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第九十七話 古の時代から受け継がれしモノ

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 友人達の明るい談笑が鼓膜を楽しませて陽性な感情を湧き起こし、御口ちゃんの中に残る花達の馨しい香りが心に安寧を与えてくれる。


 夕食後は蜂蜜の効果もあってか中々に素敵な雰囲気に包まれていた。


 そんな中私は、巨匠が生涯を賭して描き上げた一つの名画を見終えた後の様な感無量の想いを胸に抱いてその余韻にどっぷりと浸っていた。



 はぁ……。蜂蜜一つだけで、パンがこうも美味しく感じるとはねぇ。


 職人技、ううん。


 蜜蜂さん様々ってとこかしらね。


 ありがとう、蜜蜂さんっ。私の為に花粉を集めてくれて……。



「んっしょっと。ふぅ――。これで良しっ」



 ピナが満足気な顔を浮かべて木箱の中に蜂蜜の瓶を仕舞う。



 ほぅ、瓶はあそこの木箱に仕舞ったのか。覚えたぞ……。


 後でどうにかしてあの瓶を奪取出来ないかしらねぇ。


 夜中にこっそり起きて攻めるのが常套手段でぇ、大胆不敵に攻めるのなら眠る前。若しくは起きて一発目って所か。


 んむぅ……。さて、どう攻める??


 私が腕を組み、素晴らしい作戦を考案していると。



「レイドの奴。大丈夫かな??」


 ユウが心配そうに暗闇の中へと視線を送っていた。


「安心しなさいって。死にゃしないわよ」


「そうだけどさ。ほら、疲れているから万が一って事もあるだろ??」


「イスハも手加減するだろうし、大丈夫よ。…………多分」


「その多分がなぁ」



 まぁ、気持ちは分からないでも無いけどね。


 ボケナスは強くなっているが、相手は常軌を逸した大魔。中途半端な実力であるアイツでは手に余りまくる相手だ。


 怪我程度で済めば御の字。


 と、いった所でしょうね。



「レイド様ぁ……。早く帰って来て下さいまし。アオイは寂しくて死んでしまいますぅ」



 火の向こう側で蜘蛛が要領を得ない言葉を呟き、ユウ同様アイツが連れ去られて行った方角を気持ちの悪い目の色で見つめていた。


 きっしょ。


 そのまま向こう側に行って、帰ってくんな。



「マイさん。どうでした?? 蜂蜜の御味は??」



 ピナが何とも無しに隣に腰かけ、こちらに向かって笑みを浮かべる。


 ほぅ、コイツめ。


 まぁまぁきゃわいい笑みを持っているじゃねぇか。



「最高だったわ。お土産で二、三個持って帰りたい気分よ??」



 嘘偽りなく正直な感想を年相応の笑みを浮かべている鳥へ述べてやった。



「宜しければ持って帰ります?? 里に帰ったら用意しますよ??」


「ありがとう!! 是非お願いするわ!!」



 彼女の手を握り、声を大にして言ってやった。



「相当気に入ったみたいですねぇ」


「舌に感じる蕩ける甘味、鼻腔にそっと話し掛けて来る馨しい花達の喋り声。どれを取っても超一流の味よ!!」



 人が作るのも悪く無いが……。


 ハーピーの里で作られたそれは一線を画していた。


 今も集中すればお腹の奥から昇って来る花の香りを捉えられるもの。



「苦労して作った甲斐がありますよ」



 これで向こうに帰っても暫くの間は蜂蜜を味わえるのよね……。


 態々こんな僻地まで来た甲斐があるってもんよ。



「ところでさ。アレクシアは何で病気に掛かったんだろうなぁ??」



 ユウが地面に寝転がり、開けた空間の上空に広がる星一面の夜空を見上げて話した。


 ン゛ッ!!


 腹枕の絶好機到来ッ!!!!



「何でって……。何で??」


「それが分からないから聞きに行っているんでしょ??」



 私の言葉にルーが呼応する。


 おや?? いつの間にか狼の姿になっていますなぁ。


 焚火の側で気持ち良さそうに丸くなっている。



「違うって。あたしが知りたいのは病気の名前とか治癒方法じゃなくて、過程の話」


「「あぁ――……」」



 私とルーが声を揃えて言った。



「誰かに移されたとか?? ユウ、お腹借りるわよ――」



 パっと思いついた考えを述べて、さり気なくそして大胆に彼女の腹へ後頭部を乗せてあげた。



 んひょ――!! やっぱ最高じゃん!!


 丁度良い高さ、硬くも柔らかくも無い硬度。そしてユウが放つ女の子らしい優しい匂いが何処までも心を温めてくれる。


 この腹枕なら例え不眠症を罹患しても翌日までぐっすり眠れる事間違いなしっ。



「それなら里の中で病が広がっていてもおかしく無いだろ?? ピナ。アレクシア以外で床に臥せている人っているのか??」


「いいえ。皆元気ですよ??」


「だろ?? 体が丈夫な女王だけが罹患する病。奇妙だと思わないか??」



 頭に行くべき栄養を胸に吸い取られているかと思いきや……。


 超絶怒涛の超巨乳でありながら鋭い考察だ、褒めてやろう。



「エルザード。何か分からないの??」



 焚火の向こう側。


 暗闇と明かりの狭間にちょこんと座り、何かを口に運ぶ彼女に問うてみた。



「それを踏まえて聞きに向かっているのが正直な感想よ」



 ドスケベ姉ちゃんでも流石に他種族についてまで知り得ないか。



「女王だけが罹患する、か。難しいわよねぇ…………。今更だけど。私達、大魔がこの星の生命を生み出した事は知っているわよね??」


「そりゃ勿論。ってか、何食ってんの??」



 淡いオレンジ色に輝く果実が眠りかけた私の食欲を起こしてしまう。


 随分と美味そうじゃない。



「柿よ。ほら、さっきピナが剥いてくれたじゃない」



 何ですと!? いつの間に!?



「一つ頂戴!!」



 龍の姿に早変わりして一陣の風を纏い、エルザードの傍らに置かれている柿へ向かって移動した。



「ほわぁ……。これが柿かぁ」



 果実特有の甘い香りが私の御鼻ちゃんをやんわりと刺激する。


 両手に持ち、果汁が滲み出る果肉へと早速噛り付いた。



「………うっま――い!!」



 かしゅっと硬い果肉を噛み砕けば、甘い果汁がじゅわりと滲み出る。


 硬くも無く柔らかくも無い。丁度良い硬度の果肉を噛めば噛む程甘味が出て来て私の舌を狂喜乱舞させた。



「はぁ。相変わらず食欲の塊ねぇ」



 エルザードの呆れた声を無視し、本能の赴くまま柿を口内に迎えてあげた。


 むほほ!! こりゃ止まらんわ!!



「た、大魔がこの星の生命を造ったのです……か??」


「あ。そうか。ピナは知らないのか」



 ユウがのんびりした口調で驚愕を隠せないピナへ視線を送る。



「は、初耳ですよ!! じゃ、じゃあユウさん達の御先祖様は……。神様みたいな存在って事ですよね??」


「大袈裟だって。あたし達を見てその面影は感じるか??」


「……………………。感じませんね」


「ふぉい!! どこ見ていっふぁ!!」



 ピナが私を呆れた目で見つめてそう言うものだから思わず突っ込んでしまった。



「アレと私達を一括りにして頂くのは了承出来ませんわねぇ……」



 はい。蜘蛛は無視!!



「じゃあさ、あなた達。『古代種こだいしゅ』 って知ってる??」



「「「古代種????」」」

「こだいちゅ??」



 私を含む何人かが同時に声を出した。


 まぁ、お口ちゃんに柿を頬張っているから言えたかどうか怪しいけど。




「九祖が生み出した原始の生命体、とても古い魔物の種の事をそう呼んでいるの。要はこの星が出来て最初の方に造られた魔物って事ね」




「具体的に、どんな生命体が生み出されたのですか??」



 カエデが本を傍らに置き、エルザードの方を見て話す。


 どうやら本よりこっちの話に興味があるらしい。



「そこにいる子も古代種の末裔よ」


「え?? 私??」



 ピナが己を指差して話す。




「ハーピー、大蜥蜴……。まだ他にも沢山いるけどね。その古代種の中でも特別な血を持つ者。それが女王や王に成り得るの。特別な血脈には特別な力が宿る。ほら、アレクシアが見せた力。あれがいい例よ。そんな力を持つ彼女が罹患する病。申し訳無いけど、得体も知れないわ……。」



 アレクシアも私達と同じ様に、特別な力を持って生まれたのねぇ。


 柿、おかわりしよ――っと。



「そして。悠久の時が過ぎる中、私達大魔は徐々に力を失っていったわ。何代も経て血が薄くなったり、人と混ざったり……。様々な要因のお陰でね。でもね?? 失われて行く力を補完する為、ある能力がとある世代から開花したの」



 補完する?? 何の事だろう??



「…………継承召喚。ですね??」



「流石、私の生徒ね。そう、継承召喚よ。己の血の中に眠る先代の力、想い。それが突如として具現化して現れた。どの代から出現したのか、詳しい事は分かっていないけど……。多分御先祖様が私達の力の衰えを気にしての行為じゃないかなぁって私なりに一人勝手に解釈しているけどね」



 ほぉん、成程ねぇ。


 エルザードが話す、『力の衰え』。


 それが妙に合点がいった。


 星の環境を変えて生命を造り出す馬鹿げた力を持って生まれたのに、その子孫ときたら……。


 凡そ、こんな感じなんだろう。



「ちょっと待って。エルザードさんが話す分には、私達の血?? の中に御先祖様の記憶とかが眠っているって事だよね??」



 ルーが丸まっていた頭を起こして話す。



「そうよ。カエデ、アオイ、リューヴ、そして……マイ。力を解放した時に声を聞いたでしょ??」



「えぇ。矮小な声でしたが……」


「私も至極小さな声でしたわ」


「右に同じだ」


「えっとぉ……。私は……。徐々に大きくなっていった感じ?? かな??」



 ミルフレアと対峙した時。


 無我夢中で力を解放したのだが……。正直、あの時の記憶はあやふやだ。


 ボケナスが倒れてしまった。その記憶が鮮明に、そして強烈に今も頭の中に残っている。


 声の記憶はあの時アイツを守れなかった私の不甲斐なさで薄れてしまっていた。


 思い出されるのは精々今しがた話した通り。


 あの時は手一杯だったからなぁ。



「大きくか。ふぅん」


「何一人で納得してんのよ」


「気にしないの」



 柔和な笑みを浮かべてそう話す。



「前も話したけど、解放には段階があるのよ。第一段階は我儘な貴婦人、リューヴが解放したのはこれに当たるわ。第二段階は女王の片鱗。恐らく、アオイとカエデはここまで解放したのよね??」



「そうですわ。苦い記憶ですけど……」


「うろ覚えですけど……。多分そうなります」



「そして、第三段階の女王の器を通り越して。マイが解放したのは第四段階の統べし者の凱旋。私達はこう呼んでいるの」


「何?? じゃあ私は第一段階から第三段階をすっ飛ばして解放したって事??」



 以前も平屋で聞いたけども。段階云々の話は忘れていたから正直勉強になるわね。



「多分、ね。前例が無い訳じゃないけど……。特異な事には変わりないわ」



 特異ねぇ。


 私は知らぬ内にとんでもねぇ事をしでかしたみたいなのかしら??



「段階を隔てた事で体に障害は起こり得るのですか??」


 カエデが物騒な事を話すものだから御口の中から柿ちゃんを零しそうになってしまった。


「安心して。それは無いわ」



 はぁ……。


 ヤキモキさせないでよ。



「でもね?? 本来なら段階をこなしていかないと体に負荷が掛かり過ぎて良く無いのよ。もしも、あの時。自分勝手に力を解放し続けていたら、今こうして美味しく柿を食べていなかったかもしれないのよ??」



 私が持つ柿ちゃんを見下ろす。



「お、脅かさないでよ」


「そういう未来もあったって事よ。元々、私達にとっては分不相応な力なの。御そうとするのは烏滸がましいって事」


「成程ねぇ……。ってかいつにも増して饒舌じゃない??」



 柿を食べ終え、満腹になった腹を満足気に撫でながら言った。


 御馳走様でしたっと。



「そう?? 指導者足る者、こうして偶には先生らしい事をしないとねぇ――。早くレイド帰って来ないかなぁ……。イチャイチャしたいのにぃ」



 最後のが無ければ多少なり尊敬するのにさ。


 台無しだよ、全く。



「所で、天幕は二つあるけど。どういう采配で寝るんだ??」



 ユウが何気なく発した言葉。



「「「…………っ」」」



 それを受けた女性陣達の中に何とも言えない緊張が走った。



「勿論。私がレイドと一緒よ?? 折角だからぁ。孕むんだぁ」



 折角の意味を調べて来い。


 そう言いたくなるのをぐっと堪えた。



「そうはいきませんわよ?? 私がレイド様と添い寝をするのです!!!!」


 へいへい。そうですかぁっと。


「主の身が心配だ。私が傍で守らなければ……」


「リュー、ずっるい!! そうやって適当に理由を付けてレイドと寝るんでしょ!!」


「違う!! こ、これは主従関係をだな……」


「そうだぞ、リューヴ。レイドはあたしの隣で寝るんだ。それなら安心して眠れる事間違い無しだな!!」



 満面の笑みを以てさらっと恐ろしい事を口走ったユウへ向かい。



「「「いや、それは無い」」」



 あの威力を知っている者が口を揃えて言ってやった。



「な、何だよ!! 揃いも揃って!!」


「あのねぇ。あんたの隣で眠る奴の気が知れないわよ。アイツだって裸足で逃げ出すに決まっているわ」



 惜しげも無く憤りを披露するユウへ話してやる。



「そうですわ。レイド様を死地へ送り込む訳にはいきません」


「ユウちゃ――ん。もうちょっとだけお淑やかなおっぱいだったら良かったのにねぇ」


「はいはい!! どうせ、あたしの胸は邪魔者ですよ!!」



 ふんっと鼻息を荒げ、そっぽを向いてしまう。



「あはは。冗談だって。そう機嫌を悪くしなさんな」



 翼をはためかせ、ユウの腹の上に乗って言った。



「ったく。調子が良いんだから」



 やれやれといった感じで深緑の瞳が私を捉える。



「でもね?? 育ち過ぎってのも良く無いと思うの。もうちょっとさ、隠したら??」



 ふよふよで、もにもにの胸を軽く押しながら話す。


 うっわ……。何コレ、こっわ。


 押せば押す程沈んでいくじゃん……。



「触るな。隠すって言ってもなぁ――。サラシを巻いたら苦しいし。下着で抑えても変わらないだろうし。いっその事、全面に出すってのは!?」



「「「却下」」」



 この場にいる全員がユウの発言に対して声を揃えた。



「ユウ。いい?? よ――く耳をかっぽじって聞きなさい。これはね?? 忌むべき存在なの。世間一般の目に触れたら不味い代物なのよ?? それが世に出てみなさい。混沌と破壊を招くのは目に見えているの。だから親友の頼みであっても了承しかねるわ」



「言い過ぎだ!!!!」


「「あははは!!!!」」



 ユウが嘆くのと同時に明るい笑い声が周囲に響く。


 ふふ。私が大好きな雰囲気だ。


 陽性な気分が次々に心の奥底から湧き上がり、私の口角を上げてくれていた。



「ごめんって。ほら、仲直りの握手」


 右手でユウの山を突きながら言う。


「そこは手じゃない。胸だっつ――の」


「ばれたか。じゃあ、右手を…………」




 ん?? 何だ?? この感じ……。


 腹の奥にずしんと響く重たくて黒い感覚が体を襲うと、陽性な感情が一気に冷えて凍り付いた。



「――――。カエデ、気付いた??」



 エルザードも感知したのか。


 ある方向を見て、緊張感のある声色で話す。



「はい。徐々に……。高まっていますね」


「これは……。レイド様??」



 魔力に長けた三人が同じ地点を凝視する。


 これがアイツの魔力??


 冗談は程々にして欲しい物だ。私達と大差無いじゃない。



「…………ん――?? 魔力だけじゃないわねぇ」


「はい。他に違う『何か』 を感じます」



 何か?? 多分、龍の力。かな??


 私が感知出来たって事はそういう事だと思うけど。


 それを混ぜ合わそうとしているのかしら。


 私があれこれ思考を重ねていると……。



「「っ!?」」



 突如として魔力が急激に膨れ上がり、それが一気に爆ぜた。瞬間的に感じたそれは。



 ミルフレアやイスハ、エルザード。そして……父さんや母さん。


 バケモノ連中達と変わらぬ程の大きさであった。



「うおっ!? 何だ!?」


「な、何ですか!?」


「びゃっ!! な、な、な、何!?」



 ユウとピナ、そしてルーも今しがた起きた現象に目を丸くする。


 鈍感な者でも感知出来る程の力。


 まさか、アイツが??



「先生。様子を見に行きましょう。今の感じは良くありません」


「勿論よ。あのクソ狐、私のレイドに何かしたのかしら……」



 私達が腰を上げて大地を駆けようとすると。



「「……」」



 二人が漆黒の闇の中から、疲弊した表情を浮かべやって来た。


 イスハの肩を借りて歩くボケナスの右腕には痛々しい出血が見られ、今も深紅の液体が地面へと滴り落ちている。



 呆れた量の出血の為か、真っ白な豆腐もひぇっと肝が冷えてしまう程に顔色も良く無い。



「っ!!!! レイド様ぁ!!」



 それを見た蜘蛛の顔色がさっと青ざめ誰よりも先にアイツの下へと駆け寄って行った。



「カエデ!! アオイ!! こ奴の手当てを頼む!!」


「勿論ですわ!!」


「分かりました。レイド、そこに座って」


「あ、あぁ……。毎度毎度済まないな」



 弱々しく倒木の傍らに座り、背を預ける。


 一体……。何があったんだ??


 まさかイスハの攻撃を受けて血だらけに??



「カエデ!! 治癒魔法を!! 私は傷口を縫合致します!!」


「任された」



 カエデの手元に淡い光が浮かび傷口へと放射する。



「レイド。傷の治療に専念せい」


「りょ、了解しました」



 イスハが心配そうな面持ちで傷口を覗き込む様に見ていると、一人の女性が激昂を惜しげも無く全面に押し出し彼女の下へと大股で進んで行くと。



「ちょっと、あんた。私のレイドに何したのよ」



 しゃがみ込むイスハの胸倉を掴み強制的に立たせてしまった。


 ちょっと良く無い雰囲気ねぇ……。



「放さぬか!!」



 エルザードの手を強引に振り払い、彼女同様義憤を含ませた瞳で睨み返す。



「事と返答次第じゃ……。幾らあんたでも許さないわよ……」



 常軌を逸した魔力を解放すると空気が震え、地面が微かに揺れ動く。



「何じゃと……??」



 私でも思わず硬い唾をゴッキュンと飲み込んでしまう魔力を正面で受けても堂々と全く怯むこと無く、いや。


 寧ろ、売られた喧嘩は買う姿勢を取ってエルザードを鋭い視線で見返していた。



「ちょ、ちょっと待った。ほら。先ずは何が起きたのかを聞くのが肝心じゃないの??」



 このままでは周囲一帯が焦土と化して森で静かに暮らす動物さん達に迷惑を掛けてしまう。


 二人の間に堪らず割って入り、互いの魔力を全身に浴びながら話した。


 勘弁してよね、こんな所で頂上決戦なんて。



「ほら。話しなさいよ」


「分かっておる」



 はぁ……。これで一先ず、余計な流血は避けられそうね。



「いつも通りの稽古を終え。あ奴に魔力の稽古をつけておった時じゃ。魔力の源を発現させるまでは良かったのじゃが。それを拳に移している最中に突然、力が暴発したのじゃよ。理由は儂にも分からん。途中までは完璧に移動させておったからな」



 ふむ……。


 イスハの稽古で負った怪我じゃないのか。



「ふぅん。そう……」


「エルザード。聞いた?? イスハの所為じゃないのよ??」



 イスハから視線を外し、そっぽを向いて話す彼女に言ってやった。



「勝手に早合点しおって」


「うっさいわね。あんな怪我を負わせる方が悪いのよ。突然、力が暴発か」


「エルザード。何か分かる??」


「さぁ?? 怪我の治療を終えてから直接色々聞いてみるわ。あの様子じゃ真面に答えられないと思うし」



 彼女の視線を追い、ボケナスへ視線を移す。



「うっ……。ぐぅぅぅ……」


「ふむ、ちょっと出血が酷いですね。ユウ、こちらへ来て頂けますか??」


「おう!!」



 カエデの声を受け、ユウが飛ぶように彼女の下へと移動。



「右腕の根本をこの布できつく縛って下さい。太い血管を一時的に閉じます」


「これで?? いいのか??」



 一枚の布を受け取り、そう話す。



「早くして下さい。これ以上の出血は好ましくありません」


「ユウ。構わない……。カ、カエデの言う通りにしてくれ……」


「お、おう。せいっ!!」


「っ!!!!」



 布が巻かれると同時に傷口へと振動が伝わったのか、青い顔がより一層悪くなる。



「主!! 大丈夫か!?」


「レイド!! 頑張って!!」



 ルーとリューヴも、レイドの悲痛な声に堪らず駆け寄り声を掛けている。



「いいですね。出血が収まって来ました。アオイ、傷の縫合に入りますよ??」


「分かりましたわ。レイド様。これを……」



 蜘蛛が手渡したのは何の変哲もない只の棒切れだ。



「こ、これは??」


「それを奥歯でしっかりと噛んで下さいませ。その……。大変な痛みが伴うと考えられますので……。多少は楽になると思います」


「な、成程ね……」



 蜘蛛の言葉を受け、しっかりと奥歯で棒を食む。



 あんな深い傷口に直接糸を縫い付けて行くんでしょ?? 生肉の合間に糸がシュルシュルと通り、お肉同士をくっ付ける。只でさえ痛いのにそこから更に痛みを上乗せるのだ。


 痛みに慣れているアイツでもアレは流石に……。


 だ、大丈夫かしら……。痛みで発狂して死んじゃったりしないわよね??



「皮膚、筋線維、血管の損傷が見られるわね。カエデ、私が右側を担当するから反対側、宜しく」


「分かりました。先生」



 エルザードが助太刀に入り、カエデと同じく淡い光を放つ。



「いいですか?? いきますわよ??」


「ふぁのむ……」


「では……」



「――――――――ゥゥ゛ッ!!!!!!!!」



 蜘蛛が傷口の縫合を始めるとボケナスが声にならない声を上げる。


 顔は細かく震え、咬筋力を全開放させ棒を噛み、襲い掛かる痛みに耐えていた。



「アオイ。そこはもう大丈夫。こっちをお願い」


「えぇ。分かりましたわ」



 彼女達の治療風景を見ていたが……。


 余りの痛々しさに思わず生唾を飲み込んでしまった。


 裂けた肌の中の深紅に染まった肉から血が絶えず溢れ出て来る。


 一つ縫えば、見ている此方も身を窄めてしまう程の悲痛な声が上がり。


 二つ縫えば、体が痙攣を始める。



「ウ゛ウ゛――ッ!!!! アグッ!!!!」


「レイド様!! 動かないで下さい!!」


「無理も無いわよ。これだけの怪我だし。リューヴ、マイ、ルー。レイドの体を動かない様に抑えなさい」



「了承した!!」

「うん!!」



 エルザードの声を受け、二人が両肩を抑える。



「……。おい」



 私はボケナスの体の正面を抑え、痛みで発狂寸前の顔を見つめて話した。



「痛いのは分かるわ。でも、安心しなさい。カエデ達がちゃんと治してくれる。あんた男でしょ?? 痛みでガタガタ震えるな。気合を入れなさい!!」



「フッ……。フッ……。フゥゥ……!!!!」



 眉をぎゅっと顰め、私の顔を直視してしっかりとした表情で頷いてくれる。


 よし、良い気合だ。



「レイド様。続き、行きますわよ??」


「っ!!!!」



 蜘蛛が縫合を再開すると再び体が震え始めた。



「フッ…………。ングンゥッ!!!!」


「しっかりしろ!! 痛みに負けるな!!」


「マイの言う通りだ!! 主!! もう少し、頑張ってくれ!!」



 果たして、私達の声は彼の頭の中に届いているのだろうか??


 気が遠くなる痛みに必死に耐えていたが……。



「……」



 遂に事切れた様に力をぐったりと抜き、目を瞑ってしまった。



「…………気絶、しちゃったか」



 無理も無い。


 切り裂かれた肉の箇所から発生する痛み、そして呆れてしまう程の出血。


 これで気絶しない奴がいれば、そいつは痛覚という概念が無い奴だろうさ。



「正直こっちの方が楽ね。ほら、後二箇所。ぱぱっと片付けちゃいましょう」



 まるで掃除をするかの様にエルザードが言う。


 全く。心配かけちゃってまぁ。でも、何とかなりそうね。


 今も治療を続ける三人を見つめ、大きく息を漏らして立ち上がる。


 これだけの怪我。一体、何が起こったんだろう??



 まさか。また龍の力の暴走とかじゃないでしょうね……。



 唯一それを抑え込む事が出来る父さん(釣りバカ)は近くにいないし。


 得も言われぬ不安が私の心を黒く塗りつぶして行く。


 何事もなければいいけど……。


 不安を払拭する様に顔を左右に振り。私はぐったりと力無く倒木に背を預けるボケナスを見下ろしていた。




お疲れ様でした。


本文でも触れた通り、この世界には沢山の古代種が存在しています。現在確認出来ているのはハーピーと大蜥蜴の二種類。


現在の連載は第一部にあたり、大分先の話になりますが第二部に入りますと沢山の種が登場する予定です。


世代を紡ぐ事により徐々に衰えて行った九祖の末裔、それは古代種も例外ではありませんが九祖のそれに比べると穏やかなものです。


その差が戦闘にどう影響するのか。その描写が難しいのが本音ですね。




ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!!


この御話も間も無く佳境へと向かいますのでその執筆活動の励みとなります!!



それでは皆様、お休みなさいませ。


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