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第八十四話 我が師へと捧げる供物

皆様、お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 少々早過ぎる時間に本部に到着した所為か、御機嫌斜め且大変眠たそうに大欠伸を放つレフ少尉へたった一晩で完成させた報告書を颯爽と渡して大通りへと舞い戻って来た。



 上官である彼女の御機嫌を伺う為に、早い時間なのにいつもお疲れ様ですと。いつまでもうだつが上がらない腰の低い御用伺いの所作を真似て申したら。



『あ――、はいはい。そりゃど――も。これで大丈夫だからさっさと帰れ』



 想像とは真逆の辛辣な言葉を此方に向かって放り投げて来た。



 自分はたった一人の部下なのですからね。もう少し、さ。心温まる労いの言葉を掛けてくれてもいいじゃないか。


 いやまぁそれが彼女の仕事ですから致し方ないとは思いますけれども……。


 残念な気持ちを引きずっていてもしょうがない。気持ちを切り替えましょうか!!


 今日から師匠の所で気持ちの良い汗を流す予定なのだ。歩き疲れて疲労困憊の馬みたいな顔を浮かべて向かったらそれこそひんしゅくものですし。



 西大通りの中腹。



「そこおねぇさん!! 俺と遊びに行こうよ!!」


「え――。私ぃ、待ち合わせをしててぇ――」


「いいじゃん!! ちょっとだけ!!」



 本日も男女で賑わっている銀時計前の広場を普段と変わらぬ歩調で通過して街の中央へと向かっていた。



 えぇっと……。師匠への手土産は何がいいかなぁ??


 髪飾りはエルザードに。簪はフォレインさんに贈ったし。別の物がいいでしょうね。


 何も物に拘る必要は無い。


 無難に菓子折り類にしようかしらねぇ。


 中央屋台群に差し掛かり、本日も人が蠢く波を見て大変苦い顔を浮かべてしまう。



 今日も無駄に人が多いな……。だが此処で足を止めていても何も始まらない。


 あの中に美味い物が売っているかも知れないし。一周だけ回って、それでも気に入った物が見つからなければ南大通りへ向かいましょう。



「はぁ――い。進んで下さいね――!!」



 額に汗を浮かべた交通整理員のお兄さんの許可を得て、轟音犇めく人の波へと突入した。



「いらっしゃい!! 朝といったらこれ!! おにぎりだよ!!」


「じゅわりと口の中で広がる肉汁!! これを食べなきゃ損ってもんさ!!」



 爽快に晴れ渡った空の下、屋台の店主達が鎬を削り。大勢の客を呼び込もうと策を練った呼びかけ合戦が繰り広げられている。


 鼻腔を擽り食欲を掻き立てる香りもあってか、彼等と客達が放つ熱気は否応なしに人へ陽性な感情を湧かせる事であろう。


 あの食欲の権化がこの熱気を気に入るのは当然であり、混雑が苦手な人でも楽しめる場所。それが此処、王都名物中央屋台群だ。



 名物と謳われる程の活気に満ち溢れているのは結構。しかし……。それにも限度がありますよ。



 人一人がやっと歩ける空間の中で可能な限り他人との接触を避ける為、普段のそれと比べると随分縮こまった所作で流れに沿って歩いていた。




「ん――。美味し――!!」


「ね!! これ大当たりだよ!!」



 お嬢さん達。


 何をそんなに美味しそうに食べているのだい??


 俺の前を歩く若い女性二人組の背中からは陽性な感情が駄々洩れていた。



「あそこのお店。行って正解だったでしょ??」


「うん!! 舌が溶けちゃうよ」



 舌が溶ける?? 何とおぞましい食物だ。


 昨今の店主達はお客さんにとんでもない劇物を売り捌いているのか。幾ら利益を得る為だとはいえ、犯罪行為はとても了承出来ません。


 ……、勿論。彼女達が放った言葉は比喩だとは分かっていますよ??



 さり気なく背伸びをして彼女達の手元を見下ろして件の品を確認させて頂いた。



 俺の手の平大程の大きさの焼き菓子、なのかな。


 それが可愛い齧り口で削られ中身が露呈している。


 う……む。


 外皮は小麦粉で作られこんがりと焼かれ、中身は小豆であろう。


 齧り口の断面から餡が露出した黒が食欲を湧かせる。


 大きさも然る事ながら味も見た目も良さげだ。師匠への贈答用に丁度良いかもしれない。



「…………あの。すいません」



 そう考え。意を決して、前の二人組に声を掛けた。



「はい?? 何でしょう??」



 一人の女性が静かに振り返りクリクリした目で俺を捉える。



「お忙しい所申し訳ありません。その食べ物、どこで売っていましたか??」



 優しそうな表情の彼女の手元を指差して問う。



「え?? これ、ですか??」



 突拍子も無い質問に呆気に取られ、手元の茶菓子に視線を送っていた。


 すいませんね。突然お呼び止めしてしまい更に変な質問を与えてしまって。



「はい。その……凄く美味しそうでしたので。自分も賞味したいと考えまして」


「その制服は……。ふふっ、兵隊さんなのに甘い物が好きなんですね??」



 いや。正直甘い物はそこまで得意じゃありません。


 贈答用に購入したいのです。



「はっ。まぁ……。えぇ、そんな所です」



 体の奥からポっと湧いて来る小恥ずかしさを誤魔化す為、後頭部を掻きながら話す。



「これはここから大分戻った屋台で売っていましたよ。この人の流れだと……。流れに沿って移動した方が楽ですね」



 彼女が大きなお目目で周囲を見渡して話す。



「その焼き菓子の名前は??」


「月見餅、ですよ」



 ふむ、月見餅ね。


 簡単な商品名で助かりますよ。



「お呼び止めして申し訳ありませんでした。それでは、失礼します」


「はい。いつもお疲れ様ですっ」



 彼女達に小さく頭を下げて人の流れに沿って移動を開始した。




「――――。男の人から声を掛けて来て、何事かと思えば……」


「これが気になったのね。残念だなぁ」


「うん?? 残念??」


「ほら。彼、良い体つきしてたじゃない?? 私、筋肉に弱いのよねぇ……」


「顔はまぁまぁだったし。今からでも声掛ければいいじゃない」


「そうしたいんだけど。ほら、もう見えなくなっちゃった」


「うっそ。…………あらぁ。早足なのねぇ」


「余程お腹が空いていたんでしょ。私達も色々楽しみましょ」


「賛成――」




 足に力を籠め、前を行く人波を巧みに躱して前へと進む。



 月見餅、月見餅っと。


 頭の中で目的の商品名を何度も復唱して、目まぐるしく移り変わる屋台に視線を送るが……。目的の品はまだ先のようだ。月見餅の影さえも見えてこない。



 安易な考えかもしれないが、女性は甘い物に弱い。


 マイ達も洩れなく甘い物が好きだ。きっと師匠も月見餅を気に入ってくれる筈……。


 日頃のお礼、そしてカエデがお世話になった事のお礼としては十分であろう。


 何より?? 俺もあの大きい茶菓子が気になっているのは事実だ。


 己の舌が溶けてしまうと比喩される菓子は一体どんな味なのか……。ちょっと食べてみたかったし。



「いらっしゃ――い!!!! 冬の空に浮かぶ名月にぴったりな焼き菓子は如何かね――!!」



 見えた!! 前方約二十メートル。


 恰幅の良い店主が妙に耳に残る声で客引きをしている。


 そして屋台の傍らに置かれている看板には。



『銘菓!! 月見餅!! くちどけ柔らか、仄かな甘味であの子もイチコロ!!』



 等と、こちらも違う意味で人目を引く文字で書かれていた。


 イチコロって。


 余程舌が感銘を受ける味なのだろうか??


 えぇい!! 食べてみれば分かる!!


 屋台の前に出来ている数名の列に並び、店主の様子を窺う。



「おじさん。何でこれ、月見餅って言うの??」


「真ん丸お月様に見立てて作ったからだよ!!」



 ほぅ。そういう事か。


 態々丸型に作ったのは彼が話す通り、月に見立てた為。


 季節が変わり、冬の夜長……。遅くまで起きている人は腹も減るだろうし大き目に作り長い間月見を楽しんでくれという事であろうよ。


 良く考えてあるなぁ。



「お兄さんお待たせ!! 何個買うんだい??」



 いよいよ俺の番か。


 先ずは味の確認をしたい。



「取り敢えず、御一つ頂けますか??」


「あいよ!!」



 包み紙に器用に包み、月見餅なる物をこちらに渡してくれる。



「お代は、三百ゴールドだよ!!」



 これだけの大きさだ。


 少しばかり高いかもしれんが止むを得まい。


 現金を渡して豪快に月見餅へと齧り付いた。



「…………美味しい!!」



 小麦で出来た柔らかい外皮を前歯で寸断すると、可愛い味の小豆ちゃんが顔を覗かせた。


 小豆特有の優しい甘味とズンっと響く小麦の厚い皮。


 舌で転がせば仄かな甘さの風味が鼻腔を抜け、もう一口齧れとこちらに合図を送って来る。


 こりゃ当たりだな。



「どうだい?? 美味しいだろ??」



 店主が満面の笑みを浮かべるのも納得出来てしまう。


 それ程の完成度の高さだ。



「えぇ、本当に美味しいです。贈答用に購入したいのですが……。詰める物はありますか??」



 目上の人に対して、流石に手渡しはちょっとね……。



「えっとぉ。あったかなぁ…………」



 屋台の下へ潜り込み、俺の我儘の元を探してくれる。


 すいませんね、無理言っちゃって。



「おぉ!! 兄ちゃん。これでどうだい!?」



 こちらに翳してくれたのは正方形の木箱。


 形もさることながら大きさも程よい。


 汚れも無いし……。



「それでお願いします!! すいません。我儘言っちゃって」


「いいって事よ!! お客さんのご要望に応えるのが店主の務めさ!! それで?? 何個詰める??」



 そうだな……。


 師匠だけじゃなく、きっとモアさんやメアさんも。そしてなし崩し的にマイ達も食べるだろうから……。



「十五個でお願いします」


「おぉ!! こりゃ上客さんだ!! 今詰めてあげるから待ってて!!」



 手際良く、正方形の箱中へと月見餅を詰めて行く。


 御一つ三百ゴールドだから、合計四千五百か。


 高過ぎても嫌味っぽいし、安過ぎても頂けない。両方の条件を満たす丁度良い額ですね。



「はい、御待ち!! 御代は……四千ゴールドでいいよ!!」


「え?? 少し安くありませんか??」



 正しい計算より、五百ゴールドばかし安い。



「沢山買ってくれたお礼だよ」


「いや、悪いですよ。箱も付けて貰っているのに……」


「男は細かい事気にしないの!! ほら、次のお客さんも待っているから!!」



 それじゃあ……。


 御釣りが出ない様に現金を渡して綺麗に蓋をされた箱を受け取る。



「毎度!! また来てね!!」



 店主の軽快な声を受け、再び人の流れへと戻った。


 ふふ。良い物を買ってしまったぞ。


 これならきっと師匠も満足してくれる事だろう。


 でも。


 やっぱり一つ当たりの量が少し多いかも。


 器用に右手で持つ、半分程欠けた月見餅を眺めそんな事を考えていた。



 まぁ……。女性は甘い物が好きだから大丈夫でしょう。


 手土産も購入した事だし、そろそろ集合場所に移動しないと。


 相も変わらず流れ続ける人の流れに沿い、西大通りに出るといつもの集合場所へ向かって呑気な速度で向かい始めた。

























 ◇




 朝食、昼食、夕食。


 一般的に一日には三度、食事する機会がある。


 当然私はそれでは飽き足らず何度も口から栄養を摂取している訳だが取り分け、朝食には気を遣っている。


 何せ、大切な一日の始まりを迎える食事だ。


 朝食が失敗すればこれを挽回する為に数時間後まで我慢しなければならない。


 この失敗の蓄積は由々しき物だと思うのよねぇ。居たたまれない数時間が一年の間に何回あると思う??


 つまり、それだけ幸せな時間を逃している訳。


 腹を満たし、且次の食事まで有意義な時間を満喫したいと思うのよ。


 これが私の朝の定義だ。




『マイちゃん。朝ご飯どうする――??』


『今、考えている所』



 朝の清々しい空気に包まれ、西大通りを進んでいると左隣のルーが呑気な念話を放つ。



『カエデちゃんから幾ら貰ったの??』


『…………これだけね』



 ポケットから現金を取り出してユウとルーに見せてやる。



『えっとぉ。三千ゴールドだね!!』


『って事は一人頭千ゴールドか。まぁまぁ食べられそうだな』



 千……か。私に取っては少々頼りない数字だが、無いよりかはましだ。



『出来る事ならもう少し貰いたかったわね。はい、ど――ぞ』



 均等に金額を分けて二人に渡してやった。



『十分だって。ほら、どうせ向こうで腹がはち切れんばかり食わされるだろうし……』


『ユウ。何尻窄んでいるのよ。最高じゃない!! 食っても食っても……次から次へと御飯が出て来るのよ!? 夢にまで見た桃源郷のようだわ……』


『そう捉えているのはマイちゃんだけ。私達は悪戦苦闘しながら御飯を胃袋に詰めているんだよ??』



 ふんっ。これだから胃袋が弱い奴は。


 食えば食う程体は強くなるのだ。


 それを疎かにしてはいかんのだよ?? 私が口を酸っぱくして何度言っても聞きやしないんだから。



『何だか想像したらお腹一杯になってきた。マイ、朝食は少なめにするか??』


『冗談。限度額一杯で満足する量と、味を探すわよ』


『そうこうしている間に集合時間過ぎちゃうじゃん。マイちゃん選ぶ時間長いし』



『だまらっしゃい!! 朝は外せないのよ!! 朝は!!』



 ふざけた台詞を吐いたお惚け狼のプリンとした尻を盛大に一発ブッ叩いてやった。



『びゃぁっ!! きゅ、急にお尻叩かないでよね!!!!』


『朝だけじゃないだろ。マイの場合』



 むぅ……。それは的を射た答えね。


 流石は我が親友。私の事を深く理解しているわ。



『は――……。これじゃあ私のお尻がどんどんおっきく……。うわぁ、朝なのにもうこんな人がいるんだ……』



 ルーの辟易とした声を受けて正面を見つめると。



『ほほぅ?? いいじゃない。活気があって!!』



 まだ朝も始まった時間だと言うのに私の楽園は人で溢れかえっていた。


 至る所で交わされている明るい笑み、そして店主達の活気溢れる怒号にも似た掛け声が否応なしに私の気分が昂らせる。


 堪らないわねぇ……。この喧噪と香りっ!!


 食とは正に人が生み出した文化の最高傑作と位置付けても問題無いだろうさ。



『朝はどちらかと言うと活気よりも静寂の方が好ましいなぁ。あたし的に』


『牛乳が中々出なくてモゥモゥ苦労している乳牛みたいに唸ってんじゃない!! ほら、行くわよ!!』



 中々足を踏み出そうとしない臆病者を他所に先陣を切り、人が蠢く流れへと飛び込んで行く。



『へいへい。ルー行くぞ』


『はぁ――い。足踏まれないようにしよ――っと』



 さて!!!!


 今日の朝ご飯は何にしようかしらね!!


 私の朝の定義に相応しい物はどこかしら……。


 嗅覚、視覚、そして私以外には理解出来ない第六感センスを最大限に高めて目を皿の様にして周囲を見渡す。



「いらっしゃい!! 新米で出来たおにぎりは如何ですかぁ!!」



 くっはぁっ!! いきなりそう来ましたか!!


 澄み渡った夏の空に浮かぶ太陽が燦々と光り輝き、清らかな水と土壌の栄養を吸い上げて育ってくれたお米はきっと最高でしょうね!!



 でも……。


 何故か、私の胃袋は待てと合図を出した。


 う……ん?? 違うの??


 私的には全然ありよ??



『わぁ、美味しそうなお米だね。マイちゃん、おにぎり食べよ??』


『…………。我慢ね』


『え――。あたしもおにぎり食べたいんだけど』


『私もよ!!!! でも、なぁ――んか感じない??』



『『何を??』』



 ユウとルーが仲良く首を傾げて声を合わせて話す。



『それが上手く説明出来ないから毎度困っているのよ。その何かが私に待てと問いかけて来るの』


『おいおい。要領を得ないな』


『そ――そ――。もっとはっきり言ってよ』



 それが出来たらそうしているわよ。


 後ろ髪引かれる思いでおにぎりを通過して私の決断を躊躇させるモノを求めて必死になって探し始めた。


 くそぅ。何だ、このモヤモヤした感じ。


 誰だ?? 誰が私に話しかけて来ているの??



 正体不明のかわいこちゃんの尾を捉える為、史上最強の嗅覚を持つ自他共に認める端整な鼻をヒクヒクと動かし。


 まるで二日酔いの鶏みたいに人の流れの中を右往左往。


 それでも私の心を惑わす子の尾を掴む事は叶わなかった。



 く、くそがっ!! こうなったらとことん探し回ってやんよ!!



『うわっ、出たっ。またあの顔だよ』


『あぁなったらアイツは止められん。ルー、少し我慢しよう。おにぎりはまた後で買えばいいし』


『そうだね。それがいいか……』



『ヴァンダムッ!!!!!!』


『びゃっ!! い、いっつも言っているけど急に変な声で叫ぶの止めてよ!!』



 き、来たぁああああ!! ついに捉えたわよ!!


 私の素晴らしい嗅覚が謎の正体の尻尾を漸く掴んでくれた。


 う、うふふぅ。やぁぁっと見付けたわよ?? さ、私をあなたの下へ誘って……。



『はぁ――。びっくりしたぁ』


『あの奇声が無ければまだマシなんだがなぁ』



 ふむ……、ふむっ。こっちかしらね。


 人間という障害物の塊を巧みに躱し続け、匂いの下を辿って行くと一軒の屋台が見えて来た。



「いらっしゃい!! 冬の夜長に月見餅は如何ですかぁ!!」



 月見餅?? 初めて聞く名前ね。


 屋台の看板には。



『銘菓!! 月見餅!! くちどけ柔らか、仄かな甘味であの子もイチコロ!!』



 等と、男らしい文字で書かれていた。


 イチコロ……。


 はっ、私の舌は肥えているわよ??


 それ相応の味じゃないと降参しないんだからね!!


 誰にでも確知出来てしまう高揚感を丸出しにして、屋台の前に並んでいる数名の列に加わった。




『えぇっと。月見餅?? 何だそりゃ』


『どんな物か想像つかないよねぇ』



 ユウとルーが遅れて私の後ろに並び、小首を傾げて看板を見つめる。


 ふふん。それが一体何なのか、アレコレと想像するのも楽しみの一つなのよ。



 不思議そうな顔で看板と店主の顔を交互に眺めている二人の姿を眺めていたのだが。


 いかん!! こうしてはいられん!!


 玄人である私はこの待ち時間でもやる事が山積みなのだ。


 鋭い鷹の目を以て店主の所作を監視し始めた。



「おじさん!! 三つ下さい!!」


「あいよう!!」



 陽気な中年女性が三本の指を立てて店主に個数を要求する。そして、店主が問題の月見餅を美しい手際で紙袋の中へとしまって行く。



 おぉう……。今チラっと映ったのが月見餅、か。


 見た目は特別変わり映えしない丸型の焼き菓子。


 しかし、私の眼は誤魔化せないわよ??


 ここからでもはっきりと形が分かったのだ。相当な大きさを有している筈。


 量が多いのは助かるわね。



「御待ち!! 九百ゴールドだよ!!」



 値段は少々張るわね……。


 あれ程の大きさなら仕方が無い、か。



「いらっしゃい!! お嬢ちゃん達、幾つ買うんだい??」



 さぁ、いよいよ私達の番ね!!


 私は店主に対し、堂々と三本の指を立ててやった。



 ごめんね?? 本当は十本立ててあげたいんだけど……。お金が無いの。


 お代の代わりに、その辺の人間をぶっ飛ばしたら沢山食べさせてあげるよと言われたら喜んで張り倒すわよ??



「三つね!! 一人ずつ包装しようか??」


 了承の意味を込めてコクリと頷く。


「了解!! ちょっと待っててね!!」



 あぁ……もう。早く……。


 海の中で仲良くお出掛けてしている蛸の男女達も思わず大丈夫かと心配にさせてしまう程に指を忙しなく絡め、無意味に爪先をカタカタと動かして私の愛おしい子が包まれて行くのを見つめる。



「お待たせ!!」



 おっしゃぁぁああ!!


 瞬き一つの間に代金を払うと颯爽と月見餅を受け取り、人目も憚らず人の流れから脱出して意気揚々と外周沿いに併設されているベンチへと向かった。




「こ、こ、こらぁぁああああ――――!!!! また貴女ですかぁ!? 今度私の目の前で勝手に横断したら本気で頭ブッ叩きますからねぇ――!!!!」




 へっ、やれるもんならやってみやがれ。


 こちとら喧嘩ならいつ何時、何処でも買ってやるわよ??



 毎度お馴染みになってきた交通整理の姉ちゃんからお叱りの声を頂き、女性らしからぬ所作と速さでベンチに腰掛けてやった。



『おふぅ。さぁて、どんな月見餅とは一体どんな物かしらねぇ??』



 これでもかと期待感を籠めて紙袋を開こうとした刹那。



『ちょ、ちょっと待ってよ――!!』


『置いて行くなよな!!』



 ふっ、君達が遅いのだよ。



『も――。先に食べちゃ駄目だよ。皆一緒に食べないと!!』


『わりぃわりぃ。ほら、隣空いているわよ??』



 プンスカと怒る彼女達に対して顎で両隣をクイっと指してやった。



『はいはいっと。んほぉ!! こりゃ美味そうだな』


『ね――!! 早速食べようか!!』


『『頂きます!!!!』』



 人目も憚らず口をあんぐりと開け、月見餅の重厚な外皮を前歯で齧り取る。


 すると。



『あふらぁぁああぁぁん。あんま――い……』



 くぁぁっ。な、何て威力だ。


 可愛い顔しているのにとんでもねぇ一撃で私の腰を砕きやがった。



 柔らかい表面をくしゃっと前歯で齧り取ると、あみゃい小豆さんが私の舌に向かって。



『私を見付けてくれたお礼よ??』



 甘くて優しい御褒美の接吻をしてくれる。


 彼女との初めての接吻は仄かに甘く、注意していないと分からない程早く溶けてしまった。


 小豆さん……。そして、小麦粉さん。


 私の為に美味しくなってくれてありがとう。


 私は月見姫に向かって何度も感謝の言葉を繰り返し述べながら咀嚼を続けた。



『んめぇ!! この味、あたしの好物だぞ!!』


『甘くてついついにやけちゃうね――!!』



 そうだろう、そうだろう。


 私の第六感に感謝しなさいよね??


 あのおにぎりを通過したからこそ、この感激を享受出来ているのだから。



『しかも、この量。一個で結構腹膨れるぞ』



 ユウが可愛く咀嚼を続けながら右手に持つ月見姫を見下ろす。



『そう?? これ位なら後二十個はイケルわよ??』


『それはマイちゃんだけだって』



 冗談抜きで食べられそうなのよねぇ。


 でも、悲しいかな。予算の関係で一個止まりになってしまいそうだ。


 出来る事なら沢山買ってイスハの所へ行きたいのにぃ……。



 ごめんなさいね?? こっちに帰って来たらまた私と遊びましょうね。



『さて!! お次は何を食べようかしら??』



 月見姫にお別れを告げると、包み紙を綺麗に丸めて話す。



『持ち運びに便利な物にしよう。あたし達だけの荷物じゃなくて、レイドの荷物も持って行かなきゃいけないし』


『だね――』



 あぁ、そうか。


 集合時間が決められていたな。



『その顔。時間の事忘れていただろ??』


『さぁ?? どうでしょう』



 流石、ユウ。


 表情一つで私の心情を察するとは。



『じゃあさっきのおにぎり買って、ぱくつきながら移動しましょうか』


『いいね!!』


『賛成――!!』



 全会一致となり、私が弾むようにベンチから立ち上がると。



「…………っ」



 何やら私の一挙手一投足を見逃すまいとして。


 地獄の底からこの世に初めてやって来た悪魔が思わず頭をヘコヘコと下げてしまう様な。現実の厳しさをたった数秒で分からせてしまう圧を放っている交通整理員の姉ちゃんのこわぁい視線を尻目に、おにぎりを売っていた屋台へ向かってのぉんびりと歩み出したのだった。




お疲れ様でした。


狂暴龍が交通ルールを無視して道路を横断すると、それを咎めてお叱りの声を放つ交通整理員の女性。


いつも勝手気ままに道路を横断させては不味いと考え、モブ中のモブ役として彼女を登場させたのですが。最近、何だか愛着が湧いてきてしまいました。


名前も決めていない脇役に愛着が湧いてしまう。物語をお書きになっている方であれば一度や二度、経験があるのではないでしょうか?? 大変不思議なものです。



本日、投稿する前にPVを確認させて頂いたのですが……。


十五万PVという連載開始した当初としては考えられない数字を見付けてしまい思わず拳をぎゅっと握ってしまいました!!


この作品を御覧頂いている方々の温かい応援のお陰で連載を続けられていると改めて痛感しました。


これからも投稿を続けさせて頂きますのでどうか彼等の冒険を見守ってあげて下さい。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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