第九十話 浴場とケダモノ達 その二
皆様、お疲れ様です。
話を区切ると流れが悪くなる恐れがありましたので二話続けての投稿になってしまいました。
少々長めの文となっておりますので予めご了承下さい。
それでは、どうぞ。
この星の生命を生み出したとされる九祖の末裔の使い魔である東雲とペロの体を隈なく洗い終えると。
『レ、レイド様。今度は私共が御体を舐め……。オホンッ!! 洗います』
『この最強最高の使い魔のペロにお任せにゃ!!!!』
そのお礼として洗って頂けるという流れになったので己の背中を両名に預け、冬空の下は少し冷える事もあってか両足は白濁の湯に浸けていた。
足元から立ち昇る湯気が肌を温め、目の前の幻想的な風景が心に安堵を与え。その両者が混ざり合い得も言われぬ快感が体を通り抜けて行く。
「お客にゃま――。ここですか――??」
「ペロ、失礼だぞ。レイド様……。痒い所はありませんか??」
「ん――、大丈夫。気持ち良いよ」
二人共器用に足と翼を使うなぁ。
「えっほ!! にゃっほ!!」
ペロは後ろ足で立って前足を器用に動かして。
「はっ、あぁ……。何んと素敵な御背中なのでしょうか」
東雲は両の翼を懸命に動かして手拭いで背中を拭いてくれる。
動物……。いや、使い魔か。
本来はこういう使い方じゃないだろう。
もっと有意義な使役方があるのに。申し訳ないね。
「――――。しかし、傷だらけですね」
東雲が翼の動きを止めて傷跡の痛みを労う様に少しだけ痛そうな声色を漏らす。
「見ているだけでこっちも痛くなってくるにゃよ」
「ごめんね?? 見ていて気持ちの良い物じゃ無いだろ」
腹から背に付け抜けた槍の傷跡。龍の力の暴走によって刻まれた跡。
幾多の戦闘から受けた傷に本日師匠から頂いたありがたい傷。
体に刻まれた傷跡は男の勲章だと思うが、他人から見ればそれは余り気持ちのいいものでは無いと思う。
出来る事なら隠したいけど流石に傷跡までは、ね。
「この傷……。アオイ様に癒して頂いた方が宜しいのでは??」
「それならカエデにゃんの方が得意!!」
「傷跡までは治せないでしょ。それに……。この傷跡一つ一つには色んな想いが刻まれているんだ。嬉しい傷、失敗した傷。これを見る度にふっと頭の中にその時の光景が思い浮かんでね。だから別に消したい訳じゃ無いよ」
右腕に刻まれた傷跡の数々を見ながらそう話す。
まっ、この傷跡の大半は失敗の数々ですけどね。
その失敗を繰り返さない様に日々の鍛錬に臨んでいるのですが、現実では自分が思い描いた都合の良い事象は起こらない。
武の頂点と思しき場所に腰を据えて俺達を待ち構えている我が師。
そこへ到達する為には何度も失敗を繰り返して、そして何度も立ち上がらなければならない。
大切なのは遠い頂きへ視点を置くのでは無く、足元の問題へ視点を置く事だ。
一つ一つの問題を解決して、研鑽を重ね、昨日の自分よりも強くなる。要はこの繰り返しだ。
師匠が鎮座する頂へ到達するのには途方も無い時間を要する必要がありますが……。必ずやそこへ登ってみせますのでどうかこれからもご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いしますね。
怪しく光る月の中央に師匠の素敵な笑みを見出してぼぅっと眺めていると。
「むっ!? 何か、来ます!!」
東雲が翼の動きを止めて脱衣所の方へ鋭い視線を送った。
「え??」
その声に従って美しい月から何の変哲もない脱衣所へ視線を向けると……。
「やあぁぁああ――――っ!!!! とぅっ!!」
「はがばっ!!!!」
何やらデカイ灰色の塊が飛びついて来たかと思うと、恐ろしいまでの速度を維持したままそれが俺の体に衝突してしまう。
突如として発生した衝撃によって吹き飛ばされた体が湯へ到着すると視界が一瞬で白濁の液体で歪み刹那に呼吸が停止。
「ぶはぁっ!!!!」
水面へ向かって新鮮な空気を求めて浮上して飛来した物体の正体を確かめてやった。
「やっほ――!! 来ちゃった!!」
「あ、あのなぁ。男性が入っているのに女性が入って来たら駄目だろ」
いつもはフワフワの毛並がビッチャビチャにずぶ濡れて何だか別の生物に見えてしまいそうになる陽気な狼をジロリと睨んでやる。
「細かい事気にしない!! 私は気にしていないもん!!」
「そっちはそうかもしれんが……。俺は多大に気にするんだよ」
この温泉が白濁色で助かった。
そうじゃなきゃ今頃、全身まるっと見られていた訳だし。
「で?? 何で襲い掛かって来たの」
「襲うだなんて失礼だなぁ。私は警告しに来たんだ」
警告?? 一体何の事だ??
「東雲ちゃん!! アオイちゃんに固有能力を送るのを止めなさい!!」
「……………………。あぁぁっ!! そうだ!! 東雲の固有能力って」
「ふっ。漸く思い出しましたか??」
思い出したぞ。確か、そう!! 千里眼って言っていた筈だ。
アオイから離れた位置に居る東雲が今現在己の視界が捉えている光景を彼女へと送り届ける能力。
ま、まさかと思うが。
意味深な視線を一羽の烏へ送ると……。
「アオイ様はレイド様の御姿を御覧になられて大変喜ばれていますよ??」
ふふんっと得意気に喉を鳴らして一つ大きく翼を羽ばたかせてしまった。
「おい――!!!! 人の裸を勝手に覗くなよ!!」
慌てて体全部を湯に浸からせるが既に時遅しであろう。
「ち、因みに東雲さん?? どこから千里眼を使用していたので??」
「勿論。平屋を出た所からです」
「って事は……。服を脱ぎ、一緒に湯に浸かり、体を洗う所まで一部始終隈なく送っていたって事でありますか??」
「ふふっ。えぇ、それはもう余すところなく。レイド様の『全て』 を拝見させて頂きました」
陽気な声で東雲がそう話す。
「はぁぁぁぁ……。何て陰湿な事をするんだよ。因みに、今も送っているの??」
「はい。滞りなく」
仕方が無い。
東雲には悪いけど、ゆっくりお湯に浸かりたいから奥の手を使わせて貰おうか。
温泉の中を器用に泳ぎ、湯の間際で佇む東雲の下へと移動する。
「東雲。ちょっといいか??」
「何です??」
「捕まえた!!」
「な、何を!?」
無警戒で俺の事を迎えてくれた彼女の体を傷付けない様に両手で捕らえ、己の胸にひしと抱きしめる。
「東雲、悪いけど眠って貰うぞ??」
「眠る?? い、一体何を……。クァッ!!!!」
大変手触りの良い漆黒の羽をクリクリと指で解き解し、顎下を優しく撫でてやる。
「ほぉら。ここが弱いんだろ??」
「な、何をなさるので!? あくっ……」
「このままじゃゆっくり浸かれないからさ。さっきみたいに失神して貰おうかと思ってね。体を洗っている時に弱い所見つけちゃったからさ」
「んぁっ……。レ、レイド様……。お、お戯れを……。あぁっ!!」
よぉし。そろそろ止めだな。
「東雲……。ゆっくりお休み……」
耳らしき場所にそっと唇を密着させて甘美な言葉を囁いてやった。
「ふぁっ……。ア、アオイ様。申し訳ありません……。一足先に、桃源郷へと旅立って参りますぅ」
くたぁっと全身の力が抜け落ちそのまま眠ってしまった。
「よっしゃ!! これでゆっくり風呂を満喫出来るぞ!! ……………。ん?? どうした?? 二人共」
大変怪訝な顔で俺の様子をルーとペロが見つめる。
「レイドってさぁ。女の子の扱い、上手いよね――」
「女垂らしって奴だにゃ」
「し、し、失礼だな!! 君達!! 俺はゆるりと湯を享受したいが為、身を切る覚悟でしたっていうのに!!」
「あ……。す、素晴らしい手解きで御座いましたぁ……」
細かい痙攣を続ける東雲を地面にそっと優しく寝かせてやり、心外だと言わんばかりに言ってやった。
本当に疲れているんだから温泉くらいゆっくり浸からせてよね。
「でもさ――。東雲の固有能力って便利だよね――。アオイちゃんだけにしか見られないのが残念だけど」
「本来なら斥候等特殊な状況下で使用すべきだ。こんな下らない事に使うのは間違っているぞ」
「使い魔の能力は鍛えれば鍛える程伸びるにゃよ?? これも訓練の一環として捉えるべきじゃにゃいか??」
「伸びるねぇ。もっと違う形で鍛えるべきでしょ」
少なくとも、男の裸を見る為に得た能力ではあるまい。
不健全極まりないったらありゃしない。この事は一度アオイにしっかりと伝えるべきですね!!
「――――。あら?? では、もっと具体的な訓練方法を教えて下さいまし」
「そうだなぁ。例えば、山の麓と訓練場。離れた場所から固有能力を使って鍛えるのは?? 距離もある程度離れているし鍛えるのにはもって来いだと思うんだけどさ」
「ふぅむ。流石はレイド様ですわ。参考にさせて頂きます」
「まぁ、まだ魔法入門したての俺が言う話じゃ……………………」
おいおいおいおい。
何で普通に『アオイ』 と会話しているんだ??
「あ、アオイちゃん。来ちゃったんだ」
「おぉ!! カエデにゃん程じゃにゃいけど。良い体してるね!!」
「ふふっ、それはどうも」
アオイの声が途切れると同時に水が厭らしく跳ねる音が響く。
まさかとは思いますけれども……。
「あ、あの――。アオイさん??」
「はい。何ですか??」
「も、勿論。蜘蛛のお姿ですよね??」
ガチガチに固まった声で話す。
「…………えぇ。そうですわよ??」
今の空白の間は何!!!!
「振り返って確かめればいいじゃん」
「あ、あのねぇ。ルーは同じ女性だからいいかもしれないけど。俺はれっきとした男なの。女性の裸をおいそれと見る訳にはいきません!!」
「私、今裸だけど??」
ビッチャビチャの毛皮を纏った狼の姿で言われてもなぁ。
「東雲がお世話になったようですわね。ありがとうございます」
「いえいえ。どういたしまして」
男心を擽る艶を帯びた声が遠慮無しに近付いて来るので。それから離れる為、自然と湯の中で足が動いてしまう。
我ながら器用に足が動くものだ。
「あ、レイド。こっち来るの??」
「いいえ。向こうに行くのです」
そそくさと狼の隣を通り抜け、奥へ奥へと只管逃避行を続ける。
頼むぞぉ……。ついて来てくれるなよ……。
「そちらは源泉に近いですわよ??」
声ちっか!!!!
ほぼ体一つ分程しか離れていない距離から彼女の声が届く。
「あ、熱い湯が好きなんだ――」
「私は熱い湯は苦手ですわ。ほら、もうこんなに赤く染まっています……」
黒き蜘蛛の節足が伸びて来るかと思いきや。
「どう……ですか?? アオイの腕は」
ほんのり桜色に染まった美しい腕が顔の横からにゅぅっと生えてきた。
「に、人間の姿じゃないか!!!!」
「安心して下さいまし、レイド様。恥ずかしがり屋さんには見えない大きな手拭いを体に巻いておりますので……」
「それは何も着ていないって言うんだよ!!!!」
不味い不味い!!!! このままじゃ人食い蜘蛛に捕まっちまう!!
どうしよう……。
退路は正面か、左右。
このまま正面へ進むと熱湯から大変熱い歓迎を受けて火傷は必須。
左右はどうだ!?
「はわぁ……。良いお湯だぁ」
右はルーの背後を通って逃げられそうだな。
左は??
「はにゃ――。のぼせちゃいそう――」
ペロがぐにゃりと蕩けた表情を浮かべてプカプカと浮いている。
う……む。
どちらの背後を通るべきか。
「どちらへ向かわれますか??」
「っ!?」
うぇっ!? 見透かされている!?
「えぇっとぉ。右に行こうかなぁって」
ルーの背後なら通っても構わないだろう。
それに、今は狼の姿だし。
「そう、ですか。どうぞ?? 御行になって下さいまし……」
「じゃ、じゃあ失礼します……」
あれぇ?? あっさり逃がしてくれるね??
アオイの言葉に素直に従って動こうとするが……。
「ぐっ……。くぅっ!!!!」
「うふふ……。白濁の液体で助かりましたわぁ。湯の中に……。既に糸を忍ばせておきました」
くそうぅ!! 俺の思考を読みに読み、先手を打つその狡猾さは天晴ですね!!
動こうとしても一歩も足が動かん!!!!
「このっ!!!! 動けぇえぇえぇ!!」
「無駄ですわよ。動けば動く程、体に絡み付き。やがては指一本動けなくなります」
アオイが甘い吐息と共に淫靡な声色を放つと。
「ひぃっ!!」
男の性が多大に刺激されてしまう極上の柔らかさを持つ二つの物体が背にむにゅりと当てられてしまった。
な、何!? この異常にまで柔らかい物体は!?
柔らかくもあり重厚な肉厚をも兼ね備えた二つの物体が懸命に抑え付けていた彼を呼び覚ましてしまう。
『ふぅ――!! や――れやれ。漸く……。俺様の出番って訳だなっ!!』
呼んでいないし、貴方の出番は無いです!!
さぁ理性君!! 此処は貴方の出番ですよ!!
『はあっ?? 理性?? あぁ……。あそこで泣きベソ掻いてなっさけねぇ姿を披露している小僧の事か』
はい??
凶悪な性欲さんの視線の先を追うと。
『んん――ッ!! ん――!!!!』
そこには太い白の縄で体中雁字搦めに拘束され、剰え猿轡を嵌められた情けない姿の理性君が横たわっていた。
『俺様に上等ぶっこいてきたんで縛り付けてやったのさ。なっ?? そ――だろ??』
腰から抜剣した切っ先の鋭い短剣の腹で理性君の頬をペチペチと叩く。
『ぼ、僕ふぁ負けてふぁい!!』
『だったらなぁんでビ――ビ――泣きじゃくるのかなぁ??』
『う、うわぁぁああああんっ!!!!』
『ギャハハ!! ま――た泣きやがったぜ!! テメェの泣き姿はさいっっこうの発奮材だなっ!!』
あ、相変わらず俺の理性って弱過ぎない??
毎度毎度良い様に性欲に対してボロ負けして……。
『てな訳で、俺様はちょいと表に出て行くわっ』
『ま、待て――!! 僕ふぁ負けていふぁいからなぁ――!!』
彼が出口に手を掛けると、もう一人の俺が徐々に熱を帯びて天へ向かって垂直に背伸びをしようと画策してしまう。
お、落ち着けよぉぉ……。此処でとんでもない状態になってみろ。
明日以降、皆に一生後ろ指を指されて過ごす羽目になってしまうからな!!
「ほぉら。女性の神秘ですわよ??」
「アオイ。糸を解きなさい」
こ、ここは心を鬼にして言おう。
俺の腰に甘く両腕を絡めて来るアオイへ普段より数段声を低くして話すが……。
「そぉれっ」
「お、お止めなさい!! は、破廉恥ですよ!!!!」
声の主が遂に目の前に登場したかと思えば、胡坐をかいて座る俺の上に一切の躊躇無く着席。
心も、そして体も魅了してしまう淫靡な瞳で此方を真っ直ぐに見つめて来る。
女性らしい柔らかい太ももの感触、そして背に当てられていた二つの物体が今は己の胸に当たって気が気じゃない。
「やっと……。本物の御顔を見られる事が出来ましたわ」
両の腕を俺の首に絡ませて朱に染まった端整な顔が確と俺を捉えた。
月の淡い光を受けた白き髪、女性らしい丸みを帯びた体。そして背筋の肌を泡立たせる吐息が零れる形の良い唇。
そのどれもが息を飲む美しさであった。
「そ、そうですか……」
ふいっと視線を明後日の方向に逸らして話す。
直視したら抑え付けている何かが炸裂してしまいそうですもの……。
「私の御顔は此方ですわ」
それを大魔の血を引く彼女が許す筈も無く、アオイの左手がそっぽを向けていた顔を強制的に正面へと向けさせる。
「あ、あのねぇ。ルーを見習いなさいよ。ちゃんと狼の姿で入ってくれているでしょ??」
「へ?? レイド――。何か言った??」
「ほらな?? ちゃんと…………。ってぇ!!!! 何で人の姿になってんだよ!!!!」
先程までそこに居た筈のずぶ濡れ狼は姿を消失させ、代わりに一人の女性が湯の効能を堪能していた。
灰色の長髪が湯で濡れ、桜色に染まった肩が白濁の液体から覗き、湯の効能を受けて心地良い角度に上がった口角。
そのどれもが可愛いと頷けるのですが……。君達は正常な距離感を保つ様にと、一度真の保護者にこっぴどく叱られるべきですね。
「え――。だってこっちの方が気持ち良いんだもん。安心して――。そっちには行かないから――」
「そういう問題じゃありません!! り、倫理観ですよ!!!!」
えぇい!! どいつもこいつも!!
『フンフンフンフン!! よ、よぉし!! もう少しで出口だぞ!!!!』
お前も少しは大人しくしろよ!!
今にも噴火していまいそうなこの状態を悟られぬ様に腰を引くのは難しいんだぞ!?
「ですって?? 安心しましたわ。邪魔者が入らないかどうか不安でしたので」
「邪魔者??」
何を言っているんだ??
そんな感じで首を傾げて話す。
「えぇ……。今から、レイド様と……。契りを交わすのですから」
「っ!!!!」
この目は……。ヤバイ。
以前、無人島での襲撃事件が一瞬で脳裏に浮かんだ。
た、確かあの時は……。
「懐かしいですわ。ほら、あの無人島でもこうして二人で湯に浸かりましたよね??」
「そう、ですね」
俺と同じ考えに至った様だな。
夏のイケナイ記憶を思い出したのか、ふと目元が柔らかく曲がる。
「あの時は邪魔が入ってレイド様の、その……。ふふっ、命を頂けませんでしたので。今日こそは二人の命を混ぜ合わせ、新しい命を私のここへ……」
淫靡な笑みを浮かべて己の下腹部に視線を送ってしまった。
「だ、だ、駄目です!!!! とても了承できません!!!!」
「安心して下さい。私がちゃんと責任を持って育てますから」
「そういう問題じゃないって!! こういう事はちゃんと段階を経て、然る時、然るべき場所で行うの!!」
「今がその時では??」
今度はアオイが不思議そうに首を傾げる。
「あ、あのねぇ。まだやるべき事が沢山残っているんだ。任務だったり、魔女だったり。とてもじゃ無いけど今はそういう事をするべきじゃないと思うんだよ。大体、子供を作るってさ。彼女だったり、夫婦の関係だったりする仲の男女が交わす行為だろ?? 俺とアオイは確かに、仲は良いけど……。大切な仲間だと俺はそう考えているから。そういう事はちょっと、ね」
勝ち誇った笑みで俺を悠々と見つめている彼女へド正論を放ってやった。
「う……」
「う??」
「嬉しゅうございます!! レイド様は私の事を大切だと仰って下さいましたわね!!」
「あ、はい。大切な友人であり仲間です」
満面の笑みを浮かべるアオイへと言ってやった。
やっと理解してくれたんだな。
「大切。それは心も体も預け合う仲という解釈に至りましたわ」
前言撤回。ちっとも理解していないじゃないか。
「勝手にこじつけない。兎に角、そういう事は出来ませんので。悪しからずぅんぐむっ!?」
「無粋な言葉を漏らす御口は閉じて貰いましょうか」
にこっと笑い、何処からともなく現れた糸で口を塞ぐ。
「んっふ――!! んん――!!」
解いて下さい!!!! 駄目ですって!! こういう行為は!!
「まぁ!! 私と一つになりたいと!?」
言ってねぇ!!!!
「分かりましたわ、レイド様。お互いの肉体……いえ!! 魂まで溶かし合い……。身も心も全て混ぜて一つになりましょう」
「やめふぇ!! はなふぇふぇ!!」
体を捩じり、両手で突き放そうとするが糸は既に俺の自由を完全に奪っていた。
体のどの部分も動かせそうにない。
「レイド様、怖がらないで下さい。これはとても気持ちの良い事ですのよ?? 自然の摂理なのです。私を……。受け入れて下さいまし……」
「こういふかたふぃじゃなふぁ、受け入れるふぁもしれふぁいけど!! はなふぃて!!」
「うふふ。私も初めてですので……。少しばかり緊張していますわ。ですが、始まってしまえば気にならないと母様が言っていましたわ」
フォレインさんめぇ!!
大事な娘さんに何て事を教えてんだ!!
「あの美しい星々を数えていて下さい。その間に、終わりますから」
「それふぁ、男のふぇりふ!!!!」
「んっ。レイド……様ぁ」
んげ!!
遂に覚悟を決めたのか。
意を決した様にきゅっと目を閉じて、潤いと淫らな液体が混ざり合う魅惑の唇をこちらへと向けて来た。
「ん――んぐぅ!!」
「んっ。動いたらいけませんわ……」
首を捩じろうとも、両の手で動きを制限され。体を動かそうものなら糸がそれを良しとしない。
退路は完全に……断たれたな。
迫り来る魅惑の数々に俺の体は抵抗する事を諦めてしまった。
子供、か。
アオイの子供はきっと可愛いだろうなぁ。
白い髪になるのかな??
蜘蛛の一族の子は皆女性になるって言っていたし。きっと可愛く育つだろう。
「…………。温泉はそういう事をする場所じゃないって。テメェの母親から習わなかったのか?? えぇ??」
「ファイ――――!!!!」
「ちぃっ」
『くそがっ!!!! 後少しだったのに!!』
眼前まで迫っていたアオイの唇が舌打ちを放ち、性欲さんが悪態を付くと柔らかくて恐ろしい魅力を放つお肉がそっと離れて行く。
た、助かったぁ。
「あ――。マイちゃん。どうしたの?? 継承召喚なんかして」
へっ?? 継承召喚??
ルーの言葉を受け、アオイ越しにマイを見ると……。
「ガルルゥゥ……!!!!」
見なきゃ良かった。
憤怒と怒気がこれでもかと絡み合った表情を浮かべ、右手には黄金の槍を携えている。
そしてその右腕は細かく震え今にもあの槍がこちらへ向かって投擲されそうだ。
「どうしたも、こうしたも無いわよ。あのクソ馬鹿野郎共に正義の一撃を放りに来たのよ」
や、やっぱり。
「男女の営みを邪魔する無粋な者は始末に負えないですわねぇ」
「あぁ?? 無粋ぃ??」
そこまで!!
これ以上龍を刺激しないで!!
「私は今からレイド様と……。一つになりますので、関係無い者はどうぞ他所へ行って下さい。あ、それとも羨ましいのですか?? ごめんなさいねぇ。女性の魅力を兼ね備えた者こそがレイド様に相応しいのですよ。それ相応の物をお持ちでない貧相な方に用はありませんのであしからず」
「…………」
や、やっべぇ。
アオイの言葉を受け取り厚みを増した深紅の魔力が彼女から滲み出る。
そしてそれは槍へと伝わり黄金と深紅が混ざり合ってしまった。
いよいよ、か。
「どうしたのですか?? 良く回る舌が今日は回りませんわねぇ??」
「ち……」
ち??
「地平線の彼方までぇ……。吹き飛べやぁぁああ――――ッ!!!!」
「ふぁめ……。ぬおわぁぁああ――っ!!!!」
マイが放った槍が温泉に突き刺さると同時に俺の体はまるで羽毛の様に空高く放り出されてしまう。
同時に湯も宙に浮かび彼女の一投で湯が……。綺麗に割れてしまった。
「はにゃ――!!」
宙に浮かぶ刹那。
ペロが俺と同じく宙に舞い、今まで見た事の無い速度で回り続けているのを視界が捉えてしまった。
あれ、大丈夫かしら??
「いでっ!! おぬぐっ!?」
ペロの心配をしている場合では無かった。
浅い湯に着地した臀部が水深を突き破って石が敷き詰められた地面に尻をしこたま打ち、上空に舞った湯が滝の様に襲い掛かる。
「んぶぶ……。ぶはっ!!!! 馬鹿野郎!! こ、殺す気か!!!!」
勢い良く湯から立ち上がり、新鮮な空気を肺一杯に取り込んで叫んでやった。
「手加減したわよ。私が本気を出したら、あんたの体なんか炭一つ残らないわ」
「それでも人に向けていい攻撃では無いでしょう!?」
当たり所が悪かったら絶命してしまう恐れもあるのですからね!!
「大体、あんたが甘いから…………。ェ゛ッ!?!?!?」
「プハっ!! マイちゃん!! 洪水起こしちゃ駄目……。わぁぁ……」
「まな板!! レイド様を……。まぁっっ!!!! ふふっ、流石レイド様。大地に深く根を下ろす大木の様に御立派ですわぁ……」
マイ、ルー、アオイが俺の一点を見つめ。
今にも卒倒してしまいそうな程赤くなったり、驚愕の表情を浮かべたり、ウットリした表情を浮かべていた。
君達、一体どこを見て……。
「っ!!? ち、ち、違う!!!! これは違うんだ!!」
何が違うとその詳細は言えませんが。
可笑しな角度で慌てて腰を引いて白濁の湯に下半身全てを沈めた。
「レイド様ぁ。アオイの体、お気に召したのですか??」
「いや――。すんごいの見ちゃったなぁ」
止めて??
恥ずかしくて死にそうだから。
「こ、この……。二度ならず、三度も変な物見せやがってぇ!!」
「お、落ち着け!! マイ!!」
「五月蠅い!! テメェの頭の中の煩悩全て砕いてやらぁ!!」
「せめて石突きの部分で……。はごすっ!!!!」
マイが二度の投擲を見事に俺の顎へと命中させた。
彼女なりの優しさなのだろうか。それとも俺の慎ましい願望を聞き入れてくれたのか。
鋭い穂先では無く、恐ろしい速度で襲い掛かって来た石突が綺麗な角度で顎を砕いてしまった。
「うわぁ。痛そう」
「レイド様!! おのれ……。傍若無人の薄板め!! これでも食らいなさい!!」
アオイが髪の中に隠し持っていたクナイをマイに目掛け投擲。
「おっそ。欠伸が出るわ」
それをいとも簡単に右手の鋭い爪で弾き落とす。
「二人共いいぞ――!! やれやれ――!!」
ルーの陽気な声が温泉に響く中。
何とか意識を保つ事に成功した俺は彼女達の騒ぎを隠れ蓑にして、そそくさと移動を開始した。
これ以上、厄介事に巻き込まれるのは御免だ。身の危険処か命さえも危いのだから。
どうか、気付かれませんように……。
「おらぁ!! そこのみみっちぃ動きのクソ鼠!! どこ行くんじゃあ!!!!」
「き、き、着替えですぅ!!」
マイの声に背筋が思わず伸びてしまい、湯の中できちんと正座の姿勢を取って彼女へそう伝えた。
お願いですから解放して下さい……。明日も厳しい稽古が待ち構えているのですよ??
「蜘蛛を退治したら説教だからな!? そこで正座して待ってろや!!!!」
「貴女には不可能だと何度私に言わせる気なのですか??」
「あはは!! いいねぇ!! 二人共頑張りなよ――!!」
それから暫くの間。
龍の咆哮と、蜘蛛の嘲笑う声と、狼の陽気な声が入り混じり浴場は混沌と破壊の渦に包まれていた。
当然。
矮小な力しか持たない俺はその中ではちっぽけな存在となり、ほとぼりが冷める迄肩身を狭め恐ろしい嵐が早く過ぎ去ってくれるよう只静かに祈り続けていたのだった。
お疲れ様でした。
本文が長文でしたのでいつもの下らない話は割愛させて頂きますね。
沢山のいいね、ブックマークそして評価をして頂き誠に有難うございました!!
投稿する時に確認させて頂いたのですが……。思わず『えっ』 と声が出てしまいました。
いや、まさか週の初めにこんな嬉しい便りが届くなんて思っていませんでした。本当に嬉しい執筆活動の励みとなります!!
さて、間も無くこの長編の中間地点に差し掛かるのですが。物語の結末が未だに決まっていない状況なのです。
勿論、大まかな結末は決まっていますが。その結末にとあるエピソードを加えるかどうかを迷っていると言えば正しいですかね。
長々と執筆してもいいのか、将又スパっと割り切って次の話へ突入すべきか……。実に迷います。
梅雨の季節に突入しましたので体調管理には気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




