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第七十三話 苦し紛れの援護要請 その一

お疲れ様です。


長文になってしまったので前半、後半と分けての投稿になります。


それでは御覧下さい。




 早朝からの走り込み、そして頭を悩ます座学の連続。


 今日一日のながぁい講義が漸く終わり、スレイン教官が明日の連絡事項を伝えに戻って来るまでの間。


 私は物思いに耽って窓から差し込む柔らかい夕焼けの光を受け止めていた。



 まさか……。あの人が此処へやって来るなんて夢にも思わなかった。



 私の不注意から財布を失ってしまう所だったのに彼が颯爽と現れ、瞬き一つの間に犯人を取り押さえてしまった。


 騒ぎの後で警察の人に伺った所。あのスリは常習犯らしく巧妙な手口で何度も汚い犯行を行っていたそうな。


 そんな神出鬼没の犯人をいとも容易く捕まえちゃうなんて……。


 し、しかも。取り押さえた時、刹那に見せてくれたあの凄みのある声と雰囲気!!



 あれは本当にやばかったわね。



 初対面の人に名前を尋ねるなんて普段は早々無い筈なのに女の性を刺激されてしまった私は……。彼の大きな背に向かって思わず口を開いてしまった。


 あの時は急ぎの用事があったみたいで名前を聞けなかったけども、今はその名が五月蠅く鳴いている心にしっかりと刻み込まれていた。



 レイド=ヘンリクセン。



 う、うん。普通の名前だよね??


 特別カッコいい名前でも無くて、男女問わず見惚れてしまう端整な顔でもない。



 ふふん……。一山幾らの女共はきっと彼の本質を見抜けない筈。


 しかし!! 私はレイド先輩の本当のカッコイイ姿を知っているのだ。


 この機会に色々と質問攻めしちゃお――っと。


 そ、そしてあわよくばお近づきの印としてぇ。イケナイ事が起こっちゃうかも!?



「ん――?? どうしたの、ミュント。ぽ――っとしちゃってさ」



 私の前の席に座るシフォムが何やら悪い顔付きで話し掛けて来る。


 その表情が軽い夢見心地の状態から一気に現実の世界へと引き戻してしまった。


 もう少しこのフワフワした気持ちに包まれていたかったのに。


 憤りを籠めた瞳でじろりと睨んでやる。



「お――。こわっ」


「あのねぇ。気になってた人がある日突然目の前に現れたのよ?? 心に血が通っていない人ならまだしも。私はれっきとした温かい心を持っているの。だから、舞い上がっちゃうのも仕方が無いでしょ??」



「あ――。そういや言ってたねぇ。私、気になる人が出来たかも!? って。それからたまぁに訪れる貴重な休日を無意味に使って、街の中をあてもなく私を引きずり回し。挙句の果てにはその人は見つからないで門限に間に合わず。最終的にはビッグス教官に追い駆け回されて始末書書かされたよね??」




「ね、根に持っているのなら正直に言いなさいよ。そうやって遠回しに言われるのって結構堪えるのよ??」



 良く回る舌に狼狽して言ってやった。



「別に――?? 根には持ってないよ」



 はい、嘘――。


 私はあんたの所為で疲れましたって顔してるし。



「ね。レイド先輩の事、どう思った??」



 いそいそと片付けの準備に取り掛かっているシフォムに聞いてみた。



「彼?? そうねぇ……。優しい感じかなぁ?? 特にこれ!! って感じはしなかったわね。良くも悪くも普通の顔って感じだし」


「ふふふ。見る目がないわねぇ、あんたは。レイド先輩は優しそうに見えて、すんごい強かったんだから!!」



 私の背後から忍び寄るスリを一瞬で取り押え、しかも惚ける犯人に対して凄んで見せていた。


 あの声、そして力強い雰囲気。


 はぁ……。


 思い出すだけで蕩けちゃう。



「私も見てたから知ってるよ。それと、もう聞き飽きたから外でやってくんない??」


「あ――!! 友人に対してそんな態度はどうかと思うわよ!!」


「うるせぇなぁ。もう少し静かに話せよ……」



 私達の話し声をさも面倒くさそうに顔を顰めてアッシュが話す。



「ちょっと何よ。随分と棘がある言い方ね」



 仏頂面の彼に言ってやる。



「あぁ?? うるせえのに黙れって言っちゃ悪いのかよ」



 こいつと来たら……。


 スレイン教官にこっぴどく叱られたってのに傲慢さを直す気配すら見せないんだから。



「はは――ん。さっきの講義中、レイド先輩にぐうの音も出ない位に言い負かされて悔しいんでしょ??」



 シフォムがいつも通りニヤリと口元を曲げて揶揄う。



「はぁ!? 俺が負ける訳ないだろ!?」


「そうやって一々突っかかって来るのがいけないのよ。指摘されたの、もう忘れたの??」



 シフォムに便乗してずばっと。キリっと言ってやった。


 こいつは一回位ぼろ雑巾みたいにされちゃえばいいのよ。


 けど……。


 悔しい事に勉学、実技共に優秀で。私の実力ではそれは叶わない。


 その可能性を秘めているのはアッシュの隣。



「……」



 今も紙へと熱心に何やらを書き込んでいるレンカだ。



 此処に来た当初は氷の様に冷たい表情をしていたけど、段々と血が通い始め。今では本当に少しだけど感情を表に出す様になってきた。


 ま、今でも無表情な日が多いけどさ。



「けっ。よぉ、レンカ。お前はアイツの事どう思った??」


「……え??」



 紙から顔を上げてアッシュを見る。



「アイツだよ。アイツ」


「アッシュ!! レイド先輩って言いなさい!! 失礼よ!!」



 こいつめ。


 レイド先輩の事をアイツ呼ばわりするなんてぇ。



「レイド先輩?? そうね……。凄く貴重な経験をされているわ。出来れば、効率的且確実にオークを殺傷する方法を聞きたい。後、魔物の弱点とか身体的特徴も聞いておきたい」



 はぁ――。大好物に忙しなく齧り付く鼠よりも勉強熱心ねぇ……。



「もっとさぁ。軽い話題とか振らないの??」



 真面目ちゃんの背中へそう言ってやる。



「そういうのは苦手。大体、彼は私達へ指導を施す為にここに来ているの。それ以外の質問は有意義では無いわ。時間の無駄よ」



 左様で御座いますか――っと。


 レンカは、顔はまぁまぁ良いし、体型は……うん!!


 胸は私がギリギリ勝ってる!!


 だからもっと戦い以外にも顔を向ければいいのに。お洒落とか、買い物に興味は無いのかな??


 外出届けを貰って宿舎から街へ出掛けた姿は見た事無いし、休みの日も真面目に訓練や勉学に勤しんでいる。


 パルチザンの兵は本来こうあるべきだと思うのだけど、偶には羽を伸ばしても罰は当たらないと思うのよねぇ。


 ま、私がとやかく言う資格は無いわね。


 本人がそうしたいとい言うんだから、止める必要は無いでしょ。



「ミュント、あれってさ。レイド先輩じゃない??」


「嘘!? どこどこ!?」



 シフォムが窓の外を指差すので、食い入る様に外を眺めた。


 じぃっと目を細め訓練場の方に視線を定めると……。



 いたっ!!


 教官用の運動着に着替え、訓練場を走り続けて素敵な汗を流している。



「レイドせんぱ――い!!!!」



 窓を開けて彼に向かい思いっきり叫んでやった。


 すると、私の声が届いたのか。



「……っ」



 足を止め、遠目でも分かる位びっくりした表情で此方を見つめると。挨拶の為なのだろうか。


 軽く右手を上げると再び走り始めてしまう。


 う、うぅむっ……。走る姿も様になるわね。



「ふふ。驚いてるなぁ」


「そりゃ誰だって大声で声を掛けられたら……っ!!」


「驚いている顔も可愛いなぁ――。あぁ、いっその事……」



「…………。随分と楽しそうね??」


「うんっ!! 楽しいよ!!」



 あれ?? シフォムの声ってこんな感じだっけ??



『ミュント……!!』



 シフォムの小声が私の耳に届く。


 うん??


 じゃあ、誰が私に声を掛けて来たんだ??


 確認する為、そっと振り返ると……。



「……」



 そこには悪魔も慄く表情の鬼神が立って居た。


 これでもかと眉をぎゅっと顰めて鋭い鷹の目でパクパクと口を開いては閉じている私を睨みつけている。



「走りたいの??」


「い、いいえっ!!」


「そう謙遜しなくてもいいわ。吐瀉物を派手に撒き散らし、胃袋が口から出て来るまで走らせてやろうと考えているのよ??」


「はっ!!」


「ふんっ、まぁいい。早く席に着きなさい。明日の連絡事項を伝えるわ」



 はぁぁ――……。


 こ、怖かったぁ。


 スレイン教官が私の側を離れると同時に安堵の息を漏らした。



「馬鹿ねぇ。早く気付きなさいよ」


「言ってくれれば良かったじゃない!!」



 友人を見捨てるとは何事か!!




「シフォム、ミュント。口を閉じなさい。明日も引き続き、現役の兵がお前達に指導を施してくれる。一限、二限は通常通り座学だが。三限目は運動着に着替えて訓練場に集合しなさい。そこで技術指導を行う。午後からは恒例の模擬戦闘を行う。昼食を摂った後、訓練場に集合よ」



 おぉ!!


 明日の座学は二限だけか。苦手な勉強をさぼれるのは正直助かるわ。


 レイド先輩様々ね。



「それと……。模擬戦闘だが、必ず一組の奴らに勝ちなさい。姑息で卑怯と罵られてもおかしくない非情な手段を使っても構わないわ、私が全て許可する。一切の容赦なく相手を叩き潰し、地べたに惨たらしく這わせろ。いいわね??」



 な、何かいつもより気合が入っているわね。


 一組の奴ら相手なら楽勝だから構わないけど……。



「最後に、今日指導を行ってくれたレイド二等兵についてだけど。お前達が疑問に思った事、聞きたい事なら喜んで相談に乗ってくれるそうよ。宿直室に待機しているから好きなだけ質問してあげなさい」



 やった。


 私生活について色々聞いちゃお――っと。



「消灯時間までには宿舎に戻りなさい。何か質問は??」



 スレイン教官が周囲をじっと見渡す。



「よし。本日の指導はこれまで、解散」



 荷物を纏め、スレイン教官が教室から退出すると体をぐんっと伸ばした。



「はぁ――。終わった――」


「今日の夜御飯どうする??」



 シフォムが荷物を整理しながら話し掛けて来る。



「ん――?? いつも通り大食堂で済ませばいいでしょ」


「そうなんだけどさぁ。なぁんか飽きて来るのよね……」



 そりゃ毎日食堂に通えば飽きもするでしょ。


 でも、外食するのには休日以外では許可がいるし……。しかもたったの数時間しか貰えないのよねぇ。



「我慢しなさいよ。私だって飽きているんだから」


「ま。献立見て決めようか」


「了解。先に宿舎に寄って、荷物を置いて来ようよ」


「さんせ――」



 私達が本日の夜ご飯に浮足立っていると、レンカの姿を不意に捉えた。


 何やら一人でじっと考え込んでいる様子だ。


 今も自分で書き記した紙を机の上に置いて静かに見つめている。



「レンカ。どうしたの??」


「え?? あぁ……。ちょっと考え事してた」


「ふぅん。私達宿舎に寄って荷物置きに行くけど、あんたどうする??」



 同室だし、偶には一緒に帰ってもいいでしょ。



「私は……いい。このまま大食堂に行く」


「偶には人に合わせなさいよ?? シフォム、いこ――」


「ん――」



 相変わらず付き合いが悪いわね……。


 元々こういうのが苦手な子なのは分かっているけど。もう少し、自分を前に出してもいいと思うんだけどなぁ。


 徐々に人気が無くなって行く教室内のちょっとだけ寂しげな背中に別れを告げ、訓練生で盛大に賑わう通路を抜けて宿舎へと向かって行った。




お疲れ様でした。


引き続き編集作業に取り掛かりますので、後半部分の投稿は日付が変わる頃になるかと思います。


今暫くお待ち下さいませ。

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