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第八十一話 困難を極めた指導の夜明け

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 一組の見事な勝利を見届けるとその後も模擬戦は滞りなく進行を続け、一回生の三組及び四組の戦いが終わりを告げると本日の全行程が終了した。


 勝利の美酒に酔う者達、敗北の苦渋を嘗めた者達。


 はっきりと二つに別れた表情が至る所で浮かび、訓練場にはまだ戦の熱気の残り香が漂っていた。


 そして、普段のそれと比べると随分明るい表情を浮かべたビッグス教官が訓練生達の前に立ち満足気に話を始めた。



「皆、御苦労だったな。勝利と敗北。戦いはこのどちらかがはっきりと分かれる。勝利した者達は誇りを胸に、敗北した者達は今日の苦い経験を糧に己の力に変えてくれ。各組の指導教官から明日の連絡事項を教室で伝える。担当の教官達に従って行動するように。以上、解散!!」



「「「はいっ!!」」」



 整然と整列していた訓練生達が疎らに解散すると正面の校舎へ続く坂を上って行く。



 これで漸く俺の仕事も終了だな。


 夕焼けに染まりつつある空を仰ぎ見て大きく息を漏らした。



「レイド!!!! 良くぞ……。良くぞやってくれた!!」


「痛いですよ。ビッグス教官」



 泣き笑いなのか、泣き喜びなのか。


 そのどちらとも言えない表情で俺の肩を掴み、激しく揺らすものだから頭まで揺れてしまう。



「やっぱり、持つべき者は良く出来た教え子だよなぁ!!」


「良く出来た、その部分は頷けませんけどね」


「このぉ。謙遜しちゃってぇ」



 うりうりと肘で脇を突いて来る。


 こんな嬉しそうな表情、今まで見た事が無いぞ。それだけスレイン教官の手料理が食べたく無かったのですね。


 屈強な戦士に此処までのトラウマを植え付ける料理か……。


 気になるのは確かですけども口に入れようとは思わない。何故なら誰だって自分自身の命が大切ですからね。



「そんなんじゃありませんって。それより、自分の任務はここまでですよね??」



 依然として高揚感満載の御顔で俺の脇を突ている肘をそっと退けて話す。



「おう、お疲れ様。宿直室で着替えて、それから教官達へ挨拶を送って今回の指導は終了だ」



 ふぅ。漸く終わったな。


 でも……。指導する立場に就いて視野が広がったのは確かだ。


 訓練生の一人一人には得手不得手が当然あり、それを誰よりも深く理解してあげてその人に合った指導を与える。


 言うのは容易く実践に移すのは何よりも困難。


 訓練生に対して熱心な指導を与える事によって今まで出来なかった事が可能となり喜々として口角を上げれば。まだまだ未熟であると判断すれば厳しい指導を与えて更に理解を深めて貰う。


 訓練生の一喜一憂は指導教官にとっても発奮材料になるのだ。


 これこそが指導職の醍醐味なのかもね。


 この経験を生かして今後の糧にしようかな??


 まぁでも、共に行動を続ける者達は傑物揃い。それを生かす機会は少なそうだけどさ。



「ビッグス教官……」


「お疲れ様!! どうしたのぉ――?? スレイン教官っ??」



 傍から見ても分かり易くガックリと肩を落として落ち込んでいるスレイン教官がやって来た。


 分かり易っ!!!!


 彼女にとって一世一代をかけた勝負に負けたのだ。落ち込むのはやむを得ないとしてそこまで肩を落とす必要はないのでは??



「明日の連絡事項ですが。二組は座学中心で指導を進めます。他に何か伝える事はありますか……??」



 話している声も徐々に尻窄んで小さくなり、伏し目がちに俯きビッグス教官を見ている。



「特に伝えるべき事項は無いからぁ。ちゃちゃっと伝えちゃって!!」



 この人と来たら……。調子に乗って酷い目に遭っても知りませんよ??


 その所為で今回の事件が起きたのですからね。



「レイド先輩っ!! お疲れ様でしたっ!!」


「お疲れ様で――す」


「ご指導ご鞭撻有難う御座いました」



 スレイン教官の後方からミュントさん達がやって来て態々労いの言葉を掛けてくれる。



「いえいえ。こちらこそ拙い指導でごめんね?? もっと事前準備する期間があれば良かったんだけど……」


「そうですか?? 凄く分かり易かったですよ??」



 一日の疲れが少しだけ残る顔色でミュントさんが話す。



「えぇ。出来ればもっと指導して欲しい所です」


「レンカさんは真面目だね。所で、スレイン教官」


「…………。何??」



 うはっ。沈み過ぎにも程があるって。


 撫で肩の人も驚く程に肩を落とし、目は死んだ魚の様に光を失い、体を支えている足も何だか頼りない。


 それだけあの敗戦が堪えたのだろう。


 ですが安心して下さい。今から元気が出る言葉を掛けてあげますからね。



「勝負は自分達の一組が勝利しました」


「うん、そうね」


「はっは――!!!! 俺の采配がぴたりと嵌った訳だな!!」


「…………」


「に、睨んでも駄目だぞ!? 勝負事なんだから!!」



 鋭くキッと睨む彼女に怯えて一歩下がってしまう。


 怖いのなら言わなきゃいいのに。



「確かに勝利したのは事実です。しかし…………。やはりこれは不公平だと思うんですよね」


「フコウヘイ??」



 声、どうしました??


 掠れた鶏の鳴き声みたいですよ??



「そうです。現役である自分が一組に加担するのは多少不公平が生まれると思うんです。結果を見れば、自分がレンカさん達主力を引きつけ勝利に至った訳なのですが……。やっぱり訓練生は、訓練生同士で戦うべきだと思いません??」



「そ、そうよね」



 おっ、ちょっとだけ目に光が戻って来たな。



「だ、だが勝利したのは我々だぞ!!」



 一方こちらは、徐々に雲行きが怪しくなって来たので慌て出す始末。



「自分が加担した分を結果から差し引いて……。ビッグス教官とスレイン教官の勝負は『引き分け』 にしません??」



「うんっ、いいわね。私は賛成よ」


「はい!! は――い!!!! 俺は断固反対しま――す!!!!」


「ビッグス教官。少し黙って下さい」



 スレイン教官が鋭い鷹の目で睨むと口を噤んでしまう。



「御二人の勝負は結婚を前提に付き合う事。これの引き分けですから……。そうですね……。ビッグス教官は今度の休日、スレイン教官と街を楽しく歩いて来て下さい」



 これなら大丈夫でしょう。


 手料理も食べなくてもいいし。且、親しい男女間として付き合わなくても済む。



「いいじゃないですかぁ!! 行っちゃって下さいよ!!」


「ひゅ――ひゅ――。熱いですよ――」


「不純異性交遊は禁止されていますが……。教官同士なら問題無いでしょう」



 レンカさん達も俺の案に乗ってくれる。


 そして、肝心要のスレイン教官は……。



「……………………っ」



 ビッグス教官と楽しく街を練り歩く姿を想像しているようだ。


 恋する乙女の様に頬を朱に染め、体の前で無意味に指を重ね合わせていた。



「はぁ!? そ、それは横柄だぞ!! 俺達が勝ったんだから!!」


「ですから。先程も申した様に不公平を解消して様々な要因を加味した結果ですよ」


「み、認めんぞ!! 俺は!!」



 全く。この人と来たら……。



『ビッグス教官……』



 彼に近付きそっと耳打ちを始めた。



『いいですか?? このままではスレイン教官は仕事に支障をきたします。それに、いつ再戦を申し込まれるか分かりません』



「お、おう。そうだな」



『次の模擬戦が行われた時、自分は此処にいません。そこで負けたらどうなると思います??』



 俺の言葉を受けると彼の顔からさぁっと血の気が引き、緑豊かな大地から白一色の雪原へと変わり始めてしまった。



『分かりました?? ここは妥協してこの案に乗るべきです。それに、街を歩くと言ったのは手料理を食べなくていいからです。この結果が考えうる最善の答えですよ』


「う……む……。確かに、一理あるな」



 眉をぎゅっと寄せて腕を組み、頭の中で熟考を繰り広げる。



「…………分かった。それで構わん」


「と、言いますと??」



 意味深な笑みを浮かべてビッグス教官に言ってやった。



「だ、だから!! その……。一緒に出歩いても良いかなぁって」


「ほ、本当ですか!?」



 うぉっ。すんごい笑顔。


 余程嬉しかったんだろうなぁ……。スレイン教官。


 もう間も無く寝床に着く太陽が眠れなくなるから光量を落とせと顔を顰めてしまう程の明るい笑みが彼女の顔に宿った。



「あ、あぁ、男に二言は無い」


「どうしよう。嬉しいです……」



 もう付き合っちゃえばいいのに。まぁこの微妙な距離感が良いのかもしれないね。


 一方は難しい顔、もう一方は眩い光を放つ笑顔。


 二人の丁度良い関係を朗らかな笑みを以て満足気に見つめていると、背後から忍び寄る気配を察知した。



「「せ――のっ!!!!」」


「ん?? あぁ。鉢巻き取ってくれたんだ」



 くるりと振り返ると、レンカさんとミュントさんが俺の鉢巻きを手に取り。満足気な表情を浮かべていた。


 そう言えば模擬戦が終わってからもずっと着けていたな。



「へへへ――。ビッグス教官。鉢巻き、奪いましたよ!!」


「約束を反故するとは言わせません」



 何を言うのかね。


 君達は。



「いやいや。勝負は模擬戦中でしょ?? 約束の効力は既に失われています」


「え――!! 教官――。駄目なんですかぁ??」



 全く……。当たり前でしょうよ。


 無効ですよ、無効。



「レイド。兵士足る者、常に気を張り注意を怠るなと教えたよな?? 勝負は確かに模擬戦中の約束だが。注意散漫なのは了承出来ん」



 お、おいおい。


 嫌な空気の流れだな。



「よって……。レイドを一日好きにしていい権利を三人に与える!!」


「う、嘘でしょ!?」



 何を言い出すんだ!! この人は!!



「やった――――!! レイド先輩っ。デートしましょ、デート!!」


「稽古を付けて下さい。それと、会敵した魔物とオークの詳しい特徴並びに……」


「まぁ、自分はミュントと一緒でいいです――」



 異様に盛り上がるこの三人を抑える手段は無いものか。


 でも、まぁ一日位なら……。


 大怪我をする前に、被害を最大限に抑える為にやむを得ないのかしらね……。



「はぁ……。分かった。降参するよ」


「ですって。良かったわね。三人共」


「はいっ!! 私、美味しいお店知ってますよ??」


「徒手格闘を主に。そして、短剣の扱いも覚えておきたいです」


「お腹一杯食べさせて下さいね――」



 女三人寄れば姦しいとは良くも言ったものだ。


 俺に対して下そうとする命令をあれこれと考えて嬉しそうに話す。



「分かった、分かったから一旦落ち着いて。俺は任務で余りこの街にいないから、用がある時は俺の本部に手紙を届けてくれ。後でスレイン教官へそこの住所を書いた紙を渡すから後で受け取って。これでいいね??」



「は――い。うふふ――。どこに連れて行って貰おうかなぁっと」



 何だか胃が痛くなるよ。


 それに、レフ准尉が突如として現れたひよっこ三羽を見て怒鳴り散らさないか。


 今から心配の種が尽きない。



「よし。話はここまでだ。ほら、教室に向かえ」


「はぁ――い。ほら、行こうか」


「レイド先輩。失礼します」


「ミュント、置いて行かないでよ」



 ビッグス教官の声を皮切りに三人が校舎へと向かい歩んで行く。


 はぁ……。


 予想外の結果になっちゃったな。



「あの三人の相手。頼んだわよ??」


「まぁ……。そこそこに相手を務めます。というか、ビッグス教官。俺を巻き込まないで下さいよ」



 じろりと睨んで言ってやるが。



「俺達は運命共同体と言っただろ??」


 俺の鋭い目付きに対してにやりと笑って流してしまった。


「分かりましたよ。では、帰り支度を整えて来ますね。失礼します」



 きっちりと二人に頭を下げて校舎へと向かう。


 こちとら任務で忙しい身なんですから。その事も考えて下さいよね。


 行き場の無い小さな怒りを撒き散らして校舎へ続く土の坂道を重い足取りで昇って行った。










 ――――。



「…………。あいつ、本当に腕を上げたな。見ただろ?? あの四人に囲まれた時の身の熟し」


「えぇ。正直、度肝を抜かされましたね。四人同時しかも相手はレンカ達。私でもあの四人の攻撃を躱せ続けられるかどうか」


「しかも、だ。殆どの攻撃を禁じていた状態でだ。まだ本気を出していなさそうだったし……。こりゃ新たな指導教官が誕生するのも間近、かな??」


「期待を寄せるのは構いませんが。彼はまだ二等兵ですよ??」


「階級は何とでもなるさ。要は熱意だよ、熱意。絶対向いていると思うんだけどなぁ」


「それは彼次第、ですよ。さ、私達も急ぎましょう。五月蠅い雛鳥が待っていますからね」


「あぁ、そうだな。親鳥も毎日が大変さ」


「ふふ。それが私達の役目です」



 二人は小さな笑みを浮かべて両の足を校舎へと向けた。


 その様子はお互いを認め合い、良く見知った仲が見せる柔和な雰囲気そのものであった。


 勿論これは訓練生達にとって周知の事実である為、揶揄の声が校舎から流れて来る。



「スレイン教官――!! ビッグス教官の腕、空いていますよ――!!」


「がっといっちゃって下さ――い!!!!」


「喧しいぞ!! 全く、神聖な訓練場を何だと……。って、もしもし??」



 彼の左腕。


 そこに生温かい感触と柔らかな感覚が同時に襲う。



「え?? 空いていましたから」


「いやいやいやいや。皆の手前、駄目だって!!」



 己の右腕に絡みつく女性らしい腕を慌てて振り払い、若干薄っすらと羞恥の汗が浮かぶ額で話す。



「皆の手前じゃなかったらいいのですか??」



 羞恥に塗れ今にも沸騰してしまいそうな彼の顔を彼女はキョトンとした表情で見つめた。



「そういう問題じゃありません!! ほら、行くぞ!!」


「恥ずかしがり屋さんなんですね」


「「「あはは!! 教官達お似合いですよ――!!!!」」」



 訓練生達の明るい笑い声が彼等を迎え、それに必死に耐えながら彼は汗を拭う。


 それは冷たさを感じる冬空には酷く似合わない表情であった。























 ◇




 身支度を終え、脱ぎ終えた指導教官用の服をベッドの上にキチンと畳んで置く。


 一切乱れの無いシーツの折り目、塵一つ見当たらない木の床、そして今しがた脱いだ指導教官用の服。



 うむっ、立つ鳥跡を濁さず。


 全て綺麗に片付いたな。



 満足気に部屋を見渡していると、少しばかりの寂しさが心の中を駆け抜けて行く。


 これで此処にいる皆とは暫く……いや。もしかするとずっと会わないかもしれないな。


 何が起こるか分からないこの御時世、皆と過ごす時間は本当に貴重だ。


 目を瞑り此処で知り合った訓練生達、そして温かい指導を与えてくれる教官達の顔を思い浮かべた。



 ビッグス教官の驚いた顔、面白かったな……。


 しかし、まさかスレイン教官があんな態度を取るとは夢にも思わなかったぞ。


 女性の素直な好意は男らしく受け取るべきだと思いますがね。


 想像の中のビックリ仰天の顔を浮かべているビッグス教官に一言物申して目を開けた。



「よしっ!! 行こう!!」



 此処を出てからはレフ准尉への報告も控えている事だし。それにマイ達の様子も気になる……。


 またカエデに迷惑を掛けていないか気が気じゃないよ。


 荷物一式が入った鞄を肩に掛けて宿直室の扉を開き、そして指導教官室へ続く静かな西通路を進んで行く。



『おばちゃん!! 大盛って言っただろ!? 何だよこれ、大型犬並みの盛り方じゃん!!』


『鶏ガラみたいなお前さんはもっと食わなきゃいけないんだよ!!』



 どうやら教室内で明日の連絡事項は既に伝達済みなようで?? 後方の大食堂から届く怒号が微かに西通路の空気を震わせた。



 今日の夕食も大盛況。


 職員の方々も大変ですよね……。一日三回もあの腹ペコの横着者共の相手をしないといけないのだから。



「レイド=ヘンリクセンです。失礼します」



 指導教官室の扉を軽く叩き、染みついた癖で己の名を言い放ち静かに扉を開いた。



「お――。レイド。来たか」



 広い室内に横一列に並べられた指導教官用の机、その中の一つ。


 丁度正面に座るビッグス教官が積み上げられた書類の山から顔をひょっこりと覗かせてこちらに手招きをする。



「失礼します。…………。もう少し、片付けたら如何ですか??」



 机の上には夥しい量の書類、使用感が溢れ出る使い古された木製のコップ、そして要領の得ない鉄の模型が置かれていた。


 それは、犬ですか?? それとも猫??



「変に片付けるとどこに何があるか分からなくなるんだ」


 そういうもんですかね。


「レイド。もっと強く言ってやって。私の忠告なんてまるで聞きやしないんだから」



 彼の右隣り。


 険しい表情を浮かべながら書類と格闘しているスレイン教官が話した。



「ほら、スレイン教官もこう言っている事ですし。これを後でレンカさん達へ渡してあげて下さい」



 スレイン教官の後ろに立ち、鞄の中から本部の住所を書き記した一通の便箋を取り出して彼女へ渡す。



「分かった。後で渡しておくわね」


「本当に御苦労だった。お前のお陰で訓練生達の見聞は広まったよ」


「いえ。これが自分の仕事ですから……」



 自分の指導教官であったビッグス教官から改めて言われると照れるな。



「もう行くのか??」


「はい。この後、我が隊の本部へ戻って報告しなければいけませんので」


「お――。そうか。レフの奴、元気??」



 そう言えば、レフ准尉と同期って言っていたな。



「えぇ。お陰様で」


「はは、そうか。アイツの手癖の悪さ。直っていないだろ??」



 にっと笑って話す。



「え、えぇ。まぁ……」



 あの手癖の悪さは訓練生時代からなのだろうか??



「まぁ――。アレだ。アイツはあぁ見えて芯はしっかりしている。何か困った事があったり、相談事があれば言ってやれ。ちゃんと上官として答えてくれるから」


「その時が来れば、是非」



 普段は御茶らけて犯罪紛い……。じゃあないな。立派な犯罪行為を堂々とする上官なのですが。時折見せてくれる真剣な表情は軍属の者であると頷けるものですし。


 心が音を上げて降参してしまう事象に苛まれたら相談を持ち掛けてみましょうかね。



「ん。ほれ、皆に挨拶しろ」



 周囲で机に向かって作業を続けている教官達へ顎で指す。



「了解しました」



 長々と並べられている机と机の間。


 この室内にいらっしゃる教官達全員から見える位置へ移動しておずおずと口を開いた。



「皆さん。二日間と短い間でしたが大変お世話になりました。若輩者で至らない事ばかりで迷惑を掛けたと思います。しかし、この貴重な経験を活かし、自分の糧にしたいと考えております。僭越ながらここに感謝の言葉を添え、本来の任務に戻らせて頂きます。ありがとうございました!!」



 深々と頭を下げて指導教官達へ礼を述べた。



「お疲れさん!! 初めてにしては中々良かったぞ!!」


「気を付けて帰れよ」


「また来いよ!! 待っているからな!!!!」



 教官達の温かい言葉が胸に染み渡る。


 怒られるかと思ったが、思いの外講義や技術指導は好評だったみたいで良かったよ。



「それでは失礼します!! 有難う御座いました!!」


「おう。気を付けてな」


「レイド。いつでも来てね。待っているわ」


「はいっ!!!!」



 ビッグス教官とスレイン教官の温かい言葉と笑みを受けて指導教官室を後にした。



 はぁ…………。緊張した。


 大変静かな所作で扉を閉めると大きな息を漏らす。


 さて、本部に戻るとしますかね。余り遅い時間に顔を覗かせたら怒られそうだし。



 茜色が目立つ通路を進み校舎を出ると、巨大な欠伸を放ち眠気眼の太陽が俺の頬を柔らかく温めた。


 夕日の明かりが強張っていた肩の力を虚脱させる。そして朗らかな想いを胸に抱いてそのまま正門を出ようとすると。




「レイド先輩!!!!」



 背後から届いた女性の声が俺の歩みを止めた。


 誰だろう??



「はぁ……はぁ……。すいません、お呼び止めしてしまって」


「リネア。どうしたの?? そんなに慌てて」



 見れば一年後輩の彼女が息を荒げてこちらに向かって来る所であった。


 余程火急の件だったのか。大きな丸い目の横から大粒の雫が柔和な線の頬へ向かって流れ落ちている。


 そんなに慌てなくても逃げませんよ??



「はぁっ……。はぁ――。すぅぅ――……。うんっ」



 俺の前で歩みを止めると、今も大きく深呼吸を繰り返していた。



「あ、あ、あの。レイド先輩」


「ん?? どした??」



 急いで向かって来た所為か顔は朱に染まり。そして落ち着かない様子で何やら言い淀んでいる。


 真面目な彼女の事だ。もしかして俺の指導が気に食わなかったから文句を言いに来たのかもしれない。


 徐々に汗の量が増加していくリネアに向かって体の真正面を向け、襲い掛かるであろう文句の嵐を受け止める体勢を整えた。



 出来れば短時間での説教を望みます。


 これ以上の遅れは上官の御咎めを受ける恐れがありますので。



「こ、これ!! 受け取って下さい!!」



 びっくりする位の速さで此方に向かって腕を伸ばすと……。



「へっ??」



 彼女の手の上には小さな四角の布が乗せられていた。


 赤と青。


 綺麗に染まった糸で丁寧に縫い付けられており、首からぶら下げる為だろうか。


 長い紐も付いていた。



「これは??」


「そ、その。お、御守りです!! レイド先輩は激務に携わっているとお聞きして、いつか渡そうと考えて作っていたんです!!」


「へぇ。上手に出来ているね?? 貰っても、いいのかな」


「は、はいっ!!」



 俺が御守りを受け取ると、ぱぁっと明るい笑みを浮かべてくれる。


 成程。


 大粒の汗が止まないのは上手く出来ていないかどうか、不安だったんだな。


 そして情けない俺の為に態々指導の間の貴重な時間を費やして制作してくれたのか……。大変だったろうに……。



「ありがとうね。ここに大切に保管しておくよ」



 右の内胸ポケットの中に仕舞って話す。


 外側のポケットは不味い。どこぞの龍に。



『んおっ!? 何これ!! 私専用の枕!?』



 枕代わりにされてしまうだろうし……。



「で、では。失礼しますね!!」



 大変ぎこちない所作で振り返ろうとする彼女を呼び止めた。



「待って、リネア」


「はい?? 何でしょうか」


「その……。良く頑張っていたんだな。組手の動き。凄く良かったよ」



 以前見た時よりも鋭く速く、そして体に染みついていた甘さがしっかりと落とされていた。


 もしかすると首席卒業も夢じゃないのかもしれない。


 二期連続で女性が首席卒業となると男子諸君は大変気まずい思いをするかもしれないが、実力主義である以上それはやむを得ないからね。



「ありがとうございます!! 一日でも早く、レイド先輩のお力になれるよう精進しますね!!」


「俺の為じゃなくて。皆の為だろ??」


「あ、そうでした」



 えへへと笑い頭を掻く。


 笑顔が良く似合うリネアにこうして屈託の無い笑みを向けられると朗らかな気持ちが湧いてしまうよ。



「では、失礼します」


「うん。俺も頑張るからそっちも頑張ってね」


「ありがとうございましたぁ!!」



 眩い笑みを放ち、俺に手を振りながら彼女の同期が待つ校舎の正面出入口へと向かって行ってしまった。




「ちょっと。ちゃんと伝えたの??」


「無理無理っ!! 絶対無理だって!!!! 御守り渡すだけで恥ずかしくて倒れそうだったもん!!」


「あんたねぇ。この機会を逃したら……」



 友人達が彼女を迎え、何やら険しい顔をして説教じみた口調で話している。


 遠く離れているので良く聞こえはしないが、あの怖い顔からしてきっと明日からの指導の内容であろう。



「レイド先輩、ありがとうございました!!」


「いえいえ。門番、頑張ってね??」


「「はいっ!!」」



 本日の門番の役目を担う両名に労いの声を掛けて懐かしき訓練所を後にした。



 はぁ……。終わったなぁ。


 大分暗くなった道を静かに歩み、感慨に耽っていた。


 これにて任務完了。


 レフ准尉に報告して、恐ろしい大魔が蔓延る宿に帰るとしますかね。


 この二日間で蓄積された疲労からか、随分と足取りが重い。


 今日は早く寝て、明日に備えよう。どうせ目を覆いたくなる量の報告書も書かなきゃいけない嵌めになるんだし。


 休養は必要ですからね。


 リネアから貰った御守りの輪郭を胸ポケットの上から柔らかく擦り。少しだけ重たい足を労わる様にのんびりとした歩幅で本部へと向かって行った。




お疲れ様でした。


さて、私事なのですが。本日、遂に!! 私が待ち焦がれていた映画が公開されました。


映画通なら誰しもが耳にした事のあるそのタイトルは……。


『トップガン』 です!!


いやぁ……。本当に公開まで長かったです。この日をどれだけ待ち侘びた事か……。


今度の日曜日に劇場へ足を運ぶのですが、やはり見どころはF18スーパーホーネットの活躍。並びに前作に出て来たF14トムキャットが登場するかどうかですねっ!!


本物の戦闘機に乗って撮影した事もあってか恐らく臨場感溢れる映像になる事は間違いありません!!


前作をまだ見た事が無い人は是非一度ご覧下さい。きっと気に入ると思いますよ。



ブックマークをして頂き有難う御座います!!


週末恒例のプロット作成に嬉しい励みとなりました!! もう既に指が悲鳴を上げていますが皆様のご期待に添えられる様に投稿を続けて行きたいと考えております。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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