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第四十二話 十の教戒 その二

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 漆黒の夜空に浮かぶ星達の囁き声が聞こえて来そうな静謐とした空気の中。


 何だか聞き慣れ過ぎて逆に聞き飽きてしまった音が微風に乗って届いた様な……。



「どしたの??」


「うん?? いや。何か声が聞こえた気がしてさ」



 食事を終えて片付けに勤しむ手を止め周囲を見渡すが……。見えて来るのは青い月明りに照らされた何処までも続く平原のみ。


 耳を澄ませて聞こえて来るのは夜虫の歌声と、さぁっと揺れる草原の環境音。



 マイの声が聞こえた気がするんだけど……。


 まさか、ね。


 彼女達は今頃レイモンドに居る筈。伝承の類の調べ物を頼んで来たし、こんな所まで来ている訳ないだろう。


 きっと疲れているから幻聴が聞こえたんだ。


 どうせならもっと綺麗な音の幻聴が聞こえて欲しかったのですけども。


 俺の体は無意識の内にアイツの声を選択した。これはつまり、任務懈怠責任を負いたく無ければしっかりと己の責務を果たせ。さもないと、アイツが恐ろしい顔を浮かべてやってくるぞと忠告しているのだろうさ。



「声??」



 トアが周囲の音を聞き取ろうと周囲へ耳を傾けるが。




「――――。綺麗な虫の音しか聞こえないよ??」



 然程表情を変えずに今も聞こえる虫達の歌声の音の感想を述べた。



「虫は俺達の声が気に食わなくて鳴いているのだろうさ」



 それとも早く寝かしつける為に清らかな歌声を放っているのか。


 いずれにせよ、綺麗な歌声である事は変わりない。



「ふふ、何よそれ。でも、この音。私は好きだよ?? 落ち着くし、眠くなっちゃうもん」


「子守歌には持って来いだ」


「こら。赤ん坊と一括りにしないの」


「申し訳ない。よしっ、片付けお終い!! 天幕を張って哨戒に向かうとしますかね」



 荷馬車に調理道具一式を乗せ、代わりに天幕を引っ張り出す。



 どこに設置しようかな。


 あんまり離れると何かあった時、咄嗟に対応出来ないから……。


 そこの平原でいいか。


 街道から少し土手を登った平地に天幕の設置作業を開始した。



「ねぇ。哨戒はレイドが先でしょ??」


「さっき決めたからな。よいしょっと……」



 背後からトアの声が聞こえるが作業を止めずに答えてやる。


 平坦に見えて実は傾いている場所もあるけども、どうやら此処は概ね水平だ。


 これなら心地良く眠れるだろう。



「だったらさ。レイドの天幕使っていいでしょ??」


「はぁ?? 何でだよ。自分の天幕使えって」



 これには堪らず振り返って言ってやった。


 一切労せずにして設置された天幕を好き勝手に使う。それは流石に横暴ってもんだ。


 四角い天幕の四隅の近く打ち込んだ木製の杭に縄を括り付け、更に風が入って来ない様に大き目の石で隙間を埋めてっと……。


 うん、我ながら中々の出来具合だ。



「いいじゃん!! どっちみち順番で哨戒するんだからさ。とうっ!!!!」



 俺の制止を無視して、出来立てホヤホヤの天幕へ頭から突っ込んで行く。



「あ!! ったく……」


「へへ。おぉ!! 寝心地抜群よ?? ほら、毛布持って来て」



 人様の天幕を占領するならまだしも、入り口からニュっとはみ出た足で此方に指示を出す始末。



「はいはい……。ほら、受け取れ」


「ん――。ごくろ――。夜中になったら適当に起こして――」



 横着な足へ毛布を投げてやると。



「よいしょっと……」



 器用に太腿で挟み、愛用している毛布が天幕の中へ吸い込まれて行ってしまった。



 足癖が悪い奴め。


 女性がそんなみっともない恰好を見せるな、と。今の姿を見たらきっと両親も嘆き悲しむだろうさ。


 ボヤいていても仕方が無い、仕事に戻ろう。馬車の左右と前方は……。



「「「……」」」



 うん。一人ずつ警戒しているから問題無いな。


 俺は後方の哨戒に当たろう。


 踝程度の高さの草を踏みしめ。



「ほっほぅ――。中も意外と快適ねぇ。これならゆっくり眠れそうだ」



 足癖の悪い者が蠢く天幕から数十メートル程進むと座り易そうな双子の岩が見えて来た。



 お、丁度良い。


 あそこで座りながら見張りをしようかね。



 双子の岩の右側はひらぺったく座り易そうで。左は少し尖って座り難そうであった。


 当然、右だよな。


 すとんと腰を下ろして何も無い平原を見つめた。



「ふぅ…………」



 夜空に浮かぶ満天の星々達が纏った煌びやかに光り輝くドレスの美しさに思わず声が漏れてしまう。


 夜風が頬を撫で、草々が擦れる音が心地良い。


 襲撃地点は此処から東へ離れているが……。こんな何も無い所で襲われたのか??



 襲われる方が無警戒だとしても、この静寂の中。相手に気付かれないで接近するのには相当な技術が必要だぞ。



 普通に歩いて来れば目立ち過ぎるし、例え接近に成功してもある程度の反抗は当然受ける。


 誰だって己の財産を取られたくないだろうし。


 もしかしたら、月が出ていない日を狙って犯行に及んだのかも。


 それなら接近を許すのにも頷ける。



 しかし…………。



 ど――も引っ掛かるんだよなぁ。ルトヴァンさんが言っていたデカイ人影。


 デカイって事は見上げる程の巨躯って事に当て嵌まるよな??


 つまり、デカイ野盗共が荒々しい息を荒げてこれ見よがしに武器を掲げて食料や金品を洗いざらい強奪して行った事になる。



 そのデカイという言葉が奥歯に挟まって気持ち悪い感覚を此方に与えていた。



 もしかしてじゃないけど……。アイツらじゃないよな??



 以前、スノウへ続く大森林の中で会敵した大蜥蜴リザードの野盗共。


 ルトヴァンさんの言葉を受けてから奴らの姿が頭の中で何度も現れ。払拭しようも、しつこくしがみ付いて離れなかった。


 けど、あの大蜥蜴を見て只単に『デカイ』 の言葉で済ますとは思えない。



 大きな武器を持った二足歩行の大蜥蜴に襲われた。巨大な化け物に襲われた命辛々逃げ切った。



 これなら大蜥蜴の様相に酷く当て嵌まる。しかし、襲撃した野盗には当て嵌らないんだよねぇ……。



 俺達はアイツらに襲うのは止めろとは言った。


 だが、止めるとは言っていなかった。



 あの野盗の女首領、デイナって名前だっけ??


 北から南下してこの一帯で強奪行為を行っているんじゃないだろうな……。


 もし、万が一にも見掛けたら一言厳しく言ってやらんと。



 確か前回会敵した時の向こうの人数は、六体。


 トアの実力なら一体程度は相手を務めてくれるかも知れないが、他の護衛者は論外だ。



 彼我兵力差は五体一。俺一人で五体もの大蜥蜴を相手にしなきゃならない。



 襲撃してきたら平和的に会話で解決したいけれども、魔物と仲良くお喋りしていたら間違いなく異形の存在と扱われてしまう。


 そうなれば軍部から追放され、運が悪ければ牢屋に閉じ込められて一生塀の外に出られない可能性も出て来る訳だ。



 平和的に解決を望んで牢屋にぶち込まれるか、将又力に物を言わせて実力的に解決するか。



 野盗がアイツ等だった場合、難しい選択肢に迫られそうですよ。




「あの……」



 奴らに放つべき厳しい説教の言葉と武器を持った六体の対処方法を考えていると、心地良く歌い続ける夜虫も心配になりそうな細い声が響いた。



「どうかしました?? リフィレさん」



 周囲の環境に合わせて、ゆるりと振り返り話し掛けた。



「あ、いえ。今御時間宜しいかなと」


「代り映えの無い風景に時間を悪戯に消費していた所ですよ」


「そ、そうなんですか……。へぇ……」



 うん?? 何か用があって来たんじゃないのか??


 直接聞こうとするも厄介払いみたいに受け取られるのは嫌だしなぁ。


 取り敢えず口を閉ざして、体の前でモジモジと指を合わせる彼女の姿を静観した。




「そ、そこ、座っても良いですか??」



 複雑に絡み合った指を解除して岩の片割れを指差す。



「そちらは座り心地が悪いので、此方へ腰を掛けて下さい」



 すっと立ち上がり、尖った岩に尻を預けた。



「あはっ、本当だ。座り易いです」



 そりゃどうも。


 こちとら尻の機嫌が悪いのですがね。



「すいません。移動して貰って」


「気にしないで下さい。お偉方を優先するのは当然の事ですからね」



 ちょっと硬い空気を解す為、少しばかりお道化て言ってやった。



「もう。そんなんじゃ無いです。まだ成りたてで見習いって言ったじゃないですか」


「申し訳ありません。そうでしたね」


「あの……。一つお聞きしても宜しいですか??」


「何です??」



 やっと本題かしら。



「レイドさんはどうして軍に入隊したのですか??」


「入隊した理由は、この国を守りたい。そして育ててくれた孤児院の皆に礼を返したくて入隊しました」



「あ……。す、すいません!! 嫌な事聞いちゃいましたね」



 嫌な事?? 特に相手を困らせる様な事は……。



「あ、孤児院ですか?? 気にしないで下さい。もうそういう事は慣れちゃいましたから」



 こんな下らない事が聞きたいのかな??



「物心ついた頃にはもう一人でしたので」


「寂しくありませんか??」


「いいえ?? 寧ろ、今は多忙の中に身を置いているのでそれを感じる暇さえありませんよ」



 ワザとらしく首を窄めて言ってやる。




 喧しくて良く食う龍。


 和を重んじる柔和なミノタウロス。


 誰よりも賢くて堅実な海竜。



 厚顔無恥で距離感が間違っている蜘蛛。

『ちょっと!! レイド様!?』



 嫋やかで艶やかな蜘蛛。


 底抜けに明るい金色の瞳の狼。強さを体現した翡翠の瞳の狼。



 これだけの仲間に囲まれていれば本当に……。そんな事を考える暇なんて無いさ。



「お忙しそう」


「では、御伺い致しますが」


「あ、敬語は止めて下さい。多分、同年代ですよね??」



 俺が話し出そうとすると、彼女が言葉をせき止めた。



「自分は二十二歳ですよ」


「へ、へぇ。そうなんですかぁ。やっぱり同年代ですね」



 にこりとも引きつりとも受け取れる、微妙で何とも言えない表情を浮かべる。


 ひょっとして年上かな??


 まぁ女性に年齢を聞く等、野暮なことはしないけどさ。



「では、丁寧語にしますね。リフィレさんに聞きますけど、どうしてイル教に入信したのですか?? それと。その地位になるまでの経緯を聞けたら嬉しいです」



 時間潰しには持って来いの質問を御用意した。



「イル教に入信したのは物心つく前からですよ。両親が信者でしたので、幼い頃からずっと教会に通い詰めていましたのでその流れからです。しがない田舎の街の出身ですけど、そこで教えを守り続けていたらいつの間にかこの地位まで昇り詰めていたのです」



 ほぉん。


 両親共に熱心な信者さんなのかしらね。



「ところで……。その教えってのは一体何ですか?? それに教会ではどんな事をしているので??」



 気になった事を聞いてみた。




「教えは、聖典マイノリティーテンを唱え。これを遵守して本来人のあるべき姿を守る事です。教会では主に聖典の教えを説き、信者に咀嚼して貰って教えを深める事をしていますね」



「聖典??」



 そんな物があるのか。初耳だな。



「はい。十の教えを説き、それに従い人らしい姿を守って日々を送る教えです」



 人らしいねぇ。


 魔物は門前払いって訳か。



「厳しい教えが十個も?? 大変ですね」


「厳しいのは初めの方だけですよ。シエル皇聖が唱えた教えも含まれているんですよ??」


「それは初耳です」



 別に知らなくてもいいけど。



「この際だから聞いてみます??」



 御遠慮願います。


 そう言い出すのをぐっと堪えた。



「じゃ、じゃあ時間もある事だし。聞いてみようかな」


「はいっ!!」



 いや、別に入信する訳じゃないからそんなに明るい顔をしなさんな。




「おほんっ!! では……。 一つ、なんじ魔物を恐れよ。 二つ、汝魔を信ずるな。 三つ、汝魔を滅せよ。 四つ、汝魔と交わるなかれ。 五つ、汝人を信じ、魔を疑え。ここまでが旧聖典の教えですよ」



「旧……。って事は新約のも合わせて十個なの??」



「そうなんです。旧聖典は今から約三百年前、イル教が成立した時に編纂されました。それから時は流れ。時代に合わせて新しい教戒が作られて今日に至ります」



 時代に逆らった教えだと、信者の獲得にも影響するからなぁ。


 賢いやり方だ。



「では、続きを……。 六つ、汝清らかであれ。 七つ、汝勤勉、勤労であれ。 八つ、汝法に従え。 九つ、汝武器を手に取れ。 十、人を愛し、敬え。となります」



「お――。全部すらすら言えたね??」


「ど、どうも……」



 軽い皮肉なのにそこまで照れなくてもいいじゃないか。



「シエル皇聖が御作り成られたのは八つ目の……」


「法に従え??」


「そうです。九番目と十番目はイル教の総意で作られました」


「気になったんだけどさ。最後だけ汝って単語が出て来なかった理由って分かる??」


「それは……。いい質問ですね……」



 おいおい。


 トーテム……じゃなかった。


 パラディムだっけ??


 高い地位の人が答えられなくてどうするんだい??



「――――。人を愛し、敬え。これに全ての言葉が集約されていると思います。つまり、汝と問わなくても至極当然の事に従うべきである。そう教えているのですよ」



「…………本当に??」



 疑う訳じゃないけど、どうも怪しいなぁ。



「ほ、本当です!! …………多分」


「あ!! 今最後に何か付け加えたでしょ!!」


「ち、違います!!」


「怪しいなぁ??」



 口元をにやりと歪めてやった。



「も、もう!!」


「はは、冗談ですって」



 これ以上揶揄ったら本気で怒られかねない。


 そう思い、降参の意味を含め両手を上げて話した。



「ふふふ……。レイドさんって面白い御方ですね」


「もっと強面になりたいのですが。性格が邪魔するのかな」


「想像通り、優しい人で良かったです」



 うん??


 想像通り??


 どういう意味だろう。



「リフィレ、明日の行程の話がある。こちらに来なさい」



 ここから少し離れた所からアズファさんが話し掛けて来る。



「分かりました!! それでは、失礼しますね。お忙しい中、お話出来て楽しかったですよ!!」


「どうも。足元暗いから気を付けて下さいね」


「ありがとうございます!! …………キャッ!!」



 言わんこっちゃない。


 ま、怪我はしないでしょう。地面には草が生えているし。




 聖典……か。


 信者達はその教えを守って日々の生活を送っているんだよな??




 人を殺めてはいけない、人の財産を奪ってはいけない、人を傷付けてはいけない。




 殺人、強盗、傷害。


 法が整備された世の中でこの様な行為を行えば当然重い罪が課せられる。

 

 只でさえ人は法に縛られて生きているのに、そこから更に十個も制約を付け加えて肩が凝らないのか??


 それが生活の一部となっているのなら苦にならないのだろう。



 人は法を遵守する、それが文明社会で生きる人に課せられた使命だから。



 しかし宗教的制約はあくまでも個人の自由選択によって課せられるものであって強制的に課せられるものでは無い。


 その自由選択によって得られるものは果たしてあるのか。


 教えを守っていたからといって殺されない保障は無いし、財産を奪われないとも言い切れない。


 大変御立派な教えを守って日常生活を送るのは自由だが、結局。自分の身は自分で守り、自分の家族は自分で守らなければならないのだ。



 そう……。最終的に極論付けると。



「自分だけが頼り、だよな??」


 この世に家族と呼べる存在を持たない俺にとってこれが全てだ。



 だが、今は違うと思う。



 ちょっと……。はは、いいや。


 大分五月蠅いけど、家族以上に親しい仲間が今は側に居てくれるからね。


 膝から崩れ落ちてしまいそうな程辛い悲しみを背負ったのならば、無機質な紙に書かれた教えよりも俺は彼女達に向けて救いを請うよ。



 それが今の俺の心の正直な答えだ。



「ふわぁぁ……。眠いけど頑張らなきゃな」



 教えられた十の戒律を何んとなぁく思い出しながら視線を彼方の闇夜に向け。何度も湧いて来る欠伸を噛み殺しながら哨戒を続けていた。



お疲れ様でした。


花粉症なのかそれとも風邪なのか。どうも体調が優れません。


皆様も体調管理には気を付けて下さいね。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


体調が悪く気持ちが下がっている中、嬉しい励みとなります!! これで今週末も頑張ってプロットが書けそうです!!


それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいね。

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