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第四十四話 彼が抱くのは懸念、彼女達が抱くのは杞憂

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは、どうぞ。




 遮蔽物の多い森の中は自分が考えているよりも随分と早く暗闇に包まれてしまう。


 木々の合間を縫って一日の終わりを知らせようとする茜色が、森の中を横断する街道を照らすがそれでも視界は十分確保出来ているとは言えない。



 十分な光量を得られない為。馬の足の怪我や一日の疲労の蓄積による注意散漫によって負傷が懸念される。


 それらが原因で更なる行程の遅延は由々しき事態だ。



 森の中を進む事に慣れている俺達でさえこの時間帯はもうとっくに夜営の設営に取り掛かっている。


 まぁ。早めに取り掛かるのはアイツの食欲を満たす為なのですけどね。


 夕食の提供が遅れると物凄く怒るし……。



 何はともあれ、間も無く本格的に襲い掛かって来る常闇への対抗策に取り掛かなければ……。



「ルトヴァンさん。そろそろ夜営の支度をしましょう。直ぐに暗くなってしまいますよ」



 ウマ子の足を速め、豪華な馬車に並走して声を上げた。



「――――。そうですね。分かりました、本日は此処までにしましょう」



 大変綺麗な窓が開かれ、彼が此方の提案に頷いてくれる。



「了解です。こちらも準備に取り掛かります」



 馬車が速度を落とし街道の脇にピタリと止まるとそれに倣い一団の動きが停止。忙しなく夜営の準備が始まった。



「ウマ子、お疲れ様。今日はここで休んでくれ」



 荷馬車との連結を解き、彼女の体を労わる様に優しく撫でて話す。



『了解だ。休ませて貰おう』



 此方に向かって一つ頭を上下させると地面に伏せ、大きく息を漏らした。



「後で飼葉と水を持って来るから待っててね」


『そこまで焦る事は無い。ゆるりでも構わんぞ??』



 彼女の優しい瞳はこちらにそう語り掛けて来た。



 当初予定していたよりも少しだけ行程が進み、現在は森の中間地点を少し越えた辺りか。


 何事も無ければメンフィスへお昼前には到着出来る予定だな。 


 そう……、これはあくまでも何事もなければの話だ。



「レイド――。天幕は張らなくていいわよね??」


「そう、だな。今日は夜通しの哨戒だし。必要ないだろう」


「はぁ……。気が滅入るわよねぇ。こんな視界の悪い所で哨戒、か」



 トアの言葉を受けて何気なく周囲を見渡す。



 大小様々な木の幹が地面から生え伸びて夕焼け空を緑の空が覆い尽くし、松明の炎が若干整備が行き届いていない街道を頼りなく照らし始めた。


 森の奥までは人工的な弱光が行き渡る事も無く、漆黒の闇がぽっかりと口を開けて此方の様子を窺い続け。



 その闇が恐ろしい魔を吐き出す。



 森の奥に存在する暗さが俺達に不吉な予感を否応なしに想像させた。




『大丈夫。今日に限って襲撃は無い』



 楽観的な俺がそう話せば。



『細心の注意を払い。襲撃に備えて警戒心を高めておけ』



 四角四面の俺がもう一人に注意を促す。



 此方の主戦力はトアと俺のみ。


 此処は一つ、四角四面の彼の言葉を採用しましょうかね。



「食事が終わったら、街道の両脇で哨戒に当たろう」


「それが効率的かも。レイドはどっちにつく??」



 明るめの茶の髪を搔き上げ、荷馬車から荷物を運びながらそう話す。



「俺は進行方向に向かって右手に着くよ。トアは左側の哨戒を頼んでもいいか??」


「ん――了解。その前に御飯食べちゃおうよ。私お腹空いちゃった」


「今日は長い夜になりそうだ。多めに摂っても怒らないぞ??」



 乾いた薪に火を点けようとしている彼女へ、口角をキュっと上げて言ってやった。



「こら。女性に対して失礼でしょ」


「冗談だ。真に受けるなって」



 おっ、丁度良いや。この倒木に腰掛けようかな。


 トアが起こしてくれた焚火の側に寝転んでいた倒木の上に腰を下ろした。



「ふんっ。どうだか……。此処に来るまで殆ど御飯作って貰ったから、今日は私が作ってあげよう!!」


「おっ。悪いね」



 殆どでは無くて、全ての間違いですよ――っと。



「ふふ――ん。この私の手料理を食べれる男なんてそうそういないわよ?? ありがたく口にしなさい」


「大袈裟」



 ムンっと誇らし気に胸を張る彼女に言う。



「それで?? 何を作るんだ??」


「んとねぇ……。何にしようかなぁ――……」



 四つん這いの姿勢で降ろした荷物に頭を向けて嬉しそうに声を上げる。


 男性に向かって尻を向けないの。行儀が悪いですよ??




「おぉっ!! デカイ固形チーズがあるじゃない!! これを溶かしてパンにかける??」


「飯を作るって言ったのはトアだろ。一任するよ」


「意見ぐらい聞かせてくれてもいいじゃない。後はぁ……根菜類か。適当に煮込んでスープにする?? いや、でもベーコンも食べたいし……」



 何だか聞いていて不安になってきたぞ。


 真面な飯にありつけるのかな……。



「出来る迄時間掛かるから適当に散歩でもしてきたら??」



 彼女はそう話すと袖を捲り、意気揚々と火に鍋をくべる。



「そう、だな。進行方向に向かって右側の森の中を調べてみるよ」



 野盗の痕跡が残っているかも知れないし、調べておいて損は無いだろうさ。



「ん――。宜しく――。あっち!! やだ!! 焦げちゃう!!」



 こりゃ暫く掛かりそうだな。


 重い腰を上げて何気なく本日哨戒する事となる側の森へとゆるりとした歩調で進み出した。



 街道脇の土手を登り、しっとりと水気を含んだ土の上に足を乗せる。



 ふむっ、足場は余り宜しく無いな。森の中での戦闘は足を取られないように気を付けないと。



 歩きながら人間の胴体よりも太い木の幹にそっと手を添える。



 ここも湿っているな……。


 苔に水分がたっぷりと含まれジトリとした感触を手の平に与えた。



 木の皮、苔にも擦り切れた様子は無い。


 誰かが通った痕跡は無いようだ。



 注意深く周囲の地形を確認しつつ更に森の奥へと進んで行く。



 時折、道を見失わぬ為に振り返るが。



「キャアッ!! 間違えちゃった!! こっちを先に焼くべきだった!!」



 既に料理とがっつり組んで悪戦苦闘を繰り広げているトアやエアリアさん達の姿は木々に遮られ見えず、松明のオレンジ色と西の方から差すか細い茜色が僅かに見える程度。



 夜になれば己の指先でさえも確知出来ない闇に包まれてしまうな。


 これだけの暗さと死角の多さ。正に襲撃にはお誂え向きの場所だ。




 野盗の気持ちになり、街道の方角を睨んでやる。




 闇夜に紛れて相手の寝静まった所を強襲。当然、相手は出遅れる訳だ。


 物資が保管されている場所を予め確認しておき、稲妻の如き速さで強奪し逃げ失せる。


 もし、相手が抵抗して来ても混乱状態の最中想像しうる抵抗は紙屑同然であろう。




 ったく。良く考えて襲っているなぁ。


 腕を組み敵の考えを考察して一人静かに頷いていた。



 他に何か無いかな??


 のんびりと、散歩感覚で歩いていると奇妙な足跡を見付けてしまった。



「何だ、こりゃ??」



 通常、人間が柔らかい土の上を歩けば靴の痕跡が残る。


 裸足で歩かない限りね。


 人間の足の指は五本。オークの足の指は三本。


 しかし、この足跡は四本しかなかった。しかも人のそれを遥かに上回る大きさ。土の乾き具合から古い物だと考察される。



 足の指の本数から、魔物の物と考えられる訳だ。



 でも、この足って…………。多分、アイツらのだよな??


 北の大森林で出会ったリザード達の足跡に酷似……。というか俺が知る限りではアイツ等の足跡だと断定出来た。



 おいおい。


 此処まで下って来て野盗を繰り広げているのか??


 あれだけマイとリューヴ達に痛めつけられたのに……。



 街道と並走して点々と前方に続いている足跡は一人分ではなく、複数人の数だ。



 アイツら、街道を行く連中を品定めしていたな……。


 大地に刻まれた足跡を見れば良く分かる。



 舌なめずりをしつつ木にもたれて片足に加重を掛ける個体。


 これから得るであろう物資を心待ちにして大股で進む個体。


 誰かに小突かれたのか、一足だけ進路方向から妙に外れた足跡等々。



 くそう。


 ここで確認出来るだけで五体はいるぞ。



 奥にもこの足跡は無いかな??


 じっと奥の暗がりを見つめるがその痕跡は発見に至らなかった。



 ここだけでも十分だが……。もう少しだけ奥に進もう。



 太い幹に手を掛け、更に奥へ進もうとすると……。それを阻む声が後方から聞こえて来た。



「レイド――!! 御飯出来たよ――!!」


「…………。今行く!!」



 遅くなっても心配を掛けるだけだし、何よりこの足跡の報告を済ませておきたい。そう考えて踵を返した。


 こりゃ本腰を入れんといかんな。


 木々の合間を縫い、俺の足元を掬おうとして無言で横たわっている倒木に気を付けながらそんな事を考えていた。



















 ◇




 しっかし……。超絶怒涛に暇ねぇ。


 ボケナス達が夜営を張り私達もこれ以上近付いてはいけないと考え、ある程度距離を取った所で腰を下ろして休んでいた。



 日は傾き、そろそろ闇が訪れようとしている。



 いつもなら焚火の前でアイツが忙しなく夕食の準備に取り掛かってさ。


 火の粉が爆ぜる音と鼻腔を擽る馨しい香りが私の心を逸らせてくれるのだが。生憎、今は大変質素な環境と食事で我慢しなきゃならんのよ。



「ほら、夕食だ」


「ん。ありがと」



 ユウが荷物の中からパンを取り出して各自へ渡して行く。


 この尾行の旅で唯一の楽しみが食事なのだが……。一日目に比べてど――も量が少ない。



「ねぇ。量減った??」



 配給を終え、荷物の前に腰を下ろした親友へ問う。



「ちょっと切り詰めているんだよ。どこぞの誰かさんがバクバクと食べるもんだからね!!」



 そんな風に言わなくてもいいじゃない。


 親友に対して辛辣なのでは??


 顰めっ面でパンを齧ってやる。



「ふぁむっ……。パンもいいけどさぁ。やっぱりお肉も食べたいよねぇ」


「大賛成よ!! 小麦だけじゃ体が縮んじゃう!!」



 肉汁滴る肉に齧り付き、本能の赴くまま咀嚼を続けたいもさ!!


 尾行の旅を無事に終えたら自分に御褒美として熱々のお肉ちゃんを与えてあげよう。




「体では無く、一部が縮むのでは??」


「リューヴ――。向こうに何か動きある――??」



 いつも通り蜘蛛の声を無視して街道の方向へ鋭い翡翠の瞳を向けている狼に尋ねた。



「いや、夜営の準備に勤しんでいる。明日の朝まで大きな動きは無さそうだな」



 ほぅ。


 後はリザードの連中が現れない事を祈るばかり、といったところか。


 幾らアイツでも複数の相手をするのは厳しいか?? いや、でも……。イスハや私達の相手を務める事が出来るのだ。


 数体程度なら撃破することも可能だろう。


 もし、危なくなったら助太刀すればいい事だし。



「御馳走様でした!! ちょっと散歩行って来るね!!」



 食事を終えたルーが立ち上がり長い灰色の尻尾を左右へルンルンっと振りながら街道の方へと歩み出す。



「ルー。余り近付くなよ??」


「分かってるよ!! 足跡とか見ておきたいの!!」



 リューヴの声を受けると、ふんっと鼻息を荒げてこの場から去ってしまう。



「ねぇ。行かせて大丈夫なの??」


「子供ではあるまいし。大丈夫であろう」



 本当かしらねぇ。


 見つかってこっちの存在に気付かなきゃいいけどさ。


 配給されたパンを食べ終え、さり気なぁぁくユウの太腿ちゃんの上に乗せられているパンへと手を伸ばすが。




「――――。あたしの分まで食ったらみっちり二時間。胸の中に仕舞ってやるからな??」


「っ!!!!」



 滅茶苦茶熱い物に触れてしまった時の条件反射の如く。鋭く素早い所作で手を引っ込めてしまった。



 あ、あんな所に二時間も仕舞われたらきっと生きていないだろうし……。


 う、うん。これはビビッた訳じゃ無くて当然の条件反射なのだっ。


 自分にそう言い聞かせ、ドグドグと鳴り続ける五月蠅い心臓を宥めながら大きく息を吐き尽くした。









 …………、全く。


 リューは私の事、子供扱いし過ぎだよ。


 私だってもう赤ちゃん作れる立派な大人の体だし、それに強さだって皆と出会った頃より大分上達してるもん!!


 プリプリと憤りを振り撒きながら歩いていると、長々と続く足跡をここでも発見してしまった。



 う――む。ずっと続いているなぁ、この足跡。



 地面に刻まれている足跡へ鼻を近付けて匂いを嗅ぐが……。


 残念っ、匂いは残っていないね。私の鼻を以てしても嗅ぎ取れないって事は古い足跡なんだよねぇ。


 レイド一人で大丈夫かな……。


 出来る事なら手伝いたいけど、私が見つかっちゃたら皆の事も探すだろうし。


 困ったもんだよ。




 興味津々といった感じのお散歩感覚で森の中を歩いていると。


 うん?? 何だろう。この傷跡。



 木の幹に筋が一本、地面と平行に走っているのを見つけてしまった。



「よいしょっと」



 後ろ足で立ち、その線に鼻を当てて匂いを嗅いでみた。



 う――。木の匂いしかしない。


 恐らく、誰かが手持ち無沙汰で悪戯に傷付けたのだろう。


 野盗の人達かなぁ?? 何もしない木に酷い事するもんだ。



 木の幹に預けていた前足をすとんと地面に戻すと。



「……」



 しっとりとした足音が背後から聞こえて来た!!



 し、し、しまったぁ!!


 この匂い……。レイドだ!!



 木の幹に集中し過ぎた所為か、レイドの匂いを感じ取れず接近を許してしまった。



 聞き慣れた彼の足音は地面に刻まれた足跡の所で一旦止まってくれた。


 恐らくそこで痕跡を調べているのだろう。



 お、お願いします。ど――かこれ以上奥に進んで来ませんようにっ!!!!


 祈る気持ちで体を出来るだけ小さくして地面の上に伏せるが……。



「……」



 足音がゆっくりと、確実に此方へ向かって近付いて来るではないか!!



 はわわわわ……。レイド、来ちゃ駄目ぇ!!


 前足で両目を覆い。ドクンドクンっと五月蠅く鳴る心臓の音を気にしながら私は静かに祈った。










「――――。お、おい!! ルーの奴、やばいぞ!!」



 うん??


 ユウの切羽詰まった声を受け、身を屈めながら茂みから顔を覗かせ街道の方を見てみる。


 すると。



「……っ!!」



 はわわぁっと。


 大きな木の幹の裏でルーが誰にでも分かり易い狼狽え方で伏せ、その直ぐ背後でボケナスが足跡を調べる為にしゃがんでいた。



『ちょっと!! ルーの奴あそこで何してんのよ!!』



 ボケナスに聞こえぬよう、小声で話す。



『何かに夢中になっていたんだろう。それで接近を許したんじゃないのか??』


『あの馬鹿者め。あれだけ注意しろと言ったのに……』


『レイド様ぁ!! 私は此処にいますわよ!! 私の愛に気付いて下さいましっ!!』



 若干一名は阿保な事を考えて囁いているのだが当然に無視。



『……っ』



 プルプルと細かく震える灰色の狼と、注意深く足跡を観察している男へ交互に視線を送り続けていると。


 私達の心配を他所にボケナスがすっと立ち上がると……。此方へ向かって来るではありませんか!!



 や、やばい!! 見つかる!!






「レイド――!! 御飯出来たよ――!!」


「…………今行く!!」



 ボケナスの仲間の声が森の中に響くと、野郎は踵を返して街道に戻って行く。それと同時に私達は安堵の息を漏らした。



「はぁぁああ。あっぶねぇ――」



 ユウが強張っていた肩の力を抜いて地面にパタンと倒れ込む。



「…………ご、ごめん!! 見つかっちゃう所だったよ――!!」



 お惚け狼が慌てふためき、灰色の毛皮の奥から方々へ汗を振り撒きつつ此方へと戻って来た。



「この……。馬鹿者!!」


「あいだっ!! ぶつことないじゃん!!」



 人の姿に戻ったリューヴの鉄拳がルーの頭に突き刺さる。



「貴様が見つかったら私達全体が見つかってしまうのかも知れないのだぞ!?」


「五月蠅いなぁ。分かってるよ、そんな事」



 いつもよりも三割増しの鋭く尖った眉からふいと顔を逸らす。



「う、五月蠅いだと!? 行動が安易だと言っているのだ!! 今は熟考を重ね、隠密に行動すべき時なのだぞ!!!!」


「ま、まぁまぁ。危機は去ったんだし。喧嘩はお終いって事で」



 ユウが両者の間に割って話す。


 こういう和を重んじる所はユウらしいわね。



「ふんっ。次からは気を付けるのだぞ」


「分かってるって――」



 喧嘩は終わったけど、今のはやばかった。


 もう少し距離を置くべきかしらね??


 でも、そうすると視界から完全に消え失せて状況が見えなくなるし……。



「遠くから様子を窺いましょう。そうすれば、今みたいな危機は訪れませんわ」



 蜘蛛がルーの行為を労い声を掛ける。


 ふんっ。白々しい。


 私の時と大違いじゃない、態度が。



「ありがと――。アオイちゃん」


「どういたしまして。ですが、これからは軽率な行為は控える様に。いいですわね??」


「うんっ。分かった!!」



 ま、雰囲気も良くなったし。


 これはこれで大丈夫でしょう。


 後は……。リザードが現れないかどうかを見守るだけか。


 安心しなさい、ボケナス。


 私達がちゃぁんと見ていてあげるからさ。


 これまで何度も見続けて来た彼の大きな背中を見つめ、心の中でそう言ってやった。



























 ◇




 松明の明かりに照らされた街道に戻ると、腹が減る香りが俺の鼻腔を刺激。


 うたた寝していた胃袋がそろそろ俺の出番かと上体を起こしてその時に備えてしまう。


 日は完全に落ちて闇が周囲を包み込み、心落ち着く橙の色が人の影を作りほっと胸を撫で下ろしたくなる雰囲気が辺りを包んでいた。



 夜営に相応しい雰囲気なのですが……。


 諸手を上げて喜べない状況なのが悲しいよ。



「お待たせ!! 御飯出来たよ!!」


「お――。ありがとうな」



 先程と同じ倒木に腰を下ろし、本日の夕食を見つめた。



「じゃ――ん!! ジャガイモ、人参、ベーコンの野菜炒めとチーズパンになりまぁす!!」


「おぉ!! 真面じゃないか!!」



 皿の上には蒸気を放ち俺の口に飛び込もうと準備運動を始めている料理達が乗せられており。


 俺の予想とは裏腹に真面な飯にありつけそうで体も、そして心も満足していますよっと。



「何よ。じゃあ御望み通りの御飯、作りましょうか??」


 腕を組み、鼻息を荒げて話す。


「冗談だって。いただきます!!」



 早くそれを私に寄越せ!! と。


 腹の虫にせがまれ、早速野菜炒めを口へ運んだ。



「ふぁむ…………うんっ!! 美味い!!」



 ジャガイモのほくりとした食感、人参の仄かな甘味、それとベーコンの塩気が混ざり合い喜びが舌を襲う。



「へへ、良かった。気に入って貰えて」



 トアが俺の隣に座ると陽性な笑みを浮かべて食事を始めた。



 こうして同期と肩を並べて食事を摂ると……。思い出したくも無い思い出が記憶の沼からぬるりと這い出て来てしまう。



「トアの担当教官ってスレイン教官だったよな??」


「そうだよ??」



「…………あの人の料理。食えた物じゃなかったろ??」




 訓練生時代に受けた酷い思い出が不意に過って行った。


 スレイン教官は女性でありながらも素晴らしい体術と剣術を重ね持ち、それに弓の腕も卓越の一言に尽きるのだが……。



 天は二物を与えず。



 そう言われている様にどういう訳か料理方面はからっきしてあり。時折、得意気に振る舞う料理が訓練生達を大いに苦しめていた。


 中には腹を壊して病院に担ぎ込まれる者も出る始末。


 仲間に背負われて病院へ連れて行かれる様を見て、彼女の担当から外れて本当に良かったと感謝したものさ。



「あぁ……。うん。食べた振りをしてた」


「あはは!! ひっでぇなぁ!! 今度会う機会があったら報告してやるぞ??」


「もう!! 止めてよ!! 怒られるのは私なんだからね!!」



 箸で俺の脇腹をぐいっと突き刺す。



「いって。冗談だって。……………………。それより、飯を食いながら聞いてくれ」



 声量を一段落として話す。



「ん?? 何?? 愛の告白?? 御飯食べた後でしっかり聞いてやるからちょっと待ってて」


「向こうの森の奥で魔物の足跡を見付けた。随分手前から続いているからきっとこっちの様子を窺いながら移動していたのだろう」



 訳の分からん言葉を無視して先程発見した野盗の足跡の情報を説明してやった。



「それやふぁくない??」


「口に物を入れたまま話すな」



 お行儀が悪い子ですね。



「食事を終えたら早速哨戒に当たるぞ。向こうの衛者にも伝えて来るよ」



 空になった皿を置いて話す。


 それと同時に、思いの外味が良かったのでいつの間にか皿が空になっていた事に驚く。



「了解。あ、全部食べたんだね??」


「美味かったからがっついちゃったよ。御馳走様」



 トアの頭にポンっと手を乗せ、立ち上がる。


 さてと、向こうの連中と打ち合わせしなきゃな。



「あ、うん……。御粗末様でした」



 真夜中にひっそりと鳴く梟も驚く程小さな声を背に受け歩み出した。



 どうやら向こうも食事中らしく、焚火を囲い陽性な声が響いている。


 手前には衛者達が座り、奥の火の回りはエアリアさん達幹部が囲っていた。


 先ずはお偉いさん方に報告しますかね。



 食事を摂る衛者さん達の後ろを静かに通り。



「あの……。お食事中申し訳ありません」



 お偉いさん達の下へと歩み寄り、静かな雰囲気を壊さない様に落ち着いた声色で話し掛けた。



「構いませんよ。どうかしましたか??」


 エアリアさんが箸の動きを止めて此方を見上げる。




「一つ急を要する報告があります。先程、右手の森を調査した所。魔物の足跡を発見しました。古い物でしたがどうやら向こうは街道の様子を窺い並走していたようなのです。後方は我々が哨戒に当たります。馬車の左右と前方はそちらの衛者の方々に任せても宜しいですか??」



「そう……ですね」



 薄い唇に指をあてがい、考え込む仕草を取る。



「分かりました。それで構いませんよ」



「助かります。彼等にも哨戒の段取りを説明しておきます。エアリアさん達は申し訳ありませんが……。本日は馬車の中でお休み下さい。天幕より、多少は強固に作られていると思いますので」



 柔らかい布地と、木造の箱では強度に雲泥の差があるだろう。


 夜襲を受けても少しは耐えられる筈だ。



 それと……。言い方は悪いけど、これ以上足手纏いを増やしたく無いのが本音です。



「馬車の……中ですか??」


 ちらりと後方の荷馬車を見つめる。


「えぇ。何か不便な事でも??」



 休めるだけましでしょうよ。


 こちとら夜通しで警戒に当たるんだからさ。



「いえ、何でもありません。態々調べて下さってありがとうございます。頼りにしていますね?? レイドさん」



 柔和な笑みが柔らかい火の色に照らされどこか落ち着いた雰囲気を此方に与える。


 ふぅむ。


 真面目且、下の者にも気を配れる良い人だ。


 うちの横着な上官に是非とも見習って頂きたい態度と雰囲気ですよ。



「では、彼等に今夜の哨戒について話して参ります。お食事中申し訳ありませんでした」



 機敏に頭を下げて踵を返した。


 ふぅ。


 次、次っと……。



「――。あのぉ、ちょっと宜しいですか??」



 すぐさま衛者達の下へ歩み寄って声を上げる。



「はい、何でしょう??」



 一人の青年が立ち上がり俺を迎えてくれた。



「先程…………」



 エアリアさん達と同じ内容を報告し、警戒を強める様に伝えると。



「「「……っ」」」



 俺の言葉を聞く間、衛者四人と騎手さんの表情が徐々に強張って行くのを視界が捉えてしまった。



 そりゃそうだよな。


 魔物の足跡が直ぐ横に続いていて、しかも。


 それがこちらに襲い掛かってくるのかもしれないのだ。彼等は兵士では無く、それこそ武術の心得も無い。


 不安になって当然だ。



「火は絶やさず、周囲を明るくする事に務めて下さい。相手からはこちらの姿は丸見えになるかもしれませんが、視界を奪われたままでは戦えません」


「は、はい。火、ですよね??」



 こりゃいかん。


 話だけで完全に飲まれてしまっている。


 ちょっと緊張を解してやるか。



「大丈夫ですよ。足跡は随分と古い物でしたし、何も今日襲って来るとは限りませんから」


「そ、そうですよね。はは、そっかぁ……」



 う、う――む。


 こういう時、どうやって気を紛らわせていいものか妙案が浮かば無い。


 いつもは。



『いぃ――やっほ――い!! 退け退けぇぇええ!! 世界最強の龍族のお出ましだぁぁいっ!!!!』



 戦闘になると元気溌剌になる者達に囲まれているからなぁ……。



「各自が今出来る事をする。しかし、無理は決してしないで下さい。万が一戦闘になりましたのなら俺達が前に出ます。どんっと胸を張っていればいいのですよ」



 青年の肩を軽く叩いてやる。



「ふぅ……。分かりました。レイド様の言う通りにします」


「いやいや、様は要らないですよ。せめてさん付けでお願いします」



 軽い調子で彼へ言ってやった。



「おっ!! 良い物食べていますね??」



 彼等の皿の上には上質なベーコンと質の良い小麦を使ったパンが乗せられていた。


 俺達の配給とは大違いだな。



「食べて行かれます?? 宜しかったら御作り致しますけど??」


「いや。それを食べたらこっちの配給が食べられなくなりそうだから遠慮しておきますよ。それに、哨戒中に眠っちゃいそうだし」


「ふふ……。寝たら駄目ですからね??」



 火を囲む一人の女性が軽い笑みを浮かべながら話した。


 おっ。


 ちょっとは緊張が解けたかな??



「こりゃ手厳しい意見ですね。真摯に受け取って哨戒にあたりますよ」



 彼女の陽性な気分に合わせて軽く右手を上げるとその場を去った。


 よし。これで一応は迎撃する形が取れそうだ。


 問題は相手が今夜襲って来るかどうか……。杞憂であって欲しいものだよ、本当に。


 肩をぐるりと回し、来たるべきに備え体の筋肉を解し始めたのだった。




お疲れ様でした。


本日の昼食は手短にうどんを食し、勢いそのまま執筆活動に専念していました。


その甲斐もあってか、番外編のプロット作成も大幅に進みました。


この御使いが終わり次第投稿させて頂きますので、それまで今暫くお待ち下さいませ。



ブックマークをして頂き有難う御座います!!


週の始め、少々気分が落ち込む日に嬉しい励みとなりました!!


今週も頑張って乗り切りましょうね。


それでは皆様、お休みなさいませ。




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