第七十一話 悲しい瞳の持ち主
皆様、お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは御覧下さい。
昼時にお誂え向きな食欲を掻き立てる咀嚼音、幾千もの食の香りが染み込んで素敵に汚れた木製の床。
そして、此処は戦場かと錯覚させてしまう怒号が背の高い天井の屋内に乱反射していた。
「おばちゃん!! 俺焼肉定食!! 御飯超大盛!!!!」
「あいよぉ!!」
「こっちは唐揚げ定食でお願いします!! 勿論、御飯大盛で!!」
「おう!!」
「肉揚がったよ!!」
「こっちは野菜が無くなっちゃった!!」
うえっ。相も変わらず此処は物凄い熱量ですね……。
大食堂に一歩足を踏み入れるなり、飢えた者達の叫び声が両の鼓膜を盛大に振動させてしまう。
肉が焼ける食欲を刺激する香り、天井に染み込んだ油の面影、そこかしこで行き交う怒号。
此処は戦場と断定しても過言ではない程熱気に溢れ返っていた。
大食堂は校舎と並びかなりの大きさで、全ての訓練生を収容出来る広さを有している。
「げぇっ!! もうこんなに並んでいるのかよ!!」
「お前が片付けるのに時間を掛けたから遅れちまったじゃねぇか!!」
俺達が悠々と入って来た大食堂の東出入口の左手奥、そこに位置する南出入口から今も訓練生が怒涛の勢いで雪崩込み。既に形成されてしまっている行列の最後方へと向かっている。
「ほら!! さっさと頼め!!!!」
「じゃ、じゃあ……。えっとぉ……」
「はい!! あんたは線が細いから唐揚げ定食ねっ!!!!」
正面には給仕を担当する凄腕の歴戦の職員の方々が待ち構え、鬼神の如く料理を拵えて訓練生の注文に対して親切丁寧?? に応えていた。
長い机が八つ東から西へ伸び、数十人が横一列に並んで食事を行えるように設計されており。一堂に会して食事を行う様は正に圧巻の一言に尽きます。
「おぉ……。凄い列ですね……」
受付の職員の前に訓練生達が二列横隊で綺麗に整列して腹の機嫌と相談している。
一回生は出入口側、二回生はその隣。
そして指導教官は一番北側の受付を利用する。
最後尾に並んでいる時、教官達の列を見て羨ましく思っていたんだよなぁ……。
あそこなら直ぐに食事へとありつけるってね。
まさか、その日がこうも早くやってこようとは。
「お前もちょっと前まではあそこに並んでいたんだぞ??」
「そう考えると不思議に思えますね」
ビッグス教官と肩を並べて長い机の合間を進み、たっぷり時間を掛けて本日の昼食を考える事にした。
「いらっしゃい!! ビッグス教官。今日は何にするんだい??」
受付の前に立つと、素敵な汚れ具合の前掛けを着用している陽気なおばちゃんが気さくに話し掛けて来た。
彼女の背後には昼食時に注文可能な献立が大きな木の看板に書かれている。
勿論。
訓練生達も俺達と同じ様に看板を見て注文を決めるのだが、数秒単位で注文しなければならない。
それは何故か??
食べる時間の節約と、後ろの仲間に迷惑を掛けてしまうからだ。
今日はゆっくりと決められるから助かるぞ。
「そうだな……。じゃあ唐揚げ定食にしようかな。レイドはどうする??」
「そうですね……。自分も同じ奴で」
他の御品書きは焼肉定食と、うどん定食の二つだが俺の胃袋は唐揚げを所望していた。
「あいよ!! 御飯の量は??」
「ふっ。男なら、超大盛に決まっているだろ!!!!」
愚問だ。
そう言わんばかりに即決する。
「自分は大盛で」
適度に空いているけども飢え死にしそうって程じゃないからね。
「はぁ!? それは許さん!! こいつのも超大盛にしてやってくれ」
「えぇ――……」
「ビッグス教官を見習いなさい!! 男はガツンと食べるに限る!!」
「良い事言った!! おばちゃん!!」
まぁ、食いますよ??
師匠の所で食べさせられるのは慣れていますから。それにこの大食堂では例の悪魔の御馳走も出てこないし。
料理が運ばれて来る間、何気なく訓練生の列へと視線を向けると。
「「「……」」」
うおっ!?
俺の姿が珍しいのか将又早く飯に在り付ける事に憤りを感じているのか。列に並んでいる大半の者達が珍妙な物を見つめる様な瞳で見つめていた。
「教官。俺達見られていますよ??」
「飢えた野獣共だ。俺達が飯を容易く受け取るのが気に食わないのだろうな」
そ、そうなのかな。
この制服が珍しいとかじゃないよね??
訓練生は皆一様に、紺色のシャツに灰色のズボン。
卒業してから初めてパルチザンの制服が支給されるのだが、当時俺はこの制服を着たくて頑張っていた事もある。
革製の濃い茶の上着に黒のズボン。
機能性に優れた服装に思わず目を奪われたのは言わずもがな。
私服も出来ればこれを着続けたいのだが、如何せん肩に縫い付けている階級章が目立ってしまっている。
マイ達曰く。
『偶にはそれ以外の服を着ろ!!』
と、何度もお叱りの声を頂いていた。
別に気にしていないけどなぁ??
着易いし、それに耐久力に優れているから文句のつけ処も無いし……。
「はいよ!! 唐揚げ定食、御飯超大盛お待たせ!!!!」
遂に来てしまった。
己が着用する上着から視線を正面へ戻すと、揚げたての蒸気を放つ黄金色の唐揚げさん達と、これ見よがしに丼に盛られた白米が視界に入った。
しまった!!!!
良く考えれば、一昨日も男飯で唐揚げ定食を頂いたじゃないか!!
ううむ……。選択を誤ってしまったぞ。
「よしっ!! 早速食うか!!」
ビッグス教官が満面の笑みを浮かべて盆を手に取ると席へと向かい軽快な足取りで向かう。
「了解しました」
それに倣い盆に盛られた料理を両手に持ち、彼に続く。
おっも。
これならマイも満足しそう……いやいや。アイツならこれをもう二人前注文するだろうな。
「此処でいいか??」
「ええ」
一番北側の人気の少ない席に着く。
背後の窓からはだだっ広い訓練場が映り、訓練生達が使用する席よりも景色が頗る良い。
正面は地獄絵図ですけどね。
今も机の合間に形成され続け消えない列に申し訳ないと思いながら、箸を手に取った。
「じゃあ食うぞ!! 頂きます!!」
「頂きます」
先ずは、唐揚げかな!!
一昨日と変わらぬ献立だが、少しだけ機嫌が悪い腹はこれを所望していた。
プツプツと今も音を立てている唐揚げさんを視界に捉えると、唾液が舌の裏から湧き上がる。
「……んっ!! 美味しいです!!」
これは驚いた。
何十回もこの大食堂で食って来た唐揚げなのに、久々に口にした唐揚げは想像より遥かに良い味を醸し出している。
前歯でサクサクの美しい衣を裁断すると溢れ出て来る肉汁が舌を溺れさせて白米で肉汁を吸い取れと頭に命令する。
俺はその指示に従い、無我夢中になって白米を口に運んだ。
「ふぉうだろ?? 男にはぴったりの飯ふぁからな!!」
口の端から白米を零しながらビッグス教官が話す。
それには大賛成ですよ。
肉と米の共演に俺の舌は早くも拍手喝采を送っていた。
「…………ビッグス教官。いいかしら??」
美しい衣を纏った唐揚げから視線を上げると、ビッグス教官の前にスレイン教官が着席していた。
「ん――。どうぞ――」
彼女の前に置かれていたのは一杯のうどんのみ。
盆の上で一人寂しそうに湯気を放っていた。
「随分と少ないですね??」
こちらと比べればその差は歴然。
昼からの講義、持ちませんよ??
「今日は午後からも座学だけで、運動する予定は無いから」
そう話して美しい白色の麺を箸で器用に掬い、上品な口使いで啜る。
おぉ、ビッグス教官に比べるて随分と嫋やかで美しい作法だ。
「ふぉういえふぁさ」
「……ビッグス教官。口に物を詰めたまま話さないで下さい」
そうですよ??
彼女の所作を見習って下さい。
「んんっ!! そう言えば明日の午後からの技術指導なんだが。レイドには俺と組手をして貰う」
「教官と、ですか??」
「そうだ。色々と考えた結果、皆の前で魔物との対処方法を実演した方が為になると思ってな」
「了解しました」
まぁ言葉であれこれ言って説明するより、目で見た方が手っ取り早いかな??
午前中の講義で話す事、並びに教える事の難しさを改めて思い知らされましたからねぇ……。
そう考え箸を進めていると……。
「…………」
ふと妙な視線を感じた。
誰か、こっちを見ている??
手元の白米から顔を上げて周囲を何気なく見渡していると一人の女性訓練生と目が合った。
肩まで伸びた艶やかな黒の髪に闇夜も慄く漆黒の瞳。
端整な顔付きだが纏う空気がどこか冷たい印象を此方に与える。
俺を見ているのかな??
一応、左右に目配りして確認するが……。
「……」
彼女は俺の瞳をじっと捉えて離さなかった。
周りの仲間が雑談に興じている中、己の食事を終えても席を立とうとはしない。
只、俺の様子を草むらに潜む獲物を狙う猛獣の様に静かに見つめている。
えっとぉ。
私、何か変な事しましたか??
「ビッグス教官。向こうで……。俺の方を見ている女性訓練生って何者ですか??」
「ん?? あ――……。レンカか」
「レンカ??」
一つ下の後輩達の顔の大半は覚えている。
しかし、俺が覚えている限りあの冷たい空気を纏う女性は少なくとも一つ下の後輩達の中には見受けられなかった。
つまり、それが指し示す事は……。
「今年入隊した奴だよ。スレインの組に入っている」
そうなりますよね。
「スレイン教官。彼女はどうして俺をじっと見ているんですか??」
ビッグス教官の前で綺麗に咀嚼を続ける彼女へと問うた。
「彼女の癖よ」
「癖??」
「あの子は大陸の西、狩りを生業としていた村出身なの。その癖が今も抜けないのよ」
「え?? 西って……」
オーク共が跋扈している地域だ。
まさかとは思うが……。
「そう……。貴方が考えている通り彼女の両親はオークに殺されたの」
やはりそうか。
「今から十年程前か」
周りに聞こえぬ様、ビッグス教官が小声で語り出す。
「オークが勢力を拡大させる中、彼女達の村にも被害が及ぶ可能性があった為。村人全員へ避難指示が通達された。だが、村人達は侵攻までにまだ時間があると踏んで直ぐに避難を開始しなかった。そしてある日……。あの醜い豚共が彼女達の村を襲った。燃え盛る家屋、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる中レンカ達は村を脱出した。しかし……」
そこまで話すと彼がその先を言い淀んでしまう。
その口調、雰囲気から察するに……。
「逃走中、背後から迫り来るオークに……。レンカ一人を残して村人達は惨殺された」
同郷の者が全員……。
「周囲を警戒していたパルチザンの隊員が救助に駆けつけたが、時既に遅く。地面には凡そ人の物とは思えない、無惨に千切れ飛んだ無数の欠片が散らばっていた。そんな中、ある隊員が死体を動かすと一人の少女が血と泥に塗れ僅かな呼吸をしていた。それがアイツだよ」
目の前で両親と友人や見知った仲の者が惨殺されるのを見ていたのか。
その光景を想像すると血の気がサっと引いてしまう。
大人でも寒気がする光景。
彼女がまだ子供の時分だ、本当に恐ろしかったのだろう。
「入隊出来る歳になると誰よりも早く志願し、そして入隊試験に合格した。此処に来た時はまるで感情の無い人形みたいに冷たい印象だったな……」
精神が病んでしまう惨状を目の当たりにしたのだ。
命が芽吹くのも拒絶される程の凍てつく氷が彼女の心を覆い尽くした筈。
そして、奴らに復讐する為に入隊。負の感情を力に変えて一体でも多くの醜い豚共を駆逐する。
だから……。
彼女の瞳には悲しい風が吹いているのか。
「……」
今も俺の顔を正面で捉えている彼女の冷たい瞳を真っ直ぐに捉えると否応なしにそれを感じてしまう。
「うっめぇ!! これなら百個食えるぜ!!」
「食える訳ねぇだろ!!」
「あはは!! 聞いてよ――。この前さぁ――」
「それ、さっきも聞いたって」
彼女の周囲で明るい声を、そして笑みを交わす同期達の陽性な姿も彼女には響かない。
心温まる光景の中に一人寂しく佇む冷涼な心の持ち主。
それが彼女に対して思った第一印象だ。
「けどな?? 今は底抜けに明るい仲間のお陰か、多少は温かさが戻ってきているぞ。それとも指導教官の指導の賜物かな??」
ビッグス教官がスレイン教官の方へ視線を向けて口を開く。
「彼女は並々ならぬ復讐心を心に抱いているの。それが生きる糧なのかしらね……。でも、それは時に平常心を保つ妨げになると教えているんだけどね。中々耳を貸してくれなくて困っているのよ」
平常心。
透き通った水面の様に美しく澄み渡った心であり、師匠から習った水の心得だ。
それと対極に位置するのが……。
豪炎と灼熱で立ちはだかる者全てを焼き尽くす、火。
師匠は俺にこう仰られた。
『なはは!! 一本じゃ!!』
『もう少し加減して下さいよ』
『そうよ、私のレイドが傷物にされちゃうじゃない。はぁいっ、女肉の大盛を召し上がれっ』
『エルザード!! は、離れて!!!!』
…………、違った。
この後だ。
『いいか?? 良く聞くのじゃ。火は時に業火へと変貌し、水を蒸発させる。しかし、その業火は悲しいかな……。己が身を傷付け、いつかは自らの炎で己を焼き尽くしてしまう。火が悪い訳では無い。荒ぶる心を鎮めて水を宿し、己が拳に強き炎を宿せ。これ武に通ずる神髄じゃ』
彼女は心に水では無く、憎しみの炎を宿しているのか。
「冷静な思考と、激烈な思い。この両立は難しいですからね……」
「お?? 何だ。もうそこの境地に辿り着いたのか??」
ビッグス教官が意外と言わんばかりに話す。
「任務の途中、素晴らしい武術の心得を持っている御方と出会いまして。ひょんなことから教えを頂いたのですよ」
それが魔物とは口が裂けても言え無いけどね。
「ほぅ。して、その方の流派は??」
「極光無双流です」
「ん――。聞いた事が無いな――」
ビッグス教官がのんびりとした口調でそう話す。
知っていたらそれこそ驚きですよ。
「それより……。何とかなりませんかね?? あぁもじっと見つめられると食事が進みませんよ」
今も俺の一挙手一投足を穴が開く位の勢いで見つめて来る。
気が気じゃないまま、彼女の瞳から逃れる様にもそもそと白米を口に運ぶ。
「ハハハ!! 何だ?? 女性一人に見つめられた位で情けない!! 男だったら女性の一人や二人。口説いて来い!!」
「ぶっ!! ゴホッ!! 何て事言うんですか!! 相手は訓練生ですよ!!」
とんでもない事を言うものだから思わず白米を零してしまった。
「男って生き物はな?? 女を口説く為に生きている様なもんだ。逆もまた然り。人生ってのは出会いの連続。この好機を逃すなよ??」
「そうは言いますけどね?? 教官だって独身じゃないですか。人の事をとやかく言うのは頂けませんよ」
人の振り見て我が振り直せ、じゃないけどね。
「俺を口説こうって女性は五万といるぞ?? 今俺は吟味に吟味を重ね……」
得意気に目を瞑り、自己肯定感を惜し気もなく醸し出してウンウンと頷いていると。
スレイン教官の冷たい声がそれを遮った。
「ビッグス教官」
「何だ??」
「その話。詳しくお聞かせ下さい」
あ、これはいけない空気だ。
流れ矢を食らうのは頂けませんのでちょっと離れて――っと。
「へ?? 何を??」
「ですから。ビッグス教官を口説こうとしている女性の事です。どこの、誰で、どういった経緯で知り合ったのですか??」
「あ、あぁ?? えぇっと。うん、あれは街で偶然?? 出会ったなぁ??」
何故疑問形??
「偶然?? 偶然出会ったのに口説かれたのですか??」
おっ!?
まさかとは思うけど、この二人ってそういう関係になりつつあるのかしら??
ふふふ。我ながら鋭いぞ。
ここは一つ、スレイン教官に援護射撃をすべきか??
「あれ――?? 違ったかなぁ??」
「別に私は何かと理由を付けて一緒に出掛けてくれない事を咎めている訳ではありません。今仰っていた、口説いて来た女性についてお話を伺っているのですよ」
や、やっぱりそうだ!!
俺が未だ訓練生だった頃、スレイン教官とビッグス教官の恋人説がまことしやかに噂されていたからな。
ビッグス教官も隅に置けないなぁ、美人に好意を向けられるなんてさ。
「そうですよ、ビッグス教官。スレイン教官と一緒に出掛ける位してあげたらいいじゃないですか。女性の一人や二人。口説くのは朝飯前なんでしょ??」
俺の鋭い矢が彼の脳天に直撃する。
「レ、レイド!! 貴様……!!」
「ほら、教え子もこう言っているじゃないですか」
静かに箸を置き姿勢をキチンと正してビッグス教官の顔を確と捉えた。
これは……。有無を言わせない奴だな。
「いや、まぁ……」
普段の凛々しい姿からは想像出来ない程の狼狽え振りに陽性な気持ちが大量にジャブジャブと湧いてしまう。
「何ですか?? 言いたい事ははっきりと仰ってください。その口は何の為に存在するのですか??」
くっ……。駄目だ。
込み上げて来る笑いに大腿部を抓り必死に堪えた。
「じゃ、じゃあ。明日の午後に行われる組対抗の模擬戦で俺の組に勝てたら……」
苦し紛れの言い訳かな。
いや、墓穴を掘ったと言うべきか。
彼の言葉を受けてスレイン教官の表情が注意して良く見ないと分からない程微かに明るくなった。
「レイド、聞いた??」
「はい。この耳で確かに」
「宜しい。では、約束を違えぬようお願いしますね??」
「りょ、了解しました……」
スレイン教官が盆を持ち静かに席を立つと、俺の口から陽性な笑い声が自然と溢れ出て来てしまった。
「ぶっ!! アハハ!! ビッグス教官!! スレイン教官に怯え過ぎですって!!」
「き、貴様!!」
「あ――。笑った。別にいいじゃないですか。一緒に出掛けるくらい」
完全無敵な生命体では無い限り、日頃の疲労が体に蓄積されて業務に支障をきたすだろうし。
教官達だって感情を持った一人の人間だ。偶に訪れる休日を利用して疲労回復に努めるのも立派な事だと思いますよ。
「その、何んと言うか。訓練生は毎日訓練に勤しんでいるのに、教官同士で付き合い。しかも、悠々と街中を練り歩くのは如何なものかと……」
大半の真面目な性格と微かなお茶目が混ざり合う心地良い性格なんだから、二つ返事で了承するかと思ったけど……。
そっち方面は意外と奥手なのかもね。
人は見た目によらないものだ。
「仕事は仕事。私生活は私生活。その分別が大事なんですよ」
「まぁ、それはそうなんだが。お前も知っているだろ?? 彼女の料理の腕前を……」
しまった。それを考慮するのを忘れていた。
超重要事項じゃないか。
もし……。スレイン教官を嫁に頂くとするのなら『手料理』 を毎日とまではいかないが口にしなければならない。
常軌を逸した攻撃の連続に果たして肉体は耐えられるのだろうか??
そんな疑念をふと抱く。
「慣れが大切ですよ。慣れが」
若干涙目の彼からふっと視線を外して正面を見つめて話した。
あれ?? あの子がいない。
もう午後の講義に向けて出発したのかな。
「あのなぁ。俺の立場になって考えての発言か??」
「勿論ですよ。というか、そんなに酷いのですか?? スレイン教官の料理って」
噂はあくまでも噂。
実際彼女の料理を口にした事が無い俺は想像出来なかった。
「酷いもなにも……。以前、入院していた時なんだが」
あ、その話。
聞いた事あります、人伝いですが。
「実の兄を見舞う際、手料理を持って来るんだよ。毎回、毎回……。その味と見た目と来たら他人の吐瀉物が可愛く見える程だ」
「そ、そこまで言います??」
目を見開いてビッグス教官を見つめる。
その目は……。
真実を語る澄んだ美しい瞳そのものであった。
「それを……。嫌だって言っているのに無理矢理……、口に捻じ込まれて……。気が付いたら俺はベッドの上で眠っていたんだ」
「病院ですからね。ゆっくり眠って養生しなきゃいけませんし」
「気絶したんだよ!!!!」
知っていますよっと。
「死にはしないんですから。それを前向きに捉えるべきです」
「全く。他人事だと思って。アイツの料理は人の意識を混濁させる破壊力を秘めているんだ。おいそれと口に運んでいいものじゃないんだよ。女だってのに料理の一つや二つ、真面に作って貰いたいよ。もしかしたら、俺が作った方が美味いんじゃないの?? そうだ!! 料理対決でもして……何だ?? どうした??」
俺の視線に気付いたのか、饒舌に回っていた舌がピタリと止まる。
「……」
ビッグス教官の背後には歴戦の戦士もそっと剣を置いて逃げ出す程の覇気を纏った修羅が立っていた。
今も常軌を逸した冷酷な瞳で彼を見下ろしている。
そして俺の視線の意味を理解したビッグス教官が、滝の様な汗を額から零して鉄よりも硬い固唾をゴックンと飲み込んだ。
ご愁傷様です、教官。
願わくば痛みを知らない内に気絶して下さいね。
「…………。ビッグス教官??」
彼女が静かに彼の肩へポンっと手を置くと。
「キャァッ!!」
訓練生が皆一様に愛して止まない可愛い声が大きな口から零れてしまった。
「今の言葉、決して軽くはありませんよ??」
「ご、ご、ご、ごめんなさい……。決して他意は無いのです……」
細かく肩をカタカタと震わせ、蚤が訝し気な顔を浮かべて耳を傾けてしまう消え入りそうな声量で話す。
「そうだ、明日の模擬戦。私の組が勝った暁には私の『手料理』 を頂いて貰いますね?? 実は先日、最高傑作が完成致しましたので是非味わって貰えれば……」
「レ、レイド……」
今にも泣き出しそうな顔で此方に救助要請を放つが、俺にはどうする事も出来ない。
そう考えて視線を外してしまった。
ごめんなさい、教官。
どうかこの危機を御自身のお力で乗り切って下さい。
「ふふ。楽しみにしていますよ?? 明日の模擬戦。それでは……」
スレイン教官が意味深な言葉を残し、足音を立てずにこの場を立ち去ってしまった。
はあぁぁ……。おっかなかった。
「レイド!! 俺を助けろ!!」
「無理です。明日の模擬戦に勝てばいいだけの話じゃないですか」
どこ吹く風といった感じで話してやる。
「スレイン教官の組との模擬戦。通算成績はどんな感じなんです??」
「…………七戦中。一勝六敗」
うはっ、御愁傷様です。
「奇跡を信じて挑むんですね」
「そりゃないって!! そうだ!! レイド!! お前が俺の組に入ればいいんだよ!!」
「自分は訓練生ではありません。しかも、それをスレイン教官は良しとしないでしょう??」
「じゃあどうすりゃいいんだ!!」
「身から出た錆って奴ですよ」
盆の上に置かれたコップの水をぐいっと飲んで話す。
「この……。親不孝者!!」
「両親はいません」
「揚げ足を取るな!!」
「午後からの講義が始まります。行きましょう」
空になった盆を持ち、静かに席を立つ。
「なぁ!! 頼むって!! 一回だけ!!」
「しつこい男は嫌われますよ?? ビッグス教官は男ならドンっと構えていろ。そう仰っていたでしょ??」
「それとこれは話しがちが――う!! ねぇ!! お願い!! 聞いてぇ!!」
「さ、行きましょう」
大変粘着質な声を振り払い、盆を返却して校舎へと向かう。
その間、彼の懇願する声は絶え間なく続きそれを見ていた訓練生は何事かと思い首を傾げていた。
最後まで御覧頂き有難うございました。
漸く花粉の季節も一段落してヤレヤレといった所です。しかし、もう間も無く訪れる梅雨の季節。
日本固有のジメジメとした季節がやって来ると思うとちょっと気分が凹んでしまいますよね。ですが!! 暑い夏にも、湿気の多い梅雨にも負けじと投稿を続けて行こうと考えております。
気合は十分、しかし体が着いて来なければ意味がないので体調管理には気を付けますね。
いいねをして頂き有難う御座いました!!
執筆活動の励みとなります!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




