第七十六話 懲りない横着者達
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
爽快で素敵な一日を過ごす為に朝食は必要不可欠な物であり、私は体が求めている素直な量を与えてあげる。
するとどうだろう??
体はスカっと目覚めてわんさかと力が漲りあの化け物擬きの御母様さえも余裕で張り倒せる事が可能になる力が湧き起こるではありませんか。
私はそれを常に心掛けて一日の始まりを迎え、世界最高の体に相応しい次なる獲物を求めて戦場へ意気揚々と駆けていくのよ。
そして本日の素敵な朝食は、まるで新雪の様な美しい純白を輝かせていたおにぎりさんだった。
今は私のお腹の中で栄養に変わりその姿を拝めないのは残念だが兎に角味も良く、今日も一日何か素敵な事が起こるのでは無いか。
そんな陽気な気分にさせてくれたものさ。
しかし……。
胸に抱いていた巨大な期待は素敵な楽園からこじんまりとした宿に戻ると大いに裏切られる形となってしまった。
「ふわあぁぁ……」
阿保なお惚け狼は宿に着くなり、ベッドの上で丸まり所構わず大欠伸を放ってしまう。
しつこく撫でて来る飼い主の手を漸く逃れた猫じゃないんだからもっとシャキっとしなさいよね。
「…………」
もう一頭の狼も束の間の平穏を満喫しているのか、彼女に倣い安らかな吐息を解き放ち伏せている。
「ふふふんっ。ふふ――んっと」
そしてあろうことか深緑の髪を携えた我が親友であり超絶最強爆乳娘はうつ伏せになり、何やら雑誌を鼻歌混じりに眺める始末。
常軌を逸した双丘が内側から服をゴリゴリと押し広げてしまい、形が変わってしまった服が今にも泣き出しそうな顔を浮かべていた。
あれ……。何??
服が内側から伸ばされるっておかしくない??
彼女達が放つ怠惰で悠長な空気が私の心に強い憤りを与え、沸き上がる陽性な感情を霧散させてしまっていた。
な、何をぐうたらと過ごしているのよ。
この場面は次なる狩りに備えて牙を研がなきゃいけないのよ!?
これだからド素人共は困るのさ……。
「ねぇ、ルー。どっか行こうよ」
「ん――。私はいいや――」
ちっ、甲斐性無しのお惚け狼め。
私の崇高なる言葉を受けると、フイっと顔を逸らしてしまう。
「リューヴ。出掛ける気は無い??」
「いや。暫くはこのままでいい」
ふんっ。
運動不足になっても知らないわよ!!
「ユウ!! 私は暇っ!!!!」
「あたしに言われても困る」
こ、このド畜生めがっ!!!!
どいつもこいつもだらけおって!!
ここにじっとしていたら暇過ぎて頭がどうにかなりそうよ!!!!
「何読んでいるのよ??」
先日の件もあってか。
いつも通り派手に暴れる訳にはいかんので固く握った拳を刹那に解除。
己のベッドからひょいと足を降ろし、優しい匂いが漂うユウのベッドに腰掛けて微妙に音程が外れた鼻歌を放ってしまう元凶を覗き込んだ。
「これ?? 服とか下着とか。今人間の間で流行っている物の特集――」
ほぉん。
確かに、文章に添える形で服の挿絵が挿入されているわね。
これを見ても腹は膨れないし……。私には無縁の物だ。
美味しい御飯のお店の特集なら喜んで見てもいいけどさ。
「それよりどっか行こうよ。暇過ぎ」
「はぁっ?? さっき帰って来たばかりだろ?? それに、今あたしはこの本を読んでいるんだ。読み終わるまでその辺でお座りしてろ」
「私は飼い主にしつこく絡む躾のなっていない馬鹿犬か!!」
シッシッと、こちらをあしらう手に思わず噛みついてしまいそうだ。
「あのなぁ。昼飯時にまた出掛けるだろ?? それに。買い食いばかりしていたら直ぐにお金も無くなっちまうぞ」
「それは、まぁ。そうだけども……」
ユウの言っている事は一字一句間違っていないので頑として言い返せないのが悔しい。
ボケナスからカエデへ。
そして彼女から各々に渡された現金の半分をもう使い果たしてしまっている。
この街にはとんでもねぇ強い誘惑があちこちに潜んでいるので、私に襲い掛かる誘惑の手を跳ねのける事は実質不可能なのよ。
金欠に至るのも致し方ないと半ば諦めてこの宿を出ているんだけどさ。
お金が無ければ人間社会で発達している貨幣経済の中で食べ物は買えない。そして私は金欠気味。
お金を使わないで楽しむ方法ねぇ……。
カエデと蜘蛛は残り僅かな調査を果たす為に図書館へ行っちゃったし。
こ奴らは動く気配を見せない。
うぅむ……。楽しい事、ワクワクする事……。
何か妙案は無いだろうか??
「あはっ、この服結構可愛いな……。あたしの肩幅に合う様だったら買っちゃおうかなっ」
お前さんは肩幅よりも他に気にする場所があるだろうと、前歯の裏側までその言葉が出掛かった刹那。
「そうだっ!! 良い事思い付いた!!!!」
頭の中に巨大な稲妻の閃光が迸り、お金を使用しないで楽しい時間を過ごす方法を思いついてしまった。
「な、何だよ。無駄にデカイ声出して」
眼下のユウが私の声に驚き、目を丸くして此方を見上げる。
「ボケナスが上手く指導をやっているか。覗きに行かない??」
あ奴の指導は一体どんなものかと、奴の飼い主である私はそれを評価する必要がある訳。
デカイ面して後輩をしごいていないかも確認しておきたいし。
まぁ私の想像通りであるのならば、後輩達からの執拗な質問攻めに狼狽えているのだろうさ。
その顔はさながら。
海の中で派手に泳ぎ過ぎて窒息寸前にまで追い込まれ、海面にぬぅっと顔を覗かせて口をパクパク動かして必死に空気を吸う魚の顔ってところね。
プ、ククっ!! 傑作よねぇ。
その顔を是非とも私の記憶の中に留めておきたいのだよ。
「マイちゃ――ん。この前尾行がバレて怒られたばかりなんだよ??」
「そ――そ――。それに、訓練所って言う位なんだからあたし達が入れる訳ないだろ」
「行って見ない事には分からないじゃない!! 止めても無駄よ!? 私は行くんだから!!」
狼狽えるアイツの顔が、私の嗜虐心と好奇心を刺激する。
ふふふ。
嫌いじゃ無いわよ?? このワクワクする感じ。
「リュー。マイちゃん止めて――??」
「……マイ。主が迷惑するぞ」
一頭の狼が徐に顔を上げ、鋭い翡翠の瞳で私を睨みつける。
「だから――。邪魔しないようにこっそりと覗くだけだって!! どうせ壁で囲ってあるんでしょ?? その壁からひょいっと覗くだけよ!!」
「本当――?? マイちゃんの言う事は信用出来ないからなぁ……」
「御黙り!!!!」
「びゃっ!!」
これだからお惚け狼は……。全く以てけしからん。
「いい?? その空っぽの頭でよ――く考えてごらんなさい??」
「マイちゃんも私と大して変わらないじゃん」
「あぁっ!? テメェの尻尾ぶち抜いて雀の餌にすんぞ!?」
「お、怒っても駄目だよ!?」
この馬鹿者め。
私の頭が空っぽだと??
まぁ……。うん。
同意はしないけど、似たような者って所は認めてあげようかしらね。
「まぁいい。それよりもボケナスが慌てふためき、後輩達から弄られているのよ?? 狼狽えたアイツの顔。見たくない??」
「まぁ……。確かに見たいねぇ」
「そう言われてみればなぁ……」
おっ、この二人はもう一息ね。
相変わらずちょろ過ぎて欠伸が出ちま……。
「だから。主が迷惑すると言っているだろう」
ちぃっ!! こいつの牙城はそうそう崩せそうに無いわね!!
私達のお目付け役であるカエデが居ない今、この強面狼の強大な壁が最大の難所ね。
だが……。私にはとぉぉっておきの秘策があるのさっ。
これでどうよぉ??
「リューヴは見たくないのぉ?? ボケナスが男らしく汗を流してぇ、後輩の為に声を涸らしてぇ、漲る筋力に汗が伝い落ちてぇ……。頑張ってるって感じよねぇ??」
「むっ……。そう……だな」
おぉ!! 効いてる効いてるぅ!!
フワモコの獣耳をピクピクと動かしちゃってまぁ。
分かり易いったらありゃしない。
これで止めよ!!!!
「アイツが指導しているって事は、一人前の男として認められたって事よねぇ。その男らしい姿、見なきゃ損じゃないかしらぁ??」
「主が一人前の男として……」
「ほらほら。じっとしていても見られないでしょ?? 善は急げって言うじゃない。ちゃちゃっと見て、ぱぱっと帰って来ればいいのよ!!」
「確かに……。それなら主にも気付かれる心配は無いなっ」
はい、楽勝。
「決まり!! 着替えて出掛けるわよ!!」
此処まで畳み込めばもうこっちのもんよ。
「仕方ないなぁ。マイちゃんがそう言うなら付き合うよ」
ルーが人の姿に変わるとベッドの下から服を取り出して部屋着から外用の服へ着替え始める。
うん?? 何じゃ?? その服。
「ルー。その女々しいスカートどうしたの??」
「あ?? これ?? この前買ったんだ。安くてさ――。それに柄も可愛いし。いつもズボンばかりだから偶にはと思ってね」
えへへと陽気な笑みを浮かべて着替えを済ます。
ほぉう。
こいつもちゃっかりと女らしさの入り口に足を踏み入れたって訳か。
温かい肌色の女物のスカートで、足の長いルーには持って来いの品ね。
只、ちょっと裾が短いのが鼻に付いた。
「マイちゃん達も履いてみたら??」
「あたしはいいや。スースーして何か違和感あるし」
「私も遠慮するわ。歩き難い」
「そんなに肌の面積を露出したら、相手の攻撃で容易に肌が傷付くだろう。もっと耐久力のある服を選べ」
ルーの誘いを三人同時に何の遠慮も無しに蹴り飛ばす。
これが私達らしい答えね。
「はぁ……。マイちゃん達に聞いた私が馬鹿だったよ」
「馬鹿とは何だ!!」
「あぁっ!? 微妙にデケェ胸を噛み千切ってやんぞ!?」
「あたしだって履きたいさ!! でもな!! あたしの足は太いんだよ!!」
ユウが己の足をこれ見よがしにベッドの上にドンっと乗せる。
「ユウちゃんは足だけじゃないでしょ――。ほら、行こうよ」
「ユウ。足よりももっと注意すべき所があるのじゃないかしら??」
「主に卑猥な物を見せつけるな」
プリプリと可愛く怒るユウを無視して、私達は部屋の扉へと向かった。
「はいはいはい!!!! どうせあたしの胸は邪魔者ですよ!! いいよ、もう……。何んとでも言えば」
むすっと鼻息を漏らして嫌々ながら後に付いて来る。
流石に言い過ぎたかしらね??
「冗談だって。ユウの足、綺麗よ??」
餓死寸前の痩せ細った七面鳥みてぇなガリガリの女の足よりも、ユウみたいにムチッとした肉付きの良い足の方が良いし。
因みに。
これは絶対他言出来ねぇが、あのボケナスはたまぁ――にユウの足を無意識の内に眺めちゃっているのよねぇ。
親友の隣に並び、肉付きの良い足をポンっと叩いてやった。
「へ――へ――。御世辞として受け取っておくよ」
「へそ曲げないでよ。ほら、行くわよ!!」
「全く……。調子が良いんだからさ」
ユウの背中をポンっと軽快に押して部屋を出る。
待ってなさいよ??
あんたの情けない姿、この目に確と刻んでやるんだから!!
◇
講義も二日目となると大分板に付き……。というのは些か語弊があるな。
此処で指導を始めた当初よりも随分と体に馴染んで来たと言うべきですね。一限そして二限の講義を滞りなく終了させて教室内で大きく息を漏らす。
これで一応、任務の半分は終了した訳だ。
任務完遂まで残り半分。気を抜かない様にしないと。
「以上で講義を終了します。皆さん、ご清聴ありがとうございました」
「「「……っ!!!!」」」
親切丁寧に頭を下げると同時に労いの拍手が湧き起る。
どうもこの雰囲気だけは慣れる気がしない。
顔に僅かな体温の上昇を感じてそそくさと教壇を降りた。
「午前中の座学はこれで終了だ。運動着に着替え、訓練場に集合しろ。いいな??」
「「「はいっ!!」」」
ビッグス教官の声に全員が声を揃えて宿舎へと向かい駆けて行く。
此処で着替えるのでは無くて、宿舎で一々運動着に着替えなきゃいけないのが面倒なんだよねぇ……。
「レイド。御苦労だったな」
「有難う御座います。でも、これで漸く半分って所ですから。技術指導が終わるまで気は抜けませんよ」
一回生の四組の扉を開いて通路に出ると宿直室へ向かう。
その道中。
「「「失礼しますっ!!」」」
俺達とすれ違って行く訓練生達が通路の脇へ退避して、機敏な所作で敬礼を放つ。
通路内で出会った上官には必ず敬礼を放ち通路を譲る事。
訓練所で、そして軍事施設での決まり事なのだが。俺の階級と彼等の階級は然程変わらない。
わざわざ通路を開けて貰い更に敬礼を受けるのも慣れそうにありませんよ……。
「技術指導って仰いますけど。具体的にどんな事をするのですか??」
素晴らしい所作で敬礼を放つ男性訓練生達へ向かって礼の代わりに一つ頷いて教官へ尋ねた。
「俺が大蜥蜴役をやるからお前はどうやって大蜥蜴を倒したのか。それの再現をしてくれればいい。その後、全員で組手を始めるから何か気になった事があれば指導してやってくれ」
「了解です。でも、いいんですか?? 自分なんかが組手の指導をしても」
師匠に言わせれば。
『ひよっこがひよっこを指導しても無意味じゃ』
そんな辛辣な言葉を投げかけて来るだろうなぁ。
安心して下さい、師匠。
自分はひよっこだと自覚していますから。
「四六時中、俺達の指導を受けている訓練生にとってお前の指導は新鮮に映るだろうからな。味変えだよ、味変え」
「人の事を御飯のおかずみたいな言い方止めて下さいよ。でもそう仰って下さると肩の荷が下ります。自分なりに気付いた事を指導していきますね」
「ん、頼む。俺も着替えて訓練生達の準備が出来次第呼びに行くから待っていろ」
そう話して機敏な所作で教官室へと入って行く。
「了解しました」
さてと。俺も制服から訓練着に着替えるとしますかね。
宿直室の扉を開き床の上に鞄を置いて着替えを始めた。
技術指導ねぇ……。
大した事は教えられないと思うけど、教官が仰っていた様に気分転換には持って来いって訳か。
俺はさながら、唐揚げに添えられたキャベツみたいなものか。いや、ビッグス教官は味変えだと仰っていたから南瓜の煮物あたり??
いかん。飯の事を想像したら腹が減って来た……。
昼食まで後少しだし、我慢しろよ??
機嫌の悪い腹を撫でて御機嫌を伺い、ビッグス教官の到着に備えて颯爽と着替えを果たし終えた。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
夕方から何となく行きたい方向を決めてから車に乗って走らせていた所、妙な味を醸し出すラーメン店に出会ってしまいました。
程よく汚れ、程よく安く、そして程よく美味い。
ザ、庶民が通うべき店で慎ましい食事を摂った後はB級ホラー映画を借りて帰宅。
その映画をテレビで流しながらプロット作成を続け、何とも言えない休日の夜を過ごしていました。
それでは皆様、お休みなさいませ。




