第八十三話 少し長めの休暇はいつも通りの朝から始まる その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
それでは御覧下さい。
微妙な腹の空き具合で目を覚ますと妙に重たい頭をガシガシとぶっきらぼうに掻き、馬鹿犬もポカンと呆れてしまう程に大きく口を開く。
「ふわぁぁああ……。ア゛――。ねっむ」
新鮮な空気を胸一杯に吸い込むと頭も大分覚めて来た。
んあっ?? ボケナスのベッドが空っぽじゃない。
朝の香りが漂う部屋の中、まだ重たい瞼を頑張って開いて空になったベッドを何気なく見つめていた。
…………あ。
そう言えば報告書を提出しに行くって言ってたな。
昨晩の出来事を思い出して一人で勝手に納得して、本日の行程をポツポツと頭の中に浮かべて行く。
え――と……。ボケナスは報告書を提出してイスハのお土産を買う、んで私達はその間は自由行動か。
今日の集合場所は西門を出た先の小高い丘だからぁ、まだ出るのには大分早いし。二度寝しよっかな。
両隣のルーとリューヴも気持ち良さそうに寝ているし。
「んにゃぁ……。そこ、違うよぉ」
どこが違うんだ??
右のベッドから放たれた要領を得ない声に思わず突っ込む声が口から漏れそうになってしまう。
気高い狼に相応しくない女々しい寝言を受け止めると、私の心の奥底から嗜虐心がぬるりと顔を覗かせてしまった。
んふふ――。
さぁて、どんな悪戯してやろうかしらねぇ??
ふよふよと翼を羽ばたかせ、ルーのベッドへ華麗に着地。
「ふぁん。そう、そこだよ――……」
あぁ、多分だけども。
こいつは夢の中で誰かに頭を撫でられているのだろう。
両耳がピクピクと動き、獣くっせぇ匂いを放つ口元が時折にぃっと柔らかく動いているのが良い証拠だ。
誰に撫でられているのか。それは言わずもがなであろう。
アイツは撫でるの上手らしいし。
「ひゃあん。そこは弱いぃ――……」
ちぃっ。女々しい狼め!!!! もっとシャンとしなさいよね。
こりゃいかん。この喧しい者共を一手に纏める私が一度気合を注入してやらねば。
顎を何度か開いては閉じてぇ……。うむっ、準備完了。
足音を立てずに、狼の尻尾の位置へと移動を開始した。
うひょう!! びっくりする位に絶好の位置じゃない。
ルーからは死角になり、且コイツは今も夢の中。無防備過ぎて逆に怖くなるわよ。
まぁ、それが楽しいんだけどね!!!!
では……。気合注入!!!!
あんぐりと口を開き、岩をも噛み砕く牙をモコモコの尻尾へと激しく突き立ててやった。
「んぎゃああああ――――!!!! いった――――い!!!!」
よし!! 今だ!!
風の魔法を付与し、目にも止まらぬ速さで自分のベッドへと移動してやった。
「もぅ!! 誰っ!? …………はれ?? 誰も、いない??」
プッ。クスス……。
大成功、大成功!!
眠気眼で自分の尻尾を見つめ、激痛を与えた張本人を探しベッドの周囲を見回している。
「あれぇ?? 夢ぇ??」
違いますよ――。
犯人はここですよ――。
必死に笑い声を堪え、眠る演技に全神経を集中させた。
「んん――??」
薄目を開けて馬鹿な狼の様子を窺っていると、何やら自分の尻尾に鼻を近付けフンフンと匂いを嗅いでいた。
おぅ……。しまった。
お惚け狼の嗅覚の良さを加味するのを忘れていた。
「この匂い……。マイちゃん!! 噛んだでしょ!!」
私の匂いを掴み取ったのか。
ベッドの上から颯爽と飛び降りるとほぼ同時にぬぅっと灰色の顔がベッドの下から生え、鼻頭におっそろしい皺を寄せた憤怒の表情で見下ろす。
怒っている顔はまんまリューヴの顔じゃん。
「…………。んが?? 何??」
我ながら名演技だ。
今しがた起きた感じをさり気無くそして自然な感じを醸し出して目を開けた。
「私の尻尾!!」
「あんたの尻尾がどうかしたの??」
「だ、か、ら!! 噛んだでしょって聞いているの!!」
無駄にデケェ黒い鼻が私の視界のほぼ全てを覆う。
「知らないわよ。だって、寝てたもん……」
寝返りを打ち、彼女に背を向けて話してやった。
すると。
「……」
もう一頭の狼が翡翠の瞳で私の事をじぃっと見つめていた。
あら?? もしかして、ずっと起きてた??
「あ、リュー。おはよう」
お惚け狼もリューヴの視線に気付いたのか、私の背中から鼻を外して彼女の方向へと向ける。
「あぁ、おはよう」
「ね――。マイちゃんが私の尻尾噛んでいないって言ってるんだけどさ。何か知らない??」
リューヴ!!
黙ってなさい!!
「っ!!」
私は必死に何度もパチパチと瞬きを繰り返してリューヴへと合図を送った。
「…………マイ。友人に対して嘘は良くないな」
くっ。やはり一部始終を見ていたのね!!
「やっぱり!!!! マイちゃんの嘘付き!!」
「あはは。ごめんって。あんたが女々しい寝言を言っていたからさ。気合入れてやろうと思ったのよ」
くるりとルーの方向へ寝返りを打ち、頭上に待ち構えている狼の顎下へ言ってやった。
「痛かったんだよ!?」
「だから謝っているじゃない。もうしないからさ」
「まぁ……。それならいいけどぉ……」
ふっ、ちょろいわね。
「もう噛まないでよ!? いいね!?」
私のベッドの上に怒りの残り香を置いて自分のベッドへと戻って行った。
「しかし、今の動きは見事だったな。私ですら一瞬見失ったぞ」
リューヴなりの褒め言葉が聞こえて来る。
「あんたの視線でも追えなかった?? 私も大分成長したわねぇ」
「まぁこんな事に使うべきでは無いのは確かだがな」
ごもっともです。
「何か目が覚めちゃったし……。ルー、出発まで時間あるから買い物に行く?? ほら。どうせ向こうで数泊するだろうし」
アイツの事だ。
どうせ稽古を付けて貰うんだ――。とか抜かして私達はそれに付き合わされる。
容易に想像出来るわ。
「いいよ――。ユウちゃんも起こして行こうか」
「ユウは……。まだ寝てるわね」
ルーの大きな悲鳴、そして話し声が部屋に響いてもぐっすりと眠っている姿にちょいと驚きを隠せないわね。
「すぅ……。すぅ……」
大人しくシーツを被り、仰向けの姿勢で天井へと端整な顔を向けていた。
ユウは横着そうで意外と寝癖良いのよねぇ。
だが……。周知の通りこれは罠である。
私達は知っているのよ?? あんたが大人しい振りをしているのを。
「ルー。ユウ起こして」
「え――、やだ。おっぱいが襲って来るもん」
正確には胸では無く、抱き癖なのだが。アレを一度でも食らえば嫌でもそう言いたくなるだろうさ。
「仕方が無い。私が今一度乾坤一擲を見せつけてやろうぞ!!」
クワッ!! と口を開いて龍の牙を剥き出し、空へとふわりと浮く。
「おお!! いいね!! カプっとやっちゃって!!」
「マイ。ユウが可哀想だぞ」
「大丈夫だって。ユウなら笑って許してくれるわよ」
多分、ね。
慎重にユウのベッドへと着地し、聳え立つ双丘の登頂口に足を踏み入れた。
お、おぉう……。こ、こりゃあすっげぇや……。
歴戦の登山家でも登頂する前に心を真っ二つにへし折られてしまう険しくて高い山頂が私を悠々と見下ろしていた。
龍の姿で見上げるとまたい、い、一段と高く見えるわね。
一体、何で出来ているのだろう??
私のそれと比べると……。いや、皆迄言うまい。
大体不公平なのよ。私のそれは……、まぁぜってぇ認めないけど?? 人のそれより幾分か!! 微かに!! 小さい。
こいつらの様な胸が大きい輩共がきっと私達、おしとやかな胸の女性から養分を吸い取り糧にしているの。
これは本当に由々しき事態だ。
私の牙は……、そう!! 女性達の代弁者なのよ!!
私達から胸の栄養を搾取し続けるにっくき天敵に対して怒りの炎をぶちまけてやらないと!!
これから襲い掛かる痛みを露知らず眠りこける搾取者を起こさぬよう、慎重に。随分と柔らかい山を登り続ける。
んしょっと。
ここら辺りでいいかしらね??
山の中腹に辿り着き、ぷよぷよと肉付きの良いシーツを手の平で押して確認する。
「マイちゃん。そろそろ危ないんじゃない??」
「余裕だって。さぁ……、これ見よがしに育った果実へ。怒りの鉄槌を振り下ろしましょうかね!! ファムガァッ!!!!」
あ――んと口を開き、目の前のシーツへ豪快に噛り付いた。
すると。
「いって――――――――!!!!」
ふふ。
どうよ?? ど――さ?? 私の牙は??
まるで熱した鉄を当てられたみたいに痛かろう??
「な、何だ!?」
ユウの右手が私の尻尾を掴み拾い上げる。
「おふぁよう、ユフ。かいものいふわよ」
「あ、あのなぁ。人の胸を噛んでその誘いはどうかと思うぞ??」
「ふぉう??」
「てか、放せ。千切れちまう」
何でここまで胸が伸びるのかはさて置き。
やっと目を覚ました親友の願いを聞き入れ、牙を放してやった。
「いって。もうちょっと優しく放せよ」
「っ!?」
お――いおいおいおい。胸が元の位置に戻るとシーツが盛大に波打ったぞ。
こいつの胸は一体どうなっているんだ。
「今から買い物行くけど、付き合うわよね??」
ニコリと笑みを浮かべ、ぽぅっとした眠気眼のユウへ言ってやる。
「はいはい、付き合いますよっと。着替えるからあっち行ってろ」
ぽいっと私の体を乱雑に投げ捨てる。
「放り投げるな!!」
空中で姿勢を整え、大胆に部屋着を脱ぐユウへ言った。
「お前さんの体は阿保みたいに頑丈だから、例え床にぶち当たっても大丈夫だろ。あら――。跡になってら」
胸を下から掴み上げてむんずと動かし、私の打ち立てた牙の跡を残念そうに見つめる。
ぷつりと二箇所。
赤くなった箇所がこちらからでも確認出来た。
「あたしが御嫁に行けなくなったらどうすんだよ」
「安心なさい。そうなったら私の家で飼ってあげるわ」
「あたしは牛じゃないっつ――の。買い物行くのはいいけどさ。マイ、お金持って無いだろ??」
ン゛ッ!!!!
そうだ。お金の殆どは食料に使い果たしてしまった……。
「参ったわね。すっかり忘れていたわ」
「マイちゃんは使い過ぎなんだよ。私でもちゃんと残してあるのに」
ほぉ、それは良い事を聞いた。
「ルー。少し貸して」
「嫌」
くっ!! 友人の頼みを即刻断るとは!!
「リューヴ――」
「断らせて貰う」
こ、この狼共め!!!!
「ユウ――。ちょっとでいいからさ――。私にお金貸してぇ――」
我が親友の右肩にちょこんと止まり、あまぁい声を出して首筋にスリスリと頬を擦りつけてやる。
ふっ、この可愛らしい所作を受ければ誰だって直ぐに落ちるだろうさ。
「あぁ?? この前貸したお金。まだ返して貰ってないぞ??」
「そうだっけ??」
「はぁ――……。もう少しさぁ。管理ってもんを覚えろよ」
仕方が無いでしょ。
この街にはたぁくさんの美味しい物が売っているのだから。
「……………………マイ。これ」
うん!?
カエデの声がぽつりと聞こえると、幾らかのお金がシーツから生えて来た。
「うっひょう!! これ使っていいの!?」
中々首を縦に振らない親友に見切りを付け、カエデの手から半ば強引にお金を奪い取ってやった。
「レイドが残して行った。あんまり無駄遣いはしないように。だって」
有り得ない寝癖、そしてまだ随分と眠たそうな藍色の目をシーツから覗かせて話す。
あんにゃろう。
粋な事しちゃってくれてまぁ!!
「有難う!!!! 勿論、大切に使うわ!!」
「それ、三人で分けてね?? マイだけのお金じゃないから」
「分かってるって!! ほら!! ルー、ユウ!! 行くわよ!!」
人の姿に変わり、現金をポケットに捻じ込む。
「はぁ。ユウちゃん、行こうか」
「あいよ――。出発の時間までには帰って来るよ」
「ん。気を付けてね」
小さなカエデの声を背に、私は意気揚々と部屋の扉を開けた。
保存が効く飴類とクッキーで攻めようかしら?? それとも当日に消費する系??
あぁ……。駄目だわ。
次から次へと欲しい物が頭の中に浮かんでは消えて行く。
ざっくりと、どっぷりと……。
吟味を重ねて探さないとね!!
気の合う僕共を引き連れ、若干の埃が漂う廊下を意気揚々と進んで行った。
――――。
「…………ふぅ。やっと五月蠅いのが去りましたか」
アオイがむくりと上体を起こすと、今しがた去って行った騒音の元達の軌跡を睨みつける。
「そう言うな。あれが無いと逆に静か過ぎて不安になる」
「リューヴ。あなたも感化され過ぎですわよ?? 口喧しいまな板はどこか遠く。そうですわね……地獄にでも捨て置けばいいのですわ」
「そんな事してみろ。地の果てまで追いかけて来て、執拗な攻撃を受ける嵌めになるぞ」
「全部華麗に躱し、地獄へと送り返してやりますわ」
「そうだといいな。出発まで後どれ位だ??」
アオイから視線を外し、静かな様子の窓の外を見つめて話す。
「凡そ、二時間。といった所でしょうか。私はもう少し微睡んでから準備しますわ」
そう話すと、静かにベッドから降りて主のベッドへと移動する。
「…………。何をしているのだ??」
「え?? レイド様の残り香を楽しもうかと??」
はぁ……。アオイもアオイでマイ達とは違う方向に捻じ曲がっているぞ。
「あぁん……。この雄の香り、堪りませんわぁ。このままではレイド様の子を孕んでしまいますぅ……」
柔らかい内股に主の匂いが染み付いたシーツを摺り寄せ、己が欲情を昂らせる。
もう好きにしてくれ。
私は半ば自棄になりぎゅっと眉を寄せ。女の甘い喘ぎ声が静かに響く室内で大きく溜息を付いて静かに己のベッドの上で伏せてやった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
さて、本日は映画鑑賞に出掛けて来たのですが……。控え目に言っても最高に楽しい映画でしたね!!
前作を鑑賞した方は勿論の事、今作から見るという人も楽しめる内容で。特に!! 臨場感溢れる映像の連続に終始ワクワクしてしまいました!!
手に汗握るドッグファイト、思わず客席で踏ん張ってしまう迫力のGの負荷、そして超カッコイイ戦闘機の映像。
本当に待った甲斐がありますよ。
映画館を出た後もその余韻は冷める事無く、外で食事を摂っている最中にも頭の中には戦闘機が飛び交っていましたからね。
さて、自分の話は此処迄にして。
この御話から彼等は新しい冒険へと旅立って行きます。その道中、頭を悩ませる出来事が襲い掛かるのですが皆様にも少々それを味わって頂こうかなぁと考えている次第であります。
その御話が近付いたらまた後書きにてお知らせしますね。
そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!
連載を開始して一年と少し。まさか百五十名の読者様からブックマークの登録をして頂けるとは思っていませんでした。
何んと言いますか……。感謝の言葉しか出て来ません。
皆様のご期待に応えられる様にこれからも慢心する事無く、常に精進して投稿を続けさせて頂きますね。
本当に有難う御座いました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




