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第四十七話 饒舌で能弁で、弁才豊かな海竜さん

お疲れ様です!! 本日の投稿になります。


タイトルに記載した通り、賢い海竜さんの御話を御賞味下さい。


それでは、どうぞ!!




 白い靄の中に虚しく響くのは焚き木の炎が爆ぜる乾いた音と、数名が奏でる呼吸音のみ。


 周囲を包む闇は深く、有効な視覚の距離と言えば。己の手がぼんやりと捉えられる程度。


 夜を迎え、視界の悪さは増々酷くなる一方だ。





 視覚を遮られているので、他の五感がより鋭く研ぎ澄まされているのを自分でも驚く程に感じてしまっていた。






 耳を澄ませば焚火の向こう側のカエデの小さな呼吸音が矮小に鳴り響き。


 動かないでいればじっとりと纏わり付く霧の湿気を肌が捉え。


 いつもは賑やかな食後の雰囲気も、しんっ……と静まり返り。そこから派生する何処にも当てようのない不安感が妙に生温かい唾を生まれさせ、不愉快な味が舌の上に乗る。




 この無音と無景色がきっと俺達に形容し難い感情を生まれさせているのであろう。




 いや、正確に言えば無音は正しくない。


 時折、遠い何処かで発生した原因不明の音も混ざっているのだから。




「ぬぅっ!?!?」




 その音を拾わなくても良いのに一々拾い、ビクっと体を震わせ。そそくさと此方の左胸のポケットへと避難する愚か者。



「驚き過ぎだぞ」



 もう見えなくなってしまった太った雀にそう言ってやる。



「ち、違うし。ポケットの中の枕が気になっただけだし」



 尻尾だけをポケットから覗かせ、左右に素早く振り。



『私はビビっていませんよ!!』 と、激しく主張した。





「あっそう。所で、枕って??」


「さっき丁度良い石を拾ってさ。私の後頭部にピッタリと合うのよ!!」



 そう話すと、尻尾が消失。



 ポケットの中で反転して、上半身を覗かせ。何処からともなく入手した石を取り出し。



 どうだ!! と言わんばかりに此方へ掲げた。




「――――。ポケットの中にゴミを入れられたら、お前さんならどうする??」


「は?? 勿論瞬殺よ。一生、硬い物が食べられなくなる顎の形にしてやらぁ」



 こっわ。



「じゃあ、それ。捨てようか」



 己がされて嫌な事は他人にするな。


 俺はそう教えられて育ちましたからね。



「嫌よ!!!! もう二度と巡り合えないのかもしれないじゃん!!」



 論点が違いますよ――っと。



 服の中に誰だってゴミを入れられたら辟易しようさ。



「まぁいいや。汚さなければいいよ」



 コイツには道理を説いても無駄ですので。


 それに、夕食後の余韻もあってか。ちょっとだけ眠たいからね。



 体をダラリと弛緩させて、夜空を仰ぎ見る。



 いつもなら。



 満天の星が光輝き、その中で美しい丸みを帯びた彼女が微笑んでくれるのだが……。


 生憎、今日はその姿を拝めないでいる。



 空に浮かぶのは無味乾燥な闇。


 月明かりは霧で遮られ、焚火の明かりだけが白を照らし続けていた。



「はぁ……。なぁんか、気が滅入るよなぁ」



 右隣り。


 毛布の上で随分と寛いだ姿勢でユウが話す。



「これだけ深い霧だとそうなるのも仕方がないって。明日の夕方には抜けられる予定なんだ、我慢しよう」


「予定、ねぇ……」



 ユウの顔らしき部分が此方に向く。



「こういう時は逆説的に捉えるんだよ。滅多にないぞ?? こぉんな深い霧に包まれる事なんて」



 周囲へと若干大袈裟に顔を動かし、声と所作で伝えようとする。



 声だけだと相手も不安になるかも知れないからね。




「あたしは綺麗な星空にお休みを伝えて眠りたいの」



 そりゃあ、誰だってそうだけども……。



「ユウ、そう気を病む事はありませんわよ。レイド様が申した通り、貴重な経験と捉えれば良いのです」



 正面。


 焚火の奥に居るであろうアオイが話す。



「へいへい。なぁ――、カエデ。何か気が紛れる話して」



 また唐突ですね。


 突然の申し出に断るかと思いきや……。



「良いですよ」



 あら、意外。



 すんなりと了承の御言葉頂けた。



「おっ!! いいねぇ!! 眠る前にうってつけの話で頼むっ!!」



「分かりました。では……」



 オホンっとお上品に咳払いをして。


 白い霧をしっかりと含んだ空気をすぅっと吸い込み、静かに口を開いた。





「これは、先日お邪魔したルミナの街に伝わる古い御話しです」



 ほぉ。


 伝承みたいな物語かしら。



 興味が湧いたので若干前のめりになって傾聴を始めた。




「深い霧というのは誠に恐ろしいものです。己の心の奥底に蠢いている醜い部分が見えて来る、そして存在しない物が見えてしまう。そんな想像を掻き立ててきます」




 う――ん??


 ちょぉっと宜しく無い声色ですね。



 普段の声色から数段落とした低い声のカエデが、ちょっとだけ得意気に物語を話し始めた。





「私の家の近くではよく霧が発生していました。


 丁度、今見ているようにそれはもう深い霧で……。自分がどこに進んでいるのかさえ分からなくなる。気が付けば迷い、そして方向を見失ってしまう程危険な霧でした」




 カエデの言葉を受け、顔を左右に振る。



 此処と類似しています、よね??





「これは古くからルミナの漁師の間に伝わるお話です。


 彼等は深い霧が発生する日には決して漁に出ませんでした。



 何故だと思います?? 



 霧に飲み込まれたら最後、帰って来られないからです。



 ある人は女の姿を見た、ある人は女の声を聞いた。




 …………。霧の中にはどうやら女の幽霊が漂っているようなのです。




 それもその筈、遥か昔その海の近くで女が男性に裏切られ。冷たい海にその身を、赤ん坊を抱いたまま投げたそうです。



 二人の遺体は発見に至らず。赤ん坊は彼女と離れ離れになり、その女が赤ん坊を求め彷徨っている。


 男を怨み、赤ん坊を返して欲しそうな泣き声が聞こえて来る。そんな噂が絶えませんでした」





 おどろおどしく話す海竜さんが空気を吸い込むと同時に、恐れを知らぬミノタウロスの戦士が彼女の話を根絶やしにしようと口を開く。




「あのさ。止めね?? あたし、眠る前にうってつけの話を求めたんだけど」




 ちょっとだけ震える声でユウが話すも、饒舌な海竜さんの声は途切れる事は無かった。






「ある日、無謀な若者の漁師がこう言いました



『俺が確かめてやる!! そんなの迷信に決まってら』



 よせばいいのに若さ故の行動か、漁師達の制止を振り切ると小さな船で霧の中へと漕ぎ出して行きました。


 霧の中は想像以上に視界が悪く、右も左も分からない。海に慣れ親しんだ漁師でさえもその方向感覚を消失させる程のものです」




 さっきからマイの奴、だんまりだけど……。


 起きているのかな??



 ふと、左胸のポケット視線を送ると。




『……っ』



 あ、起きてた。



 上半身だけをポケットから覗かせ、信じられない。


 そんな感じで口をあんぐりと開けている。



 そして。


 声を出しては不味いと考えているのか、時折。




『あわわわ……』



 と、カタカタと震える小さい右手を口元に添えていた。





「しかし、若者はどういう訳か安心して船底に寝転びました。



 方位磁石があるから大丈夫だろう。



 安易な考えだと思いませんか?? 方位磁石さえあれば大丈夫だと。



 …………そう。丁度、私達と似ている境遇だと思いますよね?? 



 若者は連日の漁から来る疲れからか、寝転ぶと立ちどころに寝入ってしまいます。それからどれくらい経ったでしょうか、何かの気配にふと目を覚まします。



『何だ?? 何もいやしないじゃないか』



 不穏な気配を感じるも見えて来るのは白く纏わりつくような霧と。




 ちゃぁぷん、ちゃぷんという等間隔に船を打つ波の音。




 若者も流石に気味が悪くなり、陸へ帰ろうと船を漕ぎ出しました。



 しかし、彼は足元を見て愕然としました。



 そこにあった筈のコンパスが無いのです。

 


 空を見上げ、左右に首を振るも見えて来るのは霧、霧、霧、霧……」





 太った雀がカエデの低い声におっかなびっくり傾聴していたが。




『っ!?』



 霧、霧、霧の場面で。


 一瞬だけ体をポケットの中に引っ込み。



 その後。



『…………っっ』



 恐る恐る、ぬぅぅぅぅっと。


 目元だけが這い出て来て再び耳を傾けていた。



 怖いのなら耳を塞いでいればいいのに。


 怖いもの見たさ……。違うな。怖い物聞きたさか。





「帰るべき方向を見失った彼は慌てふためき我武者羅に船を漕ぎ出しました。



 息を切らし、手の皮が剥け、血が滴り落ちても手を止めませんでした。


 しかし、霧は晴れる処か増々濃くなる一方です。ついには己の手元しか見えない程に。



『くそっ!! 絶対帰ってやる!!』



 若者は体力の続く限り、一心不乱に船を漕ぎ続けました。




 そんな時です…………。



『アハハはははハハハ!!!!』



 こちらの行為を嘲笑うかのように女の笑い声が聞こえてきました。若者はその声から逃れようとして、耳を塞ぎました。



『これは呪いの声だ!! 聞いたら呪われてしまう!!』



 ………………。ほぉぉら、耳を済ませて下さい。この霧の先からも聞こえてきませんか?? 怪しい女の声が」




 彼女の声を受け、何気なく左右に顔を振ると。





「……」




 あれまっ。


 いつの間にかユウが俺の間近でちょこんと膝を抱えて座っていた。



 ユウも怖い話は苦手なのか。



 意外だな。


 そして、ちょっとだけ肩を震わせる姿が。か弱い女性を守ってやろうという男の心をグッと掴んでしまいますね。




「耳を塞ぎ、喉が裂ける程の声を喚き散らしますが女の声は聞こえない処か増々酷くなり、ついには頭の中で乱反射するようになりました。




『こんな感じでしょうか……??』」





「「「ぎゃあっ!?」」」



 突如としてカエデの声が頭の中に響き、思わず叫んでしまった!!



 い、いきなり念話で話し掛けないでよね!!!!



 心臓が止まっちまうかと思ったぞ!!




「若者は体を縮こませ、震え、己の愚行を後悔しました。



『お願いだ!! もう止めてくれ!! もう沢山だ!!』



 そう叫ぶと女の声はピタリ、と止みました。



 助かった……。



 若者はそう思い、安堵の息を漏らし肩の力を抜きました。すると、海面に何かが動く音が聞こえ若者は何事かと思い船から身を乗り出して水面を見下ろします。



 そこには人の頭程の黒い塊が、海に漂う海月くらげの様に。




 ぷかぁ、ぷかぁぁっ…………と。浮いているではありませんか。





 何だ……これは。


 彼は時間が止まったかのようにそれを、じぃっと見つめていました」





 あ、あの。


 ユウさん??


 お願いしますから左手の力を緩めて頂けません??



 俺の右手が粉砕骨折してしまいますので……。






「次の瞬間、男は大気を震わせる程の絶叫をあげました。




『ギヤァ――――!!!!』




 黒い塊、それは……。長い髪の女の頭だったのです!!


 水面から徐々に。




 本当にゆぅぅぅぅっくりとせり上がって来る頭。




 濡れた髪で顔は覆われその表情は窺い知ることは出来ません。


 そして、肩まで浮き上がって来た所で若者はこれ以上見ていられないと悟ったのか、腰を抜かして船底に尻もちを付いてしまいました」




 そして左胸のポケットの貴女。



 体が異常に震え過ぎていますので、服が綻んでしまいますから耳を塞いで下さい。




「どれくらい時間が経った後でしょうか。


 何の変化も見られない船の淵を見ていると……。



 べちゃんっ!!!!!! っと。



 腐った腕が船に掛かり女が這い上がって来るではありませんか!?!?!?



 情けなく泣き叫ぼうがお構いなしに這い上がって来る腐った体。



 べちゃり…………。べちゃり…………。



 と、海水を大量に含んだ体がついに船に乗り上げて来ました。



 白い服はぼろ雑巾のように破れ。


 破れた服の隙間から零れ落ちる腐敗したどす黒い肉の塊。鼻を衝く腐臭を放ちながら這い寄る女。



 それはもう本当にゆっくりと……こちらの恐怖を楽しむかのように近付いて来るのです」




 ユウさんっ!!


 止めて!! 腕が折れる!!!!


 右側のユウが俺の腕を震えつつ常軌を逸した膂力でひしと抱く。



 痛みで声を上げそうになってしまうが、カエデの話の腰を折るのも憚れるので。


 右腕の激痛と左胸の振動に耐えつつ、傾聴を続けた。





「ついに腐った手が若者の太ももを捉えました。



 俯いていた女は徐に顔を上げ、こちらを正面に捉え。腐り落ちた歪な唇を開く。



 口の中からは常軌を逸した腐臭が解き放たれると同時に、夜空よりも黒い水を喉の奥から吹き出しました。



 女は…………。女は…………。


 この世の者とは思えない低い声でこう……言いました。



 あの子を……。あの子を……」




 さ、さぁ。来るぞ。


 俺は襲い掛かる激痛を予想して、奥歯をぎゅっと噛み締めた。





『返せぇぇぇぇぇえええええええええええええ!!!!!!!!』




「「ぎぃぃぃぃやあああああああ!!!!!!!」」



「ン゛――――――――――っ!?!?」



 カエデの念話による大絶叫が頭の中で響くと同時に、大変柔らかい何かが顔を覆い。



「今ですわっ!!!! はぁあんっ!! レイド様ぁっ!! 恐ろしいですわぁ――」



 絶対そんな風に思っていないだろ。


 っと、首を傾げたくなる声を放つアオイが胴体に絡みつき。



「ひ、ひ、ひぃぃぃぃ…………」



 左胸からは恐怖に苛まれる声が放たれた。



「ユふ!!!! 退いふぇ!! しんふぁう!!」



 い、息が出来ないのですよ!!



「い、嫌だ!! 絶対放さんぞ!! あ、あんな話を聞いた後でこんな深い霧の中に居られるか!!」



「あんっ!! レイド様っ。暴れないで下さいましっ。私の弱い所を突いていますわよ??」



「ふぃらないよ!!!!」



「ふふ、皆さん元気が出て何よりです。では、消灯しましょうか」



 カエデがそう話すと。




「「ぎゃああああああああ!!!!」」




 暗闇が訪れたのか、顔に絡みつくお肉さんがより激しく俺を肉の海へと誘った。




「カエデ!! 明かりは消すな!!」



「カエデ!! 是非ともそのままで!! レイド様の御体をご自由に舐め回せる機会は早々ありませんからね!! ユウ!! お尻が邪魔ですわ!!」



「二人ふぉも!! ふぁめて!!」



 いつもならここで超悪役の登場なのですが……。




「も、もう。駄目ぇ……」



 何かを呟くと左胸の中で動く感覚が消失してしまった。


 きっと気を失ったのだろう。




 肝心な時に気を失うな!!




 そう言い放とうつするものの……。


 お肉さんにしっかりと邪魔をされて叶わなかったのだった。


お疲れ様でした!!


怖い話の創作は何気に初でしたので、投稿にはちょっと勇気が要った次第であります……。



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