表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
439/1237

第五十九話 雄達の楽園

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 乾いた紙の上に羽根筆の走る音が響くと仕事に対する前向きな意欲が刺激されて文字の形が続々と形成されていく。


 陽気な狼の獣臭漂う舌が襲う事もなければ、チクチクした毛を擦り付けて来る黒き蜘蛛も居ない。


 普段の喧噪の中では此処まで潤滑に仕事は進まないだろうさ。



 心に安寧にも似た穏やかな感情を抱き静かに筆を走らせつつ正面で作業を続けている彼女へ視線を送る。



「……」



 唇の角度は……。まぁ、今もちょっと尖っていますけども。概ね順調の様で何より。



 もう少し、互いに口を開くかと思っていたが……。


 仕事として踏ん切りをつけているのか、作業を開始してからは必要最低限の会話で済んでいた。



 いつまでも雑談を交わしていたら片付かないし。それが普通なんだけどね。



 慎ましい沈黙を保っていたお陰か、報告書の頂まで残り後少しの所まで登頂する事に成功した。



 このまま一気に登り切ろう。


 そう考えて首の関節を解して気合を入れると。



「っ!!」



 正面から情けない音が耳に届く。



「「……」」



 正面に視線を移すと同期が何やら腹を抑えて顔を真っ赤に染めていた。


 聞き間違いであってくれ。


 そう願い、再び視線を落とすと。



「っ!!!!」



 それは聞き間違いでは無く確実に起こっている現象なのだと、今度は先程よりもより鮮明にキュルリンっと可愛い音が鳴り響いた。



「――――。腹、減ったのか??」


「う、うん」



 己の心の底から湧く羞恥に耐えられないのか、俺から視線を逸らして微かに頷く。



「もう少し頑張れそう?? 完成間近だからさ」


「分かった。もうちょっと……」



『我は腹を空かしておる!!』



 そう言わんばかりに強烈な自己主張を本人の意思に関係無く始め出す。


 しかも、今までよりも長く鳴り響くものだから思わず吹いてしまった。



「ふっ……。ハハ!! 体は正直だな」


「し、仕方ないでしょ!! 朝はパン一個しか食べなかったんだから……」


「もう昼も過ぎているし。飯、食べに行くか??」


「うんっ!!」



 この一言が余程待ち遠しかったのか。


 ぱぁっと明るい笑みを浮かべ、驚くべき速さで腰を上げた。



「大事な書類だけ持ち運ぼうか」


「そうだね。じゃあ書類を片付けて――っと」



 分かり易い奴だなぁ。


 俺のそれよりも数倍速い速度で書類を鞄の中に入れて行く。



「ちょっと、早くしなさいよ」


「お前が早過ぎるんだよ。…………よし。これで大丈夫。行こうか」



 鞄を肩に掛け、本の壁の間を進む。



「ねぇ。お昼ってさ、前言っていたお薦めの場所よね??」


「その通りだ。実は飯の量が多いから敢えて時間を遅らせたんだ」



 計算通り、俺の腹も大分機嫌が悪い。


 彼女程派手では無いが、体に早く栄養を届けよと今も泣き叫んでいた。



「昼ご飯楽しみだなぁ」


「言っておくけど、本当に量が多いぞ??」


「今ならどんな量も完食出来る気がする!!」



 はいはい。左様でございますか。


 お腹が減っているのは理解出来たからもう少しゆっくり歩きなさい。此処は公共の場なのですよ??



 本の壁の合間を抜けて広い空間に出る。



 利用時間内で今が一番活気溢れる時間帯だ。


 席はほぼ埋まり、利用客はそこかしこで本を手に取り熱心に読み耽っていた。


 アイツらはどこで本を読んでいるのかな??


 知らず知らずの内に視線が忙しなく動いている事に気が付く。



 …………。


 おっ!! あそこだ。


 今は荷物だけ置いてあるが、紛れも無く普段から良く見る彼女達の痕跡が遠くの机の上に確認出来た。



 昼飯でも食べに行って出ているのだろう。


 そして、マイが中々帰らないとゴネ始め皆一様に顰めっ面になる。


 容易に想像出来る光景だな。



「どしたの?? 楽しそうな顔して」



 トアが不思議そうに此方を覗き込んで話す。



「ん?? あ――……。昼の献立を考えてた」


「分かるわよ――?? その気持ち。私もさ、食事の時間が近付くと頭の中に色んな御飯が映って迷うもん」


「だよな」



 ふぅ。何とか誤魔化せたみたいだ。



「トアはいつから前線へ戻るの??」



 この勢いを保ったまま話題を変えてしまえ。


 そう考え、会話の流れを保ったまま質問を投げかけた。



「明後日に出発予定――」


「任務地は??」


「この前と一緒。ほら、覚えている?? ティカって前線基地」



 ティカ……。


 あの恐ろしい化け物に襲われた場所だな。忘れる筈も無いさ。



「大分酷くやられたみたいだけど……。もう再建出来たの??」



 アイツ、派手に色々と破壊して……。


 あ、いや。俺達の戦闘もそれに加わっていますけども。


 化け物退治と称して幾つもの施設を破壊しちゃったからな。



「前とほぼ同じ、というか。前よりも大きくなった話を聞いたわ。何でも、またあの化け物が現れても良い様に北の大森林の警戒と兵力の増員を兼ねているんだってさ」



「それ、初耳だぞ??」



「そりゃそうよ。新聞には防衛線の完成とだけしか書かれていないから。ティカ配属の兵にしか知らせていないんだって」



 ほぅ、情報漏洩を防ぐ為か。


 当然と言えば当然だな。



「無理するなよ??」


「分かってるって。危なくなったら……。助けに来てくれる??」



 曇りのない澄んだ瞳で俺を見つめてそう話す。



「おう。ちょっと足が遅い馬に跨って行ってやるよ」


「あはっ。ウマ子ちゃん賢くて丈夫だけど、足が遅いからなぁ」


「その台詞、アイツが聞いたら怒るぞ」



 きっと。



『喧しい!! 屈強な筋力の所為で足が少しだけ遅いのだ!!』



 ってな感じで噛みついて来る筈。



「そこはさ」


「うん??」



「白馬に跨って行くよ。そんな風に洒落た台詞を言うんじゃないの??」


「俺は洒落ていないし、白馬に跨った王子様でも無いの。その辺に転がる男となんら変わりない男さ」


「普通の男はあの蜥蜴だって、オークだって倒せないでしょ」



 それは一理あるな。



「まぁ……。それはそうだな」


「でしょ?? 白馬で迎えに来てくれたら私もコロっといっちゃうかもよ??」


「はいはい。…………お?? 大分曇って来たな」



 図書館の扉を開けて空を見上げると、どんよりとした雲が空一面を覆い尽くしている。


 爽快な青は鳴りを潜め今は鉛色の空が覆い尽くしていた。



「本当だ。後で一雨来るかも」


「雨具、持って来れば良かったなぁ」


「走って帰れば大丈夫でしょ」


「己は子供か」


「五月蠅い」



 会話に花を咲かせ、北大通を南下。


 そして曇天にも関わらず盛況している中央屋台群を迂回する為、円状に造られている歩道を普段通りの速度で進む。



「それで?? そのお店はどこにあるのかしら??」


「我慢出来ないって顔してるぞ」


「お腹ペコペコなのよ」



 陽気な台詞に吹き出しそうになるのを必死に堪えて、南通りへと到達。慎ましい日常会話を続けながら南西区画の狭い路地へと入った。



 えっと……。確か此処を真っ直ぐ行って……。


 そうそう!! 此処を左折だ。



 素敵な男の楽園へと続く道の記憶を手繰り寄せ、昼なのに大分暗い道を進む。



「暗いね」


「曇っているし、それにこの道も狭いからな」


「私暗いのこわ――い」



 嬉しそうに怖がる奴がいるか。


 いや、いるな。目の前に……。



「あのなぁ。似合わないぞ?? そんな台詞」


「じゃあ何?? もっと豪傑な台詞が似合うって言うの??」


「そりゃそうだろう。屈強な男が尻尾撒いて逃げ出す台詞が良くお似合……」



 うっ……。そうやって睨まないで下さいよ。


 今から揶揄おうとすると、恐ろしい光が彼女の瞳に宿ってしまう。




「あ――成程。もう一回、尻を抓って欲しいのね??」



 にやりと笑い、剛力を自慢するかの如く俺の目の前で指を大きく開いた。



 情けない事にそれと同時に幻痛が臀部に蘇る。


 只でさえマイ達から恐ろしい痛み何度も受けて来たんだ。


 これ以上攻撃を食らったら本気で割れちまうよ。そんな有り得ない錯覚に陥ってしまった。



「い、いやそれは……。おぉ!! 見えて来たぞ!!」



 渡りに船とは正にこの事。


 正面に目的地である男の楽園が見えて来た。



「え?? あそこ??」


「ふふん。初見では中々気付かないだろう。だがな?? あそこは立派な飯屋だ。ほら、ちゃんと男飯って看板出ているだろ??」



「ほんとだ」



 トアが扉の右脇に置かれている看板へ視線を送って話す。


 経年劣化で痛んだ木質、所々の傷跡が目立つ古ぼけた木の看板がこれまた良い味を出している。



 うんうん!! 着飾った余計な物はいらない。


 傷は男の勲章だと言わんばかりの看板に惚れ惚れしてしまいますよ。



「いつまで看板眺めているの?? ほら、早く入ろうよ」



 ちっ。


 これだから雌は……。



「いいか。この店は雄の中の雄が経営しているんだ。俺達は今からそれを体感しなければならない」


「ふんふん」



 コクリと小さく頷く。



「彼の男気を感じる為、先ずは看板から。そして店の佇まいをしっかりと目に刻み込み、心を澄んだ状態にして入店しなきゃいけないんだよ」


「ふぅん」



 な、何だ!! その態度は!!


 此処は若干大袈裟でも良いから大きく頷いて静聴する場面なんだぞ!?


 さして興味が無い様な顔で素敵な看板を見下ろしおって!!



「この看板を見ろよ。ったく……。惚れ惚れしちゃうよ。余計な飾りを捨て、豪快な文字でたった二つの文字しか書いていない。男飯。この二文字にこの店の男気が集約されていると言っても過言じゃ……」


「はい、行くわよ」


「お、おい!!」




 無粋な腕が俺の腕を引っ張り、店の中へと強制連行させる。


 それと同時にあの馨しい香りが俺達を包んだ。



 そうそう。この香り……。


 油と男の汗とも言い難い妙に心地良い香り。


 実に滾る香りじゃないか、えぇ??



「……いらっしゃい」



 き、来たぁ!! 待っていました!!



 腹の奥にドスンと響き渡る店主の声。


 短く愛想の無い言葉だが、これでいいんだよ。この店は。


 店主の雄の声を堪能しつつ周囲をぐるりと見渡すと、昼を過ぎた事もあり客は俺達と数名しかいなかった。



「どこに座る??」


「……そこで」



 店の最奥の机を指し、静かに移動すると一切の音を立てずに席に着いた。



「中々いい雰囲気じゃない。それと……。うん、お腹が空く匂いね。お薦めの御飯ってある??」



 良くもまぁペラペラと口が動きますなぁ。


 この雰囲気を黙って享受しようと思わないのかね?? 君は。



「……唐揚げ定食」


「唐揚げ定食?? いいわね!! 久し振りに油物食べたいし。あ、でも一応品書き見ておこうっと」



 遂には妙な鼻歌等口ずさみ品書きを開く始末。


 所詮は雌よ、雄の猛々しい雰囲気を感じ取る事は出来ぬのか。



「お――。色々あるじゃない。この豚肉定食も捨てがたいなぁ。レイドはもう決まったの??」


「……あぁ」


「何で一々沈黙を入れるのよ。じゃあ勧めてくれた唐揚げ定食にしよっと。すいませ――ん!! 注文決まりました――!!」



 くそう!!


 この店にそんな間の抜けた声は無粋なんだよ!!


 腹に力を籠めて覇気のある、しかし空気を震わせない雄の吐息で言葉を放ちなさい!!



「……お決まりで??」



 店主が雄臭い香りを放ち此方へ歩いて来てくれる。



 お、おぉ……。


 古傷が目立つ雄の逞しい腕、日に焼けて素敵に光る浅黒い肌、そして屈強な男も一睨みで追い返す鷹の瞳。


 こ、この人の出で立ちこそが雄の鏡だよ。


 俺もいつかは彼の様な凛々しい雄へと進化したいものさ。




「私は唐揚げ定食で。レイドは??」


「……唐揚げ定食。御飯大盛」


「……以上で??」



 俺は無言で頷き。



「はぁい。お願いしま――す」



 こいつは相も変わらず抜けた声で店主へ返事を返した。



「……少々お待ち下さい」



 店主はそう言い残すと、奥の厨房へと姿を消した。


 くぅっ……!! 去り際も渋いですね……。



「ね。あの店主さん、絶対普通の人じゃないよね??」



 ほぅ、流石は軍人。


 雄の欠片を感じ取るとはやるじゃないか。



「このお店を開く前はきっとカタギじゃ無い仕事していたのよ。うんうん。それなら合点がいくわ」


「……詮索は良く無いな」


「そう?? はぁ――。早く来ないかなぁ」



 足をパタパタと動かし、今も待ちきれない様子である。



「あ、ごめん。当たっちゃったね」



 えへへと笑い今しがた行った愚行を詫びる。



「……大丈夫だ」


「そ。報告書も後少しだし……。此処で食べ栄養を補給したら一気に片付ける!!」



 意気込むのはいいんが、もう少し心を落ち着けて待つべきだと思うのだよ。



「……その意気だ」


「どうも。おぉ!! 良い音だ!!」



 奥の厨房から油が跳ねる雄の飯の音が小気味の良い音を立て始めた。



「それに……。ん――っ!! 良い匂い。こりゃ期待出来そうね」


「……量が多いけど大丈夫か??」


「え?? うん。普通の量より少し多いくらいでしょ?? それなら大丈夫よ」



 ふっ。料理が運ばれて来てから目を丸くするがいいさ。


 ここの唐揚げ定食は選ばれし真の雄しか完食出来ないのだよ。


 そう、店主は提供する料理で客の雄具合を推し量るのだ。いや、推し量るというよりも……。


 俺達が持つ雄の魂へ問うているのだろう。



 お前は本物の雄、なのかと。




「……お待たせしました」



 来ました!!!!


 これ見よがしに天高く盛られた唐揚げの皿が店主の惚れ惚れしてしまう太い腕によって運ばれて来る。



「うわぁ……」



 それを見たトアは目を丸く……。


 あり??


 意外や意外、目を輝かせて唐揚げの塔を見つめていた。



「……御飯です」



 勿論、茶碗等と雄らしくない女々しい物はこの店では一切使用しない。


 男の茶碗ときたらそう、底の深い丼だ!!!!


 トアのは淵から少し盛り上がる程度。


 対して俺の前に置かれた丼は、この丼では収まり切らない程の量だ。


 こんもりと盛られた白米にうっとりとした視線を送ってしまう。



「……注文は以上で??」



 はっ!! いけない……。


 この店で今の目は失礼に値する。



「……以上です」


「……ごゆっくり」



 店主がそう話すといつもの席へ超絶雄臭い所作で踵を返した。



「じゃあ食べましょうか。頂きます!!」


「……頂きます」



 普段より厳かに、しっかりと白米と唐揚げに一礼を送って箸を取る。



「どれどれ?? ふぁむっ…………。んん――っ!! 美味しい!!」



 唐揚げを口に放り込んだ瞬間。


 トアの目に光が宿った。



「ちょっと――。すんごい美味しいじゃない!! 何で今まで黙っていたのよ。こんな美味しい店があるなんて」



 雄じゃないから。


 そう言いたいのをぐっと堪え、唐揚げに手を伸ばした。



「……う、美味過ぎる」



 思わず涙腺が潤んでしまう程の肉の味に俺は心の奥底から感謝した。


 噛めばじゅわりと肉汁が溢れ出し、サクっとした衣が舌を喜ばせる。


 肉にはしっかりと下味が施されており表面では無くて肉の奥にも旨味を感じる。



「御飯も美味しいね」



 そう。雄の飯と言ったら白米だ。


 パン??


 ハハッ、ここじゃそれは御法度さ。



 肉と米、米と肉。



 只これを愚直に繰り返せば良い。


 唐揚げ定食を通して店主は俺にそう伝えていた。




「あ、ふふ。レイド、ご飯粒付いているよ??」


「……え??」



 咄嗟に右の唇の端を触るがその感触は得られなかった。



「違う。こっち」



 俺の左の頬に手を伸ばし、一粒の白米を手に取る。



「ほらね??」



 それをそのまま己の口へと運ぶと。







「…………。チッ」



 少し離れた客席から舌打ちという名の強烈な往復ビンタが飛んで来た。



 こ、こいつは何て事をするんだ!!!!


 お、おのれ!! 雌め!!



「あはは!! レイドの顔真っ赤だよ?? 私も少し恥ずかしいけどさ、ほら。米粒着けたまま歩くのも何だし??」



 そっちは恥ずかしく無くても、俺は違う意味で恥ずかしいの!!


 この店の素敵な雰囲気がぶち壊しだ。



「久々の揚げ物は堪らないわねぇ。ずっと食べていられそうよ」


「……良く食うな??」


「そりゃあ体が資本の仕事ですもの。沢山食べないと。あ、キャベツだ!!」



 ふっ。漸く気付いたか。


 唐揚げの塔の一階、その基礎となる部分にキャベツが横たわっているのだよ。


 初見ではまず気付かないだろう。


 これは油を中和してくれるありがたい代物だ。


 しっかりと咀嚼し、店主の心意気を享受して味わうがいいさ。



「ほうほう。油がさっぱりして……。ふむふむ……」



 そうだろう、そうだろう。


 米から肉、肉から米へ。


 この無限に繰り返される行為をほんの少しだけ手伝ってくれる存在なのだ。


 そのキャベツは。



「あ――。もう半分かぁ」



 嘘だろ??



 思わず己の丼からトアの皿に視線を移す。


 彼女が話した様に、唐揚げの塔は既に半分程解体され丼の白米も半分以上平らげていた。



「……早いな」


「美味しい物はついつい早く食べちゃうの。ん――。最高っ」



 こ、こいつ……。もしかして雄、か??


 俺は考えを改めなければならないかもしれない。


 脆弱な雌はこの唐揚げ定食は完食できぬ。


 半分を過ぎても衰えぬ箸の早さに思わず頷いてしまった。



「レイド、どうしたの?? 箸、止まっているよ??」


「……これから雄の見せ所さ」


「ふふっ。何よ、それ」



 この唐揚げ定食御飯大盛を完食してこそ真の雄。


 俺はトアの言葉を受け、一心不乱に口の中へ雄を放り込み。雄の元を体の奥へと閉じ込めた。



 肉の塩気と白米の仄かな甘味が俺の中の雄を狂喜乱舞させ、今にも体中の筋肉が喜びの雄叫びを上げそうであった。



「そんなに早く食べると咽ちゃうよ??」


「……ふん。これでいいんだよ」



 ちんたら食うのは雌の証拠。


 雄は男らしくガッ!! とかっ込み胃袋の強さを証明せねばならないのだ。



「勿体ないなぁ。こんな美味しいのに……。どしたの?? また箸、止まっているよ??」


「……も、問題無い」



 いかん。問題が発生してしまった。



 は、腹がはち切れそうだ。


 唐揚げの塔は九割、白米も同じく九割平らげたが残りの一割が雄の証明を阻害する。



 くそう!!


 俺は己の雄を証明しなきゃいけないんだ!!



「おぉ!! もう一息!!」



 この店には似つかわしくない黄色い声援を受け、全ての雄を胃袋に収めてやった。



「……御馳走様でした」



 勿論、食後の礼儀は欠かさない。


 それは雄の宿命である。



「私も完食――。ね??」



 自慢げに一粒も白米が残っていない、美しい丼をこちらに見せて来る。



「……美しい」


「美しい?? 何で??」


「……それは雄の証、だからさ」


「雄の証?? ふぅん。でも、私は雌よ??」


「……気にするな」



 ここでは綺麗に残さず食べ尽くすのが雄なのだ。つまり、コイツは今雄である事を証明してみせた。



 ふふ、ようこそ此方側へ。喜んで歓迎しましょう。



「はぁ――。お腹一杯。こりゃ夜御飯いらないかもねぇ」



 夜飯!!


 しまった。その事を考慮するのを忘れていた。


 俺の計算だと、これは明日の昼まで十二分に持ちそうな腹具合だ。


 一食を欠かすのは雄として……。




 いや。うん、そこは拘らないかな。




「……行くぞ」


「え?? もう??」



 無言ですっと立ち上がる俺に慌ててついて歩く。


 この店では長居は無用。


 飯を食い、腹を満たし、昼からの作業に備える。


 その為の店なのだ。



「……御馳走様でした」


 店主の前で確と頭を下げて食に、そして店主の雄具合に礼を述べる。


「……千八百ゴールドです」


「あ、半分出すよ」



 俺は無言でトアの手を遮り、己の鞄から現金を取り出して店主へと渡す。



「……毎度あり」


「……また、来ます」



 俺がほんの少し口角を上げると。



「……御贔屓にどうも」



 店主もそれに応え、本当に注意して見ないと分からない程口角を上げてくれた。


 くそう……。


 この人の雄度合いに俺はまだ到達出来ていないな!!


 今の口角の上げ具合がそれを証明している。



『これからも鍛錬に励め、雄よ』



 店主の口元は俺にそう伝えて来た。




「ふぅ――。苦しい。ねぇ、良かったの?? 御飯代払わなくて。前奢るって言ったじゃん」



 店を出て、今も苦しそうに腹を抑えているトアが話す。



「別に構わないよ。あの店で割り勘とか、雄らしくないだろ??」


「あ、話し方戻った」


「あそこではさっきの話し方が流儀なの」


「変なの。じゃあさ、今度は私が美味しいお店に連れて行くね」



 前を行くトアがくるっと振り返って話す。



「お――。雄らしい店??」


「それはまだ未定よ。ってか、雄って」


「ま、期待して待っていますよ」


「うむっ!! 待っていたまえ」


「何様だ」



 食に満足したのか、互いに笑みを零し再び狭く薄暗い路地を大通りへと向け進む。


 そこで一つの懸念が湧いてしまった。


 この腹で今から作業を続ける事は可能なのか、と。


 男飯にいる時でもかなりの苦しさを感じていたが、店を出た途端に雄共が新鮮な空気を吸おうと今も胃袋の中から這い上がろうとしている。


 俺はそれを悟られまいと必死に平静を装い、普段よりほんの少し歩みを遅くして彼女の後を追っていた。




お疲れ様でした。


ゴールデンウイークも後半へと突入しましたが、皆さんは思う様に連休を過ごせていますか??


私の場合は可もなく不可もなくといった所ですかね。新作の構成に取り組んでみたり、この御話のプロットを作成したりと何んとか時間を捻出して作業に没頭しています。


引き続き、素敵な休日を過ごして下さいね。



いいね、そしてブックマークをして頂き有難うございました!!


執筆活動の嬉しい励みとなります!!


それでは皆様、お休みなさいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ