第五十一話 唐突に訪れた誤算
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
あれから暫くの間、白き輪は消える事は無く。その中心にいた人物は一人一人に対して感謝を述べ、挨拶を交わし、他愛ない会話を続けていた。
その所為か、食事処に到着したのは日が落ちて随分と暗くなってからだ。
上に立つ者も楽じゃない。
親切丁寧に応対する姿を見て、素直にそう感じてしまった。
白き輪が消え、やっとの思いで食事処に到着したが待ち受けていたのは。温かい夕食を囲み楽し気な会話が繰り広げられる空間では無く。それとは真逆の静かな空間。
何でも??
態々全席を予約して客席を確保したとか。
国政にも影響を及ぼす巨額の資金源を持つ団体の力を改めて認識して、静か過ぎて逆に落ち着かない気持ちで案内された席に着き。
己が摂る料理を決めようと熟考を繰り広げていた。
「レイド様、決まりましたか??」
「え?? あぁ……。すいません。もう暫くお待ち下さい」
「焦らずとも宜しいですよ」
右のはす向かいに座るルトヴァンさんに促され、再び品書きを見下ろす。
一仕事終えたからか、それとも蓄積された疲労からか。
ど――も集中出来ていない。
綺麗な字で書かれた品書きも何だか下手糞な文字に見えて来たぞ……。
「まだ決まらないの??」
左隣に座るトアが机の上に品書きをポンっと軽く置いて話す。
「腹は減っているんだけど。何を食べたらいいか分からなくなってさ」
「何よ、それ」
ふふっと笑いこちらを見つめた。
「そんな時って無いか?? うむむ……」
「じゃあ私と一緒のにする??」
「トアは何にしたの??」
「塩胡椒のパスタだよ」
ほぉう。
汗と体力を失った体に嬉しい塩気と麺。更にピリっとした香辛料が心を躍らす料理だな。
単純故、料理人の腕が試される。
このお店の雰囲気からして、満足出来る味を期待しても宜しいでしょう。
「じゃあ俺もそれでいいかな。ルトヴァンさん、お待たせしました」
「畏まりました。すいません、注文お願いします」
「…………。御伺い致します」
彼が声を出すと、部屋の壁際で待機していた男性店員さんが忍び寄るように注文を取りに来た。
随分と静かに歩く店員さんだな。
「…………以上で。では御二人のご注文をお伝えください」
「塩胡椒のパスタを二つ、お願いします」
トアに代わって声を出してやった。
「量はどうされます??」
「「大盛で」」
さも当然とばかり。照らし合わせた様に二人同時に声を出してしまう。
これじゃ腹ペコって言っている様なもんだな。
「ふふ。余程空腹なのですね??」
「は、はい……」
正面に座るエアリアさんが俺の顔を見つめて上品に笑った。
申し訳ありませんね、何せ貴女達の行動に合わせて飯を食う暇も無かったので……。
「では、少々お待ち下さい」
一つ小さなお辞儀をして、男性店員さんが奥の厨房へと姿を消した。
「食事の時間が遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
「あ、いえ。これも任務ですので」
エアリアさんが突然改まって話すので此方も背筋を伸ばして答える。
「レイドさん達のお陰で今回の遠征は大成功ですよ。御覧になられました?? 信者の方々の笑顔」
「えぇ。まぁ……」
貧しい大地に降り立った神に縋る様な、喜びに満ち溢れた人々の笑みが頭の中を過って行った。
「前々から気になったんですけど。信者の人達って礼拝?? とか普段の生活はどんな風に過ごしているのですか??」
彼女達と深く関わって行動するのは恐らく暫く訪れないだろうし。この際だから色々聞いておこう。
「礼拝では、聖典を朗読して考えを深める行為をしております」
「今回も当然朗読されたのですよね??」
「えぇ。第八節について信者の方々と有意義な時間を過ごしましたわ」
「第八節……。えっと、何でしたっけ」
夜間哨戒行動中に教えて貰ったんだけど……。頭の中の引き出しを必死になって探るが、探し物は中々に現れてくれなかった。
「汝、法に従え。ですよ」
右隣りのリフィレさんが助言をくれる。
「それって、確かシエルさんが作ったって言ってましたよね??」
「そうですわ。良くご存じですね??」
「先日、リフィレさんが教えてくれたので」
別に知りたいとは思わなかったですけどね。
「法とは人のあるべき姿を求めるもの。それに従い、謙虚に過ごして人の清浄なる体を保つ。真に良く出来た解釈ですわ」
「では、信者はその聖典の教えを行使して普段の生活を過ごしている。そう捉えても構いませんか??」
「そうです。教えを守り、実行し、慎ましく生活を送る事によって穢れ無き崇高な心を保つ事が出来るのです」
ど――も今一しっくりこない考えなんだよなぁ。
「信仰とは、何かに縋って……。例えば苦悩からの解放や心の平穏、病気の完治、心の病とか、そういった物を取り除きたい。だから縋るんじゃないんですか??」
考え得る答えはこれだな。
「そういった利益を求めて入信する信者も多数いるのは事実ですね」
ほぅ、俺と似て随分と利己的な奴らもいるもんだ。
「ですが……。私達の真の目的は、利益でもそういった苦悩からの解放でもありません」
「どういう事ですか??」
要領を得ぬな。
「不浄なる者達と決別し、浄化された世界を求めて聖典の教えに従い人生を歩む事です。そこに根本的な解放と喜びと平安を見出す。その為に一時的な苦痛や、犠牲が伴う事もありますけどね」
「……不浄なる者達。つまり、魔物やオーク共の事ですよね??」
「はい。彼等の魂は穢れ、人と相容れぬ悲しい存在です」
おいおい。
こいつらやっぱり……。魔物の事は穢れていると決めつけているな??
「それは主観ですよね?? 先日、そして前日会敵した大蜥蜴達はオークと違い『意志』 を持っていました。意志があるという事は感情を持っている。つまり、人と同じ感情を持つ一つの生命体と捉えるべきじゃないですか??」
「ふむ……。それは興味深い考えですね」
そらみたことか。
静かに口へ指をあてがい、俺の考えを咀嚼している。
「それを主観で穢れているとか、不浄なる者とか。決めつけるのは尚早なのでは??」
「確かに、そうかもしれません。しかし、彼等は我々人間に害を為す存在です。北の大森林、そして前日の夜襲。好き勝手に暴れ、己の欲求を満たさんとする悪しき存在。これを放置するのは由々しき問題だと思いませんか??」
そう来ましたか。
「えぇ、それは重々承知しています。ですが、魔物の中には人を理解しようとする者もいるかもしれません。それを一括りにするのは如何な物かと」
「ふふ。随分と魔物の肩を持ちますね??」
「客観的に判断したまでですよ」
おっと。
ちょっと強く言い過ぎたな。
「魔女を滅ぼし、世に平穏を齎す。それは我々イル教と、パルチザンの究極の課題です」
「仰る通りです」
彼女の考えに肯定して一つ頷く。
「こういった議論は魔女無き後の世界でも永遠に続くものだと私は考えています。果たして人は魔物を受け入れられるのか、逆もまた然り。現在我々は魔物を拒絶する立場にあります。しかし、時代は移り変わり考えは多様化し、もしかすると……。我々が受け入れる時が来るやもしれませんね」
「――――。エアリア様」
ルトヴァンさんが一言、静かに警鐘を鳴らす。
そりゃそうだろう。
最高幹部である彼女が信仰を揺るがす考えを漏らしたのだから。
「これも一つの考えですよ。只、私は蓋然性では無く。可能性の話をしただけです」
「では、分かり合えるのなら受け入れても良い。そう仰るのですね??」
「その時にならなければ分かりませんけどね」
断言はしないんだな。
「信者の方々がどういった信仰心を捧げているか理解出来ました。余程聖典の教えが大切なのですね」
「勿論です。聖典には人のあるべき姿が所狭しと編纂され、我々は信仰心を捧げて日々を過ごしているのですよ」
申し訳無いけど、俺にはそれが理解出来ない。
確かに人は何かに縋りたい時だってある。
人生生きていれば悲しく、辛い時は必ずやって来るから。
トアも言っていたように人は誰しもが強く無い。しかし、それに縋って何が得られる??
幼少期、この宗教の存在を知っていても俺は入信しなかっただろう。
信仰心が両親を生んでくれるのか?? 温かい御飯を作ってくれるのか??
過ごし易く、快適な家を提供してくれるのか?? 将又、円熟しきった貨幣経済で必要不可欠な現金を捻出してくれるのか??
答えは……。
どれも不可能だ。
これは彼女の言う利益に当て嵌まるであろうが、少なくとも俺はこれを求める。
願っても現れない利益ならいらない。
信者からは不敬だと罵られるだろうが、俺の考えは揺るがないだろうよ。
詰まる所、俺の考えとエアリアさんの考えは平行線を辿り、一生交わる事は無い。
どちらかが折れぬ限りはね。
「難しい話で肩が凝りましたね」
場の雰囲気を変えようと肩をぐるりと回し、お道化て言って見せた。
「宜しければお揉み致しますわよ??」
「い、いえ。結構です」
そういう会話は御遠慮下さい。
左隣の方がこわ――い顔をするので。
チラリと横目で見ると……。
「……」
俺の大腿部に鋭く尖らせた指を乗せようと画策している所であった。
お願い、止めてね??
信仰心じゃないけど、少しばかり祈りを捧げた。
「お待たせ致しました」
ふぅ!!
店員さんの助け舟によって俺の大腿部は悲鳴を上げずに済んだな。
「おぉ!! 美味しそう!!」
目の前に食欲を誘う香ばしい匂い心を躍らせる。
やっと食事にありつけるぞ。
「では、皆さま召し上がりましょう」
「頂きます!!」
エアリアさんが食事に手を着けるのを確認してから食事を開始した。
俺はどこぞの龍と違って一応、礼儀を弁えているんでね。
銀のフォークで器用に絡め取った麺を口へ含み、久し振りの咀嚼を始めた。
うん。確かに美味い。
丁度良い歯応えを感じさせてくれる茹で具合の麺、塩気と胡椒の香辛料が舌を喜ばせ、玉葱と大蒜の微かな風味が鼻腔を抜けて行く。
全ての素材の味を上手く引き出している料理人の腕前に思わず舌を巻くが。
どうも心に強く響かなかった。
多分それは、イル教の人達と同席しているからだろう。
心を許す者達と過ごす食事は格別なものだが、俺にとって彼等はそういった存在では無い。
心の奥底で警戒を抱いているから感じる味も数段落ちるのかな。
咀嚼を続け、半ば流れ作業の様に胃袋に収めて行くと。
気が付けば……。食事を滞り無く終えて店の外に足を運んでいた。
「ねぇ」
「うん?? どうした??」
彼等の後に続いて大通りを歩いているとトアが覗き込む様に話し掛けて来た。
「美味しく無かったの??」
「いや。美味かったぞ」
「そ。何だか心ここに在らずって感じだったからさ」
驚いたな。
まさか見透かされるとはね。
「そりゃあ、寝不足だからな」
若干大袈裟に欠伸を放つ振りをしてやる。
「夜の警護、私が受け持とうか??」
「ん――。前半は仮眠を取らせてくれる?? 深夜から明朝まで受け持つよ」
「了解。…………。無理しちゃ駄目だぞ」
「お。心配してんのか」
「こら。お道化るな」
「冗談だ。降参するって」
拳をぎゅっと握るので慌てて両手を上げた。
「宜しい!! あ、宿屋に着くよ」
彼女の声に従って視線を動かすと、大通り沿いに建てられた一件の宿屋が目に留まる。
正面の扉の上、そこに掲げられた看板にはウッドチップと記載されていた。
本日の宿はここか。久々にベッドで眠れるな。
「では、宿の者と話し合って参ります」
ルトヴァンさんが宿の中へと姿を消すと、白の一団の中から一人の女性が軽い歩みで此方へと向かって来た。
「レイドさん、トアさん。此処までの護衛、有難う御座いました」
リフィレさんが明るい笑みを浮かべて俺達へ頭を下げる。
「いえいえ。どうしたんですか?? 改まって」
「私が御同行出来るのは此処までですから。これから家へ帰って父に報告をしなければならないのですよ」
あぁ、それで。
「そうですか。宜しければ家まで送って行きますけど……」
日はどっぷりと暮れて大通りには松明の明かりが闇を払おうと頑張っていますけど。裏道に入れば月明りを頼りに進まなければならないし。それに、か弱い女性を一人で帰すのも何だか憚れる。
「い、いえ!! この街の生まれですから目を瞑っても家に帰れますので!!」
「本当に大丈夫です??」
「は、はいっ!! 気を遣って頂き有難う御座いました!! それではまたの機会にっ!!」
ほんのりと頬を朱に染めて何だか小動物を彷彿させる所作でお辞儀をすると、街の入り口方面へと速足で向って行ってしまった。
地元だからまぁ大丈夫か。
此処で追い掛けて行ってもなんだか図々しく見えちゃうし。
「ねぇ」
「どうした??」
「別れ際。私がリフィレさんと同じ台詞を言ったらちゃんと送ってくれる??」
トアの場合、ね。
「状況にもよるかな。酔っ払って足取りが覚束ないのなら送るよ。いつも通りの様子なら……。お疲れ!! って、片手を上げて俺は家路に着くかなぁ」
酔っ払った状態の彼女へちょっかいを出そうとする通行人の身が心配だ。
抜き身の刀は危険だと言われる様に、酒が入ったトアを街中へ放り込む訳にもいかん。何より一般人に手を出したら軍の信頼にもヒビが入る恐れがある。
まだまだ懸念すべき問題は多いけど、それらを加味した結果。状況次第との結果に至りました。
「お――い、おいおい。か弱い女性を放置して帰るつもりなの?? あんたは」
お嬢さん??
たった一人で大蜥蜴を失神させる実力を持つ女性がか弱いと申すのですか??
君の価値基準を今の世の中に当て嵌めますと、数多多くの女性は蟻以下の膂力になってしまいますよ。
「状況次第って言ったじゃん。大体トアは……。ちょっと待って。その指先は一体何……」
俺の臀部へ向けてツツ――っと右手を伸ばす横着者へと問う。
「あ、これ?? この前は右側を痛め付けてやったから。今度は平等に左側を痛め付けてやろうかなぁ――って」
えへへと笑って、サラっと恐ろしい台詞を吐きますよね。
「か、勘弁してくれよ。これから夜間の哨戒任務があるってのに」
「別に良いじゃん。尻は二つあるんだから」
その言い方だと、片方は確実に潰すって意味ですよ??
両手で大切な尻を死守しつつ、嗜虐心に塗れた恐ろしい顔を浮かべる女性から後退し始めると。
「レイド様、トア様。少々宜しいでしょうか??」
宿から出て来たルトヴァンさんがこちらに歩み寄って来た。
「何ですか??」
防御態勢を解き、素の状態で何やら難しい顔を浮かべている彼へ問う。
「その……。実は手違いがありまして」
「手違い??」
「レイド様とトア様の御部屋が同室になっているのです」
「「えぇっ!?」」
これには図らずとも思わず声を合わせてしまった。
異性と同室で一晩明かせと言われたら誰だって狼狽えるだろうからね。
「空き部屋は無いんですか??」
「申し訳ありませんが満室でして……」
くそう。どうしたもんか。
「んむぅ……。そ、それは仕方が無いわよね……。レイド、腹を括りましょう」
「お、おう。空き部屋が無いのだからどうしようも無いからね!! 哨戒の任で交代して部屋を使えば良い事だし……」
「そ、それは名案ね!!」
「だ、だろう!?」
そうだよ、その交代時に変な気を起こさなきゃいい話だ。
落ち着けぇ……。仲間であり友人である彼女に手を出すなんて以ての外。
万が一手を出したのならきっと上官へとその事が伝わり除隊……。いいや!! 裁判沙汰にまで発展して牢屋に放り込まれる可能性もあるのだから。
「本当に申し訳ありませんでした。こちらが部屋の鍵になります」
彼から鍵を受け取り、鍵に彫り込まれている数字を確認する。
そこには一と彫られていた。
「部屋は一階の角部屋になりますので宜しくお願いしますね」
一階の一番室か。
「ト、トア。兎に角部屋に入ろう。それで、警戒の段取りをしようか」
「そ、そうね。いや――。あっついな――。今日は蒸すわねぇ――」
暑そうにパタパタと手で顔に風を送る。
心なしか顔が赤いような……。
「そうか?? 普通だと思うけど??」
「ふんっ。ほら!! 行くわよ!!」
「お、おい。待てって」
大股で歩み始める彼女を慌てて追いかけた。
女性と同室、か。
全く……。寝耳に水。いや、熱湯ですよ。
気をしっかり保て!! 悪魔の囁き声に耳を傾けるなよ!?
『すぅ――……。ふぅぅ……。やっと、俺様の出番か??』
貴方はお呼びでもありませんし、今後暫く出番はありませんのでどうかそこで大人しくしていなさい!!
悪魔では無くて心の奥底でじぃぃっと機を窺い続けている性欲と言う名の魔王が語り掛けてくるのでそれを振り払う為に両手でピシャリと頬を強く打つ。
『ギャハハ!! 残念でした――。そんな行動は無意味です――。誰も見ていないからパクっと食べちゃえよっ』
絶対に何があっても貴様には惑わされないからな!?
『そ、そうですよ!! 僕も頑張って抑えてみますからっ!!』
粘度の高い卑猥な液体が波打つ湖から性欲がぬるりと顔を覗かせ、それを必死になって理性君が抑え付けようとするが。
『邪魔だ小僧!! 俺様の道を塞ぐんじゃねぇ!!』
『痛いですっ!!』
たった一発の平手打ちで張り倒されてしまった。
よっわ、理性君。君はちょっと弱過ぎるよ……。
『さぁ……。始めようかぁぁああ!!』
『ぜ、絶対に僕は負けないんだからっ!!』
性欲の攻撃を受けて疲労困憊の理性君の後ろ姿を見つめると、もう既に嫌な予感しかしない……。
頼りない理性を最大限に発揮させて馬鹿野郎を抑え付けてやろうとしますかね。
自分に厳しい戒めの言葉を送り、いつも使用する宿とは一味違う宿の扉を潜った。
◇
空に浮かぶお月様が私達の背中を見下ろして何だか呆れた顔を浮かべている。
それもその筈。
お店の前は見通しが良過ぎる為、私達は通りの向かいの二階建ての屋根へと登り監視行動を継続させているのだから。
きっとあの呆れ顔は他人様の家の上で何をやってんだかという意味なのだろうさっ。
それにしてもぉ……。
「スンスンッ」
うはぁ……………………。良い匂いだなぁ。
今頃ボケナス達はあの建物の中で舌が溺れてしまう様な御馳走を食べているんだ。
向かいの通りの飲食店を期待感溢れる瞳でじぃっと見下ろしていた。
「なぁ。動きあったか??」
私の後ろからユウが話し掛けて来る。
「ぜ――んぜん。あの中で美味しい食べ物を鱈腹食べているのよ、アイツは!!」
あぁ、畜生……。人の姿に変わってあの店へと突入してぇ、机の上の料理を欲望のままに洗いざらい食らい尽くしてやりてぇ……。
「そうかなぁ。あいつらと一緒に飯を食っても、美味く感じないんじゃないの??」
「そんな訳ないわよ!! 美味しい物は美味しいに決まっているじゃない!!」
こ、コイツは一体何を言ってんの!?
ユウの言葉に反応してついつい声を荒げてしまう。
「マイちゃん。声おっきいって」
「ふんっ!! あぁ……。お肉、スープ、ホカホカした物が食べたい……」
「食い意地を張っていないで監視を続けろ。主を見失うなよ」
「分かってるわよ……。あんた達は良く耐えられるわね。尊敬するわ」
この四日間で得た食料はぁ、砂糖と小麦粉。
ほぼこれだけっ!!
一昔の前の私だったらもう既に発狂して人が食べている物を強引に奪い取って食らっているわね。
そう考えるとぉ……。私も成長しているのではないか??
ほら、我慢出来る様になったしっ。
「ん――。そりゃあ色んな物食べたいと思うよ?? でもさ、偶にはこうして我慢するのも必要かなぁって」
屋根の上に登ると同時に狼の姿に変わったルーが尻尾を一つフサっと揺らして話す。
こ奴にしてはまともな事を言うじゃ無いか。
「ルーの言う通りですわ。これは尾行、遠足気分と履き違えている卑しい者にはそれが分からないのです」
あ゛ぁっ、うっぜぇ……。
こいつはどうしてこうも一言多いのだろう。
きっと生まれ育った教育が悪いんだとうさ。
陰湿で、むわぁっとした湿気に包まれたあの森で育ったのならそれは頷ける。
この熱き拳でグネグネとひん曲がった性格をガツンと矯正してやろうかしら??
「まぁまぁ。明日にはこの街を出るんだ。直ぐに温かい飯を食えるって」
「ふんっ。そうだといいけどさ。…………おぉう!? 出て来たわよ!!」
白いローブを羽織った連中の中で茶の制服は否応なしに目立つから直ぐにボケナスの顔を捉えてしまった。
きっと満足気な顔を浮かべて今し方食べた御馳走の感想を言い合って……。
おっ?? 何だ??
浮かれた表情をしていないわね。
御飯が美味しく無かったのかな。
「レイド様……。どうなさったのでしょう。お元気がありませんわ」
「そうだなぁ。店の中で何か言われた??」
ユウと蜘蛛も気付いたな。
そうなると当然……。
「主、どうしたのだ」
「元気ないねぇ」
当然、狼二頭も気付くわよね。
アイツがちょいと不機嫌な理由、か。
注文した料理の量が少ない、想像の埒外の値段を吹っ掛けられた、店員の態度が悪過ぎ等々。
この名探偵である私が咄嗟に思いついた理由は数多多くあるが……。
「きっとあれじゃない?? 御飯が美味しく無かったのよ」
その中でも尤もらしい理由を掬い取って満足気に、そして自信満々の態度を以て話してやった。
「んな事でレイドが凹むか」
「そうだよ――。それはマイちゃんだけだって」
た、確かにそうかも……。
お惚け狼のくせに的を射ている腹立つ台詞を吐くわね。
だが、狼よ。貴様はさり気なく私の事を馬鹿にしたわよね??
テメェの尻尾は後で私の鋭い歯で食い千切ってやるから覚えていろよ??
「あぁ……。私の胸の中で元気を分け与えて差し上げたいですわ」
「お。それならあたしも元気付けてやれるな」
ユウが陽気な笑みと共にさらりと恐ろしい言葉を放つものだから。
「「いやいやいやいや!!」」
私とお惚け狼が速攻でユウへ有り得ないからと。
超すばしっこい小蝿を振り払う様に右手、そして左前足を猛烈な勢いで左右へ振ってやった。
「あんたの胸の中じゃ元気を貰うどころか、あの世へ連れて行かれるわよ」
「二分以内に死んじゃうね――」
「卑猥で恐ろしい物をレイド様に当てるのは決して許されませんわ」
「主に手を出すな。馬鹿者が」
「は――いはいはいっ!! どうせあたしのはデカくて使い物になりませんよ!!!!」
「「し――っ!!」」
大変分かり易い憤りを放つ親友へと向かい、唇ちゃんに人差し指を当てて静かにしろと伝えてやった。
コイツは他人様の屋根の上だって事忘れていないか??
「ふんっ」
ちょっと言い過ぎたかしら??
むぅっと頬を膨らまし、明後日方向を向いてしまう。
まぁでもここで釘を打っておかないとね。そうでもしないと調子の乗った双子の大魔王様は青天井で育ってしまう恐れもあるのだから。
この世の物ならざる聳え立つ魔境に太い釘を刺し、私達はボケナスの後を着ける為に他人様の家の屋根からそそくさと移動を開始したのだった。
お疲れ様でした。
先の後書きで申した通り、買い物へ出掛けたのですが……。
気に入った靴はあったのですけども。欲しかったサイズが在庫切れとの事で、お取り寄せという形になってしまいました。
再び店へ足を運ぶのは全然構わないのですが。憎むべきは自分のフラットフィート。偏平足ですね。
無駄に横に広いからこうして余計な労力を割く必要があるのですよ!! 全く、困ったものです。
それでは皆様、お休みなさいませ。




