第六十九話 懐かしき学び舎 その二
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
少々長文になっていますので予めご了承下さい。
訓練所、か。懐かしいなぁ……。
まだ懐かしむ程の年月は経過していないが、それでも訓練所へと繋がる道を歩んでいるとそこで過ごした日々が記憶の底から甦り頭の中に流れていく。
胃袋の中身が全部出て来るまで走らされたり、両腕を千切り取って下さいと懇願する者も現れた腕立て伏せ、腹の筋肉の繊維が捩じり切れたかと錯覚してしまった腹筋運動。
過酷で辛い訓練も共に汗を流す仲間が居ればこそ成し遂げられ……。
『お前達、そこで何をしているんだ!!!!』
『ハドソンの奴が突如として綺麗な星空の下を歩きたいと申していたので自分は付き合っていたまでです!!』
『タスカー!! てめぇが最初に誘ったんじゃねぇか!! 俺に罪を着せるな!!』
『彼は本日の訓練で頭がヤラれてしまって妄言を吐いているのであります!!』
『ウェイルズ!! お前もふざけんな!! レイド!! お前は俺の味方だよな!?』
『――――。自分は彼等がこれ以上横着をしないか監視の任に就いておりました』
『ひ、一人だけ何助かろうとしてんだよ!!』
『そうだぞ!! お前も同罪だっ!!』
『い、い、いい加減にしやがれ!! この大馬鹿野郎共がぁぁ――――ッ!!!!』
涙が溢れる程の過酷な訓練と称した罰。その殆どがアイツ等のとばっちりじゃないか。
アイツ等が夜間監視の任に就いている女性訓練生達に会いに行こうと阿保な提案をしなければ教官に見つかる事もなかったのに……。
まだ他にもあるぞ??
休日を利用して外出許可を得て街に出た時も平気で門限を破り、街中で酔っ払いに絡まれた時も仲裁に入った俺が殴られ、大食堂で指導教官のおかずを盗み食いしたり……。
アイツ等の悪さの所業は数え始めたらキリがない。
くそう……、思い出したら腹が立って来た。
温かい懐古の感情が苛立ち、憤怒という負の感情に上書きされてしまう。本来であれば俺の周囲に流れ続ける約八か月振りの景色に温かい感情を以て眺める筈だったのに、これじゃ台無しだよ。
出来るだけその感情を表さない様に腹の奥に抑え込んでいると、今回の任務地であり。大馬鹿野郎共と切磋琢磨を繰り広げた訓練所が見えて来た。
背の高い頑丈な石造りの塀で広大な施設全体を囲み、正面には屈強な鉄の門が待ち構え。その両脇では難しい顔を浮かべた後輩が二名立ち門番の役割を果たしていた。
「「おはようございます!!!!」」
「あ、おはようございます」
律儀に大声で挨拶を交わす姿にどこか愛苦しささえ覚えてしまうな。
そこまで声を張らなくても構いませんよ??
階級も君達と然程変わらないんだから。
此処、パルチザン訓練所は王都北西区画の最北端に位置している。
この国を守ろうとする者共が汗と血を流す広い訓練場、心を静め武の神髄を追求する道場、訓練生及び指導教官や職員の方々の宿舎。
風呂場に便所、知識を高め多くの訓練生の頭を悩ます校舎、大食漢の猛者共を相手取り彼等の胃袋を満たす大食堂、訓練生に与えられる馬を飼育する厩舎等々。
施設の充実振りから窺えるように、かなりの大きさを有している。
一回生、二回生の訓練生約二百名。職員並びに指導教官約五十名。
総勢二百五十名がこの先で今日も汗と血と時々悔恨の涙を流しているのだ。
大きく息を吸い、中に進もうとすると……。
「失礼します!! 本日は一体どんな御用なのでしょうか!!」
あ、そっか。この人達には知られていないんだ。
門番の男性訓練生がお邪魔させて頂こうとした俺の行く手を阻む。
「パルチザン独立遊軍補給部隊所属、レイド=ヘンリクセン二等兵だ。本日此処で講義、並びに指導を行うよう任務を受けている。確認してきて貰っていいかな??」
「はっ!! 少々お待ち下さい!!」
訓練生時代に見た事が無い顔、そして少しだけぎこちない所作。彼は入隊して凡そ八か月の訓練生か。
そろそろ仲間とも打ち解け始め此処での暮らしも慣れて来た頃だと思うけどまだ力みが取れていない。
新人感が拭い去れていない出で立ちと、何事にも一生懸命な所作を取りつつ正面に見える校舎の中へと駆けて行った。
そこまで焦る事も無いし、不必要に張り切って走ると転んじゃいますよ??
「わぁっ!!」
ほら、言わんこっちゃない。
校舎の正面入り口付近で躓き転びそうになるが、それを自慢の脚力で挽回。
先と変わらぬ速度で校舎の中へと突入して行った。
「……」
もう一人の女性門番は今も直立不動で真正面を見つめ、背筋を天に向けて素晴らしい姿勢を保っている。
「おはよう。その姿勢、疲れるよね??」
「いえ!! 大丈夫です!!」
そうかなぁ??
額から頬に流れる汗を見れば一目瞭然なんだけど……。
意外と疲れるんだよねぇ。門番って。
座学や教官達の厳しい指導を逃れるのはいいんだけど、その分体力を消耗するんだよね……。
「…………。あ、あの」
「うん?? 何??」
門番の彼が帰って来るまで手持ち無沙汰で右往左往していると、門番の彼女が声を掛けてくれた。
「じ、実は本日の講義。大変楽しみにしていました!! しかし……。自分は門番の為、講義を受けられない事に憤りを感じています」
「あぁ、そっか」
門番は夜間と昼間の二部構成。
彼等は朝早くから日が暮れるまで此処で立ち続けなければならない。
その番が回って来るのは約一月半毎。
それが偶々今日の講義に被っちゃったのか。
「あ、でも安心して?? 講義か指導か分からないけどさ。明日も行うみたいだから」
「ほ、本当でありますか!?」
「う、うん……。そう聞いているけど」
真正面から此方に視線を向け、ぐいっと一歩近づいて来るもんだから驚いてしまった。
そんな大それた内容じゃないけどさ、ここまで楽しみにしてくれている子がいると俺のやる気も増すってもんだ。
「では明日、楽しみにしています!!」
「此方こそ、宜しくお願いします」
うぅむ。こりゃいかんな。
予想以上に期待されているみたいだし、失敗は許されんぞ……。
「お待たせしました!! 確認が取れましたのでどうぞお進みください!!」
先程確認を取りに行ってくれた彼が猛烈な勢いで走って帰って来ると。荒げた息のまま入場の許可を話してくれる。
「ありがとう。ごめんね?? 急かしちゃって」
「これが自分の責務であります!!」
お、おう。凄い熱量だ。
流れ出る汗を拭こうともせず、真っ直ぐ正面を見据える姿勢に指導者の影がちらつく。
この覇気と機敏な所作は教官達の指導の賜物って奴だな。
「じゃあ、頑張ってね」
「「はいっ!!!!」」
気持ちの良い声を背に受けて門を潜ると懐かしき光景が見えて来た。
正面にどんっと腰を据えて鎮座している二階建ての木製校舎。左右に広く作られた構造で一度に百名を超える者を優に収容できる面積であり、多くの訓練生の頭を悩ます座学が行われる。
かく言う俺もその一人で何度教官からお叱りの声を頂いた事やら……。
「おい!! 早く行くぞ!!」
「分かってるよ!!!!」
正面入り口の両開きの扉が今も忙しく駆けている一回生達をゴクゴクと吸い込み続けている。
何故、一回生だと分かるのか。
その理由はこうだ。
この校舎は指導教官達が使用している指導教官室、訓練生が座学を行う教室、来客用の応接室、そして職員の方々が利用する休憩室から成る。
一階は四角形を綺麗に四等分した造りで、西に指導教官室、休息室、応接室。
東に訓練生達が使用する四部屋の教室がある。二階部分もほぼ似た造りで二階の教室は二回生が使用する。
東西南北に走る通路に伝統のからくりがある為、彼等一回生は正面出入口を使わざるを得ないのだ。
一階の東出入口は宿舎へと続く道に繋がっているが、それを使用してよいのは二回生から。
西出入口を使用してよいのは指導教官並びに職員のみ。しかも西通路に至っては、用が無い限り訓練生の侵入は禁じられている。
今も見える正面出入口は北へと抜けて訓練場に繋がっているので一回生も二回生も使用可能だ。
つまり、彼等一回生は校舎から少し離れた位置に併設されている宿舎から土の道を走り、近道である東出入口を惜しむ思いで通過して。わざわざ南出入口である正面扉まで走って来なければならないのです。
俺も最初は理不尽だと思ったんだよなぁ……。でも良く考えれば一度に多くの訓練生達が東出入口を使用すれば接触事故も起こりかねないから当然と言えば当然なんだよね。
当時の俺はあの遠回りが体力を付けてくれると無理矢理思い込み自分を納得させていたのさ。
「おはようございます!!!!」
「あ、うん。おはよう」
大粒の汗を流して今も走り続けている彼等を労い、小さく声を上げてあげる。
頑張ってね?? もう少ししたら、近い入り口使えるからさ。
けたたましい足音を奏でて校舎へ突入して行く列の最後方を見届けて校舎にお邪魔させて頂こうとすると。
「おぉ!! レイド!! 来たか!!!!」
聞き覚えのある声が正面入り口から響き、そして見覚えのある姿が陽の下へと現れた。
「ビッグス教官!!!! お久しぶりです!!」
筋骨隆々の体躯、服から覗く腕に刻まれた無数の傷跡が歴戦の兵士足る姿を如実に知らしめている。
黒の短髪に豪快な笑み。
変わっていないなぁ。
ビッグス=アレスヴァ大尉。
年齢は三十四だっけ?? 年齢より大分若く見える姿に以前と変わらぬ懐かしさと親しみを自然と覚えてしまう。
確か……。噂で聞いた話だけど戦場でオークを討った数は優に百を越え。
前線で英雄的活躍をしていたが重症を負い、泣く泣く一線から離脱したそうな。
その重傷なのだが、戦地に取り残された仲間を救助しに単身オークの群れへと突撃。三名を救助するがその時に負傷した怪我を理由に一線を退き教官職に就いたらしい。
しかし、その実力は今も衰える事は無く前線にいる兵士と遜色無い。
寧ろ、前線の兵士数人相手でも勝てる実力を持つ。
じゃあいっその事前線に復帰したら良いとは思うのだが、此処で訓練生を相手に四年。
そうこうしている内に後輩の育成指導に情熱を感じて今もこうして素晴らしい指導を施し、日々勤しんでいる訳だ。
そろそろ結婚しろと仲間内から揶揄されているのが玉に瑕。
時折、あの凛々しい姿からは想像出来ない程可愛い声を上げて驚くのが訓練生の間で人気を博している。
その内の一人が俺なんだけどね。
「ははは!! 元気にしていたか!?」
「教官の指導のお陰で任務に対して日々邁進しております!!」
肩を軽快に叩く教官へ向かって快活な声色で返事を返した。
「そうかそうか!! …………。む!? レイド、随分と鍛えているな??」
流石は教官職に就く事はありますね。
肩の筋肉、そしてぶれぬ体の芯を察知し俺の体をまじまじと品定めするかの様に見つめる。
「えぇ。任務に赴くと自然に体が鍛えられますので……」
「確か、レフと同じ部隊だったよな?? あいつの下だと大変じゃないか??」
『毎度毎度の犯罪行為に肝が冷えっぱなしです』
とは言えず。
「そんな事ありませんよ?? 万全の状態で任務に臨めるように色々と手回しをしてくれますから」
レフ准尉の地位を加味して無難な返事を返しておいた。
後でとやかく言われたく無いし。何より、彼女の逆襲が怖いのです。
刑務所にぶち込まれるのは流石に勘弁して頂きたいのが本音だ。
「ほぉ。あの手癖の悪さは直ったのかな??」
あれは昔からそうだったんだ。今もその手癖は直っていませんよっと。
「ま。此処で立ち話もなんだ。中で今日からの指導内容を話そうか。ついて来い」
「失礼します」
校舎へと踵を返す彼の背について歩き、懐かしき校舎へと入って行った。
「どうだ?? 久々の校舎は」
「まだ卒業して一年も経っていないのに随分と懐かしく感じますね」
心安らぐ木の香り、少し埃っぽくて湿った香り、そして若干の汗の酸っぱい香り。
様々な香りが絡み合い何とも言えない香りが漂う室内は相も変わらずであった。
正面入り口から校舎内の通路を真っ直ぐ進むと十字路に差し掛かる。
右折すれば四つの教室がある区画へと続き、左折すれば指導教官室の方角だ。
右の教室方からは一回生、そして二回生達の話し声が扉から漏れて来ている。
間も無く始まる講義に備えているのだろう。
「こっちだ」
ビッグス教官がスタスタと歩いて左折するのだが。
「っと……」
体に染みついた癖が彼に続く事を躊躇ってしまった。
「あ……。進んで良かったのか」
「ふっ。お前はもう立派な兵士の一人だ。此処のひよっこ共とは違う。安心して進んで来い」
「ありがとうござます」
立派……。では無いと思いますけどね。
おっかなびっくり制限された通路を進み、指導教官室がある右の扉に進むかと思われたが。俺の予想に反して左手に見える応接室へと通された。
「入れ」
「失礼します」
扉を開ける彼に続いて、落ち着いた木の香りが漂う応接室に入室した。
中は思いの外広く部屋の中央に大きな机が置かれ、それを挟む形で大きなソファが二対置かれている。
「座ってくれ」
ビッグス教官に促されるまま座り心地の良いソファへと腰を下ろした。
「今日はわざわざ来てくれて済まない。礼を言わせてくれ」
落ち着かない様子で座るなり、ビッグス教官が頭を下げたので思わず慌ててしまった。
「い、いえ!! そういう打診があったので自分はそれに従ったまでです。頭を上げて下さい!!」
驚いた。
まさか教官が頭を下げるなんて……。
「お前も任務に忙しい身だ。幾ら後輩達の為だとはいえ、貴重な時間を割く訳だからな。少し位礼をさせろ」
「は、はぁ……」
こういう律儀な所も変わっていないな。
「お前が此処に来た理由は理解しているな??」
「はい。自分は魔物と会敵した数少ない経験を持つ者。その経験を彼等に話せばいいんですよね??」
凡そ、こんな所だろう。
「うむ。大筋はそうなのだが、実は上からも色々言われていてな」
上層部から??
一体何を要求されているのだろう……。
「今回の指導は……」
ビッグス教官が口を開こうとすると、扉の方から乾いた音が響く。
「どうぞ」
「失礼します」
彼がそう話すと一人の女性が応接室へと入って来た。
「スレイン教官!!」
「久しぶりね、レイド」
肩先まで伸びた青みがかった黒髪で左目に前髪が少しだけ掛かっている、そして歩行中でも一切揺るがない体の芯。すらりと伸びた四肢に鋭い鷹の目。
人の興味を引く物が溢れ返るこの街でもあの整った体付きを見れば誰しもが刹那に視線を止めてしまう筈。しかし、彼女が放つ空気は屈強な男さえ慄かせるであろう。
久方ぶりに見てもその空気は健在であった。
スレイン=ホッジス中尉。
年齢は……。トアからそれと無く、そしてさり気無く伺った所。今年で二十八歳だと聞いた。
正確な年齢を女性にしかも上官に伺うのは失礼極まりないので凡その年齢だ。
凄腕の射手として名を轟かせ、その腕前は百メートル先の的へ容易に正確無比に矢を穿つ程。
噂では百体以上のオークが彼女の矢で射殺されたと聞く。
常時冷静沈着と正射必中を心掛け、彼女の腕から放たれる豪快な矢は味方を鼓舞し、幾度と無くオークの眉間を打ち抜いて来た。
兵の質の低下、並びに育成を兼ね前線から帰還し教官職に就いたと聞いたが……。
英雄にも勝るとも劣らない彼女が何故教官職に就いたのか??
これには様々な噂が飛び交っている。
中でも一番有力なのが、ビッグス教官が前線を退く事となった人命救助の一件だ。
救助した三名の中にスレイン教官の兄がおり、ビッグス教官と兄は同じ病院へと搬送された。
そこで兄を見舞う傍ら、ビッグス教官にも過剰とも言える見舞いを行ったらしい。
何が過剰か??
それは彼女が見舞う時に持って来た手料理の数々で、兄とビッグス教官の胃袋に半ば強制的に捻じ込んだらしい。
他人から見れば美人に介護されて大変羨ましいとも言えるこの行為。
しかし、此処で育った者なら誰でも知っている事実なのだが……。
スレイン教官の手料理は、人の味覚の許容範囲を超越する味を醸し出すのだ。
ある者は口が受け付けず吐き出し、ある者は口に入れた瞬間白目を向き気絶。中でも酷かったのが匂いを嗅ぐだけで一目散に尻尾を巻いて逃げ出す者もいた。
そんな彼女の拷問……。基、良心的な介護に耐え続けているビッグス教官の男気に感銘を受けたらしく?? 彼が教官職に就くと聞くや否や前線から退き後輩の育成に注力を捧げる事になったらしい。
あくまでも噂。直接本人に聞こうとは思わない。
どうしてかって??
女性への詮索は嫌われる一因だし、何より彼女の機嫌を損なうと常軌を逸した味を口に捻じ込まれるかもしれない恐れがあるからだ。
戦場、及び任務中ならまだしも。平和な街中で下らない理由で死ぬのは御免被りたい。
「お久ぶりです!!」
ソファから数舜で立ち上がり、スレイン教官へと向かい頭を大きく下げた。
「そこまで畏まらなくても構わないわよ?? ビッグス教官。隣、失礼します」
「おう」
ビッグス教官の隣に着席して俺をじっと見つめて来た。
えっと……。
何かしましたでしょうか??
「…………驚いた。随分と見違えたわね」
「だろ?? 俺も驚いていた所だ」
そんなに変わったのかな……。
自覚は無いんですけど。
「話の腰を折って悪かった。上からせっつかれているのはずばり。『兵の質の向上』 だ」
「質、でありますか??」
「今の兵に求められるのは敵を打ち砕く強さ、そして国への揺ぎ無い忠。魔女に、オークに、得体の知れない魔物。その全てに対応すべく、兵には技量と知識が求められている。レイド、お前に白羽の矢が立ったのは魔物に対する知識と技量を訓練生へ伝える為なんだ」
成程……。
予想通りって訳か。
「安心しなさい。講義はビッグス教官と一緒に行動して貰うからそこまで気負う必要は無いわよ??」
スレイン教官がここで聞いた事の無い優しい声で話す。
初めて聞いた声に目を丸めていると。
「御望み通り。心臓が縮まる声で話そうかしら??」
「い、いえ!! そのままでお願いします!!」
「ははは!! スレイン。お前が今でも怖いってさ!!」
「……」
軽快な声を上げて笑う彼を凍てつく瞳でじろりと睨みつける。
そうそう、あの目ですよ。
俺達訓練生が震えあがったのは。
「オ、オホンッ!! 話を戻そう。つまり、魔物と会敵した時の様子とそれに対応する為にお前が取った行動を伝えて欲しいんだ。時に経験は知識を上回る。ひよっこ共に講義と技術指導を施してやってくれ」
「了解しました。微力ながら協力させて頂きます」
こんなに困った顔の教官は初めて見たな。
初めて尽くしで驚きの連続だよ。
状況はそれだけ逼迫している……。俺に白羽の矢が立つ位だ、そう捉えた方がいいのかもしれない。
「そうか!! 二日間と短い間だが、宜しく頼む!!」
「御助力出来るかどうか疑問がまだ残りますが……。はい、宜しくお願いします」
ビッグス教官が手を差し伸べたので、俺は何の遠慮も無く彼の手を熱く握り返した。
「よし。では、早速講義を受け持って貰おうか」
「了解しました。どこから講義を始めるのですか??」
「二回生の一組から順に四組へと向かう。座学は六限までだから、本日は一回生の二組まで行ってくれ。翌日、午前中に残りの三組、四組へ講義を行い。午後から技術指導を行う。大まかな流れはこんな感じだな」
ふむ、覚え易い流れで助かった。
「周知の通り、講義は一時間だ。その間にお前が知った魔物に対する情報を教えてやって欲しい。時間内に全ての事を話すのは難しいかもしれないが宜しく頼む」
「因みに……。ビッグス教官とスレイン教官が受け持っているのはどこの組ですか??」
「俺は一回生の一組」
「私は一回生の二組よ」
へぇ。二人共一回生を担当してるんだ。
よく考えればそれも頷ける。
二人は俺達の主任指導官であった。
俺達が卒業すれば、新たに入って来る訓練生の指導を受け持つ事が決まっているからな。
「どうですか?? 今年の新入隊員達は??」
「骨のある奴もいれば、叩けば叩く程伸びる奴もいる。粒揃いのいい奴らばかりだ。絶対言うなよ?? 増長するから」
「約束は出来ません」
「コイツ!! 言うようになってきたな!!」
「はは!! 痛いですって!!」
俺の揶揄いにビッグス教官が立ち上がり、こちら側に座ると頭を叩いてくれる。
嬉しい痛みだな。
「私の組に対して遠慮は不要よ?? 生意気な者もいるから一生拭い去れない恐怖を与えてもいいから」
「ぜ、善処致します……」
こわっ。
相変わらずスレイン教官は厳しい指導を施しているのか。
それが愛情の裏返しと気付くのはもう少し経ってから感じるんだよね。
「もう少し手加減しろよ?? お前の所、もう既に三名除隊しているんだから」
おぉう……。スレイン教官の恐怖政治に耐えきれず三名が既に脱落か。
「今のままでいいんです。私の指導に耐えられないのなら、前線に赴いても役に立たず。数日後、或いは数か月後には冷たい体になってしまいますから。それより、ビッグス教官の指導内容もどうかと思います。訓練生と交流を深めるのは大切な事だと考えますが、私達はあくまでも指導を施す立場です。分を弁え、公平且冷静に物事を……」
「あぁ――。レイド、そろそろ講義の時間だ。出発しようか??」
長々と話すスレイン教官のありがたいお話を強制的に断ち切り、扉へと向かう。
「りょ、了解です……」
「まだ話の途中」
「時間が押しているんだよ。すんばらしい指導論はまた後日聞かせてね――」
「…………」
無言で眉を顰め、俺達をじぃっと見つめる。
それに居たたまれなくなり颯爽と扉を開き、鷹の目から逃れた。
「はぁ……。相変わらず鋭い目付きですねぇ……」
閉じた扉にもたれて話す。
「あぁなった奴は誰も止められん。俺より若いのに大したもんだよ」
ビッグス教官が俺と同じく……。いや、俺よりも大分大きな安堵の息を漏らしてそう言った。
心中お察しいたします。
「そろそろ一限目が始まる。準備は出来ているか??」
「あ、はい。実は……。前日までに講義で話す内容をある程度纏めて来ました」
鞄の中からカエデと共に纏めた講義内容の紙を取り出して話した。
「ほぅ?? 見ても構わんか??」
「えぇ。どうぞ」
複数枚の紙を彼に渡す。
「…………」
じっと文字の波に視線を泳がせ、指導に足る物かを見定めている。
何か緊張するな……。
「うん。良く出来ている。これなら大丈夫そうだな」
「ありがとうございます!!」
良かったぁ……。
苦労して作成した甲斐があるってもんだ。
「安心しろ。もし、話が逸れたり要領を得ない内容になったら俺が止めてやる。言葉が詰まったりしたら場を賑わせてやるから」
俺の肩をポンっと軽快に叩き、じわりと滲み出て来る彼の男気が緊張を解してくれた。
「宜しくお願いします。何しろ、初めての事ですので……」
「どんっと構えて居ればいいんだよ。後輩達に緊張する事なんか無いぞ?? それに二回生の中には見知った仲の奴もいるだろ??」
「そう言えば……。そうですね」
一つ下の後輩の全員の顔を覚えている訳ではないが全くの初対面である一回生の後輩に比べれば随分と楽に話せそうだ。
「男だったらガツンと行け!! さぁ、行くぞ!!」
「ちょっと!! 引っ張らないで下さいよ!!」
傷が目立つ手で俺の右腕をグイグイと引っ張り、教室へと向かう。
こういう強引な所も変わっていないや。
ビッグス教官の言う通り、遠慮しないで考えて来た事を話そう。
カッコいい男というものはこうして前に出てグイグイと引っ張る者なんだなぁと、いつもより大きく見えるビッグス教官の背中を見つめながらそう思った。
お疲れ様でした。
光る箱へ文字を叩き込み過ぎた所為か指先と肩甲骨辺りの筋肉が限界を迎えた為。本日の夕方から炭酸風呂へ行って参りました。
あのシュワシュワ感、堪りませんね。
筋力を解した後はスカっとした食事を済ませて戻って参りました。もう少し有意義な休日を過ごしたいのですが何分、休日を利用して一気にプロットを作成しないと平日の投稿が出来ないのですよ。
只、そのお陰か。次の御使いのプロット制作も大分進みました。
いいねをして頂き。
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体中の筋力が、そして心が喜びの声を叫んでいます!! これからも皆様のご期待に添えられる様に投稿を続けさせて頂きますね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




