第七十三話 苦し紛れの援護要請 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
それでは、どうぞ。
ふぅ!! いい運動だったな。
途中、あれは……。多分ミュントさんだとは思うけど急に声を掛けられ驚いて停止したのを除き、滞りなく足の筋力を動かした所為か。随分と両足の機嫌が良い。
師匠の所ではこの倍以上の距離を走らされるし、いつ呼び出されるか分からないから長い距離に慣れておきたいが……。
食事の時間も考慮しないといけない。
適度な距離を見計らい切り上げて宿直室へと戻り、流した汗を拭き終えるとベッドに寝転び。
古い木目の天井を何とも無しに見上げていた。
それにしても、指導って自分が思う以上に難しいんだよな……。教わるよりも教える事の方が数段難しい事に気付き、己の指導力。そして語彙力の無さに情けなさを覚えてしまう。
矮小な歯痒さを噛み締めて瞼を閉じると、熱心な顔つきで俺を見つめて来る訓練生達の顔が浮かび上がった。
皆真面目で、真剣に取り組んでいたし。少しは彼等の役に立てたのだろうか??
それとも只のお伽噺として捉えられたのか……。
オークと魔物の違いについて意志の有無を説き熱弁を揮ったが、果たして俺が抱いている何割の思いを伝えられたのか疑問が残ってしまう。
魔物と人間は共存できる。
この事実だけはどうしても伝えておきたかった。
魔女を倒せば言葉の障壁を崩す事も出来るかもしれないし、出来なくても俺が率先して仲介に立てばいい。
魔物が排除される事だけは避けなければならない。
ま、俺も半分魔物みたいな存在だけどさ。
「……」
静かに右手を宙に翳して、力を籠めて拳を作る。
俺の中に眠る龍の力。
人間が知ったらやはり、異形の存在と位置付けられて迫害されてしまうのだろうか??
別に俺はそれでも構わないと思っている。マイ達にそれが及ばなければ、ね。
彼女達に迫害の波が押し寄せればアイツ等の事だ。徹底抗戦の構えを取るだろう。
勿論。
そうなった場合、俺はマイ達側に付くつもりだ。
その時、この手を人間の血で穢す覚悟はあるのだろうか……。
俺に流れている人間の血。もう半分は魔物の血。
魔物じゃなくて龍の血、かな??
本物の人間にも、純粋な魔物にも属さない中途半端な存在だけど。その中間にいる俺だからこそ負える役割もある筈。
血で血を洗う戦いが起こる前に身を挺して止めよう。
俺の命で収まるのなら安いもんさ。
そうならない為にも一日でも早く魔女との戦いを終わらせ、語弊無く分かり合える世界を構築しないと。
何処までも続くこの世界で俺はちっぽけで矮小な存在だけど、夢だけは一丁前に持っている。
その実現の為こうして毎日頑張っているんだけどなぁ……。まだまだ夢が叶う日は程遠いよ。
「――――。レイド、いるか??」
「あ、はい」
一人静かに物思いに耽っていると、ビッグス教官の声が扉を通して聞こえて来る。
ベッドから急いで立ち上がり扉を開いた。
「お。中々似合っているぞ??」
「これですか??」
指導教官用の運動着を指して話す。
「どうだ?? この際、教官職を目指してみないか??」
「まさか。分不相応ですよ。自分は顎で使われ、齷齪働き蟻の様に身を粉にして動いているのが似合いますって」
「そう謙遜するな。今から晩飯に行くけど、どうだ??」
「是非、ご一緒させて頂きます!!」
晩飯。
その単語を聞くと腹の虫が歓喜の声を上げたので、素直に彼の誘いに乗って部屋を後にした。
「レイド。どうやらお前に質問を伺いたい者が多いらしいんだ」
「そんなに、ですか??」
俺の講義は余程分かり難かったのかしら。
本当に静かな西通路の中を大食堂へ向かいながら話す。
「貴重な経験をもっと詳細に知りたいんだとさ。宿直室では収まりきらないと思うから、俺の一組の教室を利用して構わん。食事を終えたら移動を開始してくれ」
「了解しました」
どうやらまだまだ休めないようだ。
まぁ意欲的な訓練生が多いのは良い傾向だけどね。
「安心しろ。消灯時間までで構わん。明日も指導は残っているし疲労を残すのは由々しき事態だからな」
「そうなる事を祈っておきますよ。おぉ……。この時間も相変わらず混んでいますねぇ」
東出入口から大食堂に足を踏み入れると。
「おばちゃん!! 御飯は超大盛って言ってるだろ!!!!」
「こっちも!!」
「わ――ってるよ!! 一度に何度も注文するな!!!!」
訓練生達の飢餓の声が乱反射していた。
「うっめぇ!! これなら無限に食えるぜ!!」
「ははっ、それは無理だろ」
「はぁ――……。今日も疲れたわね……」
「明日は午後から模擬戦があるから楽出来るじゃん」
ある者は食を只管進めて胃袋に栄養を送り続け、ある者は食事もそこそこに雑談に興じ多様多色の様子がそこかしこで見られる。
先程、本日の訓練並びに座学が終了したのだ。
陽気な気持ちになるのも頷けるよ。
俺もこの憩いの時間を待ち焦がれて一日の苦労に耐えていたものさ。
長机の合間を進み、教官職用の受け取り口へ進む。
「ビッグス教官。何にします??」
お昼の時とは違う職員の方が応対する。
彼女の奥の看板には。
『野菜炒め定食』
『うどん定食』
『そぼろ肉のパスタ』
三つの献立が書かれていた。
う……む。迷うな。
「じゃあ、俺はうどん定食で。レイドは??」
「自分は……。そぼろ肉のパスタで」
慎ましい汗を流したので体は塩気を欲している。そして献立の文字が舌に挽肉と麺の奏でる旋律の味を思い出させてしまっていた。
この一択で間違いは無いだろう。
「はいよ――。量はどうする??」
「「超大盛で」」
おっと、ビッグス教官と一字一句違わぬ声を合わせてしまいましたね。
「あはは!! あんた達、似た物同士だね!!」
「おばちゃん……。俺とコイツが似ている訳ないだろ?? ほら。俺の方がかっこいいし」
「顔の事じゃないさ。大体、顔だけだったらそっちの子の方が私は好みさ」
どうも。
軽く笑みを浮かべて素直に御世辞を受け取る。
「あぁ!! 何だ、その笑みは!! 俺に勝ったとでも言いたいのか!? 上官を揶揄うのは侮辱罪にあたるから駄目なんだぞ!?」
またそうやって人の顔へ何の遠慮も無く指を差す……。
行儀が悪いですよ??
「そんな事ありませんって。人によって顔の好みは変わりますし、その尺度も人それぞれですよ。因みに。自分はビッグス教官の男らしく猛々しい姿、そして体から滲み出る雄の香りは素敵だと思っております」
これで機嫌は直るでしょ。
「ふ、ふんっ。わ、分かっているじゃないか」
ほらね??
ぽっと頬を朱に染めてそっぽを向いてしまった。
怒ったり、照れたり忙しい人だなぁ。
「お待たせ!! はい、超大盛お待ちどうさま!!!!」
うわぁ……。大盛にしておけば良かったかな。
小型犬程の麺の山が巨大な皿の上に乗っかって出て来ると数分前の自分の答えに早くも後悔してしまう。
醤油と塩胡椒、そして微かな大蒜を混ぜ合わせてそぼろ肉を炒める。
小さな粒のお肉に味が染み込み、ある程度焼き目がついたら一旦鍋から外し。茹で上がった麺と絡ませる。
此処で大事なのが麺を茹でた時の煮汁と一緒に炒める事。
豪快且大胆にそぼろ肉と麺を炒め、再び塩胡椒で味を整えたら完成ですよっと。
はぁ……。量は兎も角……。この馨しい香りだけで御飯二杯は容易く平らげられそうだよ。
その香りに誘われて両手で盆を持つと。
「おっも!!!!」
素直で正直な言葉が口から零れてしまった。
「ははは!! そんな量で何を億劫になっているんだ。男なら食らってみせ……。おっも」
ビッグス教官も見紛うばかりの量に俺と同じ感想を述べる。
「教官だって重たいって言ったじゃないですか」
「いいや!! 気の所為だ!! 俺はそんな女々しい事は言わん!!」
良く言いますよ。
昼食の時、可愛い声を出したのはどこの誰ですか??
子犬を乗せた盆を運び、昼食時と変わらぬ席に着き早速食事を始めた。
「「頂きます!!」」
教官と共に食に礼を述べて豪快に口の中へ麺を放り込んだ。
「…………うん。美味い!!」
挽肉を噛むとじわりと肉汁が舌の上に零れ、疲弊して傷付いた筋肉がもっと肉を寄越せと叫ぶ。
そこで待ったを掛けるのは甘く、口溶けの良い麺だ。
肉の雄々しさと口当たりが柔らかな麺。
この二人が手を取り合い、うふふと笑みを浮かべて口の中で混ざり合う。
鼻から抜けて行く微かな大蒜の香りと体に嬉しい塩気がとめどなく食欲を湧かせてしまった。
これなら完食出来そうだな。
口と顎を忙しなく動かして確実にその量を減らして行くと、左隣から女性らしい声色が響いた。
「レイド先輩っ。ここ、座ってもいいですか??」
「ふぇ?? あぁ。構いませんふぉ」
口一杯に麺を頬張りながら、隣を見ると……。
そこには盆の上に食事を乗せたミュントさんが笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
「良かった。よいしょ。…………すっごい量ですねぇ。それ、全部食べるんですか??」
特に遠慮する様子も無く座り、俺の前に座っている子犬を呆れた目で見る。
普通ならそんな感想を抱くよね。
「体が資本の仕事だからね。食わないと駄目だよ??」
「そうだぞ、ミュント。食って、鍛えて、体を大きくするんだ。食う奴は強い……。いつもそう言っているだろう」
うんうん。ここで何度も伺った台詞だ。
食わない奴は体が出来ない。
体は思っているより栄養を欲しているのだからそれを満足させる為、許容範囲を超える量を胃に流し込まなければならないのだよ。
それに師匠の所に比べれば、この程度の子犬。
はっ、片腹痛いわ。
向こうは大型犬では収まり切らず、その犬を収容する犬小屋並みの量を食わされますからね。
「今日は座学中心でしたので、そこまでお腹は空いていません」
そう話す彼女の目の前に置かれている飯を見たが。
野菜定食の御飯普通盛り、であった。
マイだったら五分で……。いや二分で完食出来る量だな。
「あ、ミュントここにいたんだ。置いて行かないでよね」
「あはは。シフォム、ごめんね」
ミュントさんの更に左隣に彼女の友人が座る。
あぁ、そう言えばスレイン教官の組の子達だな。
仲が良いんだろう。
今もあれこれ取るに足らない話を交わしていた。
…………、しかし。
このパスタ、いつになったら減るんだ??
さっきから食ってはいるのだが一向に形が変わる様子を見られない事に一種の不安感を抱いてしまう。
「ねぇ。レイド先輩」
「ん――?? ふぁに??」
口に物を入れて話すのは失礼かと思うが、如何せん。
食べ続けないと質疑応答の時間に間に合いそうにないのですよ。
「さっきも質問しましたけどぉ……。本当に彼女さんは居ないんですか??」
「え?? 急にどうしたの??」
突然の想像もしなかった質問に思わず箸の動きが止まってしまう。
「気になったから聞いただけですよ。ほら、レイド先輩優しそうだから彼女さんいそうですし」
最近の子はこういう事を聞くのに何の躊躇もしないのだろうか。
大胆というか、察しが足りないというか……。
「優しいから彼女がいるって訳じゃないでしょうに。彼女?? いないよ」
「そうなんですか!? へぇ……。いないんだぁ」
そう話すと何やら嬉しそうに御口の小さな兔の如く焼き目が美しい野菜をポリポリと食んでいる。
「いないと言うか、出来ないんだよ。ここを出てからと言うものの。任務、任務の連続で遊んでいる暇は殆ど無くてさ。それに、出来たとしても時間を作ってやれないから申し訳無いし……」
偶に出来た休みは体を鍛える為に使っているし、それに??
暇を良しとしない恐ろしい魔物達が俺の時間を略奪してしまうでしょうからね!!
「え――。作ればいいじゃないですかぁ。あ、耳寄りな情報なんですけど。私、今彼氏いませんよ??」
何が耳よりの情報なんだろう??
要領を得んな。
「レイド先輩。前の席、宜しいですか??」
「へ??」
今度は俺の正面の席にレンカさんが座る。
静かに素早く。
声を掛けられて漸くその存在に気付いたよ。
本日の彼女の夕食はうどん定食で、丼からは美味そうな湯気が立ち昇り室内に流れる空気に揺られていた。
「構わないよ」
「有難う御座います。では、早速質問なのですが。効率的、且容易にオーク並びに魔物を殺傷する方法を教えて下さい。肉を貫き、体内の臓器を損傷させ、惨たらしく死に至らせる武器の挿入角度も知りたいのですが」
「「ブッ!!!!」」
またもや仲良く一緒にビッグス教官と咽てしまった。
「レ、レンカ。今は食事中だぞ」
「ゲホッ……。訓練で習わなかったの??」
急におどろおどろしい話が出て来てビックリしたよ。
「ちょっと、レンカ。今食事中なのよ??」
ミュントさんが顔を顰めて話す。
「食事中に話してはいけない事なの??」
「当り前じゃない!! レイド先輩は今、肉を食べているのよ?? それなのに臓器やら殺害方法やら。変な連想しちゃうでしょ」
いや、もういいからその話はしないで。
「私は気にしない。それで、どうですか??」
どうですかと言われましても……。
「そ、そうだね。後でその質問には答えるよ」
取り敢えず、その場しのぎの答えで乗り切った。
「そう、ですか。では、次の質問ですが」
「ちょっと、レンカ。レイド先輩の食事の邪魔よ。質問は後で時間取ってくれるからそれまで我慢しなさい」
「その時間が惜しいから今こうして質問をしているの」
「はぁ?? 私の話。聞いてた??」
おいおい。
ここで一戦始めないでくれよ。
「――――。二人共、そこまで。食事を済ませてから乳繰り合いなさい」
「「……」」
スレイン教官の鶴の声が響き、二人はむぐっと口を閉じてしまう。
教官の夕食はうどんのみ、か。寂しい夕食を持ってビッグス教官の隣に座る。
昼間もうどんだったけど……。飽きないのだろうか??
「ビッグス教官。隣、失礼しますね」
「お、おぉ……」
すると、彼の表情が途端に引き攣り。今から何かが始まるんじゃないかと気が気じゃない様子でモソモソとうどんを口に運んでいた。
「明日の模擬戦の時間なのですが、私の組とそちらの組は午後二時からと決まりました。午前中は技術指導、食事を終え休息を経てからになりますね」
特段気にする様子も無く、麺を啜りながら話す。
「りょ、了解だ。……っ!!」
ビッグス教官がそう話しながら俺の脇を肘で突く。
何ですか?? 参加の件は断ったじゃないですか。
どこ吹く風。
脇の痛みを無視しながら、食事を進めた。
「模擬戦かぁ――。あれ、疲れるんですよねぇ」
隣のミュントさんがのんびりとした口調で話す。
『模擬戦』
紅白の二組に別れ、組別対抗の白熱した戦いが広い訓練場の上で繰り広げられる。
各組に別れた個人は紅白どちらかの鉢巻きを額に装着。それが敵に奪取されたら敗北。
最後まで生き残った鉢巻きを敵に取られた方が負けの単純明快な決め事だが、これがやけに盛り上がるんだよな。
月一回行われるからか、それとも普段の鬱憤を晴らす為か。
訓練生の目は血走り、恐ろしい息を荒げ、悪鬼羅刹の如く相手に牙を向く。
方々では模擬戦では無く本格的な戦闘が行われる事も多々見受けられた。
俺も幾度と無く経験したが生傷が絶えず、毎度痛々しい目に遭わされて辛酸を嘗め続けていたなぁ……。
特に!!!!
『あはっ!! 見付けたわよ!? レイド!!』
『こっち来るな!! 俺は走り続けて逃げる役目なんだよ!!』
『駄目!! あんたは私に張り倒される運命なんだから!!』
『いやぁぁああ――っ!!!!』
トアの奴め……。こっちが手を変え品を変えて姿を隠そうとしているのに毎度毎度親切丁寧に見付けて殴り掛かって来やがって……。
大体、訓練なんだから何も横っ面を殴る事も無いでしょうに!! 挙句の果てには首を絞めて落とそうとしたんだぞ!?
横暴過ぎて訴訟問題にまで発展しかねない由々しき問題だったな。
「レイド先輩は参加されないんですか――??」
随分と間延びした口調のシフォムさんが、ミュントさん越しに参加の是非を問うてくる。
「今の所、参加する意志は無いよ。大体、俺が参加する組も無いし」
少しずつではあるが形が変わりつつあるパスタを口に運んで話した。
やっと半分程度?? かな。
「えぇ――。参加して下さいよ。ほら、ビッグス教官の所とは力の差が結構あるんですから」
ミュントさんが俺の左腕をクイクイっと引っ張り話す。
「ビッグス教官の組に入れって事??」
「そうです!! そっちの方が面白くなりますよ!!」
「……っ!!」
ほらな!?
そう言いたげにビッグス教官がこちらを見つめるが、それを敢えてサラっと流して口を開いた。
「いや。それでも現役の兵が参加するのは不公平でしょ。そう思いませんか?? スレイン教官」
「そうね。正々堂々、現状の戦力で勝利に導くのが司令官の役目。援軍を期待しているようじゃ失格よ」
「ぐぬぬぅっ……」
隣の男性が発散出来ない憤りを誤魔化す為に己の拳をぎゅっと握り、俺を睨みつけてくる。
「それじゃあ、仕方ないかぁ……。どうせなら訓練も兼ねて色々と指導して欲しかったのになぁ??」
いやいや、ミュントさん。距離感間違っていますよ??
彼女から女性特有の香りが鼻腔に届く。
お願いですから静かに御飯を食べさせて下さいよ……。
「あ、あ――ッ!! そ、そうだな!! うん、それがいい!! レイドは態々訓練生達へ指導をしにやって来たんだ。模擬戦で俺の組に入るのはその一環だとは思わないか!?」
ははぁん??
遂に重い腰を上げましたね??
ミュントさんに便乗する気か、彼女の言葉に続きやたら無意味に明るい口調で話した。
「…………どうしてビッグス教官の組に編制されるのですか?? 別に私達の組でも構わないですよね??」
うどんを啜っていた箸がピタリと止まり、感情の消え失せた横目でビッグス教官を睨む。
こっわ……。
一体どうしたらあんな冷たい瞳を浮かべる事が出来るのだろうか。
「へ?? だって、そりゃ。俺の教え子だし??」
「私の教え子でもありますよ??」
「せ、戦力差を考えての編成だ!!」
「他の組にも戦力差は見られます」
「おい!! 黙っていないでお前も何とか言えよ!!!!」
急に援護を求められてもなぁ。
「ねぇ、レイド先輩。やたらあの二人熱くなっていますけど。どうしてそうなったか分かります??」
「ビッグス教官が負けたらスレイン教官とお出かけするんだよ」
ニヤニヤと笑うミュントさんへ言ってやる。
「うっそ!! スレイン教官、本当ですか!?」
「えぇ。勿論よ」
「ははぁ――ん。こりゃ私達、負けられないなぁ。ねぇ、シフォム、レンカ??」
「私は普段通りにするかなぁ??」
「スレイン教官の思惑は考慮しません。自分が持てる最大限の力を発揮して一組の兵を打ち倒すのみです」
「ですって?? ビッグス教官?? レンカとアッシュ。そして私とシフォム。この四人が本気になったらどうなるか……。分からないとは言わせませんよ??」
ほぅ、随分と自信がありげだな。
『お、おい。助けてくれ』
急に小声で耳打ちしてくる。
『今名前が出た四人って強いんですか??』
『そうだよ!! 毎度毎度、この四人にやられているんだって!!』
成程。
今の自信に満ちた台詞はその為か。
「スレイン教官。私は別にレイド先輩が、一組に入っても構わないと思いますよ」
「…………。何故??」
ミュントさんの言葉にピクっと眉が動く。
「だって、私達四人が束になってかかれば勝てそうですもん」
まぁ、そうかもね。
此方は増援の見込みのない孤立無援の憐れな兵士。自信ありげな様子からして勝つ算段は既に頭の中に浮かんでいる事なのでしょう。
おぉ!! 完食まで後少しだぞ!!
「見た目で判断するな。そう言われたのをもう忘れたの??」
あくまでも安全確実な勝利を目指すのか。
冷静なスレイン教官らしい判断だ。
「ほ、ほら。ミュント達もこう言っている事だし?? いいんじゃない??」
ビッグス教官がこの流れを逃してなるものかと畳みかける様に了承の合図を伺う。
「…………。いいでしょう」
「やったぁ!!!!」
スレイン教官のお許し?? を受けて小躍りして喜びを表す。
「ですが、もしこちらが勝った場合。約束を二回に増やして貰います。その内の一回は……。ふふ、実は新しい『手料理』 の開発をしておりまして。その実験台、違った。味見をして貰います」
「「「…………」」」
その言葉が放たれると、その場の空気が一瞬で凍り付いた。
「楽しみですね?? ビッグス教官??」
スレイン教官の冷たい視線を受けて彼の肩が小刻みに震え出した。
手料理と聞くだけでそこまで震え上がるのか……。歴戦の兵士に恐怖を植え付ける味って……。
いや、想像はしません!! パスタが完食出来なくなる恐れがありますからね!!
「では、私はこれで……」
にぃっと歪な笑みを残して席を立ち、不穏な空気を撒き散らしながら盆を片付けに行ってしまった。
「――――。レイド。俺、まだ死にたくない」
「大袈裟です。死にやしませんよ」
「お前なぁ!! 他人事だと思って軽視し過ぎだぞ!!」
だって他人事ですもん。
「スレイン教官いいなぁ――。私達も何かご褒美があれば頑張れるのに……」
訓練に何を求めているのやら。
「ミュント。お前達がレイドから鉢巻きを奪ったら、コイツを一日好きなだけ使っていいぞ??」
「ぶっ!! 俺は関係ないでしょ!!!!」
完食間際のパスタを吹き出し、数舜で噛みついてやった。
「いいんですか!?!?」
「あぁ!! 焼くなり煮るなり好きにして構わん」
「ちょ、ちょっと!!」
「へへ――ん。レイド先輩っ。私が勝ったらデートして貰いますからねぇ??」
「私は一日訓練に付き合って貰います」
「私は――。まぁ、ミュントとの付き合いでいいです。食事、奢ってくれるんですよね??」
ビッグス教官!!!!
憤怒を籠めた怒りの瞳で睨んでやる。
「ははは。これで俺とお前は運命共同体だ。浮くも沈むも一連托生て訳さ」
「美味しいお店、知っていますから行きましょうね――」
「徒手格闘やオークの詳しい知識を是非とも…………」
くそう。
何でこうなっちまったんだ。指導役として来ている以上、わざと負ける訳にはいけないし……。されど訓練生相手に本気を出すのも憚れる。
大体、沈むのなら一人で勝手に沈んで下さいよね!! 俺まで巻き込まないで下さいよ!!
残り数口。
大分冷たくなったパスタをもそもそと口へ運び、何だか猛烈に居たたまれない気持ちで咀嚼を続けていた。
お疲れ様でした。
いいねをして頂き有難う御座いました!!
体力がほぼ尽きかけている体に嬉しい励みとなります!!
先の後書きにて熱々の汁に急襲を受けた話を掲載させて頂きましたが、今朝何気なく足の甲を見るとちょっと赤く腫れちゃっていましたね。
この程度なら恐らく御風呂に入って肉を食えば治ると思いますのでホッと一安心している次第であります。
己の体はそこまで単純なのかと、鋭い御指摘が画面越しに聞こえて来そうですが大体の怪我は気が付いたら治っているものですからね。
気にし過ぎていると余計治らない。病は気からとはよく言ったものです。
それでは皆様、お休みなさいませ。