第七十話 教育と学習は似て非なるもの
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
講義という事もあってか、文章中に長い会話文が挟まれますので予めご了承下さいませ。
ビッグス教官に意気揚々と引っ張られて東階段を昇り。二回生が使用する二階の教室の前に来たのはいいけど……。
自分でも驚く程心臓の鼓動が五月蠅く感じてしまう。その影響か、慣れ親しんだ教室がまるで別の物に見てしまいますね……。
喉の奥に灼熱の太陽の光に当てられた熱砂を捻じ込まれた様な、異様な乾きが口内を襲う。
この緊張感の中で上手く講義が行るのか??
男なら当たって砕けろと豪胆な方々は口を揃えて言いますが、当たりに行く前に足が縺れて転んでしまいそうですよ……。
「よし。準備は出来たか??」
ビッグス教官が二回生の一組の扉の前で足を止めて此方の様子を窺う。
「えぇ。準備は出来ましたが、呂律が正常に働くか疑問が残りますね」
「好きなだけ噛めばいいさ。訓練生も気さくに笑い飛ばしてくれるって」
そうだといいんだけど……。
指導に来た以上、これはれっきとした任務ですので笑い者にされるのだけは勘弁して頂きたいものです。
自分は人を笑わせるだけの滑稽な道化ではありませんので。
「ほら、もう一限目が始まっている。行くぞ??」
「ふぅ…………。はいっ!! 行きましょう!!」
大きく息を吸い込み、そして緊張の欠片を吐き出して凝り固まった筋力を解す。
ビッグス教官が勢い良く扉を開けて中に入り、俺はそれに続く形で久方ぶりの教室へと入室を果たした。
「「「……」」」
中々快適な大きさの教室内には七名から八名の訓練生が縦に並び、それが四列に連なる。
その前には指導教官が指導を行う為の一段高くなった教壇が配置。俺達が卒業した時と変わらぬ姿の教室が此方を迎えてくれた。
「起立!! 礼っ!!」
「「「お早う御座いますッ!!!!」」」
うおっ。びっくりした……。
座学が始まる前、教官が室内に入室すると同時に号令役は直ぐに指示を与え。覇気ある声で礼と挨拶を放つ。
久し振りに聞く声の圧と大きさに思わず肩をビクリと動かしてしまいましたよ……。
「皆、お早う。座ってよし」
ビッグス教官が先に教壇へと昇り各々の顔を見渡して口を開く。
その堂々たる姿に数分前までの剽軽な部分は一切見受けられず、軍人足る覇気と圧を纏い皆の前に立つ。
指導者とは威風堂々とした姿を表現すべき。
言葉無くともそれを俺に伝えている様だ。
それに比べて俺と来たら……。
「「「……」」」
訓練生から否応なしに突き刺さる視線を受け流し、出来るだけ目を合わせないようにしどろもどろになってしまっている。
いかん、このままでは緊張感で押し潰されてしまい講義処の騒ぎじゃなくなるぞ。
落ち着け……。心の水面に浮かぶ凪を鎮めるんだ……。
師匠から受け賜った言葉を反芻して唱え続けていると、ビッグス教官が口を開いた。
「周知の通りだが。今日と明日、お前達の先輩にあたる現役の兵が態々時間を割いて此処へ指導に来てくれた。アイツはまだ兵になって時間は浅いがそれ以上の修羅場を潜っている。魔物についての講義になるが、何か気になる点や質問がある場合は挙手しろ。では、レイド。後を頼む」
「はい。分かりました」
ビッグス教官が教壇を降りると、それに入れ替わる形で教壇の中央に置かれている机の後ろに立つ。
う、うわぁ……。
ここから見る視点ってこんな感じなんだ。
二回生達の真剣な眼差しが俺の顔に集中している。
皆一様に期待を膨らます姿に意図せずとも額に汗が滲んで来てしまった。
落ち着け。
透き通った水面に……。相手の姿を鏡の様に映せ……。
これは生死を別つ死闘では無いんだ。そう、只の指導なのだから。
自分を落ち着かせる為に先ずは軽い冗談を交えて挨拶を告げよう。
「えっと……。レイド=ヘンリクセンと申します。あっ、階級は二等兵なので間も無くここを卒業される人達と然程変わらないので気兼ねなく質問して下さいね??」
冗談っぽく話すと数人が表情を和らげてくれる。
よしっ。この調子だな。
鞄を机の上に置き、カエデと共に考案した講義内容の紙を手元に置いて再び口を開いた。
「周知の事実であるけど。俺達パルチザンは魔女、並びにオークを倒す為に選ばれた存在だ。この大陸には人間と敵対する勢力の他に魔物と呼ばれる者が存在する。その存在を確認出来たのはもう随分と前だったから俺もこの目で見る迄は御伽話とか、その類の物だと信じていたんだ。けど、実際に見た魔物達は俺の想像の遥か上を行く存在であった。此処に下手糞で悪いけど、実際に会敵した魔物の挿絵を描いてきた。何んとなく形を掴めば、想像し易いかと思ってね。…………。君から順に回して見て行って」
教壇を降りて、列の一番右端の彼に渡してやる。
カエデの絵では無く、俺自身が描いた絵だから大丈夫でしょう。
一応、認識阻害を考慮した結果だ。それに……。あのやたら可愛い挿絵を渡して柔和な印象を持って貰っても困るからね。
「初めての任務を請け負い、南の街で会敵したのはハーピーと呼ばれる魔物だった。外見上は俺達人間とほぼ変わらないけど、唯一違う点。それは彼女達の背中には翼が生えていた。一つ羽ばたけば強風が吹き、空を飛ぶ速さは鷹も恐れ燕の旋回速度も優に超える。常軌を逸した速さで襲い掛かり、対峙した敵を吹き飛ばす。ルミナの住人と協力して何んとか退却させる事に成功したけど、正直。彼女達の力には脱帽したよ。人間が歯向かえる様な相手じゃないってね。だけどさ、彼女達と戦ってある事に気付いたんだ」
そう話してぐるりと周囲を見渡す。
おぉ、皆びっくりする位集中してくれているな。
「それは……。命ある者と無い者の差だ。オークは習ったとは思うけど、致命傷を与えると土に還る。しかし、魔物は正真正銘生きている生物だ。傷つけば血を流すし、生物が持つ感情も見受けられた。明確な意志を持ち、その意志に従い行動する。俺達が理解出来ない言語らしきもので魔物同士で会話をしている姿も見られた。つまり……。俺が勝手に決めつけた考察だけど。魔物は人間と然程変わりない行動や意志、感情を併せ持つ高度な生き物だと考えられるんだ」
何人かは頷き、何人かは少しだけ首を傾げていた。
ちょっと端的に話過ぎたかな??
「えっと……そこの君。何か気になる点はあるかな??」
少し首を傾げていた者を指して話す。
「はっ!! どのようにして魔物が感情を持っていると確認出来たのでしょうか??」
あっ、しまった。
大蜥蜴達の事を話すのを忘れていた。
「あぁ、ごめん。大蜥蜴達の事を説明するのを忘れていたよ」
刹那に原稿用紙へ視線を落として文字を確認すると再び口を開く。
「此処から北へ向かうと、大陸の東西に広く伸びる大森林があるのを知っているよね?? 補給路が襲われているという情報が入り任務で赴いた時なんだけど。初めは補給路を狼か何かが襲っていると考えていたのだが、事実は違った。大蜥蜴の魔物が北の街、スノウへと続く街道沿いで野盗を繰り広げていたんだ。大きさは……。俺が百七十六センチだけどそれを越える大きさでね?? そうだな。丁度ビッグス教官を二回り程大きくした巨躯だったよ」
手を頭の上に翳して大雑把な大きさを説明する。
「今回っている挿絵にも描いてあるから参考にして。それで、そいつらが襲い掛かって来たんだけど。俺は一体の大蜥蜴と対峙したんだ。そいつは自分が持つ大きな鉈をこれ見よがしに俺の頭上に掲げた。それはまるで。俺の武器はこんなに強いんだぞ?? そんな風に言っている様に思えたんだ」
マントを羽織った個体の動きを模写して講義を続ける。
「その個体には悪いんだけどさ、俺が弓を構えているのに武器を掲げるもんだから隙だらけでね?? 大腿部に矢を穿ってやったんだ。そうしたら。いってぇ!! 何をするんだ!! そんな風に地団駄を踏んで憤りを表現したんだよ。この時、魔物でも感情を持っているんだと確信したんだ」
あのマントを羽織った奴の動きを再現してやると複数名がクスリと笑ってくれる。
まさかこんな所であの剽軽さが役に立つとはね……。
「それでも油断は禁物だ。巨躯の体から繰り出される一撃は俺達の想像の上を行く。真面にぶつかったら鍛えている者でさえ跳ね除けてしまうだろう。そうならない様に攻撃を上手く躱し、相手の動きをよく見て的確に攻撃を与えるのが効率的かな」
「質問を宜しいでしょうか!!」
一人の男が機敏な所作で手を上げる。
「はい。どうぞ」
「そのデカイ蜥蜴の弱点はどこでしょうか??」
「弱点は人のそれと変わらない。顔を殴られれば芯が揺らぎ、腹部を強烈に叩けば膝を着く。大蜥蜴の場合、皮膚は堅牢な鱗で守られているから中途半端な斬撃や打撃は効果が薄いな。それに、相手の得物によって間合いも変わる。俺達人間は大蜥蜴に対して中途半端な距離じゃ分が悪い。超接近戦に持ち込み、相手の内側から攻撃を加えるか。距離を取り、矢を穿つかの二択に絞られるだろう」
俺は実際そうしたからなぁ。
問題は……。
「しかし、相手の間合いが長い為。接近戦に持ち込む前に迎撃される恐れがあるのでは??」
うん、その通り!! 的を射た質問だ。
「そう、そこが問題なんだ。冷静に相手の動きを見極め、自分と相手の間合いを測り、一瞬で懐に飛び込む。間合いの測り方は丁度、自分の円と相手の円が重なり合う感じかな?? 大振りを狙うか、隙を誘うか。最終的に自分の勇気が試される事には変わりないよ」
「そう……ですか」
彼が質問を終えると、静かに重い吐息を漏らす。
「億劫になる必要は無い。此処はどこだ?? 栄えあるパルチザンの訓練所だぞ?? 指導教官達の教えを身に染み込ませろ。それでも勝てないと踏んだら一人で戦うんじゃない。皆で立ち向かえ」
此処でビッグス教官の訓示を引用させて頂きましょうかね。
「誰が為に個を捨て、集となり敵に立ち向かえ。さすれば鋼となり、敵を討ち滅ぼすなり。俺が尊敬する教官から頂いた訓示だ。この言葉と受けた訓練を思い出せば必ず勝機は訪れる。自分の力を信じてやれ」
「は、はいっ!!!!」
尻窄んでいた彼の目に勇気の火が灯る。
良かった。
俺の言葉で勇気が出るのなら幾らでも声を出しますよ。
「そうして、大蜥蜴の一体が負傷すると仲間が集まり意味不明な言葉を発してこちらをじろりと睨んで来たんだ。俺の荷物の量が少なかったからか、それともやる気が削がれたのか……。吐き捨てるかの様に喉を鳴らすと、奥の暗がりへと撤退していった。任務の守秘義務があって詳しくは言えないけど、違う任務中にも奴らと出会った。そして、その時は近接戦闘を余儀なくされて奴らの硬い装甲を思い知らされたよ」
先日トアと行った護衛任務の末端を原稿用紙の合間に挟んであげる。
そうでもしないと先程話した大蜥蜴の弱点を何故知れたのか、矛盾が生じてしまいますからね。
本来であれば仲間内でも任務の詳細を口外してはならないが……。後輩の育成の為なら止むを得ないでしょう。
「これまでの経験と推察から、言葉と感情と意志。対峙した魔物の様子からそれらが確実に存在すると俺は考えるようになった。ひょっとしたら彼等と共存する事も可能かもしれない。意志を持つ生物なら俺達、人間となんら変わらない生物だからな。違うのは外見だけ。オークとはまるで違う生き物なんだ。もっと……そう。人間は魔物の事についてよく考えるべき時が来たのかもしれない」
話している途中でマイ達の顔が頭の中に浮かぶ。
人間が今こうして存在するのは九祖である彼女達の祖先のお陰。それが紆余曲折あり、人間が地上を跋扈する事になった。
魔物が牙を向けば人間等紙屑の様に蹴散らされてしまうであろう。
共存の道を探し、より良い関係を構築すべきだと思うんだよな……。
「レイド。もう直ぐ時間だぞ??」
「あ、はい」
しまった。
自分の考えで感傷に浸ってしまってどうするんだ。
「魔物と人間。相容れない存在かもしれないけど、決して分かり合えない訳じゃないと俺は考えている。机上の空論かもしれないけど、そんな道もあるんじゃないかと思う。……ふぅ。長々と話して来たけど、以上で自分の話を終えます。ご清聴有難う御座いました」
「「「っ!!!!」」」
確と頭を下げると教室内に拍手が起こった。
いやいや……。そこまで大袈裟にして頂く訳には……。
自分でも感じる程顔が熱くなり、そそくさと教壇を降りた。
「御苦労だった。初めてにしては上出来だったぞ??」
「有難う御座います」
ビッグス教官の声に頭を下げて答えた。
上出来かなぁ?? 途中、話飛んじゃったし……。
「実体験を基にした話だ。俺達パルチザンは魔女以外にも魔物と呼ばれる存在を認知しておかなければならない。オークと戦闘中に今の話の中で出て来た大蜥蜴が乱入して来ても慌てない為にもな。さて、少しだけ時間が余った。この際だ、何か質問があればレイドが答えてくれるぞ??」
教壇に登った教官が口を開く。
そして、その言葉に呼応して複数人……。
いや、教室にいるほぼ全ての人物が挙手した。
うぇ。ちぐはぐで伝わりにくかったのかな??
「じゃあ……お前」
「はいっ!! 大蜥蜴に対し、有効的な武器はありますか!!」
有効的……か。
「そう、だね。ん――。武器云々より、その人の技量や心が大切かな。絶対に負けないという意志を持って対峙すべきだと思う。強いて言うならば、最強の武器は己の心。かな??」
「ありがとうございます!!」
いえいえ。
どういたしまして。
『レイド先輩……。お久しぶりです』
ん?? 何だ??
教壇の脇で慎ましく待機していると、挿絵の紙を持って来てくれた女性が小声で俺に話し掛けて来る。
『おぉっ!! リネアか!!』
驚いた。
訓練生時代、俺の下に良く指導の手解きを受けに来た子だ。
成績も良いのになんで下から数えた方が早い成績の俺の所に来たのか良く分からなかったが……。
元気そうで何よりですね。
『先輩の話、大変勉強になりましたよ??』
俺と彼女の間だけに聞こえる声量でポソリと話す。
綺麗な漆黒の髪、そして整った眉の流線の下にある大きな瞳が柔和に曲がる。
男性からもそして女性からでも端整な顔付きであると納得出来てしまう御顔がふっと笑みを浮かべると。自分でも驚く程に凝り固まった心の塊がスっと溶けて行くのを感じてしまった。
久し振りに見たけど、相変わらず良い笑顔だな。
『どういたしまして。途中噛んじゃいそうだったけどね??』
『ふふ。そういう所、変わっていませんね』
やっぱり後輩から頼りない先輩であると見られているのだろうか??
こりゃ二限目はもっと気合を入れて取り組まないとねぇ……。
「オホンッ!! 皆、良く見ろ。こうして人間の雄は、雌に対して積極的に気を引き己の子を後世に残そうと努力するんだ。正に生命の神秘が目の前で繰り広げられているんだぞ??」
「ちょ、ちょっと!! 何て事言うんですか!!」
こちらの様子に気が付いた教官が皆の前とは考えられぬ卑猥な揶揄いを仕掛けて来た。
突然の行為に羞恥心が勝り、思わず声を荒げてしまった。
勘弁して下さいよ……。
「し、失礼しますっ」
ほら、彼女も顔を真っ赤にしているじゃないですか。
真っ赤な太陽はそのまま踵を返し、ぎこちない足取りで席へと戻って行ってしまった。
「もう少し時間を取ってやりたいが、時間が来てしまった。だが、安心しろ。今日、レイドは宿直室で一泊する事になっている。講義が終わり次第質問攻めにしてやってくれ」
あ、やっぱりここで泊まるのか。
伝え聞いていない内容にそこまで驚かないのは何となく自分でも察していたのだからでしょう。
「消灯時間ギリギリまで質問攻めして宿舎に帰れなくても今日は大目に見てやるぞ!! アイツを好きなだけ虐めろ!!」
「「「あははは!!!!」」」
もう何でも好きな様にして下さい。
笑い声が教室を包む中、半ば自棄になって心の中で呟いてやった。
◇
朝一番からの講義は校舎二階の教室の二回生の二組、三組と続き。講義に大分慣れて来た俺の舌も饒舌に回り始めた。
こういうものはやはり慣れだな。
狭かった視界も徐々に開き始め、訓練生一人一人の表情も窺えるようになってくる。
この調子のままなら今日一日を無事に過ごせそうだ。
「――――。と、言う訳で。魔物は意志を持つ生物であると確信し、互いに共存する道を模索するべきかもしれないと俺は考えている。……以上で話を終えますが。何か、質問はありますか??」
ここでもほぼ全員が挙手をする。
う、うん。
俺の話ってそんなに伝わり難いかしら??
「じゃ、じゃあそこの君」
金色の短髪の男性に手を当てる。
「はいっ!! 今御伺いした所によると、大蜥蜴の攻撃はかなりの威力かと想像出来ますが、具体的にどれ程の威力なのでしょうか!!」
あ、ごめん。
言ってなかったね。
「そうだな……。振り下ろした一撃で地面が大きく抉れる。そう言えば分かるかな??」
「はいっ!! ありがとうございました!!」
気持ちの良い声を出して席に着く。
「えぇっと……。じゃあそこのあなた」
今度は薄い茶の髪の女性に手を当てた。
「はいっ!! ハーピーの飛行速度ですが、鷹を優に超える速さなのは伺えましたが……。それは人間の目で追える速さなのでしょうか!!」
あぁ……。それも、か。
「う――ん……。接近戦だと目では追えないが、遠目では何んとか目で追える速さだ。遠目で相手の飛行行路を予測して武器を構えていたからね。注意すべき点は速さと、鋭い牙。狭い道に誘い出して、一点から迎撃するのが正解だと思われます。広い場所に出るのは自分の首を自分で締めるようなものです」
これが適した解でしょう。
只、これはあくまでもピナさん達。通常のハーピーの戦闘を予想した戦い方です。
ハーピーの女王アレクシアさんと対峙した際はこの対象方法は一切通じません。
狭い家屋の間に誘い出そうとしてもあの美しい翼が嵐を引き起こして家屋を根こそぎ吹き飛ばし、退却して背を向ける様なら鋭い刃を伴った嵐の塊が襲い掛かる。
アレクシアさんと対峙した時はユウを盾にして攻撃を防ぎ。
一瞬の隙を伺って反撃に転じた。
最後はカエデの魔法頼みだったけど、ここでその事は言えないからねぇ……。
「ありがとうございました!!」
いえいえ。そこまで畏まらなくてもいいですよ??
「よぉし、講義はここまでだ。こいつは校舎の宿直室に泊まる」
大人しく眠れる筈も無いから恐らく明日は寝不足のままで指導を続ける事になりそうだよなぁ……。
想定される質問を予め考えておくべきだろうか??
「質問がある人は何でも相談しろ。親身になって手取り足取り御教授してくれるぞ?? あ!! 変な意味で捉えるなよ!? ここは神聖な学び舎だ!! 不純異性交遊は駄目!! 絶対!!」
「「「あははは!!!!」」」
ビッグス教官がお道化ると、訓練生一同が笑う。
軽快な笑い声が疲労を少しだけ和らげてくれた。
いいよな。こうやって、笑い合うのって。
厳しい訓練の合間に訪れる束の間の癒しの時間って奴だ。
「では、三限目の座学を終える。ほら、お前達。早く食堂に行かないと大行列になっちまうぞ??」
ビッグス教官が教壇を降りると同時に一人の訓練生が号令を掛けた。
「起立!! 礼!! 有難う御座いました!!」
「「「有難う御座いました!!!!」」」
どういたしまして。
こちらこそ勉強になりましたよ??
ゆっくり鞄を肩に掛けるが訓練生一同は扉を開け、我先にと怒涛の勢いで廊下へとなだれ込んで行く。
その姿に思わず目を丸くしてしまった。
「あぁ、そっか。今から昼食でしたね」
「訓練生約二百人。その全てが一堂に会する食堂は今日も激戦さ」
そう。ビッグス教官の仰る通り。
ある程度時間に余裕が出来る夕食に対し、昼食は午後から始まる講義の前。僅かな時間内で済まさなければならない。
一回生は一回生が利用する列に並び。
二回生もそれと同じ。
つまり、僅かに遅れるだけで前に数十人の長い列が出来てしまうのだ。
腹を空かせた餓鬼にも等しい訓練生を捌く職員の方々も鬼の形相で応対し、昼食時の大食堂は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
「レイド。昼飯はどうする??」
「えっと……。ここで済ますのは時間が掛かりそうなので一旦外に出て適当に買って来ますよ」
流石にあの列には並びたくないし。
それに、今から並んでも食事の時間は……。ざっと見繕って五分ってとこだな。
「なんだ。それなら俺が奢ってやるよ。今日から世話になる礼だ」
「わ、悪いですよ」
「気にするな!! 目上の人が奢るって言っているんだ。素直に従え」
「は、はぁ。では、御馳走になります……」
気が重いなぁ。
あの列に並ぶなんて……。
「うん?? お前、まさか訓練生と同じ列に並ぶと思っているのか??」
教室を出て、俯きがちに二階の通路を進んでいるとビッグス教官が話し掛けて来た。
「そりゃそうですよ。自分、指導教官じゃあありませんし……」
「ははは!!!! 相変わらず馬鹿真面目だな!! 俺達、指導教官の列を利用すればいいって!!」
何と言う僥倖。
これは大変ありがたいぞ!!
実は一回生、二回生の列の他に教官達が利用する個別の場所があるのだ。
訓練生の時間を割く訳にはいかない。
そう考えて作られた……。というのは建前で、あの馬鹿げた列に並びたくないのが本音らしい。
「いいんですか!?」
「おう!! 死ぬほど食わせてやるから覚悟しろよ!?」
いや、そこまでお腹は空いていないので分相応の量を摂取します。
そう言いたいのをぐっと堪え、二階から一階へと下りて廊下を進み。一階の十字路に差し掛かると左折して正面出入口から表に出ようとした。
「あ、おい。どこに行く??」
「へ?? だって西出入口は使用禁止じゃないですか」
西通路の先にある大食堂へと直結する通路は、一回生は勿論。二回生の使用も禁止されている。
利用していいのは教官並びに職員のみですからね。
「だから。お前は教官扱いなんだから使用していいんだって。ほら、行くぞ??」
「あ、はい……」
体に染みついた癖は中々取れないものだと改めて認識。
堂々と西通路を進むビッグス教官の後ろでおずおずと、そして大変ぎこちない所作を披露しながら大食堂へと続く西出入口へと向かって行った。
お疲れ様でした。
文字を叩き続けている所為か、左手の中指に猛烈な痛みが生じて大変辛いですね。
中指を庇い、薬指と人差し指を駆使して文字を打ち込んでいるのですがこれがまぁやり難いの何の……。
絆創膏でも張って応急処置をしておきます。
それでは皆様、お休みなさいませ。