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第九十九話 森の賢者と食人の森

皆様、一週間お疲れ様でした。


少々長めの文になっておりますので予めご了承下さい。




 背に感じる荷物の重みがいつものそれに比べると倍以上の重さに変化。大地の鼓動が足の裏から体中を伝いそれが負傷箇所へと響く。


 一歩進む度に振動が怪我に伝導し、鈍い痛みと鋭い痛みが交互に押し寄せる。


 額からそして体中から汗が流れ落ち、疲労具合を無意識の内に周囲へと露呈してしまっていた。



 よもや歩くという単純な行為がこれ程までに苦労するとは思いませんでしたよ。



 ハーピーの里を出発して今日で三日目。



 本来であれば昨日に到着する予定だったのだが、師匠とエルザード曰く。俺の怪我の具合と隊全体の疲労度を加味して本日中に到着するように敢えて遅く移動しているそうな。


 我が師を疑う訳じゃないけども、俺の怪我の所為で到着が一日遅れてしまっているのではないかと考えてしまいますと……。


 腕の痛みで参りかけている体に鞭を打ちいつものそれと変わらぬ速度を維持して踏み心地の良い大地を力強く踏みしめ前へ、前へと向かって進んでいた。




「主。大丈夫か??」


「ん?? あ――……。うん、大丈夫だ」



 最後方から俺の倍程の荷物を背負ったリューヴが隣に並び声を掛けてくれる。



「本当か……??」



 純粋無垢な翡翠の瞳が今の言葉を疑うかの様にじぃっとこちらを観察していた。



「主も男だからな。女性に負けじと奮起するのは十二分に理解出来る。だがな?? 怪我が悪化して動けなくなったらそれこそ笑い種だぞ」



 あらま。


 そんな分かり易い顔しているのかな。



「分かっているって。いざとなったら頼むからそれまでは頑張らせてくれ」


 額から零れ落ちて来る鬱陶しい汗を手の甲で拭い話すと。


「うむ。了承した」



 微かに頷き列の殿へと静かに戻って行った。



 リューヴは無理をするなと言うけれどさ。


 これ位の怪我じゃ弱音は吐けないって。


 俺よりももっと苦しんでいる人を助けに今もこうして森の中を突き進んでいるのだから。


 ベッドの上で苦しむアレクシアさんの姿が頭の中に浮かび、それが足を前へと進ませる。


 カエデとアオイの懸命の治療によって怪我は一昨日に比べて大分塞がって来たし、此処は根性の見せ所って奴だな!!


 待っていて下さいね!! アレクシアさん!!


 間も無く朗報を手土産にして帰還しますから!!



 森の木々の合間を伝って降り注ぐ陽光を力に変えて縦に伸びた隊に置いて行かれまいとして突き進んで行くと。




「うん?? なぁ――んか。空気変わったわよね??」



 隊の前を歩くマイが何とも無しに声を上げた。


 空気?? 周囲の森の様子は特に変化は見られな……。












 ……………………。



 本当だ。


 森の中に満ちていた清々しい空気は鳴りを潜め、代わりに心が不安一色に塗り潰されてしまいそうな重たい空気が体にべたりと張り付く。


 粘着度の高いそれは幾ら払拭しようとも離れずに、いつまでもそこに確実に居続ける。


 湿度も高いのか、汗を拭いても次から次へと体中から湧き出て来た。


 鳥の清らかな歌声もいつの間にか消え失せ、聞こえて来るのは風が揺らす木々の葉の擦れた音や時折森の合間を抜けて行く風の駆け足等の寂しい音のみ。



 この不穏な空気。


 多分……。というか確実にコイツの所為だよな??



 正面に突如として背の高い緑の壁が現れ俺達の行く手を頑として防いでいた。



 壁の途切れた箇所を探そうと首を左右に振ってみるが……。壁は途切れる事無くまるで地平線の彼方まで続いている様な錯覚をこちらに与える。


 高さは……。


 うん、ここからじゃ分からん。


 見上げていると首の筋を痛めてしまいそうだ。



「東雲、御出でなさい」



 アオイが右手に淡い光を放つ魔法陣を浮かべると。



「――――。お呼びいたしましたか?? アオイ様」



 一羽の烏が音も無く現れ彼女の右肩に静かに止まった。



「上空から壁の向こう側を調べて来なさい」


「仰せのままにっ!!」



 あぁ、成程!!


 東雲の固有能力の出番って訳か!!



「東雲ちゃん!! いってらっしゃ――い!!」



 上空へ鋭く飛翔して行く東雲をルーが手を振って見送る。



「ふんっ。あのクソ烏の能力が初めて活かされる訳か」


「マイ――。ここは素直に頼れる仲間って言ってやりなよ」



 ムスっとした表情で壁を見つめているマイへユウが優しくポンっと肩を叩く。



「へっ、御断りだね!!」


「アオイ、壁の向こう側はどうなっている??」



 目を瞑り、集中力を高めている彼女の隣へ静かに立って尋ねた。



「―――――。目の前の高さの壁は左右にずっと続いていますわね。壁の高さと等しい天井部分も蔦に覆われ中は窺えない様になっていますわ。強いて言うのであれば……。森の中に巨大な緑の迷路……、いえ。迷宮が構築されています」



 お、おいおい。


 これだけの高さの壁の迷宮が森中に広がっているのかよ。



 壁は茨の蔦で構築されており例えそれを切り裂き、破壊して力技で進んで行ってもマウルさんが居る場所へ到着出来るか分からない。


 それに広大な面積を有する迷宮の壁を破壊して進んで行ったら俺達の体力が途中で力尽きる可能性の方が高い。


 マイ達が得意とする力技での突破は至極困難。


 つまり、俺達は師匠が仰られた通りの方法でマウルさんの下へと進まなければならないのだ。



「師匠、どうします??」



 壁の前で仁王立ちする師匠の下へと歩み寄り声を掛けた。



「安心せい。間もなくどうするか分かるからのぉ」


「あの虹色を追って行くという奴ですか??」


「そうじゃよ。ほれ、皆の者。荷物を足元に置け。必要最低限の装備を整えて準備せいよ??」


「了解しました」



 師匠の言葉に従い各々が背の荷物を地面に下ろして突入作戦の準備に取り掛かる。


 幸か不幸か、行程が一日遅れた為に殆どの食料が底を付き各自が持つ荷物は自身が用意した物だけになりそうだな。



「はぁ――。到着しちゃったな――」


「何よ、ルー。今更尻窄んでいるの??」



 狼狽するルーをマイが揶揄う。



「まぁねぇ。何かさぁ……。聞こえない??」


「おい。怖がらせる事言うなよ……」



 ルーの声を受け、ほぼ空っぽの荷物の山を地面へ降ろしたユウが顔を顰めた。


 俺もユウの意見には賛成です、はい。


 此処は隊全体の士気を上げる為に覇気のある言葉を掛ける場面ですからね。



「ほら、耳を澄ませてみてよ……」



 ルーの弱々しい言葉を受けると静かに目を閉じ、視覚を遮断させて聴力に集中させる。



 ――――。



 しなきゃ良かった。


 緑の壁の向こう側から何かが嘯く声が静かに滲み出して此方の恐怖感を増長させ、それはこれ以上近付くと危険な目に遭うぞと。向こう側に居るナニかからの警告音にも捉えられてしまう。


 師匠達に比べれば短い人生だがこんな不気味な響きは聞いた事が無い。



「……。聞こえる、わね」


「あ、あぁ。何だ?? この地を這うような低い声は」



 マイとユウが表情を曇らせて壁の向こう側をじぃぃっと見つめる。



「ここで立ち止まっていてもしょうがない。主、此方は準備出来たぞ」


「了解だ」



 アオイ、リューヴ、カエデ。


 そしてピナさんも準備を整え、今から始まる何かに対し固唾を飲んで待ち構えていた。



「師匠。準備、整いました」


「うむ。すぅぅ――……。マウル―――!! はよぉ始めぬかぁぁああ――ッ!!」


「うるさ!!」



 マイが耳を塞ぐ仕草を取り、師匠の雄叫びにも近い大声に対して顔を顰めた。


 師匠の強烈な雄叫びが森の中でこだまして暫くすると。




『…………ほっほっ――。久しいのぉ。金色こんじき、それに……。おぉ!! 混沌こんとんもおるではないか!!』




 低く、くぐもった声が周囲に鳴り響いた。


 いや、鳴り響くというよりも念話に近い物がある。


 頭の中に直接マウルさんの声が乱反射する様だ。



「誰が混沌よ。ほら、あんたに用があるからいつものアレ。さっさと始めなさい」



 エルザードが腕を組み、呆れた声で話す。



『そう急くな。んぅ?? 何やら童共がおるのぉ??』



 童??


 あぁ、俺達の事か。



「あ、あの!! 森の賢者様!! 私はここから南に向かった先にある森の中で住んでいるハーピーの者です!! 本日、御伺いしましたのは女王様の容体について幾つか質問があるからです!!」



 ピナさんが森の賢者の声を受け、堪らず声を荒げた。



『ハーピーか。聞きたい事があるのは分かった。じゃがな?? 儂は楽観的な篤志家とくしかでは無い』



 篤志家ねぇ……。


 無料奉仕とはいかない、か。


 あわよくば、とは思っていたけど。世の中そんなに甘くないってね。



「ねぇ、カエデちゃん。トクシカって何??」



 カエデの隣に立ち、何とも無しに彼女へと問う。



「進んで奉仕活動をする人の事を指します」


「ふぅん」


『雷狼のお嬢さん。理解出来たかの??』


「うん!! あれ?? 私、人の姿なのに。良く分かったね??」


『ほっほっ。お主の目を見れば分かる。金色の瞳、それと隣の翡翠の瞳。両親の血を色濃く継承しておる証拠じゃよ』


「父上を御存じなので??」



 リューヴが宙を見上げて言う。



『大魔の末裔じゃぞ。知らぬ方がどうかしておるわ』



 まぁ、それは納得出来ますね。


 あれ程の力を有している人が無名な訳ないし。



『さて今からお主達には少しばかり余興に付き合って貰うぞ?? 儂の下へ辿り付けたのなら求めている知識を与えてやろう』



 さぁ、来たぞ。


 師匠が仰られていた虹の色を追って行く奴だな。


 良く考えてみれば、何も畏れる事は無いじゃないか。


 正解を知っているのだから不正解はあり得ない。


 師匠とエルザードの後を追い、呑気に緑の中を散歩気分で進んで行けばマウルさんの下へと辿り付くのだから。



「ほれ。早うせい」


『金色、そう焦るで無い。そんなんじゃから婚期を逃すのじゃよ??』


「それとこれは関係ないじゃろ!!!!」


『ほぉれ。そうやって直ぐ頭に血が昇る。物事は冷静に、深く考えて行動せいと大昔に言うたじゃろう??』


「喧しい!!」



 師匠の怒りっぽい性格を理解しているんだろうなぁ。


 たった少しの言葉で怒らせているし……。



『仕方が無いのぉ。ほれ、楽しい楽しい散歩の始まりじゃ』



 マウルさんがそう話すと緑の壁が両側に静かに開き、新たな道が現れた。


 その道は奥へと一直線に続き終点が見えないのは少し不安だけど……。


 此処で立ち止まっていても問題が解決する訳でも無いし、進まなければ話は進まない。



「師匠。行きましょうか」



 肩から掛けている抗魔の弓を掛け直してぐっと足に力を籠めて進む。



「そうじゃな。ほれ、皆も儂に続け」


「はぁ――……。気乗りしないなぁ――……」


「何を尻窄んでいるのよ!! 絶対楽しそうな奴じゃん!!!!」



 マイが項垂れて進むルーの尻をピシャリと強く叩くと乾いた炸裂音が森の中に響いた。



「いっだ!! だから勝手にお尻を叩かないでって言っているでしょ!?!?」


「何度も言っているだろう。気を強く持たない貴様が悪い」


「リューヴ!! 良い事言った!! 私が居る以上、危険はぬわぁい!!」


「それが逆に怖いんだよ……」



 リューヴとマイは待ち構えている危険に対して少し高揚している感はあるな。


 そして危険な冒険が大好きな我が分隊長殿は……。



「ふむっ……」



 少々高揚した鼻息をふんすっ!! と放ち。物珍し気に緑の壁を見つめながら歩んでいた。



 遍く危険と漂う死の香り。


 お嬢さん達はそんな冒険を求めているようですが……。


 不正解が有り得ない以上、恐ろしい植物との戦闘は起こりませんのでご了承下さい。



「ふふ――ん。ふ――んっ」



 師匠が金色に光り輝く尻尾を軽快に左右へ揺らしながら俺達の前を進んで行く。


 散歩、気分なのかな?? 背中から少しだけ楽し気な雰囲気が漏れていますね。



「ちょっと。何であんたが先頭なのよ」



 その様子に待ったを掛けたのは言わずもがな。


 立ちどころに師匠と肩を並べると苦言を吐いてじろりと見下ろす。


 ここに来て喧嘩はよして下さいよね。



「隊長は儂じゃからなぁ。のぉ?? レイド」


「私の方が向いているわよねぇ――??」



 師匠が適任だと言えば淫魔の女王様の怒りを買い、体中に呆れる量の魔力を浴びせられ。


 エルザードが向いていると言えば金色の尻尾が命を刈り取りに来る。


 う、うぅむ……。この場合どう答えれば丸く収まるのやら。



 緑の壁で両側を遮られ、迷宮の奥へと真っ直ぐに続く通路を進みながら思考を凝らす。



「――――。師匠は直感的な判断力に優れ、統率力も目を見張る物があります。先頭を行く師匠の背を見れば隊員達も自ずと鼓舞する事でしょう」



 こんなもんかな??



「ふふん?? 聞いたか?? ブヨブヨ」



 ふんっと鼻を高らかに慣らしてエルザードを見上げる。



「うわ、その目うっざ。ねぇ――。私は――??」



「エルザードはどんな時も冷静に行動して考え、隊員達に的確な指示を送る事に長けている。例え遠回りだとしても、作戦を確実に成功させる為に様々な案を練る。正直、敵に一番回したくないね」



 これが正直な感想だな。


 策の先手の先手を打たれ後手へと回り勝利の道を閉ざす。


 種類豊富な魔法、常軌を逸した魔力と知略。これらを自由自在に扱う彼女と相対して勝てる気がしません。




「やっぱり!? ちゃんと私の事、見てくれているのね……」


「近いですよ――」



 左腕に絡みつく体を押し退けて話した。



「ぐ……。ぬ、ぬぅ!!」



 その姿が気に食わないのか。


 恐ろしい力で拳をぎゅっと握り、憤怒の炎を宿した瞳でこちらを睨んで来る。



 し、師匠。自分は正直な感想を述べただけですけど……。



「あんたみたいな直情型は隊長に向いていないってさ――。そりゃそうよねぇ。馬鹿みたいに突撃を繰り返す隊長の下に就くのは御免被りたいわよね――。方向感覚を見失った可哀想な猪ですかぁ??」



「レイドや。お主、そ奴の味方。なのか??」



 拳の震えが肩に伝わり、怒りの炎がより強く燃え上がる。



「い、いえ!! 滅相もありません!! 隊を率いる隊長としての御二人の姿を想像して話した訳でありまして」



 これ以上の負傷はこれからの行動に響きますので勘弁して下さい。



「えっ!? 私の裸体を想像したの?? もぅ、駄目よ?? 頭の中で満足しちゃ。現実の世界でぇ……。満足させてあげる……」



 俺の腰に両腕を回し、大陸随一の牛乳を生産する乳牛さんも思わずほぅっと顎に手を添えてしまう程豊満に育ってしまった双丘を押し付けてしまう。


 服の上からでも理解出来てしまう柔らかさ、そして男の性を擽る女性の香。


 こんな状況じゃなければ思わず魅入ってしまう所ですが……。生憎現在は作戦行動中なのです!!



「結構です!!!!」



 彼女のか細い肩を押し返して距離を取ろうとするが。



「えへへ。や――よ、離れませ――んっ」



 更に力を籠めて胸元へ顔を埋めてしまった。



「離れぬかぁ!!」

「エルザードお願い離れて!!」



 師匠の拳が届くまで残り僅か。


 それでも横着なお肉さんは離れる事無く体に絡み付く始末。


 この人は一度、本当に偉い人にこっぴどく説教される必要がありますよね!!


 大魔の末裔であり女王を越える身分の人か。そんな人、この大陸に存在したのかしら??


 魂が凍り付いてしまう威力を備えた剛拳が届くその時まで必死に思考を張り巡らせていたが……。残念ながら思い当たる節の人物は浮かぶ事は無く。


 鳴ってはいけない音が頬に鳴り響き、御口の中に鉄の味がふわぁっと広がって行った。


















 ――――。




「こ、この馬鹿弟子がぁぁああ――!!」


「し、師匠!! お、落ち着いて……。ウグベッ!?!?」



 はぁ……。五月蠅いわねぇ。


 どうしてアイツはあぁも優柔不断なのよ。



 先頭で燥ぐ二人の大魔と一人の男が繰り広げる喜劇を半ば呆れた様に私は見つめていた。


 左右にそそり立つ壁は相も変わらず只管前へと続き終わりが見えて来ない事に多少なりにも苛立ちを覚えていた。


 いや、苛立つのはアイツの事もパン屑程度に含まれているんだろうなぁ。


 此処から帰ったら長い説教と呆れる量の飯を強請ってやる。




「おぉ――。この壁。茨で出来ているねぇ」



 ルーが緑の壁を見つめながら何気なく感想を述べる。



「あたしの村の近くにある奴と似ているな」


「あ、ソレ。私も今思ってた所よ」



 太い緑の蔦の表面に生えた痛々しい棘、それが幾重にも絡み付き重厚な天然自然の壁を形成して冒険者の行く手を阻んでいる。


 ユウの村の南方、茨の森と呼ばれる場所に自生している蔦と瓜二つだ。



「魔力が蔦の中に流れていますね」



 カエデが後方からポツリと言葉を漏らし。



「いぃ!? これ、全部ですか!?」



 彼女の言葉を受け取ったピナが目を丸くして驚きの声を口走った。



「正確に言えば周囲の環境からマナを吸収、変換。特殊な魔法で制御している。そんな感じでしょうかね」


「良くぞ看破したな」



 リューヴが舌を巻き、珍しそうに壁を見つめるカエデへ話す。



「興味があった。それに……。到着するまで暇でしたので」



 暇を持て余すついでに看破、か。


 流石ねぇ。


 仲間内で最年少であり、この隊の頭脳を司るカエデにとっちゃ朝飯前なのかもしれない。


 ちょっと妬けるわね。


 魔力解析、感知魔法。


 これをやれと言われたら私はカエデの足元にも及ばないだろう。


 ま、その分私達は前線で暴れるのは得意だし??


 適材適所という事にしましょう。




「む……。部屋が見えて来たぞ」



 リューヴが前方を見て一瞬だけ警戒を強める。


 直線に続く無駄になげぇ通路を出ると、私達は広い緑の部屋へと到着した。



 天井の緑の蔦の合間を縫って降り注ぐ陽光が幾つもの水溜まりの輪を形成、微かな微風が火照った肌に心地良さを与え、これだけの人数でも閉塞感を感じさせない部屋に一つ息を漏らすのだが……。



 入り口から向かって正面、左右の壁の三方向の通路と思しき箇所の真上に一輪の花に違和感を覚えてしまう。


 イスハが言っていた虹の色を辿るという奴はこれか。


 さぁって……。蔦を突いたら何が出て来るかなぁ――!!


 蛇だろうが、悪魔だろうが。全部私が綺麗さっぱり吹き飛ばしてやんよ!!










 ――――。




 最初の分岐点である大きな部屋に到着すると。



「師匠、無事に到着しましたね」



 額に浮かぶ重たい冷や汗を拭い。


 腰に手を当てて、今は蔦で閉じられている三方向の入り口を見つめている師匠へ声を掛けた。



「そうじゃな。ほれ、あそこ。見えるか??」



 うん??


 師匠が指を差す方向に視線を送ると……。


 通路の入り口の上に種類は分からないが美しい色の花が開いていた。


 青緑、紫、赤。


 花に疎い俺でも思わず魅入ってしまう程の鮮やかさであった。



「あれ、ですか。色を辿って行くというのは」


「そうじゃよ」


「はぁい。おまぬけな隊長さ――ん。最初は何色だったかしらぁ??」


「誰が間抜けじゃ!!!! 最初は赤に決まっておろうが!!」


「馬鹿でもそれ位は覚えている、か」


「こ、この……」


「い、今は目的を最優先させましょう!! アレクシアさんの事もありますし!!」



 数えるのも面倒な回数の仲裁に入っている所為か、一触即発の空気になる前に両者の間に割り込む事に成功した。


 自画自賛じゃないけども、今のは絶妙な間だったな。俺以外の者であればきっとあ――だ、こ――だと鼓膜が辟易してしまう口喧嘩が勃発していた筈さ。


 まぁ……。こんな事が上達しても意味が無いんですけどね。



「ふんっ。こっちじゃ。ついて来い」



 師匠がこの部屋に訪れた通路の真正面に構える入り口。


 つまり赤の花が咲いている入り口へと歩んで行き、彼女が赤い花の下に歩み寄ると……。



「「「おぉ――!!」」」



 入り口を塞いでいた蔦が静かに開いて行く。


 その動きはまるで街の道沿いの店に入店する時の暖簾の動きと酷似していた。



 そして、その奥に新たな通路が俺達の前に出現。


 始めて見る事象に俺を含めた何人かが声を揃えて感嘆の声を漏らした。



「ふふん。どうじゃ??」



 師匠が満足気にニパっと眩い笑みを浮かべて振り返る。



「どうじゃ?? じゃあないわよ。別にあんた以外でも反応するし。ほら、行くわよ――」


「儂の前を行くな!!」



「…………カエデ。何か不穏な気配はするか??」



 喧しい……。失礼しました。


 少しばかり声が大きい師匠達の後ろに続き、左隣を歩いているカエデに尋ねてみた。



「感知したいのは山々ですが。広範囲の感知魔法を詠唱しようとすると、魔力の波動が乱反射して真面に使えません」


「え?? それってさ。普通の魔法も使えないって事??」


 俺達の会話を拾ったマイが言う。


「いいえ。詠唱出来ますよ?? ほら」



 カエデがそう話すと、手元に淡い光の球体を浮かべた。



「じゃあ、感知魔法の類だけ使用出来ないのか」


「そうです。どういった原理なのか……。もし、お時間があればマウルさんに伺いたいものですね」



 熱心に、情熱的に。


 原理の咀嚼が完全に終わるまで解放されないだろうなぁ。御気の毒です、マウルさん。


 でも、カエデの飽くなき向上心は俺も見倣うべきだな。


 努力は日々の積み重ねが大事なのです。



「むぅ。おかしいのぉ」


「そうね……」



 大分雲行きの怪しい声色が最前方から聞こえて来る。



「どうしたのよ」



 マイが軽い駆け足で師匠達の下へと進む。



「いつもなら正解の通路に進むと直ぐに次の別れ道が現れるんだけどさ」


「そうじゃな。今回はいやに長いわ」


「はぁっ?? イスハ、あんた道を間違えたの??」



 マイが怪訝な表情を浮かべて師匠の横顔を見つめた。



「そんな訳あるか!! お主も見たであろう!! 赤い花を!!」



 確かに師匠の仰る通りだ。


 俺達は確実に赤い花が咲いている通路を選んだ。虹色の外側の色を辿るのが正解な以上、この道が正しい筈なんだけどね……。



「あの耄碌じじぃの悪戯じゃない??」


「エルザード。口を慎んでくれ……」



 決して叶う事の無い要望を前に向けて話す。



「悪戯にしても長過ぎる気が……。んぉぉ!! 見えて来たぞ!!」



 師匠の御言葉通り、薄暗い通路の先に眩い明かりが見えて来た。


 ほっと胸を撫で下ろして光が待つ先へと足を速めるが。






「……………………。行き止まり。ですよ、ね??」



 この部屋には真正面そして左右にも通路の入り口及び花は見当たらず、思わず気の抜けた声を出してしまう。


 妙に酸っぱい匂いが立ち込め、鋭い棘の茨が覆う緑の大部屋。


 周囲の広さは数十メートルはあろうか。


 かなりの広さを有しているのに何故か分からないが、壁に押し潰されてしまいそうな圧迫感が体を覆う。



「そうじゃのぉ。所で……。レイド。気付いておるよな??」



 言葉の端に緊張の色を滲ませた師匠の声が響く。



「勿論です。この圧、何でしょう……」



 抗魔の弓を肩から外し、左手に構えて周囲に視線を送り続ける。



「ほらぁ――。嫌な予感、当たったじゃん……」


「ルー、ここまで来たら諦めなさい。女らしく、ガツンと構えろ!!」


「はぁ――い」



 ルーがマイの声に呑気な声で返す。


 もう少し緊張感を持ちなさいよ。


 壁から視線を外して背後で呑気な会話を続けているマイ達の方へ振り返ると。




 俺達が入って来た入り口が緑の蔦によって音も無く閉じられてしまった。




 あ、あはは……。


 これで俺達は袋の鼠って訳ね。



「あわわ。ど、どうしましょう!? 入り口が塞がれてしまいましたよ!?」


「慌てるなって、ピナ。こういうのはな……」



 ユウが楽しそうにニィっと口元を曲げて壁に鋭い視線を送る。


 それはもう既にこれから何が起こるか理解しているかの様であった。


 まぁ……。経験上、大体察しは付くけどさ。



「こ、こういうのは??」


「敵を蹴散らしたら、次の通路が現れるのよ!!!!」


「て、敵!? マイさん!! そんなのどこにも…………。いぃいぃ!?」



 ピナさんの悲鳴にも驚きにも受け取れる言葉が部屋にこだますると。



「「「「…………」」」」



 前後左右の壁一面から瓢箪状のデカイ植物が一斉に蔦の合間を縫って出現した。



 瓢箪の頭頂部からは粘度の高い液体を纏わせた形容し難い触手が伸び、獲物を求めるかの如く無造作に蠢く。


 少し離れているので大まかな体長だが、優に一メートルは越える大型の植物であり。この大陸であんな馬鹿デカイ植物が生息していたのかと改めて驚いてしまう。



 熱心に植物を研究している人へアレを持って行けばお幾らで買い取って頂けるのでしょうか??


 植物に対して全くの素人である俺達が驚く位だ、きっと目が飛び出る程の額を提示してくれる事は間違いないでしょう。



「げぇ……。何、あれ??」



 瓢箪擬きを捉えたルーがあからさまに表情を曇らせて言う。



「大方儂らは……」

「餌でしょうね――。はぁ――、めんどっ」



 大魔二人は特別警戒を強める事も無く話す。


 流石と言うか、無警戒と言うか……。



「え、餌ですか!? 私、食べても美味しくありませんよ!?」


「それはあんたの主観でしょ?? ほら、向こうは私達を餌としかみていないわよ??」



 マイが話す通り瓢箪の化け物はその数を確実に増やし続け、今にも触手で俺達を捕えようと画策していた。



「餌ねぇ。喧嘩を売る相手を間違えたようだな??」


「あぁ。返り討ちだ」



 ユウとリューヴが戦闘に備えて肩を回して筋力を解し。



「カエデ。火は厳禁ですわよ??」


「分かってる。この森を悪戯には傷付けない」



 アオイとカエデが周囲に魔法陣を浮かべ、迎撃態勢を整えた。



「ふふふ――んっ。さぁ、いつでも掛かってらっしゃい。有象無象の雑兵め!!!! 龍族の超!! 問題児の恐ろしさ。その身を以て分からせてやるわ!!!!」



 首を左右に傾け、高揚感全開で意気揚々と軽く弾む。


 マイ達に喧嘩を売る、か。


 動物ならまだしも、意志も無い植物にこの無謀さは理解し難いだろうなぁ……。


 壁一面をほぼ覆い尽くしてしまった瓢箪擬き達が蠢く緑の壁を見つめ、僅かながらに憐憫の視線を送ってやった。





お疲れ様でした。


さて、本文で登場した瓢箪擬きなのですが。ウツボカズラをイメージして頂ければ宜しいかと思います。まぁ、ウツボカズラは触手を伸ばしませんけどね。


正解である道が何故間違いなのか。次話以降に判明しますので今暫くお待ち下さいませ。





皆様は本日の夕食は何でしたか??


私はつけ麺を食べに行こうとしたら何故か黄色い看板のカレー店へ赴いてしまい、きっちりとチキンカツカレーを食べて帰って来ました。


いや、これには本当に驚きましたね。


黄色い看板のカレー店が見えて来ると自然に右手の指がクイっと上に動き左折ランプを表示させ、そのまま流れる様に駐車場へ車を停めてしまったのです。


頭はつけ麺を所望していたが、体はカレーを欲していた。


己にそう言い聞かせて400グラムをサラっと完食。幸福な満腹感のまま帰宅して執筆を続けていました。


次こそはカレーの誘惑を振り切ってつけ麺を食べに行こうと考えています!!


それでは皆様、お休みなさいませ。

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