第五十二話 彼の至らぬ所で繰り広げられる思慮と行為 その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
温かい木の温もりが感じられる扉を開くと、蝋燭の明かりに照らされた広い受付が俺達を迎えてくれる。
いつもお世話になっている安宿に比べ、何処か落ち着いた雰囲気を与えてくれる空間に強張っていた肩の力を抜いた。
「部屋は一階でしょ?? ほら、多分あっちだよ」
「お、おぉ。了解」
トアが受付の左手側に見える通路へと向かって歩み出すので慌ててそれに続く。
右手側には二階へと続く階段が見えたから……。侵入が予想出来るのは廊下の窓と、正面入り口だけ。
基本は正面入り口前で警戒を続け、時折建物の左右を見渡す形で警護を続けよう。
本日の夜間哨戒任務の行程を頭の中で描きつつ、痛んでいるとも痛んでいないとも受け取れる木の床の廊下を進み一番手前の部屋へと到着。
そして、若干覚束ない手元で鍵穴に鍵を差し込むと軽い金属音が放たれ、施錠が滞りなく済まされたのを此方に知らせた。
「――――。普通の部屋、だな」
「え、えぇ。普通、ね」
正面にベッドが奥へと向かって二つ並び、左手にはどこにでもある箪笥が二つ。
木製の壁には服掛けが打ちつけられ、正面奥に外の様子がハッキリと窺える大きな窓が備えられていた。
あの並んでいるベッドをずらして使用すべきか??
だが、それ相応の大きさを誇っているので動かすと床を傷付けちゃいそうだし……。
「レイドはどっちのベッド使う??」
「奥にしようかな。あ、それと……」
ベッドの位置を離そうかと提案しようとしたが。
「とうっ!!」
適当な場所へ背嚢を捨て置き貴方は稚児ですか?? と問いたくなる角度と勢いでベッドへ飛び込んで行ってしまった。
「あ――。最高……。このまま動きたくない」
シーツに顔を埋め、無防備な背中から堕落した声が届く。
「おいおい。哨戒はそっちが先だろ」
荷物は入り口脇の壁際に纏めて置いてっと。
うん、こうすれば緊急時にも対応出来ますからね。荷物の整理整頓はキチンとすべきなのですよ。
「ふんっ。分かってるわよ……。でも、もうちょっとこのまま……」
「別に構わないけど、寝るなよ」
「ん――」
壁の服掛けに己の上着を掛けると、俺も彼女に倣ってベッドに身を預けた。
柔らかくも無く、硬くも無い。庶民御用達の硬さに体が及第点を叩き出す。
俺好みの硬さだな。
これならぐっすりと仮眠出来そうだよ。
「はぁ……。確かに、気持ち良いな」
「でしょ?? 硬い地面とは比べ物にならないわよねぇ……」
トアと二人、胸の奥から湧く感嘆の吐息を漏らして話した。
「あぁ……。起きなきゃ……」
「俺は仮眠を取る。交代の時に起こしてくれ」
「五分位でいい??」
さり気なくとんでもない事を言うものだから思わず瞼を開いてしまった。
「勘弁してくれ。昨日からずっと寝ていないんだぞ??」
「冗談だって。ちゃんと数時間は寝かせてあげるよ」
怪しいものだ。
「ねぇ」
「うん?? どうした??」
美しい天井の木目を何とも無しに見つめて答える。
「レイドって彼女、いないよね??」
「はぁ?? 藪から棒だな。残念ながら彼女は居ないよ」
この言葉を放った後、ふと寂しい感情の風が心の中にサァっと吹いて行った。
二十代前半にもなって彼女の一人や二人も出来た事が無いのはちょっと珍しい分類に収まってしまうだろう。
言い訳にも聞こえてしまうだろうが。時間が無いんだよ、時間が。
彼女が出来たとしても、時間を割いてあげる事が出来ない。
それが原因で別れてしまうのは目に見えているし……。
由々しき問題だよなぁ。
「へ、へぇ――っ!! そ、そうなんだ!!」
コイツ……。
人の事だと思って嬉しそうな声色を上げて……。
駄目なんだからな?? 人の不幸を笑うのは。
「宿の入り口を中心として哨戒しよう。時折、建物の両脇を窺う形にすれば大丈夫だと思うから」
「ねぇ、本当に居ないの?? 本当に本当??」
「しつこいぞ、俺は少し寝る。もう限界なんだ」
物凄くデカイ鎌を持った夢の世界の案内人さんが俺の首に鎌をかけて急かしているのですよ。
今も手元の懐中時計をチラチラと見て苛々しているし……。
「おやすみ。いい夢見なよ」
「はいよ……」
限界です、おやすみなさい。
鼻息一つで消えてしまいそうな声を上げて、襲い掛かる世界最強の眠気に身を委ねた。
――――。
そっか。彼女居ないんだ。
前線から王都に帰って来た時、兵舎の先輩から。
『よぉ――、トア』
『あ、お疲れ様です先輩』
『この前、退院してからさ。何かニヤニヤしてたじゃん??』
『ニヤニヤはしていませんけど……』
『ほら、同期が見舞いに来てくれたって言ってたよね。それでさぁ……。トアとその男は付き合っているの??』
『ち、違いますよ!! あいつとは只の同期、ど――きです!!』
『否定する所が怪しいなぁ。この御時世、何があるか分からないから胸の中に秘めている物は吐き出した方がいいわよ。言わなくて後悔するより、言って後悔する!! この手に限るわ!!』
『それは先輩だけですって』
『そうかな?? でさ――!! 聞いてよ!! この前知り合った男なんだけど……』
ここから暫く先輩の愚痴が続くのだが、私はその間……。
思い当たる節が多くて少しだけ五月蠅く鳴り始めた心臓を宥めていた。
隣のベッドで安らかな吐息を立てて寝ている間抜けな男。
自覚していないだろうとは思うけど、訓練生時代。意外とレイドの事を気に掛けている女性は多かったのだ。
特に後輩から多くの黄色い声が寄せられていたのが驚きだわ。
『トア先輩』
『何?? リネア』
『あ、あのぉ……。レイド先輩と仲が良いですよね??』
『そう?? あ――。掃除とか食堂でハドソン達と一緒にいるからそう見えるのかな』
『え、えっと……。その……。御二人はお付き合いしていませんよ、ね??』
『はぁ?? 何で私があのボンクラと付き合わなきゃいけないのよ』
『そ、そうなんですね!! はぁ。良かった……。お忙しい所すいませんでした!!』
世話好きで後輩からの質問や相談を親身に受けていたのが好感を呼んだようで?? それが彼女の好感度を上げる要因になったのだろう。
自分の事より、他人や仲間を優先する。
これはレイドの長所でもあり、短所でもある。
課題の提出期限が迫っているのに後輩や同期からの助けを請う要望に二つ返事で返し、睡眠時間を削って漸く自分の課題を片付けるものの。
翌日、それが教官にバレて御咎めを受けていた。
飼い主に叱られてシュンっと落ち込んでいるお馬鹿な飼い犬を見て私は。
『あんたねぇ。他人より自分を優先しなさいよ。この前の学科、良く無かったんでしょ??』
『仕方が無いだろ。手伝ってくれって言われたんだから……』
『落第してもいいの??』
『そうならないようにこうしてトア様から補習を受けているんだろ??』
『はぁ……。言っとくけど、高くつくわよ』
『今度の休みの日、昼食を奢らせて頂きます』
等と課題の補習や、実技の稽古をつけてやったもんだ。
レイドは全くの素人で入隊して来たと聞いたが……。
正にその通りで剣術はずぶの素人丸出しだったけど、持ち前の馬鹿げた体力を駆使してあれよあれよという間に技術を吸収し二年の間に私達と遜色ない実力を身に着けてしまった。
元々努力家気質だったのも功を奏した一因なのだろうと考えている。
戦闘の才は同期の連中達よりも正直上だし、何より模擬戦闘中に時折見せてくれたあの鋭くてカッコいい……。
コホンッ。
鋭い眼差し。
多分、レイドは自分で考えている以上に才能に恵まれているんだと私は彼の背中を見つめてそう判断した。
それなのに……。
学科の成績、並びに実技の成績が落第点ギリギリだったのが今も不思議に感じている。
教官に問い詰めた方がいいんじゃないの??
そう言ってみたが。
『ま、正当な評価として受け止めておくよ。落第しないだけ儲けもんさ』
いつもの何とも言えない笑みを浮かべてそう話すものだから呆れて物も言えなくなってしまった。
私の算段では上位に食い込むと予想していたんだけどなぁ。
そうしたら一緒に前線に行けたのに……。
もしかしたら、一緒の部隊に配属されていたかも知れないのに……。
「あんたはお人好しだもんねぇ――」
「…………」
ありゃま。もう寝ちゃったのか。
ベッドから起き上がり、間抜けな寝顔を見下ろしてやる。
ふふ……。無邪気な顔してるわね。
「……………………。ごめんね?? 私、あの女に負けちゃった」
疲れ果てている彼を起こさぬ様、そっと静かに彼のベッドに腰かけて話す。
「レイドが助けてくれたんだよね。素直に……。うん。悔しい」
負けず嫌いとかそういうのじゃなくて。
仲間に心配を掛けてしまった自分に対して悔しさを拭いきれていなかった。
私は気を失い、人質を取られて尚且つたった一人で強力な敵を三体同時に相手にしなければならない。
絶望的な状況下で良くリフィレさんを救出出来たものだ。
あの勝利は素直に誇っていいのよ??
「訓練生の時は私の教えを乞うていたのに、ねぇ??」
気持ち良く眠っている彼の鼻を摘まんでやる。
「……フガッ」
「あはは。ごめん、苦しかったね?? レイドは男らしくなったよ」
以前、ティカで出会った時も感じた事だ。
任務を続ける内に傷が増え、今もシーツから覗く腕にも生々しい傷跡が目に付く。
頑張っている証拠だよ、それ。
「もう勝てないのかなぁ」
黒い髪に己の手をそっと添えて話す。
「…………温かい」
彼が乱雑に被っているシーツが上下に動く度に私の胸がトクンっと小さく鳴り響く。
何だろう……。この気持ち。
強いて言い表すのならば。凍てつく長い冬を抜け、やっとの思いで迎えた温かい春のような陽気。
それが手を通して心に滲み渡ってくるとでも言えばいいのか。
何でかなぁ。
多分……。これってそういう事よね。
でも、一体いつからなんだろう。
う――ん…………。わかんないな。
「…………んんっ」
私が彼の髪の感触を楽しんでいると、レイドが漏らした一言が私の中の何かを大いに刺激してしまった。
「レイド、寝てるの??」
己の親指を器用に動かして彼の髪に絡ませる。
「寝ていますか――??」
「…………」
あ、本気で寝てる。
これだけ呼び掛けても一切起きる気配が無い。
仕方が無い、か。
昨日から寝ずに行動していたんだ。
私が迷惑を掛けなきゃこうはならなかったんだよね。
「ありがとう……。レイド」
う、うん!?
ちょ、ちょっと待って!? 何でこいつの顔が近付いて来るの!?
本当にゆっくりと……。レイドの寝顔が私の視界を占有し始めてしまう。
だ、駄目だって。寝ているのに……。
「ね、レイド。朝……だよ??」
起きて欲しいのか、そうじゃないのか。
中途半端な声量が臆病風に吹かれた私の口から漏れる。
「おき……て??」
ごめん、レイド。私、卑怯だよね。
胸の中で心臓が縦横無尽に暴れ回り、今にも口から飛び出して来そうだ。
でも、全然苦しくない。
寧ろずっと感じていたい痛みかも。
「失礼します……」
こんな時だってのに律儀な自分に思わず吹いてしまいそうだった。
彼の吐息が顔に掛かり、体温が急激に上昇して沸騰してしまいそうだ。
これを抑える為には……。た、多分ササッとすれば収まる筈よね!? そうよね!?
私は細かく震える唇と己の双肩を必死に御しながら静かに目を瞑り。私の初めてを彼へ捧げる覚悟を決めて。
彼の不可侵領域へと侵入を開始した。
「「……」」
彼の柔らかい鼻息が人中に当たると理性が雲の彼方へと飛び去って行き、猛烈に体温が上昇してしまう。
もう、このままどうともなれっ。
レイド……。私の初めて、受け取って下さい。
彼と物理的接触を遂げようとした刹那。
『っ!!』
「――――。んっ!? 何、今の音??」
宿の外から何かが壊れた様な鈍い音が響いた。
窓際へ移動して念の為、窓を開いて確認するが……。
見えて来るのは漆黒の闇夜のみ。
「何だったんだろう??」
そこかしこへ視線を送るものの、特に気になる点は見当たらなかった。
「はぁっ!! 危ない危ない!!」
冷静になって考えると、今し方自分が行おうとした行為に猛烈な羞恥心が生まれてしまう。
もう少しで……。彼の唇を美味しく頂いていた所だったわね。
惜しい事したかな??
でもまぁ……。こういう事はお互い意識があった方がいいよね??
そっちの方が私も嬉しいし、何よりコイツからシテ欲しいのが本音ですけども……。
「う゛――……。顔、あっつっ!!」
初冬だってのにうだるような真夏の猛暑に放り込まれた様な感覚が体を襲う。
こ、こんな状況で哨戒任務なんて務まるのかしら??
「それじゃ、哨戒任務に行って参ります。ゆっくり眠ってね??」
静かに寝入る彼のシーツをキチンと整え、額から零れ落ちる汗を拭いつつ部屋の扉を開いて宿の入り口へぎこちない足取りで向かって行った。
◇
おうおうおうおうっ!!!!
隊長である私に了解を得ないで良い宿屋に泊まっちゃってまぁ……。
随分と良い御身分ですなぁ?? えぇっ??
私達は此処に来るまで硬い地面に雑魚寝。そして恐らく今日も硬いベッドで睡眠を取る事であろう。
なのに、だ!!
アイツと来たら極上の柔らかさで睡眠を取るのよね??
そう考えると無性に腹が立って来るのは致し方ないとは思いませんかね!?
「仕方が無いだろ。あたし達が勝手に付いて来ているんだから」
「ちょっと。まだ何も言っていないわよ??」
多くの憤りの言葉を口に出していないのに……。
こやつ、人の頭の中を覗く能力を開花させたのか??
「そんな顔していたんだって。ふぁ――。今日はもう何も起こらないだろ。あたし達も街の外へ出よう」
ユウが手で口元を隠さずに巨大な欠伸姿を披露する。
「駄目ですわよ!! レイド様の御部屋を確認してからでないと!!」
「アオイちゃ――ん。レイドの顔見たでしょ?? 疲れ切っているから何も起こらないって――」
蜘蛛は無視をするとして、確かにルーの言う通りだ。
重い荷物を背負わされて山の頂上と麓を行ったり来たりしてヘトヘトに草臥れ果てたロバみたいな顔していたし。
きっと今頃ベッドの上から夢の世界へ旅立っているわよ。
「それではこうするか。主の部屋を確認してから街を出よう。それなら文句あるまい」
強面狼の鶴の一声で私達は大通りを横切り、足音を立てぬよう宿の側面へと移動した。
狼なのに鶴の一声っ。
ふふっ、我ながらクソ下らなくて笑えて来るわ。
えぇっと……。
窓は二階に三つ。一階に四つ、か。
私達がいつも使っている宿よりも結構大きいわね。
「ふふん。ど――こかなっと」
ルーが軽い足取りで進んで行く。
もうちょっと警戒しなさいよね。
窓の大半はカーテンが閉められているが、一階の一番手前の部屋は開かれていた。
今も蝋燭の温かいオレンジ色が窓から外へ漏れている。
『一部屋しか見られないぞ』
ユウが一階部分の宿へ視線を送りつつ静かな声で話す。
『そうですわねぇ。では、そこだけ……………………っ!!!!!!』
忍び足で接近した蜘蛛が窓からちょっとだけ顔を覗かせると。
瞬時に表情が氷付き、今自分が目にしている物は現実なのか。
誰にでもそんな風に理解出来てしまう驚愕の表情を浮かべて両手で口を塞いでいた。
『どうしたの?? アオイちゃん……………………。あっらぁ――』
ルーも蜘蛛と同じく驚愕の表情を浮かべて大きく顎をあんぐりと開けてしまった。
この世の摩訶不思議をまぁまぁ体験して来た者共が開いた口も塞がらない事象って……。
一体何があるのよ、そこに。
私もルーの肩越しから背伸びをして中を覗いた。
「…………っ」
はぁっ!?
はぁぁああ――――っ!?!?!?!?
ちょ、ちょっと!!
あの女!! ナニしてんのよ!!
女兵士が阿保面浮かべている男のベッドに腰かけ、柔らかい表情を浮かべていた。
し、しかも恋する乙女の顔を浮かべて阿保の頭を撫でているではないか!?!?
な、何がどうなってそうなったの!!
『ブ、ブチコロシマスワヨ……。レイドサマニテヲダシタラ』
『お――。レイドの奴。知らぬうちに良い雰囲気になってんじゃん』
『ユウちゃん!! 何とかしなきゃ!!』
『そうは言うけどさぁ――。あたし達が踏み込んで良い領域じゃないだろ。これはあの女とレイド、二人だけの関係だし』
ユウの言う事は一理ある。
だ、け、ど!!!!!!
はらわた煮えくりかえる程の怒りはどこにぶつければいいのよ!!
『ユウの言う通りだが……。主の意志に関係無く行われようとしているあのような行為を我々は黙認しても良い物だろうか。もし、主が求めている結果ではないのなら止めるべきだが、いや……。手を出していいものだろうか?? 我々の存在がばれてしまうし……。待てよ?? これは、そう!! 当然の行為じゃないか。主は私が止めに入るのをきっと待っている筈だ。だが……もし望まれていないのなら』
『お――い。リュ――。帰っておいで――』
相当焦っているみたいね。
いつもは冷静な強面狼が額に汗を浮かべて何やら一人で肯定したり、否定したりしている。
『でもど、ど、どうしよう!? 凄く良い雰囲気だよね!?』
『私の夫を出した罪を償って頂きますわっ!! 万死に値しますっ!!』
『阿保か!! 何でクナイを投げようとしているんだよ!!』
『ユウ!! 放しなさい!! レイド様に魔の手が迫っているのですわよ!?』
私達が躊躇していると……。いよいよその時が訪れようとしていた。
それは突然であり、しかも当然の如く始まってしまった。
『はわわわわ!! レイドとちゅ――しちゃうよ!?』
『レ、レイド様ぁ!! その様な下賤の女の唇では無くて。私の唇を奪って下さいましっ!!』
『な、なぁっ!? い、いいのかな!? これで!?』
『主!! 目を覚ませ!!』
『アイツ……。コロス!!』
固唾を飲み、突撃出来ないもどかしさで体と心がどうにかなってしまいそうだ。
二人の距離が縮まり、女兵士が覚悟を決めて目を瞑る。
ボケナス!!!!
起きろ!!!! 起きなさいよ!!
そいつとしちゃ…………。駄目ッ!!!!
自分でも気づかない内に木造の壁を力の限り握っていたようだ。
「「「っ!?」」」
私の握力が壁の耐久値を上回り。乾いた音と共に壁の一部がぐしゃりと凹んでしまった。
『やばっ!!!!』
私が小声を出すと、それを合図に全員が一陣の風となって宿の奥へと姿を消した。
「…………。何だったんだろう??」
夜目が効かない種族で助かった。
私達がこっそりと家屋の奥から覗き込んでいるのに気付かず、そのまま窓をパタリと締めて顔を引っ込める。
『あっぶねぇ。マイ、怒るのは分かるけどさ。壁を潰したら不味いだろ』
『仕方ないでしょ。気が付いたら握っていたのよ』
『今の行為は褒めて差し上げますわ』
はいはい。そりゃどう――も。
『ちょっと様子見て来る』
龍の姿に変わり、ふよふよと先程の窓の上からのそりと覗き込むが……。
女兵士の姿はどこにも見当たらなかった。
「…………どうやら危機は去ったみたいね。女は部屋を出たわよ」
ユウの肩に乗りそう言ってやった。
「そっかぁ。あ――ドキドキした。今も心臓の音が五月蠅いよ」
ルーがまぁまぁ膨らんでいる胸を抑えて話す。
「戦士の顔をしていながら……。大胆な奴だ」
「リュー、女の子は時に大胆にならなきゃいけない時もあるんだよ??」
「どういう時だ??」
「そりゃあ……。今みたいにしんみりした時だよ!!」
しんみりと言うよりも、ホカホカと言った方が当て嵌まらないかね??
あの女兵士の顔。
限界まで熱した鉄みてぇに真っ赤だったし。
「来るべき時が来たら……。という解釈でいいのか??」
「そうそう!! ぬふふ――。私もレイドとあぁいう雰囲気になるのかなぁ??」
ルーが可愛らしい頬に両手をあてがい、嬉しそうにイヤイヤと顔を振る。
「無いわね」
「無いなぁ」
「無いですわ」
「無いぞ」
「皆酷いよ!! そ、そこまで言わなくてもいいじゃん!!!! 何があるか分からないよ!!」
こいつに限ってそれは無いだろう。
何にせよ、そのおちゃらけた性格が障害になる筈だ。
「ま、今日はここまでって事で。もう遅いし、街を出よう」
ユウが踵を返し、建物の隙間を縫い街の外の方角へと歩み出すので私も人の姿へと戻って彼女に続いた。
「はいよ――。ふわぁ――……。安心したら眠くなっちゃった」
「あんれぇ?? 何に安心したのかなぁ??」
真横のユウがこちらを揶揄って来るので。
「…………よっしゃ。一丁噛まれるか??」
これ見よがしに岩をも砕く牙を見せてやった。
「じょ、冗談です。胸を噛むのはお止めください」
「うむ。では、このまま街の外まで歩け」
「仰せのままに……」
全く……。隙だらけなのよ……。
私達が付いて来なきゃ、したのよね。あの女と。
そう思うとズキっと胸が痛む。
くそう……。
無茶苦茶腹立って来た……。腹いせにその辺の壁でもぶん殴って破壊してやろうか??
心の中に渦巻く憤りを誤魔化す為。
薄く青い光を放つ月を見上げると、月はびくっと肩を揺らして目を逸らしてしまう。
ふんっ、アイツが帰って来たら死ぬほど飯を奢らせてやる。
私は心にそう固く誓うと、憤りを誤魔化す為に我が親友のお尻をピシャリと一つ叩き。
「勝手に人様の尻を叩くんじゃねぇ!!!!」
「おんぶぐっ!?」
中途半端に開いていた口に挟まれた舌の痛みに目を白黒させつつ街の外へと向かって行った。
お疲れ様でした。
この花粉の季節、雨が降った後の良く晴れた日は辛いですよね……。
今も目がシパシパと痛みますもの。
そして、いいねをして頂き有難う御座いました。
これからも引き続き頑張って執筆活動を続けますので温かい目で見守って頂ければ幸いです。