第百三話 我が師の温もり
お疲れ様です。
後半部分の投稿なります。
荒ぶる呼吸を整え、勝者の視点からギュフィトさんの動きを観察していると。
「見事じゃ」
「師匠!! 見てくれましたか!?」
背後から師匠の声が響き、振り返りながら喜々として口を開いた。
「肘鉄、昇拳、そして強烈な雷撃。一連の強打の連撃……。穿破連華掌。この目で確と見届けたわ」
ふっと笑みを浮かべて傷だらけの俺を迎えてくれる。
「あ、ありがとうございます!!」
たった数言。されどその数言が疲労を吹き飛ばしてくれる。
堪らないなぁ……。
尊敬する師の、肯定の言葉がこうも体に染み渡るものなのか。
「多少は、認めてくれます??」
「甘いわ!!」
「いてっ」
師匠の背後から伸びて来た尻尾が頭を軽く叩く。
ちょっと調子に乗り過ぎたのかな……。
「肘鉄から拳へ。そして回し蹴りへ。技の威力も低ければ、連携の隙も多い。相手が怯んだから良いものの……。強者はその隙を見逃さん。連携の繋ぎ目に注目を置き、これからも技を磨くのじゃ!!!!」
「わ、分かりました……」
「分不相応な力で得た自信を過信するな。己が得る自信は、日頃の鍛錬。気の構え方から得る物と知れ。よいな??」
龍の力で得た実力は真の実力では無い、か。
厳しい瞳で俺を真っ直ぐに捉え、怠慢が微かに残る内面に問うて来た。
「っ!! はいっ!!」
厳しいよなぁ。
でも……。叱ってくれる事が今は嬉しい。
弟子の事をしっかりと見てくれている証拠だ。
これからも精進に励むとしますかね。
「では、進むとするかの!!」
「分かりました」
師匠が新たに現れた出口へと歩みを進め、その背を追おうと足に力を入れるが……。
「くっ……」
「何じゃ?? どうした??」
「も、申し訳ありません。毒がまだ抜けていない様で……。そのぉ、足が動かないです」
地面に両膝を着いてしまい情けない声を絞り出す。
恐らく、龍の力を抑えた影響で毒が全身に回ったんだな。
「はぁ。精進が足りぬ証拠じゃよ」
いやいや。常人であれば気絶する程の毒ですよ??
真面に意識を保っている事に着目して下さい。
「ほれ、今日は特別じゃ。儂の肩を貸してやる」
「あ、ありがとうございます……」
師匠が俺の腕を肩に回し、立ち上がらせてくれるが……。
如何せん。身長差があるので思う様に足を動かせずにいた。
「ほれ、歩け」
「よっと……」
拙い足取りで一歩ずつ、覚束ない足元で進むのが間違いでしたね。
「のわっ!!」
「ぬぉ!!!!」
身長差、毒の効果による覚束ない足元、激戦で積もった疲労。
幾つもの負の事象が体を襲いあろうことか、師匠を巻き込み倒れ込んでしまう。
「いてて……。師匠、大丈夫ですか??」
「う、うむ……」
やはり持つべき者は出来た師だな。俺の体を咄嗟に庇い、地面へ優しく仰向けに倒してくれた。
そして我が師は俺の上に跨り、四つん這いの形で俺を見下ろしている。
金の髪が柔らかい曲線を描く頬に掛かり、疲労か将又突然の出来事の所為か。
頬が柔らかく蒸気して得も言われぬ表情でこちらの瞳をじっと見つめていた。
「……っ」
腹部に感じる女性らしい柔らかさと温かさ。
鼻腔を擽る素敵な薔薇の香り、足に甘く絡みつく尻尾の柔らかい感触。
俺は師匠の端整な顔を素直に見上げ、彼女は此方の視線を静かに受け止めてくれていた。
「あ、あの……。師匠??」
「ん……??」
ちょ、ちょっと良く無いなぁ。この雰囲気は。
主人に愛苦しさを与えてしまう子犬の様に小首を傾げ、ゆっくりとした瞬きを数度繰り返す。
「庇って頂き、ありがとうございます」
「んむ。師として当然の行いじゃ……」
師匠の頬を伝う汗がぽとりと一滴、服に零れ落ちる。
彼女の瞳の中に咲き誇る向日葵に捉われてしまっている所為か、外に漏れているのでは無いかと心配になる程に心臓が高鳴ってしまう。
密着している体を通して互いの拍動が共鳴しているようだ。
「怪我、していませんか??」
「ん。大丈夫じゃ」
良かった。俺を庇った時に負傷はしなかったんだな。
でもなぁ……。
じっと動かないのは何故かしら。
「師匠。そろそろ、出発しないと……」
「そう、じゃな……」
師匠の素敵な目を見つめていると金縛りにあったかな様に身動き一つ取れなくなってしまう。
その原因は大魔の魔力かそれとも……。師匠自身の魅力の所為か。
「皆が、待っています」
「う……む」
言葉は体を急かそうとする。だが、心は動くなと命じる。
この相対的な事象が……、どうにも心地良い。
ちぐはぐな矛盾を楽しみこの空気をもっと味わえと心が叫ぶ。
「お主はようやった……」
「ありがとう、ございます」
師匠の尻尾が右足にきゅっと絡み、心地良い強さで締め付ける。
「儂が褒める事は、そうそうないぞ??」
「存じております」
鳥が歓喜の歌声を呟きながら森の上空を通過して行き、森の囁き声が鼓膜を楽しませてくれる。
周囲には普遍的な時間が流れているが、俺と師匠との間にはまるでその時が遅く流れている様にも思えてしまう。
一秒が数十秒、一分が数十分。
遅々とした時間の流れの中で師匠の御顔を見上げていると。
「……っ」
仄かに朱に染まった師匠の端整な顔が徐々に空間を削り始めた。
「ほれ。立たぬか……」
「はい……」
それでも俺の足は動かない。
いや、動かせないと言うべきか。
師匠の瞳がそして温かい心が俺を見えない糸で拘束している様にも感じてしまう。
そんな感覚が全身に広がり俺の体は……。師匠という存在只一人に独占されていた。
「立たぬと……。厳しい稽古が待っておるぞ」
動けと仰るが、本心はこの場に留めたいのか。両の足と胴体に尻尾が絡みつき此方の動きを制御する。
逃げて欲しくない。この場に留まれ。
優しい力使いの尻尾を通してそう伝えて来る。
「ほれ。立たぬ……か」
「動けないですよ」
お互いの熱い吐息が狭い空間で甘く混ざり合い、すぅっと肺に取り込むと体温が急激に上昇してしまう。
これ以上は……。体が持ちそうにない。
体温が沸点を通り越して正常な思考を阻害してしまう。
師匠って……。こんな表情するんだ。
目はトロリと甘く下がり、抑えきれない気持ちを誤魔化す様に下唇をきゅっと噛む。
蒸気した頬と破裂しそうな心臓をか細い左手で抑える。
そして。
ついに、互いの鼻がそっと触れると。
「「…………っ」」
師匠は意を決して美しい瞳をそっと閉じた。
互いの心が溶け合う甘い雰囲気の中。
「…………こ、このぉ。ま、まだ負けていないんだから……!!」
この場に大変不釣り合いな憎悪に塗れた声が俺達の体を瞬時に別った。
「!? ま、まだ立てるのか!?」
「み、見上げた根性じゃ、じゃなぁ」
数舜で互いに起き上がり彼女と対峙した。
あ、あ、あぶねぇ!! 俺は何を考えていたんだ!?
師匠と……。あんな事をしようなんて……。
師匠も俺と同じ気持ちなのか。
今も上気した表情で相手を見つめていた。
「じゃがのぉ……。儂達の空気を読んでそのまま倒れておった方が賢明じゃったな」
「し、し、師匠!!」
こちらにぺろりと舌を出してお道化てみせる。
いつもの快活な笑みが戻って来た事に少しばかり胸を撫で下ろす。
はぁ……。びっくりした。
さっきの行為はきっと気の迷い、だよな??
「あんた達……。もう許さないわ。細切れに刻んで、大地の養分にしてやる!!!!」
うおっ!! まだ余力があったのか!?
地面一帯から蔦が伸び上がり、うねり、拘束しようと体勢を整えた。
「殺してやるんだから!!!!」
「弟子と甘い時間を邪魔するばかりか……」
申し訳ありません、師匠。
思い出すと恥ずかしさで憤死してしまいそうなのでこの話はこれっきりにして下さい。
「儂の姿を見ても物怖じせんとはなぁ。中途半端な力は身を滅ぼす事を教えてやるかの」
その場で軽く弾み、彼女の殺気を受け流す。
「中途半端?? ハッ。その程度の魔力で私を倒せると思ってんの!? 大昔に来た時と全然変わってないじゃない!!」
あ――……。そっか。
師匠の尻尾、今は三本だからなぁ……。それに昔と今を比較しても無意味だ。
この人達は素敵な仲間達と研鑽を重ねて今日に至るのだから。
「能ある鷹は爪を隠す。余程の事が無い限り儂は力を解放せぬのじゃよ。どぉれ……。少しだけ儂の奥底を覗かせてやるか」
師匠が腰にすっと拳を置くと真っ赤な魔力が体中から漏れ出して、空間を湾曲させていく。
「な、な、何!?」
「はぁぁぁ……。ふんっ!!!!」
「どわっ!!」
今のは情けない悲鳴は俺の声です。
師匠の魔力が爆ぜると部屋に漂う空気が刹那に弾け飛び、俺の体がふわりと宙に飛ばされてしまった。
力を解放しただけでこれだもんなぁ。
尻尾が三本から八つに増え、顔は十代後半から二十代の大人の女性に早変わり。
体もそれに合わせて成長するのですが……。申し訳ありませんがシャツを少し閉じて頂けませんか??
見えてはいけない双丘の麓が覗いていますので。
九祖の末裔である大魔の名に恥じぬ立ち姿に思わず息を飲んでしまった。
「どうじゃ?? これでもまだ半分といった所じゃぞ??」
目を見開き、尻もちを着いている彼女に一歩ずつ近付きながら言葉を発す。
「ば、ば、化け物!!」
「化け物?? ほぉん。ここまで解放してやっと儂の実力が窺い知れたか??」
戦意を失ったのにも拘わらず師匠は歩みを止めない。
肩を震わせ、後退りを始める彼女へと己の力を見せつけ前進を続けていた。
「く、来るなぁ!!!!」
「儂の弟子にこれ以上危害を加えてみろ。お主の髪の毛一本この世には残さぬぞ??」
「ひっ……ひぃ!!!!」
冷酷な目で彼女を見下ろし、沸き上がる魔力のみで行動を制圧する。
こ、こんな人と俺は直接対峙して稽古していたのか。
改めて底が知れぬ強さに敬服すると同時に、己の力の矮小さを悔い改めた。
殺されない様にもっと稽古に励むとしますかね……。
「…………ふっ。まぁよい。儂は弱い者虐めは嫌いじゃからな!! ほれ。進むぞ!!」
空間を湾曲させていた魔力が鎮まり、元の姿に戻るとこちらに弾みながら戻って来る。
「わ、分かりました。でも、いいんですか?? また襲って来るかも知れませんよ??」
背後を見せたらいきなり……。
何て事は勘弁して貰いたい。
「大丈夫じゃよ。また遊びに来るからの――!!」
今も怯え、体を震わせている彼女へと軽快にそう叫ぶ。
「も、もう来ないで!! あんたみたいな化け物。二度と御免だわ!!」
「……じゃって。儂、化け物??」
俺を見上げて可愛く首を傾げる。
「傑物、手練れ、強者。強い者に当て嵌まる言葉は幾つも存在しますけど……。師匠に当て嵌まる言葉を探す方が大変ですよ」
おっ。
足、動かせるようになったぞ。
靴の中で足の指をわちゃわちゃと動かして大地の感覚を確かめる。
これなら……。
うん。何んとか大丈夫そうだ。
「何じゃ!! お主も化け物呼ばわりするのか!!」
「いたっ!! そんな事一言も言っていないじゃないですか!!」
尻尾が後頭部をピシャリと叩く。
「ふんっ!! 心外じゃ!!」
ぷいっとそっぽを向き、出口へとそそくさと歩いて行ってしまう。
「じゃあ……。普通に大魔でいいんじゃないです??」
慌てて後を追い、小さな背中へと声を掛けた。
「嫌じゃ!! もっと捻れ!!」
捻る??
「え――っと……。恐怖の大魔王??」
「可愛くない!!」
「うぶっ!?」
柔らかい尻尾が恐るべき速度で頬を痛打。
「まだ毒が完璧に抜けた訳じゃないんですよ!?」
捻じれた顔を元の位置へ戻して少し強めに現在の状況を説明してあげた。
「喧しい!! 可愛く呼べ!!」
そんな事を急に仰られても……。
可愛く、ねぇ……。この手の類は本当に苦手としていますのに。
相変わらず無理難題を押し付けるのが得意なんだから。
ん――、この場合どう呼べば正解なのか。
頭の中で思い浮かぶ単語の波に揉まれつつ、荒波の中から取り出した呼び方は。
「では……。イスハ??」
恐らくこれが最善の答えでしょう。
師匠の名前って結構可愛いと思うが、弟子である俺は師の名をおいそれとは呼べない。
襲い掛かる激痛を予想しつつ、おずおずと捻り出した答えを口に出した。
「ぇ゛ッ!?!?」
俺が師匠の名を呼んだ刹那、尻尾が五本に増えてしまう。
やっべぇ。調子に乗り過ぎた。
こういう場合は……。死の危険から一刻も早く距離を置く事が正解なのです!!
慌てて通路の奥へと駆け出そうとしたが……。
「こ、この……。虚け者がぁぁああ――!!!!」
「んぐぅ――!! 殺さないで下さいぃっ!!」
五本の内二本の尻尾が俺の首を見事に捕獲。情け容赦なくグイグイと軌道を圧迫してきた。
これからは師匠の名前は必ず。
『師匠』
そう呼ぼう。
「師を呼び捨てにするとは一体どういう了見なのじゃ!? 聞かせろ!!」
「ひ、言おうにも……。く、首に尻尾が……」
「早く言えっ!!」
無理強い過ぎませんっ!?
「師匠のお、お、お名前がとても可愛いと思ったからです……」
や、やっべぇ……。意識が……。
「か、か、可愛いっ!? そ、そうか!! なはは!! そうかそうか――っ!!!!」
気の遠くなる痛みと足元がふわぁっと軽くなっていくこの感覚。
うふふ、一体何度受ければ良いのでしょうかね??
猛烈な勢いで真っ赤に顔が染まっていく師匠の端整な顔を『見下ろし』。
いよいよ声が出なくなってしまったので、言葉の代わりに足をバタつかせて限界を伝えるのだが……。
「参ったのぉ――……。まさか弟子から可愛いと思われておったなんてなぁ……」
柔和な角度の頬に両手をあてがい嫌々と嬉しそうに顔を横に振る師の姿が白み始めると、もうどうにでもなれと自暴自棄になり。抗う事を諦めた俺の体は非情な現実世界から、楽しい出来事が待ち構えている夢の世界へと旅立って行ったのだった。
お疲れ様でした。
先ずはお詫びと訂正を述べさせて頂きます。
先の御話の中で投稿当初、重唱詠唱はデュエルスペルとルビを振らせて頂きましたが。デュオスペルに訂正させて頂きました。大変申し訳ありません。
さて、森の賢者の使い魔を退け彼等は再び色の選択を迫られるのですが……。その解答と新たなる問いを発表させて頂きます。
是非とも彼等目線で意地悪な賢者さんからの問い掛けを解いてみて下さいね。
そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!!
最近少しだけ執筆意欲が低下していたものですから、本当に嬉しい励みとなりました!! 有難う御座います!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




