表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
413/1225

第三十七話 素敵な魔法に魅せられて

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


そして、この御話を以て連載開始一周年を迎える事が出来ました!! 


それでは御覧下さい。




 日が落ちて人通りが寂しい場所に辿り着くと体の側を通り過ぎて行く風に肌寒さを感じる。


 その寒さに堪えたのかそれとも己自身の欲を満たす為なのか。今も右腕にしがみ付いている女性がより強固に体を密着させてしまう。


 エルザードの柔肉の感触が頼りない服の装甲を貫いて肌へ伝わると、心臓が一つ五月蠅く鳴り目を白黒させた。


 通常あるべき男女間の距離感を保つ様に注意を放つべきか……。


 ずっと離れてくれない彼女に対して先手を取ろうと口を開こうとすると。



『――――。人通り、少なくなって来たね』



 静かな雰囲気に相応しい澄んだ声色で先手を取られてしまった。



「あぁ。もう皆家路に着いたんだろ」



 太陽の半分は地平線の下に隠れ、もう殆ど夜と判断していい暗さだ。


 夜は人の欲望を特にその……。何んと言いますか。


 静かな雰囲気と先の見えない暗闇が、人間の世継ぎを残そうとする本能を活性化させてしまうのだろう。



 大通り沿い併設されているベンチには今も恋人同士が仲良く座り。全く以てケシカン事にそこかしこで、男女が新しい命を紡ぐ序章を奏で始めていた。




「ねぇ……。駄目っ」

「いいじゃん。誰も見ていないよ??」



『んわぉっ。あの男、大胆――っ』



 お兄さん、淫魔の女王様にガッツリ見られていますよ――。



「んっ……」

「こらぁ……。家に帰ってからぁ……」



 そうですよ――。公然の面前でやるべき事ではないですからね――。



『お盛んねぇ。淫靡な雰囲気は嫌いじゃないわ』



 卑猥な音と怪しい大人の雰囲気が漂う周囲をがっつりと観察しているエルザードがそう話す。


 流石、淫魔の女王。


 こういう雰囲気はお誂え向きって事か。


 公の場で怪しい行動を取るのは彼等の勝手ですけども。それを堂々と観察する貴女もどうかと思います。


 ここはそっと静かに通り抜ける事が大人としての処世術なのですよ。




『ね。私達も……彼等に倣ってさ。してみる??』


「明日も早いから、またの機会って事で……」



 出来るだけ動悸を悟られぬ様に話してやった。


 何で人の目が当たる所で恥ずかしい行為を出来るのですか!! お父さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ!? と。


 世のお父さん達が年頃の娘に対して常々感じている事を、腰に両手を当てて時間が許される限り説教してやりたい気分だ。



『むぅ……。こんな良い雰囲気なのに??』


「あのねぇ。人通りがあってしかも外だぞ。俺はそこまで肝が据わっていないの」



 右腕に絡みつく柔肉に言ってやった。



「意気地なしぃ。…………。クソ狐が言っても、そうやって返事を返すの??」


「師匠がそんな事を言う訳無いだろ」


『仮定の話よ、仮定の』


「多分、同じ返事をすると思うよ。第一、俺と師匠じゃ釣り合わないだろ」



 一方はこの星の生命を造り出した九祖の血を引く由緒正しき血統、片や両親に見捨てられ孤児院で育ったちっぽけな人間。


 生まれも、強さも、器量も。全ての桁が違い過ぎる。



『ふぅん、そっか』


「それより、ほら。もう直ぐ門に到着するぞ」



 他愛の無い会話を続け、恋人同士の奏でる愛の歌を無理矢理聞かされていると本日の行程の終わりを告げる門が此方を迎えた。



『もうお別れ、か。何だかあっと言う間だったわね』


「そうだなぁ。待ち合わせたのが昼前だったのに……。数分前に感じるよ」



 本当に楽しい時間は過行く時を忘れさせてしまうのかも知れない。


 それとも仕事に追われる日々を過ごした後、こうして偶に訪れる空いた時間だから余計短く感じるのか。


 確実に言える事は、仕事の時間と休みの時間。両者は同じ時なのに体感時間が違い過ぎるって事かしらね。


 彼女が話す通り本当にあっと言う間に一日が経過したって感じだもの。



『ね、楽しかった??』


「勿論。普段出来ない貴重な会話も、そして愉快な話も出来たし」



 沢山の会話、並びに思わず注意を放ちたくなる行動から大魔の固定概念が少しばかり和らいだ気がする。


 あれだけ沢山の笑みを見せられればそうもなろうさ。



『良かった。本当はちょっとだけ不安だったのよ』


「不安??」



 門を潜り抜け、草木の香りが鼻腔を擽る街道へと出る。



『楽しんでくれているかな――、とか。迷惑じゃないかなぁ――って』


「おいおい。らしくないな?? 大魔と呼ばれる魔物はもっと堂々と構えているかと思ったよ」


『あのねぇ……。クソ狐はレイドの師だからそう見えるかも知れないけど。私は一人の女性として見て欲しいのよ』



「一緒に御飯を食べて、買い物をして、お茶を楽しみ、絵描さんに揶揄される。今日一日、俺はそうしていたつもりだったよ??」



 エルザードが放つ沢山の笑みと楽しい時間が、彼女が俺とは掛け離れた地位に位置しているという事を忘れさせたのかもね。



『そっか。嬉しいよ?? 私の事、そう見てくれて』



 右腕に絡みつく彼女を何気なく見ると。


 月光が瞳に怪しく反射して輝き昼の残り香か将又歩いている所為か。少しだけ頬が赤らんでいる。


 湿潤な唇から漏れる温かい空気が男の性を刺激して心臓の拍動を早めてしまった。



 ちょ、ちょっと。


 その表情は心臓に悪いなぁ。



『丁度良いや。あそこの雑木林の奥に行こう??』


「変な事しないよね??」



 本来女性が放つべき台詞を男性が吐く。


 何だか自分でも歯痒い気持ちが湧くのは気の所為でしょうか??



『御望みであればするけど??』


「結構です!!」


『あはは!! 可愛い――っ』



 周囲の人の目を確認すると。街道から外れ草が生い茂る野道を進み、暗闇が待ち構えている雑木林へと向かう。


 虫の鳴き声が小さく響くと鼓膜に嬉しい振動を与え、草を踏む柔らかい感触が心を落ち着かせてくれた。



「ここでお別れ、か」



 念話では無く、彼女本来の声色が優しい風に乗って此方に届く。



「誰も見ていないし、空間転移しても大丈夫だろう」



 周囲を見渡すが俺達以外に人影は見られなかった。



「名残惜しいけど……。明日も仕事だもんね」


「また時間ある時に色々話を聞かせてくれ」


「そんな事言っていいの?? 毎日でも来ちゃうよ??」


「訂正しよう。俺が休みの日で、仕事に追われていない時にのみに来て下さい」



 この人なら本当にそうしかねませんもの。


 悪戯な笑みを浮かべる彼女へ真摯に頭を下げて言ってやった。



「あはは、冗談よ。ちゃんと弁えているから安心しなさい」


「そいつはどうも」


「じゃあ、帰るわね」



 エルザードが手を翳して大地に魔法陣を浮かべる。


 薄い月明りそして風に揺られて草々が擦れる音。


 風景と彼女の美麗さの相乗効果によりその姿は美しく幻想的に映った。




「――――。あ!! ちょっと待って!!」



 危ない。


 見惚れていて忘れるところだった。



「ん?? 何??」


「その……。俺とカエデ達に指導してくれただろ?? お礼と言っちゃなんだけど。これを受け取ってくれるかな」



 おずおずと胸ポケットから可愛らしい紙袋を取り出してエルザードに渡す。



「え…………?? 貰って、いいの??」



 きょとんと、いや。


 驚きを隠せない表情でこちらを窺う。



「勿論。安物で申し訳無いけどさ」


「ありがとう。開けるね??」


「どうぞ。気に入ってくれるといいんだけど……」



 小気味の良い乾いた音を立てて紙袋を開け、銀細工の髪留めを夜空の下に取り出した。



「わぁ、可愛い……。これ、桜の花だよね??」


「そうだよ。似合うかなぁって思ってさ」



 後頭部を男らしく掻きながら話す。


 どうもこの雰囲気は苦手だ。



「…………どう?? 似合う??」



 微笑を浮かべて右の前髪を銀細工で留めると端整な顔が此方をはっきりと捉え、その明るい視線に当てられた頬の温度が微かに上昇してしまった。



「似合っているよ」


「レイド……。ありがとう!!」


「おっと……」



 正面から堂々と俺の胸に飛び込んでくる。


 両の手を背に回し密着させ、お互いの体の間に空気が入り込む余地は一切無かった。



「えっと……。何をしているのかな??」



 胸に顔を埋めて一向に顔を出そうとしない横着者へ問う。



「…………こんな不意打ち。卑怯だよ」



 鳴いている虫にさえ負けてしまいそうな声が響く。



「卑怯??」


「うん……。嬉し過ぎて顔が崩れて真面に保てない……」



 う――む。喜んでくれるのは素直に嬉しいのですが。


 生憎そこまで高価な物じゃ無いんだけどな。



「喜んで貰えて光栄だよ」



 エルザードの頭に手をポンっと乗せてやった。



「…………。ねぇ」


「うん??」


「このまま……二人でさ。どこか遠い所に行こうよ。誰にも邪魔されない私達だけの世界に」


「…………っ!!」



 息を飲むとは正にこの事だ。


 手の下からこの世で一番高価で美しい宝石よりも素敵な顔が現れ、俺の瞳を真っ直ぐに見上げて来る。


 潤んだ緑の瞳、月光を浴びた頬は熟成した桃色の様に柔らかく輝き、彼女から放たれる熱い吐息が思考を阻害させる。



「…………だ、駄目だって。任務もあるし」


 理性を最大限に発動させ、か細い肩を抱きしめようとする衝動を歯を食いしばって抑えた。




「仕事も、しがらみも、今抱えている二人の問題も全部捨て置いて。私達だけ本当に遠い場所へ行くの。誰にも邪魔されないそこで静かに暮らそう??」




 それが出来れば楽なんだけどね。


 生憎、真面目な性格が邪魔してかマイ達をそして仲間達を置いては行けませんよ。



「ほら、私の全部好きにしていいんだよ??」



 俺の手を掴み、背に回そうとするが。



「駄目です。優先事項が他にあるの」



 手をそっと払い、頭を軽く叩いてやった。



「いたっ。私がここまで誘っているのにぃ」



 むぅっと頬を膨らます。



「あはは!! その顔、餌を沢山頬張った栗鼠みたいだぞ」


「もう!! 揶揄って!!」



 増々膨れる物だから陽性な感情が止まらなくなってしまう。



「はぁ……。仕方が無い。追々、無理矢理拉致して正式に孕む事にするわ」


「堂々と誘拐宣言されても困りますよ??」


「だって、私は淫魔だもん。あ、そうだ」



 何かを思いついたのか、俺からするりと離れてにこりと笑う。



「どした??」


「ふふ――ん。この髪留め、クソ狐に見せびらかしてやろ――っと」


「っ!!!!」



 刹那。


 血の気がサァっと引き、顔が一気に冷たくなるのを感じてしまった。



『き、き、貴様ぁぁああ!! よりにもよって、あのクソ脂肪と出掛けたと申すのかぁぁああ――っ!?!?』


「や、止めなさい!!」



 師匠の御怒りの顔が頭の中に浮かび、気が気じゃ無くなる。


 今日一日の事が知られたらきっと俺の体は飛び散って五体満足じゃいられなくなっちゃうよ!!



「い――や。私の誘いを断った罰よ。ぬふふ。あいつの悔しがる顔が目に浮かぶわ」


「止めて!! お願い!!」


「じゃあねぇ――。レイド。また遊びに来るわ」



 手を前に差し出し、彼女の暴挙を止めようとするが……。


 淡い光がエルザードを包むと同時に目の前から消えてしまった。



「はぁ…………。今度、お詫びの品を持って行こう」



 師匠、やっぱり怒るよなぁ。


 エルザードもそれを見て増長して揶揄うだろうし。横腹に土手穴、開けられないだろうか。



『歯を食いしばれ!! 馬鹿弟子がぁぁああ!!!!』



 師匠の拳の幻痛が体中を駆け巡る。



 半殺し……、ならまだマシな方かな。足腰立たなくなるまで殴られなきゃいいけど。


 肩をがっくり落とし、項垂れながら一人静かに街道へ向かって踵を返そうとすると……。


 背中から迸る発光が闇を裂いた。



 ん?? 戻って来たのか??






























「エルザード、何か忘れ…………。っ!?!?」




 振り返ると同時、彼女の両腕が首に巻き付けられると……。


 本当に……。心の底から嬉しくなってしまう柔らかくて温かな感触が左頬にじわぁっと広がる。


 鼻腔から微かに届く鼻息が顔の産毛を労わる様に優しく撫で、彼女が放つ女神も羨む香りを吸えば頭が考える事を放棄。


 自称世界最高の魔法使いさんが不意に詠唱した優しい魔法キスが俺と周囲の時間を完全停止させてしまった。




「――――――――。今日一日付き合ってくれたお礼よ」



 エルザードがすっと離れると唇に人差し指を当ててパチンと片目を瞑る。



「えっ?? へっ!?」


「あはは!! ほっぺにチュってしただけで顔真っ赤じゃん!!」


「や、喧しい!! 誰だって急にそんな事されたら気が動転するでしょう!?」


「クスス……。淫魔の女王様の気紛れ、受け取ってくれて嬉しかったゾ??」



 無理矢理贈られた気もするけども……。



「てなわけでっ!! 今度こそクソ狐を揶揄ってきま――す!!」


「あ、う、うん。行ってらっしゃい……」



 再び彼女が光に包まれて居なくなると。



「は、はぁぁぁぁ……。ビックリしたぁ……」



 膝の力が抜け落ちてしまい、地面に倒れ込むのを必死に堪えて今も温かい感触が残る左頬を抑えた。


 師匠の剛拳なんて今の衝撃に比べればまだマシだな……。あ、あれが口に接触したら俺の精神は一体どうなってしまうのだろう??


 きっと急上昇した体温によって顔が煮沸して、頭が真面な思考を保てなくなってしまうのだろう。


 エルザードの柔らかい胸の感触が今も胸元に残り、彼女の残り香が心臓の鼓動を早め、左頬に残る素敵なお礼の跡にそっと指を触れると。


 今起きた事は正しく現実であると確知してしまった。



 女の人の唇はまるで……。春の温かい雨みたいだった。



 湿潤で潤った柔らかい肉の感触を思い返すと折角収まりかけた体温が再び上昇し始めてしまう。


 だ、駄目だ!!


 こ、このまま帰るのは危険だ。一旦熱を冷ましてから帰ろう……。



 く、くそう!! こっちの気も知らずに、強力な置き土産を置いていって!!


 明日から任務だってのに、眠れなくなったらどうしてくれるのですか!?



『……』



 先程の強烈な発光によって目を覚ました梟が雑木林の中から何事かと思い首を伸ばすが。



「あぁ――!! くそう!! あっつい!!」



 何だ。一人の人間が顔を真っ赤に染めて気味の悪い所作で狼狽えているだけか……


 天敵が見当たらぬ事に安心して再び大きな目を瞑って重い溜息を漏らす。



「だ、誰も見ていないよな?? こ、この事が皆にバレたら。あぁ……、ど、どうしよう」



 しかし、一人の人間が得も言われぬ言葉を呟きつつ頭を抱え始めたので。


 一羽の梟は普段は寄せない眉に険しい皺を寄せ、喧しい人間が早く此処から立ち去る事を静かに願ったのだった。



























 ◇




 遅い。


 遅い、遅い、遅いぃぃぃいい!!!!


 一体何時だと思っているのよ!!


 宿へ戻り、いつも通りに慎ましい食事を済ませてベッドに寝転んで阿保の帰りを待っているが。


 足音処か、帰って来る気配さえ見せない事に苛立ちを覚えていた。



「マイちゃん。どうしたの??」



 頭を動かして右を見ると、私の体と変わらぬ大きな灰色の顔がぬぅっと現れ。嗅ぎたくも無い獣臭を振り撒きやがる。



「あんっ??」


「そんな怖い顔で怒ってもレイド、帰って来ないよ??」



 ふかふかの毛を引っ提げて私のベッドに乗ってそう話す。



「誰もアイツの事なんか考えていないわよ。明日の御飯の事を考えていたの!!!!」


「ふぅ――ん。そかそか」


「で?? 何であんたは私のベッドで横になる訳??」



 デカい狼の体が邪魔なんだけど。



「へ?? レイドのベッドに行きたいけど。ほら、大きくて怖い蜘蛛が巣を張ってるから近付けなくてさぁ」



 あ?? 蜘蛛が??


 じろりと視線を動かすと。



「うむむむぅ……」



 ベッドの上にうっとおしい糸を張り巡らせ、そのド真ん中に気色悪い八本の足を大きく開いて蜘蛛が不動の姿勢を貫いていた。



「なぁ。アオイ、何してんの??」



 隣のベッドのユウが溜息混じりで話す。



「レイド様が落ち着かれる様に私の香りをシーツに染み込ませているのですわ!! いいですか!? 何人も近付く事は許されませんっ!!!!」


「あ、そう」



 ユウが呆れた声を放ち。



「アオイ、主が帰って来た時に困るだろう。早々に糸を解け」



 それに続く形でリューヴの呆れた声が部屋に響く。



「嫌ですわ!!」



 キショイ蜘蛛め、勝手にしろ。



 何で、こんなに苛々してるんだろう。


 自分でも制御が効かぬ感情に苛ついているのかな??


 自分が苛つく理由を考えに考えているが……。世界最高の頭脳を以てしてもその答えには辿り着けなかった。



 夕ご飯の量が少なかったからもっと食えと腹が不機嫌になっているのだろうか。


 それとも、ボケナスが私達以外の女に対してヘラヘラと御用伺いの様に笑っていたのが気に食わないのか。


 この二つの考えが合一して苛立っているのかしらね。それなら納得出来るわ。



「ねぇ、マイちゃん」


「何」



「口調こっわ。エルザードさんが釣り大会で優勝したじゃん??」


「そうね」


「その時、マイちゃんも同着で優勝したよね??」



 あぁ、そう言えばそうだったな。



「レイドとはデートしないの??」


「はぁ!? 何で私がアイツとニヤニヤしながら手を繋いで街を歩かなきゃいけないのよ!!」



 噛みつき気味に言ってやった。


 いや、本当に尻尾に噛みついてやろうか!?



「じゃあさ!! 私がその権利貰っていい!?」



 それはちょっと勿体ない気がするわね。


 今日見た感じだと、デートって行為は沢山の御飯を食べられそうだったし……。



「えっとぉ……。まぁ……。アイツに御飯を奢らせる為に?? 取っておきたいかなぁって」



 そうよ。


 あいつの財布をすっからかんにしてやる。



「え――。本当は手、繋ぎたいんでしょ??」


「何でそうなるのよ!? 話聞いてたの!?」


「五月蠅いなぁ。ちゃんと聞こえているよ――」



 前足を器用に動かして耳を塞ぐ。


 こ、このお惚け狼めがっ!!


 いっぺんその毛皮、剥いで壁に飾ってやろうかぁ!? ああんっ!?



 この世の厳しさを大馬鹿野郎の体に刻んでやろうとして上体を起こすと。



「…………。皆さん、お静かに。レイドが帰って来ましたよ」



 カエデが静かに本を開いたまま口を開いた。


 その数秒後。



 扉が何かを警戒するかの様に、静かに、本当にゆるりと開いていく。



 己は門限を気にして帰って来るいつまで経ってもうだつが上がらない肩身の狭いお父さんかっ。




「た、ただいま――……」



「レイド様っ!!」

「おかえり――!! レイドぉ!!!!」


「んおぅ!?」



 阿保の蜘蛛と、お惚け狼が情けない顔を浮かべて帰って来たアイツに向かって飛び掛かる。



「ごめん、遅くなった」


「あぁ……。私、寂しくて死んじゃいそうでしたのよ??」


「そうそう。こんな遅くまで遊んでちゃ駄目でしょ??」



「わ、分かったから舌を引っ込めてくれ!!」



 ルーの舌撃に早くも降参して顔を左右に振る。


 そのまま獣くせぇ涎で溺れちまえ。



「ルー!! 邪魔ですわよ!!」

「アオイちゃんこそ邪魔!!」



「うえぇ……。涎塗れだ……。やっと休め……。お、おい!! 何だこの糸は!?」



 ルーを退かして、ベッドに座るが。


 糸が体に絡みつき不快な表情を見せてしまう。


 そりゃ、そうよね。


 気色悪い糸が絡みついたら優しい私でもあんな顔を浮かべるわよ。



「どうですか?? 私の香りが染みついた糸は??」


「早く解きなさい」


「もぅ。折角、丹精込めて練り上げましたのに……」



 蜘蛛が人の姿に戻り、指を鳴らすと糸が数舜で消え失せる。


 要らぬ仕掛けをしおって。


 迷惑な事、甚だしいわね。



「はぁ。疲れた……」


「よぅ、レイド。随分疲れているけどさ。何か激しい運動でもしたのぉ??」


「ユウ、揶揄うなって。普通に飯食ったり、買い物しただけだよ」


「本当に、それだけぇ??」


「あ、当り前だろ。それより、変わった事は無かったか??」


「ん?? 別に?? 変わらない日常を謳歌してたよ」



 ユウが普段通りに惚けて話す。



 んぉぅ……。ユウってあぁいう演技が苦手そうなのに、上手く演じるわね。


 女性と言う生き物は演技という特殊能力を生まれながらに備えているのかも知れないわねぇ。



「そっか」



 ふむ。どうやらアイツの表情からして私達の尾行はばれていないようだ。


 流石はカエデの魔法って感じね。



 そう言えば……。


 明日からコイツは任務に出発するのよね??


 コイツ、一人で任務に出発しても大丈夫だろうか。



 相手は私達魔物を忌み嫌うイカレた宗教団体だし。


 この広い王都で食べ歩きたい気持ちもあるが、そちらも気にならないと言えば嘘になる。


 どうしたものか。



「明日から任務開始だ。食費は……カエデに渡しておくよ」


「分かりました」


「ちょっと。私に預けないの??」


「預ける訳無いだろう??」



 こいつは何を言っているのだ。


 そんな顔で此方を見つめる。



「ふんっ、まぁいいわ。気を付けて行って来なさいよ」


「了解。カエデ、はい。これ」


「承りました」



 レイドがカエデに現金を手渡しする。



「じゃあ、皆の事宜しく頼むね」


「厳しく?? それとも生温く??」


「勿論、厳しく、で」



 馬鹿たれが。


 私が他人様に迷惑を掛ける訳が無かろう。



「さて、明日も早いし。俺は寝るよ」



 クソだせぇ寝間着に着替えるとシーツを被り、瞼を閉じる。


 あれだけ歩いたり、買い物に付き合えば疲れもしよう。


 速攻で気持ち良さそうに寝息を立て始めた。



「ねぇ。レイド――。そっち行っちゃ駄目??」

「駄目です。今日はゆっくり休みたいの」



 ベッドの淵に大きな顎を乗せて尻尾をブンブン振る狼に話す。



「そうですわよ。レイド様はお疲れなのです。明日からの任務に備え。ゆっくりと休息が必要なのですわ」


「は――い。アオイも退こうね――」


「あ――ん。辛辣ですわぁ――」



 二本の指で蜘蛛の体を摘まむと、ルーの頭に乗せる。


 何だか、見慣れた光景になりつつあるわね。


 ま、変なちょっかいを掛けない限りは脅さなくても大丈夫でしょう。


 私も今日はちょっと疲れたし、そろそろ寝ようかな。


 ベッドの上に大の字で寝転がり、今日食べた美味しい食べ物を数え始めた。



「ね――。レイド。本当に駄目ぇ??」

「駄目」



「レイド様、御体に淫魔の厭らしい香りが染みついていませんか?? 私の香りで上書きしますけど」

「大丈夫です」



「乗っちゃうよ??」

「乗らない」



「私の香りを胸一杯に吸い込みたくありませんか??」

「結構です」



 アイツも迷惑だろうな。


 寝ようとしているのに、うるせぇ声で話し掛けられて。


 瞳を閉じて、瞼の裏の暗闇を見つめているけど。私もアイツ程では無いが……。明るい話し声に苛つきを覚え始めた。


 寝させなさいよね……。明日も沢山食べなきゃいけないのだから。



「じゃあ、舐めるのは!?」

「もっと駄目だろ」



「糸で絡めとりましょうか??」

「俺を食う気か」



「添い寝!!」

「話が戻ってる」



「香りを嗅がせて下さいまし……」

「お願いしますから勘弁して下さい……」



「…………あぁ!! もう!! うるせぇええ!! 何時だと思ってんのよ!!」



 海面を元気良く飛び跳ねる飛び魚もギョっと驚く速さで体を起こし、野郎のベッドの周囲で戯れる狼と蜘蛛へ叫んでやった。



「まだ十時位じゃない??」


「喧しいですわねぇ。レイド様との憩いのお時間を邪魔しないで下さいます??」



 こ、こいつら……。


 前々から、そして常々感じていたけども。私の気を逆撫でするのが異常に上手い。



「ボケナスが明日は早いっつってんの!! 寝させなさい!! 私も眠いの!!」


「マイちゃんは寝てなよ。私はもうちょっと起きているからさ」


「お子様は早く寝なさい。あ、胸板だけはお子様と同程度の大人子供の間違いでしたわ」



 その言葉を聞いた瞬間。


 私の中の何かが弾けて飛び散った。



「おうおう……。黙ってきいてりゃいけしゃあしゃあとぉ」



 翼を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮く。



「マ、マイちゃん。アオイちゃんだよ?? 変な事言ったの」



「変な事?? あぁ。あの頼りない薄氷の事ですか?? 恐ろしいですわよねぇ。あ――んな薄っぺらい胸で良くもまぁ人前を歩けるものです。私でしたらとてもとても……」



 こ、こ、こ、こ、殺す!!!!



「マイ!! 暴れるなら外でやれって!!」



 ユウが慌てて立ち上がるがそれを押し退け、蜘蛛に飛び掛かってやるが。



「おらぁ!! 死ねや!!」


「おっそ。欠伸が出ますわ」



 ネチャネチャな糸をスルリと手繰り寄せて天井へと逃げ失せた。



「くそがぁ!!」


「あらあら。胸が薄いと言葉使いも男らしくなるのですわねぇ。私、怖くて動けないですわ」



「待てやごらぁぁああああ!!」


「あたしの胸を踏み台にするな!!」



 豊かな双丘が跳ね揺れ動くと、物が飛び乱れる。



 一人の男はそれから逃げる様にゆるりと頭からすっぽりとシーツを被るが、頼りない布一枚ではこの喧噪からは逃れられない事に数舜で気付く。



 重苦しい溜息がシーツから漏れ、負の雰囲気と喧噪が部屋を覆い尽くそうとするが……。



 藍色の髪の女性から森羅万象を凍り付かせる声が響くと悪鬼羅刹も慄く喧噪が止み。彼はやっとの思いで夢の世界への入場許可証を手に入れ、大きな吐息を吐いて旅立って行ったのだった。



お疲れ様でした。


気が付けば早一年。あっという間に過ぎてしまいましたね。


当初の予定では第二章中盤まで書けれたらいいなぁっと考えていましたが、思いの外話が進んでほっと胸を撫で下ろしている次第であります。


応援して頂いている皆様には感謝の言葉以外出て来る言葉がありません。


本当に有難う御座います。これからも彼等の冒険を見守って頂ければ幸いで御座います。



そして、活動報告にちょっとしたお知らせを掲載させて頂いておりますのでお時間がある御方はそちらも御覧下さい。



ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


連載開始一周年の嬉しいプレゼントを頂いて本当に嬉しいです!!


これからも連載を続けさせて頂きますので、皆様の温かい応援を御待ちしております!!


それでは素敵な週末をお過ごし下さいね!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ