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第八十三話 少し長めの休暇はいつも通りの朝から始まる その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 美しい夜空に浮かぶ月から放たれる怪しく青い光が窓から差し込むと、淡い蝋燭の明かりに照らされた部屋の雰囲気が更に柔和なものへと変化する。


 可能であればこの素敵な雰囲気に包まれたまま心地良い眠りを享受したいのですが、生憎私には果たすべき責務が山程残っているのです。


 こっちへおいでと手招きをするベッドさんの甘い誘惑を振り切り、机にしがみ付き羽筆を走らせていた。



 はぁ――……。疲れましたね。



 椅子に腰かけたまま体をグンっと上方に伸ばして凝り固まった体の筋肉を解す。


 月も大欠伸を放つ時間まで書類を作成していたら誰だって疲れちゃいますよ……。蜜蜂の越冬の準備、各家庭が使用する食料の配分。そして里の者の婚姻の了承。


 私一人でこの書類の山をぜぇ――んぶ目を通して捺印するのはちょっと厳し過ぎませんかね!?


 やりますよ?? それが私に与えられた仕事ですから。


 でも、たった一人で片付けるのは厳し過ぎると思うんです。



「こんな時……。彼が傍に居てくれたらなぁ……」



 この場に存在しない彼の姿を思い浮かべるとぽぅっと顔の熱が上昇してしまうのを感じ取ってしまった。


 今頃、カエデさん達と仲良く一つ屋根の下で眠っているのでしょうね。


 良いですよねぇ……。彼と行動を共に出来てっ。


 可能であれば仕事も、女王の地位も全て捨て去って彼の下へと羽ばたいて行きたい。そして、彼……。ううん、彼等と一緒にこの世の不思議を体験したいものですよ。



 でも、それは出来ない。



 私が此処を去ってしまったらきっと里の者が悲しみ、女王の血筋が途絶えてしまいますからね。



「――――。うん?? 血筋??」



 そうですよ。


 彼を此処に呼べば全て完璧に解決するじゃありませんか!!



 彼と共に一日の始まりである素敵な朝日の光を浴びて笑みを交わし、蜜蜂の巣箱へ藁若しくは毛布を掛けて越冬の準備に取り掛かる。


 慣れない仕事ですからね。きっと億劫になって里の者達と仕事に携わるのです。私は目を細めてその姿を見つめて柔らかい吐息を漏らす。


 お昼ご飯を食べて元気を付けたら再び作業に取り掛かり、夜は……。夜はぁ……。



「え、えへへ」



 何だか妙に熱くなって来た顔に両手を当てて左右に顔を振る。


 この部屋で二人っきり。それはもう本当に素晴らしい夜を過ごす事でしょうね。


 欲望に駆られた彼が私の体を求め、野獣の如く襲い掛かる。


 新たなる命を後世に紡ぐ為、私達はひ、一つになって光輝くのですっ!!



「そ、そんなに強く求めたら壊れてしまいますよ……」



 レイドさんの逞しい体が私に襲い掛かる姿を想像してヤキモキしていると。



「――――。性欲に塗れた思春期特有の逞しい想像力に参っているのですか??」

「キャァァアア――――!?!?」



 背後から突如としてピナの声が届いて口から心臓が飛び出してしまいそうになってしまった。



「ピ、ピナ!! 入って来るならノックをしなさいよ!!」



 五月蠅い動悸を宥めつつ振り返って叫んでやる。



「ちゃんとしましたよ?? これ、夜食です」



 あっけらかんとして私の言葉を流す彼女が右手に持つ盆には子供の拳程度のパンと美味しそうな湯気を放つ紅茶が乗せられていた。



「余りお腹は減っていないので紅茶だけを頂きましょう」


「あれ?? いつもなら美味しそうにモムモムと食べるのに」



 そう話すと、沢山の書類が乗せられている机に受け皿を置き。その上に陶器で作られたコップを乗せてくれた。



「頂きます……。ふぅ――……。美味しい」


 少しの苦みと茶葉の香が疲れを解してくれるみたいですね。


「大分進みましたねぇ。うんうん、良い傾向です」



 ピナが満足気に目を細めて捺印がされている書類を数枚手に取って話す。



「もう少しで終わりますよ」


「本来であればこんな夜遅くまで続けなくても良いのですけど。明後日にはイスハ様の所へお出掛けしますからねぇ」



 レイドさんの窮地を救う為に己の全てを賭して飛翔したのですが……。まだまだ実力不足であると痛感させられた。


 上に立つ者が持つべき気概や振る舞い等々。大先輩であられるイスハさんやエルザードさんから女王はどうあるべきかと学んでいるのです。


 彼女達から熱心に学んでいる最中。



『クソ狐の言っている事を真に受けたら駄目よ?? あぁんな年齢詐称狐の言葉よりも私の言葉を反芻して理解すればきっと素晴らしい女王になれるから』


『喧しいぞ!! ブヨブヨの脂肪が!! 貴様の言う事の方がよっぽど信憑性に欠けるわ!!』


『馬鹿が頑張って難しい言葉を使うと余計馬鹿に見えるわよ??』


『蹴り殺すぞ!? クソ脂肪めがぁぁああ――――!!!!』



 余計な小競り合いが始まってしまい真面な授業を受けられないのが偶に瑕ですが……。それも含めての勉強なのでしょう。


 彼女達の常軌を逸した実力。


 正に大魔と呼ばれる者に相応しいものです。我々魔物の実力とは桁違いですからね。少しでも彼女達に近付ける様に日々勉強を続けているのです。



「その為に睡眠時間を削って頑張っているんですよ」



 コップを静かに置いて大きな吐息を漏らして話す。



「もしかすると……。ギト山でレイドさんと会えるかも知れないですからねぇ――」


「ちょ、ちょっと。それは関係無いでしょ??」



 話によると時折イスハさんの所で鍛えていらっしゃるようですが。レイドさんは御自身のお仕事でお忙しいでしょうからね。


 会える機会はほぼ皆無なのですが……。そ、そう。万が一ふらっと訪れたらそれはもう本当に嬉しいかなっ。



「ふぅん。だったら――……。おぉっ!! こぉんな攻撃的な下着を買う必要は無いんじゃないの――?? あはっ、すっごい面積だね」



 下着を収めてある棚からピナが一着の下着を手に取り、私に見せつけるかの様に手に取って話す。



「そ、それはカエデさんと一緒に街へ出掛けた時に買ったんです!!」



 慌てて椅子から立ち上がり、彼女から奪い取り元の棚へと戻してやる。



「へぇ――。真面目なカエデさんが勧めるとは思えませんし。アレクシアが自分で決めて買ったんでしょ??」


「ま、まぁ……。一着くらいこうした下着を持っていも損にはなりませんしっ。そ、それに偶々安かったからっ……」



 自分でも容易に看破出来てしまう咄嗟に思いついた嘘を述べた。



「両親に怪しい本を発見されて苦し紛れの言い訳を放つ男子か」


「ち、違いますぅ!! 本当なんですぅ!! と、言いますか!! もう少し立場を考えて発言しなさいよ!!」



 私はこの里を統べる女王なのですよ!? そして貴女は私を支える側近でしょう!?



「二人っきりの時は友人として接しろと言ったのはアレクシアでしょ??」


「ま、まぁそうですけども……」


「ん……?? アレクシア?? 妙に顔が赤いよ??」



 それは貴女が揶揄うからでしょ!?


 そう言いたのをグッと堪えて自身の額に手を当てた。



「――。あ、本当だ。ちょっと熱っぽいかも」


「疲れ、からかな。今日はもう休んで明日に備えなさい」


「うん、そうする……。というか、妙に母親口調なのは何故??」



 何か……。本当に足元がフワフワして来ちゃった。


 きっと疲れからだよね??



「こうでも言わないと明け方まで作業を続けそうだし。おやすみ――。ゆっくり休みなよ――」


「うん、おやすみ……」



 ベッドに横たわりシーツを被って柔らかな吐息を吐く。


 はぁ――……。今日も一日頑張りましたね。


 レイドさんも頑張っていますか?? 私も貴方に負けない位頑張っていますよ??


 お互い大変だと思いますが共に切磋琢磨を重ね、共に高みへと昇りましょうね。


 彼との温かな思い出を頭の中で思い浮かべると、何だか体温が不思議と温まって来た。


 ふふ、きっと心が驚いて熱を放っているのでしょうね。


 素敵な熱を誤魔化す様に寝返りを放ち、シーツをキュっと抱き締めて襲い掛かる眠気に意識を委ねたのだった。




















 ◇




 そっと静かに重い瞼を開くと、想像通りの光が窓から射し込み一日の始まりを確実にそして本日の天候は崩れそうにない事を伝えていた。


 朝にこれ以上相応しい光景は無い。


 そう確信せざるを得ない光量と雰囲気であった。



「ふわぁぁぁぁ……」



 上体を起こして筋肉のしこりを解す。


 うん!! 今日も良い天気だし、体にも不調は見られない。


 深夜遅くに出来上がった報告書を提出して師匠への手土産を買ってこなきゃな……。


 大きく開けた顎を無理矢理閉じて目に浮かぶ温かい液体をそっと指で拭った。



「う……ん。もう勘弁して……」


「はは。昨日の続きを夢見ているのか??」



 背後のベッドからユウの魘された声が俺の笑いを多分に誘う。


 昨晩……いや。


 今から数時間前と言った方が正しいか。


 俺が夜遅くまで報告書を作成し続けている間、分隊長殿の優しくも時折激しい説教が部屋中に響いていた。



『ア゛――……。ねみぃ――……』


 うつらうつらと頭を揺れ動かそうものなら。


『マイ、話はまだ途中ですよ??』


『アババババ!?!?』



 雷の力が縦横無尽に駆け巡り。



『ふわぁ――ん……。はぁ――……。まだ終わらないのかなぁ』



 遠慮無しに欠伸を放てば。



『ルー、獣臭を放つ口を閉ざして下さい』


『とざふぉうにも氷柱がふぁまだもん!!!!』



 口一杯に氷の刃を突きつけられる。



 敵兵から受ける惨たらしい拷問かと見間違ってしまう程の惨状に、俺は内心ビクついていた。


 それがいつこちらに向けられやしないか、と。


 まぁ……。


 優しいカエデがそんな事はしないと思うけど、一応……ね??


 心配なんですよっと。



「…………。はよ」


「ん?? お――。おはよう」



 見れば御高説を唱えていた本人が目を覚まし、シーツから目元だけをこちらへ覗かせていた。


 相変わらず、寝癖はとんでもない事になっているのは突っ込まないでおこう。目覚めと共に雷撃を受けたくはありませんからね。



「随分眠そうだね??」


「…………眠い」



 シーツがもぞりと動き、カエデが大きく口を開いた事を示した。



「夜遅くまで話していたからね。もう少し寝てなよ。俺は今から報告書を提出してそれから師匠への手土産を買って来るから」


「ん……。分かった」



 小さく、コクリと頷く。



「集合場所には直接向かうよ。そっちも荷物を纏めて、出掛けられる体勢を整えておくように」


「…………」



 無言で長い瞬きをする。


 カエデと行動を続けている内に分かった事なのだが。これは了承の意味、だそうだ。


 言葉にしなくても分かるだろう?? 私の所作一つで全てを理解しなさい。


 多分、そういう事なのでしょう。



「あ、そうだ。あの腹を出している龍がごねるといけないから少ないけどお金を渡しておくよ」



「承った」


 白く肌理の細かい肌の腕が伸びて現金を受け取りシーツの中へと戻って行く。


「無駄遣いはしないように伝えてくれよ?? 只でさえ食い散らかしているんだから」



 部屋着から制服へ着替えながらマイのベッドへと視線を移す。



「ふがらぁ……。ぐぶぅ……」



 深紅の甲殻を身に纏う龍。


 鋭い爪は岩をも容易に引き裂き口からは紅蓮の炎を放射する。


 聳える山を統べ大空の支配者足る種族の血を引く彼女だが……。


 それが今やどうだい。



「クカカッ……。ガラルゥ……」



 だらしなく口から粘度の高い液体を零し、体の上に掛かっていたシーツを邪険に蹴り飛ばし、無防備な腹をガリガリと爪で引っ掻く。


 年頃の女性……いや。


 一人の大魔としてその寝相は如何な物かと思う訳ですよ。


 彼女の両隣の狼は姿勢良く丸まって寝ているものだから余計にバツが悪い。



「全く……。あれが大魔の血を引く者だと思うと情けなくて涙が出て来るよ」


「人それぞれだから気にしない。気にし出したらキリが無いよ??」


「ま、そうだな。うぅむ、最近ちょっと冷えて来たな」



 部屋着を脱ぎ、地肌を露出させると冷涼な空気が冬の訪れを予感させた。


 そして軍服の上着を羽織る前に右肩の新しい階級章に目を移す。



『レイド様。新しい階級章を縫い付けておきますわね』



 昨晩、眠る前にアオイが縫い付けてくれたのだが……。うん、一寸の乱れも無く正確な位置に縫い付けてありますね。


 手先の器用さに思わず舌を巻いてしまいますよ。



「もう直ぐ一年が終わるから、ね」


「もうそんな季節かぁ。一年、あっと言う間だよなぁ……」



 しみじみとそう語るとクスリと乾いた笑い声が響く。



「フフ。なんか、疲れているおじいちゃんみたいな言い方だね??」


「気苦労が絶えないから、知らぬ内に心が疲れているんだよ」



 暴飲暴食、自由奔放、豪放磊落。


 そんな者達に囲まれていれば自ずとそうなろうよ。



「私。そんなに五月蠅いかな??」


「カエデじゃなくて、その他だよ」



 今は静かに寝静まってくれているが、起き出したら猪も目を丸くして驚く猪突猛進ぶりを披露する大魔達。


 口から放たれる言葉は空気を裂き、常軌を逸した力は大地をも揺るがす。


 そんな者達に囲まれていれば心労も絶えないのは自然の理であろう。


 でも、共に行動していると彼女達の陽気が無性に楽しくて仕方が無い時がある。


 辛い任務や、吐き気を催す厳しい稽古。


 その場から逃げ出したくなる時も、彼女達の存在が俺を奮い立たせ何でも出来そうな気さえ起こしてくれるんだよなぁ。


 仲間というものは不思議なものだよ。



「そっか。良かった……」


 コロリと寝返りを打ち、二度目の睡眠を享受する体制に入った。


「二度寝するの??」


「うん……。まだ早い時間だから……」



 そう話すとゆっくりと、安寧を得た呼吸音が聞こえて来る。


 ゆっくり休んでね。



「それじゃ行ってきます」



 着替えを終え、彼女に対して静かに頭を下げて部屋を後にした。



 えっと……。忘れ物は無いかな??


 鞄の中身をざっと確認する。


 現金、報告書、抗魔の弓と着替えはマイ達に持って来て貰うから良いとして。後は……何だこれ??


 見覚えのない物体を手に取り、日の灯りが照らす廊下へ引っ張り出してやった。



「…………食いかけの、パン??」



 誰が齧ったか、容易に推察出来る噛み口が小麦色のパンにしっかりと刻まれていた。


 マイの奴、俺の鞄の中に何て物を入れるんだよ。


 そう言えば昨日、山ほどパンを平らげていたな……。


 その内の一つを鞄の中に??


 あ、椅子に鞄を掛けていたから零れ落ちたのかもしれないな。



 このまま捨てても構わないのだが……。食い物を粗末にするのは憚れる。


 一応、匂いを確認するが腐敗した酸っぱい香りはせず。寧ろ、小麦の豊潤な香りが鼻腔を駆け抜けて行った。



「まっ。大丈夫でしょう」



 特別気にせずに口へ運び、咀嚼を続けながら宿を出ると。



「ふぉ――。快晴だふぁ」



 間の抜けた声で空を仰ぎ見た。


 千切れ雲が空の片隅に肩を窄めて浮かぶ姿はまるで空の青が雲を睨みつけ端に寄せているようであった。


 今日はいい日になりそうな予感がするぞ。


 次の任務まで後九日。その間、自由に過ごして良いと仰せつかっている。



 先ずは師匠の所へ挨拶に伺い、ついでに稽古を付けて貰おうかな??


 ヘトヘトになった後、温泉に浸かり一日の汗を流す。


 火照った体に冷たいお茶が染み渡り、そっと優しく体を撫でてくれる山の風が疲れを癒す。


 正に完璧だ。


 これ程充実した休暇は無いであろう。


 マイ達は稽古が嫌だと言うかもしれないが、向こうに行けば否応無しに、そしてなし崩し的に参加する筈。



 ふふふ。


 俺も段々とアイツらの行動が読めて来たぞ。


 食いかけのパンをペロリと平らげて、軽快な足取りで本部へと向かって行く。


 その姿を見た通行人は。


 あぁ。


 彼は今日この先に何か良い事が待ち構えているのだなと、容易に想像出来る程。彼の進む姿は浮足立っていたのだった。




お疲れ様でした。


先程帰宅しまして、今から後半部分の執筆に急いで取り掛かりますので今暫くお待ち下さいませ。

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