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第四十五話 甘い蜜に味を占めた横着者共

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 暗き闇の中から土の香りを乗せた微風が頬を撫でて行く。それに呼応する形で夜虫が喉を鳴らして美しい音色を奏で始めると、心地良い音と香りが心を楽しませてくれていた。



 こんな状況じゃなければ焚火の炎でも眺めながら心安らぐまで静寂に耳を傾けて体を弛緩させるのですが、生憎現在は任務行動中だ。


 俺達の気を逸らそうとする環境の誘惑を振り払い、気持ちを引き締めて大地に両足を突き立てた。



「ふぅ」



 哨戒の任に就いて深い森の奥に存在する闇を見つめ続けているが何の変化も現れず只、悪戯に時間が過ぎて行く。



「トア。そっちはどうだ??」



 反対側へと振り返り、多少声を張って問う。


 そうでもしないと眠気が襲い掛かって来ますからね。



「異常無し。全くね」



 異常無し、か。このまま無事に夜を過ごさせて欲しいものだよ。


 体を元の位置へと戻し、俺と同じ方向を見つめて哨戒に当たるイル教の女性衛者を見つめる。



「…………」



 厚手の手袋をはめて慣れない手付きで剣を持ち、固唾を飲んで前方の闇を見つめていた。



 大丈夫かね。


 そんなに肩を強張らせていたら夜通し持たないぞ??



 仕方ない……。ちょっと声を掛けて緊張を解き解してみるか。


 そう考え、彼女の下へとゆるりと歩み出した。



「――――。此方も異常ありませんか??」


「え?? あぁ、はい。問題ありません」



 俺の声を受けるとふっと肩の力を抜き、ぎこちなくも弱々しい笑みを浮かべてくれる。



「力の入れ過ぎは駄目ですよ?? 見ているこっちも疲れちゃいますから」



 軽く笑みを浮かべて言ってやった。



「え、えぇ。そうします」



 ん――。まだ緊張しているな。


 会話を続けて強張ってしまった気持ちを紛らわしてあげよう。



「今回の遠征にはどうして志願を??」



「私はパラディムの身分ですが少しでもいいから彼女達、三皇女インペリアルスリーのお役に立ちたいと考えて志願しました」



「三皇女??」



 聞いた事の無い単語に首を傾げた。



「皇聖シエル様、そしてエアリア様とアレイル様。イル教の最高幹部を私達はそう呼んでいます」



 あぁ、お偉いさん方の呼称ね。



「その、アレイルさんは今回の遠征には同行しなかったのですか??」



「彼女は現在北部の布教に当たっていますので御多忙だと思われます。それと……。アレイル様は大変謎の多い方でして。我々信者の前にお姿を現した事は無く、三皇女を影で支えている御方だと信じられています。エアリア様はシエル様の右腕、そしてアレイル様は影の左腕と呼ばれているのですよ」



 謎の多いねぇ。


 矢面に出るのが嫌いなのかな?? それとも余程の恥ずかしがり屋か。



「今回の遠征はメンフィスの教会が新築され、祝いを兼ねた遠征です。エアリア様も忙しい時間を縫っての行動ですのでレイド様……。レイドさん達にはご迷惑を掛けております」



 何んと生真面目。俺なんか只の一般兵ですよ??


 そこまで畏まらなくてもいいのに。



「しがない兵にそこまで気を遣う必要はありませんよ。もっと堂々と顎で使うみたいにして下さい」


「うふふ。そうしましょうかね??」



 おっ。大分緊張は解けたみたいだな。


 ぎこちない笑みが柔和な物に変わる。



「そうそう。そうやって肩の力を抜いていればいいんですよ。それじゃ、自分の持ち場に戻ります」


「あ、はい。お疲れ様です」



 どういたしまして。


 そんな意味を込めた一瞥を交わして乾いた土を踏み、元の位置へと戻った。



「お勤め御苦労さん。どう?? 向こうの緊張は解れた??」



 元の位置で哨戒を開始するとほぼ同時、トアが背中越しに話し掛けて来る。



「ん――。一応、解れたのかな」



 振り返り衛者を見るが、先程とは打って変わり剣を持つ手の力も抜けているようだ。


 あの姿勢なら長時間の哨戒も可能であろう。



「頼りになりますな――。レイドさんは――」


「喧しい。集中しろよ?? 俺達だけが頼りなんだからさ」


「はいはい。分かっていますよ――っと」



 一呼吸置くと、街道の中央付近でトアと背中を向かい合わせて森の闇を見続けていた。



「…………。なぁ」


「ん?? 何??」


「前線で何か変わった動きは無かったか??」



 悪戯に時間を消化するのも考えもの。


 そう考え、前々から気になっていた事を聞いてみた。



「大人しくなっているとは前回言ったわよね??」


「あぁ」


「それがずっと継続している感じよ。夜襲も無いし。気味が悪い位静かって感じかな」



 ほぅ、そうなのか。



「あ、でも。私は前線配備じゃなくて前回と同じ、第三次防衛線ティカの拠点配備だから。詳しくは知らないけど……。流れて来る情報によるとそんな感じ」



 前回、あの化け物と対峙した場所で北部の大森林の警戒の任務に就いているのか。


 アイツは撃退したから大丈夫だとは思うけど、軍部はそう思っていないんだよね……。


 その所為か、スノウへ続く街道に大蜥蜴が出没した時。兵を寄越す余裕は無いとして俺が派遣された訳だ。



「不気味な感じだよな。向こうは何か企んでいるのか??」


「知らないって。本部から私達に送られて来る指令は、前線を維持せよ。只それだけだもん。攻めようにも攻められないし……。皆ずっとヤキモキしてんの」



 中途半端な場所で任務に当たっている所為か、力が有り余っている感じだな。


 攻めに転じる指令が発令されたのなら、手に剣を持って喜んで相手の陣地へ足を踏み入れ大立ち回りをしそうですよね……。



「オーク達も不運だよな。こんな恐ろしい奴を相手にしなきゃいけないんだからさ」



 お道化て言ってやる。



「むっ。女性相手に失礼だぞ??」


「はは、申し訳ない」



「…………でも、さ。私が前線に初めて赴いた時はまだ戦闘が激しく続いていてね?? 沢山の人が亡くなったんだ。以前に比べて戦闘は小康状態だと皆は言っていたけど、それでも死を感じない日は無かった」



 出来れば俺もその戦いに加わりたかったが……。如何せん、第一志望であった前線配備は拒否され。こうして上層部の手足となって各地を転々としている訳だ。



「毎日が必死でね。防衛線を維持しようと拠点と戦闘地を行ったり来たり。いざ戦闘になったら先輩方が私達の前に出て戦ってくれて……。何人かが亡くなっちゃったんだ」



 いつもは太陽の光を彷彿させる明るい口調の彼女が酷く落ち込んだ声色で話す。



「…………。そうか」



「初めは胸が締め付けられる位痛かった。でも、何度かその光景を目の当たりにする内にその痛みが薄れていくのを感じちゃったの。あぁ、良かった。私は生きている。今日も生き残る事が出来た。度重なる戦闘がそうさせたのか、それとも私が死に慣れてしまったのか。今でも分からないんだ」




「トア。死に慣れるのは悪い事じゃない。いずれ、人は死に土へ還る。只、その人の生き様を忘れないようにしよう。俺達は物じゃない、意思を持った一個の生命だ。精一杯生きて、輝き、この世に生を受けた証拠を紡ぎ、後世へ伝えるのが残された者達の使命なんだ。だから……。先に逝ってしまった者達が残した光を紡ぐ為、しっかり生きよう」



 彼女の方へ振り向き、力無く項垂れている背中へ言ってやった。


 こんな弱々しい背中、見た事ないな。


 それだけ心に刻まれた傷は深い訳か。



「…………うん。頑張って生きようね??」



 俺の視線に気付いたのか、此方へ振り返り。少しだけ潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに捉えた。




「らしくないじゃないか。首席卒業のお前がそんなんだと、俺達の立つ瀬が無いよ」


「喧しい。私だって……女の子なんだぞ?? 駄目ねぇ。こうして暗い闇を見つめていると、どうしてもそんな弱気な思いが湧き上がっちゃうんだ」


「トアと同じ思いを他人にさせないよう、俺達は任務を受け持っているんだ。トアが受けた傷は決して無駄にはならないさ」



「そう、だよね。ごめんね?? 情けない愚痴を聞いて貰っちゃって」



 いたたまれない表情で、俯きながら話した。



「気にするな。トアの新しい一面が知れて嬉しいぞ?? 俺は」


「へへ。何なら、もっと知りたい?? 私の事……」



 うおっとぉ。


 ちょ――っといけないなぁ。その表情は。


 今は任務中ですよ?? そんな湿った瞳で見つめなさんな。



「それはまたの機会で。ほら、哨戒を続けるぞ」


 恥ずかしさを誤魔化す為、深い森へと体の正面を向けてやった。


「ふんっ。弱虫め」


「何か言ったか??」



「べっつに!!!!」



 大声を出さないの。馬車で寝ている人もいるのだから。


 首席卒業のトアが弱気になる程の激戦地、か。


 余程の修羅場を潜り抜けて来たんだな。俺が経験した事なんか生温いのかもしれない。



 くそう!!


 どうして俺は前線に行けなかったんだ。恨むぞ、俺の訓練生時代の評価を下した奴め。


 もう少し評価が高ければ前線へ行けたのに……。仲間と共に戦えたのに!!


 心にどうしようもない憤りを感じていると。



「ギャ、ギャァァアア――――!!!! 化け物だ――っ!!!!」



 闇を切り裂く悲鳴が馬車の前方から響いた。



 くそっ!!!! 来やがったか!!!!



 暗き森の中に悲鳴が響き渡ると瞬時に背中の弓を手に取り、前方へと駆け出す。



 横目でちらりとトアを見つめると。



「っ!!」



 彼女も俺と同時に駆け出していた。


 流石!! 速い反応だな。



「トア!! 聞こえたな!?」

「勿論!! 前方を哨戒している人でしょ??」


「あぁ。気を引き締めろよ!!」


「了解!!」



 息を切らし、馬車の側面を通過して駆け抜け抜けていく。



「あ、あの……!!」



「そこで待機して馬車を守って下さい!!」



 先程の衛者が咄嗟の出来事にどうしていいのか分からず剣を持って狼狽えているので指示を出し。



「貴方は此処から少し後ろで警戒を続けなさい!!」



 反対側で警戒を続ける彼にはトアが指示を出した。



「「は、はいっ!!!!」」



 狭い街道を進む一団の前と後ろを抑えて逃げ場を無くす。そして、混乱の境地に陥った所を一網打尽。


 訓練所で教わった野盗の常套手段だ。


 トアは後方の襲撃を警戒して声を掛けたのだろう。



 そして、これを突破する為の対象方法は……。



「レイド。ヤバくなったら前を突破して逃げ切るわよ!!」



 そう、彼女の話した通り。


 挟撃される前に前後どちらか一方を最大火力で叩き潰して突破。



「あぁ、護衛対象を先行させて俺達が殿しんがりを務めよう!!」



 追撃を画策する野盗を警戒しながら一刻も早くその場から立ち去るのだ。



 その為には先ず前方に現れた敵性対象を排除しなければならない!!


 高まる緊張感から呼吸が荒々しくなり、掌にジトリと重い汗が滲む。


 一団の先頭へと到着して周囲を警戒しながら慎重な歩みで進んで行くと……。



「ひ、ヒィィ!!」



 そこには腰を抜かしたイル教の衛者があわあわと口を開き、巨大な黒き影から後退りを始めていた。


 その影がゆるりと此方に近付き、地面に捨てられた松明の光によってその正体が鮮明に映し出された。




 艶を含んだ深緑糸の鱗、縦に割れた黄色の瞳孔、そして人を優に見下ろす巨躯。


 爬虫類特有の舌をチロチロと覗かせ、見る人によっては生理的嫌悪感を抱かせるであろう。


 久方ぶりに見るも、その迫力は変わらないでいた。



 此処で襲撃したのはやはり……。大蜥蜴リザードかよ!!


 性懲りもなく何度も野盗行為を繰り広げやがって!!


 可能であるのならば硬い地面に正座をさせて、小一時間程説教してやりたい気分だ!!



『おい、命までは取りやしねぇ。金目の物と食料を置いて失せろ』



 人の腕程の長さの鉈を持ち、それを手元で悪戯に動かすと光が反射して蜥蜴の鱗を怪しく照らす。



「ひ、ひぃぃぃい!!」



 当然話が通じないからそうなるよね。



「下がって!! 俺達が相手します!!」



 恐怖に包まれて後退りする彼の前に立つ。


 これ以上怖がらせてはいけない。俺達の士気に関わる。



「レ、レイド!! 化け物相手にどうする!? 牽制射撃をすべきかしら!?」


「兎に角、様子を見よう」



 隣で弓を構えるトアの声が珍しく上擦る。


 初見だとそうなるのは大いに頷けた。


 俺も初めてこいつらを見た時、大目玉食らったもん。



『あぁ?? 何だぁ?? てめぇら……。俺様はなぁ、この野盗一団でも随一の手練れなんだぞ!?』



 そう言い放つと、これ見よがしに鉈を天高く振り上げ地面へと振り下ろした。



「長い間合いねぇ。こりゃ中間距離は分が悪いわ」



 ほぅ、流石だな。


 今の一振りで凡その間合いを掴んだな??



「矢で射るか、相手の懐に潜り込んで接近戦をするかの二択ね」


『なぁにをごちゃごちゃ話してんだ?? …………。んんっ?? おぉっ!! お前はあの時の!!』



 あ、やっと気付いた??


 確かこの無駄に自己主張が激しい赤いマントを羽織った個体は俺が北の大森林で倒した奴だよな。


 覚えてくれていたんだ。


 気さくに話しかける訳にはいかないし……。どうしたもんかな。



『おいおい。無視か??』



「トア、コイツ等が単独で襲って来るとは考えられない。後方へ回って馬車と衛者達を守ってやってくれ」



 挟撃される前に、一旦トアと離れた方が得策だ。


 大体の事は察しがつくけど、コイツ等の真意を確かめてみたいし。



「一人で大丈夫??」



 心配するように、リザードから視線を外さずに話す。



「勿論だ。こいつを倒したら直ぐに行動を開始する。他の皆を守ってくれ、頼む」



「…………分かった!! 危なくなったら下がるのよ!! いいわね!!」


「了解だ!! そっちも気を付けろよ!!」


「うん!!」



 トア、後ろは任せたぞ。


 足音が遠ざかり、周囲に誰もいないのを確認して俺達の間だけに聞こえる声量を放った。












「…………よっ、久々。元気してた??」



 此方に戦意が無い事を証明する為に弓を下げて気さくに声を出す。



「何だよ。戦わないのか??」



 相手も此方に倣い警戒を解いてくれて、地面に鉈を向けてくれた。


 分かってくれる奴で良かった。



「会話を流して済まない。諸事情で魔物と話せる事がバレちゃいけないんだよ」


「へぇ。それまたどうして??」



 首を傾げてそう話す。



「こっちの都合って奴。ってかお前達も懲りないなぁ。また強奪行為を繰り広げているのか??」


「うるせぇなぁ……。北の大森林から点々と移動して、最初は狩りで生計を立てていたんだぞ??」



 どうだ、凄いだろう?? と。


 そう言わんばかりに胸を張る姿が多分に笑いを誘う。



「そのまま大人しくしていれば良かったのに」



「俺様達は狩りでも十分食っていけるって姉御に言ったんだぞ?? でもさぁ……、姉御が。 この大陸に来たのは一旗揚げる為なんだよ!? それが今じゃどうさ!? せせこましく動物を狩って……。これじゃあ狩猟民族とかわりゃしないじゃないか!! って言うもんだから。それじゃあまた強奪を始めようかって流れでね」



 あははと笑い軽々しく重罪を告白する。



「まぁ元々リーネン大陸だっけ?? そこから来たって言っていたけどさ。どんな場所なの??」



 少しでもコイツの気を逸らして、前へ突破する準備の時間を稼がないと。



「ここからずぅっと南の大陸だよ。砂と平地が広がる所でさ。この大陸には随分と前に渡ってきたんだ。それからは強奪、野盗。好き放題して生きて来たもんさ。人間はあのなんだっけ?? 醜い豚の姿した奴ら」



「オークの事??」


「そういう名前なのか。それの相手に手一杯だったようだし。好き勝手に出来ていたんだよ」


「犯罪行為を軽々しくするもんじゃありません」



 腰に手を当てて言ってやる。



「仕方が無いだろう。姉御の指示に従うのは俺様達の務めなんだから」


「それで?? 奪った金品はどうしているの??」


「人の姿に変わって適当な街を見付けてはそれっぽい店、人に渡してお金に変えているのさ」



「…………ちょっと待って。お前達、人の姿に変われるの??」



 これは初耳だ。



「当たり前だろ。余裕よ、よゆ――。森以外では人の姿で強奪行為を繰り広げて、森の中ではこの姿で仕事をこなしているんだよ」



 普通の人間は魔物が人の姿に変われる事を知らない。


 人と魔物。


 姿、形は異なるものの。同一人物が犯罪行為を行っているとは思わないだろうからな。


 あの女首領、かなり頭が切れる人だ。




「この森の手前で襲撃事件があったんだけど、それもお前達の仕業??」


「おうっ!! 静かに忍び寄って武器を見せたらビビって逃げて行ったさ!! いやぁ――。仕事が捗る捗るっ!!」



 コロコロと喉を鳴らして笑う。


 簡単に白状してくれて助かるよ。


 この近辺の強奪行為は全て大蜥蜴達の仕業。つまり、此処でもう一度全員に説教すれば強奪行為は止めてくれるのかな??


 説得して駄目だったら実力行使もやむを得ないが……。どこぞの龍と違って暴力行為による解決は避けたい。



 何んとかならんものかね。



「でもなぁ。最近、宝石とか装飾品が高く売れないんだよ。ど――も相手がこっちの足元見ているというか、あからさまに安く買い取っている気がするんだよなぁ」



 腕を組み難色を示している。


 そりゃそうだろう。


 物の価値が分かる者にとって、宝石や装飾品の類は適当な値段を吹っ掛けて安く買い取るのが常套手段の筈。


 しかも、こいつらは人の言語を理解出来ない。


 凡そ、田舎者だと決めつけ足元を見られているんだろうよ。



「お前達も苦労しているんだな」



 こんな所にも不況の波が届いている。


 そう思うと同情してはいけないが、少しばかりの憐れみの感情が湧いてしまう。



「そりゃそうよ。姉御には顎で使われ、仲間には一番年下だからって。弱いだの、頼りないだの馬鹿にされ……。溜息しか出ないよ」


「分かるぞ、その気持。上司には逆らえないからなぁ……」



「「はぁぁ――……」」



 互いにがっくりと肩を落とし、大きく息を吐き出した。



「――――。なぁ??」


「うん?? どうした??」



 リザードがふと面を上げ、こちらを窺う。



「今日はあの赤い姉ちゃん達は一緒じゃないのか??」



 キョロキョロと周囲を見渡して狂暴な龍達の姿を警戒しながら話す。



「あぁ。諸事情で今日は俺だけなんだ」


「そうなの?? じゃあ、あの灰色の化け物も居ないよね??」



 二頭の狼、そしてマイ達に余程のトラウマを植え付けられたようだな。


 可哀そうに。


 こいつは俺が倒したけど、他の個体は酷い目に遭ったからなぁ。



「居ないよ」



 特に熟考せずに答えてあげた。



「へぇ……。いないのかぁ。そっかぁ……」



 にぃっと口元を歪め、目を細めた。


 おいおい。


 まさかとは思うけど……。



「お前……。一人なのかぁ」


「おい、強奪行為をするのなら容赦しないぞ」



 弓を構え、そう話す。



「へへへへ……。手が出せたらの話だけどな!! 野郎共!!!! 計画変更だぁぁああ!!!! 第二案を実行しろぉぉおお――っ!!!!」



 赤いマントを羽織った大蜥蜴が絶叫を放つと。




「キャ――――――――!!!!!!」



 背後から女性の叫び声が聞こえて来た。


 この声、リフィレさんか!?



「おっ!! へへっ、人質を確保したな。おい、お前。仲間を無事に返して欲しければ金品、食料を持って左の森へ来い。逆らったら……分かっているな??」



「ひ、卑怯だぞ!! 正々堂々と戦え!!」


「あはは!! 残念でしたぁ――!! 卑怯なのは野盗の専売特許で――す!! それじゃ、あばよぅっ!!!!」



 マントを翻し、鳥も驚く速さで森の中へと駆けて行ってしまった。


 どうする!? このまま追うか!?



「レイド!!」



 逃げる様が異常に良く似合う蜥蜴の背が暗闇の中へ消え行く姿を目で追っていると、背後からトアが必死の形相で駆けて来た。



「トア!! 何があったんだ!?」


「背後で警戒していたら……。リフィレさんが馬車から降りて来て……。危ないから馬車に戻りなさいって話し掛けようとしたら、三体の大蜥蜴が出て来てリフィレさんを攫っていったの!!」


「くそっ!! 抵抗出来なかったのか??」


「武器を向けたら、リフィレさんの喉元に剣を当てて……。抵抗するな。そう意思表示をしてきたから何も出来なかった……」



 悔しさを滲ませ、両の拳をぐっと握る。



「あいつら…………。許せない!! 人質を取るなんて!!!!」


「今ならそう遠くない、追うぞ!!」


「了解!!」



 にっくき大蜥蜴達を追走しようと足に力を籠めて森の中へ突撃しようとするが。



「レイド様!! どちらへ向かうのですか!?」



 慌ただしい様子のルトヴァンさんが駆け寄り、俺達の足を止めた。



「誘拐されてしまったリフィレさんを今から追う所です!!」


「だ、大丈夫なのですか!?」


「はい!! 事態は急を要します!! ここから動かないで待機していて下さい!!」


「分かりました!! くれぐれもお気を付けて!!」



 彼の言葉を受け、地面に横たわる松明を手に取り深く暗い森の中へと駆け出す。


 待ってろよ……。


 お前達が奪って行った者は直ぐに取り返してやるからな!!!!


 森の奥へと続く足跡を頼りに息を切らしながら追撃を開始した。

























 ◇




 視界の多くは木々と深い闇で覆い尽くされ、殺風景な光景が体の奥から眠気を誘発させる。


 その影響によってぬぅっと首を擡げて来た欠伸を噛み殺さず、大きく口を開けて今の現状を顎の角度で表現してやった。



 ふわぁ――。しっかし、暇ねぇ。



 こういう時は会話を続けて暇を紛らわすのが一番だ。



「ユウ、暇――」

「あたしに言われても困る」



 ちぃっ、横着な親友めが。


 他ならぬ私の頼み事を聞いてくれたっていいじゃん。



「ルー。何か面白い話して――」

「やだよ」



 はい、こいつは後で尻叩き百回の刑に処す。



「リューヴ――」

「監視で忙しい。構ってはやれん」



 くそう!!!!


 どいつもこいつも私を邪険に扱いおって!!



「耳障りですわ。その口、閉じて頂けません??」


「あ――!! 暇だな――!! 何しようかなぁ!!」



 こいつの言葉聞いているだけで腹が立って来るから門前払いさ。


 私のすんばらしい声色で鬱陶しい声を遮ってやった。



「もぅ、五月蠅いなぁ。レイド達が気付いたらどうするの??」



 丸まっていた灰色が起き上がり苦言を呈する。



「気付きゃしないわよ。こんだけ離れているんだし」


「そりゃそうだけどさぁ……。ねぇ、リュー。何か変化あった??」


「いいや。何も……うん!? おい、あれを見ろ!!」




 何かしら??


 リューヴの声色に緊張が走り、私達は木々の隙間から街道の方角をじっと見つめた。


 すると……。


 見覚えのあるデカイ蜥蜴がボケナスと対峙しているではないか!!



「やっぱりあいつらか!! 性懲りも無く野盗を繰り返しているの!?」



 その様子を捉えて堪らず声に出してやった。



「でも、一体しかいないぞ?? 他の奴らはどこだ??」



 ユウがそう話す通り、あいつらは団体で行動している筈。


 残りの個体が見つからない事に疑念を抱いた。



「でも、襲う気配無いよ?? ほら、レイドと普通に会話しているし」



 ボケナスとマントを羽織った個体は武器を下げ、何やらしんみりと会話を続けている。



 おいおい。道端で長々とくっちゃべっている主婦の井戸端会議じゃねぇんだから。


 背後にも気を配りなさいよね!!!! 後手に回るわよ!!



 こちらの心配を他所に、グダグダと会話を続けている事に憤りを覚えてしまう。


 出来る事なら叩き易い後頭部を一発叩いて注意を促したい所だが、今はそう出来ないのが歯痒い。


 くそう……。


 飛び出して注意してやろうか。



 そんな事を考えていると、馬車の後方に三体のリザードが現れ一人の女性を脇に抱え、護衛の者を振り払い奥の森へと姿を消してしまうではありませんか!!



 言わんこっちゃない!!



「あぁ!! 女の人、連れ去られちゃったよ!?」


「あんの大馬鹿野郎!! 後ろにも気を張りなさいよ!!」



 そらみた事か。


 油断するからそうなるのよ!!!!



 ボケナスが血相を変え、武器を携えると女兵士と共にリザード達の後を追い始めた。



「ね、ねぇどうする!?」



 ルーがおろおろと慌てて話す。



「勿論、追うわよ!! おっしゃ!! 者共、私に続けぇぇいっ!!!!」



 さぁ……。楽しい喧嘩だ!! 血沸き肉躍る祭りの始まりだぁぁああ――いっ!!


 これでワクワクしない奴なんていないでしょ!!



 逸る気持ちを抑える事無く、子分共を従えて真正面へ向かって飛び出そうとするが。




「そっちだとアイツ等に見つかるだろ」


「馬鹿者が。距離を置いて移動するに決まっているだろう」


「マイちゃんってやっぱり馬鹿だったんだねっ」


「猪以下の頭脳には本当に呆れてしまいますわぁ」



 子分共は私に従う事無く。



「街道の連中に見つからぬ様、暗闇から移動を開始するぞ。ついて来い」



 街道の先へ進み始めた強面狼の尻尾に続くではありませんか!!


 緊急事態だってのにチンタラと迂回していたら祭りに間に合わないでしょうが!!



「マイちゃん置いて行くよ――」


「うっせぇ!!」



 フルンっと尻尾を振ってリューヴ達の後方を歩いているお惚け狼の尻を蹴飛ばしてやった。



「いったい!! 何でお尻蹴ったの!?」


「喧しい!! おらぁ!! リューヴ!! 隊長である私が先頭を歩かなきゃいけないのよ!!」


「ふっ、ならば私を追い抜いてみるがよい!!」



 上等――。祭りに備えての準備運動には持って来いよ!! やってやろうじゃん!!


 駆け出すリューヴを先頭に私達は漆黒の闇を裂き、一陣の風となって移動を始めた。




お疲れ様でした。


皆様の鼻の調子は如何ですか?? 私の場合、本日も花粉にやられて鼻が既にもう限界を超えています。


口呼吸ばかりしているので喉も痛く、早くこの季節が終われば良いのにと日々願っております。



いいねをして頂き有難うございました!!


これからも頑張って更新を続けさせて頂きますね。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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