第八十九話 彼と彼女が苦手とするモノ
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
真の黒が空一杯に広がる頃。
龍と蜘蛛の頂上決戦が漸く鎮まり、空に浮かぶ月は静寂が訪れた事に安堵の息を漏らして俺の頭上を優しく照らしてくれる。
頃合いと見計らった俺は冷たい大地と決別を果たして惨たらしい死体の擬装を解除。体中に広がる痛みと疲労を隠せぬまま静かに立ち上がり、土と泥そして痛みに塗れたままの状態で平屋へ戻って来た。
「――――。ははっ、ひっでぇ面だな」
「笑うなら止めてくれよ、ユウ」
大部屋で俺の姿を見付けると同時に屈託の無い素敵な笑みを零す彼女に言ってやった。
そのまま部屋に上がり疲労と怪我の治療に専念する為、寛ごうとすると。
「お――。揃っておるの」
「師匠。どうしたんですか??」
三本のフワモコの尻尾を揺らしつつ師匠が平屋へと足を踏み入れた。
「明日の予定を話そうと思うてな」
軽い足取りでぴょんと部屋に上がり、各々の顔が見渡せる位置へと移動する。
「そんな事より、御飯はまだなの??」
「マイ。失礼だぞ」
こいつは……。その事しか頭に無いのか。
「安心せい。飯は嫌という程食わせてやるわ」
「うっひょう!! それが聞きたかったのよね!!」
「卑しい豚ですわねぇ……」
「あぁんっ!? テメェの良く回る舌をぶっこ抜いて牛の舌と交換すんぞ!?」
そうなればアオイの清らかな声は失われ、代わりにモゥモゥと可愛く鳴くのか。
それはそれで一度位なら見てみたいですけども……。
喧嘩を始めるのはいい加減お止めになって頂きたいのが本音で御座います。
これ以上貴女達の攻撃を受け続けたら四肢が千切れ飛び、気苦労によって心が破壊し尽くされてしまいますから……。
「乳繰り合うのは後にせい。明日は六時起床。六時半から訓練場で朝の稽古を始め、朝食を終えて休憩したら午前の稽古を始める。午後からは脂肪の塊と相談するのでまだ決まっておらん」
「え――。もうちょっとゆっくり寝ていたいなぁ」
「ルー、良い機会だと思え。これほど充実した場所と人材は他には見当たらんぞ」
「リューは鍛える事しか頭に無いからそんな事が言えるんだよ」
それは若干言い過ぎのような……。
「あ、そうじゃ。言い忘れるとこじゃったわ。明日はアレクシアも合流するぞ」
「え?? アレクシアさんが来るんですか??」
カエデと一緒に行動したと言っていたし。
ついでに礼を述べておこうかな。
「明日に来る予定じゃったからな。お主達とは違って、あ奴は向上心の塊じゃ。女王の気概、己の強さを磨きに良くここへと足を運んでおるよ」
「ふぅん、そうなんだ。久々に会うわね。カエデはちょっと前に会ったんでしょ??」
マイが随分と寛いだ姿勢のカエデに視線を送る。
「えぇ。ここで会ってから王都で色々と散策に出掛けました」
「ハーピーの女王共々鍛えてやるから、そのつもりでおれ」
「了解しました」
アレクシアさん、か。
組手をした事無いし。一つ頼んでみようかな??
…………。
いや、俺じゃ相手にならないかも。
ハーピーの里で会敵した時は殺されそうになったからね……。
「皆さん!! お待たせしました!! お食事の時間ですよ――!!」
「よぉ!! 久々だな!!」
アレクシアさんの狂暴な姿を払拭してあの大変美しい姿を思い描いていると、モアさんとメアさんが両手一杯に食事を乗せた盆を持ち平屋へと入って来た。
いや、来てしまったと言うべきか。
師匠との稽古もそうだが此処の食事はそれ以上に気を張る必要があるのです!!
さぁ……。集中しろよ?? 何度もあの黒の外蓑を羽織った骸骨さんのお世話になる訳にはいかないからな!!
「久々ね!! 元気そうで何よりよ」
「そりゃどうも。てか、マイは私達より食事の事しか頭に無いだろ」
メアさんが陽気な笑みを浮かべて円状に座る俺達の前に食事を並べていく。
「無きにしも非ずってところね!!」
「おぉ!! 美味しそうだね!!」
ルーは喜々として輪の中心に置かれる食事に対して目を輝かせて見ているが。
俺は相も変わらず気が気じゃ無かった。
アレ……、はいるのかな。
『レイド……』
左隣のカエデが小声で俺に話し掛けて来た。
恐らくアノ事でしょうね。
『どうした??』
左に耳を傾けて話す。
『先日、此処で食事した時は定石通り揚げ物でアレが出て来ました』
『それは鉄板だな』
彼女同様小声で、他の面々に聞こえぬ様に呟く。
『私は運良く普通の食材を口にしましたが……』
『その時、アレを食べたのは??』
『先生です』
『エルザードが!?』
これは予想外だ。
この事を知っているのは俺とカエデのみ。
有無を言わさず、カエデの小さな口に捻じ込むかと思っていたのに。
『自分の悪運の強さに感謝しましたよ。その時ばかりは』
『だろうな。今日はどんな風に…………』
「ひぃっ!!!!」
不穏な雰囲気を感知して正面に視線を送ると。
「……っ」
モアさんが目元を鋭い三日月型へ変化させてこちらを見つめ、口元を歪に曲げて背筋が凍ってしまう笑みを浮かべていた。
え、えっ??
ま、まだ俺達は貴女様の気に障る事は一切していませんよ??
「…………」
カエデもその姿を捉えるとさっと顔の血の気が引いてしまう。
そりゃそうだ。
きゅぅぅっと曲がった瞳の奥をじぃっと見つめると、黒くて禍々しいナニかが瞳の中で蠢き。数十秒程度直視してしまえばきっと心が病み、更に数分以上見つめてしまえば誰構わず暴れ出して狂人化してしまうのは目に見えていますから……。
数多多くの不思議な経験、そして恐ろしい戦いを経験している俺とカエデすら恐怖を覚えてしまうのだ。
ふ、普通の人間があの顔を見たらきっと正気が保てなくて卒倒してしまいますよ。
「どぅしたんですかぁ?? 御二人でコソコソと御話してぇ??」
「あ、いや。今日の稽古について話し合っていたんだよ。な?? カエデ」
左肘で彼女の右腕を優しく突く。
カエデ、話を合わせてくれ。
「そうです。マナの存在、魔力の使用方法等多岐に渡る事象について話していたんですよ」
流石だな。
一瞬で俺の話に合わせてくれた。
「へぇぇ――。魔法、ねぇ」
御免なさい。気絶してしまいそうだからその顔のまま近付かないでくれます??
俺達の前にちょこんと座り、下からじぃぃっと様子を窺う様に顔を覗き込んで来た。
相も変わらず、三日月型に曲がる瞳には精気が宿っていない。
ど、どうやったらこんな目になるんだ。
「そ、そうなんだよ。いや――。慣れない事はするもんじゃないなぁ」
「肩が凝りますよね」
「肩?? つまり、疲労が蓄積されている、と??」
変な角度に首を曲げて話す。
「き、来たばかりだから。いつもよりかは疲れていないけど」
「でも、疲れているんでしょぉ?? 実は!!!! 疲労回復に効く『食材』 があるんですよぉ」
「い、い、いいえ。結構です」
彼女の不気味な雰囲気に押されて声が上擦ってしまう。
マイ達とは別の意味で怖いよ……。
「でも残念だなぁ――。本日の夕食に私の『可愛い子供達』 は含まれていませんのでぇ」
「へ?? そうなの??」
「えぇ……。突然の訪問でしたからねぇ。ですが、疲労が蓄積されているようなので。明日のどこかの食事に特別な食材を御用意させて頂きますぅ」
それは勘弁して下さい!!
「楽しみにしておいて下さいねぇ??」
「お――い、モア――。御櫃持って行ってくれ――」
「あ、うんっ!! 分かった――!!」
メアさんの声を受けると一瞬で普段の優しい顔に戻り、漸く俺の前から立ち上がってくれる。
は、はぁ――。怖かった……。
そして、その去り際。
「……………………逃げたら。分かっていますよネ??」
「「っ!?」」
俺とカエデの顔を凍てつく表情で見下ろし、強く念を押すと平屋の出入り口へと向かい軽快な足音を立てて去って行ってしまった。
「カエデ、見た??」
「は、はい……。あの表情から察するに、私達の命は明日尽きてしまうでしょう」
「ど、ど、どうしよう?? 俺、まだ死にたくないよ」
「当たる確率は七分の一です。そこに賭けましょう」
「俺の運の悪さを知っての発言??」
「――――。贄が必要なのです、誰かが生き残る為には……」
「い、嫌だ!! これ以上こんな所にいられるか!! 夕食を摂ったら帰るぞ!!」
明日の凄惨な光景を想像すると声を上げずにはいられなかった。
どうせ!! 何やかんやあって俺の口に捻じ込まれるんだろ!?
惨たらしい死体に変化する前に帰ってやる!!
「レイド、その台詞は自分の首を絞めていますよ??」
「知った事か!! 死ぬよりかはマシだ!!」
「どうしたの?? 取り乱しちゃって??」
いつの間にかエルザードが右隣りに座り、俺とカエデの様子を不思議そうな表情で見つめていた。
師匠同様、服を着替え楽そうな格好で寛いでいる。
…………。
裾、短くない??
「いや。別に……」
変な食材を食べたくないから帰りますとは勿論言えない。
何故なら。
「…………」
ホクホクの白米が満載された御櫃を運びながら、死神擬きがこちらの様子をじぃっと窺っているからだ。
俺達の一挙手一投足を見逃すまい。そして、アノ事を他言したら……。
『分かっていますよネ??』
あの目は確実にそう言っていた。
「それより怪我は大丈夫?? 狐に大分痛めつけられていたけど」
「え?? あ、うん。何んとか動けるまでに回復したよ」
エルザードの発言を受け、死神擬きから視線を外してエルザードの方を見る。
距離感がちょいと間違っていますけど、正面で配膳を続けるあの顔に比べれば随分とマシ……。じゃあないな。
こっちもこっちで長時間直視したら見惚れてしまう恐れがあるので慎ましい秒間隔で眺めましょう。
「呆れた耐久力ねぇ。普通なら立ち上がる事も出来ないわよ」
「頑丈さには定評があるんだよ」
魔法が使用出来ぬ俺の唯一の取り得です。
「屈強な体……。優秀な子種を宿している証拠よねぇ??」
背筋がゾクリと泡立つ視線をこちらに送る。
御飯時にそんな目は止めなさいよね。いや、通常時でも駄目ですけど……。
慌てて正面に視線を戻すと、いつの間にか馨しい香りを放ち魅力溢れる食事の数々が用意されていた。
「「「おぉぉ――――っ!!」」」
マイの声を主に輪を作る者達の感嘆の声が漏れるのも頷けた。
夏の燦々と降り注ぐ光と豊饒な大地の恵みを受けて育った新米。
御櫃の中に盛られた白米達は早く口に運んでくれと白い蒸気を放ち、横に添えられている美しい黄色が目立つ卵焼きが白米と手を繋いで仲良く座っている。
大皿の上には新鮮な野菜と鶏肉の炒め物が損失した筋力の疲弊を癒せと雄叫びを上げており。
そして何より、今しがた目の前に配られている白い円筒状の陶器に入れられた乳白色の液体が否応なしにジャブジャブと唾液を分泌させた。
「メア!! この小さな茶碗に入れられた物は何!?」
正面遠くに座るマイが喜々とした表情で叫ぶ。
「それは狐の嫁入り修行って呼ばれている食べ物だよ」
狐の嫁入り修行??
何処からどう見ても茶碗蒸しなんだけど……。
「狐の里の女性はこの料理が出来ないとお嫁さんに行けないって言われているのですよ」
死神擬きさんがメアさんの言葉を補足する。
勿論、通常時の瞳の色で。
「そうそう!! 慣れれば簡単だけど、結構奥が深いからなぁ。作る人によって味が違ったり、具材が違ったり。それの良し悪しで評価が変わるんだってさ」
へぇ、そうなんだ。
それは初耳ですね。
「珍しい色の食べ物ですね」
カエデが小さな受け皿を手に持ち、茶碗蒸し……。基、狐の嫁入り修行を物珍し気に眺めている。
「あれ?? カエデ、食べた事無い??」
「うん。初めて見る」
あ、そっか。
海の中じゃ獲れない食材が入っているからな。
それは当然、対面も同じ事のようで。
「は、早く食べようよ!!」
「だ――!! まだ待てって!! 食事の用意が揃ったら食えよ!!」
ガイノス大陸出身の龍はユウが止めなければ直ぐにでも茶碗蒸しに襲い掛かりそうな勢いですからね。
「卵の優しい柔らかさと、出汁の効いたスープ、銀杏椎茸等々。色んな食材が入っているんだよ」
俺が知っている限りではそうですけどね。
「どれ、皆に行き渡ったかの??」
師匠が俺達の様子を窺い話す。
「ちょっと!! 早く!!」
貴女はもう少し感謝すべきですよっと。
マイの言葉に少々顔を顰めながらも、師匠が続け様に口を開いた。
「消耗した体力と筋力は飯を食らって治せ。食い残しは許さぬぞ?? では、頂きます」
輪の中央に並べられた料理に対し、一礼をすると。
「「「頂きます!!!!」」」」
俺達も師匠に倣い、小さく一礼をして食事を始めた。
先ずは茶碗蒸しかな!!
小さな受け皿を左手に持ち、手繰り寄せてその香りを楽しむ。
「う――む。良い香りだ」
「ふふ、可笑しな顔しているわよ??」
「これから感じる味を想像しているんだよ」
運ばれて来た酒をちびりと飲むエルザードに言ってやった。
「では、頂きます」
小さな木の匙で乳白色の塊を掬う。
そして、どこか懐かしくて優しい味を思い出す様にゆるりと口へ運んだ。
「…………んまい!!」
小さな塩気と出汁の効いたスープ。
卵の甘味と柔らかさが口の中で手を取り合えばあら不思議。
舌が歓喜の声を上げてしまうのも大いに頷けた。
「うんまぁぁあああああいっ!!」
マイの大袈裟……。
いや、その気持は分かるぞ。
美味い物を食べれば自ずと声を上げたくなるよな。
只、貴女だけでは無くて他にも食事を摂っている方が居ますのでもう少し小さく叫んで欲しいものです。
「美味しい」
「だろ??」
隣の海竜もご満悦の様子。
大きな藍色の眼を更に大きくして、小さな御口へ茶碗蒸しを運んでいる。
「これが、銀杏??」
匙の上に乗る緑色の種子をこちらに見せて話した。
「そうそう。ほくっとして優しい感触だよ」
「…………本当だ。優しい、ね」
もむもむと咀嚼を続けてこちらを見つめる。
カエデらしい行儀の良い食べ方だな。
「ぷはぁっ!! 茶碗蒸し御馳走様でした!! 次は米よ、米!!」
アイツも少しはカエデの作法を見習って欲しいものですよ。
一番乗りでドカドカと御櫃に向かって大股で進み、丼にこれでもかと白米を盛って行く。
行儀良くしなさいよね。此処は貴女の家じゃないのだから。
「はわぁ………。お米さんだぁ」
丼に乗せて形を整えた白の山を蕩けた表情で見つめる。
今から感じるであろう白米の味をもう想像しているのか??
「お肉と野菜――。それに卵焼き――っと!!」
手際が良いってもんじゃない。
視線で追えぬ速さで取り皿に料理を乗せると、浮足立ち元いた場所に戻って行った。
「相変わらず、食い物の事になると見境無いわねぇ」
俺と同じ感想をエルザードが代弁する。
「俺が言っても言う事を聞いてくれないんだ。魔法の授業なんかよりも先ずはアイツに行儀を教えてやってくれ」
「言って聞くのなら、ね。フィロの奴どんな教育してきたのよ……。全く」
その昔、共に行動を続けていた友人に対して苦言を吐くとやれやれと言った感じで酌を進めていた。
「レイド、食っておるか??」
「あ、はい。頂いております」
エルザートとの間。
その狭い空間にちょこんと小さな体で座りこちらの様子を窺ってくれる。
そして静かに、受け皿に乗ったお稲荷さんを手元から畳へと置いた。
「食っておらぬでは無いか」
空になった小さな陶器を見つめて話す。
「まだ食事は始まったばかりですよ?? これから調子を上げていくんです」
「ふぅむ、そうか。ほれ、稲荷じゃ。食え」
細い指で稲荷を一個摘み、にぱっと明るい笑みを浮かべて此方に差し出す。
「い、いえ。自分で取りますよ」
師匠に気を遣わせるべきでは無い。
そう考え、受け皿に乗る稲荷に手を伸ばすが。
「これ!! そっちじゃない!! こっちじゃ!!」
「あいたっ!!」
三本の内、一本の尻尾が俺の手をぴしゃりと叩く。
皆の前ですよ??
そういった行為は控えて頂けると幸いです、はい。
「…………汚れた手で、食べたく無いわよねぇ??」
ほらぁ、こうなる。
「はぁ!? ちゃんと食事前に洗っておるわ!!」
「そうかも知れないけどさぁ。この鬱陶しい尻尾の毛、なんとかならないの??」
俺の手を叩いた衝撃で宙に舞う大変お綺麗な金色の毛を手で振り払いながら話す。
「き、貴様!! 金色に光り輝く儂の尻尾を愚弄する気か!!」
「ほら、レイドを絞め殺そうとした時。体に抜け毛が物凄く付着したでしょ?? 気持ち悪くなかったのぉ??」
寿命が縮む選択肢をこっちに振らないで!!
「そんな事無いよなぁ?? のぉ??」
「え、えぇ。特別気にする事はありません」
「ふふん。それ見た事か」
俺の言葉を受けえへんと胸を張り、酔いが回り始めて頬をぽぅっと朱に染めるエルザードを見返す。
「察する事が出来ない女は悲劇よねぇ。師の立場を悪用して、無理矢理認めさせているじゃない」
「そんな訳あるか!! のぉ!!」
「も、勿論です」
師匠、五本に増えた尻尾全部をこちらに向けないで頂けます??
昼間に受けた痛みがそっと甦る。
「ほらぁ。そうやって弟子を虐める――」
「喧しい!! 食え!!」
「頂きます!!!!」
この騒ぎを収める為にやむを得ない行為だ。
師匠の右手から稲荷を口に入れ、咀嚼を始めた。
おっ。んまい!!
甘じょっぱい皮の味に、丁度良い塩梅の酢飯が良い味を出している。
「どうじゃ??」
「んふぁいです」
「そ、そうか!!」
にこりと笑い、尻尾がいつもの三本に減る。
はぁ、良かった。
これで絞殺される恐れは……。
「…………。レイドぉ。これ、飲んでぇ??」
「ぶっ!!!!」
こ、こいつはぁ!!!!
女性なら誰しもが羨む豊満な胸の上に御猪口を器用に乗せ、これ見よがしにそして惜しげもなく己の性の武器を見せつけて来た。
当然、俺の視界は一瞬で暗闇へと包まれた。
「見るな……。見たら命が無くなると思え」
「それは大袈裟ではありませんか?? まぁ見はしませんけども……」
師匠のふわふわの尻尾に視界を遮られながら話す。
「え――見てくれないのぉ?? ほぉら。こっちの水はあまぁいわよぉ??」
水じゃなくて、お酒でしょうが。
「その鬱陶しい脂肪。削ぎ落とすぞ」
「や――。嫉妬――?? レイドぉ、私こわぁい!!」
「お、お止めなさい!!」
温かく柔らかい何かが俺の上に覆い被さる。花の香りが染み込んだ尻尾に視界を遮られて見えませんが恐らく、酔っ払ったエルザードが俺の膝上に乗ったのでしょうね。
「貴様ぁ!! 離れぬかぁ!!」
「エルザード!! お前、酔っ払っているだろ!!」
「えへへ――。酔っていませんよ――??」
酔っ払いが使う常套句を垂れ流し、より体を密着させて来る。
肌、あっつ!!
酒の所為か、普段半ば無理矢理感じさせてくる肌よりも大分火照っていた。
「ねぇ――。飲んでよぉ??」
「ふぉの状況をみふぇの発言ふぁ??」
視界どころか、顔全てが師匠の尻尾に包まれ己の吐く息で顔全体が熱い。
「いいわ。直接飲ませてあげる。ん――――……」
「止めぬかぁ!! 至高の尻尾に鬱陶しい顔をくっつけるな!!!!」
顔全体をぎゅうぎゅうと締め付けて来る多くの尻尾、そしてそれを何んとかこじ開けて無理矢理酒を飲まそうとする横着なお肉……。
もう嫌。誰かこの二人の大魔の暴走を止めて下さい。
――――。
「うえっ。向こう側すげぇ事になってんぞ」
「ふぁんっ??」
ユウの言葉を受けて漸く底が見えて来た丼から正面に視線を戻すと。
「エルファード!! はなふぇふぇ!!」
「えへっ。や――」
「殺すぞ!! 貴様!!」
ボケナスの周りに二人の大魔が集りやんややんやと騒ぎを起こしていた。
「ふぁむ……。んんっ。エルザード酔ってるわね」
美味しい白米をコクンっと飲み終えて話す。
「だな。顔、真っ赤だし」
白く端整な顔は朱に染まり、口元がだらしなく緩みっぱなし。吐く息は若干の甘さを含んで終始陽性な感情を体全体から放出。
酔っ払いが見せる表情そのものであった。
「ま、私は別に気にしないわよ。向こうが騒ぐ分、食べられる量が増えるからね。お代わりいこっと!!」
空になった丼を持ち、輪の中央へと歩む。
「むっ。マイ、それは何杯目だ??」
私よりも先に御櫃の前に到着していたリューヴが私の空になった丼を見て言う。
「ん?? これで……七杯目、だと思う」
確かね。
「違うぞ――。それで八杯目だぞ――」
背後からユウの声が私の発言を訂正した。
ありゃりゃ、まだ八杯か。
もっと調子を上げていかないと此処にあるお米ちゃん達が無くならないじゃん!!
「八……。くそぅ。こうしてはいられん!!」
「あはは!! 精々頑張る事ね!!」
しゃもじで丁寧に白米を盛って立ち去る背に言ってやった。
私を越えようなど……。百年早いのよ!!
「ね――。ここ、柔らかいでしょ――??」
「ど、どこ触らせて……。どぶぐっ!!」
「んぎゃ――!! その手を退かすのじゃぁ!!!!」
あっちもそろそろ片が付きそうね。
イスハの気持ちの良い右正拳がアイツの腹に食い込むと、何だか体がぐったりして来たし。
見慣れた私達からはいつもの痴話喧嘩だけど、零距離で体験しているアイツにとってはすんげぇ恐ろしく見えるんでしょうねぇ。
まっ!! 特に心配する必要もないし!! たぁくさん食べよ――っと!!
私はおかず一式と八杯目のこんもりと盛られた丼を両の手に乗せ、軽く弾む様にユウの隣へと戻って行った。
お疲れ様でした。
本日、といっても先程までの話なのですが。この長編のプロットを只管執筆していたら指先にピリっとした痛みが……。
そう、指先が湯治を所望しているのです!! と、言う訳で。日曜日は車を使用して少し遠くのスーパー銭湯へ赴いて炭酸風呂へ浸かって来ます。
御風呂で疲れを落として、帰りに美味しいまぜそばのお店へ寄って。忙しそうな日曜日になりそうです。
いいね、そしてブックマークをして頂き有難う御座います!!
もう間も無く五百話到達なのですが、それに向けての嬉しい励みとなりました!!
これからも引き続き温かい目で見守って下さいね。
それでは皆様、引き続き休日を御楽しみ下さいませ。




