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第四十八話 待ち望んだ光景

お疲れ様です!!


本日の投稿になります。


それでは、御覧下さい。




 小春日に似た温かな空気が体を弛緩させ、宙に浮かぶ様な足元の覚束なさが微睡む意識の心地良さを増幅。


 未来永劫、この心地良さに身を委ねていたいと感じさせる程の多好感に抱かれていると。





 地平線の彼方まで続く御馳走の数々が突如として目の前に現れた。





 食欲を何処までも湧かせてしまう肉汁滴る焼きたての一枚肉。


 窯から取り出されて間もない蒸気をゆらりと揺らすふかふかのパン。


 最後の一滴まで汁を飲み干せと命令してくる狐色に輝くうどん。


 採りたて新鮮な水々しさを保つ葉野菜達。


 そして、そして!! 聳え立つ超大盛の白米の山……。





『すっげぇ……。これ、全部食っていいのか!?』



 ふわふわの雲の絨毯に横たわるお皿達を目の前にして、うっとりとした表情で眺めた。


 周囲を窺うも、あの食欲の権化は見当たらないし。


 独り占めに出来るではないか!!



 きっと日頃の苦労を労う形で誰かが提供してくれたのでしょう。




 早速、一番手前のお皿を手に取り。


 じっくりと観察を開始した。



 ふふ。


 美味そうなパンだ。



 食欲をぐぐっと湧かせる焼き目、そして焼きたてホカホカの蒸気が視覚を喜ばせてくれている。



 頂きます!!



 大切に、しかし勢い良くパンに噛り付くと。



 うっめぇ……。



 程よい小麦の甘さが頭を蕩けさせ、パンの中に隠れていた横着者のクルミさんが歯に発見されると。


 カリッ!! っと。顎骨を伝わりそれが頭まで届く。



 甘さと食感の良さに満場一致で胃袋が、ぐっ!! と拳を握った。



 クルミパンは大好物ですからねぇ。


 何百個も食べられそうだよ。




 あっと言う間に一つをペロリと平らげ、お次のお皿へと手を伸ばす。




 うふふ。


 御餅さんじゃあないですか。




 焼いて良し、煮て良しの食材に口角がにぃっと上がってしまいますよ。



 白い面に敢えて焦げた面を残し、視覚を大変喜ばせてくれる御餅さんに手を伸ばし。さて、どうやって頂こうかなと考えていると……。



 御餅さんが急に膨れ上がり、俺の前にとんっと立ち塞がった。



 それはまるで。



『あなたの胃袋が満足出来る様に、大きくなってあげたのよ??』



 そう言わんばかりにも映ってしまう。



 態々有難うございます!!!!



 会釈を交わし手を伸ばし。御餅さんの御体に触れてみると。




 あれ……。


 何、か。


 妙に硬くない??




 目の前の御餅さんは焼かれてぷくぅっと丸みを帯びて膨らみ。全然ひらぺったくないのに。手が受け取った感覚は……。




 う――ん…………。




「何も無い様で……。実は無い??」



 お?? 思わず声が出てしまった。



 自分の寝言に首を傾げていると。




「死刑執行っ!!!!!!」



「パンッ!?!?」



 何と御餅さんが熱い拳を模り、俺の腹に猛烈な勢いで捻じ込んで来た!!




 慌てふためき明滅する目を開くと……。




「…………」




 顔を真っ赤に染めた狂暴な御方が、眠り易そうな寝間着姿で俺を見下ろしていた。



 ちょっとだけ鋭い目元に、整った顔だと頷ける顔立ち。


 それはいつも通り。



 しかし、霧の中で微かに窺えるその表情は何かを堪える様にも見えてしまった。




「いてて……。なぁ、俺の御餅が何処行ったか知らない??」



 あれだけの量だ。


 きっと腹を嬉しそうに抱えて幸せな食後を満喫出来ただろうに……。




 夢現。


 現実と虚構の境目が未だに理解出来ないのか。自分でも首を傾げてしまう言葉を発してしまった。




「はぁ??」



 そりゃあ訝し気な顔をしようさ。


 自分でも意味不明だと考えていますからね。




 腹に居座る痛みが此処は現実であると頭に確知させ、周囲を窺う。




「あ、悪い。それで、もう朝…………。じゃあ無いな」



 辺りを包むのは恐ろしい闇。



 少し離れた位置で輝く焚火が無ければきっと恐怖で心が疲弊してしまうであろう。




「何だよ、こんな夜更けに。折角、幸せな夢をみてたのに……」



 もう一度、あの御馳走を……。


 そう考え。毛布の上でゴロンっと横になると。



「あ、あ、あのさ」



 しどろもどろな声が闇の中で静かに響く。



「何」



 俺の幸せな夢の時間を邪魔するおつもりですか??


 同じ夢は見られないかも知れないけど。挑戦する価値はあるのです。



「ちょ、ちょっと付き合ってよ……」


「はぁ?? 何処へ」



 まさかとは思うけど。


 アオイを置いて出発しようとしているんじゃないだろうな??



 上体を起こし、意図が掴めない言葉を放つ者の様子を窺うと……。




「……………………」



 ふぅむ??




 下唇をきゅっと食み、生まれたての小鹿みたいに肩をカタカタと震わせ。


 羞恥から生まれる熱が頬を焦がし、何かを堪える様に内股を擦り合わせる。




 それが指し示すことは一つ、か??








「――――――――。用を足したいのか」


「花を摘むと言えやぁぁああ!!」



 変な姿勢の状態からでも恐ろしい速度で右の拳が襲来。



「んぐぶっ!?」



 左頬を大変気持ち良い暴力が襲った。




「ひ、一人で行けばいいじゃないか!!」



 何で態々人を起こしてまで連れて行こうとするんだ!!


 しかも!!


 異性の俺に対して!!




「い、いや。別に?? ビビっている訳じゃないのよ?? ほ、ほら。ユウは気持ち良さそうに寝ているし。カエデは起こすと怒られそうだし。蜘蛛は嫌いだから論外で……」




「つまり、取捨選択の末。俺を選んだ訳だな??」



「う、うん……」



 今も変な姿勢で足を擦り合わせつつ、コクンと頷いた。




 そんなに擦り合わせていると。


 蛸の触手みたいに絡みついてしまいますよ――っと。




「はぁぁぁああ――……。分かった。行こうか」



 ここで拒絶しようものなら奥歯が抜け落ちるまで殴られるだろうし……。



 呆れた衝撃によって覚醒した体を起こす。




「で、出来れば早くしてよ。も、もう結構危なくて……」



 一々報告しなくても宜しいです。



 篝火代わりの焚火に太い枯れ木を当て、先端に着火。




「これを松明代わりにしよう。野営地を見失ったら最後だから、余り遠くへは行けないからな??」



「わ、分かってるから……。はやくっ……」



 はいはいっと。



 おっかなびっくり。


 落としてはいけない物を運んでいる様な、大変慎重な足取りで進むマイの後を追い。特濃な白い霧の中へと進んで行く。




 たかが十メートル足らず進んだだけでもう野営地の火が見辛くなって来たぞ……。




「マイ、此処で立ってるから早く済ませて来い」



「う、うん……。絶対こっち来ないでよ!?」




 白の中に、夕日も呆れる程赤くなった顔が現れてそう話す。




「俺が持ってる松明を頼りに戻ってくればいいから」



「動くなよ!? ぜ――――ったいに!! 動くんじゃないわよ!?」



「了解……」



 大きな溜息と共に左手で若干面倒臭くあしらってやった。



 全く……。


 どうして一人で行かないんだろうなぁ。



 その理由を考えていると……。




「――――。あ、そうか。カエデの話か」



 眠る前に聞いた話で恐怖が募り、行くに行けなくなり。俺を選んだのか。


 こういった事は女性に頼むのが一番だと思うんだけどねぇ。




「ふわぁぁ……。眠い……」



 微睡む瞳を擦っていると。



「居るわよね――!!」



 声、ちっさ!!!!



 遥か遠方から矮小な声が届いた。



「居るよ――」



 呑気に間延びした声でそう伝えると。



「動かないでよ――!?」



 再び指示が届く。



「は――い、はいはい。動きませんよ――」



 動いたら命が危いのでね。



 手持ち無沙汰で足を適当に動かし、決して晴れぬ黒き空を仰ぎ見ていると。


































「――――――――。こっちに来なさいよ」




 何だか首を傾げたくなる声が耳に届いた。




「はぁ?? 今、絶対動くなって言っただろ??」



 マイが消失した方に声を掛けるも、返って来るのは無言の返事と何処までも続く闇。




 何だ?? 今の声。



 確かにマイの声がしたと思ったんだけど…………。



 周囲に視線を何気なく動かしていると。




「――――――――。んっ??」



 霞む霧の向こうに何かが動く気配がした。



 その近辺にじぃぃっと視線を送り続けていると。



「…………」




 人型らしき影がゆぅっくりと動く気配を見せた。




 は、はい??



 俺達以外に人が居るってのか??



 い、いや。それは有り得ない。


 こんな場所に足を踏み込む酔狂な者は存在する筈がない!!



 つ、つまり……。あれは……。




 左手で何度も、何度も目を擦り視覚が正常である事を確認し。大変御硬い生唾をゴクリと飲み込むと。





「うふふ……」






 確実に人の形を形成した影が此方に手招きを行い、剰え笑いやがった!!





「ぎ、ぎ、ぎ、ぎぃやあぁあああああああああああ!!!!」




 右手に持つ松明を颯爽と手放し、マイが出て行った方へと我武者羅に駆け出した!!




 ゆ、幽霊なんか相手にしていられるか!!



 化け物やオークならまだしも!! 物理攻撃が効果の無い者に俺は勝つ術を持っていません!!!!




「ちょ、ちょっと待ったぁあああああ!! こっち来んなぁああああ!!」



 そんな事言われても知りません!!




「無理に決まってんだろう!! 何処に行ったぁああ!?!?!? 姿を現せ!!!! マイ――!!」




 取り憑かれて堪るものですか!!!!



 恐怖感を抑制させる為、自分でも訳の分からん言葉を喚き散らしつつ駆け出していると。




「死ねぇぇぇぇええっ!!!!」


「アゴバ!?」



 暗闇の先に突如として出現した拳に侵攻を妨げられてしまった。



「て、てめぇ!! つ、つ、ついに底までお、堕ちたな!! ひ、ひ、他人様のアレを覗こうなんてぇ!! この屑がっ!!!!」



「ち、違うんだよ!!」




 特濃な霧の所為で姿を確知出来ないが。


 恐らく。


 ズボンを必死に直しているマイへと向かって、慌てふためきつつ恐ろしい事情の説明を開始した。




「で、出たんだ!!!!」


「こ、このっ!! この期に及んで!! 出ただとぉ!?」



「ち、違うって!! そっちの出たじゃない!!!!」



 胸倉を掴まれ、もう何度目か分からない拳が襲い掛かる前に口を開く。



「ゆ、ゆ、幽霊が出たんだよ!!」


「は、はぁ!?」



「本当だって!! ほ、ほら!! あっちの方!!」



 先程確認出来てしまった影の方へと指を指す。



「――――。な、何もいないわよ」


「本当に居たんだって!!」



 あれは見間違いなんかじゃない!!


 動いて、喋ったのだから!!



「わ、分かったわ!! 確かめましょう!!」



 胸からパッと手を離し、地面に横たわる松明の方へと進む。



「か、確認するのか??」



 え、えぇ……。


 嘘でしょう??


 幽霊を確認しに行くのかよ……。



「そ、そうよ。このままじゃあ安心して眠れないじゃん」




 万が一、億が一、他者が此処に足を運んだ恐れもあるのだから一理あるけども……。




 互いの呼吸音が聞き取れる距離を保持しつつ、地面に横たわる松明の位置まで戻って来ると。



「それ、拾って」


「お、おぉ」



 彼女に促されつつ明かりを入手。


 そして。



「影が見えたの。どっち??」



「あっちだ」



 顎でクイっと方角を指してやった。



「あんた。先に行きなさいよ」


「はぁ!? 確かめようって言ったのはお前だろ!?」



 心外だ!!


 そう言わんばかりに声を張り上げてやる。



「男らしくないわよ!!!! こういう時は男が女の前に出るって決まってんのよ!!」


「いいや!! 違うね!! こういう時は男も女も関係あるか!!」



 呪われたくないのですよ!! 俺は!!


 やんややんやと互いに罵り合い、此れでは折り合いがつかぬと答えに至ったのか。



「じゃ、じゃあ。折半だ。肩を並べて歩くぞ」



 これなら文句あるまいて。



「し、仕方が無いわね。それに乗ってあげるわ」


「よ、よし。じゃあ、行くぞ……??」


「う、うん……」



 ギギっと重く鳴り響く、大変御硬い足の筋力を引っ提げ。


 蟻の歩みよりも遅い速度で影が見えた方向へと恐る恐る進んで行く。



「ど、どの辺り??」



「多分、ここら辺りかな……」



 足を止め、辺りを窺うも。


 見えるのは深紅と闇と、松明の明かりに照らされた白のみ。



 誰も、いないよな??



 素早く捜査を終え、皆が眠る野営地へと戻ろうとすると。



「ね、ねぇ。足跡、あるわよ??」


「は??」



 マイの一声を受け、何気なく地面に視線を落とした。




 普遍的な茶の地面に薄っすらと生える雑草。


 その中に、異彩を放つ足跡がくっきりとそしてハッキリと大地に刻まれていた。




「足跡があるのは理解出来たけど……。アレ、一箇所しか付いていないぞ」



 人は浮けぬ以上、大地にしっかりと足跡を刻まなければならない。


 しかし。


 あそこにある足跡は東西南北、何処にも繋がっていないのだ。



「しかも……。スンスンッ……。何か、女の匂い。しない??」


「え??」



 試しに鼻をひくつかせてみると。



「――――。本当だ」



 鼻腔の奥にふわぁっと男心を擽る女性の香が混ざっていた。



「女の香、一箇所しか刻まれていない足跡…………」



 ナニかが此処に居た形跡は残っている。


 しかし、そのナニかはふわりと宙へ浮き。何処かへと去って行ったのだ……。


 つまり……。



「幽、霊??」




 認めたくは無いが、この結論に至ってしまうのです。




「止めろ!! 絶対そんなの居る訳無いじゃん!!」


「いってぇ!! だ、だったら否定してみろよ!! この数々の証拠を!!」



 後頭部を抑えつつ、ちょっと離れた位置にある足跡を指で指してやった。



「し、知らんっ!! 私はもう寝る!!」


「さ、賛成だ!!」



 野営地へと踵を返し、出発した時は百八十度違う速さの歩みで進み。


 到着と同時に毛布の上に横になってやった。




 こ、こえぇぇ……。


 何で幽霊が引っ付いて来たんだよ……。



 きっとカエデが恐ろしい話をした所為だ!!



 怖い話をしていると寄って来るって言うし……。



 頭からすっぽりと毛布を被ろうとすると……。



「ちょ、ちょっとお邪魔するわね」



 深紅の龍が毛布の中へと侵入し、腹部付近で丸くなってしまった。



「おい、邪魔だぞ」


「い、いいの!! ほら!! 今日は寒いじゃん!?」



 先程の出来事からか。


 カタカタと尻尾を震わせて話す。



 ま、まぁ。緊急事態ですよね……。


 そ、それに?? 俺もちょっと不安だったし。



「わ、分かった。今日だけだからな!!」


「お、おぉ!! 今日だけね!!」



「お、おやすみ」


「う、うん……」



 深紅の龍へと眠る前の挨拶を送り、一気苛烈に毛布を頭から被る。



「「…………」」



 毛布の中で響く二人の若干荒い呼吸音。



 恐怖を誤魔化す為、体をきゅっと曲げると。



「体、当たってる……」



 龍からの苦情が寄せられた。



「が、我慢しろって」



「わ、分かった……。ねぇ……」



「ん??」



「服、握ってもいい??」


「良いぞ」



「ありがとう……」



 彼女の小さな手が服を食み、互いの体温で空間が温まって来ると漸く睡魔が訪れてくれた。



 このまま眠っちまおう。



 うん、あれはきっと恐怖感が見せた幻影なんだ。



 自分で無理矢理そう納得させ、夢の世界からの招待状を優しく手に受け取った。








   ◇









 西から射す薄っすらと柔らかい茜色が心に安らぎを与えてくれる。


 方角が合っているかどうかでは無く、その光を感じ取れるという事は。この霧が薄まっている証拠なのだから。


 霧の向こう側から流れて来る空気に混ざった草の香りを胸一杯に吸い込みながら、力強い足取りで前へ、前へと進む。




『人間とは臆病な生き物だな』



 本日も変わらぬ歩行を続けるウマ子の嘶き声が届く。



「お前さんが気後れしないだけだよ。感情を持つ生物は特殊な環境下に置かれると誰しもが日常とは違った感情を抱くものなのさ」



 カエデに引かれて進む彼女の右大腿部に手を添えて言ってやった。



「ふぅん。特殊な環境下、ねぇ」



 俺の直ぐ後ろ。


 ちょっとだけ息の荒いユウがポツリと漏らす。



「あ、いや。うん……。誰だってさ。形容し難い物を発見すれば恐れるだろ?? そうだよな!? マイ!!」



 俺の頭の上に乗る太った雀に同意を促す。



「お、おぉう!! その通りよ!! やむを得ずだったものね!!」




 昨晩。



 あの幽霊騒動の所為で怯える者同士仲良く眠りへと就いたのだが、翌朝。大変恐ろしい声色と共に目を覚ましてしまった。




『よぉ、レイド。はよ――』


『おはよう、ユウ。――――――――。ところ、で。どうして君は継承召喚なんかしているのだい??』




 彼女の右肩にギラリと光る銀の大戦斧。


 それを捉えた刹那。


 寝起きだってのに思考が猛烈な勢いで上体を起こし、危機が間も無く訪れるぞと此方に知らせてくれたのだ。




『お前さんの下半身と、上半身をぷっつりと別つ為だよぉ!!』



『ひぃっ!!』



 起床時間が後五秒でも遅かったらきっと俺の下半身と上半身は未来永劫手を取り合う事はなかったであろう。



 どうして俺だけ罰を受け、コイツは御咎め無しなのだろうか。



 全く……。


 女尊男卑じゃないのか?? 世の中は男女平等と定義されているってのに。



 まぁ文句は言いませんよ?? 例え言ったとしても聞いて貰えないし……。




「レイド様ぁ。御体、大丈夫なのですか??」



 右肩からアオイの声が届く。



「え?? うん。何処も悪い所は無いけど」



 大戦斧の刃は間一髪躱せたし、狂暴な龍に殴られた箇所も癒えたので。


 頑丈な体に今日も感謝ですね。



「まぁ……。そうですの。私はてっきり……、爬虫類擬きの嫌な臭いが染みついて顔を顰めているかと存じておりましたので」



 さてと。


 今日はどんな寸劇が繰り広げられるのやら。


 丹田に力を籠め、その時を待っていると。



「…………」



 頭上で耳障りな歯軋りの音は響くものの。


 ド派手な乱痴気騒ぎは起こらなかった。



 あれ??



 派手に暴れ回らないの??



「お強いマイちゃんも流石に言い返せませんわなぁ――。粗相をしちゃった訳だしぃ――??」


「ユウ!! うっさい!! あんたのドデカイ山を食い千切るわよ!?」



 アオイには反論して、ユウには反論するんだ。



 マイがユウの頭へと移動。


 軽くなった頭を左右に傾げ、首の筋力を解していると……。



「皆さん。霧を抜けますよ」



 先頭を行く海竜さんから嬉しい声が届いた。



 湿気を含んだ踏み心地の悪い土、そしてこの特濃な霧とも漸くおさらば出来る。


 霧が歩む度薄れゆく。そして徐々に晴れ渡って行くと……。






「「「おおおぉぉぉっ!!」」」




 これまたいつもの三人が口を揃え、ずぅっと奥まで広がる素晴らしい大地を視界に捉えた。



 本日は少々浮かぶ雲が多いですが概ね好天だと頷ける夕焼け空。


 西から射す赤い光が嬉しい痛みを瞳に与えてくれた。



「はぁっ!! やぁっと抜けたわね!!」



 ユウの頭の上でマイがグンっと上半身を伸ばす。



「後は……。ふぅ。進路を北北西に。街道を目指すだけだ」



 彼女に倣いつつ上半身を伸ばし、そう言ってやった。



 視界が広いと気持ちが良いや。


 人が司る五感の内、そのどれか一つでも欠如したらどれだけ不便か。それを思い知らされた経験でしたね。




「マイ、アオイ。此処からは人の領域です。人の姿で移動して下さい」



 カエデが此方に振り返り、そう話す。



「分かりましたわ。レイド様、私が離れてしまって寂しいのでは??」



 黒き複眼が此方を捉えて、両方の前足をぐんっと上げた。



「まぁ、人並にね」



 右側の鼓膜がほっと胸を撫で下ろしたのは秘密にしましょうか。



 五月蠅いとは流石に言えませんのでね。


 いや、何度か言ったかな??



「お前さんもそろそろ変われ。これ以上あたしの頭皮を傷付けられたら堪らんからな」


「へ――い。よっと!!」



 太った雀が光を放つと。



「――――。うっし!! 皆の者!! 私に続け!!」



 霧の中とは正反対の声色で前へと躍り出た。



「よし!! 皆!! 目的地までは後少しだ!! 頑張って行こう!!」



 背嚢を背負い直し、意気揚々と歩き続けるマイの後へと続く。




 このまま何事も無く目的地に着けば御の字ですね。



 一番の心配の種は……。



「んふふ――。次に入る街はどんな御飯が待っているのかしらね――」



 アイツ、だな。


 人の街で揉め事を起こさなきゃいいけど……。



 大いなる杞憂を胸に抱き。


 夜と昼の狭間に立つ空の下。晴れ渡った景色に似つかわしくない少々重い足取りで進み出した。


お疲れ様でした!!


最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!

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