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第百二話 馨しき花達 その二

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 師匠が興味津々といった感じで俺の腕を手に取ると、頭頂部からぴょこんと生えた二つの獣耳がピコピコと前後に揺れ動き。



「ふぅむ……。棘で皮膚を深く切り裂いて獲物の血液を吸収するのか。良く出来た作りじゃなぁ」



 敵ながら天晴。


 そんな感じでふむっ、と一つ頷くと更に今も血が滲み出る傷口へ顔を接近させて観察を開始。



「掠り傷ですって」



 師匠の鼻息が妙に擽ったので思わず腕を引っ込めてしまった。



「ふんっ。恥ずかしがり屋め」



 それとこれとは関係無いような気が……。



「所で師匠、どうして俺が教える前に薔薇擬きの弱点を看破したのですか??」



 俺が弱点を見付ける以前に相手の花弁を的確に回し蹴りで蹴落としていたし。



「以前此処へ来た時に会敵したのじゃよ」



 あぁ、成程。



「それでしたら戦闘前に教えて下さっても宜しかったのに……」



 相手の弱点並びに特徴を知っていたらそれに気を付けて慎重に事を進めたのですけどね。


 そうすればこうして怪我を負う事も無かったかも知れないのにさ。



「甘えるでない!!」


「あいだっ!!」



 一本の尻尾が頭の天辺をピシャリと叩く。



「この世には戦闘中に形態を変化させる者もおる。その時に必要なのが洞察力じゃ。お主が此度会敵したのは摩訶不思議な歩く植物。初見の敵に対する洞察力を鍛えるのにもってこいの稽古じゃったろ??」


「えぇ、正直驚きましたよ」



 植物なのに堂々と地面の上を歩き、腕を伸ばし、生物の血液を吸い取る。


 初見以外で驚かない奴が居れば是非ともその動じない心得を伝授して貰いたいものさ。



「一糸乱れぬ透き通った水面。これを維持する為には冷静さを常に心掛けねばならぬ。お主にはまだまだそれが足りぬのじゃよ」



 師匠は俺のそういった細かい所まで良く観察しているのだろう。


 御言葉通り、薔薇擬きが急襲を仕掛けた時は心が大きく乱れてしまったのが良い証拠だ。


 叱られるのは期待されている裏返し。


 全く……。嬉しくて口角が上がっちまうよ。



「何じゃ?? どうかしたのか??」


 俺の口角の角度を捉えると、師匠が小首を傾げる。


「あ、いえ。お気になさら……」



 大変お可愛い顔からフイと視線を外すと、これまた摩訶不思議な光景を捉えてしまった。


 えっ?? あ、あれは何……。



「し、師匠。アレ、何ですか??」


「んぅ??」



 部屋中に存在する師匠と俺が築き上げた薔薇擬きのなれの果てが部屋の中央の一箇所に音も無く集合を始める。


 美しい赤と緑の絨毯が形成されると、その中央に一際巨大な薔薇の蕾が出現してゆるりと花弁を開いて行った。



「…………ひ、人。ですか?? アレ」


「あんな緑色の皮膚の人間はこの世に存在せぬわ」



 でしょうねぇ。



 開かれた真っ赤な花弁の中から粘度の高い液体を纏わせ、一糸纏わない緑色の女性が現れた。


 体の前で両腕を畳み静かに佇む姿はどこか妖艶な印象を此方に与える。



 緑の長髪、爪先から頭の天辺まで全て緑が覆い。粘度の高い液体が全身を包んでいる。


 妙に艶がある雰囲気に思わず固唾を飲み込む。



 お、おいおい……。


 まさかとは思いますけど、本番はこれからってか??



「――――。ふぅ、初めまして」



 緑の女性が新緑の瞳で俺と師匠を捉えて声を掛けて来た。



「あ、どうも。初めまして」



 挨拶には挨拶。


 うん、これは一人の大人として当然の行為ですよね。


 だが、こんな時でも挨拶を返す己の馬鹿正直さに若干呆れにも似た感情を抱いてしまう。



「態々挨拶を返さずともよい」


「いてっ」



 俺の気持ちを汲んだのか。


 一本の尻尾が軽快に頭を叩いた。



「うふふ。仲がいいわね」



 地面の蔦が集まり椅子の形を形成すると、女性が静かに座り俺達を品定めするような瞳で捉える。



「私の名はギュフィト。マウル様の使い魔でありこの迷宮の大部分の管理を任されている使い魔よ」


「ほぅ。お主がこのけったいな迷路の創造主か……」



 師匠が舌舐めずりをしてギュフィトさんに向かう姿勢を刹那に取るが……。



「私を倒しても固有能力である『小さな楽園(マイリトルガーデン)』 は解除されないわよ?? マウル様に直接受け継がれる様に出来ているのだから」


「なんじゃ。それを先に言え」



 武力突破は困難だと確知し、構えを解く。



「そこの狐は大分昔に何度か見たけど……。貴方は初めて見るわね」


「レイドと申します。申し訳無いんですけど……」



 余裕の態度で椅子に腰掛ける彼女へ向かっておずおずと声を上げる。



「何かしら??」


「この部屋から出たいのですが……。どうしたら宜しいでしょうか??」


「そうなの??」


「はい。仲間と合流を果たしたいと考えておりまして」


「それは……。叶わないかもねぇ」



 歪に口元をニィっと曲げて話す。


 あの口元を浮かべる人は大抵此方にとって不味い事を考えているのですよね……。



「何故ですか??」


「それはぁ……。貴方が私の餌になるからよ??」


「餌、ですか……」


「そうよ?? 貴方の血、すっごく美味しいし……」



 さっきの薔薇のお化けから吸収したのかな。


 俺の血の味を思い返す様に舌なめずりをしている。



「出来るだけ穏便に事を進めたいのですが」



 師匠の力を加味すれば強行突破は容易い。しかし、俺達は戦いに来たのでは無く。知識を授かりに来たのだ。


 どこぞの龍と違って俺は武力に頼った行動は慎んでいるのです。



「駄目。貴方はここで私に死ぬまで血を与え続けるの。死にそうになったら休ませて、回復したらまた血を頂く……。んふふ。飼ってあげるわ」



 俺は食料じゃないんだけどなぁ。



「はぁ――。どうやら話が通じる相手では無さそうじゃ。強行突破するしかなさそうじゃな」


「強行突破?? 私を倒せると思っているの??」



 師匠のお言葉に、ギュフィトさんが一瞬険しい表情を浮かべる。



「儂は見に徹する。ほれ、お主が相手を務めい」


「えぇ……」



 俺の肩をポンっと叩き、後ろに下がって行ってしまった。



「ちょっと。そこのちっこい獣」



 おぉっと……。


 師匠にその言葉は駄目ですよ――??



「何じゃぁ??」



 欠伸を噛み殺し、呑気に草の絨毯に座って口を開く。



「この男と共闘しなくてもいいのかしら??」


「お――。構わぬよ――。儂は弱い者虐めは嫌いじゃからなぁ」



 師匠然り、エルザード然り……。


 相手の神経を逆撫でするのは得意分野でしょうね。



「よ、弱い者!?」


「そうじゃよ――。そこにおる男を倒したら儂が相手をしてやるわ。ま、お主程度の力では勝てぬと思うがな」



 いやいやいやいや!!


 これ以上、相手を刺激しないで下さいよ!!



「こ、この……。ふっ、まぁいいわ。手練れ二人を相手にするのは腰が折れると思っていた所だし」



 ど、どうも……。


 手練れと言われ、敵の言葉と知りながらも思わず嬉しい感情が湧いている自分を戒めた。



「さて、私に……。身を捧げる覚悟は出来た??」


「こんなちっぽけな人間でもやる事が山の様にございまして。それに、友人達が自分達の帰りを待っています。ですから、ここで倒れる訳にはいきません」



 余裕な態度で足を組むギュフィトへと話す。



「私に身を任せてくれれば……。一生味わう事の出来ない快楽を与えてあげるわよ??」



 己の体に付着する粘度の高い液体を指先に纏わせ、これ見よがしにこちらに見せつけて来る。


 いや、そういう事は求めていないのですけど……。


 それに??


 この手の類の話は、我が師の感情を大いに逆撫でしてしまうので控えて下さい。



「これ。さっさと始めぬか」



 ほらねぇ……。


 背筋がゾクリとする圧が背後から放たれているし。



「りょ、了解しました」



 直立不動で背後から聞こえて来る嘯く声に答えた。



「あはは。何?? あんた達ってそういう関係じゃないんだ」


「そういう関係??」



 要領を得ない発言に首を傾げる。



「つまり、貴方とあそこのおちびちゃん。まだ性行為をしていないんでしょ??」



「「ブフッ!!」」



 俺と師匠が同時に吹き出す。


 な、何て卑猥な事を言うんだ!! 破廉恥極まりないですよ!?



「それともぉ。させてくれないの??」


「師匠をそういう目で見てはいけないのです!! ですよね!? 師匠」


「へ?? あ、あぁ……。うむぅ。そ、そうじゃなぁ……」



 随分と歯切れの悪い声が届く。



「まぁ、あの小ささじゃあ満足の行く結果を得られないと思うけど」



 ふんっと鼻息を漏らし、師匠の体を見つめる。



「あのねぇ。人を見た目で決めつけないの。大体、俺はそういう外見的特徴で好みは決めていないんだ」



 ギュフィトさんの前で腕を組み、大切な心構えを説いてやる。



「じゃあどこを見ているのよ」


「ん――。性格……もあるし。一番大切なのは心、かな??」



 一緒にいて楽しかったり、勉強になったり、心が安らぐ。


 女性に、いや。


 交際相手に求めるのは凡そこんな所であろう。


 自慢じゃないけども!! 彼女が出来た事が無いから大体の事しか分からないけどね!!



「今時珍しい男ねぇ。好きな様に相手をおか……」


「はい!! そこまで!!」



 とんでもない言葉が飛び出して来そうであったので慌てて手で御してやる。


 なんだかエルザードを相手にしているみたいだよ。



「煮るなり、焼くなり。私があなたを骨抜きにしてあげるわ……」


「そうは上手くいくとは限らないぞ??」



 彼女がそう言い放つと。



「「「…………」」」



 地面に蠢いていた蔦が一斉に起き上がり俺を正面に捉えた。


 この数……。素手だと骨が折れるな。


 数本纏めて叩き落とす為には矢に頼るべきか??



 肩から弓を外して構えようとすると。



「これ。弓は使用するな」



 此方の行動を見透かした師匠が速攻で阻止した。



「で、ですが……」


「儂と共に鍛えた体はあんな植物には負けはせん。己の拳、心、体を信用せい」



 何て心強い言葉だ。


 体の奥底から炎が湧き上がり、一瞬だけ萎みをみせてしまった俺の闘争心を燃え上がらせる。


 弓を傍らに置き、型を取り、右手に短剣を構えた。



「分かりました!!」



 師匠!!


 貴女から受け賜った極光無双流を今此処でみせます!!



「…………へぇ。あなた、やっぱり強いわね」



 余裕の笑みが消え失せ、獲物を狩る猛禽類の瞳に移り変わる。



「ふぅ……。よし、来い!!!!」



 丹田に力を籠め、心の炎を身に纏う。


 俺の闘志はそんな小手先の植物じゃ打ち消す事は出来ないぞ!?



 もっと、もっと強く魂を燃やせ!!


 己にそう言い聞かせ、確と前面の全ての敵を捕らえた。



「人間風情が!! 私に歯向かった事を後悔しなさい!!」



 来たぁっ!!!! 正面、二つ!!



 俺の体を捉えようと大人の胴程の太さの蔦が愚直に真っ直ぐ襲い掛かる。


 うねり、波打ち、捉え処が無い残影だが……。


 とどのつまり、俺の体を目標にして向かって来るのだ。



 殺意の刹那を……。捉えろ!!



「ふんっ!!」



 右上方の蔦を切り払い、流れる体の勢いを利用して左側の蔦に蹴りを放つ。



「へぇ!! 良い動き!!」



 そんな余裕な態度も今の内だぞ。


 このまま……。距離を潰す!!


 襲い掛かる蔦へ向かい拳を打ち、体を回して短剣の一閃を蔦に叩き込む。


 単純な前進であるが、魔法が使用出来ない俺にとって確実な戦略だ。



「ほら、もっと……。もっと私を楽しませなさい!!!!」



 奮戦する俺の姿を捉えて感情が昂ってしまったのか。



「いぃっ!?」



 緑の地面から常軌を逸した数の蔦が伸び上がり、彼女の感情と同調するかの如く狂喜乱舞して空間を制圧する。



 こ、この数。捌き切れるか??



「さぁさぁ!! どう!?」



 前方から数十本の蔦が襲来。



「ちぃっ!!!!」



 鍛え上げてきた両足の筋力に全幅の信頼を寄せてその力を解放。


 その場に己の残像を置いて攻撃を躱しつつギュフィトさんの右手側へ移動したのだが。



「あはは!! 素晴らしい反応速度と移動速度ね!!」



 この部屋の全てが攻撃範囲である彼女にとって俺の回避行動は微々たる誤差なのだろう。


 緑の絨毯から生え伸びる蔦が絶え間なく俺の後を追従して来た。



 やっべぇ……。


 この距離じゃ相手の思うつぼだぞ……。何か手を打たないと確実にやられる!!


 荒い呼吸を繰り返して筋力が悲鳴を上げる回避行動を続けていると師匠の言葉が耳に届いた。



「…………。心を乱すでない。極光無双流の神髄。それは何じゃ??」



 透き通った水面。相手の動きを曇り無き水面に映せ。



 ふぅ…………。


 心を取り乱すな、変化し続ける状況を見逃すな。



 騒ぎ始めた心にそう言い聞かせ。その場に足を止めて大きく息を吸い込み、騒ぐ心を鎮めた。



「あら?? 降参?? それじゃ……。遠慮なく頂くわ!!」



 四方八方から一寸の隙間を埋め尽くし、恐ろしい速度で蔦が襲来する。


 しかし、それでも俺の心は動じる事は無かった。



 見えますよ、師匠!!!!


 相手の動きが手に取る様に分かります!!



「すぅ――……。ふぅっ!!!!」


「なっ!? 嘘でしょ!?」



 右前から襲い掛かる初撃を半身で躱し、死角から続く二撃を切り払う。


 刹那の綻びから見えた一筋の光に向かって脚力を解放して緑の包囲から突破する事に成功した。



 よぉし!! 上出来だぞ!!



「わ、私の攻撃を無傷で回避するなんて……」


「目を見張る連撃ですが繋ぎ目に隙がありますよ??」


「に、人間の分際で生意気なのよ!!!!」



 俺の言葉で激昂したのか。


 ギュフィトさんの周囲で生え伸びる蔦が荒れ狂い、跳ね、のたうつ。



 予想が難しい蔦の動きだが……。これを動かしているのはあくまでも本体。



 つまり蔦自体の殺気や動きを捉えるのでは無く彼女の気配をそして殺気を深く。そう、心の深淵を覗き込む様に捉えるんだ!!!!



「くらえぇええ――!!!!」


「ずぁっ!!」



 鞭の様にしなる蔦に蹴りを放ち、右足を捉えようと地面を這って襲い来た蔦を切り裂く。


 敵の一挙手一投足を見逃すな。全神経を相手に向けろ。



 己に強くそう言い聞かせ、悪意を放つ蔦の攻撃だけに目標を絞って冷静に対処。



「こ……のぉ!!」


「っ!!!!」



 上空から襲い掛かる蔦を切り払ったのは正解だったが……。



「っ!?」



 土中から急襲した蔦が俺の左頬を掠めて行った。


 くそっ、こんな攻撃方法もあったのか。



「い、今のも躱すの??」


「殺気が漏れているんだよ。手に取る様に分かるぞ」



 部屋の中央。


 彼女が鎮座している緑の蔦の上を進みながら話す。



「私が……。負けると言うの?? そんな馬鹿な……。只の人間じゃない!!」

「……」



 死角から襲い掛かって来た数本の蔦を切り払う。


 それでも俺の行進は止まる事は無かった。



「人間鍛えれば誰だって出来ますよ??」


「そ、そんな訳あるか!!」



 端整な顔を歪めて憤りを咆哮する。


 ま、正確に言えば半分人間半分魔物なんですけどね。


 ここは言わないでおこうか。話が拗れてしまう恐れがありますので。



「これ以上は無駄です。俺達を進ませてくれれば何もしませんよ」



 驚愕の瞳を浮かべている彼女までもう一息。


 そんな距離に詰め寄って言った。



「…………フフ。命までは、か」



 驚愕の表情から一転。


 後少しで一撃を与えられる距離にまで近寄ると勝ち誇ったような笑みを浮かべて話す。


 何だ?? その余裕は??



「だから大人しく道を譲ってくれれば…………。あ、あれ??」



 突如として足の力が抜け落ちてしまい、蔦の絨毯に片膝を着いてしまった。



 な、なんだよこれ!! 足に力が……入らない!!



「やっと効いて来たか。呆れた体ねぇ」



 俺を見下ろし、勝利を確信した笑みを浮かべる。



「な、何をしたんだ……」


 縺れる舌で言葉を発す。


「聞いた事が無い?? 綺麗な薔薇には棘があるって。私の蔦の棘にはぁ毒が含まれているのよ。常人なら触れただけで気を失う位の毒がね」



 片膝を着いて蹲る俺の顎を足先で上げて緑の唇に粘度の高い液体を纏わす。



 く、くそ!!


 毒か!?


 このままじゃ不味い!!


 そう考え足に全身全霊の力を籠めるが一向に動く気配が無い。



「いいわよ……。そうやって抗う様。さぁ、お仕置きの時間の始まり始まりぃ……」


「ぐっ……!! あぐっ!!」



 数本の蔦が俺の首を捉えて宙へと誘う。


 悪足掻きとして蔦に指を捻じ込むが。



「無駄よ」


「ぐぅぅっ!!」



 ギュフィトさんが椅子から徐に立ち上がり、俺の腕を蔦から引き剥してしまう。



 こ、このぉ!! 動け!! 動けよ!!


 無意味に足をばたつかせ、何とか活路を見出そうとするがそれは拙い希望だと数舜で思い知らされてしまった。



「ほぉら。蔦の抱擁を受け取って??」


「う、がぁぁああああ――――っ!!!!」



 地面を覆う緑の絨毯から無数の蔦が伸びて服の隙間を縫い、縦横無尽に俺の体を侵食する。


 腕、足、胴。


 体中に蔦が絡みつき気の遠くなる激痛が駆け巡って行った。



「あぁ!! 本当に美味しい……!!」



 首筋から零れ落ちる血を指で掬い、己の口へと運ぶ。


 歓喜の声が漏れ出して俺を喜々とした瞳で見上げた。



「もっと……もっと頂戴?? ほら、私を満足させて!!」


「うあっ……。ぐぅぅぅっ」



 常軌を逸した熱と激痛が全身を隈なく襲う。


 だ、駄目だ。これ以上は……。このまま無惨に殺されるより……。



 最後の最後まで抗ってやるよ!!



 荒ぶる心を鎮めて、体に眠る龍の力を呼び醒ます。


 小さな欠片を集め……。右手に宿す!!



「ここで絞め殺すのも勿体無いわよねぇ。ほら、おちびさん?? 助けなくていいの??」


「馬鹿者。勝利を目前にして余所見をする者がどこにおる。儂の弟子を甘く見るでない」


「はぁ?? ここからどうやったら……。な、何!?」



「ぐっ……。ぁぁアアッ!!!!」



 右手に熱き力を籠め、絡みつく蔦を切り裂き。一気呵成に纏わり付く悪意を吹き飛ばしてやった。



「な、何なのよ!? その馬鹿みたいな力は!?」



 恐れ慄く彼女に向かい、俺はこう言ってやった。



「眠れる龍を起こすとこうなるんだよ。安心しろ。直ぐに決着だ」



 敵を打ちのめせと右手に宿る龍の力が咆哮する。


 右手から全身へ。


 龍の熱き波動が駆け巡り、熱が、大炎が、灼熱の闘志が俺を奮い立たせた。



「ま、負けてなるものかぁあぁあぁ!!!!」



 蔦が無慈悲に空間を削り、悪意の塊が熱を滅しようと激烈な攻撃を加える。


 しかし。


 それはこの漲る力の前では無力に近い物であった。



「はぁっ!!!! だぁっ!!」



 左足を軸に集約された力を右足に乗せて螺旋を描き、全方位から襲い来る蔦を薙ぎ払い制圧された空間を取り戻す。



「う、嘘でしょ……」



 見えたぞ!!!! 勝利への光!!


 目の前に開かれた道標を正面に捉え、烈脚を解放。


 瞬き一つの間に彼女の腹部へ肘鉄を深く、真芯へと叩き込む。



「ぐっはぁっ!!」



 ここだ!!


 体の芯が揺らぎ、防御が皆無となった顎へ右の拳を突き上げる。


 そして……。



「これで……。決着だぁああ――!!」



 拳の一撃を受けて天に昇る体へ。


 鋭く体を回転させて全体重を乗せた雷撃を放つ。



「うぐっあぁっ!!」



 雷撃を受けた体が後方へ吹き飛び、地面を軽く弾みながら転げ回って行く。


 そして転げ回る体が止まると土埃が立ち昇る。


 微風が周囲に舞う土埃を払い、敗者の姿が鮮明に映し出されると俺は勝利を確信した。



「よしっ!! 一本!!」



 漸く掴み取った勝利の余韻に浸る間も無く龍の力を解く。



 はぁ……。何とか、勝てたな。


 これでもまた二部屋目の敵なんだぞ??


 この先間違えたら一体どんな敵と出会う事になるのやら……。



 一切の動きを停止させたギュフィトさんの姿を捉えつつ荒い呼吸を整えていた。




お疲れ様でした。


現在、後半部分を編集中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さい。

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