第五十三話 家に帰るまでが旅路
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
寝不足気味の体がもう少し横になって体力の回復を図れと、五月蠅く叫ぶ。
その言葉に従って眠れたらどれだけ楽か……。
申し訳ありませんがこの任務が終わるまで満足な睡眠は得られませんので御了承下さいませ。
自分の体へそう言い聞かせても不機嫌な声は鳴りやむ事は無く、我儘な体に鞭を打つかの様に宿の前の通りで軽い柔軟体操を続けていた。
「ねぇ、あの人何しているんだろう??」
「分からないけど……。優しそうな顔して結構良い体付きしてるよねぇ」
通りから好奇の声と視線を受けると、軽い運動を中止して街の景観を観察し始めた。
朝も大分進み、通りを歩く人達の顔にも活力が満ち溢れている。
陽気な天気に誘われた笑みが目立つなぁ。
ま、その気持は分からないでもないけどね。
こんな天気のいい日は何処かへお出掛けして満足のいく買い物、若しくは食事を摂りたくなるのが人の心情なのだから。
「レイド様。おはようございます」
「あ、おはようございます」
昨日と変わらない姿のルトヴァンさんが日の下へと現れ清々しい言葉を掛けてくれる。
「本日の予定ですが、馬を引取りこのまま街を出ます。後は道なりに進みレンクィストへと向かいます」
「食料の補給は済ませましたか??」
「はい。昨日の内に滞りなく」
ほう。速い行動だな。
「多少多めに購入しておきましたので、宜しければ如何です??」
「いえ。自分達の分は後で確保しておきますのでお気遣い無く」
気持ちだけ受け取っておこう。
「そう、ですか。御遠慮されなくても構いませんよ??」
「気持ちだけ受け取ります」
だから借りを作りたく無いの。
特に、あんた方にはね。
「レイド――。食料の……。あ、おはようございます」
陽気な声と共にトアがやって来る。
そして、ルトヴァンさんの姿を見るとちょこんと頭を下げた。
「おはようございます。よく眠れましたか??」
「久し振りのベッドで休みましたので、体調も万全ですよ」
その様ですね。
俺が夜間哨戒任務を終えて、そろそろ任務開始の時間だぞと起こそうとすると。
『私は眠いのっ!!』
仕事に行きたがらない我儘夫の台詞を吐いてシーツの中に潜って行きましたからねぇ。
『お前さんは俺よりも数倍睡眠時間を摂取しているんだ。この二日間、俺の合計睡眠時間を知っているか?? たかが二、三時間だぞ?? それなのに君はもっと眠りたいと申すのかね。大体……』
巨大な白い蝸牛を起こす為に相手の攻撃範囲外から言葉と言う名の槍で硬い甲殻をチクチクと刺して、彼女の覚醒を促し続けるものの。
『うるさぁぁ――い!! 起きるから出て行けぇ!!!!』
『おぶっ!?』
顔面に枕の直撃を受けて今に至るのですよっと。
人が折角起こしてやったのに普通邪険に扱うかね?? 甚だ疑問が残ります。
「それは良かった」
「では、物資の買い出しに行って参ります。自分達が留守の間も警戒は続けて下さい。トア、行こうか」
「あ、うん」
二人で彼に向かって軽い会釈を放ち、大通りに流れている人の波へと乗った。
「ね、何話していたの??」
トアがこちらを見上げて話す。
「あぁ。食料をちょっと多く買ったから如何ですかって」
「へぇ。食費浮くじゃん」
「断ったよ」
「え――。勿体ないなぁ……」
「あのねぇ。人様から食料を、ましてやイル教の人達から恵んでもらう訳にはいかんだろう。それに、今は任務中だし」
「相変わらず、真面目だね――。おっ!! あそこのお店良さそうだよ!!」
街の店が多く建ち並び、活気溢れる場所にに差し掛かると。左右の店々から生きの良い声が飛び交い始める。
それに比例する形で、腹が空く香りが漂い腹の虫が文句の声を上げ始めた。
「いらっしゃい!! どうだい!? うちの店を見て行っておくれよ!!」
陽気な店主がトアに話し掛け、自慢の品々で俺達を迎える。
大地の栄養を受け取った根菜類、しっかりと塩気が効いていそうな干し肉、そして上質な小麦粉。
うむ、どれも良質だな。
「ほっほう――。どれも美味しそうだなぁ。ね?? そう思わない??」
トアが一番手前のジャガイモを手に取りそう話す。
「そうだな。新鮮で、しかも品質も良いし」
「気に入ってくれたかい!? 良かったらお安くするよ!? 奥さん!!」
「「奥さん??」」
俺達二人は何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げて店主を見つめた。
「違うの?? お似合いの二人だと思うなぁ、おじさんは」
「違いますよ」
「も、もぅ!! 口がいいんだから!!」
トアが顔を赤らめて店主の肩を何の遠慮も無しにバシバシと叩く。
いやいや。止めなさいよ。
トアの力で一般人を叩いちゃ駄目だって。
ほら……。肩から突き抜けて行く衝撃で目を白黒させているし……。
「分かりました!! ここで買います!!」
「毎度あり!! 何を買うんだい??」
「じゃあそこの牛蒡と干し肉!! それに小麦粉と……」
トアが手際良く日持ちが良い品々を店主へ伝えて行く。
真夏と違って食料が腐り難いのが冬の季節の利点かな。
「トア、ここでいいのか??」
「別にいいでしょ?? ほら、結構安いし」
値札を見る限りは、他の店と遜色無いけど。
もっと見て回って良い気もするが。
「安くするよ!! 美人割ってね!!」
「やだ、もう!! おだてても駄目ですからね!!」
そう言いつつも嬉しさが顔から滲み出ている。
こいつ……。褒め言葉に弱いのか??
「ん――。注文はそれくらいかな?? ねぇ、あなた。他に必要な物ある??」
「誰があなただ。レンクィストまで三日だろ?? それ位で十分だな」
「毎度あり!! 御代は……。四千ゴールドだよ!!」
やす。
リューヴと朝一番出かけた時も店主さんに安くして貰ったし。
買い物には美人を連れて行った方が良いのかも知れないな。
「ほら、お金出して」
「へいへい」
懐から現金を取り出して店主へと渡す。
「店主さん。食料を持って移動するから木箱に詰めてくれますか??」
渡すついでに言ってやった。
「勿論!! これから新婚旅行かい!?」
この人と来たら……。
俺達は恋人同士でも、家族でも無いって言ったでしょ??
「もぅ――。そうなんですよ――。これから主人と東の海にあま――い思い出を作りに行くんです」
「たっは――!! おじさん参っちゃうなぁ!! そんな甘い話聞かされたら今日の仕事が手に付かなくなっちゃうよ!!」
二人で勝手に盛り上がらない。
「何泊の予定なんだい!?」
「三日です――。主人と私の仕事の休みを合わせて取りました」
悪乗りだな。
「ありゃりゃ。共働きかい?? それじゃあ……」
木箱に注文した食料を詰めながら店主が意味深な笑みを浮かべて俺の顔を見る。
何ですか?? その視線。
「今回の旅行で、新しい命が生まれるかもね!!」
「やっだ――!! もぅ!!」
は――――……。いつになったら食料を詰め終わるのやら。
「子供は沢山いた方がいい!! それにお兄さんの子供は逞しく育ちそうだ!!」
「でも、この人奥手だからなぁ。上手くいくかしらぁ??」
「お!! それなら精力に良く効く食材があるよ!? 一口食べればあら不思議っ、お兄さんは野獣の様になってお姉さんに襲い掛かる訳だ!!」
人の理性を吹き飛ばす劇物を扱っているのか?? このお店は。
「本当ですか!?」
「いや、結構です。トア、行くぞ」
半ば強引に店主から木箱を強奪して店先から宿へ向かって歩み始めた。
これ以上長話していたら出発時間に遅れてしまいますからね。
「ちょっと!! 待ってよ!! またね、おじさん!!」
「あいよ!! 子供産まれたらまた報告しておくれよ!!」
その様な行為は夫婦間、若しくは恋人関係の男女がする訳で。生憎、彼女とはそういった関係では無いのでまず子供は産まれません。
と、言いますか。朝に相応しい言葉で叫んで欲しいのが本音だよ。
周囲の目が痛いのなんの……。
「はぁ、やっと追いついた。置いて行くな、馬鹿者」
俺に追いついたトアがポカンと肩を叩いて来る。
「ルトヴァンさん達を放置しておくわけにはいかんだろ??」
「ふぅん。そうやって逃げるんだ??」
にっと笑って話す。
「違います。俺はあくまで任務を忠実にこなそうとしている訳であって……」
「あ!! あそこで朝御飯買って行こうよ!!」
「きゅ、急に引っ張るなって!!」
急に服を引っ張るものだから体勢を崩して食料が詰まった大切な木箱を落としそうになってしまった。
「もう、しっかり持ってよ?? あ、な、た」
「喧しい」
ま、丁度良い息抜きになったかもしれないな。こうした一時の清涼は必要なのかも。
レンクィスとまで後三日。
道中の危機は薄くなったかもしれないが、油断は禁物。
「ほら、行くよ――っ!!」
明るい太陽の下、満面の笑みで俺の服を引っ張る彼女を見てそう感じていた。
◇
頬に当たる天然自然の微風と空から静かに降り注ぐ太陽の光があたしの意識を現実の世界へと引き戻す。
ふわぁぁ……。ねっみぃ。
地面に生い茂る草々で出来たベッドから上体を起こして長い瞬きを始める。
幼い頃は遊び疲れて地面の上で良く寝ていたなぁ。
本来であれば硬い地面の筈が普段使うベッドと遜色ない心地良さを体全体で感じて、土の香りを胸一杯に取り込んで……。
だが、時が経ち。
大人になると妙な硬さを感じてしまうのは一体何故でしょうかね??
頭の中に浮かんだちょっとした疑問の答えを探しつつぽ――っとしていると。
「おいちゃん、そこの家みたいにデカイお肉お代わりぃ……」
「どんな夢見てんだよ」
少し離れた所でルーのお腹を枕代わりにして眠るマイへ突っ込んでやった。
「ん――っ!! はぁっ……。今日も良い天気だ」
体をグゥンっと伸ばして青空を拝むと私の気分を高揚させてくれる。
いつもなら。
『ユウ、おはよう。もう直ぐ朝ご飯だからもうちょっと待ってね』 と。
あたしの心を温めてくれる優しい言葉と、柔らかな雰囲気を与えてくれるんだけどねぇ。
その彼が此処に居ないのが本当に残念さ。
まっ、ないもの強請りしたって何も始まらない。行動を開始しましょうかね。
「さてとぉ。顔でも洗って……。ん?? リューヴ。もう起きたのか??」
視線の先には、強面狼ちゃんが木の幹に肩を預けて街の出入り口を監視していた。
「おはよう。主が早く出て行っては見失うと思ってな」
「殊勝な心掛けで。こいつらにもそれを言ってやってくれよ」
「グガラッピィ……」
腹を豪快に出して眠る深紅の龍。
「えへへ。美味しそうな野鼠ぃ……」
粘度の高い透明な液体を地面に与え続けている狼。
「……」
生きているのか、死んでいるのか。それさえも分からずじっと動かない黒き蜘蛛。
街道からずぅっと離れた位置で寝ているから別に魔物の姿でも構わないとは思う。
しかし。
普段よく眠るあたしでさえこうして早起きしたってのにこいつらと来たら……。
「お――い。朝だぞ――」
一番近いルーの頭を軽く叩いて覚醒を促してやる。
「ん――……。もう、少し……」
灰色の毛で覆われた前足を器用に動かして、あたしの手を払う。
「起きろ。朝だぞ」
「……ンガッ」
マイに至っては起きる気配すらない。
「アオイ。朝だ、起きろ」
「……………………」
無視か!!!!
ったく、しょうがないなぁ。
レイド達が早く出発する恐れもあるし、超絶我儘な三名を起こしてやりましょうかね!!!!
「マイ!! 朝飯だぞ!! ルー!! かっこいいトンボを見付けたぞ!! アオイ!! レイドが告白したいって!!」
こいつらの好きそうな単語を並べて叫んでやった。
「誰にも渡さんっ!!!!」
「どこどこ!?!?」
「愛していますわ!! レイド様ぁ!!」
何だかんだで、似た物同士って奴か。
三者同時にデカイ声を上げて現実の世界へと帰って来た。
「はえ?? 朝ご飯は??」
「ユウちゃん。トンボは??」
「はて……。レイド様の愛の告白は何処へ??」
「はぁ……………………。顔洗って支度しろ」
力無く寝惚けて、周囲をキョロキョロと見渡している三人へ言ってやる。
レイドも大変だよなぁ、朝から晩までこいつらの相手をして。尚且つ料理の番やら組手。
いつか心労祟って倒れなきゃいいけど。
彼の苦労が身に染みた素敵な早朝であった。
「ねぇ――。出てふぃた――??」
口に物を入れたまま話すなよ……。
パン屑が口の端から地面へポロポロと零れる。
「まだだ」
リューヴが変わらぬ姿勢を保ち、監視を続けていた。
良くやるよなぁ。
あたしだったら、座りながら監視するな。
「ユウちゃん、お水とって――」
「ん――。アオイ、後で水を補給してくれ。竹筒の水筒渡すからさ」
「分かりましたわ」
いつもカエデとアオイにこうして助けて貰っているから水の有難みを再認識した方が良いのかも。
水だけじゃなくて、言葉もそうだ。
昨日街の中に入って驚いたのは……。人の文字が全く読めない事だった。
何を今更。
そう言うかもしれないが、今までカエデの魔法のお陰で文字の解読が出来ていたんだなと、改めて思い知らされたんだよね。
藍色の髪の彼女の姿を想像すると、心の中にふと心配の風がサァっと吹いて行った。
「カエデ、元気にしているかな??」
誰とも無しに小さく呟く。
「元気にしてんじゃない?? ほら、カエデって読書が大好きだし」
「いや、それでもレイドからの頼みをカエデに押し付けた形で出て来ちゃった訳だしさぁ。あたしなりにも思う所はある訳よ」
それに、一人ぼっちってのも気になる要因の一つだ。
「一人で行動しているし、もし暴漢に襲われでもしたら……、まぁ、それは大丈夫か」
可愛い彼女目掛けて襲い掛かる暴漢が居たとしても。結界で弾いたり、炎で程よく焼いたり、氷の槍で体を穿ったりと。
暴漢からキャアキャア騒ぎながら逃げ出す姿が思い浮かばないんだよね。
「そうだねぇ――。カエデちゃんだったら一瞬で返り討ちにしそうだよ」
「カエデより暴漢の方が心配になるわよ」
仰る通りで。
「早く帰ってお肉食べたいなぁ――」
「ルー、私が最高に美味い肉を見定めてあげるから安心しなさい!!」
「その点に付いては心配していないんだけど」
「ほ?? 何が心配なのよ??」
マイが首を傾げて問う。
「ほら、マイちゃんお金使い切っちゃったからさ。お金を催促されるかなぁっと思ってね」
「あぁ、その点に付いては心配しなくて良いわよ。私の分はユウが支払ってくれるから」
は??
コイツ、なにさり気なく調子こいた台詞吐いてんだ??
「ねぇ――。ユゥゥ……。いいでしょうぅ?? 私の頼み事、聞いてぇん??」
偶に飼い主に甘える愛猫の如く。
胡坐をかいて座るあたしの太腿に頬を擦りつけて気色悪い声色を放つものだから。
「ふざけんな。自分の分は自分のお金で払え」
深紅の髪をピシャリと叩いてやった。
「いっでぇっ!! もっと加減して叩けや!! 馬鹿になったらどうしてくれんのよ!!」
ガバッ!! と体を起こしてあたしの眼前で叫ぶ。
「それ以上馬鹿になる訳ないだろ」
「こ、このっ!! 分からんちんのお化け乳めっ!!!!」
「だ――っ!! 目の前で叫ぶな!! 唾が飛ぶだろうがっ!!」
あたしの肩を掴んで泣き叫ぶ大馬鹿野郎を御していると。
「むっ!! 出て来たぞ!!」
リューヴの声が本日の行動の始まりを告げた。
あたし達は数舜で彼女の脇に立ち、じっと彼方の街へと視線を送る。
「いた!! ウマ子ちゃんも一緒だね!!」
「あぁ……。お元気そうで何よりですわ」
顔色も少しは良くなったし、ある程度休めたみたいだな。
厩舎からウマ子と共に姿を現して彼女が引く荷馬車へと乗り込む。
「うん?? 何?? あの男」
マイがきゅっと眉を顰めた。
見れば白のローブを羽織った男性がレイドの手をやたら長く握っている場面。
随分と馴れ馴れしい奴だな。
あたしだってあれだけ長く手を繋いだ事無いのに。
いや、一度だけあるな。
霧の深い、迷いの平原でだ。
あの温かい手の感触、今も覚えているよ……。
「まぁ!! レイド様の御手が穢れてしまいますわ!!」
「穢れるって……。それより、これからどうする?? このまま尾行を続行させるか、それとも先に王都へ帰るか」
誰とも無しに声を上げる。
「ん――……。ここまで来たら最後まで続けようか。別に?? 心配って訳じゃないわよ?? ちゃんと仕事をしているか気になるし??」
まぁ――分かり易い嘘を付いちゃって。
もうちょっと感情を抑える練習をしたらどうだい?? マイさんよ。
「あなたは別にいりませんわ。帰りたければお好きにどうぞ」
「あぁ?? それ、私に言ってんの??」
「さぁ――??」
お止めなさいって。
いちいち小競り合いを止めるあたしの立場も考えてくれ。
「はい、そこまで。あんまり五月蠅くするとばれちまうぞ」
深紅の瞳に怒りの炎が灯る前に宥めて鎮火してやる。
「ふんっ。おら、行くぞ。私に続きなさい」
森の方へ向かって歩み出す。
「どうして貴女の後ろを歩かなければいけないのです?? その根拠は??」
「うっさいわね!! 隊長の命令には従うものよ!!!!」
「マイちゃ――ん。それ、いつ決めたの??」
「そうだ。第一、マイに隊長は務まらん」
「ほぉら。聞いての通りですわよ。あなたのようなうっすい胸元では不安だそうですわよ??」
「お――お――。黙って聞いていれば……」
まっずい!!
「マ、マイ!! 落ち着けって!!」
「うっさい!! そこに直れや!! クソ蜘蛛がぁぁああ――っ!!」
眉間にミッチリと血管が浮き出て、彼女の怒りの尺度が窺える。
大地を蹴り飛ばし、空気の壁をぶち壊してアオイへ向かって剛拳を突き出した。
「遅過ぎて欠伸が出ますわぁ」
器用に避けるもんだなぁ。
体を斜に構え、僅かな体重移動だけでそれを躱す。
あたしもあぁやって避ける練習をした方が良いのかな??
いかん!!
呑気に観察を続けている場合では無かった。
「マイ、アオイ!! レイドに見つかるって!!」
「見えやしないわよ!!」
「例え、見えたとしてもそこのぺちゃんこを置いて去ればいいだけの事……」
「はぁっ!? 誰が馬車に轢かれたひしゃげた蛙だってぇ!?」
「そんな事言っていないだろ……」
レイド。すまん。
あたしじゃこいつらを御す事は不可能だよ。
襲い掛かる頭痛に歯を食いしばり耐え、必死に二人を宥め続けた。
◇
厩舎からウマ子を引取り、荷馬車へと荷物を載せて行く。
どうやら彼女は満足のいく休息を得られたみたいで随分と機嫌がいいのか、軽快に尻尾を左右に揺れ動かしていた。
「機嫌がいいな??」
全ての荷物を載せ終え、彼女の体を優しく擦りながら言ってやる。
『休んだお陰だ』
「ここからレンクィストまで後少し。もうちょっと頑張って貰うぞ??」
『息をするより容易い事だ』
自分に課せられた使命を理解しているのか。
鼻息をフンっと荒げ、一つ大きく首を縦に揺らしてくれた。
あはは、頼もしい限りだよ。
「レイド様。こちらは準備整いましたよ」
「あ、はい!!」
ルトヴァンさんが街の出入り口付近。
そこで待機している馬車の中から顔を覗かせて此方に向かって話す。
そっちは乗るだけだから直ぐに用意出来ますよ??
けどね?? こちとら荷物を載せたり、荷馬車の車輪の歪みを確認したり色々やる事があるの!!
まぁ、声を大にしては言いませんよ??
俺は分別付く大人なので。
「よし!! お待たせしました!!」
出発の準備を整え御者席に跨り手綱を取り。いざ出発に向けてウマ子へ合図を送ろうとした刹那。
白のローブを羽織った一人のイル教信者が街の中から俺の方へ歩み寄って来た。
「あの、レイド様。で、宜しいですか??」
「あ、はい。そうですけど」
誰だろう??
この街に知り合いはいないし……。
俺の名前を知りようは無い筈だが。
「私は今回同行させて頂いたリフィレの父親です」
あぁ、だから俺の名前を知っていたのか。
「ど、どうも……」
反応に困り、取り敢えず小さな笑みを浮かべて軽い会釈を交わした。
「今回の遠征の成功は貴方様のお力添えによるものです。どうか、これからも彼等を御守り下さい」
そう話すと此方に向かって手を伸ばすので。
「自分だけの力じゃありませんよ。皆さんの力があってこその成功ですから」
その手を確と掴んであげた。
「そんな事はありません。もっと御自分の力を肯定してあげて下さい」
「は、はぁ……」
末端の兵士に向かって態々礼を言いに来たのだろうか??
と言いますか。
そろそろ出発したいから手を放して欲しいのが本音であります。
「…………レイド様。どうされました??」
いつの間にか馬車から下車したエアリアさんが声を掛けてくれる。
「あ、いえ。この方と少しお話を……」
「も、申し訳ありません!! 私とした事が出過ぎた真似を!! 失礼致します!!」
彼女の姿を見付けるとほぼ同時にパッと手を放し。そして一応エアリアさんにキチンとお辞儀を放ってから街へと足早に去って行った。
「態々激励の為に訪れて来てくれたのでしょうかね??」
忙しなく立ち去る彼の背を見続けて声を放つ。
「彼はこの界隈を管轄するトーテムです。これからの旅路の成功を祈りに来たのでしょう」
ふむ、上に立つ人なのに律儀な人だな。
「真面目な方ですね」
「えぇ……。とっても……」
うん!?
一瞬だが、エアリアさんの瞳が冷たい物に変わったように見えた。
「あの方がどうかされました??」
「え?? あぁ、お気になさらず。それでは出発しましょう」
「了解です」
俺の見間違いかな??
でも、何で冷たい目をする必要があったんだ??
あるとしたら彼の行為……。手を繋ぐ事、若しくは激励が失礼に値するのだろうか。
ん――……。
まぁ、他所の事だし。あまり首を突っ込むのも野暮ってもんだな。
「よし、ウマ子。行こうか!!」
「リク、行くよ??」
遠くに見える森へと向かって進み出した馬車の後に続くと、荷馬車の車輪が軽快に回り出す。
さて!! ここから折り返しだ。
細心の注意を払い任務を完遂させよう。
手綱を持つ手に力を籠め、漸く終わりが見えて来た旅路へ向かって出発したのだった。
お疲れ様でした。
さて、後一、二話でこの御使いの御話は終了致します。そして、次の御使いへ行く前に以前も述べた通り番外編が始まります。
今現在もプロットを作成していますが、完結まで至っておりません。
今週の土日を使って何んとか書き上げようかと考えていますが、私の指と肩甲骨が持つかどうかが問題ですね。
ブックマークをして頂き有難う御座います!!
間も無く始まる番外編執筆活動の嬉しい励みとなりました!!!!
記念すべき第一回の主人公は誰か。
それも楽しみにしてお待ち頂ければ幸いです。
それでは皆様、お休みなさいませ。