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第五十七話 集合前の一悶着

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 一日の始まりである朝の目覚めには幾つかの種類があると俺は考えている。



 一つは、ぐっすりと静養が摂れて体が元気な産声を上げて目を覚ます。


 二つ目は、疲労が払拭されず気怠い気持ちを抱き重い頭のまま朝を迎える。



 ぱっと思いついたのはこの二種類だ。


 今回の目覚めは、当然後者。



 体の節々が痛み下腹部には鈍痛が残り、至る所に小さな裂傷が痛々しく刻まれていた。



「いいですか?? 皆さん。レイドは昨日までの任務で疲労が蓄積されています。本来ならば熟睡して頂き、その疲労を少しでも払拭させねばならないのです」



 分隊長殿の恐ろしい声を受けて重い頭を必死に持ち上げると……。


 彼女のベッドの前に一部は正座を、そして一部は四本の足を綺麗に折り畳みお叱りの声を静聴していた。



「あ!! レイド起きたんだね!!」


「ルー。今は振り返る時ではありません」


「あぁ、はいはい……」



 金色の狼がしゅんっと尻尾を垂らし、再び怒れる海竜の方を向く。



「大体、皆さんはもう少し慎みを覚えるべきです。好き勝手に暴れるのは猛獣のそれと変わりないですよ??」


「私、狼だよ!!」



 ルーが器用に左前足をビシッ!! と上げて話す。その陽気な声を受けたカエデが人の心を凍てつかせてしまう冷酷な瞳で彼女を見下ろした。



 目、こっわ……。



「話は静かに聞くものです。お分かりですか??」


「た、確かにそうだけどさぁ――。さっきからずっと聞いていて飽きちゃったんだよね――。もう直ぐ屋台も始まるし?? いい加減……むぐぅっ!?」


「ペラペラと……。良く動く口ですねぇ??」



 カエデがルーの口の中に右手を捻じ込む。


 突然の出来事にルーは目を白黒させてそれを見つめた。



「雷、お好きですか??」


「ふぇっ!?」


「御口の中にぴりっとした刺激は如何、と」


「ふぁ――。私ふぁね?? かみふぁり、あんまり効かふぁいんだよ??」



 狼の御口をニコっと上げて話す。



 まぁ雷狼と言われるくらいだから雷の力について耐性が付いているのだろう。


 ルーもリューヴも雷を纏って戦っているからね。



「へぇ……。知っていますか??」


「ふぁにを??」


「私、実は雷の力に様々な属性を付与させる事が出来るのですよ」



「……」



 その声を受けたルーの体がカタカタと震え出す。


 彼女の心と体が恐怖を感じているのが容易に窺い知れた。



「体外は周知の通り雷の力の効果は薄い。ですが、体内はどうでしょうかねぇ??」


「さ、さふぁ??」



「私が全魔力を放出すれば……ふふっ。この部屋の後片づけは大変でしょう。肉塊が飛び散り、沸騰した血液がベッドを血に染め、天井には折れ曲がった歪な骨が突き刺さる。想像出来ますか??」


「……っ!!」



 ルーは首が取れるんじゃないかと思う位激しく上下に振った。


 こ、こえぇ……。



「カ、カエデ。それ位でいいんじゃないか?? 皆反省しているみたいだし……」



 これ以上静観を続けていたら狼さんの死体処理に丸一日を費やす恐れがある。そう考えた俺は分隊長殿の気分を損なわせない様な優しい声色で提案してあげた。



「ふむ……。皆さん、反省していますか??」


「「「……っ」」」



 カエデの言葉に各々が小さくコクコクと頷く。


 ルーに至っては震えているのか、頷いているのか震えているのか分からない程だ。



「宜しい。では、解散しましょう」



 カエデの右腕が引き抜かれるとルーは安堵の息を漏らし、その場にへたり込んでしまう。



「はぁぁ――――。死ぬかと思った……」


「大袈裟ですよ」



 ハンカチで右手に付着した唾液を拭き取り、何事も無かったかのように本を読み始めた。



「大袈裟じゃないもん!! カエデちゃんも口の中に手を入れられたら分かるでしょ!!」


「そんな経験、ありませんので」


「うぐぐぐぐ!!」



「まぁまぁ……。皆揃っている事だし、今日からの予定を伝えるよ」



 ふわぁっと毛が逆立っているルーの背中を一撫でし、床に足を降ろして口を開いた。




「次の任務開始は二日後。任務内容はこの街の北西部にある訓練所内での講義、並びに指導だ。期間は二日間。マイ達にはその間自由に過ごして貰って構わないよ。あ、一応付け加えておくけどカエデが一人で調査していた伝承、お伽噺の類の調査を終えてからね。ざっと説明したけど何か質問ある??」



 今も微動だにしていない四人の背中を見つめて話した。



「色々と質問したいのは山々だけどさ……」



 マイのか細い声が響く。


 どうしたんだろう?? 生まれて初めて恐怖に対峙したヒヨコみたいに細かく震えて……。



「あ、足が痺れて言う事を聞かないのよ」


「同じく。あたしの足も限界だ」


「カエデ、恨みますわよ……」


「主。すまないが手を貸してくれないか??」



 あぁ、長時間の正座で足が痺れたのか。



「はぁ……。足を崩して、痺れが取れるまで頑張って」



 大きな溜息を漏らして反省の色を放つ皆に言ってやった。



「私回復したよ!!」



 口に手を入れられていた分、回復するのが早かったのかな??


 それとも四本足だったから助かったのか。


 元気な狼が俺の前でぴょんと一つ跳ねた。




「ルー。皆の足をツンツンしてやりなさい」



 細やかながら俺の復讐を始めよう。朝のお返しですよっと。



「ちょ!! あんた何てこと言うのよ!!」


「そうだそうだ!! 横柄だぞ!!」



 マイとユウの抗議の声が上がるが俺はそれを無視して私服に着替え始めた。



 えっと……。黒の上着に深い紺色のシャツ、それと濃い青のズボンでいいか。



「出掛けるのですか??」



 カエデが本から顔を上げて話す。


 おっ、ぐっすり眠れたのか随分と顔色が良いね。



「昨日まで共に行動していた同期の奴と報告書を纏める約束があるんだ。図書館で作業をしているから、何かあったら念話で伝えて」


「分かりました。恐らく私達も後で向かいますが。そちらの作業の邪魔をせず、こちらの作業を続けます」


「ん。ありがとう」



 こういう時、本当にカエデがいてくれて助かるよ。


 カエデ抜きじゃ、おちおち報告書も書けないだろうし……。



「ぎ、ぎぃぃいい!! う、動けぇ!! 世界最高の私の足!!!!」



 足の痺れに苦しむ四人の背を見下ろしてそう考えた。



「ぬふふっ!! さぁ――。誰からツンツンしてやろうかなぁ??」



 悪戯心の塊が四名の背後から忍び寄る。



「止めろ!! ユウを突け!!」

「はぁ!? 何でそうなんだよ!!」



「ルー!! およしなさい!!」

「私に手を出したら分かっているだろうな!?」



 嬉しそうに尻尾を揺らしながら四人の背後を右往左往。


 散歩に連れて行ってくれる前の飼い犬みたいに陽性な感情が毛皮越しに伝わって来ますね。



「よし、着替え終了。待ち合わせに遅れるかもしれないからもう行くね」



 報告書の束を鞄に詰め、靴を履いてカエデに一言伝えた。



「了解しました」


「あ、そうそう。これ、皆の食事代。カエデに渡しておくよ」



 鞄の中から現金を取り出して細い手に受け渡す。



「じゃ、そういう事で」



「レイド様ぁ!! わ、私もお連れに……」


「だ――め。話、聞いてた?? 報告書を書かなきゃいけないの。それに……。その様子じゃ暫くは動けそうにないし」



 今も瀕死の様子で足を抑え、矮小な涙が溜まりウルウルとした大きなアオイの瞳に言ってあげる。



「よし!! 決めたぁ!! 皆一緒にツンツンしてやる!!」


「それじゃ、行って来ます」



 カエデにさっと手を上げて少し埃っぽい廊下に出ると……。



「「「「ギャ――――――!!!!」」」」



 マイ達の声が一段と高く鳴り響き、俺はそれを背に受けて廊下を進んで行った。



 足が痺れた時にツンツンされると痛くすぐったいんだよなぁ。


 子供の時分。


 横着を働いて長時間の説教を食らった後、オルテ先生に良くされたもんだ。



「ルー!! およしなさい!!」

「あたしが悪かった!! だから、な!?」



 はは。


 ルーの奴、絶対楽しんでいるだろう。


 カエデの恐怖を感じた分、それで鬱憤を晴らすがいいさ。


 宿の扉を開けて清々しい朝の空気に包まれると心のしこりが溶けだす。


 さて、今日も一日頑張るとしますか!!


 太陽の光を浴びると体に活力が生まれ、その力を足に注ぎ込み大通り目掛け進み出した。





































 ◇




 本日も人で溢れ返る西大通りの歩道を普段のそれよりも少しだけ遅くのんびりとした速度で進む。


 街のそこかしこでは笑顔の花が咲き、行き交う人達の表情もどこか楽し気だ。


 初冬の訪れ。


 晩秋の最後の残暑から解放され、人が営みを行うのに適した温度に変化すれば自ずと笑みも漏れよう。


 ほら、あそこにも……。



「ちょっと!! いい加減にしてよね!!」


「何をだよ!!」


「あんた、また浮気したでしょ!!」


「してねぇ!!」


「私、知ってるのよ。友達から聞いたもん。あの女豹に手を出したって」


「……し、知らない」


「何よ、今の間は!!」



 朗らかな笑みの代わりに、顰め面の暗い花が銀時計前の広場に咲いていた。



 夫婦喧嘩?? いや、恋人喧嘩かな??


 どっちでもいいけど、朝から良くもまぁ痴話喧嘩で盛り上がれますねぇ。俺にはそんな体力は残っていないよ。


 仮にあったとしても、今の女性の剣幕には尻窄んでしまいそうだ。



 ど――も女性の特有の剣幕には慣れん。金切り声が頭に響くだけで降参してしまう。


 今の会話を聞いて思ったのだが、どうして女の人って男より敏感に浮気やら日常の細かな変化に気付くのだろう??



 洞察眼が優れているのかそれとも、好意を抱く人しか目に入らないのか。



 うむ……。全く以て分からん。



 男と女はまるで別の種の生き物に見えて来る。



 一方は無頓着で豪放磊落。一方は頓着で小心翼々。


 どちらも一長一短ではあるが、男女では物事に対してまるで捉え方が違う。


 細かい事に拘らないのも正解である場面もあるし。慎み深く細かな事まで配慮するべき場面もある。女性はその捉え方が上手いのだろうか??



 因みに。



 先程の痴話喧嘩では後者が優先されるべきであろう。


 男は無頓着で押し通そうとしたがそれは如何なものか。


 女性が言い放ったように、確固たる証拠の前ではそれは通らない。寧ろ、相手を逆上させるだけだ。


 男よ、慎みを持って行動しなさい。男は女に勝てぬのだよ。


 そういう場面ではね。


 俺も彼みたいにならぬように慎みを持って女性と接しよう。


 まぁ……。彼女という存在がいなければそれは意味を成さないのですがね!!!!



 そんなどうでもいい歯痒さを感じていると。




「でさぁ――。聞いてよ――」


「聞いてるじゃん。というか、折角久し振りの休みなんだからもっと寝かせてくれれば良かったのに」


「久し振りの休みだからこうして外に出歩いているんでしょうが!!」



 少し前を歩く陽気な女性の背後に忍び寄る不穏な影に気付いてしまった。



「……」



 一切の気配を消失させて周囲と完全に同化。


 うら若き女性の肩から下げている鞄から覗く財布へ静かに忍び寄る。



 アイツ……。スリか。


 朝っぱらかよくもまぁ大胆な行動に至れますね。



「今日の門限何時だっけ??」


「ん――。いつも通りに夜の六時じゃない??」


「それなら結構回れそうね」



 さぁ……。財布まで後五歩だ。


 アイツが財布を手に掛けた刹那に取り押さえてやろう。



「何処行く!?」


「いつも通り任せる――」


「うっわ、出たよ。そうやって他人任せ。あんたねぇ、いっっつも私に任せているじゃん」


「大分前に行きたい所を教えたら秒で却下したじゃん」


「当り前でしょ!? 何で私が男性用下着売り場に行かなきゃいけないのよ!!!!」



 はぁ――……。


 お嬢さん達?? も――少し慎みを覚えた声量、それと内容で話しなさい。



 明るい声を上げる女性がどちらかと言えば大人しい口調の女性の肩をポンと叩いた刹那。



「……っ」



 スリが彼女達を追い抜かし様に財布をスリ取ってしまった。


 野郎……。やりやがったな!?



「――――――。おい、待て」

「おわっ!?!?」



 男の肩を左手でガッチリつかみ、その勢いで両足を払ってやる。



「あんた今、自分が何をしたのか分かっているのか??」



 逃走を図れない様に相手の背中のド真ん中へ重心を掛けた左膝を乗せて問う。



「は、はぁっ!? 俺は普通に歩いていただけじゃねぇか!! テメェこそ人に暴力振るって何様のつもりだ!?」


「そっか。あくまでも口を割らないつもりだな??」



「「「……」」」



 西大通りの歩く人々、そして先程の女性二名が俺とスリの騒動を見る為に足を止めていた。



「そこのお姉さん。鞄の中を確認して下さい」



 明るい口調の女性の目を真っ直ぐに見つめて促してあげる。



「え?? ……。あぁっ!! 財布が無い!!!!」


「だ、そうだ。早く彼女へ財布を返してあげろ」


「は、はぁっ!? だから、何もやってねぇって言ってんだろ!?!?」



 コイツ、あくまでも白を切るつもりだな??



「そっか。分かった」


「ったく。早く退け……。お、おいおい。何をするつもりだ??」



 大馬鹿野郎の右腕を掴み、背中側へ引っ張り上げてやる。



「いや、何処に仕舞ったか調べる為にちょいと腕を動かしてやるんだよ」


「いでで!!!! お、折れる!! 折れちまうって!!!!」



 悪人の一本や二本の腕なんて別に価値なんか無いだろうさ。


 先程の所作を見る限り、コイツは常習犯だ。


 右腕が使い物になれば更生してくれる可能性も上がるとは考えられないかい??



 そもそも……。


 こんな犯罪者を守る為に俺達の先輩は命を投げ出したのかと思うと……。


 ドス黒く重い感情が微かに心を侵食していく。



「や、止めてくれ!! 折れちまうよ!!」


「……」



 後、三度左方向へ曲げれば肩の関節が外れ。腕が心地良い音を立てて折れるだろうな。


 さぞかし良い音を奏でてくれるだろうさ……。



「わ、分かった!!!! ほ、ほら!! 此処にあるからぁ!!」



 スリが懇願する声を上げると、腹の下に隠してあった財布が陽の下へと顔を覗かせた。


 最初っから出しておけば不必要な痛みを受ける事も無かっただろうに。



「お姉さん。この財布は貴女の物で間違いない??」


「え、えぇ。そうです」



 ふむ、これで確固たる証拠が出てきた訳だ。



「すいませ――ん!! 通ります!!」



 お、丁度良いや。



「お姉さん達。今から駆けつけて来る警察の方へ事情を説明してね」


「チッ……」



 逃げられぬと堪忍したのか。悪態を付くスリから立ち上がると。



「何事ですか!?」



 もう間も無く現れるであろう警察関係の人達の方へ視線を向けてあげた。



「は、はぁ。分かりました」


「じゃ、自分はこれで」



 いけね、トアとの待ち合わせに遅れちまうよ。



「あ、あの。お名前は……」


「良くやったぞ!! 兄ちゃ――ん!!」

「あぁ!! 偉いもんだ!!」

「いよ!! あんたが大将――っ!!!!」



「御免なさい!! 急いでいるので!!」



 何かを言い掛けた女性を後にして、歓声に湧こうとする輪から逃れた。



 犯罪行為を防ぐのはやむを得ないとしても歓声を受けるのはちょっと恥ずかしいですからね!!


 少しばかりぎこちない小走りで西大通りを進み、街の中央へと向かって行った。



お疲れ様でした。


これから買い物へ出掛けて帰宅後に編集作業に入ります。


皆様も引き続き連休を御楽しみ下さい。

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