第五十四話 矢継ぎ早に下される新たなる任務 その二
お待たせしました!!
後半部分の投稿になります。
茜色が右頬を優しく撫で一日の終わりを告げようとすると心に安堵の感情が湧き上がる。
それは夕日の温かさだけでは無く、遠くに見える慣れ親しんだ街の影をこの視界が捉えたからであろうさ。
「はぁ。着いたぁ」
リクに跨る隣の手練れも俺と同じ感情を胸に抱いているようだ。
表情が随分と明るい。
「やっと一息つけるな」
車輪が小石を踏み、臀部がポンっと跳ねる。
「いつっ!!」
『どうした??』
正面を歩くウマ子がこちらの様子を窺う為、くるりと振り返った。
「あぁ。どこぞの怪力無双に臀部を攻撃されてな。痛みが引かないんだよ」
円らな瞳にそう言ってやる。
『なんだ、そんな事か……』
それなら大丈夫。
特に気に掛ける様子も無く、正面に顔を戻してしまった。
もう少し御主人様を労わりなさいよ。
「あはは!! ウマ子にも愛想尽かれたの??」
「喧しい。大体、誰の所為だと思っているんだよ」
「さぁ??」
にっと笑いこちらを見つめる。
彼女が浮かべる明るい笑顔に夕日が良く似合っていた。
だが……。
男性の臀部を良いように痛めつけるのは女性として如何なものかと思うのですよ。
数えるのも億劫になる大勢の人々が往来する王都の西門を潜り、帰路に付く人々の邪魔にならぬ様に厩舎へと向かって手綱を取る。
申し訳ありません。通りますよっと……。
俺も手綱捌きが上手くなったものだ。
今ならカエデにも勝るとも劣らない手綱捌きを披露できるだろう。
「すいませ――ん!! 馬を預けたいのですが――!!」
いつもの厩舎の入り口に到着すると、荷馬車から降車して奥へ向かって叫んだ。
誰かいるかな。
「は――い!! 只今――!!」
お、この声は。
「あ――!! レイドさん!! お久しぶりですね!!」
帽子が似合う厩舎の調教師、ルピナスさんがいつもと変わらない姿で俺達を迎えてくれた。
今日も黒い帽子が似合っていますよ。
「お久しぶりって程でも無いでしょ」
「そうですかね?? あ!! トアさんもお元気そうで何より!!」
「ど――も。…………二人共仲が良いのね??」
うげっ。
またあの目かよ……。
条件反射で尻へ手を伸ばしてしまうのが我ながら情けないと思う。
「どうしたんですか?? お尻、庇って」
アイツの所為で抑えてしまっているのですと言えればどれだけ楽か。
「あ、いや。御者席に座り過ぎて強張っちゃったんだ」
咄嗟に思いついた良く出来た嘘を彼女へ伝える。
「大変そうですねぇ……。あ、そうだ!! トアさん。今度また甘い物食べに行きましょうよ」
「いいわね!! この前は……。ケーキだったから違う物がいいわね」
「そう来ると思いまして……。調査の結果、女性のみの組ならば格安で甘い食事を提供してくれるお店を発見しました!!」
「でかした!! 流石ね!!」
「ふふ――ん。もっと褒めて下さいよ!! そうそう!! それと銀行強盗があったみたいんだんですよ!! 私が可愛い服を探して歩いている時に……」
どうしてこうも女性はお喋りが好きなんだろうなぁ。
リクを放置してルピナスさんとの会話に華を咲かせている二人を半ば呆れながら見つめていた。
「なぁ、お前も他の牝馬とあんな風にお喋りするのか??」
『冗談を言うな』
ブルルっと鼻を鳴らして、私を有象無象の牝馬と一括りにするなと咎められてしまった。
「だよな。ん?? リク、どうした??」
小気味良い蹄の音を立てて此方に寄って来る。
「あ――。相方があんなんだから寂しくなったの??」
『……』
俺に向かって頭を垂れて、撫でるように催促して来た。
今回の任務で大分気を許す様になってくれたみたいで嬉しいよ。
彼女の額にそっと手を添え、柔らかい毛並みに手を這わせる。
おぉ。良い毛並みじゃないか。
『き、貴様!! あれ程言ったのにまだ理解していないのか!?』
「いっでぇぇ――!! ウマ子!! 耳取れる!!」
馬の嫉妬はある種、人間より怖いのかもしれない。
ささやかな嫉妬の攻撃も人間に比べたら数倍以上の破壊力を有していますからね!!
ボフボフの唇の奥の歯で俺の耳を食んで来ると、思わず首を傾けてしまう程の力に涙がほろりと目の奥から湧いてしまう。
「ウマ子――。別にいいじゃない。リクを撫でたって」
「ほら、トアもそう言っているじゃないか。放してくれよ!!」
『ふんっ。二度目はこうはいかないぞ??』
円らな瞳で俺の目を睨みつけ、満足する痛みを与えられたと感じたのか。漸く放してくれた。
「あはは!! 相変わらず仲が良いですね――」
「そいつはどうも。ウマ子の世話、お願いね??」
「あ、はい!! もう行かれるのですか??」
荷馬車から自分の荷物を纏めて背嚢の中へ詰めていると、ルピナスさんが声を掛けてくれた。
「本部へ帰還報告しなきゃいけないしさ」
本音は違うけどね。
カエデ達の様子が気になるんだよ。
彼女自身は何の心配も要らない。その他諸々を特に心配しているのです。
マイの奴……。馬鹿みたいに飯を食い散らかしていないだろうな?? それと、王都の市民に迷惑を掛けていないだろうな??
心配の種が盛大に満開の花を咲かせてしまい、まだ向こうの現状を把握していないのにも関わらず胃が痛くなりそうだ。
「これから一緒に食事でもって話で盛り上がっているんだけど??」
「いや、知らないって」
作業を続けながらトアに言ってやる。
先程の会話の流れから察するに、甘い物を食べに行くのだろう。
少しだけ食べるのなら喜んで受けますけども。
甘過ぎたり、量が多いのは苦手なのです。
「そうですか……。残念だな……」
「また機会があれば誘ってよ」
しゅんっと俯く黒い帽子に話す。
「分かりました!!」
「お疲れ様。それじゃあ行って来るよ」
軽く手を上げ、厩舎を後にしようと歩み出したが。
「レイド――」
「どした??」
それをトアの声が止めた。
「明日の約束、忘れていないわよね??」
「図書館で報告書を纏める話だろ?? 十時に集合ってのも忘れていないよ」
「宜しい!! では、解散!!」
へいへい。
「じゃあ、また明日な」
「ん――」
「いいなぁ、トアさん。レイドさんとお出かけですか??」
「そんな良いものじゃないわよ。良かったら貸すわよ??」
「えぇ!? いいんですか!?」
言葉は聞き取れやしないが、盛り上がっている雰囲気が此方に伝わって来る。
それを背に受けて薄暗くなりつつある生活感に溢れた路地を歩み出した。
さてと……。レフ准尉は元気かな??
まぁそんなに日も経っていないから変わっていないとは思うけれども……。
問題は報告書の量だよなぁ。
任務は当然こなしますよ?? これでも軍属の者ですから。
それと、上層部に報告するべきものも下官の仕事ですから承ります。
ですがね。
外部の者にまで提出するのは如何なものかと思うのですよ。
今回の任務はその外部のイル教信者の護衛。
資金提供を受け、両者が共通の目的を持っているのも分かりますが、それを俺みたいな下っ端の兵士にまで波及させるのはどうかと。
あ……。下っ端だから苦労しなきゃいけないのかな??
昇進したら今より楽な境遇が待ち受けているのだろうか。
う――ん。想像つかないなぁ。
昇進しようがしまいが、シエルさんや上層部にこき使われそうな気がして止まないのだよ。
顎で使われるのも楽じゃないよな……。
勝手に暗い想像を膨らませて落ち込んでいると、懐かしき我が部隊の本部が見えて来た。
「レイドです。只今帰還しました」
少し痛んだ木の扉を叩き、扉を開けると。
「おぉ!! 帰って来たか!! 御苦労だったな!!!!」
レフ准尉が飲みかけの紅茶を受け皿へと戻し、普遍的な笑みで俺の帰還を祝ってくれた。
「ありがとうございます。いや……流石に少し疲れました」
体力的な部分は問題無いが、精神的疲労を感じていた。
上官の前で些か失礼かと思われるが、担いでいた荷物を床に下ろして大きな溜息を吐き尽くす。
「そこへ座って、これでも飲んで休んでから帰れよ」
「はぁ」
また紅茶、か。
喜々として諸手を上げて盗まれた備品を頂いても宜しいものなのだろうか??
だが、俺の暗く重い空模様とは裏腹に心安らぐ香りが部屋に満ちて行く。
「一杯飲んじゃったから二杯目を飲んでも罪の重さは変わらないぞ??」
でしょうね。
そしてその絶対私と同罪にしてやると、確信に満ちて勝ち誇った瞳を此方に向けないで下さい。
俺はあくまでも知らずに飲んだだけなのですから。
「それでは頂きます。――――。ふぅ――……、美味しいです」
入手した経緯はアレだけども、紅茶の味は相変わらず格別ですよねぇ。
凝り固まった心のシコリが紅茶の熱によって溶け落ちてしまう様だ。
「じゃあ、今回の楽しい旅路を端的に説明してくれるか??」
「あ、はい。任務の予定通り、パルチザンの兵と共にレンクィストへ向かい……」
任務の始まりから終わりまで。
合計九日間の行程を准尉の仰った通り端的に纏めて話し終えた。
「――――。ほぉん、森に出没した野盗は北の大森林でも見かけた大蜥蜴だったのか」
「恐らくそう思われます。前回見た個体も見かけましたので。平地での襲撃は恐らく人間でしょうね」
「任務期間が一日伸びたのはまぁある程度予想出来たけど。まさか大蜥蜴がねぇ……」
アイツ等から得た情報では平地の件も大蜥蜴の仕業なのですが。
魔物と話が通じない矛盾点を突かれる訳にはいかないので、平地の襲撃事件は人間が起こした事にします。
「北は厳しいと考え、南へと下って来て略奪行為をしていたのか。魔物にもそして人間にも世知辛い世の中になって来たものだな」
俺が気の良いマントに話してやった内容と似た言葉が出て来たので思わず吹きそうになってしまう。
「まっ、命あってなにより。報告書は大蜥蜴を中心とした内容で書け。数少ない魔物の情報だ。きっと上層部の連中は涎を垂らしてお前さんの情報を待っているからねぇ――」
腹ペコの犬じゃないんですから。
「これが今回の報告書で……」
「…………」
はぁぁ――!! よ、良かったぁ!!
そこまで高くない山が机の上に乗せられると、思わず拳をぎゅっと握り締めて天へ向かって突き上げてしまいそうであった。
「もっと多い方が良かったか??」
「結構です!!」
この人の場合、洒落じゃ通じなくなる恐れがありますからね。
「冗談だ。んで、次の任務だが……。これは任務と言っていいものかどうか分からないけど。兎に角、上から指示が降りて来ている」
大切な指令書を机の上に向かってぽぉんと放る。
毎度お馴染みの光景に特に憤りを表す事も無く、自然の流れで指令書を受け取った。
「んだよ。いつも通り怒れって」
ほら、やっぱり俺の反応を楽しんでいるんじゃないか……。
えっと?? 何々??
指令内容を上から順に流し読んで行く。
そして俺に与えられた次の任務は……。
え――……。
訓練所での講義、及び徒手格闘の指導ぉ??
「レイド、お前は魔物と会敵した数少ない人物だ。それを運良く耳にした訓練所の馬鹿がお前に是非指導して欲しいと上層部へ打診したみたいでな」
「馬鹿って……」
酷い言い方だ。
「アイツは馬鹿で結構なんだよ」
うん?? アイツ??
教官に知り合いでもいるのかな。
「アイツ??」
「私の同期が教官を受け持っているんだ」
「お名前は??」
「ビッグス」
「ブブッフ!!!!」
飲みかけの紅茶を思わず吹いてしまった。
大事な指令書が無事でほっと胸を撫で下ろす。
「ビ、ビッグス教官と同期なんですか!?」
「あぁ、そうだ。言わなかったっけ??」
「初耳ですよ!! ビッグス教官は自分の指導教官でしたから……。いやぁ、驚いた」
厳しい指導で有名な彼だが、時折見せるお茶目な言動や行動が人気で。
多数の訓練生を卒業させて前線へ送り続けている。
教官職に着く前は前線で活躍していたが、怪我を理由に一線を退き教官に着いたとか。
『俺はまだやれる!!』
病院で暴れ、仲間を張り倒して強引に退院しようとしていた所。看護師の方に素晴らしい一撃を食らってベッドへ強制的に舞い戻ったという逸話が残っている。
俺達の間では。
『凄腕の看護師』
等とまことしやかに噂されており入院すると教官をぶちのめした看護師が恐ろしい鷹の目を向けて来ると語り継がれていた。
実際はいるのかどうか分からないけどね。
「任務開始は三日後だ。報告書を朝一番で私に提出して、朝九時までに訓練所へ向かってくれ」
「了解しました。はぁ……。徒手格闘の指導は何となく分かりますよ?? けど、講義って何をすればいいのやら」
大勢の新人兵士の前に立って講義をするんだよね??
今から気が重いよ。
「大蜥蜴の連中とハーピーの話でもすればいいんじゃない?? 幸い、時間もあるし。資料を作って講義内容を纏めればいいじゃないか」
「簡単に言いますけどね?? 報告書も書かなきゃいけないし、時間が足りませんよ」
「時間は作るもんだ」
くっ!!!!
そう的確な言葉を言わんで下さい。
「分かりました!! やればいいんですよね!!」
「おう、その意気だ。私はお前さんが帰還した事を上層部へ伝えて来る。お前も早く帰って休め」
「了解です!!」
紅茶を飲み終え、多少雑に受け皿の上に置いて荷物を背負う。
「遅刻するなよ――」
「分かってますよ!!」
上官に失礼だとは思うが、そう叫ばざるを得なかった。
周囲に申し訳ないと思える音量を上げ、扉を閉めてやった。
全く!!!!
人を雑に扱って!!
大体、トアの方がこういうのは向いているだろうに!!
どうしていつも俺ばっかり貧乏くじを引かにゃならんのだ!!
西大通りへ到着して憤りを振り撒きながら歩いていると、何人かが俺の剣幕を見て目を丸くしていた。
おっと。いかんいかん。
冷静に……。心を落ち着かせねば……。
まぁ、レフ准尉が仰った通り資料を纏めれば講義も滞りなく完遂できるでしょ。
問題は訓練生に分かり易い内容を作らないと。
カエデに相談してみようかな??
いや、でも彼女達には既に頼み事をしている。これ以上負担をかけていいものか??
進捗具合はどうだろう。
神器、九祖に纏わる伝承は何か出て来たのかな。それと、マイ達の相手をして心労祟って疲労困憊になっていないか……。
少しばかりの期待と多大なる不安を胸に秘め、贔屓にしている宿へと向かって足を速めた。
お疲れ様でした。
さて、予定では次の話でこの御使いは終了致します。
彼の新たなる御使いは、本編でも触れた通り訓練所での指導。
彼が後輩へ上手く指導出来るのか、ヤキモキする彼の姿を堪能して頂ければ幸いです。
ブックマークをして頂き有難うございます!!
間も無く始まる番外編執筆の嬉しい励みとなりました!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




