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第五十六話 訪れたいつも通りの朝

お疲れ様です。


ゴールデンウイーク真っ只中の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


番外編が終了しましたので、本日から本編連載開始になります!!


少々長めの文になっておりますので、飲み物片手に御覧頂けたら幸いです。




 喉の奥に松明を押し付けられた様な燃える痛みが広がって行く。


 何度も、何度も激しい呼吸を続けようがその痛みは消える事は無く一人の少女の体を傷付けようとしていた。



「あなた!! は、早く逃げないと!!」


「分かっている!! でも、皆が!!」



 少女の無垢な瞳に映るのは、本当に真っ暗な夜の下で真っ赤に燃え盛る彼女達の村の悲惨な姿であった。



「た、助けてくれ――!!!!」


「いやぁぁああ――!!!!」



 生まれ故郷から沢山の人達が炎から逃れようと悲鳴を叫びながら走り去っていく。


 その顔は皆一様に恐怖に歪み、一縷の希望に縋る様な顔色の人は殆どいなかった。



「皆!! こっちだ!! 早く来い!!」



 炎の明かりに照らされた街道の真ん中で少女の父親が村の皆を懸命に誘導する。



「わ、私達も逃げないと!!」


「分かっている!! おい!! これで全員か!?」


「あ、あぁ!! 大分奴らにやられちまったが半分以上の者は逃げ出したよ!!」


「そ、そうか。よし!! お前はレンカを抱いて走れ!!」


「は、はい!!」



 少女の父が妻へ指示を出すと、母親は己が娘を大切に抱いて移動を始めるが。それでも母親の腕の中で大切に抱かれる少女の顔は普段と然程変わらぬものであった。



 恐らく彼女はこれが現実に起きているのか今一理解出来ていないのだろう。



 普段通りに父親が狩って来た獲物の肉を感謝しつつ食べ、毎晩の様に母親と共に眠りに就くと彼女の父親がけたたましく扉を開けて少女の安眠を妨げた。



 そして、少女が夢現の状態で温かいベッドの上で眠い目を擦っていると。



 家の外から聞こえて来る誰かの悲痛な叫び声。何かが壊れる怖い音、そして木材が燃えて鼻の奥をツンと刺激する煙の匂いが立ち込めた。



 少女の両親は慌てて荷物を背負い、炎に包まれて行く村から娘の手を引いて逃げ出した。


 激しく体を揺らしながら村の外へ飛び出して振り返ると……。燃え盛る村の熱気で揺らぐ空気の中に沢山の黒い影を少女の瞳が捉えた。



 あの影を見て少女はこう考えた。



 きっとあの黒い影達が村の皆の家を壊したのだろう。


 私達は黒い影から逃げる為……。ううん。


 悪い夢から覚める為にあの恐ろしい黒い影達から逃げているんだ、と。



「はぁっ……。はぁっ……」



 母親の荒い呼吸の音。



「く、くそう……。なんで何も無い俺達の村を襲うんだよ」


「西から侵攻して来たのは知っていたけど。まさか此処まで来るなんて……」


「畜生!! パルチザンの奴らは何をやっているんだ!!」



 そして、沢山の村人達の声が怖い闇の中に響いていた。



「侵攻の速さが異常なんだよ!! 兎に角、逃げ……。ぎゃぁっ!!!!」



 何かが空気を切り裂く甲高い音が聞こえると同時。


 母親の前を走っていた男の背中に突然一本の汚い剣が生えた。


 剣が生えた衝撃で前のめりに倒れてしまい一切動かなくなってしまう。突如として起こった現象に両親達はその場に足を止めて、壊れた時計の秒針の様なぎこちない所作で振り返った。



「「…………。グルルルルゥ」」



 すると、そこには真っ赤に燃える恐ろしい瞳で村人達を睨みつけている黒い影達が居た。



「う、嘘だろ……。何で、何でこんな所にも居るんだよ!!」


「に、逃げろ!! 何処でもいいから逃げるんだ!!」



 少女の父親が皆へ逃げる様に指示を出すと。



「「「ギィィヤァァアアアア!!!!」」」



 真っ黒な影達が彼女達に恐ろしい牙を剥けて襲い掛かって来た。



「行くぞ!!」


「え、えぇ!! 後少し東へ行けばきっとパル……」



 父親が母親の前に出て走り出すと温かい液体が少女の頭の上に降り注いだ。



 季節外れの温かい雨が降って来たと考えた少女は不思議そうな表情を浮かべて空を見上げるが……。


 母親の顔はドス黒い空に包まれて見えなかった。しかし、彼女は何処からともなく温かい雨が降り注いでいるのは理解出来た。



「う、うわぁぁああああああああ――っ!!!!」



 父親が大絶叫を放つと母親の体が地面にぐしゃりと倒れ込んで少女の体を恐怖が渦巻く世界から隠してしまう。



「こ、この野郎ぉぉおお!!!! よ、よくも!! よくも!!!!」


「おい!! 何やってる!! 逃げるんだよ!!」


「家族を殺されて黙っている奴が居るか!! テメェ!! 絶対に殺してやる!!!!」


「馬鹿野郎!! そっちじゃねぇ――!!!!」


「グァァアアアア!!!!」



 父親の絶叫が響き、それよりも更に大きな恐ろしい声が母親の体を通して少女の鼓膜に届く。



「死ねぇぇええ!! お前ら皆一匹残らず殺してやる!!!!」


「クァッ……」



 少女は心の中で。



 お父さん。お母さんは黒い影から私を守ってくれる為に抱きかかえてくれているんだよ??


 だから、早くお母さんを起こして一緒に逃げよう?? と。


 父親が二人を抱き起してくれるのを待ち続けていた。



「次だ!! お前も殺し……。グェッ!?!?」



 きっとこれは悪い夢なんだ。


 目を瞑って、ゆっくり呼吸すればいつも通りの朝が私達を迎えに来てくれるんだ。



 夢の延長だと考えている少女は恐怖の存在を知る由もなく、只々漫然に時が過ぎるのを待ち侘びていた。




「か、かはっ……。す、すまない……。レンカ……。せめて、せめてっ。お前だけも助かっ……。うぐっ!?」



 生肉を切り裂く鈍い音が響くと父親の声が止んでしまった。



「「「グゥゥ……」」」



 そして暫くすると黒い影達の足音が少女から遠ざかって行く。



 お父さんもお母さんも先に寝ちゃったんだよね?? だって、お母さんの体。どんどん冷たくなっているもん。


 私も早く寝ないと……。



 母親の中に微かに残る最後の生の温かさに包まれ、ゆっくりと呼吸して行くと少女の意識が徐々に遠退いていく。



 きっと、お母さんが私の頭をいつもみたいに撫でてくれて目が覚めるんだろうな。


 素敵な朝の光景を望みながら静かに目を閉じ、遅れてやって来た眠さに少女は体を委ねた。




 それから一体どれだけの時間が経っただろう。




「――――。お、おい。此処にも死体があるぞ」


「酷いな……」


「逃げて来た人の情報通り村は全滅。方々に逃げた村人達もこの様だ」


「俺達の部隊で制圧出来たのはいいけど……。もう少し早く来ればこの悲劇を防げたってのに……」




 あれ?? お母さんじゃ無い声だ。


 お父さんのお友達かな??



 少女は自分の体の上に覆い被さっている硬い何かを退かそうとするが、拙い女児の力ではそれは叶わなかった。



「んっ!? お、おい!! あれを見てみろ!!」


「嘘だろ?? おい!! 生存者だ!!!!」



 男性の硬い手が少女の手を力強く掴むと、彼女の上に覆い被さる何かの中から救い出した。



「き、君!! 大丈夫か!?」



 男性が驚いた顔で少女に尋ねる。



「うん、だいじょうぶ。お父さんと、お母さんはどこ??」


「え……。君のお母さんは……」



 男性が鉄よりも硬い唾を飲み込んで地面を見下ろし、少女は彼の視線を追ってしまった。



「馬鹿野郎!!!!! そんなもの子供に見せるな!!!!」


「……」



 少女の母親と同じ服を着た人が地面に惨たらしく蹲り、父親は直ぐ隣で本当に美しい綺麗な青い空を見上げて静かに眠っていた。



 あれは私の知っているお母さんとお父さんじゃない。


 だって、だって……。


 お母さんには頭があって、お父さんのお腹に剣は生えていないもん。



 焦げた木の香りと、生物が腐り果ててえた匂いが含まれた風がびゅうっと強く吹き。


 少女の母親の直ぐ近くに横たわっている丸い塊が残酷な速度で少女の方へと傾いていく。


 そして、丸い塊が完全に正面を向くと…………。




「ひっ。い、い、い、いやぁぁああああああああああああああああ――!!!!」




 ドス黒い血と凄惨な恐怖に塗れた母親の遺骸に見つめられた少女は、今も痛む喉の奥から絶叫を放ち。そのまま恐ろしい夢の中へと落ちて行ったのだった。










































 ◇




 朝の訪れを告げてくれる鳥達の歌声をおかずに温かいシーツの中で微睡む。


 久方振りの安眠はこうも体に染み渡る物なのかと、奥歯でしっかりと咀嚼して有難く噛み締めていた。


 布と綿で構築された簡素な物なのに思わず甘い吐息が漏れてしまいますよ……。



 薄っすらと静かに瞼を開けると、朝の香りが窓から這い寄り惚けている頭に纏わりついて来る。



 先の任務中は真面に眠れなかったから例え短い時間だとしても、こうして安眠出来たのは嬉しい限りだ。


 出来る事ならもっと眠っていたいけども、人の慣れとは恐ろしい物ですね。


 どれだけ体が疲労を感じていようといつもの時間に目が覚めてしまうものなのだから。




「ふわぁ……」



 取り敢えず遠慮なく大きな欠伸を放ち、天井の染みを何気なく見つめていた。



 良く寝たなぁ。


 疲れは……。まぁ、まだ残っているよね。


 シーツの中でもぞりと体を動かすが、筋力や関節に少しばかりの重たさを感じる。



 流石に一日だけじゃ取れない、か。


 次の任務は二日後。


 願わくばこの安寧が継続しますように!! 静寂を司る神へと身勝手な祈りを捧げた。


 そんな都合の良い神様が居たら是非とも紹介して頂きたい。


 信仰の欠片も持たない俺だけど、こんな静寂が続くのなら直ぐにでも入信しよう。



 …………いや。


 全くの静寂では無いな。


 例え静寂を司る神の怒りの雷でも、アイツの荒々しい寝相を制御する事は叶わないだろうさ。



「んがらぁ」



 だらしなく腹を出して鋭い爪で腹をぼりぼりと無意味に掻いている。


 そして意味不明の寝言がどうしようもない陽性な感情を湧かせるから困ったものだ。



「ふひっ、おいちゃん唐揚げ大盛五個って言ったじゃぁぁん……」


「何だよ、それ」



 寝言に突っ込むのは如何の物かと思うが、どうしても抑えらずぽつりと小声で話した。



「全く……。静かに寝ていられないのか」



 マイから視線を離して何気なく上体を起こして右側を見下ろすと。



「……っ」



 美しい藍色の瞳が微かに開いて俺を捉えていた。


 瞳の中には朝の余韻を残し、重力に反発して天井へピンと向いてしまっている藍色の前髪。


 シーツから目元だけ覗かせてこちらをじっと観察するように見つめている。


 そこから覗く瞳は俺の心臓を大きく鳴らすに十分な魅力を備えていた。



「お、おはよう……」


 多少上擦った声でカエデに挨拶を交わす。


「ん……」



 瞬きを一つ。


 そしてコクリと小さく頷いて返答してくれた。



「起こしちゃった??」


「ううん。何か、起きた」


「はは。そっか」



 周囲に迷惑が掛からぬようにお互い最小限の声量で会話を継続させていた。



「留守の間、迷惑掛けたね。疲れてない??」


「大丈夫」


「そっか。進捗具合は??」


「ぼちぼち……」


「カエデのぼちぼちなら信用できるな」



 朝の冷涼な空気を肺に取り込み、軽快な笑い声を上げた。



「次の任務はいつ??」


「二日後。訓練所で後輩達に対しての指導と講義を任されちゃってさ」



 全然気が進まないのが本音です。


 大体、俺にそんな器量は無いのですよ。



「凄いね??」


「凄くないって。魔物と会敵した事があるのはどうやら貴重らしくてさ。その所為か、俺に白羽の矢が立った訳。会敵した様子やら、戦闘方法の指導をして欲しいんだろう」


「私達の事、言う??」


「まさか。口が裂けても、惨たらしい拷問を受けても言わないよ」


「そっか」



 ちょっとだけ目元が緩まり、彼女の温かい吐息をシーツ越しに感じた。



「指導は多分何とかなると思うんだけどさ。問題は講義だよ。一体何を話せばいいのやら……」


「自分が魔物に対して感じている事を素直に話したら??」



「ん――……。ほら、訓練生の中にイル教の信者がいるかもしれないだろ?? だから安易な発言は控えたいんだ。カエデ、時間があったらでいいけど。俺が考えている講義を聞いてくれないか??」


「うん。いいよ」



 おぉ!! それは助かるな。


 カエデだったら客観的に判断してくれる筈。



「ありがとう。…………。ごめんな?? カエデに頼ってばかりで」



 戦闘中の指示、任務地へと向かう際の誘導、先の調査に今回の講義の感想。


 それだけでは無く、数え切れない程彼女に頼ってしまっている。



「ううん。全然苦じゃないよ?? 寧ろ……うん。嬉しい」


「嬉しい??」



 仕事を頼む事が??


 疲労が蓄積するだけだと思うけど。



「うん。だって、それってさ……」



 カエデが口を開こうとすると。



「レイド様ぁ……。おはようございます……」



 妙な温かさを持つ柔らかい感触が背中に広がり、二本の白い腕が首に絡みつき甘い吐息が首筋に襲い掛かった。



「んぎゃっ!! ア、アオイ!?」



 我ながら情けない声を上げて振り向くと、そこにはまだ寝惚けている月下美人が咲いていた。


 ってか、この感触ってやっぱり……。



「服を着ろ!!!!」


「着ていますわよ?? 恥ずかしがり屋さんには見えない服ですけど……」



 そう言いながら長い足を体に絡めて互いの体の間に空気が入る隙間を無くす。



「そんな服は存在しません!!」


「んふふ……。あら、カエデも起きていましたの??」



 俺越しに今も眠そうな藍色の瞳に話しかける。



「二度寝する。騒がしくしないでね??」



 モゴモゴと大きな欠伸をすると、シーツに潜って行ってしまった。



 あ、あれ??


 助けてくれないのかしら??



「畏まりましたわ。静かに……。受胎致します……」


「ひぃっ!!」



 彼女の左手が寝間着をずらして服と肌の間に侵入する。


 何とも言えないくすぐったさに思わず声を出してしまった。



「レイド様の御体……。火照っていますわぁ」


「寝起きですから」



 やばい、これはちょっと……。いいや、本当に不味い状況だ。


 男性は、その……。



 それがどういう仕組みでそうなるのかは解明されていないけど、朝になると体の『一部』 が己の意思に反して元気溌剌になってしまうのだ。



 カエデと話している時、その変化は抑えられていたが。アオイの色香が体のずぅぅっと奥に封印している馬鹿野郎の肩をグイグイと揺さぶってしまう。



『ふわぁ――。おっ?? 何々?? 朝一から俺様の出番??』



 等と現を抜かしてゆっくりと起き上がろうとしていた。



 違います!! そのまま寝静まって下さい!!



『まぁそう固い事言うなよ。あ!! 硬い、なだけに??』



 こ、この馬鹿タレが!!


 というか!! いつもの貧弱な理性君は何処行った!?



『あ?? アイツ?? ほら、向こうで静かに眠っているぜ??』


『う――ん……。僕はまだまだ戦えますぅ……』



 や、役立たずぅ!!


 寝ていたら戦う以前の問題でしょうが!!!!



 こ、こうなったら残り僅かな理性で襲い掛かる色香に抗ってやる!!


 極光無双流の神髄、此処に見せる!!



「レイド様ぁ……。んっ……」


『んほぅ!! 姉ちゃん良い唇してんじゃねぇか!!』


「だ、駄目です!!」



 はい、やっぱり無駄でした!!


 この流派は戦闘向きであって、こういう向きじゃないのは確かですね!!


 そ、それともまだ俺の修練が至らぬ所為なのか……。師匠にもっと鍛えて貰わないといけませんね!!



 柔らかく湿った唇が項にちょこんと当たると、何某の興奮度が増して俺の拙い精神力では御す事が困難に陥ってしまった。



 やばい……。


 どうにかコレの状態を気付かれないようにしないと。



「アオイは寂しかったのですよ?? たぁくさんお預けされて……」


「勝手に尾行したのはそっちでしょ。ってか、昨日あれだけ叱ったのに堪えていないの??」



 お惚け狼がピスピスと情けない鼻音を鳴らすまでこってりと叱った後、アオイ達がそれを見計らったかの様に宿へと帰って来た。


 それがまた俺の何かを刺激してしまい人生の中で五指に入る勢いの剣幕で彼女達に説教を開始。


 暫くは黙って聞いてくれていたが。





『あ、はぁっ……。レイド様が私の瞳を直視して罵声を浴びせて来ますわぁ』



 蜘蛛の御姫様は何故か興奮隠し切れぬ様子でハァハァと荒い呼吸を続けて俺を見上げ。



『んぅ……。んんっ……』



 森の優しき怪力無双さんはコクッ、コクッと首が縦に揺れて。



『ウ゛ゥゥ――……ッ』



 雷狼の片割れは鼻頭に恐ろしい皺を寄せて口から鋭い牙を覗かせて俺を睨み。


 挙句の果てには。



『ねぇ、もういいでしょ。私眠たいんだけど??』



 どこぞの大馬鹿龍が呟くものだから更に怒りが増して喉が痛くなるまで説教を続けてやった。


 反省したかと思いきや、翌日にはこれだもんな。




「愛に越えられない壁はありませんわ」


「お茶を濁さないの。大体、アオイ達が悪いんだぞ??」


「そうですわね……」


「お。分かってくれたんだな」



 ほっと息を漏らす。



「アオイは、悪い子ですわ。ですから……。もう一人のレイド様でアオイに厳しいお仕置きをして下さいまし……」



 両腰からにゅるりと二本の腕が伸びて噴火寸前の火山へと向かい始めた。



「お止めなさい!!!!」



 行儀が悪いですよ!!


 お父さんは貴女をそんな風に育てた覚えはありません!!



「あんっ。動いちゃ駄目ですわよ??」


「んぐっ!?」



 アオイが放った頑丈な糸が体に絡みつき、粘着質な糸によって全身が拘束されてしまった。


 しまった!! この手があったか!!



「さ、これで心置きなく出来ますわね」


「十分心置くんだけど??」



 首を器用に動かし、背後のアオイをじろりと睨んでやる。



「まぁ、御怖い御顔です事。ですが安心して下さい。そんな憤りも憤怒も。空の彼方へと飛んで行く快楽を与えて差し上げますわ……」



 淫靡に目を細めて無情の死刑宣告を放った。



「か、勘弁してくれ!!」



 芋虫の如く、いや。


 砂浜に打ち上げられた魚の如く体を器用にビッタンビッタンと跳ねて距離を取る。


 情けない事にこれが今出来る唯一の抵抗だ。



「暴れても無駄ですわ……。さ、もう一人のレイド様はどこかしら??」


「ちょっ……。止めてぇ!!」



 細い指が体を這い、遂に……。遂に怒る神が鎮座する頂上へと辿り着いてしまった。



「あらら?? こ、これは……!!」



 終わったな。



「うふふ。アオイは嬉しいですよ?? ちゃんと新しい命を御作りになる気をお持ちでしたのね??」


「朝だから仕方無いんです……」



 自分でも情けなくなる程の声で話してやった。



「では、早速孕ませて頂きましょうっ!!」


「料理を始めましょう、みたいに軽く言わないの!!」


「そうですか?? 別にそんな軽い気持ちでは…………。チッ」



「お――お――。楽しそうな事してんじゃん。そこの兄ちゃん達ぃ??」



 はぁぁああ――……。


 チンピラ紛いの声が何んと頼もしい事か。


 深紅の瞳が更に憤怒によって燃え上がり、今にも烈火が噴き出しそうな瞳を持つ覇王の娘さんが仁王立ちして俺を見下ろしている。


 これでもかと眉を顰め、口からは質量を帯びた憤怒の白き息が漏れ、鋭い牙が光を反射して怪しく輝いていた。



 頼もしい……。のかな??


 彼女の怒り具合からして、何だかちょっと雲行きが怪しい気がしますけども……。



「これには海よりも深い訳がありまして……」



「あ??」

「いえ。何でもありません」



 彼女から発せられた一文字で口を噤んでしまった。


 何て目、してんだよ……。一睨みで熊程度なら、ごめんなさぁい!! っと踵を返して逃げ出す圧を放っている。



「何か用ですの??」



 邪魔だ。


 そう言わんばかりの負の感情を込めて話す。



「用?? 用があるから此処に来たんじゃない」


「申し訳ありません。私とレイド様はこれから禁断の園へと向かいます。みすぼらしく萎れた果実を有した人に、用はありませんのであしからず……」



 止めて!!


 これ以上彼女の怒りを煽らないで!!



「ハハ。ナンダッテ??」


「御耳は正常ですか?? 不毛の大地で育った枯れ木、そこに実った情けない果実ではレイド様は満足しない。そう言っているのですよ」


「いやぁ……。別にそこは気にしていませんよ??」



 精一杯の援護をするが既に彼女の耳には届かないようだ。


 怒りで肩がワナワナと震え、深紅の魔力が体中から溢れ出す。


 そして、その覇気を保ったまま上体を起こした俺の腹部辺りまでスタスタと歩き出し、ピタリと歩みを止めた。



「えっと……。ここら辺かなぁ??」



 小さい手で何やら距離を計り、右の拳に剛力を籠める。



「マ、マイさん?? 何をなさるおつもりで??」


「いやぁ。人の体を正確に吹き飛ばす練習をしようと思ってさぁ。エヘヘ……」



 覇王の娘さん?? 此処は笑う場面じゃありませんよ??



「安心しなさい。腹に穴は開かないと思うから。…………多分」


「最後の方をしっかり言え!!!!」


「うっさい!!!! 死ねや!! ごらぁ!!」


「いやあぁぁあ!! おどぶっ!!」



 マイが拳を大きく振りかぶり、右の拳が下腹部に突き刺さる。


 それと同時に俺の体は天井まで吹き飛び、乾いた音が爆ぜると重力に引かれて地上へと落下。



 腹に迸った衝撃で出てはいけない何かが喉の奥から這い寄り、外の空気を吸おうと画策するが必死にそれを抑え込んだ。



 重力に引かれて硬い床に落ちるかと思いきや。何か……。猛烈に柔らかい物の上に着地した。



「――――。ぐえっ!!」



 ぐえ??


 最近の床は喋る様に出来ているのかしら??



「いてて……。何だよ、朝っぱらから……。あれ?? レイド、どしたの??」


「ゴホッ、オェッ……。ユウ、申し訳ない。龍の一撃で吹き飛ばされちまった」



「避けんなや!!」


「亀でももっと速く動けますわよ??」


「あ――……。はいはい。成程ね」



 今も室内で繰り広げられている蜘蛛と龍の乱痴気騒ぎを見て察してくれた。



「災難だったなぁ」


「本当だよ。折角、朝の静けさを満喫していたってのに。…………。ユウ?? どした??」



 何を思ったのか、彼女の上に覆い被さっている俺を両腕でガッチリと拘束して柔和な笑みを浮かべた。


 うん、物凄く可愛い笑みだと思いますけども。腕、離そうか??



「いやいや。折角だし、あたしも混ぜてもらおうかなって。それに、ほら。準備万端だしぃ??」



 太陽も恐れ入った!!!! と。己の膝をピシャリと叩く陽気な笑みで俺の下半身に視線を送る。



「こ、これは違うんだって!!!!」


「安心して?? あたしも初めてだし。お互い了承の上で。って事で」


「安心の意味を辞書で引け!!」


「あはは!! 男なら細かい事は気にするな。じゃっ、いただきまぁす……」


「ぐえぇ……」



 逃げようと体に力を籠めるとユウの怪力が体を襲う。


 両腕が体を絞め付けて二人の間に存在した一切の空気が抜けて行くと、彼女の端整な顔が徐々に迫り来る。



「ユ、ユウ!! 止めろって!!」


「大丈夫だって。最初は戸惑うかも知れないけど、母さ……。母上が言うには、男女間には慣れが大事なんだってさ」



 へぇ、そうなんだ……。


 いやいや!! 違うからね!?



「慣れとかそういう以前の問題……」


「ん――っ……」


「だ、だから止めなさいって!!」



 端整な顔が目前に迫り、刹那に心臓の音がけたたましく鳴ると。



「とぅっ!!!! ユウちゃん、抜け駆けは駄目だよ!!」


「ちぃっ!! お惚け狼め!!」



 ふわふわでちょっと獣臭い毛が顔と顔の接触を阻んだ。



「ルー。たふふぁった」



 もふもふの毛に覆われた口で言ってやる。



「いえいえ――。窮地に登場するのが英雄だからね!!」


「ふふん。ルー、あたしの力を舐めて貰っちゃ困る……な!!」


「へ?? あわわぁぁ――ッ!!」



 右手で毛皮を掴むと、いとも容易く狼の体を明後日の方へと放り投げた。


 そして、再びユウの可愛らしい顔が目の前に現れる。



「さ。続き……しよっか??」


「またの機会、で??」


「だ――め。ほら、おいでぇ……」


「んぐぅっ!!」



 腕の骨が折れるんじゃないかと錯覚してしまう。


 そして、抵抗虚しく。


 いや、元から抵抗出来ていないんだけど。


 ユウが目を閉じ、覚悟を決めると潤んだ唇をこちらへ向け差し出した。



「ん――っ」


「お止めなさい!! ボーさんに言っちゃうぞ!!!!」



 普通、こういう時に両親の名前を出すのは逆の立場だと思うのですが。背に腹は代えられないのです!!



「父上なら喜んでレイドを里に迎えてくれるさっ」


「ちょ、だから!! 放して!!」



 横着なミノタウロスの拘束から必死に逃れようと無意味に体を動かしていると。



「…………ユウ。主に何をしている」



 姫君の危機を救おうと真の英雄が戦地へ舞い降りた。



「へ??」



 リューヴがユウの拘束を瞬き一つの間に解くと糸に包まれた俺を脇に抱え、激情を籠めた瞳でユウを見下ろす。



「痛いなぁ。もうちょっと優しく腕を外せよ」


「貴様相手に手加減は要らぬ。主、大丈夫か??」


「はぁ……。リューヴ、助かったよ」



 きっと俺の顔は情けない事になっている事だろうよ。


 リューヴの呆れた顔がそれを物語っていた。



「てやっ!!」


「ぬ!? ルー!! 何をする!?」


「レイドは私が貰うもん!! ね――??」



 人の姿に変わったルーがリューヴから糸に包まれて眉状になった俺を奪い、両手で抱える。



「俺は子供に与えられた新しい玩具じゃありません……」



 兄弟は居ないが、新しい玩具を取りあう兄弟はこんな感じで玩具を奪い合うのでしょう。


 今はそんな下らない事を考える状況じゃないのだが……。



「奪い合うのが御遊びじゃないの??」


「違います。だから降ろしなさい」

「そうだ。主は私が守る」


「私が取ったんだもん!!!!」



「だから物みたいに扱う…………いでででで!! 首取れちゃうって!!」



 リューヴは頭を。


 そしてルーが足を引っ張りお互いの方向へと引っ張る。



「放せ!!」

「やっ!!」



「此方ですわ――」


「逃げんなクソ害虫がぁぁああ――!!!!」



 そして運が悪い事に行き場を失った龍の激烈な蹴りが腹部のド真ん中を捉えてしまった。



「うごぇっ!?!?」



 朝の静けさは何処へ……。


 安寧の地がいつしか、大魔が跋扈する魔境へと変貌していた。


 そんな恐ろしい魔境の中。矮小な力しか持ちえない俺は人外の者に狩られる惨めな存在へと成り果てていた。


 腹から立ち昇る気の遠くなる痛みで視界が徐々に白みだす。



 あぁ。もう二度寝の時間、か。


 昨日までの激務の疲れを癒す為にもうちょっとだけ、お休みなさい。


 争い合う大魔の声が心地良く感じた頃。俺の意識は徐々に薄れていきもう一度就寝する事を強要されてしまった。




最後まで御覧頂き有難うございました。


いや、漸く本編連載開始にこぎつける事が出来ました。


番外編も本来であれば五万文字程度に抑えるつもりでしたが、あれよあれよと加筆してしまい想定以上の文字数となってしまいました。


第二弾の登場人物は決めていますので、その時が来たら後書きにて再びお知らせしますね。



それでは皆様、心行くまで連休を堪能して下さいね。

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