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第七十二話 天狗の鼻はへし折るべきか。それとも諭すべきか

皆様、お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 午前から続く難儀な講義の連続だが時間が進むに連れ、難しい顔を浮かべていた舌が漸く調子を取り戻して思い通りに動いてくれる様になってくれる。



「「「……」」」



 訓練生達の僅かな表情の変化も逃さず、こちらの話をしっかりと咀嚼して飲み込んでいるか。その確認を取りながら話しを進めていた。


 この四限目で二回生は終了。


 五限目はビッグス教官が受け持つ一組に回る事になっていた。



「――――。と言う訳で。魔物とオークの違いは意志と命を持っているかどうかの違いだと考えています。もしかしたら、狭い針穴に糸を通す程か細く拙い望みになるかも知れませんが……。魔物と人間は意志の疎通が可能なのかもしれません。私達と魔物はこの星に住む同じ生命体。互いに傷つけ合う悲しい存在になるより、一度関係を見直すべきなのかもしれません。以上で講義を終了します。ご清聴ありがとうございました」



 俺が静かに頭を下げると教室内に教鞭を労う拍手が起こる。



 恥ずかしいなぁ……。これだけは慣れそうにないよ。



「あ――。質問を受け付けたい所だが時間が押している。申し訳ないが、講義時間が終わってから質問してくれ。幸い、コイツは今日宿直室で泊まっているから尋ねてやってくれ。レイド、行くぞ」


「あ、はい」



「起立!! 礼っ!! 有難う御座いました!!」


「「「有難う御座いました!!!!」」」



 ど、どういたしまして。


 腹の奥をズンっと響かせる号令を受けて訓練生達に小さく頭を下げて教室を後にした。



「申し訳ありません。質問を設ける時間を取れませんでした……」



 舌が回る様になり、此方の考えもある程度纏めて話せる様になってきましたけども。アレもそしてコレも話さないといけない、と。


 半ば自分本位で講義が進む形になってしまっている。


 本来であれば相手に滞りなく自分の考えを伝えるのは正しい行為なのだが、今回の話はあくまでも魔物についてよく知って欲しい。そして深く理解して貰う為の講義なのだ。


 押し付けるのでは無くて、相互理解を果たす為に質疑応答の時間を設けなければいけませんよね……。



「ふふ。あの饒舌っぷりから何んとなくこうなるかと思っていたさ」



 ビッグス教官と肩を並べ、次なる目的地である一階の教室へ向かいつつ話す。



「大分慣れてきただろ??」


「えぇ。皆の表情を窺う位には」


「おっ。そこが教官職の第一歩だぞ?? 一人一人の表情を確と見つめ、不安そうな顔だったり、困惑している顔の奴には後で話を理解していたか聞いてやるんだ。分からない所があれば理解して貰うまで熱心に話をしてやる。その繰り返しだ」



 俺もこの人には何度もお世話になった。俺達の事、ちゃんと見ていてくれたんですね??


 温かい風が心をそっと包み。親しみを籠めた瞳でビッグス教官の横顔を眺めていた。



「さぁ着いたぞ。いよいよ一回生の番だ。先ずは俺の組から。順に二組から四組まで回ってもらう。講義は六限までだから……。今日は隣のスレイン教官の二組までだな」



 校舎一階の一組の前の扉で足を止めてそう話す。



 どうせなら今日中に全部回ってあげたいけど……。


 時間が決められているから仕方ないよね。



「了解しました」


「よしっ。じゃあ、入るぞ」



 彼が教室の扉を開けるとそれに続いて入室。


 指導教官の顔を見付けるとほぼ同時に訓練生達の表情が引き締まった。



「起立!! 礼!!」


「「「宜しくお願いします!!!!」」」



 そしてこの覇気ある声……。ビッグス教官も満更でもない表情を浮かべているし。


 良い指導を受けている証拠だな。



「皆、今日は現役のパルチザンの兵が指導に来てくれた。余す事無く、彼の話す事を吸収してくれ。じゃあ、頼む」



 此方に指示を送ると教壇から下りて、俺は彼と入れ替わる形で教壇の中央へと進んだ。



「オホンッ。皆さん初めまして、レイド=ヘンリクセンと申します」



 本日五回目の挨拶を交わして早速講義を始めた。



 此方の命令を受け付ける様になって来た舌を回しながら一人一人の表情を窺って行くが……。


 二回生と比べて、一回生達はまだちょっと甘さの欠片が残る表情を浮かべている。


 四月に入隊してから約八か月。


 この頃は施設や訓練に漸く慣れて来て仲間との絆が深まる時期なんだよなぁ。


 ハドソン達やトアとも仲良くなったのもこの時期だっけ。



「――――。そして、先日。護衛任務中に大蜥蜴の一団に再び襲撃されたんだ。俺ともう一人のパルチザンの兵が辛くも大蜥蜴達を撃退したんだけど……。以前会敵した同個体だと思われる奴の存在が確認出来た。そいつの腕も多少は上がっていたとは思うけど、如何せん相も変わらずの大袈裟な奴でさ。向こうも俺の顔を覚えていたらしく?? 俺の顔を見るなり。この前の借りを返すぜ!! みたいな感じで武器を出鱈目に振り回すんだよ」



 赤いマントを羽織ったアイツには悪いけど、話の出汁に使わせてもらうよ。


 あの得も言われぬ大袈裟に武器を振る真似をしてやった。


 俺の動作を見るなり、軽快な笑い声が部屋を包む。



「そうやって皆は冗談半分だと捉えて笑うけど。いざ本物を目の当たりしたらきっと驚くよ?? 大きさは先程も説明したけど、ビッグス教官を二回り程大きくした感じで。腕も丸太みたいに太い。正面からの攻撃は先ず避ける事に専念した方が身の為だね」



 恐ろしい大蜥蜴達の姿を頭に浮かべたのか。



「……っ」



 男性訓練生の一人が固唾を飲み込んでしまう。


 ちょっと硬いから解してあげようかな。



「今、俺が此処に立って居られるのも教官達の指導のお陰だ。皆もしっかりと教官達の指導を受けるように。特にビッグス教官の指導は素晴らしいぞ?? あ、だけど。驚いた時、たま――に可愛い声を出しちゃうのが玉に瑕だけどさ」



「お、おい。レイド……」



 ほら、急に振られて慌てているし。


 いつもの凛々しい御顔が台無しですよ??



「皆知ってる?? ビッグス教官に想いを寄せている人がいるんだけど、女性関係になると億劫になるんだよ。こんな怖い顔しているのにさ、もっと堂々と構えて居ればいいのにって思わない??」


「じ、時間だ。行くぞ!!」



 ビッグス教官が話を強制終了しようと俺の腕を引くが。



「知ってま――す」



 訓練生が放った声が彼の顔を更に朱に染め上げていってしまった。



 本当に分かりやすく照れますよね。



「だ、誰だ!! 今言った奴は!!」


「ね?? 可愛いでしょ?? ちゃんと優しく接してあげてね」


「「「了解しました――!!」」」


「い、行くぞ!!」



「起立!! 礼!! 有難う御座いました!!」


「「「有難う御座いました!!!!」」」



 おぉう。耳まで真っ赤だ。


 大股で俺の腕を引っ張り、遂に教室の外へと連れられて来てしまった。



「あのなぁ。ちゃんとした講義なんだからしっかりしてくれよ」



 大きく息を吐き、やれやれと言った感じで話す。



「申し訳ありません。ビッグス教官の組だと思うとつい……。でも、皆いい奴じゃないですか」



 講義で使用した紙の束を綺麗に纏めて己が鞄の中に仕舞い、静かに廊下を進みながら会話を続ける。



「あぁ。どこかの誰かと違ってふざける事も無いしな!!」



 その内、俺みたいにふざけるようになりますよっと。



「次は……。スレイン教官の教室ですね」


「そうだ、本日はそこで終了。明日の午前中の二限を使って三組、四組で講義を行い。三限目からは一回生、二回生を集めて実戦の実演だ」



 実演、か。


 大蜥蜴達との戦闘を再現すればいいのかな?? つまり俺がどのようにして敵を倒したのかを分かり易く体で示せば良いのだろう。



「大蜥蜴役は俺がやるから安心しろ」


「顔も大蜥蜴っぽいですよ??」


「喧しい。ほら、着いたぞ」



 今日の講義は此処で終了か。


 よし、お茶らけた気持ちを切り替えて真剣に臨もう。


 何しろスレイン教官の組だ。


 冗談が通じるビッグス教官と違い、講義中ふざけたりしたら指導後に眉間に矢を打ち込まれる恐れがありますのでね。



「入るぞ??」


「了解しました」



 心地良い木の香りが含まれた空気を大きく息を吸い込み、肩の力を抜いて扉の先へと進んで行った。



「起立!! 礼!! 宜しくお願いします!!」


「「「宜しくお願いします!!!!」」」


「スレイン教官、待たせた」



 あれ??


 スレイン教官もいるんだ。


 今までどの組にも指導教官がいなかったからてっきり俺とビッグス教官だけで話を進めると思っていたのに。



「えぇ。じゃあ、レイド。お願い」


「了解しました」



 彼女の了承を受けて教壇に上がる。


 そして中央の机の前に到着すると、予想だにしていない声を受ける嵌めになった。



「あぁ――――っ!! あの時の!!!!」


「はい??」



 一人の女性が驚愕の表情を浮かべて席を立ち、俺の顔を指差す。



 濃い金色の髪にすっと伸びた鼻筋。そして思わず魅入ってしまいそうな大きい橙の色の瞳が特徴的な女性だ。


 誰だろ?? あんな可愛い子は一度見たら忘れる筈がないんだけど……。



「ほら!! つい先日、スリから私の財布を取り返してくれたじゃないですか!!」



 財布……。スリ……。


 関連する単語から拙い記憶の糸を手繰り寄せ、記憶を呼び醒ます。


 えぇっと……。あのスリを捕まえた時大通りは混雑していて……。


 図書館へ向かう為に齷齪汗を流して歩いていたよな??


 そして……。



「――――。あぁ!! 西大通りで!!」



 記憶を探り当て、その時の様子が鮮明に蘇った。


 そうだ、思い出したぞ。


 女性二人組の背後からスリが忍び寄り、彼女の財布を狙っていてその瞬間を取り押えたんだ。



「うっそ――……。信じられない。こんな事ってあるんだ」



 そして、今も信じられないといった表情を浮かべているのはその被害者。


 訓練生であっても一応肩書は軍属の者。自分の荷物に対して全くの無防備は感心しませんよ?? 以後気を付けましょうね。



「ミュント。講義の後で話しなさい。レイド、悪かったわね。初めて頂戴」


「了解しました。皆さん初めまして、レイド=ヘンリクセンと申します」



 彼女が静かに座るのを見届けると言い慣れた挨拶を交わして本日最後の講義を始めた。


 ミュントさん?? だっけ。


 あの子から突き刺さる視線をヒシヒシと感じながら口を開く。



「――――。そんな訳で、大蜥蜴の攻撃を真正面から受け止めるのは余り有効では無いと考えられます。距離を取り、遠距離から弓矢で攻撃。相手の武器にもよりますが、射程距離を加味した超接近戦で対処するのも効果的だと思われます」



 教壇上から訓練生の表情を一つ一つ確認しながら言葉を放っていると。



「……」



 食堂で鋭い鷹の目を以て俺を注視していたレンカさんと目が合った。


 真剣そのものの表情を浮かべ、俺の話した内容を咀嚼すると手元の紙に書き記している。


 真面目な性格がその所作から滲み出て来る様だ。



 それに対して。



「くぁっ……」



 彼女の右横に座る男性訓練生は暇そうな表情を浮かべて欠伸を噛み殺している。



 まぁ……。俺も魔物と出会うまではお伽噺の中の存在だと思っていたさ。


 彼が呑気な表情を浮かべていても憤りの感情が湧くという事は無く。寧ろ、当然かと思ってしまっていた。


 君もいつか会ったら分かるよ。


 その時になっても慌てない様にね??


 俺から言える助言はそれくらいだ。



「――――。先も申した通り。魔物には意志と命が存在します。自分の個人的な感想ですが、魔物の意志を尊重し共存の道を探すべきでは無いか。言葉が通じぬという高い壁が両者の間には反り立って居ますが、いつかはその壁を乗り越えて分かり合える日が来るのかもしれません。以上で講義を終えます。長々とご清聴頂き、ありがとうございました」



 本日最後の講義を終えると静かに頭を下げた。



「「「っ!!!!」」」



 それと同時に湧き上がる拍手にはどうも慣れやしない。


 心にポっと湧く恥ずかしさを誤魔化す為、続け様に声を出した。



「では、何か質問はありますか??」



 お、おぉう……。


 この教室でもほぼ全員が挙手するのね。俺の指導は余程分かり辛く、そして理解し難いのかしら??


 え――っと……。



「はい。そこの君」



 満面の笑みを浮かべて私を当てて下さい!! と。


 威勢良く天井へ向かってピシっと右手を上げているミュントさんへ当ててあげた。



「はぁいっ!! レイド先輩って彼女いるんですか!!」


「――――。はい??」



 余りの的外れな質問に対して間の抜けた声を出してしまう。



「ミュント。それは後にしなさい」


「了解しましたっ」



 スレイン教官。


 それは、ってどういう意味ですか??


 出来る事なら個人的質問は受け付けない様にしたいのですけども……。



「じゃ、じゃあ次は……。そこのあなた」



 何だか妙な明るい雰囲気へと向かって行く雰囲気を変える為、一人静かな雰囲気を漂わせるレンカさんへ当ててみる事にした。



「はい。魔物に対して共存を模索するとの発言を伺いましたが……。私はそうは思いません。意志の疎通を図れない生物は人間にとって異物に見えます。分かり合える為には言葉という人類共有の知識が必要不可欠です。その点についてはどうお考えですか??」



 うん、良い質問ですね。


 逆に良い質問過ぎて、返しに困っちゃうな。


 俺は魔物と話せますよ――って言っても駄目だし。



「オークと魔物の違いは意志と命を持っているかそうじゃないか。そう話したよね??」


「はい」


「じゃあ、レンカさんは血の通った生命を。しかも己の意志や考える能力、感情を持った生命を何の躊躇も無く殺害出来るの?? 言い換えるのなら向こうは姿形の違う人間だよ」


「…………」



 俺の質問に眉を顰め、じっと考える仕草を取る。



「こちらに危害を加える可能性があるのなら、やむを得ないかと」


「じゃあ住み分けたらいいじゃないか。人間の都合で相手を攻撃するなんて許されたものじゃないよ。相手も同じ尊い命を持つ生物なんだから」


「しかしですね……」


「レンカ、そこまで。続きは後にしなさい。他にも質問を控えている子もいるのよ??」


「了解しました」



 はぁ……。手強いなぁ。


 この後の事を考えると、もう既に胃が痛む思いだ。



「じゃあ次は……。そこの君」



 先程眠たそうに講義を受けていた男性訓練生を当ててみる。



「レイドさんよぉ。本当にそのガタイで大蜥蜴に勝ったんすか?? 俺とあんまり変わらないじゃないですか」



 お、おぉう……。


 これまた見事な斜の構えっぷりに目を丸くしてしまう。


 お手本の様な傲慢さを醸し出す訓練生だな。



「アッシュ!!」



 スレイン教官がすぐさま声を上げるが、それでもその態度は変わることなく。


 人の気持ちを逆撫でするにやけた顔で俺を見つめる。



「アッシュ君だっけ?? 君みたいに見た目だけで此方の実力を判断してくれる奴がいれば大助かりだよ。幾らでも相手の隙に付け込めるし、油断を誘う事も出来る。相手の力量を見極める能力を先ず鍛える事だね」



 これは俺にも言える事だけどさ。



「自分は早くここを出て戦いをしたいんですよ。先輩がやってるような虫退治じゃなくて。本当の戦いをね」



 む、虫ぃ??


 オークやハーピー、そして大蜥蜴達が虫に見るのですか?? 君は……。


 体の血が凍り付く圧を放つ敵との死闘、心が折れそうになる激痛、胃袋の中身が飛び出てしまう絶対的な緊張感。


 彼は恐らく本物の強さと怖さを知らないからあぁして斜に構える事が出来るのだろう。



 師匠の所に連れて行ったらどうなるかな??



『その腐った性根……。儂が叩き直してくれるわ!! 歯を食いしばれ!! この大馬鹿者めがぁぁああ――――っ!!!!』



 想像するんじゃなかった。


 彼の尻窄んでしまう顔……。では無くて。ほぼ死人と変わらない顔に成り果ててしまった顔が頭の中に浮かんでしまった。



「本当の戦い、か。そうだなぁ……。例えば、アッシュ君を今の状態で前線に連れていっても数日後、あるいは数か月後には冷たい体になっているだろうね。君は戦いに不必要な感情を捨てきれていないんだ」


「はぁ??」



 口元を歪め、傲慢さを惜しげもなく披露する。


 良く教官からぶん殴られないな。



「それだよ。傲慢、自意識過剰、誇大した自己主張、油断。ありとあらゆる不必要な感情が顔を覗かせている。そうだなぁ……例えるなら。分不相応な力を持ったデカイ子供がきって所か」



「だ、誰が子供だって!!!!」



「そうやって反論する所さ。別に俺が先輩だからって敬う必要は無い。たかが数年先に生まれたから偉いって訳じゃないし。もしかしたら立場は逆になって、俺が君の後輩になっていたかもしれないからね。けど、人を見下した態度は感心しないな。仲間に向ける感情じゃ無いし。向けられた方も気分は良く無いからね」



 憤る彼に対して諭す様に素直な意見を話してやる。



「もし。この中の人物から選んで戦地へ連れて行けと言われたら……。そうだな、アッシュ君の隣に座るレンカさんを連れて行くよ」



 冷静な雰囲気、真面目な態度、そして人の言葉を深く考えて理解に励もうとする姿勢。


 彼女が醸し出す雰囲気にはそれら全てが備わっている様に見えるし。



「レンカを?? 組手の通算成績は俺が勝ち越しているぜ??」



「そうだろうね。身体的には勝っているだろう。鍛えられた体を見れば分かるよ。でもな?? 仲間を危険に晒す奴を連れて行く訳にはいかないんだ。冷静な判断力、仲間を想う気持ち。端的に言えば俺達は家族みたいなものだ。家族の命をみすみす相手に差し出す訳にはいかない。もう少し、そこら辺から勉強し直そうか」



「じゃあ教えてくれよ。あんたが俺より強いって証拠をね」



 う――ん。


 相手は訓練生。これからも訓練が続く訳であって、胸倉を掴んで横面を叩く訳にはいかないし。


 どうしたもんか……。



「アッシュ。いい加減にしろ」


「ちっ……。了解しました」



 スレイン教官が凄んでみせると、流石に降参したのか。


 射に構えた態度が漸く収まってくれた。


 これまたやっかいな訓練生だな……。


 折角恵まれた体格を持っているのに、全然生かされていない。


 苦労するでしょうね。同情しますよ、スレイン教官。




「レイド、そろそろ時間だ」


「分かりました。この後、時間の許す限り質問を受け付けていますので気兼ねなく質問しに来てください。宿直室でビッグス教官と二人っきりでお泊りする予定ですので」



「なっ!? 俺は宿舎で休むんだよ!!」



 これならこの硬い空気も和むでしょう。



「ビッグス教官、そっちの気があったんですかぁ??」


「あはは!! 勘弁して下さいよ――!!」


「喧しい!!」



 ほらね??


 硬い空気が一気に柔和な物へと変わる。



「ほら!! 行くぞ!!」


「それじゃ、失礼します。貴重な時間を態々割いて頂き、有難う御座いました」


「起立!! 礼!! 有難う御座いました!!」


「「「有難う御座いました!!!!」」」



 訓練生一堂に確と頭を下げて教室を後にした。



「あのなぁ……」



 そして通路に出るなり、ビッグス教官の苦い顔が俺を襲う。



「仕方ないですよ。あの気まずい空気をどうにかしたかったので」


「まぁ、それならやむを得ないが……」



 彼がそう話すと、教室の中から思わず背骨の一本一本が真っ直ぐ天へ向かって伸びてしまう恐ろしい声が聞こえて来た。



「アッシュ!! こっちへ来い!!」


「は、はい!!」



 スレイン教官の説教か。余り想像したくないな。



「アッシュでしたっけ?? 実力は如何程ですか??」



 本日の全講義が終了して徐々に騒がしくなりつつある通路を西へ進みながら話す。



「そうだな。一回生の中じゃ頭一つ抜けた実力だぞ」



 やはりそうか。


 筋力の付き方、そして漲る自信から容易にそれは窺えた。



「勿体ないですねぇ。その実力があるのならもっと皆を引っ張っていけばいいのに」



 俺にそんな力は無かったから、寧ろ彼が羨ましく思えるよ。



「そうなんだよ。性格、そして思考に問題があるんだ」


「大問題ですよ。あれ程曲がった性格を矯正するにはかなり骨が折れますよ??」


「それがスレインの悩みの種さ。見下した奴から、天狗の鼻を折られれば考えも変わるのだろうけど。その相手がいないし」


「前途多難ですね」



「「はぁ……」」



 二人同時に大きな溜息を吐いた。



「ま、なんだ。今日は御苦労だったな」



 茜色の空から降り注ぐ柔らかい光を見つめてそう話す。



「食堂は六時から八時の間に利用できる。それまでゆっくり休め」


「有難う御座います。あの、一つ頼んでもいいですか??」


「うん?? 何だ??」


「訓練場を利用しても構いませんか?? 少し走り込みをして汗を流したいので……」



 懐かしい記憶がそうさせているのか、将又彼等の熱気に当てられたのか。


 無性に体を動かしたい衝動に駆られていた。



「ははは!! 構わんぞ!! ほら、そこの宿直室を利用しろ。部屋の箪笥に運動着が入っているから自由に使え」



 西通路に差し掛かり、指導教官室を抜けて西出入口付近の扉を指す。



「俺はこれから組に戻って明日の連絡事項を伝えて来る。終わるのは今から大体一時間後かな。それまで走ってこい」



「有難う御座います!!」


「終わってから飯食いに行くぞ?? しっかり腹を空かせておけ」



 そう話すと指導教官室へと向かって行き、彼が部屋に入って行くのを見送ると宿直室の扉を開けた。



「――――うん。綺麗にしてある」



 訓練生時代、掃除の為に数回しか入った事は無いがその時見た姿のままである事にどこかほっとしてしまった。


 簡素なベッドに、少々痛んだ箪笥に、こじんまりとした机。


 質素な造りだが十分に休める空間である。



「教官達も大変だよなぁ……」



 机に鞄を乗せ、ベッドに腰かけると自然に声が漏れて来た。


 先程のアッシュの顔が浮かびこれから彼に適した指導を施すと思うとどうしても、ね。



 さてと!! 気分転換に走るとしますか!!


 教官達の苦労を想像していたらこっちまで暗くなっちゃうよ。



 ベッドから立ち上がり、箪笥の取っ手を引くとビッグス教官が話していた通り一着の運動着が現れる。


 黒色のシャツと動き易いズボン。


 この配色は教官用だな。


 何度も見た色にまさか自分が袖を通す事になろうとは。


 上着を脱ぎ、机の前に置かれている椅子にキチンと掛け。手早く着替えを済ませると訓練場へ軽い足取りで向かい始めたのだった。



お疲れ様でした。


本日の夕食時の事なのですが……。


今晩は温かい蕎麦でも食べようと台所で調理をしておりました。慎ましい具材を乗せ終え、いざ鍋から丼へ移すと。


汁の量を間違えたのか、それはもう丼の淵一杯にまで達してしまったのです。


このままでは机に運ぶ間に汁を零してしまうと考えた私は、丼の淵をそ――っと持って汁を啜ろうとしたのですが……。持ち上げた衝撃で足の甲に熱湯が降り注いでしまいました。


驚いて手を離せば折角作った蕎麦が台無しに、しかし。熱湯の出汁でベチャベチャになった靴下を早く脱がなければ火傷を負ってしまう。


ほぼパニック状態に陥りながらも再びそ――っと丼を元の位置へと戻し終え。声にならない声を放ちながら慌てて靴下を脱ぎました……。


幸い、靴下の装甲に救われ大事には至りませんでいたので御安心?? 下さいませ。


皆さんも汁を並々に注がれた丼を持つ時は気を付けて下さいね。



いいねをして頂き。


そして、ブックマーク並びに評価をして頂いて有難う御座いました!!


踏んだり蹴ったりの一日でしたが、本当に嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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