表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
457/1237

第七十五話 失う痛みを知らない者 失う痛みを知っている者

皆様、お疲れ様です。


休日の夕方にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 酔いに酔った泥酔者があの歩き方は此方と同類であると確定付けてしまう弱々しく、そして頼りない足取りで宿直室前に到着。


 まるで他人の腕をもう一本括り付けられた様な重さの右腕を必死に動かして扉を開き、本日の寝床である宿直室に入ると。本日の指導によって蓄積された疲労の欠片を宙に吐き出した。



 はぁ…………。つっかれたぁ……。



 自分が思っていた以上に疲れるんだな、人に物を教えるのって。


 教官達は毎日これをさぞ当たり前の様にやっているんだよな?? 改めて尊敬するよ。


 俺好みの硬さのベッドに寝転がり。訓練生時代、真摯に指導を受け持ってくれたビッグス教官の顔を思い描いていると。



『い、いやぁぁああ――――ッ!!!!』



 遠い彼方から激しい衝突音が扉を隔てて聞こえて来た。



 ビッグス教官。スレイン教官を怒らせたらそうなるのを理解出来なかったのですか??


 今回の失態によって受けた痛みを教訓にして次回からは言葉と所作に気を付ける様に。


 口は禍の元。


 自分に強くそう言い聞かせて彼の安否を然程心配せずに体を弛緩させて静かに目を閉じた。



 さてと、本日の仕事は終了。


 このままだと直ぐにでも眠っちまいそうだから部屋着に着替えましょうかね。



 早く眠れと頭に命令する体の強力な要望を跳ね除けてベッドから起き上がり、鞄の中から部屋着を取り出してシャツを脱ぎ。木の香りが漂う空気に肌を晒す。



 そして部屋着に袖を通そうとすると、扉から乾いた音が響いた。


 誰だろう??


 ビッグス教官の死体処理の要請かな??



「はい。どうぞ、開いていますよ」


「失礼します。あっ。す、すいません……」



 俺の予想はものの見事に大外れ。


 部屋に入って来たのは死体擬きを引きずって来たスレイン教官では無く、レンカさんだった。



 俺が着替え中なのを見ると、慌てて視線を逸らしてくれた。



「あぁ、ごめん。直ぐ着替えるから」



 指導教官用のシャツを脱ぎ、楽な服に着替えると彼女の方を向く。



「お待たせ。何か用??」


「……。凄い傷跡ですね」


「申し訳ない。見ていて気持ちの良い物じゃないよね??」



 しまった。見られちゃったか。



「任務中に負傷したのですか??」


「まぁ、そんなとこかな」


「背中に大きな傷。それに右肩の痣に無数の生傷。それ程の怪我を負って生きている事に驚いていますよ」



 右肩の痣は生まれつき。背中の大きな傷は腹部から貫通した槍の跡で、その他の殆どは恐ろしい九祖の血を受け継ぐ彼女達からによるものです。


 戦闘中だけの傷だったら随分とマシに見えるのにねぇ……。



「丈夫なのが取り得だからさ。立ち話もなんだし。座ったら??」



 机の前の椅子へ促してあげる。



「それでは。失礼します」



 彼女は椅子、そして俺はベッドに腰かけて静かに対峙した。


 レンカさんが口を開くのを待っていたが。



「……」



 彼女は何やら言い淀んでいる様子。


 恐らく遅い時間に尋ねて来た事を気に病んでいるのだろう。



「それで?? 話は何かな??」



 中々言葉を発しようとしないレンカさんへ向かって柔らかい口調で催促してあげた。



「本日の講義中に話されていた……。魔物とオークの違いについて、もっと詳しく話を聞かせて頂けませんか??」


「詳しく、というと??」



「レイド先輩は魔物とオークの違いは意志と命の有無だと仰っていました。どちらも人間とは相容れぬ存在だと考えていましたので……。どうしても納得出来ないのです」



 成程、そういう事か。



「ん――。難しいけど良い質問だね。じゃあ一つの例えを出そうか。もし、目の前に一体のオークと大蜥蜴が現れたとする。どちらとも凶器を携え、レンカさんに敵意を剥き出しにしているとしたらどうする??」



「両者共に排除する事に務めます」



「うん、それで正解だよ。じゃあ今度はオークが敵意を剥き出しにしてレンカさんに襲い掛かって来る。しかし、大蜥蜴はレンカさんを助けようとしている。さぁ、どうする??」



「えっと……。オークを排除してから様子を見てみます。もし、こちらに敵意を向けるようであれば排除しますね」


「それも正解。今は単純な例えを出したんだけどさ。一つの意思表示だけでこうも展開が変わるとは思わないでしょ??」



「えぇ……。まぁ……そうですね」



 口に指を当てて深く考え込む仕草を取る。



「実際見てみれば分かるんだけどさ。大蜥蜴にもハーピーにもれっきとした意志と感情が見られるんだ。それは……。まるで人間の様にね。遥か昔魔物と人間は共存していたって話も残っている位だ。今はその数も減少して人で溢れているこの大陸のどこかにひっそりと暮らしている。人間が彼等の存在を消滅させる権利を持っていると思うかい?? 俺は少なくとも持っていないと思うね。彼等にも生存する権利がある筈だ」



 人間は人間の作った決め事を守って生活圏内で活動を繰り広げ、魔物も同じくそれに従う。


 互いに異なる文化、異なる価値基準、そして異なる生き様。


 人間が作った法律や人間の倫理観は魔物達に対して振り翳すべきでは無い。


 それこそ暴力的な是正であり決して許される行為ではないのだ。



 互いの主義主張が衝突した時、それをより良い方向へ導く為には対話という意思伝達手段が必要不可欠。


 しかし、今はそれが欠如してしまっている。


 それが相俟って人間の目には魔物が恐ろしい異形の存在に見えてしまっているのだ。


 彼女達は……。純粋無垢で本当に綺麗な色の魂を持った存在。


 ま、まぁ。その中には。



『ギャハハ!! 地面と仲良く抱擁を交わしやがれぇぇええ――――!!!!』



 時折、何の遠慮も無しに大変恐ろしい力を振り翳して来る方もいらっしゃいますが、人間同士でも暴力沙汰はありますからね。そこは目を瞑ります。



 今、この世界で両者が語弊無く分かりあえるのは不可能かも知れない。しかし、互いを知ろうとする努力は出来る筈。


 こんな事は起こって欲しくは無いが……。相互理解に及ばず武力衝突が勃発するのであれば、俺はこのちっぽけな命を賭して全力で両者を止めてやる。


 俺の安い命で大勢の命が救われるのなら安い買い物さ。




「しかし……。いつ我々に牙を向けるか、分からないじゃないですか」


「それは向こうの事を知ろうとしないからだ。互いに拒絶し合うのではなく、了承し合い。歩み寄る事に注力を注ぐべきだと思う。互いに拒絶する存在なんて悲しいとは思わないかい??」



「例え、理解しようと努力しても……。言葉が通じない限りそれは不可能じゃないですか。言葉が通じないだけで人間は恐怖を感じるものですよ?? ましてや、相手は異形の存在。慄くのが当然かと思われます」



「それを乗り越える為に俺達がいるんじゃないのかな。相手が武力に訴えて来たら抑えればいいし。仲裁に入る事も出来る。主観で考えを決めつけるんじゃ無くて、客観的に視野を広げて物事を咀嚼する。何も選択肢は一つじゃないんだ。俺達は様々な選択肢がある中で可能な限り、魔物達との共存の道を模索していくべき。そう考えているよ」



 その選択肢の中には当然、別離というのも含まれている。


 人間側がその選択肢を選択すれば俺はマイ達魔物側に付く。


 この事はもう既に心の中で硬く誓い、そして揺るがない決定事項だ。



「様々な選択肢、ですか。最善の答えを導く為に取捨選択を繰り返す。途方も無く長い思考時間を有しそうですね」



「それでいいんだよ。直ぐに決断しようとするから間違いが起こるんだ。長考するのは間違いじゃない。只、オーク共には一切の手加減はいらない。あいつらは……。生きていないんだ。作られた物。醜い姿に血は通っていない。苛烈な勢いで殲滅し、一日でも早くこの大陸。いや、人類に平和をもたらせないといけない。それが俺達の使命だ」



「その意見には大賛成です。私の……。大切な物を奪った奴らを生かしておくわけにはいきませんから……」



 ぎゅっと拳を握り、ドス黒い怒りを露わにして話す。



「ごめん。実は教官達から聞いたんだけど……。その昔、オークに襲われたんだよね??」



「はい。家族を……。目の前で殺されました。まだ幼かった頃ですが、今でもその光景はこの目に焼き付いています」


「復讐、したいよな??」



「当然です。例えこの身が焼けようとも、心臓が動いている限り復讐の手を止める事はありません」



 凄い執念だな。


 只、その強烈な復讐心が己の身を焦がす事にまだ気付いていない。


 それは戦いの時に邪念を生むきっかけになりかねない。



「肉親、友人を失った事は残念に思うよ。けど、復讐心だけで戦いに勝てる程現実は甘くない」


「どうしてです?? 怒りの灯火が燃え上がり、大炎に変わり力を与えてくれるじゃないですか」



「烈火の如く燃え上がる心は力を与えてくれる。しかし、身に余る炎は己の身を焦がし諸刃の刃となる。その心は冷静な判断に欠けて広い視野を持てなくなるんだ」



「それでいいじゃないですか。一体でも多くのオークを殲滅し、勝利へと導く。例え、この身が滅んでも……」



 思いつめた表情でぽつりと話す。



 こりゃいかん。このまま戦場へ赴けば体よりも先に心が憎しみの炎に焼かれてしまう恐れもあるな……。


 彼女の事を良く知らないがそれでも常軌を逸した憎しみが体の中から溢れて来るのを掴み取れてしまうよ。




「また例題を出そうか。レンカさんは分隊長に任命されて五名の部下を連れてある任務へと赴く。そして、任務中に仲間が負傷した。今引き返して、後方に控えている別の小隊に合流すれば仲間の命は助かる。しかし、残った隊員で任務の継続も可能だ。しかも目標の対象はレンカさんが憎しみを抱いているオークの殲滅。その達成まで後少しの所までこぎ着けている……。さぁ、分隊長殿。どう判断する??」



「…………。別動隊に合流すれば任務の達成は不可能になるのですよね??」



 暫しの沈黙の後、口を開く。



「そう。任務達成は不可能になるね」


「では、私は負傷者をその場に置いて前進します。任務達成が第一ですから」



 そっか……。


 やっぱりそう答えるよな。




「レンカさん。君は、分隊長失格だ」


「何故です?? 任務を達成する為に私達は存在しているのですよ??」



 言っている意味が分からない。


 そんな表情を浮かべて話す。



「いいかい?? ここにいる皆は、仲間であり友人でありそして……。大切な家族だ。俺達は確かに任務を与えられたらそれを遂行しなければいけない義務を背負う。大局的に見れば任務達成で得られる戦果の方が大きい。けどね?? それでも家族を犠牲にしちゃいけないんだよ。レンカさんも経験したと思うけど、目の前で家族を失う悲しみを遺族の方々に背負わせたくないだろ??」



 俺がそう話すと忌まわしい過去が甦ったのか、ぎゅっと下唇を噛む。



「助けるべき時は助ける。命は何よりも尊いんだ。それに習っただろ?? 任務中の負傷者の規定について」



「人命救護を最優先し、要救助者として扱い安全な場所へと速やかに移動させろ。でしたね」



「そうだ。家族を見捨てるなんて言語道断、俺達は太い絆で結ばれているんだ。その事を忘れないで欲しい」


「家族……」



 冷たい視線で床を見下ろしてぽつりと呟く。



「俺とレンカさんも家族だぞ?? そうだな……差し当たり。俺がお父さん、かな??」



 暗くなってしまった場の雰囲気を和まそうとお道化て言ってみせた。



「ふふ。どちらかと言えば、お兄ちゃんですね」



 ふっと口元を緩め、柔和な顔つきになる。



「おっ。初めて優しい表情を浮かべてくれたね?? ここに来てからずっと俺の事睨んでいたから嫌われているのかと思ったよ」


「そ、そんな事ありません!! 只……。笑う事に慣れていないんです」


「口を大きく開けて遠慮無しに笑い、誰かが悲しめば泣き、憤りを感じれば怒り、耐え難い苦労も楽しむ。それが家族ってもんさ。もっと周りを頼って心を開いてみたら??」



「そうしたい気持ちはあるのですが。どうも……」



 う――ん。まだ暗いなぁ。


 身の上話をするのは得意じゃないけど……。




「ある奴の事を話そうか。そいつは、孤児で肉親と呼べる人は物心付いた時からいなかった。孤児院で育ち、家族は孤児院の連中と此処に集った勇猛果敢な連中だ。悲しむ暇も無く、嘆く時間さえも惜しくてね。日々の訓練に勤しんでいたんだって。けど、厳しく辛い筈の訓練も家族と共になら全然苦にならなかった。寧ろ、楽しんでいたそうだ。そいつは無事訓練所を卒業すると任務に就き、大怪我を負いながらもしっかりと己の責務を果たしているよ」



 ニコリと口角を上げて話してやる。



「それって……」



「うん。実は俺も孤児、なんだ。レンカさんと違う所は実の両親を見た事が無い。親の顔も知らずに育ったからこんなひねくれたのかもね??」


「ひねくれているんですか??」


「そりゃそうだよ。普通にお道化たり仲間と一緒に燥いで教官達に怒られたり、喧嘩して始末書書かされたり色々悪い事もしてきたもんさ。真面目そうに見えて、実は横着者なんだぞ」



 胸を張って言ってやった。



「そう見えませんよ??」


「そうかな??」



 目が合い、暫くするとお互いの口から自然と笑みが零れ落ちる。それは何の遠慮も無しに放つ家族同士が交わす明るい表情であった。



「ふふ」


「ははは。どう?? 少しは肩の荷が下りたかな??」


「えぇ。胸の奥底にある重い欠片が取れた感じがします」



 黒く淀んだ感情が春の温かい光によって少しだけ和らいでいる。


 彼女の心の根幹にあり、力の源になっているのは復讐。


 それを全て払拭するのは他人では不可能に近い。己自身が変えるしか選択肢は無い。


 只、此処に居る彼等ならばドス黒い心の根幹を勇気ある強き光へと導くきっかけを与える事が可能だ。


 太陽の光が巨大な氷を溶かす様に。膨大な時間を費やして彼女の冷たい心を溶かしてあげるべきなのだ。




「俺は本当の家族を失う怖さは知らない。けど、孤独の痛みを知っている。レンカさんは失う怖さもそして孤独の痛みも知っている。だからさ……。俺達みたいな人がこれ以上増えない様に、そしてその痛みを理解してあげる強さを身に着けて欲しい」



「レイド先輩が仰っている強さを身に着ける。その為にはまだまだ時間が掛かりそうですが……。はい、自分なりに努力しようと思います」



 俺の考えがはっきりと伝わってくれたのか。口元を柔和な角度で上げて答えてくれる。


 うん、良い笑みだ。



「そりゃ良かった。……って!! 消灯時間大丈夫!?」



 しまった。


 つい話し込んでいたので消灯時間の事を忘れてしまっていた。



「今は……。午後十一半時ですか。消灯時間を大分過ぎていますね」



 レンカさんが壁際の背の高い置時計へ視線を送って話す。


 消灯時間は午後十一時。


 それが三十分も経過しているのだ。消灯時間が過ぎて夜間警備の訓練生以外の者が教官に見つかれば始末書は勿論の事、翌日には過酷なシゴキが待ち構えている。



「こりゃいかん!! 女性宿舎まで送っていくよ。それなら怒られるのも少しは軽減してくれるでしょ」


「別に構いませんよ?? 私は消灯時間に間に合わない覚悟で来ていますから」


「俺が怒られちゃうの。ほら、行くぞ」



 ベッドから立ち上がり、彼女に手を差し伸べると。



「あ、はい」



 おずおずと俺の手を掴む。


 手に力を籠めて椅子から立ち上がらせてやると早速宿舎へと向かった。



「うわぁ……。暗いなぁ……」



 校舎の通路は侘しい蝋燭が点々と灯され、頼りない明かりが懸命に闇を払い微かに周囲を照らしている。



「此処の通路は普段使用出来ませんから新鮮です」


「基本的には教官達しか使えないからね。今日初めて此処の西出入口を使用したよ」


「あそこ便利ですよね。直ぐに食堂へ行けますし……」


「あはは。昼の大食堂は激戦区だからね。数分の遅れが命取りだからさ」


「レイド先輩は良いですよね。教官用の受け取り口が使用出来て」


「役得って奴さ」



 暗く静かな通路に明るい声がこだまする。


 明るい内は訓練生達の慌ただしい足音や、喧しい声が溢れているので随分と寂しく感じるな。



 西通路から東通路を抜けて淡い月明かりが照らす外へ出ると、宿舎へ続く道を北上する。



 初冬の冷たい夜風が肌をそっと撫でて行き、微かな土の香りが心を落ち着かせてくれる。


 数多の訓練生達が踏み均した土の道は依然と変わらず存在している事に懐古の感情がそっと湧く。



 訓練場で早朝の走り込みを終えるとこの道を辿って食堂へと駆け込み、食事を終えたら荷物を取りに宿舎へ戻る。


 そして座学が行われる教室へ向かってほぼ全力疾走に近い速度で向かうのだ。



 ふふ、俺も数か月前までこの道の上を駆けていたのかと思うと何だか不思議な感覚に囚われてしまいますね。


 


 静かな雰囲気に心を落ち着かせていると、極悪非道の限りを尽くした犯罪者もペタンと尻餅を付いてしまう鬼の形相が俺達を待ち構えていた。



「お前達……。今、何時だと思っているの??」


「スレイン教官!! 申し訳ありませんでした!! 彼女を長らく引き留めたのは自分の責任です!!」



 女性訓練生の宿舎の前で腕を組み、これでもかと顔を顰めた表情で仁王立ちしているスレイン教官へ向かい速攻で頭を下げた。



「申し訳ありませんでした」 



 レンカさんも俺に倣い、綺麗な角度で頭を下げる。



「そんな事だろうと思っていたわ。レイド、貴方の顔に免じて今日だけは許してあげる」


『やったな』



 そんな意味を含めて、頭を下げたまま片目を瞑ってレンカさんの方を向いてやった。


 彼女はこちらの表情を受け、スレイン教官に分からない様静かに口角を上げてくれる。



「ほら、いつまで頭を下げている。さっさと部屋に帰りなさい」


「はっ。失礼します」



 レンカさんが駆け足で宿舎の扉を開け、暗い室内へと姿を消した。



「全く……。消灯時間の事を知っているでしょう??」


「そうしたいのは山々でしたが。彼女の事、どうも放っておけないんですよね。己の境遇と似ているからでしょうか」


「レンカも、そして貴方も孤児。感情移入するのは構わないけど特別扱いだけは止めなさい。あくまで公平に接する事、いいわね??」


「了解しました。では、失礼します!!」


「一限から講義が始まるからそれに遅れない様に」


「了解です」



 スレイン教官に一礼を交わして宿直室へ向かって踵を返した。



 感情移入、か。


 多分スレイン教官が仰っていた通り、知らず知らずの内に自分と重ね合わせているのかもしれない。


 失う怖さと痛みを知っている彼女には頑張って貰いたいものだ。


 そして、此処にいる家族を大切にして貰いたい。


 俺の話を聞いて少しは仲間を想いやる心が芽生えてくれればいいんだけどね。


 遅々とした歩きで清らかな初冬の夜風を満喫しながら宿直室へと向かい進んで行った。



























 ◇




 宿舎二階の部屋に戻ると既に蝋燭の火は消され窓から射し込む淡い月明りが部屋を照らしていた。


 耳に届くのは同室で休む彼女達の微かな寝息と布が僅かに擦れる音。


 皆、寝ちゃったかな。


 足音を極力立てないよう、忍び足で室内を進み己のベッドへと腰を掛けると。



「…………。どこ行ってたの??」



 か細く、しかし確実に聞き取れる声が静かな室内に響いた。



「ミュント。起こしちゃった??」



 己のベッドに入り、彼女の方を見つめる。


 ミュントは天井を見つめて何やら考え事をしている様子だ。



「レンカが帰って来るまで起きてたのよ」


「そっか」



「…………。レイド先輩の所に行ってたんでしょ??」


「うん、そう」


「何、話していたの」


「オークと魔物の違い。そして、家族。かな??」


「家族?? あんた一人身でしょ??」


「そうだよ。此処にいる訓練生は皆家族なんだって。レイド先輩が言ってた」


「ふぅん。まぁ……いいや。明日も早いし、あんたも早く寝なよ??」


「そうする」



 そう話すと、深い眠りを誘う静けさが部屋を包む。



 家族、か。


 本当に……。思い出すのも難しい程の昔に聞いた温かい言葉だな。


 私には一生無縁の物だと考えていたけど、レイド先輩からそう言われた時。



 今まで無風で殺風景だった心に温かい春の風が微かに吹いて小さな花弁が舞った。



 心地良くてどこかほっとするようなそんな温かい気持ちが生まれたのは本当に久々だ。


 きっと、私と同じ痛みを知る彼から言われたからこんな気持ちが生まれたんだよね??


 レイド先輩は私と同じ孤児。


 頼れる家族もいない状態でパルチザンに入隊して、切磋琢磨を繰り返して今に至る。


 私は知らず内に己の姿を重ね合わせていたのかな??


 もう少し、ほんの少しだけ周囲に頼ってもいいのかもしれない。


 彼が言っている事が事実ならば私達は……、家族なのだから。



 家族。


 この言葉を静かな眠りが訪れる迄、心の中で何度も反芻して噛み締めていた。


 レイド先輩、有難う御座います。貴方が教えてくれた温かい指導を糧にして明日からの訓練に備えますね。


 此処に居ない彼へ細やかな感謝の言葉を述べると私の意識は己自身で意図せずとも夢の世界へと旅立って行ったのだった。




お疲れ様でした。


日曜日の午後、皆様如何お過ごしでしょうか??


私は相変わらず文字を打ち続けているのですが、このままでは指の関節が全部もげてしまいますので今から気晴らしに外出して参ります!!


買い物も良いですが……。適当に車を流してちょっと早めの夕食でも摂ろうかと考えている次第です。



そして、いいねをして頂き有難う御座いました!!


それでは引き続き休日を楽しんで下さいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ