。そこに一人の男が現れた」
イスハさんが嬉しそうに語尾を強める。
「そうねぇ……。その男は魔物と分け隔てなく接し」
「両者の間に築かれた壁を軽々と飛び越えて、こちら側にやって来た」
二人が嬉しそうな理由は分かります。
先生達は人知れず、人間の為に戦い傷ついた。
しかし、結果は見ての通り。今も拒絶という壁が両者を隔てている。
ですが……。
彼、ううん。私達魔物を心の底から理解してくれるレイドが現れた。
念願叶って、人との共存の道が現れたのですよね……。
胸中察します。
「レイドの事だね!!」
「彼がいなければ……。私は……」
「待たせたのぉ!!」
先生が何かを言いかけようとすると、マウルさんが戻って来た。
手元には随分と痛み、古ぼけた本を数冊抱えていますね。
「ほれ、テスラの娘。昔、奴がここで書き留めていた本じゃよ」
「お父さんの??」
手元に置かれた古い本を何気なく開くと。
「…………。す、凄い」
紙一面に、びっしりと術式や詠唱について事細かく書かれていた。
詠唱の強弱、魔力の消費を抑える術式、効率的な重唱。
これは……。今の私にとってどんな本より価値がありそうですねっ!!
「貰って行ってくれるか??」
「も、勿論です!! うわぁ……。本当に凄い……」
思わず感嘆の声を荒げてしまう。
これがあれば今現在詠唱可能な魔法の威力を増す事も、そして空間転移の魔力の消費量も抑える事が出来ます!!
「カエデ、良かったわね??」
「うんっ!!」
…………。
しまった……。
先生の言葉についつい素直な感情のまま反応してしまいましたね。
「ふふ――ん。カエデ――。見ちゃったわよ??」
マイがニヤリと笑い。
「おぉ?? カエデ、可愛い声だなぁ??」
ユウがそれに便乗。
「カエデちゃん!! 今みたいに笑った方が可愛いよ!?」
「ふっ。幼さが残る、陽気な笑みだったな」
狼二人が追撃を仕掛け。
「カエデ。今後一切レイド様の前で今の笑みを浮かべない様に」
アオイが私に止めを刺した。
「い、今のは私じゃありません……」
これ以上赤い顔は見られたくない。
父さんの本で顔を隠して言ってやった。
「見たのは二回目だけど。本当に破壊力あるわね」
「先生。余計な事を言わないで下さい」
隙を見せてしまいましたね……。
以後気を付けないと。
この笑みは……。彼にだけ、見て欲しいから。
「あ、あの――。再び宜しいでしょうか??」
ピナさんがまたもやおずおずと手を上げる。
「何?? どうしたの?? 便意をもよおしてしまったものの、便所が見つからなくて焦りに焦った顔して」
マイがそれを拾い、何とも無しに話し掛ける。
「そ、その。大魔とか魔女の復活とか。私の様な普通の魔物が聞いても良かったんですかね??」
「構わないわよ?? と、いうか。総力戦になったらあなた達にも助けて貰いたいと考えているし。今日、ここで聞いた事をアレクシアやランドルトに伝えておいて」
先生がピナさんを見つめて言う。
「りょ、了解しました!! 微力ながらも助太刀させて頂きます!! それと……」
うん?? まだ何かあるのかな??
「レイドさんはこの話を聞かなくても宜しかったのでしょうか?? ほら。かなり重要な話でしたし。それに、龍の力の事もまだ聞いていませんよ??」
「「「あ…………」」」
私を含む数名が目を合わせて声を上げた。
しまった、話と本に夢中ですっかり忘れていた。
いけませんねぇ……。しっかりしないと。
「レイド様には私から直接伝えて来ますわ。それでは、失礼して……」
アオイが一番で腰を上げる。
「アオイちゃん――。一緒に行くよ――」
「結構です!! レイド様の御世話は私の役目ですから!!」
「そんなのいつ決めたの――??」
「出発の準備を整えるか」
「そうねぇ。早く帰ってたらふく御飯食べたいし」
「お前さんはそれしか頭に無いのかよ」
「うっさい!!」
元気の塊達が外に続く扉を潜っていく。
私も準備を整えましょうかね。それにこの本も静かな場所で熟読したいし。
若き日のお父さんの思い出を大切に胸に抱き、椅子から立ち上がると皆の背に続いた。
「金色、混沌。少し話したい事があるから残れ」
扉に差し掛かった所で、マウルさんの声が背後から聞こえて来た。
さっきよりもちょっとだけ、声が緊張しているような……。
「何じゃ。さっさと帰りたいのじゃが」
「直ぐに終わるからそう急くな」
「早くしてよ――?? レイドに他の女の匂いを付けられたくないの」
まぁ……。私は出た方がいいかな。そんな雰囲気ですからね。
若干、後ろ髪引かれる思いで扉を開け。
「ま、まぁっ!! レイド様っ!?!? お気を確かに!!!!
「うっわぁ……。マイちゃん、やり過ぎだよ。フグさんも呆れちゃうくらいに顔パンパンに膨れ上がっているし……」
惨たらしい死体擬きが力無く横たわる、緑溢れる新鮮な空気の下へと踊り出て行った。
お疲れ様でした。
本日は朝から気怠さが残り自己診断の結果。早期夏バテと確定されました。
食欲不振による栄養不足を解消する為にコンビニへ直行。
千円以上の栄養ドリンクとカロリーメイト(チーズ味はマスト)と、1.5リットルのポカリを購入して無理矢理胃袋に詰め込んでやりました。
すると、どうでしょう??
完治までとはいきませんが、多少は楽になりました。
これから毎日暑い日が続きますが、皆さんも夏バテには気を付けて下さいね??
そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!!
本当に草臥れている体に嬉しい知らせとなりました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




