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第九十五話 移動中でも食事中でも常々に騒々しい者達 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 止めど無く汗が流れ落ちて来る真夏の気温、肌を刺すような痛みを与えて来る強烈な光を浴びて育つ緑達。


 緑息吹く夏の季節とは違い初冬の緑の中は肌寒く、そして森に住む動物達も静かに慎ましく過ごしており何処か寂しげな雰囲気が漂っている気がする。


 咽返る緑、体に纏わり付き離れようとしない湿気。


 それが今では随分と遠い昔の出来事に感じられてしまう。


 森の中の道なき道を北上。中途半端な緑色と茶の枯れ葉を踏み鳴らしていると冷涼な空気の中でもじわりと汗が滲み出て来た。


 これから待ち構えている危険を感じての汗、なのか。将又運動による代謝なのか。


 恐らくその両者が体に多大なる影響を与えて発汗を促しているのだろう。


 冷静に良く考えてみれば地元の者が近付こうとすらしない、忌み嫌われている場所へと向かっているのだ。



 あんな風に飄々としている方がおかしいのですよ。



「ふふっふ――ん。あららった――んっ」



 まるで気の合う友人との森林散歩を楽しむが如く、奇妙で珍妙な鼻歌を口ずさんで軽い足取りで進むマイを見つめそう考えていた。



「マイちゃん。楽しそうだねぇ」



 マイの右隣り、少しだけ疲れの色が見え始めたルーが話す。



「言ったじゃない。不謹慎かもしれないけど、ワクワクしているって。皇帝さんを越える飛蝗は居るかなぁ??」


「居る訳無いだろ、あんな馬鹿デカイ飛蝗。おいそれと居られちゃ困るんだよ」



 何を言っているのだ。


 そんな感じで大きな荷物を背負って力強く歩んでいるユウが此方へ振り返る。



「やっぱそうかぁ。私の思い出に残る素敵な生物との出会いがあるかと思ったんだけどねぇ」



 そうしょんぼりしなさんな。皇帝さん?? だっけ。


 人を軽々と絶命に至らしめる力を持った飛蝗だと伝え聞いた。


 恐らく食人の森にはそいつらより危険な奴らが待ち構えているから安心しなさい。


 出来れば……。


 何事も無くマウルさんに会って知識を御教授して欲しいものだよ。森に入ってからそう切に願いつつ北上を続けていた。



「ルンタッタ――ン。パパットランランランッ!!!!」


「いっだ!!!! マイちゃん!! 何で今私のお尻叩いたの!?」


「すんげぇ叩き易い位置に叩いて欲しそうな顔を浮かべた尻があったからよ」



 君が述べた理由で人の尻を叩いて良いのならば、今頃王都では数万人以上の市民が警察関係者に暴行の罪で逮捕されているでしょうね。



「それは叩いて良い理由にならないからね!?」



 俺も陽気な雷狼さんの意見に大賛成です。



「あ――、はいはい。んぉっ!! あそこにも叩き易そうな尻があるじゃあありませんか……」



 嗜虐心全快の表情を浮かべてユウの背後へと進んで行く。


 その結末を見届ける前に森の上空へ向かって視線を上げた。



「ちょっと冷えて来たな……」



 太陽が大欠伸をして床へ就く為に西の果てへと移動を始め森の中には薄暮が訪れようとしている。


 空から降り注ぐ陽を閉ざす遮蔽物がそこかしこで生えているのだ。


 暗闇、並びに冷涼な空気が訪れるのは一瞬である。



「レイド、そろそろ夜営の準備に入らなくていいのか?? 後、そこでコソコソ動いている馬鹿野郎。あたしの尻を叩いたらそこの地面に埋めてやるからな――」



 ユウが深緑を髪の毛をフルっと揺らして再び此方へ振り返る。



「ぬ、ぬぅっ……。貴様、私だけの気配を察するのに長けて来たわね」


「俺じゃ無くて、あっちに聞いてきたら??」



 隊の先頭でモッコモコの尻尾を揺らす金色と、絶世の美女も羨む美麗さを持つ桜色を指差す。



「こっちじゃと言っておろうが!!」


「うっさいわね。地図を見なさいよ、地図を。どう見たって私が進んでいる方角が正しいじゃない」



 ハーピーの里を出発してから数時間。



『はぁっ……。はぁっ……。つ、疲れましたね』


『ピナ。お主の先導では時間が掛かり過ぎる。儂が先頭に立つから地図を渡せ』


『アホな狐に任せたらいつの間にか南の海岸線に出ちゃうわよ。私が先導するから地図は私に渡しなさい』


『貴様の方が信用ならんっ!! 儂じゃ!! 儂っ!!』


『うっさいわねぇ。汚い唾を吐き出す口を閉じなさいよ、服が汚れるじゃない』



 先導役であるピナさんが疲労困憊に陥り、隊全体の行程の遅れを懸念した御二人が先導役を買って出たのですが。


 やれこっちだ、やれあっちだ。お前が退け、あんたが退きなさい。


 静かな森の中で傑物二人の絶え間ない口喧嘩が続き。見ているこちらの方が疲れて来る仰々しい言葉の応酬を繰り広げていた。



 あの力を歩く力に変換すればもっと楽に進めるのになぁ。


 そして、森の中で静かに暮らす動物さん達。


 喧しくしてしまって申し訳ありません。直ぐに通り過ぎるので今暫くお待ち頂ければ幸いです。



「マイ、お前さんが行って来いよ」


「嫌よ、絶対とばっちりが飛んで来るし。あんたが行ったら??」


「断る。これ以上疲労を蓄積させたくない」



 師匠には申し訳ないと思うが……。


 二人同時に、近くに存在する場合。俺が絡むと大抵ろくでもない事が起こる。


 俺だって学習するのさ。



「根性無しめ」


「何とでも言うがいいさ」



「ぜぇ……。ぜぇ……。み、みなさ――ん。待って下さいよぉ――」



 北上を続ける隊の後方。


 そこから蚊も思わず耳を傾けてしまいそうになる程の弱々しい声が空気を辿り、俺の鼓膜に届いた。



「あれ?? いつの間にそんな所にいたのよ」



 マイにもこの微弱な声は聞こえた様で、俺と同じく足を止めて振り返っていた。



「み、皆さんの足が速過ぎるんです!!!!」



 やっとの思いで合流を果たすとピナさんが顔を真っ赤にして叫んだ。



「あぁ、悪いわね。いつもと変わらぬ速さで進んでいたみたい」



 マイが特に悪びれる様子も無く話す。



「こ、こんな調子で歩いているんですか??」


「そうよ?? 私達と出会った当初のカエデも辛そうだったけど。ほら……」



 マイが前方を指差すと。



「……」



 美しい藍色の髪が左右に揺れ動き、力強い足取りで確実に一歩ずつ前へと進んでいた。



「はぁ……。見た目は華奢ですから分かりませんけど。カエデさんも体力がおありなんですねぇ」


「日々の鍛錬を怠らない結果だ。体は正直だぞ?? 鍛えれば鍛える程、こちらの意志や希望に応えてくれる」



 隊の最後方を警戒する役を担うリューヴが俺達と合流して口を開く。



「私も一念発起して鍛えようかなぁ……。でも、地上の運動は苦手だからなぁ」


「地道にいくのがいいよ。もう直ぐ暗くなるし……。仕方が無い。師匠に一言伝えて来るか」



 真昼の白光に比べると随分と朱を増して来た太陽の様子を仰ぎ見て先頭へと駆け足で向かって行った。



「おぉ――。レイドさんも馬鹿みたいに体力がありますよねぇ」


「鍛えるのが趣味の可哀想な奴なのよ」




 縦に伸びてしまった先頭に追い付こうとすると。




「獣くっさ。ちょっと、もっと向こうに行きなさいよ」


「喧しい!! 貴様も脂肪が腐れ落ちて腐敗臭がするぞ!!」



 憤怒に塗れた甲高い声色と、それを嘲笑う声が徐々に増していく。



「し、師匠……」



 大荷物を背負ったままの駆け足は少し堪えますよ。


 少々息を乱してやっとの思いで二人に追いついた。



 この人達、俺達の歩く速さを考慮していないよな??


 先導役の人は隊全体の行程速度も加味しなければいけないのですから、俺達の歩く速さも考慮して欲しいものです。



「おぉ。何じゃ?? レイド」


「あんたじゃなくて、私に会いに来たのよね――??」



 エルザードがさり気なくとんでもない魅力を放つ体を腕にくっ付けようとするので。



「違います」


「んぅ。冷たいわねぇ」



 咄嗟に一歩引いて淫魔の女王様の初手を回避してやった。



「そろそろ日が暮れます。それに、ピナさんを筆頭に疲れが目立ってきましたので夜営の設営を始めたいと考えているのですが」



 長時間の移動に慣れた俺も大分足に疲労が溜まっている。


 大殿筋と、下腿三頭筋。それに胃袋もご機嫌斜めであった。


 歩行による移動に慣れている俺達が疲労を感じているのだ。


 飛び慣れているが歩き慣れていないピナさんにとって、俺達が感じている倍以上の疲労度を覚えているだろうさ。



「もうそんな時間か??」


「えぇ、森の夜は早く訪れます。時間が遅いと視界が暗闇に遮られて設営が遅れると考えています」


「仕方が無い。丁度いい感じで開けている場所があるから、今日はそこで休むとするか」



 師匠が右斜め前方を指差す。



 そこにはこの大所帯でも余裕で御釣りが返って来る程の空間が広がっていた。



 あそこなら大きな天幕も二つ張れて、狂暴な龍が暴れてもある程度は……うん。


 余裕を以て食事並びに休息を摂る事が出来そうだな。



「了解しました。皆、今日の移動は此処まで。あっちの空間で夜営しよう」



 師匠の言葉を受け、振り向きざまにそう言い放つ。



「ふぅ。やっとか――」


「お腹空いた――」



 一日の終わりに近付き、疲弊した声が方々で上がる。


 物資を背負い慣れぬ道を進んで来たのだ。否応なしに疲労は蓄積するだろうよ。



「何じゃお主達。これしきの事で弱音を吐いてどうする」


「あんたと違って皆は重い荷物を背負っているのよ。それを鑑みないで阿保みたいに速く歩いちゃってさ」


「誰が阿保じゃ!!」



「お、落ち着いて下さい。師匠はアレクシアさんの体調の事を考慮して、行程を速めたんですよね??」



 食って掛かりそうな師匠を慌てて宥める。



「も、勿論じゃとも。流石我が弟子じゃ。よく分かっておる」



 満更でも無い御顔でふんっと鼻息を強く漏らして腕を組む。



「物は言い様ねぇ……。レイドぉ。あんな向こう見ずでずぼらな狐より、私の生徒にならない?? 天にも昇る様な好待遇で迎えるわよ……」



 開けた場所へ移動しながら己が女性の武器を俺の右腕にあてがう。


 柔らかさと温かさ。


 それを惜しげも無く人に密着させるのはどうかと思います、はい。



「他流に属するのはもっての外ですから御遠慮願います」



 師匠だけでは無く、他にも恐ろしい監視の目が光る中。



「グルルゥ……」



 これ以上の失態は俺の命を短くする。


 食人の森へ到着する前に大怪我を負いたくないからね。


 そう考え、しゅるりと腕を引き抜いて言ってやった。



「あんっ。ふふっ、お預けって事ぉ??」


「貴様の様なぶよぶよの下では鍛えられぬわ。儂の様なしゅっとした者ではなければ務まらん。そうじゃな??」



 有無を言わせない鋭い瞳が俺を捉える。



「…………え、えぇ。そうですね」



 反抗したらどんな目に遭うのやら。


 ここは無難な回答で済ませておこう。



「じゃろう?? なはは!! 持つべきものは良い弟子じゃなぁ!!」


「可哀想なレイド……。無理矢理言わされて……。私の所に来るのなら、ほら。ここを好きにしていいんだよ??」



「ど、どこを触らせているんだ!!」



 手にふよっとした心地の良い柔らかさが広がるので慌ててソレから手を放して叫ぶ。



「気色の悪い物を触らせるでないわ!!」


「持つ者と持たざる者の差は大きいわよ?? あんたのソレ……。ぷっ、可哀そうねぇ。誰からも見てもらえない萎んで腐った柿みたいじゃん」


「地面に埋めるぞ!! この腐れ淫魔がぁぁああ――――!!!!」


「し、師匠!! 落ち着いて下さい!!」



 本当に疲れているから勘弁して下さいよ……。


 勝ち誇ったかの様に惜し気も無く胸元の凶器を披露する淫魔の女王様。


 その彼女へ向かおうとする師匠の背後から歯を食いしばり、渾身の力を籠めて羽交い絞めにして御してあげた。









 ――――。




「うわぁ……。レイドさん、大変そうですねぇ」



 ピナがいつもの戯れを呆れにも似た瞳で見つめている。



「放って置きなさい。その内収まるからさ」



 まぁまぁ寛げそうな広い空間の端に荷物を置いてそう話す。



 はぁ、疲れたぁ。


 荷物を背負って移動するのは楽じゃないわよねぇ。


 いつも通りボケナスの胸ポケットか、ユウの頭の上に乗っかって移動したかったのが本音だ。



「そうそう。あたし達と行動を共にするのなら慣れてもらわないと」



 ユウが山の様な荷物を軽々と降ろして一息付く。


 ってか、それを担いで飄々としているのおかしくない??


 あんたの胸元には只でさえおもてぇ二つの物体があるってのに。



「あの御二人の常軌を逸した力に慣れるのは骨が折れそうですよ。里の者達もそれ相応の強さを持っていますが……。あれ程の魔力を放つ者はアレクシア様位ですからねぇ」



「ほぉん。女王以外に手練れはいないの??」



 私のお尻ちゃんが好みそうな草むらにちょこんと座って話す。



「皆さんと比べれば数段劣る者ばかりですよ」


「じゃあ、あのランドルトさんって人は?? それなりにやるんじゃないの??」



 本人は隠していたつもりなのだろうが。


 体に染み付いて離れない強者足る空気、一切ブレる事の無い大木の様な芯。


 最強最高である私の鋭い眼光はあの人の奥に隠された力強いナニかを捉えていた。


 内に秘める物を敢えて表に出さない様にしているのはきっと執事という役割を担う為なのだろうさ。



「ん――。アレクシア様の幼少期の頃はあれこれと魔法の使い方や戦闘方法について教えていましたけど。最近では専ら実務についての小言ばかりですからねぇ」


「小言って。そういや、あたし達が以前里に乗り込んだ時。ランドルトさんの姿は見えなかったけど。どっか行っていたのか??」



 ユウが地面に座り、楽な姿勢でピナを見上げる。



「あの時は丁度、北の方へ所用で向かっていました」


「「所用??」」



 私とユウが声を合わせて言う。



「様々な花粉を掛け合わせた蜂蜜を作成しているのは知っていますよね?? 女王様に頂いて貰う蜂蜜に使用する特別な花が丁度咲き誇っている季節でしたので。それを受粉させる為に花を摘みに行っていたのですよ」


「あぁ、そういう事ね」



 それなら要領がいくわ。



「今日持って来た蜂蜜ってさ。勿論、あの舌が蕩ける蜂蜜よね!?」



 蜂蜜。


 この単語が私の唾液を分泌させ、早くも口の中が大変な事になって来た。


 うふふ、落ち着きなさい??


 疲れがぶっ飛ぶ様なあみゃぁぁい蜂蜜ちゃんをもう直ぐ食べられますからねぇ。



「そ、その……。お口から涎が零れてしまう程期待している所申し訳ありませんが……。女王様が召し上がる物では無く、我々が摂取する通常の物となります」


「あ、う、うん。そ……っかぁ。普通、の。奴なのね……」


「す、すいません」



 第三者から見ても私の落ち込み様は容易に窺えたようだ。


 数舜でピナが慌てて頭を下げてしまう。



「で、でも。新しい花粉を使用した物ですのできっと気に入ると思います!!」


「それを聞いて安心したわ。さてと、早いとこ蜂蜜にありつきたいし?? 手っ取り早く夜営の設置に取り掛かるとしますか」



 重たい腰を上げ、可愛いお尻ちゃんに付着した砂粒を払って言ってやった。



「だな――。おっ。丁度向こうも決着が付きそうだ」


「決着??」



 ユウの言葉を受けてピナが喧しい方角へと振り返る。



「死ねぇぇええ――――!!」


「おっそ」


「し、師匠!! こっちじゃ……。ぐぼばぁ!?!?」



 イスハの放った飛び蹴りが気持ちの良い角度でボケナスの腹部へと突き刺さる。


 そして大魔の一撃を受け、羽毛の如く吹き飛ばされて行く一人の男。


 あれで死なないんだから驚きよねぇ。




「えぇ!? アレ、大丈夫なんですか!?」


「あ――、大丈夫大丈夫。数十分後にはケロっとしているよ」



 慌てふためくピナにユウが呑気に補足してやる。



「そうそう。ユウ、天幕ってどこだっけ??」


「あ、確かリューヴが運んでいた筈」


「ん。リューヴ――!! 天幕張るわよ!!!!」



 此方と反対側で休み、今しがた飛んで行った男の様子を若干心配そうに見つめていたリューヴへと言ってやった。



「了承だ。主、無事だろうか……」



 安心しなさいよっと。


 常日頃から私達の攻撃を受けているアイツはあれしきの事じゃ死にやしないんだから。



「あ――ん。レイド――。大丈夫ぅ??」



 淫魔の女王が一人の男を己が双丘に無理矢理埋めて抱き締める。


 クソが……。


 どいつもこいつも私の了承無しに育ちおって。



「ふぁなれて!!」


「こ、この……。阿保弟子がぁぁぁぁ!!」



 ふんっ。いい気味よ。


 そのままボロボロにされちまえ。


 いつまでも終わらない喧噪に対して心の中で捨て台詞を言い放ち、私達はそれを尻目にさっさと夜営の設置を始めた。


お疲れ様でした。


これから後半部分の編集作業に取り掛かりますので今暫くお待ち下さい。

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