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第百六話 良薬と恋慕 その一

皆様、一週間お疲れ様でした。


本日の投稿になります。




 此処に至るまでの通路に比べ、随分と薄暗い影に覆われた緑の通路を進む。


 恐らく日が傾いて来た影響も少なからずあるのだろうが……。


 視界も然ることながら先程の選択肢の事もあり、何とも言え無い不安が心を侵食していく。



 中々見えて来ない正答の輝かしい光を求めて進んではいるが……。



 もしかして赤色は不正解だったのかな?? それで俺達は入り口へと舞い戻っているのではないか?? 不安は募るばかりだ。


 だが、この道が例え間違っていたとしても足を止める訳にはいかない。振り出しに戻ったのならまた此処まで歯を食いしばって戻って来れば良いだけ。


 俺達には果たすべき責務が残っているのだから。



「ね、ねぇ。赤で合っているのよね??」



 縦に伸びた隊の後方から若干不安気なマイの声が届く。



「そうよ――」



 それに対し、エルザードはどこ吹く風。


 随分とのんびりした歩調で先頭を歩いていた。



「なぁんか……。暗いよ、ねぇ??」


「何だぁ?? ルー、怖いのか??」



 いつもの調子でユウが揶揄う。



「こ、怖くないもん!!」



 陽気な彼女の気持ちは分からないでもない。


 現に俺も赤が正解なのか不正解なのか。答えが見えて来ない事に不安を覚えているのだから。



 暫くの間、痺れが残る四肢と右腕に残る重い痛みと仲良く手を繋いで歩いていると。



「安心しなさい。ほら、見えて来たわよ??」



 エルザードが隊全体を覆い尽くす不安を一掃する声を放つ。


 正面奥には茜色と白光色が混ざり合った美しい陽光が俺達の到着を待ち侘びており。残り僅かな体力を振り絞り光の下に辿り着くと、疲弊した心がどこまでも安らぐ風景が待ち構えていた。



「「「おぉっ!!!!」」」



 右手奥には清らかな水が湧く泉が上空から降り注ぐ煌びやかな光を反射させ、その泉の水辺では野生の栗鼠が喉を潤す。


 その隣でひっそりと佇む巨木には鳥が羽を休め、心が潤う歌声を響かせている。


 そして何より目を惹き付けたのは静かに悠久の時を過ごす一軒の木造建築物だ。


 苔と蔦が外壁を覆い、蔦からは美しい青色の花が咲き視覚を楽しませてくれる。


 少しばかり綻びが目立つが……。まぁ家としての機能は十分と果たしているだろう。



 空を覆う蔦は此処には現れず、久しぶりに美しい空を仰ぎ見て柔らかな吐息を放った。



 もう直ぐ夕方って感じか……。


 こりゃ早く情報を入手して帰らないといけないな。



「い――やっほ――う!! 到着だぁ――い!!」


「ユウちゃん!! 綺麗な泉があるよ!!」


「あぁ!! ちょっと行ってみようか!!」



 陽気な三人組は自分勝手に奥の泉の方へと駆け出し。



「ふぅ……。かなりの時間を費やしてしまいましたね」


「あぁ、だがいい勉強になったぞ」


「暫くの間は足を運びたくないのが本音ですわね」



 真面目組は荷物を下ろして広い空間をまじまじと観察していた。



「ここに来たのは久し振りねぇ」


「そうじゃな」


「前回は何年程前に足を運んだのですか??」



 満足気にこの風景を楽しんでいる師匠に伺う。



「ん――。百年程?? 前じゃな」



 百……。随分と大昔ですねぇ。



「さて。マウルいるかな……。お――い。来たわよ――!!」



 エルザードの声が静かな空間に響くと、羽を休めていた鳥が迷惑そうな顔を浮かべて飛び立ってしまう。


 もう少し、静かに出来ないものかね。


 しかもまるで我が家に帰る様に乱暴に扉を開けて家屋の中へ入って行くではありませんか。



「これ。マウル!! さっさと姿を現せ!!」



 師匠。お願いします。


 僅かでもいいから慎みを覚えて下さい。


 堂々と何の遠慮も無しに家屋へ入って行く二人の後ろ姿を見送りながら切に願った。




「俺達も入ろうか」


「分かりました。皆さん、行きますよ」


「は――いっ!!」


「おう!!」



 清らかな泉の水際で遊んでいる三名へ向かってカエデが促す。



「どうだった??」



 此方に向かって明るい笑みを零して帰って来た三名へ問う。



「すんごい綺麗だったよ!!」


「冷たくて気持ち良かったぞ!!」


「ここの水、メチャうまっ!!!!」



「そ、そうか」



 他人様の生活圏でよくもまぁ活発に行動出来ますよね。


 陽性な彼女達の姿を見ればここの住人であられるマウルさんもヤレヤレと、微かに口角を上げて満更でも無い表情を浮かべるかも知れない。


 その点は見倣うべきなのか??


 …………。


 いや、反面教師にしよう。


 君達が派手に暴れる分、お父さんが叱られる可能性が増える訳だし。他人様に迷惑が掛からない静かで慎んだ行動を心掛けましょう。



「えっと……。お邪魔、します……」



 おずおずと緑に覆われた家の扉を潜ると、埃っぽさと僅かばかりのカビの香りが入り混じり何とも言えない空気が部屋を満たしていた。


 でも、不思議と嫌いじゃ無い匂いだ。




 中々に広い室内の中央には縦に長い机が置かれ。


 六つの草臥れた椅子が対面に同じ数だけ置かれて、臀部の柔らかさに飢えた表情で俺達を見上げている。


 右手の壁際には背の高い書棚達が鎮座し、古い書物を大事そうに抱きかかえ。


 左手には台所が……。



 むっ!? だ、台所が汚れているじゃないか!!


 いけませんよ?? 水場の汚れは生活の乱れに繋がりますからね!!


 く、くそう……。


 あの乱雑に積まれて汚れたお皿をゴシゴシと洗ってキチンと並べ、更に!! 水の中に漬けっぱなしの鍋の汚れを此処行くまで洗い落としたい!!



 清潔に保ちたいのは山々だが、他人様の家庭に我が物顔でずかずかと足を踏み入れる訳にはいかない。



 断腸の思いで静観を決めた。



 そして、正面の奥。


 見ていて心配になる程に損傷が目立つ扉が目に入った。


 あそこの扉の奥にマウルさんがいるのかな??


 そんな事を何気なく想像していると、歪な音を奏でて扉が開き。俺達の前に一人の老人が姿を現した。



「おぉ――。久々じゃのぉ。金色、混沌。それと……初めまして。大魔の血を受け継ぐ者達よ」



 腰まで伸びた長髪の白髪を後ろで縛り、顔に刻まれた深い皺とどこまでも伸びるくすんだ白い髭が知的な印象をこちらに与える。


 柔和な目尻に、少しばかりの猫背。背は俺よりも少し低い位か。


 くすんだ緑のローブを羽織る様が異様に様になっていた。



「マウルさん、初めまして。私の名前はレイド=ヘンリクセンと申します。本日はお忙しい中、我々の為にお時間を割いて頂き誠にありがとうございます」



 彼に対して礼儀正しく頭を下げた。


 初対面の人には礼を欠いたら駄目ですからね。これこそが大人の処世術ですよっと。



「ほっほ――。若いのに礼儀正しいのぉ。金色、混沌。貴様等もあの若者を見習え」



 苦言を吐き、奥の扉の前の椅子に腰かける。



「ふんっ。知らぬ仲じゃあるまいし。別に構わぬだろ」


「そうそう。一々頭を下げるの面倒だしっ」



 良い大人が部屋の主より先に座るのもどうかと思いますよ??



「そういうところじゃよ。ほれ、童共もぼうっと突っ立っておらんで座れ」


「あ、はい。皆、座ろうか」



 各々が左右に別れ、好きな席に着く。


 俺は右手側、入り口に一番近い椅子に腰掛けた。



「あ、あの!! 早速質問をしても宜しいでしょうか!!」



 ピナさんが誰よりも先に口を開く。



「構わぬよ。その為に危険な道を辿ってきたのじゃろ?? 知識を与えるのはその褒美じゃて」


「ありがとうございます!! で、では」



 一つ咳払いをし、舌を回す準備を整えた。



「私達、ハーピを統べる女王が約三日前の夜から原因不明の高熱にうなされていまして……。今まで病気を罹患した事がないのに。突然の出来事に私共は大変困惑しているのです」


「ふぅむ。その者は……。高熱を出す前、負傷したりしなかったか??」


「え?? あ、はい。執務で疲れていましたけど。倒れる前まではいつも通りピンピンしていました」


「外的要因では無いようじゃなぁ……。少し調べてみるか」



 そう話すと立ち上がり、入り口右手側の書棚へと歩み寄る。



「女王の年齢は??」


「アレクシア様は……。二十一になります」


「何と。まだまだ赤子ではないか」



 二十代で赤子ねぇ……。


 だったら師匠達を稚児扱いするのも頷けるな。



「あの、マウルさんはおいくつですか??」



 我が師を稚児扱いする彼の年齢、気にならないと言えば嘘になるからね。



「儂か?? はて……。今いくつじゃ??」



 首を傾げ、皺の中に微かに浮かぶ眉を顰めて宙をぼうっと見つめる。



「少なくとも……千?? は越えておるな」



「「「せ、千!?」」」



 何気無く放たれた言葉に度肝を抜かされた。


 師匠達の三百年でも長いと感じるのにその三倍以上だとは……。


 と、言いますか。魔物の寿命は凡そ千年だと聞いたからもう間も無く彼にはお迎えが来るのでしょうかね。



「マウルは梟の魔物よ。長寿が売りの魔物で、この大陸の歴史は誰よりも詳しいわ」


「そう褒めるな混沌」


「褒めていないわよ。ありのままの事実を言っただけ」



 そりゃ千年も生きていれば詳しいでしょうよ。



「お子さんはいます??」


 この際だ、ついでに聞いてみよう。



瘋癲ふうてん娘が一人おるよ――。今はどこで、何をしておるか分からぬがなぁ」



 随分と適当だな。


 まぁ……。千年も生きていればそうもなる、のかな??



「ん――っと。ハーピー……。ハーピーはっと……」



 本棚に積もった年季のある埃を払い、書棚の一段に整然と並べられている本の中から目的の物を探している。



「おぉ!! あったあった!!」



 ピタリと指の動きを止め、目的の書物を手に取ると己の席へ戻り。そして皆が固唾を飲む中、静かに古い書物を開いた。



「ふぅむ……。ハーピーの女王は……。お、あったぞい。何々?? 寿命は千年程、外傷に強く、毒に抵抗する力を僅かながらに持つ」



 カエデの魔法を受けてもほぼ無傷だったし。


 頑丈である点は頷けるな。



「やはり内的要因が臭いのぉ」



 内的要因、か。


 何だろう?? 病気じゃ無ければ、精神的疾患??


 執務で忙しいと聞いたからそれも少なからず影響しているのではないのだろうか。


 俺がアレコレと勝手に考察を続けている間にも彼は静かに本を捲っていく。



「生殖方法は……」



 おっとぉ。いきなりですね。



「同族は勿論の事、人とも交配を可能にしておる。その子は母親の血をより強く受け継ぐ、か。良かったの。レイドとやら」


「へ??」


「女王と交尾が出来るぞ??」



 マウルさんの突拍子もない声を受けると。



「「「「……っ!!」」」」



 十六の恐ろしい瞳が一斉に俺を捉えた。



「い、いえ。彼女とはそういう関係ではありませんので……」



 険しい鷹の目に睨まれ居たたまれなくなり、無難な回答で尻窄んでしまう強力な眼力を受け流した。



「何じゃあ?? 随分と金玉が小さい男じゃな。雌を孕ませ、自分の生を次代へ残す。それは雄の本望であり生物として当然の行いじゃて」



「に、人間は考える動物ですから……」



 マウルさん、ひょっとしてワザと言ってます??


 彼女達はそういった言葉に物凄く敏感なのですからお止めください。



「ほぅ!! 上手い事を言うな!! 何々?? ……。ほっほう!! レイドや。ここを読んで見ろ!! ハーピーの生殖行為は男の体を貪るように食らい、精を吸い尽くす程に激しいそうだ!! 女王と交わえばお主の玉の中もスッカラカンじゃな!!!! 儂も後六百年若かったらなぁ!!」



「もう!! レイドは外に行って!! 女の子の話だから!!!!」



「は、はいぃっ!!」



 ルーの鋭い声を受け、一陣の風を纏って家の扉を開け放ち清涼な空気の下へと躍り出た。


 そして巨木に舞い戻って来た鳥達が俺の剣幕を見下ろすと。


『ヤレヤレ……。此処は静かな場所だからもう少し空気を読んで行動してくれ』


 大変冷ややかな黒い瞳で苦言を呈してきた。




 女性には女性にしか分からない事もあるし。


 それに?? アレクシアさんも自分自身の体の構造を男には知られたくないだろう。


 男である俺が聞くよりも彼女達の方が適任さ。



「う、うん。そっちの方が上手くいきますからね!!」



 随分と広い空間の中、座り心地の良い土の上に座り。清らかな泉の方へ向かって大きくウンウンと頷いて一人寂しく自己肯定を続けていた。




お疲れ様でした。


本当はこの続きも投稿予定でしたが、大変申し訳ありません。夏バテみたいな症状に襲われて物凄く体調が悪いので一旦区切らせて頂きました。


今日はこのまま速攻で眠り、体調を整えた後。改めて投稿させて頂きます。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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