第百二話 馨しき花達 その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
天井の緑の合間から抜け落ちて来る光が仄かに通路を照らし、茨の壁に挟まれた通路は思いの外快適にも感じられる。
しかし、これはあくまでも外見上の話。
この先には恐らく先程の問い掛けが待ち構えている。
それを考慮すると、ちょっとだけ進む足が重たくなりますよね……。
まぁ、他にも歩き難くなる理由は幾つか存在する。
「むぅ……。まだ匂うのか??」
師匠が俺の私服の袖に端整な鼻をあてがい、スンスンと臭いを嗅ぐ。
「表面上は拭えましたけど、尻尾の中身にまだ残っている感じですよ」
俺の歩みを困難にしている尻尾の表面を少しだけ撫でて、やんわりと臭さの最たる理由を説明してあげた。
お腹に絡みつく尻尾から立ち昇るこの何とも言えないスッパイ香り……。
どうにか出来ないものかしらね。
「それならいつかは消えるじゃろう!!」
夏の空に浮かぶ燦々と輝く太陽を軽く凌駕する明るい笑みで此方を見上げる。
「え、えぇ。そうですね……」
此処で尻尾が臭いから放して下さいと言えればどれだけ楽か。
心に思う言葉をそのまま口から放てば恐らく尻尾が増えて更に状況が悪化してしまう可能性が高い。
さり気なくその理由を仄めかしても気付いて貰えないのなら黙ってこの匂いに耐えましょう。
我慢強さは人一倍強いと自負していますので。
「くそぅ……。人様の胸をう、薄いだなんてふざけた事ぬかしやがって。ぜってぇ後で酷い目に遭わせてやる」
万人の行進を防いできたそそり立つ壁も思わず、どうぞ!! と。容易く道を譲ってしまう憤怒を肩口から滲ませて隊の先頭を行軍しているマイが恐ろしい歯軋りを放つと。
「落ち着けって。きっと向こうはこっちの気持ちを逆撫でして問題を解けにくくしようとしているのさ」
それをユウが速攻で宥めてくれた。
確かに彼女が話した通り、マウルさんは隊の協調性を消失させる為に胸が薄いと仰ったのだろう。
そして、その効果は覿面。
「当り前の事実を当然に話して何か罪でもありますでしょうか。マウルさんは的確な御言葉で仰っただけですのにぃ」
蜘蛛の御姫様が要らぬ言葉を発すると。
「あぁっ!? テメェの尻蹴飛ばして茨の壁にめり込ませてやろうか!?!?」
「マ、マイさん駄目ですよ!!」
「マイちゃん落ち着いて!!」
その言葉を受けて数舜で噛みついた龍を一羽と一頭が必死に宥めた。
全く……。
君達は一度協調性という言葉をしっかりと咀嚼してその体に取り入れるべきですよ。
そしてこれを咎めるべき地位にある御三方は。
「先生、何か思い浮かびましたか??」
「ん――ん。今考え中――」
「そうか……。尻尾の中身が臭いのか……」
何やら勝手に自己中心的な思考を繰り広げ、狭い通路で燥ぎ続ける傑物共を放置してしまっていた。
いつもなら俺が一言二言加えるのですが、俺が発した言葉を触媒にして更に喧しさが爆発的に増加してしまう恐れがあるので無言を貫きます。
口をンっと紡ぎ、更に臭さを感じ無い様に鼻呼吸を最低限に抑えつつ通路を進んでいると。
柔らかな光と閉塞感を感じさせない部屋に到着。
そしてそこには想像通り四つの花が待ち構えていた。正面に橙、左に赤、右に緑みの青。
今しがた出て来た通路が閉じてその上に白の花がそっと美しく咲いた。
「ん――。本来の正解は正面に咲く橙の色だよな??」
虹の色を頭の中で思い描きつつ話す。
「本来なら、ね。橙が正解かもしれないし不正解かもしれない。マウルの問い掛けを解かない限り正確な色は不明よ」
エルザードが話す通りだよなぁ。
その問いかけの謎は未だに正解へと辿り着いていない。
「カエデ。何か分かったか??」
「……いいえ。申し訳ありませんが正解の片鱗さえ見えて来ません」
ふぅむ……。
カエデが分からないなら俺には到底理解出来なさそうだ。
しかし。
此処で立ち止まっていては時間の無駄。
アレクシアさんの容体を加味すると俺達に余り時間は残されていないからな……。
「人海戦術じゃないけど……。班を別けて。四手に別れて進むってのはどうかな??」
誰とも無しに提案を進言すると。
「四手、か。う――ん。仕方ない。正解に辿り着く素材が少な過ぎるからこの部屋はそれでいきましょう」
「じゃな」
小隊の隊長格であるエルザードと師匠が俺の考えに肯定してくれた。
「はいよ。じゃあ、班分けはどうするんだ??」
ユウがこちらを見て問う。
「師匠、どうします??」
「マイとユウ。アオイとリューヴ。カエデとクソ脂肪」
「おい」
エルザードが師匠の御言葉に速攻で噛みつく。
時間が限られていますのでいつものじゃれ合いは後で好きなだけして下さい。
「そして、儂とレイド。各々が組み好きな色を選べ」
「はいは――い!! 私はどうすればいいの――!!」
ルーが陽気な声を放ち。元気良く右手を上げて師匠に尋ねる。
「お主はピナとここで待っておれ。不正解の組は最初の道から戻って来る。帰って来なかった組が正解の色じゃ。その色を不正解組に伝えてやれ」
「ほっ、良かった――。私は皆さんみたいに強くありませんのでお留守番が適任ですね!!」
出来ればその役目を譲って貰いたいものだ。
師匠と同じ組なのは大変心強い。
しかし……。こう、何んと言うか。
師匠の運は途轍もなく悪い気がするんだよなぁ。
「どれにしようかのぉ――。どの色も綺麗じゃし、悩むわ」
端整な御顔の下にある顎に柔らかく手を添え、一本の尻尾をフッサフサと揺らして腐敗臭……。
基、大変可愛い所作で色の取捨選択を繰り広げている。
先程は二分の一を外した。そして今回の当たりの確立は四分の一。
師匠が二回連続外れを引く確率は……。えっと……。
八分の三か。つ、つまり!! 八回中、最低でも五回は少なくとも一回正解する訳だ。
微妙過ぎる確率ですよねぇ。
「ユウ!! どこにする??」
「ん――。マイに任せる」
「じゃあ私の好きな赤ね!!」
「え――。さっきの不正解だぞ――??」
「リューヴ。どこにします??」
「ふむ……。そこの緑みの青にするか」
これで残りは白と橙。
「師匠、自分達はどこにしますか??」
「そうじゃのぉ――。む――――」
腕を組み、真剣な面持ちで白と橙を睨む。
「ここは、意表を突いて。後ろの白じゃ!!」
「白……。ですか」
進んで来た道を戻るって、なぁんか乗る気がしないよなぁ……。
「何じゃ!? 嫌なのか!?」
鋭い瞳が俺を捉えると、三本の尻尾が反射的に五本に増え俺の前に立ち塞がった。
「い、いえ!! 滅相もございません!!」
その尻尾を顔に近付けるのは御勘弁下さい!!
まだ腐敗臭が残っているのです!!
「じゃあ私達は残り物の橙にしましょうか。先に選ぼうが後に選ぼうが確率は変わらないんだし」
「分かりました。では、皆さん出発しましょう」
カエデの声を皮切りに各々が選んだ花の色の下へと進み出す。
俺はその場でくるりと後ろを振り向き、若干辟易した表情で白を見上げた。
はぁ……。
もう既に嫌な予感がプンプンするよ……。
「ふふん。ここが正解じゃ!! 間違いない!!」
その自信がどこから湧いて出て来るのか不思議で仕方がないです。
正解か不正解かどうか分からない白の花の下。生乾きで湿っている尻尾を軽快にピコピコと振っていた。
「じゃあ私達はここで待ってるからね!!」
「気を付けて行って来て下さい!!」
「……」
後ろ髪引かれる思いで部屋の中央で手を振る二人をじっと見つめるが。
「ほ――れ。行くぞ――」
有無を言わさず、三本の尻尾が胴に絡みつき強制的に連行されてしまった。
「あはは!! レイド――!! 大丈夫だって――!!」
その確証は?? そう言いたいのをぐっと堪え。
俺達が近付くと緑の暖簾がするりと開き、新しく出現した通路へと進んで行った。
この先は絶対外れだ。
そう思えば外れた時の落胆は幾らか軽減出来るし……。
「ふんふふ――ん。ふふん――」
重く沈んだ気持ちとは裏腹に、どういう訳か師匠の気分は良さそうだ。
俺の胴体に尻尾を絡めたまま陽気な鼻歌を奏で軽快な足取りで奥へと進んでいる。
「師匠。随分と嬉しそうですね??」
「あの五月蠅い脂肪がおらぬからなぁ!!」
「もう少し、こう……。何んと言いますか。同じ釜の飯を食った仲なのですから。歩み寄っては如何です??」
そっちの方が此方としても助かりますし。
でも、それを良しとしないのが我が師である。
「嫌じゃ」
想像通りの答えが返って来て逆にほっとしている自分が居る事に驚いてしまった。
「お主はあ奴の事。どう思っておるのじゃ??」
森の息吹が漂う通路を進み、師匠の声が僅かに通路内にこだまする。
「エルザードですか?? ん――……。そうです、ね。魔法や知識に関しては正直大変尊敬しています。ですが……。その、私生活については些か了承出来ない箇所はありますね」
思いついた言葉をありのまま話す。
距離感、というか。
節度を持って行動して貰いたいものが本音かな。
「そ、そうか!! やはりお主は儂がおらぬと駄目じゃなっ!!」
「それ。どういう意味です??」
陽気に仰るので、こちらにもそれが伝わり思わず口角が緩んでしまう。
「ほ、ほれ。あれじゃよ、あれ。お主をしっかりと指導する者は儂以外におらぬ。と、言う意味じゃて」
成程、そういう事ですか。
「これからもご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いします」
「なはは!! 分かれば良い!!」
極光無双流、龍の力、そして魔力の扱い。
これはとてもじゃ無いけど俺一人じゃ扱いきれないのが本音だ。
その道の達人。
しかも、極めし者の下で指導を受けている。
これ以上な贅沢はあるまいよ。
「お主には儂がお似合いじゃ!! のぅ??」
「え?? はい。勿論、その通りです」
指導、の話ですよね??
「そうかそうかっ」
満面の笑みを浮かべてウンウンと満足気に頷き、尻尾が胴体を撫で回す。
あのぉ、匂いが付着しますので放して頂けませんか……??
やんわりと御断りの言葉を述べようとすると、正面奥に柔らかい光が見えて来た。
「おぉ!! 出口じゃな!!」
「そうですね」
随分と遠かったのが気掛かりだが……。出口に辿り着けば正解は分かるでしょう。
お願いします。どうか……どうか!!
正解の道でありますように!!!!
「「…………」」
祈る想いで問題の部屋に到着すると、そこは赤がやけに目立つ大部屋であった。
地面からは巨大で血よりも赤い、深紅の薔薇が部屋の中央で咲き誇り。その多さと鮮やかさに思わず目を見張ってしまう。
その巨大な花弁を支えるのは当然、太い茎であり。
美しい薔薇には棘があると言われる様に痛々しく鋭い棘が太い幹に無数に生え誇っていた。
「師匠」
「何じゃ??」
「この部屋は絶対。絶対に……外れですよね!?!?」
部屋の四方向には色の選択肢は現れず、代わりに部屋の中央の巨大な花弁の薔薇が俺達を見つめていた。
「…………。じゃなぁ」
師匠が大部屋の中央で無数に存在する薔薇を捉えると吐息混じりに己の運の悪さを認める。
「はぁ……。やっぱり、外れですか」
微妙な確率だと必ず悪い方を引くんですね……。二回連続外れる八分の三ですよ??
もう間も無く開始されるであろう激戦を想像して思わず小さな溜息を吐いてしまった。
「やっぱりとはどういう意味じゃ!!」
「うぎぃ!!」
先程から掴んでは離れてくれない三本の尻尾が胴を圧迫する。
「た、他意はありません!! それより!! ア、アレ!! おかしいですって!!」
大きな薔薇の花弁は鮮やかで見事ではあるが……。
花弁の中央には通常の薔薇では決してありえない事象を確認出来てしまった。
そう……。花弁のド真ん中に鋭い牙が生え揃っているのだ。
それはまるで口の様で、俺達が部屋に入室してからじぃっと正面で捉えては離さない。
目と思しき場所は無いのに品定めしているのだろうか??
「おかしい?? ふぅむ。牙が生えた薔薇とは世にも珍しい種類じゃな。持ち帰って栽培してみるか??」
「それは勘弁して下さい。ギト山を薔薇のお化けで埋め尽くす気ですか??」
「安心せい。勝手に歩く訳でもあるまいし、ちゃんと豊饒な土で管理するわ。花は良いぞ?? 丁寧に育てればそれに応えてくれるように美しい色を咲かせ心を癒してくれる。四季折々に咲く花に一喜一憂して……」
「あ、あのぉ……」
誇らし気に園芸の持論を述べている師匠の言葉に割って入り、おずおずと声を上げる。
「んぅ??」
「歩く植物はいない。そう仰いましたよね??」
「そうじゃ」
「じゃあ俺達は新種を発見した初めての人物になりますよ」
「何を言って……。ほぉ――。これはまた珍妙な……」
少し前、任務の移動中にカエデが興味深い話を聞かせてくれた。
『とある命題の真偽を証明したいのなら、その対偶を証明すればいいのです』
初めて聞く単語に驚き、その証明方法を教えてくれた時は成程と大きく頷いたものさ。
これを今の状況に当て嵌めてみましょう。
この世に歩く植物はいない。これが真だとすると……。
これの逆は植物でないものは歩く。更に否定をすると植物は歩かない。
うん……。間違いなくこれは真実だ。この世の真実はすべからくこの両の眼で見て来ましたもの。
しかし、普遍的な物事の真実を此方側の世界に当て嵌めるのは金輪際止めよう。
それは何故か。
「「「…………」」」
巨大な花弁の薔薇を支える茎が器用に二股に別れて地面に根を下ろし、此方へ向かって一歩ずつ確実に距離を詰めているからである。
人間であの動きを例えると、右足を前に一歩出して体の中央に重心を残したのを確認。その後、ゆっくりと左足を前に伸ばして慎重に同じ行動を取るとでも言えばよいのか。
端的に言い表すと、おっかなびっくり歩く様に似ている。
しっかし、器用に歩くなぁ……。
「器用に歩くものじゃな」
あ、俺と同じ意見ですね。
アイツ等を形容する言葉が見つからなくてどう表現したらいいのやら……。
ん――。人型の薔薇のお化け??
これでは簡素過ぎるかなぁ……。
「随分遅い奴らじゃな」
「えぇ。じっくり観察出来て助かりますけど」
人の姿を模した薔薇が一歩ずつ、確実に距離を詰めて来る。
その速さは。
亀……。蟻……。
速さに劣る生物を呑気に頭の中で思い描いていると行動の変化が見られた。
「「「……」」」
「何ですか?? あれは。肩口から腕みたいなのが蠢いていますけど」
「さぁのぉ。腕を生やすのじゃないのか??」
腕を生やす、ねぇ。
大きな薔薇の花弁が頭の位置だと想定すると、蠢いている箇所は丁度肩口だし。
強ち間違いでは無いのかもしれない。
「でも、あの遅さですよ?? 例え襲われても俺達でしたら余裕で…………。のわっ!?!?」
あ、あぶねぇ……!!
薔薇から視界を切っていたら間違い無く蔦の強襲を食らっていた!!
肩口から急激に腕が生えて俺の体に目がけ急襲。
半身の姿勢で躱し、鋭い棘が目立つ蔦は空を切った。
「速さは訂正します。かなり素早い攻撃を仕掛けてきますね」
「速い?? そうか??」
師匠にとっては欠伸が出るかもしれませんが、自分にとっては十分速いのですよ。
「うぅん……。伸びる蔦には限界がある様に見えます。ほら、伸ばした蔦が戻ると……。体も元の太さに戻りますし」
俺を襲った蔦がしゅるりと戻って行くと、花弁を支える体にすっぽりと収まった。
よしっ。
今ので大方の間合いと速さは掴んだぞ。
只……。
掴んだのは良いが余り良く無い結果に至ってしまったのが悔やまれる。
「それと……。この部屋、全てが相手の間合いですね」
「じゃろうなぁ」
蔦を伸ばせば体は萎む。伸ばせる距離には限界があるのは本来喜ばしい事である。
しかし。
現在、相手との距離は部屋の中央から入り口の手前。
つまり、向こうが有利な位置を陣取り俺達と相対している訳だ。
「逃げ場無し、か。師匠、どうします??」
「どうするも何も……。こうするしかあるまい??」
ふっと息を漏らし左手を上げ、体を斜に構えた。
おぉ……。素晴らしい構えだ。
付け入る隙が一分も見当たら無い構えに思わず頷いてしまった。
「了解しました」
師匠に倣い、同じ型を取り薔薇のお化け達と相対した。
素手での戦闘は避けるべきだな。あの鋭い棘は容易に俺の皮膚を切り裂くだろう。
右手に刃厚の太い短剣を持ち、左手は咄嗟の防御に徹しよう。
「師匠」
「何じゃ??」
「どっちを請け負います??」
右に三。左に七。
薔薇のお化け達が体中の蔦を動かしてその時を今か今かと待ち侘びている。
「ふんっ。当然、左じゃ」
「言うと思いましたよ」
「いいか?? この戦闘で弓を使用するな。負担が掛かり過ぎるのがその弓の難点じゃからな」
「自分もそう考えていました」
右手に掴む短剣の柄に汗がじわりと滲む。
来る……、か??
師匠も気配を察知したのか、鋭い目付きで薔薇のお化け達を捉えていた。
「…………おぉ!! そうか!!」
「ど、どうされました??」
びっくりした……。急に大きな声を出して一体何が……。
「何か違和感があると思えば……。こうして、肩を並べて敵と相対するのは初めてじゃったな??」
にっと口角を上げ、此方を横目で捉える。
「そうですね。いつもは対峙していますから」
「初めての共闘か。ふふ、血が騒ぐのぉ……」
「あ、余り派手に暴れては駄目ですよ?? この森が壊れてしまいますから」
師匠程の力の持ち主が勝手気ままに暴れ回ったら周囲一帯が消失。
迷宮と住まいを破壊されて激昂したマウルさんから情報を入手する事は叶わず、此度の冒険が徒労に終わってしまう可能性が大いに高いですからね。
「安心せい。ちゃぁんと手加減してやるわ」
『怪しいものですね』 とは言えず。
小さくコクンと頷くに留めておいた。
「極光無双流の恐ろしさ……。確とこ奴らに刻み込んでやれ」
「了解です!!」
集中力を高め、相対する三体に標的を定めた。
先ずは先頭の奴から……。
「……っ!!!! 来るぞ!!」
師匠が一際警戒を強めた声をあげると同時に、茨の蔦の波が怒涛の如く押し寄せて来た。
俺に向かって来る蔦は……。五本か!!
瞬時に蔦の軌道を見極め、体の筋力を解放。
どうせ部屋中全てが敵の攻撃範囲なのだ。
勝機を手繰り寄せる道は左右でも、後方でも無く……。
前方だ!!
「ずぁっ!!!!」
力任せに大地を蹴飛ばして突貫を開始。
襲い来る数本の蔦を体の横に通過させ、それでも向かって来る蔦の束を短剣で切り落とす。
「…………っ!!」
よし!! 最前列の個体の前に到着!!
このまま一気苛烈に止めを刺してやる!!
「はぁっ!!!!」
隙だらけの薔薇の花弁の根元へと向かって、人体の首を刎ねる要領で鋭い一閃を放つ。
自分の思い通りの軌道を描いた一閃は茎と花弁を一刀両断。
「…………」
薔薇の花弁は力無く地面へと落下、花弁の中央に存在する口擬きが最後の悪足掻きの様に数回閉じては開くとその動きを完全に停止させた。
そして、花弁を失った胴体部分である茨の蔦の集合体もグシャリと地面へと横たわる。
「師匠!! こいつらの弱点は花弁ですよ!!」
「分かっておるわ!!」
俺が助言を進言しなくでも既に実行済みですか。
前後左右から襲い掛かる蔦を余裕の体勢で躱して宙を華麗に舞っている。
「ふんっ!!!!」
そして、その舞いの途中で激烈な回し蹴りが花弁を捉えると。
「っ!?」
大きな花弁が数回転して捻じ切れ、面白い角度で地面に落下して絶命へと至る。
うへぇ。師匠の全力の回し蹴りか……。
想像したら首が痛くなってきた。
「ほれ。余所見は厳禁じゃぞ??」
「…………。分かっています!!」
俺の死角から伸びて来た蔦の襲撃を屈んで回避。
残る二体と改めて対峙した。
よし、攻撃の速さは慣れた。
後は攻撃の角度を冷静に見極め、一体ずつ確実に葬ろう。
「「…………!!」」
正面の二体が俺に向けて四本の蔦を放射。
空気を切り裂く甲高い音が対峙する者の闘志をへし折り、蠢く蔦の多さが恐怖を増大させるだろう。
だがな?? こちとら毎日死を覚悟しなきゃいけない日常を過ごしているんだよ!!
この程度の攻撃で俺の闘志を掻き消せると思うなよ!?
「残念だったな!! もう見切ったぞ!!」
一本の蔦の腹を短剣で弾き、その弛みで出来た隙を縫い右側の薔薇へと接近。
「だっ!!」
花弁の中央で獲物を求めて蠢く口擬きへ雷撃を捻じ込んでやる。
「……!!!!」
短剣が急所を捉えたのか。
口擬きの中から無色透明な液体が零れ落ちて蔦と茎の力が消失。
「これで、二つ!!」
短剣を引き抜き、もう一体へと急襲しようと画策したが……。
「うっ!?」
短剣を引き抜くと同時に花弁の口から咽返る程の香りを放つ液体が噴出して目に飛び込んで来た。
視界を遮られ、素早く手の甲で液体を拭うが……。
「いっ……!!」
左腕に突如として激痛が迸った。
いってぇ!! 何が起こった!?
ぼやける視界で己の左腕を確認すると……。
鋭い棘が生え揃った蔦が皮膚に深く食い込み、深紅の液体が負傷箇所から滲み出て戦闘の汗と交わり形容し難い色へと変化していく。
噴き出した血が地面に落ちると思いきや……。
「…………っ」
深紅の血液が緑の蔦に触れると、その内部へ吸収されて行くのを視界が捉えてしまった。
こ、こいつ!! 人の血を吸うのか!?
「ぐぅっ!?」
俺の血に味をしめたのか。もっと貴様の血を寄越せと蔦の棘で皮膚を裂いて行く。
「くっ……。この野郎、調子に……。乗るなぁぁああ――――ッ!!!!」
右手の短剣で蔦を切り払い、たった一歩で数十歩分の距離を稼いで自分の間合いへと相手を置く。
そして人体で言えば顎下の部分に当たる花弁に短剣を突き刺し、腕力を総動員して奥深くに侵入させてやった。
「……ッ!!!!」
薔薇擬きの最後の足掻きなのか。
両の腕から伸びた蔦が俺の体を抱擁しようと左右から迫り来る。
「これで……。終わりだ」
深く刺した短剣を両手で掴み天高く突き上げ花弁を両断。
切断された花弁から大量の液体が噴出する様は、まるで花の馨しい香りの雨だ。
季節外れの花の大雨が降り注ぎ部屋の空気を美しい香りで満たしていった。
よし!! これでお終い!!
「師匠!! こっちは終わりました!!」
敵の無力化を確認すると師匠の戦いへ加勢する為に振り返った。
「――――。遅いのぉ」
げぇっ!!
もう七体を仕留めたのですか!?
拳と烈脚で築き上げた赤い薔薇の山に金色が鎮座。
太ももの上に両肘を乗せ、そして頬杖を付いて此方を悠々と見下ろして随分と呑気な声を上げた。
「師匠にとっては相手不足、でしたか??」
「相手も何も。足りなさすぎじゃて。一発貰ったか」
軽く弾みながら薔薇の山から下山して俺の左腕を手に取る。
「まさか、液体がああも綺麗に噴出するとは思いませんでしたからね」
「馬鹿者。それを油断と言うのじゃ」
「あいたっ」
後方の尻尾が俺の頭をぴしゃりと叩く。
何だろう。今受けた痛みとは違って……。
こう……。嬉しい痛みだな。
不出来な弟子の事を想って叱ってくれる痛みに思わず心が温かくなってしまう。
これからも精進させて頂きますのでどうか末永く叱り続けて下さいね??
師匠の柔らかく温かい吐息と温もりを皮膚越しに感じつつ心の中で更なる高みへ登ろうと人知れず決意を固めた。
お疲れ様でした。
梅雨の季節に突入しまして、連日蒸し暑い日が続いていますが皆様の体調は如何でしょうか。
私の場合、もう既に夏バテに近い症状が出ていまして……。本日の夕食は軽く済ませてしまいました。
本来であればしっかりと栄養を摂らなければいけないのにこれは由々しき問題ですよね。
水分補給と栄養補給。
この両立が暑い季節を乗り越える秘訣、とでもいいましょうか。初手で躓いているのに何を偉そうな事を言ってやがると読者様達の御怒りの声が聞こえて来そうです。
それでは皆様、お休みなさいませ。




