第三十九話 意外な同行者
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは御覧下さい。
下町感溢れる宿屋からボケナスが残していった微かな匂いを頼りに大通りへと出ると、その痕跡が途絶えてしまうのでは無いかと思われたが……。
狼と龍の嗅覚は伊達では無く。
人々の足が巻き上げる土埃、そこかしこから溢れて来る生活臭、馬車の車輪の鉄にこびり付いた錆び等々。
雑踏の中に犇めき合う無数の匂いの中から、目に見えぬ拙く細い糸を必死に手繰り寄せる様にたった一つのボケナスの匂いを掴み取り。その匂いを辿って薄暗くて妙に汚れが目立つ道を北上。
それから暫く。アイツはいつもこんな道を歩いているんだなぁ、と。
追跡の任を忘れて興味津々といった感じで周囲へ視線を送り続けていると獣の香りがやんわりと周囲に漂う開けた空間が現れた。
ちょいと年季の入った数多くの厩舎。
その入り口、若しくは木枠の窓から獣の声と人が放つ音が零れ、木材の隙間からは濃い獣臭が溢れていた。
へぇ……。ウマ子を預けている厩舎って此処にあったんだ。
馬の世話をする調教師達に見つからぬ様、数多く存在する厩舎の中からボケナスとウマ子の香を探しつつコソコソと移動を続けていると。
『ねぇ!! あそこの厩舎から二人の匂いが届くよ!!』
ニッコニコの笑みでルーが一番奥の厩舎を指差し、私達はその厩舎の入り口が見える家屋の影に隠れて様子を窺い始めた。
「ウマ子ちゃんの匂い。分かり易いねぇ」
獣だから馬の匂いに親近感が湧くのか。
風に乗って届く獣臭を端整な鼻を楽しそうにヒクヒクと動かして匂いを嗅いでいる。
「どれどれ?? …………、うぅむ。微妙にしか分からないわ」
狼の嗅覚には僅かに及ばないのか。
嗅ぎ慣れた匂いは小石の欠片程しか捉えられなかった。
食べ物関係は大得意なんだけども、こっち関係は狼に一歩劣るか。
「レイド様はまだ出て来ないのですか??」
蜘蛛が私達の後方から声を上げる。
「そろそろ出て来るんじゃない??」
灰色の長髪をルンっと動かして建物の影から顔を覗かせて話す。
「ルー、身を乗り出し過ぎ。向こうから見えちゃうわよ」
「あぁ、ごめんごめん。でもさ、ちょっと楽しいよね!! 見つかったらいけない遊びみたいでさ!!」
「見つかったら最後、仕事真面目な海竜と一緒に楽しい文字の波に揉まれなきゃいけないのよ??」
私に向かって陽気な笑みを浮かべる能天気なお馬鹿さんに言ってやった。
「カエデちゃんと一緒に居るのも楽しいけど、それがあるからなぁ。気持ちを入れ替えてシャキッとしないと……」
留守番のカエデには苦労を掛けるわね。
だが、アイツがちゃんと与えられた仕事を全うしているのか。それを監視するのも我々の立派な仕事なのだよ。
龍の力を暴走させない為にも私が見守ってやらないと。
うん。
そうよ、そうしなきゃいけないのよ!!
決して!! アイツの身が心配な訳じゃないんだから!!
等と一人で納得していると、見慣れた顔が厩舎から出て来た。
「わっ。出て来たよ」
「うし。一旦下がって死角に入るわよ」
影に紛れて姿を消そうとするが……。
「レイドさ――ん!! 気を付けて行ってきてくださいね――!!」
「はぁ――い、行って来ま――す!!」
お――いおいおいおい。
ありゃ誰だ??
黒い帽子を深く被って表情はよく窺えないが、一人の若い女性がボケナスに向かい親しい笑みを浮かべて見送っていた
随分と親し気じゃないかぁ?? えぇ??
「まぁ!! 私という妻を御持ちでありながら、白昼堂々浮気ですか!?」
はい、無視。
「むぅ!! 仲良さげだね!! あの女の人!!」
「ハハ。コンドトイツメテヤル」
「マイちゃん、それ何語??」
口に猿轡をはめて、縄でギチギチに拘束して、黄金の槍の穂先を眉間に当てて問い詰めてやろうかしら??
行き場の無い怒りを壁にぶつけ。
「マ、マイちゃん。壁を壊しちゃ駄目だよ??」
「ふんっ。死角から追跡を始めるわよ」
あの大馬鹿野郎めが。今はお日様が大馬鹿笑いして空に輝いているけどよぉ……。
一旦日が沈み、闇が世界を覆う様になったら暗闇に紛れて首を刈り取ってやろうかしら。
見つかる前に相手を気絶させたらカエデが提示した条件は守られる訳だし。
悪魔を越える悪魔的な口角を上げて私達は薄暗ぁい裏路地の影へと身を顰めたのだった。
◇
さてと、ウマ子の調子も良さそうだし。
後は物資を受け取って出発するだけだな。西大通りに出て忙しなく移動を続ける馬車の邪魔にならぬ様に車道の端を悠々と進んでいた。
天気も悪くは無いし、早めに就寝した所為か体調も優れている。万全な体調に御の字といった所なのだが。
只、気掛かりが幾つかあるので何とも言えない気分になってしまう。
一つ目は今回の同行者。
相当な手練れと言われていたし、きっと階級も上の筈。
初めての共同任務に緊張しないと言えば嘘になる。
相手に迷惑を掛けないか、今から心配ですよ……。
二つ目は良い思い出の無い街で、しかもイル教関係者の護衛。
任務とは言え、敵対するかもしれない勢力の者を守るというのは気が引ける。
いっその事誰か他の人に頼んでくれないかな。
それが今の本心だ。
「なぁ。俺じゃなきゃ駄目なのかな??」
『私に言われても困るのだが??』
ウマ子が俺の声に反応して面長の顔を此方へ向ける。
「だよなぁ。まぁでも、あれだ。幹部の護衛って事は俺も軍部から信頼されるに値する人物に見られる様になった。そう捉えて素直に喜ぶべきじゃないか??」
『だから。私に言われても答えようが無いと言っている』
ちょっとだけ目を細めて、それ以上口を開くなと此方へ伝えてきた。
「冷たいなぁ。あ、ここ曲がるぞ――」
本部へと続く細い路地へ向かって手綱を操り、左折。
荷馬車一台がギリギリ通れる道幅に毎度申し訳無くなりますよ。
何故なら……。
「あ、すいません。通りますね」
「あ――。はいはい……。構いませんよ」
狭い道幅ですれ違うのに、歩行者に一旦立ち止まらせて。しかも、壁に張り付いて頂くからだ。
頭を慎重に下げて何とも言えない顔を浮かべながら進んで行くと、普通過ぎて逆に怪しくなる建物が見えて来た。
「よっと。ウマ子、ちょっと行って来るから待ってろよ」
『分かった』
御者席から颯爽と降りて、ウマ子の体を一撫でしてからちょいと痛みが目立つ扉を叩く。
「レイドです。レフ准尉、いらっしゃいますでしょうか」
澄んだ空に相応しい声量で扉に話し掛けると。
「――――。入ってよ――し」
随分と間延びした声が返って来た。
もう少し覇気ある声で答えて下さいよっと。
恐らくこの心地良い朝の雰囲気をおかずに温かい飲み物でも飲んでいるのだろうさ。
「おはようございます!!」
「ん――。おはよう」
ほらね。
いつも通りに椅子に腰掛け新聞を片手に朝の紅茶を満喫していた。
似合うなぁ、その姿。
「早速ですが。こちらが報告書になります」
鞄に手を突っ込み、忌々しい紙の束を取り出してさぁどうぞ御覧下さい!! と。机の上に置いてやった。
「ん――。確認するから座って待ってろ」
「了解です」
言われるがまま椅子に座り、無意味に指を動かして報告書の出来栄えの感想を待った。
「…………むっ」
視線が左から右へ流れていたがある一箇所に留まり不穏な声を上げる。
どこか間違っていましたか?? 可能な限り推敲を繰り返しましたけども……。
「むぅ。これならまぁいっか。うん、許容範囲だ。誤字が幾つかあったが私が直しておくよ」
「ありがとうございます!!」
ほっと胸を撫で下ろし、安堵の息を漏らす。
良かった。何とか及第点を頂けたようだ。
「しかし、良く書けているな。これだけの量を仕上げるのも大変だっただろ??」
「二日間、悲鳴をあげて。血涙を流しながら仕上げましたから」
「はは、御苦労さん。さてと、物資を見繕うか」
紅茶を飲み終え、受け皿にカップを戻して奥の扉へと向かう。
「往復で八日間だろ?? 多めに積載しろと指示されているけど……。大丈夫か??」
「えぇ。ウマ子が顰めっ面を浮かべるかも知れませんけどね」
扉を開けてそのまま備品室へと入った。
ここはいつも変わらないな。
壁際に設置されている大きな棚に整然と食料、武器、消耗品が並べられている。
少々薄暗いのが難点だが、それも気にならない程度。
これだけの品、レフ准尉が申請したり手回ししてくれているんだよな。
数々の品を見つめながらそんな事を思っていた。
「んっと。申請しておいた物資は届いたから……。他に何か必要な物はあるか??」
食料の山が積まれている一角に立ち、此方へ振り返る。
「いえ。特に必要な物はありません」
そうそう。新しい鉄鍋も手に入ったし。
今回の任務中に是非とも使用感を確かめておきたい。
きっと、最高に……。手に馴染むぞ。
「何だ?? ニヤニヤして?? 気持ちわるっ」
上官殿。最後の御言葉は添える必要はありましたか??
「新しい鉄鍋を入手しまして。今回の任務中に使用してみたいと考えていました」
「鉄鍋ねぇ。言ってくれれば申請したのに」
准尉に依頼するととんでもない場所から盗んでくる恐れがありますからね。
おいそれとは申請出来ないのが本音であります。
「自分が購入した鉄鍋は凡百の鉄鍋とは違います!! 美しい曲線に、手に馴染む柄。まさに職人の魂が具現化された逸品なんですよ!?」
軍部の人間はどうせそこら辺の鉄鍋を寄越すのであろう。
美味い飯を作る為には、良い道具を。
そう言われている様に体を資本とする仕事に携わる以上、可能な限り良い道具を揃える必要があるのです!!
「はいはい。それはようございましたね。ここにある食料、全部載せるぞ」
「あ、はい……」
これから道具について語ろうと胸に空気を取り込んだが無駄足になってしまった。
急いで彼女に倣い、両手一杯に物資を抱え部屋を出た。
「ここにある物資は全て、レフ准尉が手回ししてくれたんですよね??」
「ん?? あぁ、勿論だ。任務に合わせて物資の申請をしなきゃならんし。それだけじゃないぞ。任務の要請があったら本部に足を運んでそれを受諾、各部署に任務の内容を申請。お前の危険手当、物資の在庫の管理。その他諸々……。考えている以上にやることが山積みだからな」
そうだったんだ……。
「お前、今。どうせ椅子に座って楽な仕事ばかりしているんでしょ?? って思ったな??」
目元をキッと尖らせて此方を睨みつける。
「い、いいえ!! 決してその様な事は!!!!」
「嘘を付け!! 私もなぁ、下げたくも無い頭をお偉方に下げてんだよ!!」
「い、痛いですって!!」
レフ准尉が先に物資を荷馬車に乗せて両手に余裕が出来ると、俺の頭を脇に抱え予想以上の力で締め上げて来る。
痛さもそうだが、頬に当たる女性の一部が気になって仕方が無い。
「ふんっ。まぁ、危ない橋を渡るのはお前だ。私では無い。その橋を支える為の仕事と思って貰えればいい」
満足するまで締め上げたのか。
両腕をパっと外し、腰に両手を当てて心外だと言わんばかりに大きな息を漏らした。
「いたた……。重々承知していますよ」
「――――、なぁ。今回の任務だけどさ」
「何ですか??」
彼女に倣い荷物を搬入しながら返事を返す。
もうちょっと整然と荷物を置いて欲しかったな……。
小麦粉が詰まった麻袋はもっと奥まった所へ置こう。
「護衛対象に危険が迫っても自ら命を投げ出す真似は止めろ。アイツらの為に死ぬ事なんて無いんだからな」
「ここ、外ですよ。誰かが聞き耳立てて居たら不味いですって」
「構わんさ。ど――もいけすかないんだよなぁ。イル教の奴らって。一年中ずぅっと同じ白いローブだし、それにほら金を払っているからって私達の管轄にも我が物顔で入って来るだろ??」
「向こうにとっては当然の権利だと思っているのでしょう」
再び備品室に向かいながら話す。
「そりゃそうだが……。なぁ、シエルちゃんって奴はどんな人だった??」
ちゃんって……。
「シエルさんですか?? ん――。話した分には普通の感じでしたけど。何んと言うか……。奥底に眠る部分は決して見せてくれない。そんな風にも感じましたね」
そう。
魔物排斥を掲げる教団の最高指導者であり、この大陸で最大数の信者を抱える教団を導く存在が彼女だ。
麗しい口から放たれる声色には人を納得させる力を有し、美しい花も途端に頬を朱に染めてしまう容姿端麗さ、万人が手本にすべき物腰の柔らかさ。
シエルさんの背後に目を向けなければ、信用せざるを得ない外観と性格を有している。
彼女の人柄に惹かれた者もいれば、類稀なる求心力を持つ彼女に魅入られた信者もいるだろう。
だが、心の奥底から彼女を信用してはいけない。マイ達、魔物側に付く俺にとってそれは初志貫徹しなければならない事だ。
「ほぉん。普通ねぇ」
「それがどうかしました??」
「いや、その普通さに惹かれた信者もいるんだろうなぁって」
「自分もそう思っていますよ。綺麗な花から放たれる香りには蜜蜂が寄るものですからね」
「じゃあ、お前もその一匹の蜜蜂にならないように気をしっかり保てよ?? 直ぐに引っ掛かりそうな感じだし」
俺ってそんなに頼りなく見えるのかしらね。
「それは言い過ぎではありませんか?? 自分はそこまで女たらしではありません!!」
胸を張って言ってやった。
「どうだか……。ほら、集合時間に遅れるぞ。早いとこ物資を載せて出発しろ」
「了解です」
この水樽結構重たいな……。
いつもは支給された水樽の中身は早めに使用して荷物の総重量を軽減。
失った水はカエデがアオイに頼めば直ぐに用意してくれたからそこまで気にしていなかったけども……。彼女達にどれだけ負担を掛けていたのかが重さを通して体に伝わって来る。
便利な分、それに慣れてしまえば不便な物がより厳しく感じてしまうものだ。
今度から水は多めに載せようかな……。
でもそうすると他に荷物が載らないし。
う――ん。
本人達に直接聞くのが早そうだ。任務から帰還したら相談してみよう。
慌ただしく、引っ切り無しに備品室と荷馬車を往復し。任務への準備を滞りなく整えながら一人であれこれ考えていた。
――――。
上官から激励を受けて本部を発ち、狭い道を通り抜けて西大通りを西へと向かって進んでいる。
太陽も朝の微睡から解放され、意気揚々とその力を遺憾無く発揮して行き交う人達の体力を奪い始めていた。
「ふぅ……」
背もたれに掛けて手綱を握る。
早朝は少し肌寒かったけど、時間が経つとポカポカ陽気が微睡を誘いますねぇ……。
「いらっしゃ――い!! 新作の首飾りは如何ですか――??」
「冬の夜長に蝋燭は欠かせない!! 今日は安くしておくよ!!」
うむっ。
店主達の掛け合いも大盛況だ。
右と左の端から陽気な声が心を楽しませ、陽性な感情を抱かせてくれる。
帰って来たらまた色々回ろう。
色んな店、か。
そう言えば、昨日はエルザードと色んな店を回ったな……。
中々お手頃な値段の御飯屋さんに機能性も見当たらない服屋、装飾店にパンケーキのお店。
都会の文化に触れた彼女は大満足して帰って行ったが、最後に放った言葉がどうも引っかかっていた。
師匠に見せびらかすと言っていたけど……。大事になっていないよ、な??
会って早々に殴られたら堪った物じゃ無いし。
『どうした??』
ウマ子が此方へ振り返り、円らな瞳を向ける。
「ん?? あぁ。ちょっと色々考え事をね」
『そうか。出発前に余り気を張るなよ??』
「分かっているって。ほら、西門だぞ」
視線を上げると王都の内部、そして外部から忙しなく人を吐き出しては飲み込んでいる空間が見えて来た。
俺達もその一部となり、城壁と城壁との間を通り抜け。人工物である石畳の上から、天然自然の土の街道に踏み出した。
さてと……。
ここら辺りでもう一人の兵士と落ち合うんだよな??
御者席から降車し、周囲を見渡すが……。大勢の人々の中にそれらしい影の欠片でさえも見つからなかった。
まだ、来ていないのかな。
集合場所は此処だから待っていればいいだろうけど、どんな人が来るか多少の不安はある。
常に眉を尖らせて喚き散らす怖い人は勘弁して頂き、出来れば階級も近い人が良いなぁ。
街道からそして王都内から続々と現れては消えていく人々の波を何とも無しに見つめていた。
「――――――――。うそ……。レイド??」
うん?? 誰だ??
声の聞こえた王都方面へ顔を向けると。そこにはきょとんとした表情を浮かべる首席卒業の同期が愛馬に跨ってやって来る所であった。
「ト、トア!? まさか、同行者って……。お前の事だったのか!?」
う、嘘だろ?? これには心底驚いた。
手練れの同行者ってトアの事だったんだ。
「あぁびっくりした!! 前線に帰ろうかという時に共同で任務に当たれって。言われた通りに来てみれば……。まさかレイドがいるなんて思ってもいなかったわよ!!」
「それはこっちの台詞だ。でも、見知った仲の奴と組めて溜飲が下がったよ。とんでもなく厳しい人が来たらどうしようか内心ビクビクしていたんだ」
まるで幽霊を見た時の様に驚き、これでもかと目を丸くしている馬上のトアへ言ってやった。
「何よそれ。じゃあ御望み通り、厳しくしてあげましょうか??」
トアらしい明るい笑みを浮かべながら愛馬から降りる。
太陽の光を吸収した明るめの茶色の髪がふわりと流れ、快活な笑みとそれは良く似合っている。
物言わずとも元気が体内から満ち溢れ。活発な四肢が周囲へ明るさを振り撒き、彼女の周りに居るだけで床に臥せている病人でさえも朗らかな笑みを浮かべて上体を起こすだろさ。
久し振りに見たけど、相変わらず元気そうで何よりだ。
あ、いや。ちょっとだけ髪の毛が伸びたのかな??
「それは勘弁してくれ。リクも久々だな!! 元気にしていたか??」
そう言いながら馬体を擦ってやる。
トアの愛馬、リク。
美しい栗毛色の体毛に、大地を颯爽と駆け抜ける事を可能にするしなやかな筋力。
足の速さも然ることながら、持久力も一級品であり首席卒業のトアに誂えたような能力を備えている。
名前は雄らしいが、実は女の子なので接する時には注意が必要です。
その大まかな理由は俺の背後にある。
『貴様!! 何をしている!!』
ウマ子が荒々しい鼻息を吐き、前足で地面を短い間隔で鳴らす。馬に触れた事が無い者でさえも途端に理解出来てしまう程の憤りを表現してしまった。
他の牝馬に少しでも触れるとこうですもの……。
「相変わらず嫉妬深いわねぇ。ウマ子ちゃんは」
「だろ?? 別に目移りしている訳じゃないのに。なぁ?? リク」
『……』
体から頬へ撫でる手を移す。
彼女は気持ち良さそうな嘶き声を上げて俺の手を受け止めていた。
「おぉ。触り心地も良いじゃ……。いってぇ!! ウマ子!! 頭食むなって!!」
『喧しい!!』
背後から馬の口が襲来。
ポフポフの唇の中に存在する頑丈な歯が髪の毛を食み、頭皮が剥がれてしまうかと錯覚させる痛みが頭部を襲った。
「分かった!! 放すから!!」
『ふんっ。初めからそうしろ』
ったく!!
何で撫でただけで噛みつくんだよ!!
「あはは!! 御主人様の浮気が心配なんだよね――??」
トアがウマ子の体を撫でてそう話す。
『無きにしも非ず。といった所だな』
『…………』
それを見たリクがウマ子にそっと近寄り鼻を差し出し、馬流の?? 挨拶を交わした。
「ん?? 荷物少なく無いか??」
こっちは馬鹿みたいに多い荷物を運んでいるっていうのに。
リクに備え付けられている物資の量が明らかに少ない。
「何でも?? 同伴する兵士に物資を運ばせるから食料とか、必要最低限の荷物でいいって言われてさ」
あぁ、だからこちらの荷物が多いのか。
「じゃあ、俺とウマ子が荷物を預かるよ。ウマ子、俺達は大事な物資を運ぶから細心の注意を払って進むぞ??」
『任せておけ』
リクから鼻頭を放し、こちらに視線を送ってくれた。
どうやら向こうも挨拶は済ませたようだな。
「よしっ。じゃあ俺達も早速レンクィストまで出発するか??」
「そうね。昼までには到着したいし……。リク、行くよ」
トアが話し掛けると彼女にすっと近寄り、馬上に乗り易い様に己の体を差し出す。
「おぉ。ちゃんと言う事聞くじゃないか」
「当ったり前よ。この子とは一心同体なのよ」
軽々とリクに跨り手綱を取る。
ほぅ……。そう来ましたが。
ならば!! 俺達の絆の深さを改めて思い知らせてやろうじゃないか!!
「ウマ子!! 俺達も人馬一体となって突き進むぞ!!」
勢い良く御者席に乗り、手綱を取るが……。
『先程の件。まだ許した訳では無いぞ??』
きゅぅっと目を細め、憤りを籠めた視線で俺の顔を睨みつけ。その場から微動だにしない。
「悪かったって。第一、挨拶程度じゃないか。あれ位誰でもするって」
『誰にでもするのか!?』
俺の台詞が気に障ったのか、グワングワンと頭を上下させてしまう。
「違う!! そういう意味じゃないの!!」
「はは!! レイド――。ウマ子ちゃんの尻に敷かれているじゃない」
「そんなんじゃない!! ほら、ウマ子。出発するぞ」
『ふんっ。乗り心地は保障しないからな??』
敢えて急に加速する事でしこたま背もたれに体をぶつけてしまう。
「いって。もう少し優しく出発してくれよ……」
「いいわよ――。ウマ子ちゃん。そうやって御主人様を少しずつ調教していきなさい」
『無論、そのつもりだ』
「うちの子に余計な情報与えないでくれる??」
慙愧に堪えない思いを胸に抱き、頼もしい同行者と共に土と草の匂いが漂う街道を北へと向けて進路を取った。
お疲れ様でした。
いよいよ彼の御使いが開始されます。果たして無事に護衛の任を果たせるかどうか。そして、彼等の後を付かず離れず尾行を続ける彼女達は見つからずに任務を達成出来るか。
温かい目で見守って頂ければ幸いです。
本日のお昼は予定通りチキンカツカレーを頂いたのですが、プロット執筆活動の関係で食事時間が午後三時にずれ込んでしまい。夕食を摂らずにそのまま編集作業を続けていました。流石にこの時間帯にもなると腹が空くので夜食でも作りましょうかね。
ブックマークをして頂き有難う御座いました!!!!
現在番外編のプロットも執筆していますのでその嬉しい励みとなります!!
それでは皆様、お休みなさいませ。