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第四十九話 まだまだ続く彼等のお仕事

お疲れ様です。


週末の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


少々長めの分になっておりますので、飲み物片手に御覧頂けたら幸いです。




 等間隔に鳴り響く車輪が大地を食む音、四つの足が奏でる心安らぐ音、そして四日前から今の今まで続く哨戒の任。



 貴方は大変疲れているの。さぁお眠りなさい、と。



 深い眠りへと誘う理由が周囲に、そして己自身の中から発生するものの。


 持ち前の体力で甘い囁き声を放つ天使の声を振り払って前を向く。


 重厚で大変重たい鉛が双肩に圧し掛かり、その重さで潰されそうになるのを必死に堪えて手綱を手に取った。



「レイド。大丈夫??」



 眠気と微睡に包まれている俺の顔を覗き込んでトアが話す。



「あ、あぁ。よ、余裕だよ」



 精一杯の笑みを浮かべたが、果たして彼女は俺の表情を笑みと捉えたのだろうか。


 将又、卑屈な顔と捉えたのか。


 何はともあれ、凡そ真面な状態では無いと理解してくれただろうさ。



「ほら、もう少し!! 頑張っていこう!!」


「へいへい。了解ですよっと」



 あっけらかんとしている彼女にそう話し、本日も頼もしいウマ子の背へと視線を送った。




「今日もいい天気だねぇ」



 ふぅっと小さな息を漏らして彼女が話す。



 今から遡る事、数時間前。


 天幕から負傷する前と変わらぬ元気な姿でトアが出て来た事に呆れてしまった。



『あのクソ女に負けた悔しさが私の傷を癒したのよ!! こうしちゃいられないわ!! 再戦を申し込んでくる!!』



 頑丈なのは知っていたけども、まさか寝起きと同時に喧嘩腰になるとは一体誰が理解出来ただろうか。



 岩さえも溶かす事を可能にした怒りの炎を瞳に灯して、真の悪魔も思わず道を譲ってしまう足取りで森へと踏み出すので。



『お、御待ちなさい!! これから移動開始するから再戦の申し込みはまたの機会にしなさい!!』



 嵐渦巻く悪天候の中、外へ遊びに行こうとする我が子を宥める親の心情を持って彼女を宥めた。



 怒り心頭な理由、それは恐らく久々に受けた敗戦から生じる悔しさなのだろう。


 任務を放棄してデイナへ再戦を挑もうとした位だ。悔しさで胸の中がぐちゃぐちゃになっている筈。


 疲れ切った状態で怒れる兵士を宥める此方の心情も考えて欲しいとは思うけど、彼女の胸の内を汲めばやむを得ないと考え。現在に至るのです。




「ねぇ」


「ん――??」


「どうやってあの糞野郎を倒したの??」



 糞野郎って……。


 貴女は御両親から綺麗な言葉は習わなかったのですか??



「普通に戦って追っ払ったよ」



 龍の力を解放して倒しました――。


 何て口が裂けても言えるか。



「ふぅん。普通、ね」



 首席卒業の私が負けて、卒業ギリギリの成績であるアンタが何故勝てたのか。


 喉の奥に引っかかる感じ、といった様子ですね。



「短剣が上手い事当たってね。それで負傷した女を庇って、あの蜥蜴共が去って行ったんだ」



 これなら文句ないでしょ。


 あの戦闘は俺以外に誰も見ていなかったんだし。



「運も実力の内って事か。それより、あの女。どうして人間なのに言葉が通じなかったのか。それと、どうして蜥蜴の野盗集団を引き連れているのか。気にならない??」



「そう言えば……。そうだな」



 人の姿をしていたが恐らく、魔物の姿の時はデイナも大蜥蜴なのだろう。


 南の大陸から子分達を引き連れてやって来たと言っていたが……。


 そんな大陸は存在するのだろうか??


 戦闘中、頭の中に響いた声と共にエルザードや師匠に聞いた方がいいな。




「大天才である私の推理、聞きたい??」



 ニヤニヤと笑い、横目で此方をちらりと見てくる。



「是非」



 ここで歯向かうのは無粋ってもんだ。それに時間もあるし、大人しく彼女の意見を伺いましょうかね。



「きっと……。あの女も大蜥蜴なのよ!! ちんぷんかんぷんな魔法とか?? で華麗に人の姿に変身してさ!! 妖艶な姿で男を誑かす化身となり森の中を跋扈している。どう!? 私の推理!?」



「いや、どう!? って言われても答えが分からないから何とも言えないって」



 それ、大正解。


 多分ね。



「むぅ……。そうじゃないと説明が付かないのよねぇ。女と蜥蜴達は普通に会話していたし」



 鋭いなぁ。


 あの戦闘と緊張の最中。しっかりと周囲の様子は見えていた様だ。



「くそう……。あの女の顔を思い出したら腹が立って来た……」



 だったら思い出さなきゃいいじゃないか。



「憂さ晴らしに殴って良い??」


「駄目に決まってんだろ」



 さらっととんでもない事を仰りますね、貴女は。



「世の中は広いわねぇ。大蜥蜴は出るわ、オークは出るわ、魔女は出るわ……。あ、そうだ。蜥蜴達の事、報告書に書かなきゃ。ねぇ、手伝ってよ」



「俺も書かなきゃいけないの。人の事まで面倒見切れん」



 魔物と会敵した以上、それを事細かく報告する義務が発生してしまう。


 また紙の山と激しい戦闘を繰り広げなければならないのか。


 はぁ――……。今から胃が痛む思いだよ。



「え――。あ、そうだ!! それなら一緒に書くのは??」


「一人でしなさい」



 子供じゃないんですから。



「けち――。ウマ子も一緒に書いた方がいいと思うよね――??」



『いや。私に言われても困るのだが??』



 リクがウマ子と並走し、本日も元気良く荷馬車を引く彼女が馬上のトアを冷たい瞳でジロリと見つめた。



「やっぱりそう思うよね!? ほら、ウマ子も一緒にやった方が良いって言っているよ!!」


「いや。今の目は絶対違うぞ」



「強情な奴め。分かった。昼飯、奢ろう」

「乗った」



 し、しまったぁ!!


 つい、条件反射で即答してしまった。



「やりぃ!! じゃあ王都に帰ったら図書館で仕上げようか!!」



 指をパチリと鳴らして喜びを表す。



「はぁ……。今回だけな」


「勿論!! どこか美味しい御飯のお店知っている??」



 美味い店、か。


 久々の凱旋だからがっつり飯を食いたい気分になるよな……。


 それに摩耗した筋力を回復させる為には肉料理が最適だ。となると……。



「あぁ。いい店知っているぞ。だけど、量が半端なく多いけど大丈夫??」


「安心しなさい。こう見えて、結構食べる方なんだから」



 胸をえへんと張る姿がどこか可笑しく見えてしまう。


 良く食べる方、ね。



 確かにトアは普通の女性に比べると食べる量は多い。


 しかし、それでもアイツに比べれば砂粒と巨岩。いや、小石と星の差があるだろうよ。



『お代わりっ!!』



 狂暴龍の太陽の様な明るい笑みがふと頭の中に浮かぶ。


 今も王都内を我が物顔で跋扈して、美味い飯を探し求めているのだろうか??


 カエデに迷惑掛けて叱られてはいないだろうか……。



 何だか猛烈に心配になって来たぞ。


 さっさと護衛任務を終えて宿へ帰ろう。分隊長殿が心労祟って倒れては小隊の士気に関わりますからね。



「そのお店の名前は??」


「男飯」


「ぷっ。何よ、それ」


「いやいや。本当にその名前なんだって。強面の店長でさ、お客さんの殆どが男性で……」



 以前注文した唐揚げ定食がふと頭に浮かぶ。


 あれは……。本当に美味かった。


 しかも味だけじゃなくて、店の雰囲気が正に格別なのですよ。


 雄の為に開けられ、雄の胃袋満たし、雄の心を潤す店を体現したと言っても過言ではない!!




「男だらけの店にか弱い私を連れて行くの??」



 か弱い、付ける必要はありましたか??



「俺が食べたいんだよ」


「むっ……。まぁ無理を頼んだのは私だし。うん、そこで構わないわよ」



 どこかいい店を知っているか、そう聞いたのはお前さんだろうよ。



「頼んでから後悔するなよ」


「しないって。おぉ!! 森を抜けるわよ!!」



 トアの言葉を受け、眠たさで重たい瞼を必死に大きく開けると……。


 深い森の先に太陽の光が降り注ぐ平原が僅かながらに確認出来た。



 やっと抜けるのか。


 昨日の一件で随分と長く森の中に居た気がするが、大陸南北の大森林に比べれば随分と短いんだよな。


 今も肩に圧し掛かり俺の体を潰そうとする疲労から体感時間が長く感じているのだろう。



「此処を抜けたら、もう目と鼻の先よね??」


「あぁ、そうだな。地図だと……。森の出口から三十分位で到着だ」



 手元の地図に視線を落とし確認するがトアの話していた通り、地図上ではメンフィスと森はほぼ接する形で載っていた。



「レイド様!! 少し宜しいでしょうか!!」


「はい!! 只今!!」



 前方を行く馬車の窓が開かれ、アズファさんの顔が生えて来る。


 ウマ子の歩みを速めて豪華な馬車と並走した。



「どうしました??」


「本日の予定を伝えておこうと思いまして」



 あ、成程。



「メンフィスに到着後、厩舎へ馬を預けに行きます。その後、大通りを進み街の奥に建設されたイル教の教会へと向かいます。私とリフィレ、それとエアリア様が教会内へ入りますのでレイド様達は周辺の警護を宜しくお願いします」



 ふむ……。


 予定を聞きながら頭の中の手帳に書き記して行く。



「教会を管理するトーテムと会談後、夕食を済ませて本日の宿。ウッドチップで宿泊し、翌日出発します」



「食事を摂るお店の名前は分かりますか??」



 彼の手元には一枚の紙があり、それに視線を落として店の名前を確認して話す。



「えっと……。シダーですね」



 本日の予定の備考に店の名前と、宿の名前を書き記すと。頭の中の手帳をそっと閉じた。



「教会の警護は正面の扉を中心に、適宜対応して頂けると助かります」


「分かりました。トアと相談してみます」


「宜しくお願いしますね」



 正面の扉を中心に、か。


 俺とトアのどちらかが正面に配置して、もう片方で後方を固めるか??



「お帰り――。何の話だった??」


「本日の予定と、警護の話」



 ウマ子の歩みを遅らせ、リクとトアと並走する。



「今日の?? 聞かせて??」


「おう。向こうに到着してから……」



 今しがた説明を受けた内容を端的に説明してあげた。



「ふむ。じゃあ教会の正面は私が担当するわ。イル教の衛者は建物の両脇、んでレイドは建物の背後に付いて警護に当たりましょう」


「ま、それが無難だな」



 トアが正面でどっしりと構えていたら大の男でも慄くだろう。


 それに、白昼堂々と襲撃しようと考える奴もいないだろうし……。



「よぉし。気合入れて行くわよ!!」


 両手にぐっと力を籠め、握り拳を握る。


「元気だねぇ」



 自然と湧き上がって来る欠伸を必死に抑えながら言ってやった。


 こちとら寝不足なんだ。


 もう一段声量を抑えて欲しい。それと可能であれば君の元気を少しでもいいから譲渡して欲しいものさ。



「ぐっすり寝て、しかも塗り薬のお陰で回復したからね。あ、でもまだ筋が痛む?? かな」



 リフィレさんが塗った薬、効いたんだな。



「頑丈な体で結構」


「それも取り得なの。さっ!! 任務完遂まで後少し。油断するんじゃないわよ!!」


「へ――い」



 間延びした声で眩い声へ返答してやる。


 後少し、ねぇ。その少しが途方も無く長く感じてしまうよ。


 今日は早く寝て……。


 いかん。


 夜間の警護もしなくちゃ。疲労困憊だってのにおちおち休んでいられない……。



 目頭をきゅっと抑え、本日の始まりに備え意識を鮮明に保とうとするが。



『うふふ。私はさぁ、払って御覧なさい??』



 体に纏わり付く眠気と言う名の強力な敵に対して有効な手段は発見に至らず。


 襲い掛かる眠気を吹き飛ばすのは困難だと思い知らされ、任務中の兵にしては似つかわしくない大きな欠伸を上げて陽の下を進んで行った。















 ◇





 前方を行く一団が平原へと抜け、相手に気付かれまいと時間を置いて森を抜けると。久方振りにスカっと晴れ渡った青空を仰ぎ見た。


 深緑の香りもいいけど。


 こうして青い空と太陽の香りもまた乙な物よねぇ。


 何処までも広がる青い空、燦々と輝く太陽の下に現れた超カッコいい深紅の髪。


 これって絵にすれば売れるんじゃないの??


 まぁ……。絵描きの腕次第って所か。



「う――ん!! はぁ……。森、抜けたねぇ」



 ルーがグンっと体を伸ばして太陽の光を体に受け止めて清々しい表情で話す。


 これから街道を進むので皆、当然ながら人の姿だ。



「アオイ。カエデみたいに人間の言葉を理解出来る魔法は詠唱出来るか??」



 先頭を行くリューヴが隣の蜘蛛へと問う。



「生憎……。詠唱出来ませんわ。あの魔法は大変高度な術式と、魔力が求められます。いずれは詠唱出来るかと思いますが、今の私では不可能ですわ」



 はっ、だっせぇ。噴飯ものね――。


 まぁ……。私が言えた義理じゃないけど。


 仲間内でカエデの次に魔法を得意とする蜘蛛でも無理なのか。


 どれだけ難しいのよ。あの一方通行って魔法は。



「それだとあたし達、人間の言葉は理解出来ないから……。街の外からの監視になりそうだな」


「ユウ。外から見えない所に行っちゃったらどうするのよ」



 隣で飄々と大荷物を背負う親友へ言ってやった。


 ってか、今日の振れ幅もすんごい事になっているじゃん。


 あんたの双子の大魔王様は御す事は出来ないのか?? 顔の真横でバルンバルン動かれると気が散ってしょうがないから困ったものさ。



「そりゃあ……。まぁ……。何んとなく??」


「ユウちゃ――ん。問題解決してないじゃん」


「喧しい。じゃあどうすんだよ」


「人目に付かない細い路地、闇夜を待ってからの行動。人の姿をしていれば怪しまれる事もないだろう。只、会話を避ければいいのだ」



 リューヴが此方へ振り返ると同時に言った。



「それもそっか。だけどさぁ……。街に入ると、御飯食べたくなっちゃうじゃない??」



 そう。これが最重要課題だ。




 街の中には当然、美味しい御飯屋がある。


 御飯屋はお客さんに食べて貰う為、営利活動を続ける。


 即ち、私は御飯を食べなきゃいけない訳。



 完璧な三段理論の前に、私は只頷くしかなかった。



「それが大問題なんだよねぇ――」


「こいつから飯を遠ざける事は不可能に近いし」


「主に見つかる以前の問題になりそうだな」


「いっその事、卑しい豚さんを置いて。私達だけで進みませんか??」



「うっさい!!!! それ位我慢出来るわ!!!!」



 周囲から湧き上がる疑念を一掃する為、上空の太陽さんも思わず肩をビクッ!! と動かしてしまう声を張り上げてやった。


 こいつらと来たら……。私を何だと思っているんだ。


 子供じゃあるまいし。



「嘘だ――」

「嘘だな」

「嘘を付くな」

「戯言を……」



 あ、駄目だこりゃ。こいつらには一度がつんと一発見舞ってやらねば。



 でも、我慢出来るかなぁ??


 王都を離れてからというものの、只管パンを齧り続けている。


 美味しいお肉、温かいスープ、ホクホクの炒め物。


 それが眼前に置かれたらきっと一瞬の内に胃袋へと消え失せてしまうのではないか??


 そんな杞憂がふと過った。



「むっ。街だ」


「どれどれ?? おぉ!! 中々おっきいね!!」



 街道の脇、そこに生える木の影から正面に見えて来た街を私達は見つめた。



 此処までずぅっと続いて来た街道が街の入り口へと繋がり、それがそのまま街の大通りへとなる。



 大通りの両脇には店が立ち並び此処からでも人の賑わいの熱を感じ取れた。


 幸い、街の出入りは自由な様だ。


 今も商人やら旅人やら、人の流れが吸い込まれては吐き出されている。



「さて。どうする??」



 ユウが誰とも無しに声を上げる。



「私とマイが斥候になろう。街の様子をある程度偵察し、皆と合流を果たす。万が一、人間に怪しまれたら速さを駆使して相手を撒く。これが無難では無いか??」


「私は構わないわよ?? それで」



 リューヴの提案に矛盾点は無く、反対する理由も無いし。



「え――。リューだけずるい。私も行きたい」


「話を聞いていたか?? 後で合流すると言っただろう」


「むぅ――……」



 頬っぺたを膨らませ、何とも言えない表情を浮かべた。



「私もその案には賛成ですが……。リューヴ、まな板を御す自身はおありで?? 卑しく食い散らかして人の目を集めるのは自明の理ですわよ??」


「あ??」



 し、しまった!!


 思わずこいつの一言に食いついてしまった。


 無視しなきゃいけないんだけど、心に湧く憤りが自然と声を出させてしまう。



「ほぅら、御覧になりなさい。誰構わず噛みつく駄犬ですわよ??」


「お?? いっぺん死んどくか??」


「まぁまぁ。斥候は二人に任せよう。土地勘も無い五人の女が街を練り歩けば嫌でも目立つだろうし。ある程度地理を把握すれば、人目を避ける事も可能だからさ」



 ふんっ。


 ここはユウのきゃわいい顔に免じて見逃してやろう。



「決まりだな。マイ、行くぞ」


「おう。じゃあちょっと待っててね」



 木陰から躍り出て言ってやる。



「う――い」


「早く帰って来てね――」


「はいよ――。リューヴ、行きましょうか」


「了承だ」



 さて、こちらの作戦も決まった事だし。細心の注意を払って進みましょうかね。


 相手はこちらを良く知る奴だし、気を抜くのは憚れる。


 問題は、先程も話題に出た通り私が食欲を抑えきれるか……。


 自信は勿論あるっ。


 只、己の愚行を危惧しているのは事実。


 ま、まぁっ我慢出来るでしょ。


 自制心を最大限に高め、歯を食いしばって、耐えてやるわ。



 うん。大丈夫、大丈夫!! 私は我慢強いし!!


 自分でもどこからその根拠の無い自信が湧いて来るのが不思議だが、それも私の長所の一つだと自負して魅惑溢れる街へと進む。



 さて!! 楽しい楽しい斥候開始と行きましょう!!


 ポンっと一つ弾み、前を歩くリューヴの背中を追った。























 ◇




 当初予定していた日程は一日延長して、本日で四日目。


 お高く留まった街から長々と移動を続けて遂に目的地へと到着した。


 大陸の端から端まで移動した訳でも無いのに何でこんなにも達成感が湧いて来るのだろう??


 まぁそれは一人で踏破したのでは無くて、沢山のお荷物を抱えて。更に襲撃を跳ね除けての達成だから喜びも一入ひとしおだと体が感じているのだろうさ。



 そして、メンフィスに到着すると同時に予定通り街の入り口に併設してある厩舎へと足を運んだ。


 厩舎の使用料はイル教が負担としてくれるみたいで?? 俺が軍の経費で落ちますと言っても。



『はは。これ位お安い物ですよ』



 そう話してルトヴァンさんが払ってしまった。


 俺としては、例え安くても借りを作るのは嫌なんだけどなぁ。


 見返りに何を求められるか分かったもんじゃない。




「結構賑わっているね」


「ん?? あぁ、人口も多いんじゃないか??」



 人の多さ、そして活気溢れる通りの雰囲気は我儘御令嬢レシェットさんが住むレイテに似ている。



「いらっしゃい!! 野菜は如何ですか――!! お安くしておきますよ――!!」


「今日はお肉が安いっ!! 沢山食べて元気になろうっ!!」


「初冬の長い夜に備えての蝋燭は如何ですか!! 今日だけお安くしますよ!!」



 耳に残る声で客を呼び込む店主達の声、どこかへ向かい息を切らして走り去る青年。


 元気な街に相応しい声と光景が四日間の内に募った心の傷を癒してくれていた。



 おやおや。


 この街でも主婦の井戸端会議は健在のようだ。



「「「…………」」」



 今も俺達の前を歩く白い集団を見つめひそひそと小声で話し、欺瞞を含めた瞳で大通りの反対側から此方側の歩道を見つめていた。


 そりゃ嫌でも目立つだろう。


 白いローブを羽織った連中が只管真っ直ぐ進んでいればね。



 一部の住民は態々一旦足を止めて彼等に向かってお辞儀を送り。


 一部は奇妙な物を見る目でじっと見つめてくる。



 見世物じゃないんだからそんなに見ないで下さい。


 そう言いたいのは山々だけど、これも任務なんだよなぁ。



「ねぇ。視線が痛いんだけど」



 トアも俺と同じ気持ちのようだ。


 居たたまれない様子でそう話す。



「我慢しろって、これも任務だ。最後尾だし、多少は気が紛れるだろ」


「そりゃそうだけど……」




 人間は自分と異なる存在を余り好ましく無いと考える傾向がみられる。



 今回の場合はイル教なのだが。彼等はあの服を脱げば普通の人間としてこの街に溶け込み、さして注目を引くことなく街を歩く事が可能だ。


 これが魔物の場合はどうなのだろう……。


 人の姿で歩けば注目を引く筈も無いのだが、魔物と人間には特に大きな壁がある。


 そう、言葉が通じない。


 それを確知した人間は異物を排除する為に魔物を街から追い出す。


 しかし、イル教の信者達は同じ人間だからという理由で。入信している事が例え露見したとしても街を堂々と歩ける。




 人の言葉が通じない生物、人の目を惹いてしまう宗教に入信している生物。




 両者共に一枚の偽装と言う名の服を着用する事で、若しくは着脱する事で他人から確知されずに済むが……。


 同じ星に生きる生命体なのにそこまでの差別を加える必要があるのだろうか。


 悲しい関係がこれからも続くと思うと何だか……。疲れちゃうよな。


 魔物は人畜無害であり。



『おらぁっ!! テメェの飯を寄越せやっ!!!!』



 ま、まぁ中には言葉よりも先に手を出す魔物はいますけども。大多数の魔物さんは思慮深い人が大半ですからね。



 いつかはさ。


 この賑わう街の中に仲良く肩を並べて歩く喋る犬や、建物と変わらぬ背のミノタウロスが歩き、大蜥蜴達がコロコロと喉を鳴らしながら御飯を食べている光景が溶け込めばいいと思う。



 今は……。そう、今だけは。


 それは大変浮いた光景になるのだが。長い時間を掛けて御馴染の光景になればいいと思う。


 その為には注力を惜しまないつもりだ。



 だが、遠くて近そうな未来な話よりも。先ずは目先の任務達成に残り僅かな体力を注ぎましょうかね。




「それと、周囲の警戒は怠るなよ?? 間違いなく目立っているからさ」


「了解」



 警戒しろとは言ったけど此方に明確な敵意を向けて来る相手はいない。


 寧ろ、無数の好奇の目が体中に突き刺さっているんだよな。


 早くその教会とやらに到着してくれ。


 そんな祈りにも近い気持ちを胸に抱きつつ、大変重い足取りで街の奥へと進んで行く。



「ねぇ、あそこじゃない??」



 トアの声を受けて前方へ視線を送るとそこには周囲の木造建築物とは一線を画した純白の建物が俺の目を惹き付けた。



 まだ新築であって一切の汚れも目立たない白き外壁。


 大勢の人を収容出来る様に一階部分は広く造られており特に目立つ構造では無いが、正面の扉だけは目を見張る物があった。


 人々を迎える鉄の扉には、細かな花や美しい木々が手彫で刻まれており。特に信仰心が無い俺でも感嘆の吐息を零さずにはいられない仕上がりだ。



「ほぉ。こりゃ見事なもんだな」



「お褒めの言葉を頂き有難う御座います。この扉は職人が丹精を、そして魂を籠めて制作されました。正直、建物よりこちらの扉の方が高くつきましたけどね」



 エアリアさんが扉の前でまじまじと鑑賞する俺に向かって話す。


 建物より高い扉、か。


 一体幾ら掛かったんだろう??


 俺の給料で払える額かしら。



「どうして扉にそこまでの予算を??」



 取り敢えず、気になった事を窺ってみる。



「扉は建物の顔みたいなものです。端整な顔立ちの女性には男が群がると同様に、建物に注目を集める為工夫を凝らしたのですよ」



 ほぉん。


 この扉が入信するきっかけになればそれで良し、って事か。


 考えてあるねぇ。



「それでは挨拶に伺って参ります。暫くの間、警護を宜しくお願いしますね??」


「畏まりました」



 此方に軽い笑みを浮かべて扉に手を書けると、重厚な音を周囲に響かせる。


 そしてそのままエアリアさんとルトヴァンさん。そしてリフィレさんが教会の中へと進んで行った。



「では、皆さんは建物の側面を警護して下さい。前方と後方は俺と彼女が受け持ちますから」



 昨晩から今に至るまで、俺と同じく睡眠不足が目立つイル教の衛者達へと話す。



「え、えぇ。分かりました……」



 だ、大丈夫かな。


 目の下に物凄く凶悪な青いクマさんが居ますけど……。



「大丈夫ですか??」



 昨晩、緊張を解そうとして一言二言声を掛けた女性衛者さんへ声を掛ける。



「は、はいっ。眠らない様に何んとか頑張ってみせます」



 眠らないのは当然であって、頑張るだけじゃ困るんだけどねぇ……。


 普通の人にそこまで求めるのは酷ってものかしら。



「余り無理をしないで下さいね?? 本当にキツかったら俺かトアに一言声を掛けて下さい。持ち場を広げて警護しますので」


「わ、分かりました」



 本当に大丈夫かしらね??


 左の腰に剣を携え、ちょっと頼りない足元の彼女の顔をじぃぃっと観察していると。



「……っ」



 あらまっ、頬がポっと赤くなっちゃった。


 寝不足が祟って熱が出たのかな……。




「ほら、さっさと後方へ回れ。変態犬っ」


「いっでぇぇええ――っ!!」



 端整だと頷ける彼女の顔を観察していると、右の臀部に突如として稲妻が迸った!!!!



「な、何すんだよ!!」



 俺のお尻をギュムっと抓り続ける彼女の手を振り払って叫ぶ。



「眠そうだったからね。気付け薬みたいなもんよ」



 だったら同じ痛みを彼女達へ与えたらどうだ??


 そうすれば皆目元パッチリで警護の任に就けるだろうからね!!



「有難う!! お陰で目が覚めました!! 建物の後方の哨戒任務へ向かうので後は宜しくお願いしますね!!」



 誰にでも分かり易い憤りを叫んでやる。



「あの男。女の子を見付けると見境なく襲う犬だから気を付けるのよ??」

「は、はぁ……」



「俺は犬じゃない!!」


「はいはい。分かったからさっさと行け。シッシッ!!!!」



 しつこく絡む犬を追い払う手の仕草で早く奥へ行けと促す。


 またコイツは人の事を揶揄って。



 だが、扉の前に立つといつもの明るい顔と雰囲気は何処へ。



「……」



 周囲の人間を寄せ付けない雰囲気を醸し出して正面の扉の前に立ち塞がった。


 正面、側面。


 一切隙を見せぬ姿に安心感を覚えて、家と家の間の路地を通って建物の後方へと歩む。



 あの恐ろしいまでの静かな圧、流石トアの一言に尽きる。


 一般人は彼女に向かって手を出そうと思わないだろう。


 眼力、体から迸る武を滲ませた圧倒的な空気。首席卒業は伊達じゃないってね。



 初見で大蜥蜴も撃破し、デイナさんとの戦いは敗れはしたが……。それでも彼女の心は折れなかった。



 戦闘に対する心意気、真っ直ぐに伸びた飽くなき向上心、そして強き心。


 初心に帰る訳じゃないけども、彼女の心は見習わなければならない。


 只、友人の尻を勝手に攻撃するのは反面教師とさせて頂きます!!



 教会の背後へと回り、二本の脚でしっかりと地面を捉え。まだまだ痛みが引かない尻を擦りながら哨戒の任を開始した。




お疲れ様でした。


この週末を利用して靴を買いに行こうと考えているのですが……。光る箱へ文字を叩き過ぎた所為か。


指の関節が有り得ない程痛むので、先ずは湿布でも張って。それを治してから買いに行こうかなと考えております。


湿布と、いつも通りの炭酸風呂で湯治も良いかも知れませんね。


それでは皆様、良い週末を過ごして下さいね。

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