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第八十七話 その身に刻め!! 烈華七星拳!!!!

皆様、お疲れ様です。


本日の投稿なります。


二話分続けての投稿になっており、少々長めの文となっておりますので予めご了承下さい。


それでは、どうぞ。




 やっとの思いで大変柔らかい心地良さを与えて来る二つの横着なお肉さんから解放されると、首が悲鳴を上げ想像以上の痛みが筋肉に襲い掛かっていた。


 左右にゆっくりと頭を傾け首の筋肉を解して四肢へと流すのだが……。依然痛みは引かずにいた。



「師匠。俺の首、曲がっていませんか??」


「安心せい。しっかり真っ直ぐに伸びておるわ」



 そうですかね。左右どちらかへ勝手に曲がって行く様な気がするのですけども。


 首に残る疲労と痛みに一抹の不安を残しつつ静かに立ち上がった。



「では、これから儂自ら稽古を付けてやる。ありがたく思え」


「はいっ!! 宜しくお願いします!!」



 快活な声を出して師匠へ向かって頭を垂れた。


 さぁ、いよいよ始まるぞ!!


 待ち望んでいた師匠からの御指導に体が、心が逸ってしまいますよ!!



「でりゃあ!!」


「どっせい!! マイ、蹴りが軽いぞ!!」


「嘘!? のわぁっ!!」



 おぉ、あっちもあっちで始めているな。


 マイの素早い上段蹴りを右腕一本で受け止め、そのまま左手で掴むと明後日の方向へとぶん投げる。


 ユウらしい力技だ。



「そう言えば、師匠」


「何じゃ??」



 組手に備え互いに軽い運動を行い、体を解しながら会話を続ける。



「今日の稽古はどんな感じです?? いつもの様に組手中心で行きますか??」


「う……む。今日は少し難儀な稽古を付けてやる」


「難儀?? 高度な技を教えて頂けるのですか??」


「技もそうじゃが。そろそろお主にも儂の戦い方を見せてやろうかと思うてな」



 師匠の戦い方??


 恐らくそれは苛烈で激烈な格闘術の事だろう。



「良いか。今までお主には様々な教えや技を見せて来た」


「えぇ。そう言えば、ルー達の里の付近で会敵した相手に桜嵐脚を浴びせてやりましたよ」



 あの黒の戦士へ放った一発。


 可能であれば師匠にも見せてあげたかったのが本音だ。会心の一撃って感じでしたもの。



「ほぅ!! それは是非見て見たかったのぉ」



 背後に見える七本の内、数本の尻尾がぴくりと動く。



「俺も少しは上達しましたかね??」


「奢るなと言ってやりたい所じゃが……。儂とお主の違いを見せてやろうか。カエデ!! ちょっと来い!!」



 此方から離れた位置でアオイと組手を繰り広げているカエデを呼び寄せる。



「…………。呼びました??」


「うむ。そこに土の人形を作ってくれ。そうじゃな、大きさはオーク共と同じ位で構わん」


「分かりました……」



 彼女が手を翳して魔法陣を浮かべると土が盛り上がり俺よりも頭半分程大きい土の人形が現れた。


 カエデ巨匠が作り上げた土の彫刻はあの可愛い絵とは違い、無表情且只そこに存在するだけの土人形であった。


 此処であのやたらと可愛い造形をお披露目したら稽古のやる気が削がれてしまう恐れがありますからね。



「これで宜しいですか??」


「上出来じゃ。ほれ、レイド。あの土人形に桜嵐脚を浴びせて見せろ」


「分かりました。体の回転、滞空時間も考慮すると……。龍の力を少し解放しますけど構いませんね??」


「勿論じゃ」



 よしっ!! 俺が成長した姿を師匠に見せてやろう!!



「ふぅぅぅ……。はぁっ!!」



 目を瞑り、体の奥底に眠る龍の力の欠片を右手に集中させる。


 少しずつ……。そう。


 体の奥底から矮小な砂粒を集めて……。小さな石礫を作る感じだ。



「お待たせしました!! 行きます!!」



 脚力を解放して土人形へ向かって数舜で距離を詰める。



「はぁああああぁあ!! だぁっ!!!!」



 左足の筋肉に力を籠めて宙に浮かび、独楽が回転する要領で己の体を激しく回転。


 目まぐるしく変わる風景、しかしそれでも己の体の芯がブレない様に全身の筋力を作動させて力の方向を一点に定める。


 そして強力な遠心力を得た脚力を激烈に打ち込んでやった。



「…………。よし!! 絶好調!!」



 右足の甲に素敵な感覚が広がると土人形が見事に弾け飛び周囲に土埃が舞う。


 いつもは着地が不格好だが、今回は着地も見事に決まりましたね!!


 我ながら上出来だ……。


 砕け散った土人形の上半身を捉え、一つ大きな安堵の息を漏らした。



「まぁ、そんなもんじゃろう」



 あれ?? お気に召しませんでした??


 師匠が子供の児戯を見つめる様にふっと小さく息を漏らして話す。



「カエデ。悪いがもう一体同じ奴を作ってくれぬか??」


「分かりました」



 同じ位置に土人形が現れ、そこへ向かって師匠がフワフワの尻尾を揺らしてテクテクと歩み寄って行く。



「良いか、レイド。極光無双流の神髄は……。透き通った心じゃ」


「えぇ。澄み切った水面、ですね??」


「うむ。お主には口を酸っぱくしてそれを教えて来た。じゃからそれは周知の通りじゃと思う。しかし、こと戦闘方法については触れずに来た。何故じゃか分かるか??」



「…………申し訳ありません。若輩者の自分には理解しかねます」



「戦いは時に烈火の如く熾烈に燃え上がる時もあろう。大切なのはそれに飲まれぬ事じゃ。心は水、そして……。熱く燃え上がるのは拳!!」



 師匠が言葉を放った刹那。



「えっ!?」



 彼女の体から閃光が迸りそれが収まると。体の奥から滲み出た淡い光が師匠の体を包む。


 その光は山の稜線に沿って移動する白き霧を彷彿させる柔らかい動きを見せているが……。



「すぅ――。ふぅ――……」



 師匠が大きく呼吸を整え集中力を高めて行くと、その光が右足へと流れ爪先に集約された。



「刮目せよ!! これこそが極光無双流の一撃じゃ!!!! ふんっ!!!!」



 脚力を解放して宙に舞い俺のそれと比べられない程の回転数で体を回転させ、土人形へと蹴りを打ち込み華麗に着地。


 俺の桜嵐脚は土人形を破壊し尽くしたが……。師匠が雷撃を放っても人形は壊れる事は無くその場に依然と存在し続けていた。



 あれ?? 当たった、よな??



「…………。イスハさん、お見事です」



 カエデが藍色の瞳を大きく見開いて師匠を迎える。



「じゃろ??」


「あの……、師匠。外していませんよね??」



 今も変わらぬ姿で立ち続ける土人形を見て話す。



「勿論じゃ。ほ――れっ」



 師匠が地面の小石を手に取り、土人形へと投げる。


 美しい放物線を描き小石が土人形に当たると……。



「っ!?」



 胴体の部分が少しずつ横にずれ落ち、肩口から右の腰へ袈裟切りの要領で刻まれた美しい切断面を覗かせた。



「う、嘘だろ??」



 外れたと思ったのが実は当たっていたのか……。



「お主の技の威力は申し分無い。しかし、この先それでは通用せぬかもしれん。分かっておると思うが魔物達はマナを利用して魔法を使う。儂が今見せたのは己の内に秘める魔力を爪先に集約させて放ったのじゃ」



「つまり、技と魔力を融合させた。と??」


「そうじゃ。極光無双流は己の中に秘める力を拳に宿して相手に打ち込む。放出系の魔法が苦手な儂が独自に昇華させたのじゃよ」



 ほぅ。成程……。



 俺が放った技は物理的には効果があるが、魔法……。例えば結界なんかが良い例かな。


 それを打ち破るには想像以上の物理の力が必要とされるが今師匠が放った様に。技に魔力を付与させれば容易く切り裂けるって事か。


 俺も可能であれば極光無双流の神髄、並びに攻撃方法を習得したいが……。



「ですが……。自分には魔力はありませんよ??」



 口惜しいけど師匠が御使いになる拳は無理そうだな。



「いいえ。そんな事ありませんよ?? いつも使用している念話。それは矮小な魔力を消費して使用します。恐らく、マイから受けた龍の契約で譲渡された力の中に魔力を発生させる根源があったのでしょう」



 カエデが詳しく説明してくれるが、自分の内に眠る魔力の源については良く分からなかった。



「じゃあ……。知らず知らずの内に俺は魔力を使用していたの??」


「そうです」


「そう……なんだ」



 自分でも要領を得ない内に魔力を使用していたとはね。


 これはこれで驚きだ。



「魔力の源はあります。しかし、それを多用し過ぎるのは控えて下さい」


「多用し過ぎるとどうなるの??」


「体が疲弊して最悪死に至ります」



 うげっ。



「体力みたいな物じゃよ。すっからかんになればそれを補う為、他の場所からそれを補う。体の体力を根こそぎ持って行かれたら生命活動は出来なくなるからのぉ」


「掻い摘んで話すと……。俺の中には確かに魔力の源が存在して、それを多用すれば死に至ると??」


「はい。先生のそれと比べると……。大海と砂浜の砂利位の差ですかね。比べるのも失礼な程の差があります」



 もうちょっと優しく言って欲しかったなぁ。


 物事を正確に話すカエデらしいけどさ。



「微量な魔力の根源を如何に戦闘に利用するか。今日はそれをお主の体に叩き込んでくれようぞ」



 師匠がふふと笑い、拳をぎゅっと握る。



「魔力を拳に宿す。それはイスハさんの方が詳しそうですね。私は魔力を宿して殴打するのは苦手ですから」



 そうカエデが話すと、スタスタとアオイの下へと戻って行ってしまった。



「あ、あの。師匠??」


「何じゃ??」


「出来れば……。口頭で話して頂ければ幸いです」



 師匠が放つ攻撃に体の耐久力がもつかどうか、先程の土人形がどうなったかを鑑みれば自ずと知れよう。


 上半身と下半身を綺麗にお別れさせる訳にはいきませんからね。




「口頭で説明するより。拳で言葉を交わした方が早いじゃろうて」


「そ、そのぉ。魔力の使い方?? それに、宿し方も習っていませんので……」



 高揚感が抑えきれない様子で屈伸運動を続ける師匠へ懇願するが、果たして通じるのかしら??



「問答無用!! ほれ!! さっさと構えんか!!」



 師匠が準備運動を終えると左手をすっと上げ、体を斜に構えるいつもの型を取り脚に力を籠めた。



「先ずはせ、説明をして下さい!!」



 一応、型を取り師匠の攻撃に備えるが……。



「組手をしながら説明してやるわ!!」


「ちょっ……。はぬがっ!!」



 師匠が大地を蹴ると一瞬で此方との距離を詰め、熱い光が篭った拳で俺の顎を跳ね上げてしまった。



 な、何て速さだよ!! は、速過ぎて目で追えない……。



「目で追うな!! 馬鹿者!! 相手の気を感じるのじゃ!!」


「いてて……。気って何ですか??」



 痛む顎を抑えて今にも崩れ落ちそうな体を必死に支える。



「力の根源。体を穿つ殺気。魔力の波動。流転する筋力。呼吸の強弱。視覚のみで捉えるのではなく、五感全てを駆使し感じるのじゃ」



「それら全てひっくるめて気、だと??」


「そうじゃ。戦闘では刹那に状況が変わる。それを感じ取れぬ奴から死んでいくのじゃよ」


「簡単に言いますけど……。その五感の一つである視覚が既に喪失しそうですよ??」



 頭が揺らされたお陰で師匠の姿が先程からぐにゃりと揺れ曲がり定まっていない。



「喧しい!! 魔力を使用する第一歩は……。相手の力の源を探る事と知れっ!!」



「探る?? 探るって言ったって……。ごるわぁぁああ!!」



 師匠の姿が消えたと思いきや。頬に気持ちの良い雷撃が突き刺さった。


 地面を転がり続ける内に痛みが徐々に増していく。


 だ、駄目だ!! このままじゃこ、こ、殺される!!!!



「はぁっ!! ふんっ!!」



 咄嗟に受け身を取って体勢を整えて立ち上がり、弱った俺へ追い打ちを仕掛けて来る師匠に備えて構えを取った。


 しかし……。想像していた追撃は生じず。代わりに身の毛もよだつ光景を捉えてしまった。



「すぅ――……」



 師匠が心静かに感覚を研ぎ済ませ、迸る光を両の拳へと集めて行く。


 腰の両脇に置かれた拳に淡い赤が灯ると。



「はぁっ!!!!」

「げぇっ!?!?」



 腹の奥から更に深層、精神の奥底へ重く響く圧が放たれた。



「し、師匠……。えっと……。その赤く光る拳は……」


「儂の魔力を少しだけ拳に集約させたのじゃ」



 感覚的に何となくそれは理解出来るのですが。一体全体、何故今それをする必要があるのかを問うているのです。



「そ、そうですか。じ、自分の体は師匠が考えている以上に頑丈ではありませんので。可能であればそれを解いて、素の拳で……」




「絶対的な絶望に追い込まれても心を乱すな。絶え間なく変化する状況の変化を見逃すな。さすれば矮小な光が一縷の望みへと変わり、拙い希望は確固たる望みへと変わる」




 わ、矮小な光!?


 こ、こんな状況でどうやって掴めと言うのですか!?


 今にも此方へ向かって襲い掛かって来そうな師匠へ向かって瞬き一つせず注視していた。


 見逃すなよ……。一瞬でも気を切ったら確実に死ぬからな!!!!




「命芽吹く春の嵐が過ぎ、世界には溢れんばかりの生命が満ち溢れる。烈火の猛暑よりも我が拳は熱く、そして熾烈なりっ!!!!」



 や、やっべぇ!! 来るぞ!!


 腰を深く落とし、全方向からの襲撃に備えた。



「貴様の体に刻んでやろう。我が烈拳を、そして修練された技を!!!! 立ち塞がる敵を穿つのじゃ!!!!」



 き、き、来ちゃ駄目ですって!! 師匠!!!!


 体から溢れ出る恐ろしい魔力の圧が大気を震わせていますし可愛い御顔が……。て、敵を滅殺する時の殺気に塗れた恐ろしい御顔に変化していますよ!?




「天に光り輝く極光きょくこうの名!! 地に轟くは無双のけんっ!!!! その身に刻め!!!!」




「ふぅ……。ふぅぅ――……!!!!」



 呼吸を乱すな、集中しろ!!


 く、来るぞ!! 迎撃態勢を整えろ!! 相手の圧に飲まれるなよ!?!?




烈華七星拳れっかしちせいけん!!!!」




 師匠が深く腰を落として脚力を炸裂させるとほぼ同時。



「ぐぁっ!?!?」



 顎に激烈な痛みが生じた。


 う、嘘だろ!? き、消えたと思ったら……。


 捻じ曲がった顔を元の位置に戻すと。



「ずぁっ!!!!」

「うぐぇっ!!」



 右の脇腹に鳴ってはいけない音が鳴り響き。



「ぜぇいっ!!」

「おごぶっ!?」



 続け様に左の脇腹にも同音が。



「はぁぁ!!!!」

「あぅっ!! うぐっ……」



 左右の鎖骨、そして人中。


 人の急所目掛けて寸分違わぬ穿たれる攻撃に意識が朦朧としてきた……。


 な、何て素早く的確な攻撃の連続なんだ。こ、これが師匠の技。烈華七星拳、か……。



「これで……。止めじゃぁぁああ――――!!!!」


「うぎぃぃああああ――っ!!!!」



 心臓の真上に呆れた衝撃が発生すると同時に師匠の体が遠ざかって行く。


 一切の攻撃の繋ぎ目を消失させた七か所への超連続攻撃。


 あ、有難う御座います、師匠。確とこの身に貴女の技を刻みました。


 そして出来ればもう少し優しく刻んで頂きたいのが本音でしたよ……。



 意識が白い靄に包まれる中、勝利を確信して満面の笑みを浮かべている我が師へと苦言を吐いてあげた。










 ――――。



 ふむっ!!


 久々にこの技を使用したが……。我ながらまずまずといった所か。



「……」



 儂の技を受けた馬鹿弟子がボロ雑巾の慣れの果ての姿へと変わり地面に横たわっている。


 心臓は動いておるし、力の鼓動も途絶えていない。


 少々手加減したとは言え、儂の半分の力を真面に受けて絶命に至らないのは天晴じゃな。



「さて!! もう一度叩き起こして稽古を……」



 馬鹿弟子の下へ意気揚々と歩み寄ろうとした刹那。



「……」

「ッ!?!?」



 な、何んと。頼りない足取りでありながら大地へ両の足を突き立て、儂と対峙するではないか!!


 あ、ありえんじゃろう。


 儂の技を真面に食ったのじゃぞ??



 馬鹿弟子からの反撃を予想して咄嗟に半歩下がり構えを取ったが……。



「……」



 弟子から動く気配は掴み取れなかった。



「むっ……。気絶したまま立ち上がったのか」



 焦点の定まらぬ視線、生気が失せた構え、指先一つでも押せば倒れてしまいそうな体躯。


 傍から見れば死の間際の最後の悪足掻きにも見えるが……。



「…………」



 奴から放たれる漲る闘志、歴戦の勇士さえも慄かせる殺気、そして思わず唸ってしまう勇気が儂に一歩踏み出す事を躊躇させた。



 こ、こ奴めぇ!! 数多多くの強敵を屠って来た儂を躊躇させるとは……。


 何んという孝行者じゃ!!


 儂は嬉しゅうて、嬉しゅうて……。ふ、ふふ!! 喜びが満ち溢れて心が壊れてしまいそうじゃよ。



「――――。はれっ?? え?? 何で俺、立ってんだ??」



 気が付いたか。


 己が置かれた状況を確認する為、何度も瞬きを繰り返して儂と己の体を見つめておる。



 むぅっ。


 儂がワクワクする闘気が消えてしもうた……。折角、馬鹿弟子の骨の髄まで味わってやろうとしたのに……。



「これ、稽古の続きをするぞ」


「へっ?? あ!! そうでした!! 宜しくお願いします!!」



 ふふ、そう喜ぶな。儂も貴様と拳を交わすのは何よりの楽しみなのじゃから。


 さぁ……。儂達がおる高みへと登って来い。儂はいつまでもお主を待っておるからな。



「あ、あれ……。体が思い通りに動かない……」


「ふふんっ。そういう時は一発殴られたら動くのじゃよっ」


「そ、そんな事ありませんって!! それは師匠の道理です!!」



 ふぅむ……。まだ儂の教えが体の芯まで伝わっておらぬ様じゃなぁ。残念じゃ。



「安心せい!! 儂の言う事は間違っておらぬから!!!!」



 足に魔力を籠め、この場に残像を残して馬鹿弟子の懐へ刹那に到達。



「や、やめ……。うげぇっ!!!!」



 型を取る前に馬鹿弟子の腹部へ大変温かな指導を与えてやった。


 さぁ、まだまだ行くぞ!! お主の骨の髄、いいや。心の奥底まで儂の神髄を叩き込んで分からせてやるからのぉ!!!!




























 ◇



「戯けが!! 丹田に力を籠めろ!!!!」


「いやぁぁああ――――!!!!」



「…………。レイド様、大丈夫でしょうか??」



 アオイが組手を止めて、イスハさんの攻撃を受け続けてボロ雑巾にされていくレイドの方へ心配そうに視線を送っている。



「大丈夫ですよ。…………多分」



 手加減をするとは思いますが。


 相手は私達よりも数段上の実力を持った大魔の一人、心配は尽きぬ所ですね。



「魔物が等しく持つ魔力の根源。レイド様に説明しました??」


「えぇ、軽くですが」


「そうですか……。驚いているでしょうね。自分にそんな力が眠っていると」


「恐らく龍の契約で得た力の一つです。レイドも案外嬉しいんじゃないですか??」


「嬉しい?? 姿形は人ですが。中身は人間と龍の力を宿した半人半魔。色々と思う所はあるのでは??」



 アオイの心配そうな声が響く。



「そんなんじゃレイドは落ち込まない。逆に、私達に追いつけると思って喜々としている筈」


「そうだと良いのですけどねぇ。あぁ!! レイド様に何て事を!!」



「何を呑気に寝ておるのじゃ!! 立てぃ!!!! 足を踏ん張り、腰を入れぬかぁ!!」



 小石を蹴るが如く。地面に惨たらしく横たわるレイドの腹部へイスハさんの蹴りが襲い掛かる。



「ぎゃばすっ!!!!」



 そして、それを受けた体は面白い様に地面を転がって行ってしまった。


 普通の人間でしたら、今の一撃で内臓がやられていますね。呆れた耐久力です。


 私が受けたら……。止めよう。


 考えるだけでお腹が痛くなって来た。



「ちょっとぉ。おさぼり中なの??」


「先生」



 気の抜けた声を発しながら先生がこちらに歩み寄って来た。



「レイドの様子を見ていました」



 正直な答えを述べて我が師を迎えてあげる。


 此処で言い訳を放ったらもっと酷い指導が待ち構えていますからね。



「あのクソ狐。私のレイドを好きな様に殴りつけて……。これが稽古じゃなかったらレイドに代わってぶん殴ってやる所よ」


「先生はレイドの中に眠っている力。直ぐに気付きました??」


「え?? あぁ、勿論よ。龍の力、魔力の根源。別の場所にあるものだけどね」



 …………うん??


 別の場所??


 龍の契約から得た力じゃないの??



「先生、それって……」


「はぁい。休憩はここまで。アオイ、カエデ。使い魔を召喚しなさい。この際だから二人の使い魔も鍛えてあげるわ」



 話の腰を折られてしまった。


 まぁいいでしょう。今度時間がある時にたっぷりと伺えばいいのです。



「分かりました。アオイ、準備は宜しいですか??」


「えぇ。…………行きます!!」



 互いに魔力を解放して両手を掲げて魔法陣を浮かべた。



「アオイ様。御用件は如何程でございますか??」

「じゃじゃ――ん!! カエデにゃん!! 呼んだかにゃ!?」



 漆黒の羽に身を包んだ烏がアオイの肩に乗り。


 私の目の前には陽気な虎猫が満足気にキュゥっと口角を上げて腕を組んで立っていた。



「東雲。貴女も私と共に稽古に参戦しなさい」


「それがアオイ様の御要望なら……」



 東雲はアオイの真面目な性格が反映されたお陰ですんなりと言う事を聞いてくれて羨ましいですよ。


 それに対して私の使い魔ときたら……。



「ペロ。ちゃんとしなさい」


「へっ?? してるじゃん。最近、季節が変わったせいか。抜け毛が激しくて困っているの」



 主人の言葉を流して堂々と毛繕いを始めてしまう。


 どうもこの性格は治りそうにありませんね。一度、誰も見ていない所で捻じ曲がった性格を矯正すべきでしょうかね??



「二人共、準備は出来た??」


「えぇ。出来ましたわ……って。そちらも既に準備が出来ているようですわね」



 アオイが振り返ると先生の両脇を見て声を上げた。



「よぅ!! 久々だな!!」


「エルザード様……。またあの使い魔の相手ですか??」



「お久しぶりです。ベゼルさん、オーウェンさん」



 先生の右脇には黒の毛に覆われた巨躯の犬。


 そして左には以前お世話になった黒猫が呆れた顔でペロを見ていた。


 ペロがオーウェンさんの姿を捉えると。



「あ――っ!! オーウェン先生!! お久しぶりですぅ――!!」


「こ、こら!! 抱き着くな!! 離れろっ!!!!」



 ペロより一回り体の大きな黒猫の胸元へ飛びつき、地面の上に二頭の猫が仲良く転げ回っていた。




「なぁ。エルザード。俺の相手は誰だ??」


「あそこにいる烏よ」



 アオイの右肩に留まる東雲を指差して話す。



「烏ぅ?? けっ、みすぼらしい体だな。どうせなら……。その豊満な胸を舐めまわしたいぜ」



 嫌らしく舌を垂らし、粘度の高い透明な液体を地面に零して先生の胸元を凝視する。



「ふっ。卑猥な奴め」


「あぁ!? んだと!?」



 東雲の声が彼の癪に障ったようだ。


 一瞬で漆黒の魔力がベゼルさんの体外に溢れ出す。



 ふむ……。放つ魔力は中々、そしてあの巨躯から繰り出される膂力と鋭い爪。


 敵との戦闘の際、先生は距離を置いて魔法に特化した戦闘方法を選択する。つまり近接戦闘を得意とする者が現れた場合、相手をその場に足止めする為に適した使い魔ですね。



 いいなぁ……。私の使い魔も早く彼と同じ位の力を持って欲しいものですよ。



 そうすれば状況に応じてペロを使役出来るのに。


 仮に今戦闘時に召喚したとしても。



『無理無理っ!! あぁんな怖い敵の足止めなんか無理にゃ!!』



 召喚を嫌がって出て来てくれそうにありませんからねっ。




「東雲。気を付けない。あぁ見えてかなりの実力ですわよ??」


「御忠告有難う御座います。ですが、あの程度の者ならば私の翼に掠る事も叶わないでしょう」


「はっ、んだよ。随分と下に見られたものだなぁ?? えぇ??」


「下の者を下に見て何が悪い??」


「てめぇ!! ぶっころ……」



 漆黒の魔力を纏ったまま東雲へ襲い掛かろうとすると。



「ぐぬべっ!?!?」



 何か大きな塊が飛来してベゼルさんの無防備な脇腹へと着弾した。



「いでで……。おぉ?? レイドじゃねぇか!!」


「あ、あぁ……。ベゼルか。ひ、久々だね??」



 息も絶え絶えにそう話す。


 半分塞がった左目、今にも事切れてしまいそうな気力、そして傷だらけの体。


 満身創痍とは正にこの事ですね。



「こら――!! はよ戻ってこぬかぁああああ――――っ!!」


「は、はいいぃぃ……。ベ、ベゼル。受け止めてくれて助かったよ……」


「お、おぉ。そっちもまぁ…………。う、うん。頑張れ」



 呆気に取られるベゼルさんの体をポンっと叩き、傷だらけの体を引きずってイスハさんの所へと戻って行った。



「あぁ……レイド様ぁ。待っていて下さいまし。後でアオイがその傷を癒して差し上げますわ」


「レイド様……。私の羽で籠った熱を冷まして差し上げます……」



 その姿を一人と一羽が名残惜しそうな目で見送る。



「なぁ、エルザード。あの二人。頭どうかしたんじゃないのか??」


「殴って目を覚ましてあげなさい」



 やれやれと言った感じで先生が息を漏らす。


 しかし。


 本当に大丈夫なのだろうか。


 今日の稽古は一段と苛烈だ。


 今も激しい攻防を繰り広げているレイドとイスハさんの姿を見てアオイ程じゃないけど心配の種がそっと花を咲かせてしまう。



「…………安心しなさい。あぁ見えて、ちゃんと手加減しているから」



 先生が私の心情を察したのか、イスハさん達の方を見て声を上げた。



「あれで、ですか??」


「そうよ?? 大体半分位かしらね?? 使っている力は」


「半分……。逆に言えば、大魔の力を半分も引き出しているのですね」


「ふふ、物は言いようね。さ、あんた達も組手を再開させなさい。体力を付ければ自ずと魔力の容量も増えるから」



「分かりました。アオイ、続けましょう」


「分かりましたわ。東雲、あちらで御犬さんの相手をなさい」


「了解しました」



「ペロ。あなたもちゃんと……」


「オーウェン先生!! あっちに珍しい鳥が飛んで行ったにゃ!! 見に行きましょ――!!」


「え、えぇい!! 尻尾を引っ張るな!!」



 はぁ……。


 じゃれる猫二匹を捉えてしまうと私の向上心が削がれてしまう。


 困った物ですね。



「何をしておる!! 膝を着くなど、敵の前で負けを認めたものぞ!!」


「は、はいっ!!」



 レイドも頑張っている事ですし。私も頑張りましょう。


 彼の悲壮な声が一度萎えかけた私の向上心を刺激する。


 後で怪我の治療しなきゃ。今は辛いかも知れませんが頑張って下さいね??


 羽毛の如く吹き飛ばされて行く彼の身を案じるも、今は己に課せられた課題を克服する事が先決であると気持ちを固め。卓越した回避技術を持つ蜘蛛の御姫様へと向かって行った。





お疲れ様でした。



本文でも触れた通り彼はこれから狐のお師匠さんと同じ拳の道を歩んで行く事となります。


どの様にして成長していくのか。そして、お師匠さんから受ける過酷な指導を堪能して頂ければ幸いです。



ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!!


いや、何んと言いますか……。本当に嬉しいの一言に尽きます!!


これからも皆様のご期待に添えられる様、引き続き投稿を続けさせて頂きますね。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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