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第九十三話 原因不明の病

お疲れ様です。


夜更かししている読者様へそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 抗魔の弓、短剣二丁、負傷した際に傷口へあてがう清潔な布と竹製の水筒。身分証は……、要らないから置いていくとして。


 えぇっと……。忘れ物は無いよな?? 態々此方へ取りに帰って来るのは憚れるし、確認はしっかりとしておかないと。


 背嚢の中に詰め込んだ荷物一式を一通り確認し終えると小さく安堵の息を漏らす。



 うんっ、これで大丈夫。後は師匠とエルザードの到着を待つのみ、か。



 アレクシアさんの容体が気掛かりだ。


 可能であるのならば今直ぐにでも発ちたいですけど、御二人が揃わない限り出発出来ないのですよね。


 黒くて厚い雲が広がる心の空模様とは違い、訓練場の真上には爽快に晴れ渡った太陽が冬らしからぬ光量で大地を温めている。


 こんな時に不謹慎ですよと、眩い光を放つ主を見え上げて一つ睨んでやった。




「何か、あんたがそうやって装備している姿。久々に見た気がするわね」


「うん?? 何が??」



 ユウの隣でだらけて座るマイが此方を見上げて話す。



「ほら、良い感じに経年劣化した弓よ」


「抗魔の弓?? ん――。そう言えばルー達の里で使用した以来、かな??」



 実戦で使用したのは黒の戦士以来だな。


 練習では何度か触れてはいるが……。上手く使い熟せるまでには未だ至っていない。


 近接戦闘に特化した稽古ばかりではなくてこっちの訓練もしなきゃ……。


 弓の名手であるスレイン教官に弓の手解きでも受けてこれば良かったな。



「ふぅ――ん。ユウ、太腿借りるわよ――」


「レイド、それ持って行くのか?? 勝手に使用すんな」



 大地に堂々と座り、両足を投げ出した姿勢でユウが此方を見つめる。


 似た者同士は似た姿勢になるのは頷けますけども、もう少し気を引き締めて頂けたら幸いです。



「いいじゃん別に!! 腹枕の次に寝心地が良いんだから!!」

「だ――!! 鬱陶しい!!」



「まぁ一応ね。転ばぬ先の杖って奴」



 剛腕によって押し退けられた後頭部を何とかして形の良い太腿へ執拗に接着させようとする横着者、それを跳ね除けようと懸命になるユウ。その両名へ話してあげた。



 無いよりかはあった方が何かと役立つ事もあるかも知れないし。



 まぁ、使用機会は無い方が好ましいけどさ。



「転ばぬ先の杖?? 老人みたいな言い方ね。はぁ――。丁度良い柔らかさっ」


「ちっ、仕方がねぇなぁ」


「違うよ、そう言う意味じゃない。準備は怠らず万全にした方が心強いって意味だ」



 ユウの膝枕を勝ち取り、見当違いな考えを話すマイの考えをやんわりと訂正してやった。


 此処でお前さんはそんな事も知らないのかと言ったらとんでもない暴力が襲い掛かって来ますもの。



「物を知らない方ですわねぇ……。呆れて物も言えませんわぁ」


「あぁ!? 一生口を利けなくしてやろうかぁ!?!?」



 溜め息混じりに放たれたアオイの言葉を受けると一瞬で狂暴龍の闘志が沸騰。歴戦の勇士も慄く憤怒の炎が瞳に宿ってしまった。



 ほらね?? 出発前からこれだもんなぁ。


 この喧噪でアレクシアさんの症状、悪化しないかしら??



「待たせたのぉ」

「お待たせ――」



 狂暴な龍が蜘蛛へと噛みつこうとして重い腰を上げると、師匠とエルザードがこちらへとやって来た。


 師匠は普段通りの道着に身を包み右肩から小さな鞄を下げ。淫魔の女王様も師匠と同じく女性らしい小さな鞄を肩から下げていた。



「師匠、荷物はそれだけですか??」


「む?? 大きな荷物はお主達が運ぶじゃろうし。儂はこれで十分じゃ」


「そ――そ――。軽い観光みたいなもんよね――」



 あ、あのねぇ。


 友人の危機にその飄々とした態度は如何な物だと思うのですよ。


 もう少しシャキッとして欲しいと切実に願うがそれを口にするのは徒労である。


 何故なら……。この二人に言っても聞きやしないからだ。



「カエデ、お待たせ。魔力譲渡しましょうか」


「お願いします」



 エルザードがカエデの右肩に手を置き、そっと目を瞑る。


 すると。



「「……」」



 眩い光が彼女の体から放たれ、それが細い腕を通してカエデの中へと吸い込まれて行く。



「はぁ……。すっげぇ魔力」



 その様子を捉えたユウが呆れにも、感嘆にも捉えられる声色を放つ。



 九祖の末裔である彼女が驚く程の事象が目の前で起きているのだと何となく分かるけど。魔力の使用、並びに魔法初心者の俺にはアレの凄さが今一理解出来ない。



「ユウ、エルザードの魔力ってどんな感じなの??」



 右隣りで今も驚きを隠せない表情で眩い光を放出しているエルザードを見つめているユウへ問うた。



「ん――。あたしの魔力と比べると……。そこに転がっている小石があたしで、この訓練場全体がエルザードって感じかな??」



 素人にも大変分かり易い比喩で助かります。



「つまり。現状では俺達と比べ物にならない程の魔力があの細い体に詰まっていると解釈してもいいか??」


「そ、正解」



 普段は御茶らけて距離感を大いに間違えている淫魔の女王様の実力は伊達じゃ無い、か。


 改めて大魔の豪壮さを目の当たりにしたよ。



「あぁんっ、カエデ。私のイケイ所をそんなに吸っちゃ……。だめっ」



 あれが無けりゃ完璧なのに。



「先生、冗談はそこまでです。皆さん用意が出来ましたので御起立願います」


「よっしゃ。鳥姉ちゃんの様子を見に行くとしますかね!!」



 マイの声を皮切りに各々がカエデとエルザードの周囲に歩み寄る。



「では……。行きます!!」



 カエデが魔力を解放すると、俺達を容易く収めてしまう程の面積を有する魔法陣が地面に浮かぶ。



「うっひょ――!! いいぞ、カエデ!!」


「もっと気合入れなさい!!」



 彼女が放出する魔力に当てられたのか、ユウとマイが興奮気味に檄を送る。



「ふぅ…………。んっ!!!!」



 藍色の瞳が一際強く輝くと、腹の奥にズンっと重く響く衝撃が迸り周囲が白い靄に包まれて山の景色が消失した。



 おぉ……。いつもの光景だ。


 只、この何も見えなくなるのはちょっと不安なんだよなぁ。


 そして、瞼が開けていられない程の光量が靄の中で乱反射して思わず目を瞑ってしまう。



「……………………。皆さん、到着しました」



 強く閉じていた瞼を静かに開けると……。目の前に堅牢な木の壁がそそり立っていた。


 鼻腔を擽る草の香りと森の優しい雰囲気が流れる懐かしい光景。


 冷涼な山の空気が漂う山腹では無く、以前お邪魔させて頂いたハーピーの里が眼前に大きく広がっていた。



「ほぉ。見事な物じゃな」


「どうもです。しかし……。少し疲れました」



 これだけの人数を空間転移させる魔力を放出したのだ。魔法の扱いに拙い俺でもその疲労度は伺い知れる。



「カエデ、乗るか??」



 疲労が色濃く顔に残る彼女の前にすっとしゃがみ込み、背を見せてあげた。



「いえ、大丈夫です。歩く位の体力は残っていますので」


「カエデちゃ――ん。偶には甘えてみたらどぅ??」



 意味深な笑みを浮かべるルーがカエデの脇を肘でツンツンと突く。



「結構です」



 こういう強情な所がカエデらしいよな。


 だけど一人で全部背負い込もうとするのは彼女の悪い所かもね。



「みなさ――ん!!!! 遠路はるばるありがとうございま――す!!」



 この声は……。



「ピナ!! 久々ね!!」



 上空から一人の女性が美しい翼を羽ばたかせて俺達の前へ華麗に舞い降りる。


 背に生えた茶の翼、その一枚一枚が見ている者を思わず唸らせてしまう程の艶を帯びていた。



「マイさん!! そして皆さん、突然お呼び出ししてしまい申し訳ありませんでした!! そしてご足労頂き誠に有難う御座います!!」



 俺達の前に立ち頭を深々と下げて礼を述べてくれる。



「気にしないで。アレクシアさんは大切な友人だからね。一大事となっちゃ放っておけないよ」



 皆を代表し、それぞれの気持ちを代弁してやった。



「ありがとうございます!! では、早速ご案内致しますので付いて来て下さい!!」



 ピナさんが随分と速足で里の中へと進み、俺達も彼女の後に続く。



 開かれている重厚な門を抜けると、里の奥へと真っ直ぐに続く通りが俺達を迎えてくれた。


 その両脇にはカエデの特大魔法によって傷つき使用不可となった廃屋では無く、綺麗に修復された木造の家々が立ち並び。


 通りを歩く里の人達が俺達を見付けると丁寧に頭を下げてくれる。



「ふぅん。ハーピーさん達の里ってこんな感じなんだ」


「あ、そっか。ルーとリューヴ、そしてアオイも初めてだったんだな」



 すれ違う方達に軽い会釈を交わしながら灰色の長髪を楽し気に揺らす彼女へと話す。



「そうですわ。里の人々は皆元気そうですわね」


「マイちゃんの生まれ故郷に行くとき運んで貰ったけどさ。住んでいる所に来るのは初めてだよ」


「あぁ。そうだ」



 ルーは興味津々と言った感じで周囲を見渡し、アオイは普段通りの表情ですれ違う人々を見つめ。


 リューヴは確と正面を見据えて歩き続けていた。



「洪水でぶっ壊れたけど。良くもまぁ綺麗に直したもんだ」


「そうよねぇ。少しは手伝ったけど……」


「カエデの魔法で破壊したのだな??」



 ユウとマイの発言を受けてリューヴが口を開く。



「そうそう。あたし達がアレクシアの猛攻を食い止めてその隙にカエデの魔法で。って感じさ」


「この地下に流れる水脈を利用したのね??」


「はい、そうです。お父さんから教わった魔法、水竜の暴走(アクアタイラント)。彼女の力に対抗するにはそれしか方法はありませんでした」



 当時の様子をエルザードが一瞬で看破してカエデに話す。


 あの時のアレクシアさん。


 目は血に飢え、口からは猛々しい息を吐き。今の美麗な姿とはかけ離れていたな……。



「そう言えば、さ」


「ん?? 何よ。その便意を我慢する鶏みたいな声色は」



 朝一番に放たれる爽快でけたたましい鳴き声では無く、何かを堪える様に口籠り切ない声色を放つ鳴き声。


 想像すると何だか可哀想になって来ますので、もしもその姿並びに声を捉えたら檻からそっと出してあげましょうね。


 何気無く発した俺の発言にマイが呼応する。



「ハーピーの皆は操られていたって言ってたけど。その犯人は未だ分からずじまいだよな??」



 後半部分を全て無視して頭の中に浮かんだ言葉を発してやった。



「あ――。そうだっけ。確か……。フードを被った奴に負けたって言ってたわね」


「アレクシアさん程の手練れが負けるんだ。相当な実力者だぞ?? この大陸に一体どれだけその手練れがいるんだ」


「ほら、あそこにいるじゃない」



 マイがピナさんの直ぐ後ろを歩く師匠とエルザードを指差す。


 まさか……。あの二人のどちらかがこの里を襲ったのか??



「失礼な!! 儂はそんな暇では無いわ!!」

「そうよ――。それにここを襲う動機も無いし??」



 ですよねぇ。


 証拠も一切残っていないし。真実は闇の中って奴だな。


 若干大きめの胸のつっかえが取れぬまま両の足を動かしていると里の中央へ到着。


 東西南北、四つの通りがこの広場を中心にして別れ。北へ続く通り以外は里の出入り口まで繋がっている。


 北の通りが出口に繋がっていない理由。それはアレクシアさんがお住まいになる屋敷へと続いていますからね。



「アレクシア様は屋敷で休んで居られます。到着までもう少し掛かりますので御了承下さい」



 俺達へ申し訳なさそうな声色でそう伝えると、速足を維持したまま北大通へと向かう。



「なぁ、エルザード」


「ん――?? なぁにぃ?? 可愛い赤ちゃんを孕ませてくれるの??」


「人間が罹患する病と魔物が罹患する病って根本的に違う物なのか??」



 再び後半部分を一切無視してふと浮かんだ疑問を問うてみた。



「人間から魔物へ病が移る事は稀よ。この前レイドが体調を崩して風邪を引いて倒れた時。全員無事だったでしょ?? 人間より丈夫な魔物は病を罹患し難いの」



 半分魔物、半分人間の俺が病を罹患するのは中途半端な力の所為と考えてもよさそうだな。



「ちょっと待って。じゃあアレクシアが病気だったら私達に移るかもしれないって事??」



 マイが片眉をクイっと上げてエルザードの方へ視線を送る。



「無きにしも非ず、そんな感じかしらね。異種族間で移らないかもしれないじゃない?? 大体。あの子があぁやって元気に歩いているのだから移る可能性は低いわ」


「成程。移る類の病では無いんだな」



 昨晩、そして今朝。体調を崩したアレクシアさんの看病に励んでいる彼女が元気に空を舞い、そして力強く歩いているのだ。


 エルザードの意見には合点がいった。



「ほっ、良かった。倒れたら御飯食べられなくなるし」


「お前さんは病気になっても元気に飯を食ってそうだよ」



 逆にベッドからやれアレが食べたいだ。


 量が少ないだとか要らぬ注文が浴びせられそうですよね。



「し、失礼ね!! いくら私でもそこまで強欲じゃないわよ!!」


「どうだか。床に臥せるのは大歓迎ですが、こちらに迷惑を掛けないで下さいまし」


「はぁ?? もしも私が恐ろしい病に倒れたら……。無理矢理起き上がってあんたら全員に移してやるわよ」



 こいつならそれをやりかねない。


 大きな縄でベッドに縛り付けて、離れた位置から経過観察を続けるのが正しい看病でしょうね。


 一人の愚かな行為によって分隊全員が病に倒れたら洒落にならんし……。



「マイちゃ――ん。病人は大人しくしているんだよ??」


「うっさいわね。病気に掛かった事が無いから分からないのよ」


「馬鹿は風邪を引かないと言いますからねぇ……」


「てめぇ!!!! 本気マジではっ倒すぞ!?!?」



 龍の雄叫びが綺麗な空模様の下で響き渡ると。



『……っ』



 北大通を歩く里の人達の双肩が上下にビクッ!! と微かに動いてしまった。


 里の皆さんが驚いているから止めなさい。


 アレクシアさん、今から喧しい塊達が訪問しますけど。


 どうか無礼をお許し下さいね??



 里の皆様に対して大変な恐縮を覚えてしまう喧しい声量を龍が撒き散らし、肩身が狭い思いで進み続けていると正面に立派な屋敷が見えて来た。



「到着しました!!」



 三階建ての凛々しい木造建築物。


 その入り口に女王が住むに相応しい重厚感を持つ扉が正々堂々と客人を待ち構えている。


 俺達が里を出発してからも修復を続けていたのだろう。


 一度は傷つき所々破損してしまったが、今は見違える程に綺麗な木目や真新しい窓枠が見ている者の目を惹き付けていた。



「おほぉ――……。綺麗になってまぁ――」



 マイが口をあんぐりと開けて屋根を見上げて話す。


 ちょっと間の抜けた姿に思わず笑い声が喉元から這い出て来そうでしたよ??



「あれから色々と改修したりしたんですよ?? では、女王の部屋へと案内しますね」


「確か、三階でしたよね??」



 屋敷の入り口の扉を開いて中へ進むピナさんに続きながら問う。



「そうですよ。いつもの部屋でお休みになられています。あ、こっちです」



 屋敷にお邪魔させて頂くとひんやりと心地良い空気が俺達を迎えてくれる。



 階段は屋敷に入って左手側、入り口正面には大きな扉、そして右手には建物の奥へと続く廊下が確認出来た。


 アレクシアさんの部屋以外入った事ないんだよなぁ。


 どうなっているのか興味は湧くけど、他人様の屋敷をあれこれ散策するのは憚れるし……。



「あの症状は昨日の夜からなのよね??」



 隊の先頭に立って階段を上るピナさんへエルザードが話し掛ける。



「はい、そうです。昨晩から体調を崩されまして、今朝様子を見ていたらどんどん悪化していき……。私一人ではどうしていいか分からなかったので皆様に協力をお願いしたのです」


「ふぅむ。あ奴程の者が罹患する病のぉ」


「師匠って病に掛かった事ってあるのですか??」



 俺の前で軽快に階段を上り、猛烈に触れたい衝動を駆り立たせてしまうフッサフサと左右に揺れ動く黄金色の尻尾を見つめながら言った。



「儂か?? ん――……。無い」

「馬鹿は風邪引かないのよ」


「何じゃと!!!!」



 それ、本日二回目ですよっと。


 エルザードと師匠。マイとアオイ。


 近い未来、遠い未来もこうして言い合っているのだろうなぁ。


 ギャアギャアと騒ぎ立てて階段を上る御二人の姿に将来のマイとアオイの姿を重ね合わせていた。



「ここを真っ直ぐ進むと女王様の御部屋です」



 三階に到着すると正面に続く廊下を進む。


 うん、ここも変わっていない。


 強いて言うのなら、塵一つ残っていない廊下に感心した事だろうか。


 女王が住まわれる屋敷だ。


 清潔に保つのは当然なのかも。



「…………。アレクシア様。失礼します」



 ピナさんが一応軽く扉を叩き、部屋の扉を開く。



「どうぞ。お入り下さい」



 そして、中の様子を確認すると俺達を招いてくれた。



「失礼します」



 部屋の主は床に臥せて意識は無かろうが部屋に入る前の礼節を欠く訳にはいかん。


 部屋に入室する際、一声上げて扉を潜った。



 正面の大きな窓からは温かい日差しが差し込み冬の陽気を容易に感じる事が出来る。


 そして左手奥に大きなベッドが置かれてその上に一人の女性が横たわっていた。



「はぁ……。はぁっ……」



 今も苦しそうに息を荒げ、額には大粒で重たい汗が浮かび、陽気な陽射しとは打って変わり陰湿で重い空気がベッドには漂っていた。



「あらぁ。こりゃ思っていたより重症ねぇ」


「そうじゃの。魔物でしかも丈夫な女王の体調がここまで悪化するとは……」



 師匠とエルザードがベッドの脇に立ちアレクシアさんの症状を観察する。



「かなり深刻だな」



 ベッドを囲むマイ達の合間を縫って顔を出して症状を確認するが……。


 素人目でも酷いのは容易に想像出来る。


 端整な顔は朱に染まり額から汗が落ち、薄い桜色の美しい髪が汗で濡れている。



「えぇ。高熱に魘されているようですわね」



 隣のアオイも俺同様、心配そうな声を上げ彼女の顔を見下ろしていた。



「エルザード、何か分からないか??」


「ちょっと待って。彼女の魔力の流れを見てみるわ」



 アレクシアさんが横たわるベッドへ右手を翳すと淡い光の魔法陣が浮かびそして、柔らかい光がアレクシアさんを包んで行く。



「魔力の流れ??」


「魔力は血液と似たような物です。一箇所に留まろうとすれば中の圧力が上昇し、体に悪影響をもたらします」



 要領を得ない俺にカエデが一言付け加えてくれた。



「ありがとう、カエデ」


「いえ」



「ん――。おかしいわね。魔力は普通に流れているわ」


「それじゃあ、魔力が原因じゃないって事??」



 マイが腕を組みながら話す。



「そ。正常そのものよ」


「他に考え得る要因はあるか??」



「他に?? 簡単に難しい質問をするわね」



 俺の発言にエルザードが難しい表情を浮かべて考え込んでしまう。


 エルザードで分からなかったら正直お手上げだぞ。



「ピナ。アレクシアって生後二十年位よね??」


「はい、私の一つ上ですから今年で二十一になりました」



 そうなんだ。


 女性の年齢を軽々しく伺うのは軽率だから控えていたけど。


 正確な年齢は初めて知りましたね。二十一って事はアオイと同い年か。



「年齢による魔力の暴走も考えられ無いし。う――ん。ごめん、正直お手上げ。他種族の病は詳しく無いし、しかも女王の系統が罹患する病なんて聞いた事が無いわ」


「エルザード。もう少し粘ってくれ。これだけ苦しんでいるんだ。何んとかしてあげたい」


「そうは言うけどねぇ……」



 エルザードも俺と同じ気持ちの様だ。


 歯痒い気持ちなのか下唇をキュっと噛み眉を顰めていた。



「皆さんでも分からないのなら……。森の賢者を探しに行くしかありませんね……」



「「「森の賢者??」」」



 俺を含めた何人かがピナさんの発言に対して声を上げた。



「この里から北へ向かいとても深い森の中に居ると噂されている方です。あくまでも噂です。確証の無い方を探しに行くのは得策では無いと思いましたが……」



「ここから北でしょ?? あんた達が飛んで行けば直ぐじゃない」



 俺もマイの意見には賛成だな。


 わざわざ深い森の中を、齷齪汗を流して進む必要もあるまい。



「おぉ!! そうじゃったな!!」

「あぁ。アイツの森に割と近いわね」



 森の賢者と聞き、師匠とエルザードの顔が要領を得た表情に変わる。



「御存じなのですか!?」


「勿論じゃ。何度か会っておるよ」


「呆れる程長生きしているしさ。アイツ」


「で、ではその方の元へとご案内して頂けますか!?」



 ピナさんの御顔に漂っていた厚く重苦しい雲が霧散すると明るい表情へと変化。そして懇願するかの如く、二人の手を取って口を開いた。



「構わんぞ。じゃが……。ここで大声を上げるのは感心せんな」


「あっ……。す、すいません……」



 師匠達の手を放して伏し目がちに項垂れてしまう。



「ちとやっかいな話になる。どこか腰を据えて話せる場所は無いか??」


「では、一階の大部屋へご案内致します。そこには周囲の地図もありますので」


「うむ。では移動するとするかの」


「は、はい!!」



 暗い絶望から一縷の拙い希望へと推移し、そして今は眩い希望へと変化。


 明るい感情が戻って来たピナさんが部屋を後にすると師匠達を先頭に続々と退出して行く。




 森の賢者、か。


 賢者と呼称される程だ。俺達じゃ及びもしない知識量を兼ね備えているんだよな??


 その御方ならアレクシアさんの病の原因を知っているかもしれない。


 希望が湧くのは頷けるけど……。


 師匠がさり気なく仰った。




『やっかいな話』




 これがど――も引っ掛かる。


 師匠程の方がやっかいになるという事は俺達にとって、それは危険そのものじゃないのか??



「レイド――。行くよ――??」



 部屋の扉の前に立つルーの声を受けてふと我に返る。



「え?? あぁ、分かった」



 あれこれ考えるのは止めだ。


 アレクシアさんの病気を一刻も早く治してあげたい。


 俺が命の危機に瀕している時、己の身を呈してまで救ってくれたんだ。


 今がその恩を返す時。



 アレクシアさん、もう少し頑張って下さいね?? 俺達が必ずや治療方法を探して来ますから。


 部屋を去る際、ベッドの上で苦しむ彼女を見つめてそう固く決心した。




お疲れ様でした。


本日のプロット作成でこの長編の終盤まで書き終えたのですが……。


まだ最後の追加エピソードを本編で掲載しようかどうか迷っています。


本編に載せるべきか、それとも番外編か……。実に悩ましいです。



いいねをして頂き有難う御座いました!!


執筆活動嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、引き続き楽しい休日をお過ごし下さいませ。

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