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第三十五話 買い物、それは性別によって本質が異なる行為

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 知らない顔の人間達が視界の右から左へと行き交う。


 レイド達がお店に入ってからというものの、その流れは一切途絶える事無く続いている。つまり、それだけの人数がこの街に住んでいるって訳さ。朗らかな顔で進む人も居れば、ちょいと顔を顰めて歩く人間も居た。


 戦地に比べて平和なのは大変結構なんだけどぉ……。



「はぁっ……」



 長いよなぁ……。どんだけ長い時間飯を食らっているんだ??


 あ、いや。どこぞの大飯食らいとは違って食事もそこそこにして、会話に華を咲かせているのは理解しているけども。



 いい加減、壁にもたれるのも飽きて来た。


 あたしもそこまで気が長い方じゃないんだなと自覚して、一向に二人を吐き出さない扉を恨めしく睨んでやった。



「お待たせ――!! 美味しい物買って来たよ!!」


「おぉ!! 待ってました!!」



 大通りからルーとマイが紙袋を携えてやって来る。


 丁度良い時間潰しになりそうだ。御飯でも食べながら監視を続けましょうかね。



「レイド達は出て来た??」


「まだだよ。んぉ!! これうっま!!」



 何の変哲も無い握り飯。


 しかし、使用されている塩と米が良いのか。舌触りの良い御米の感触と塩気によって口と胃袋が歓喜の声を上げていた。



「しっかし、遅いふぁね。私達も結構時間掛けてならんふぁのよ??」


「そうそう。あ、マイちゃん米粒付いているよ」


「うむ……。出た!!!! 出て来たわよ!!」



 マイが咀嚼中にも関わらずクワッ!! と口を開いて喋ると。



「ちょっと!? 食べながら口を開くのは止めてっていつも言っているでしょ!?」



 小さな口から飛び出て来た米粒がルーの横顔にヒシと抱き着いてしまった。



 ギュアギャア騒ぐ二人を尻目に、買って来て貰ったおにぎりを慎ましく食みながら正面を捉えると。


 マイの話した通りレイドとエルザードが満足気な表情を浮かべて。そして相も変わらず腕を組み、大通りを中央方面へ向かい歩き出した。



「くっ!! 何ですの!! 仲睦まじい様子を見せて!!」


「だが……。何んと言うか、妙にしっくり来る姿でもあるな」


「リュー!! そんな事言っちゃ駄目だよ!! エルザードにレイド取られちゃう!!」


「そうですわよ!? あの泥棒猫に掻っ攫われる訳にはいかないのです!!」



 猫って……。


 でも確かに、リューヴが話す通り腕を組む二人の姿は長年付き添った恋人同士にも見えて来る。


 あたしもレイドと腕を組んだらあんな風に見えるのかな??


 そう思うとチクッと胸が痛んだ。


 はは。あたしらしくないかな?? でもいつかは……。うん、歩きたいよ。


 だって……。楽しそうだし。



「うぎぎぃ!! あ、あぁんな満足そうな顔を浮かべやがってぇ……」



 マイが奥歯をぎゅっと噛み締め、子犬程度なら気絶させられそうな鋭い目付きでレイド達を睨む。



「あぁ、そうだな。それはきっと……」





「笑顔が溢れる位に満足出来る会話と雰囲気を楽しんだのだろうさ」

「腹がはち切れるまで美味い飯を食って食いまくったのよ!!!!」





 あたしとマイがほぼ同時に全く違う予想を述べると。



「「っ????」」



 コイツは一体何を言っているのだ??


 そんな感じであたしは朱の瞳を見つめて首を傾げ、マイはあたしの瞳を見つめて首を傾げてしまった。



「マイ。主達は貴様と違ってそこまで食べはせん」


「そうだねぇ。私もユウちゃんの意見に賛成かな」


「うるせぇぞ!! 狼二頭!! 直接見た訳じゃねぇのに分かる筈ないでしょうが!!」



 同じ女性だったら分かるだろう??


 特に楽しい事をしていないのに、笑顔が勝手に溢れて来る理由は……。


 コイツも女の端くれ。何んとなくは理解しているけど、それを認めたく無いが為にそう言ったのかもね。



「あぁ!! 置いて行かれちゃう!! 対象を追跡します!!」


「おぉう!! 続け、皆の衆!!」


「はいはいっと」



 深紅と灰色を追いかけて再び歩み出す。


 五月蠅くしてバレなきゃいいけどさ。


 極力目立たぬ様、大変目立つ朱の髪の後を追いかけ始めた。
















 ◇




 女性という生物は何故不必要な買い物が好きなのだろう。


 買い物というより、見る事自体を楽しんでいる感じかな??


 良く晴れた空の下、今も男性達の視線を集めながら意気揚々と買い物と言う名の見物に勤しむ大魔を若干呆れた瞳の色で見つめていた。



『レイド――!! こっちにも服屋さんあるよ!!』


「はいはい」



 少しばかり呆れた声を上げて彼女に続く。



「ほぅ。ここの服屋は中々良さげじゃないか」



 店先に陳列されている服を何気なく手に取る。


 余計な装飾や、着飾ったふわふわでヘンテコな物も付いていない。


 質素な造りだが材質は素晴らしく汗の吸収性、並びに保温に優れている事が容易に窺えた。



『ん――。材質は良いけど……。形がいまいちかな』


『そうか?? 動き易くて、しかも耐久性に優れているぞ』


『女の子はそういう事で選ばないの。買うとしたら寝間着用ね』



 そういうものかね。



「いいか?? 服は機能性、耐久性を重視すべきだ。汗の吸収性、保温に優れ。咄嗟に行動出来ないと……。どうした?? 目を丸くして??」


「……」



 服を手に取りながら話していると、何だか驚いた様な感じで此方を見つめていた。


 何か変な事でも言ったかな。



『あ、ごめん。何でも無い』



 あははと笑い、服を棚に戻すと。



『あっちの服屋も良さそうだよ!!』


「お、おい。引っ張るなって!!」



 二軒先の服屋を見つけると俺の腕を引っ張り陽気に歩み出す。


 こういう強引な所はエルザードらしいや。



『ふぅむ。私の目論見通りね。ここなら可愛い服売っているかも』



 店先の棚に見本として陳列されている女性物の服を手に取りそう話す。



「何か……。薄かったり、妙に目立つ色をしていないか??」


『そう?? 私は好きだけど。中に入ろっと』


「あ、おい。待てよ」



 濃い桜色の髪をフルっと揺らして一切躊躇なく店に入って行く彼女の後を慌てて追った。



 此処は人間の街であって、貴女は魔物なのですからね?? もう少し遠慮した態度を醸し出して行動を心掛けて下さいよ。



「いらっしゃいませ――。どうぞゆっくり御覧くださ――い」



 う、うぅむ。


 何だろう、この場違い感。


 所狭しと可愛い、のかな?? 兎に角。妙に露出度が高い女物の服が並べられており、それを手に取るのは勿論女性のみ。


 女性客ばかりの中に男は俺一人で酷く浮いた存在となっていた。



『夏物は安くなっているわね』


「そりゃそうだろ、もう直ぐ真冬だし。売れ残りを処分しようと躍起になっているんだろうさ」



 在庫を抱えていても一ゴールドの得にもならない。ましてや服は次の年に流行が変われば売れるかどうか不明瞭なのだ。


 この一年に制作された服は是が非でも売っておきたいってのが店側の考えなのだろう。



『秋服か冬服を狙うか。それとも安い夏物を狙うか……。どうしよう、迷うっちゃう』



 そう言いながらも顔はウキウキと輝き、代わる代わる服を取っては戻す。


 何だかんだ言って、エルザードも一人の女性なんだよな。



「その服いいじゃないか」


『ん?? これ?? 駄目よ。単調過ぎてつまんない』


「そうか?? 良い材質だと思うけどなぁ」



 黒のシャツを手に取り表面を触ると滑らかな肌触りと、しっかりした作りが指を楽しませる。


 値段もお手頃だし、良いかなぁっと思ったんだけどね。



『どうせ着るなら可愛い服にしたいじゃない??』


「エルザードって普段からよくスカート履いているよね」



 ちょいと刺激が強いからズボンにして欲しいのが本音だ。



『夏はあれが涼しいから。ほら、ズボンだと股辺りが蒸れるじゃない。スカートだと通気性が良くて気持ちが良いのよ』



 ほぉん。


 可愛さと機能性を両立した服装なのか。


 良く考えてあるな。



『あ、これ可愛い』



 彼女が手に取ったのは、制作する時に寸法を間違えたのではと問いたくなるやたら裾が短いズボン。


 てか、それ足の付け根までしか布地が無いじゃん。



「あのな。もう直ぐ真冬って言った側からそんな短い服を買おうとするなよ」


『いいの。今度の夏に着るから。あ!! あれも可愛い!!』



 はぁ。


 いつまでかかるのやら。


 やたら裾が短いズボンを手に取りお次の服へと移動を始める。



『ん――。これと、これ!! 折角だから試着していこっと。レイド、通訳お願い』


「はいはい。すいませ――ん」


「は――い!!」



 店内で彼女と同様に喜々とした表情を浮かべているお客さんの接客に追われる女性店員さんを呼ぶ。



「試着をしたいのですが、試着室はどちらで??」


「あそこの仕切りがある部屋を御使い下さい!! 今は……。丁度空いていますね!!」



 店員さんが指差す方を見つめると、白い仕切りが掛けられた小さな空間がぽっかりと空いていた。



「ありがとうございます」


「いえいえ――。あ、只今窺います!!」



 おぉ。忙しそうだ。


 踵を返すと、楽しそうな笑みを零す女性客に対して明るい笑みを浮かべて接客を開始した。



『通訳ありがとうね??』


「どういたしまして」


『お礼に……。私の服、脱がしていいよ??』



「は――い。一名様、ご案内します――」



 エルザードの背を押し、無理矢理試着室に入れてやった。



『あんっ。もぅ……。根性無し』


「それとこれは別物だろ。ほら、早く着替えて」


『分かったわよ……。別に、覗いても怒らないからね?? 今が絶好機なんだからね!?』



 男の性を誘うイケナイ笑みを浮かべる彼女に対し。



「失礼しま――っす」



 有無を言わさずに仕切りを閉じて端整な顔を遮断してあげた。



『このぉ!! 折角だから私の裸体を見ていけぇ――!! 無料だぞ――!!』



 折角と無料の意味が分かりませんよっと。



 さてと、口喧しい彼女が着替えを終えるまで待機しますかね。


 仕切りの側の壁にもたれ、何気なく明るい声が溢れている店内を見渡す。



「ねぇ、これ可愛くない??」


「うんうん!! 似合うと思うよ!!」



 はぁ、平和だなぁ……。



 ここにいる人達の何割が世の現状を理解しているのだろう。


 オーク共は沈静しているとトアが言っていたが、果たして何が起こってそうなったのだろう。


 魔女の影響なのか……。それとも俺達に対して何かを企てているのか。


 問題はそれだけじゃない。


 最近知ってしまった神器の存在だ。


 イル教の奴らはそれを使い何かをしようと画策している筈。


 只でさえオークやら魔女やらの対応に追われているってのに、そこまで手が回るのだろうか。


 軍部はイル教から資金提供を受けている以上、奴等が直接問題を起こさない限り行動出来ない。


 師匠やエルザード、九祖の血を引く魔物達やイル教に反感を持つ者達に協力を仰ぐか??



 う――ん……。


 人間の問題は人間同士で解決した方がいいのかもしれない。



 余計な事に巻き込みたくないし。


 まぁ、それ以前に?? 師匠や。



『んっふふ――。フフン――っ』



 陽気な鼻歌を歌い呑気に着替えている彼女達が、こちらから言わずとも行動してしまうだろうよ。


 今は騒ぎ立てて水面を揺らすのではなく、静観して状況の様子を見守る時機なのかもしれない。



『じゃ――んっ!! どう!?』



 勢い良く仕切りを開けたエルザードがさぁ早く見なさいと言わんばかりに軽快な声を上げるので致し方なくそちらへと視線を送った。



 上半身に着用している服はそのまま、しかし下半身には先程のやたら裾の短いズボンを着用している。


 盛大に、そして大胆にお披露目されている白く肌理の細かい肌が目に毒ですね。



 将来娘を持ち、娘が成長してこのケシカランズボンを履いたらもうちょっと真面な服装を心掛ける様に諸注意を放つであろうさ。



「うん。下半身意外は似合っているよ」


『そこを見て欲しいのよ!! ほぉら。お尻とか見えそうで見ないでしょ??』


「……。お止めなさい」



 くるりと振り返り、臀部と太ももの付け根の境目をこちらに見せつけて来るので。溜息混じりに世間のお父さんの決まり文句を伝えてあげた。



『ふふ。その顔を見れただけで十分だわ。さ、次を試着しようかな』


「まだ着替えるの!?」


『当り前じゃない。大きさが合わなかったら買えないし……』



 仕切りを閉じた試着室の中からそう話す。



「まぁ……。付き合うけどさ」


『宜しい!! ……………………。では、これはどうかしら!?』



 如何わしい裾の短いズボンから、落ち着いた長さのスカートに早変わりする。


 秋らしい落ち着いた栗色が彼女の長い足を見事に隠していた。


 黒の長袖はそのままに、濃い藍色の上着を一枚羽織り寒さからも体を保護出来るように着熟している。


 可愛さと、気候。その両方の対応を見事に体現していた。



「おぉ。そっちの方が似合うじゃないか」


『えへへ。そうかな??』



 あの短い奴を履いて街中を歩けば、男共が群がり大騒動になってしまいますからね。


 それに比べこちらはどこか知的な印象を与えてくれていた。



『じゃあ買おうかな。元の服に着替えるから待ってて』


「ん――」



 はぁ。やっと試着が終わったのか。


 これで漸くこの店から出られる。


 キャイキャイ騒ぐ女性達の中に放り込まれた男の心情も少しは考えて欲しいものだよ。



『お待たせ――』


「すいません!! 会計、お願いします!!」


「あ、は――い!!」



 申し訳ありません、何度もお呼びして。



「お会計でございますね?? 少々お待ち下さい!!」



 額に嬉しい労働の汗を浮かべている店員さんがエルザードから受け取った服の値段を集計し始めた。



「なぁ。お金持ってるの??」


『当り前じゃない。レイドが想像しているより、遥かに多い金額を所持しているのよ??』


「どうやって稼いだかは聞かないよ」


『んふっ。余計な詮索は嫌われちゃうもんね――??』



 そうそう。


 凡そ、如何わしい薬でも作って人に売っているんだろうなぁ。


 等と勝手に想像を膨らます。



「お待たせしました!! お会計は、二万五千ゴールドになります!!」



 たっか!!!!


 服数点でその値段は値が張り過ぎじゃあないかい!?



『ふぅん。安いわね』



 いやいや、お嬢さん??


 ズボンのポケットから財布を取り出して、何の躊躇もなく現金を取り出して店員さんに渡していますけども。


 それだけのお金があれば何食分を賄えるとお思い??



「……はい、丁度でございますね。ありがとうございましたぁ!! 又の来店、御待ちしております!!」



 店員さんの威勢の良い声を背に受けて店の扉を開けた。



『んふふっ』



 通りを歩きながら今しがた購入した服が入る紙袋の中を柔和な目で見下ろしている。


 余程嬉しかったんだな。



「しかし……。ちょっと高くなかったか??」


『そう?? これ位かなぁっと思ったけどね』


「まぁ、それならいいけど」



 俺なら躊躇する値段だ。


 何せ、それだけのお金があればこちらの食費が大分浮くからなぁ。


 どこぞの龍に、服へそれだけのお金を割いた事がばれたら……。必ず御怒りの声が発せられるであろう。



『ねぇ!! 今度はあの店行こうよ!!』


「今度は何?? あぁ。小物?? 別に……。だから!! 引っ張るなって!!」


『いいの!!』



 漆黒の闇を打ち払う程の光量を放つ明るい太陽に引っ張られる困惑した男。


 通りを歩く者達は、その姿を見て今日も平和であると確信したのだった。



















 ◇



「ぐ、ぐぅぅうう!!!! ウンガッ!!」


「マ、マイ!! 建物壊すなって!!」



 荒ぶる龍が建物の角を渾身の力を籠めて握ると、乾いた音を立てて木がぐしゃりと凹む。


 魔力は抑えられているから彼女自身の筋力で今の現象が発生した訳だ。


 あたしに追いつく日も近いかな??



「アイツノアタマ、ネジキッテオモチャニスル!!」


「それ、何語だよ。でもさエルザード楽しそうだよな。こうして見ると普通の女にしか見えないぞ」



 レイドの腕に絡む彼女の笑みを見ると、どこにでもいる恋人同士にしか見えない。



「その普通がいけないのですわよ!! レイド様が勘違いでもしたらどうするのですか!?」



 こっちも相当怒り心頭だな。



「勘違いって何だよ」


「エルザードさんを恋人と思い込む事ですわ!! おのれぇ、許すまじ……!! 淫魔の女王め!!」


「お前さん達。考え過ぎだって……」



 呆れにも似た溜息を付き、道路に穴が開いてしまうのでは無いかと心配する程の鋭い眼力で睨み続ける二人の後ろ姿を見つめていた。

















 ――――。



『ほら見て!! 可愛い!!』



 彼女が煌びやかな瞳で見下ろすのは一体の栗鼠りす


 勿論、生きている栗鼠が売られている訳では無い。姿形を模倣した銀細工の小物だ。



「栗鼠好きなの??」


「好きよ?? ほら、このもふもふの尻尾とか可愛くない??」



 手の平の上にちょこんと乗せて俺の目の前に翳す。



「可愛いとは別に、うん。良く出来ている」


「お客様、店内にも様々な品がありますので是非お越しください」



 外で販売している女性店員が俺達を見つめそう話す。



『掘り出し物あるかなぁっと』



 その言葉を受けた彼女は目を輝かせて店内へと進んで行ってしまう。



 俺もそれに倣おうとしたが……。一つの存在が歩みを止めた。



 店先に様々な小物が木製の机の上に並べられており、その中の一つ。季節外れの花を模った髪留めが寂しそうにポツンと陳列されている。


 桜の花びらを模倣した物だが、細部に渡り見事に表現されていた。


 綺麗、だな。



「お客様、気になる商品でも??」


「え?? あぁ、そこの前髪の髪留め?? が綺麗だなぁって」


「職人が丹精込めて完成させた銀細工です。まだ春には程遠いのか、売れ残っちゃいましてね。宜しければお安く致しますよ??」



 ほう。それは聞き捨てならない。


 かねてからのお礼だ。


 後でエルザードに贈ろう。



「因みに、幾らですか??」


「そう、ですね。五千ゴールド……。ふふ、先程の綺麗なお姉さんに贈るのですよね??」


「へ?? は、はぁ……。まぁ、そうですけど」


「それなら大奮発しちゃいます!! 三千ゴールドで構いませんよ!! お兄さん達の恋を応援させて下さい!!」



 大奮発と聞いたのなら下がる理由は無い。


 後半はさておき、だが。



「じゃあ御一つ下さい」


「ありがとうございます!! 折角ですから可愛い紙袋に入れますね」



 それは別に気にしなくても構いません。



 やたら女々しい紙袋に包まれた桜の髪留めを受け取ると現金を支払い、胸のポケットにしまった。



「毎度ありがとうございます!! あ、ほら。お姉さん帰って来ましたよ??」



 見れば満足気に小さな紙袋をきゅっと抱いたエルザードが店から出て来る所であった。



「またのお越しをお待ちしております!!」


「何買ったの??」



 何気なく歩きながら上機嫌の彼女に尋ねた。



『えっとね。耳飾りと、小物全般かな?? 掘り出し物買っちゃった』


「良かったな」


『うんっ!!』



 今日はエルザードの笑みが絶えない日だな。


 会ってからずっと柔和な雰囲気が絶えない。


 それに同調するように、言いようの無い心の明るいざわつきが収まらないのは気のせいだろうか。



 彼女は人ならざる者だが、目の前の太陽はどんな人間よりも素敵に光り輝いて見える。


 可愛い…………、よな。


 いかん!!


 冷静に……。心を落ち着かせろ……。


 静まり返った水面、相手の動きを己の心に……。鏡の様に映し出せ。


 師匠の教えを心の中で唱え、ざわついた心を鎮めた。



『どしたの??』



 きょとんとした顔で此方を見つめる。



「いや、別に」



 貴女の笑みに見惚れていましたとは言えず、恥ずかしさを誤魔化すために視線を忙しなく動かしていると、一軒の店に視線が止まった。



 むっ!?


 出張出店か??



 普段見掛けない店先に並べられていたのは、鍋や包丁等の家庭用調理器具だ。


 俺の体は火に魅入られた虫の様にその店へと吸い寄せられてしまった。



『ちょっと、置いて行かないでよ』


「いらっしゃいませ」



 お、おぉ…………。こ、これは素晴らしいっ!!



 究極まで使い手の事を考えてある設計に思わず吐息が漏れてしまった。


 大きく湾曲した鉄の鍋。


 何度も金槌で打ち込んであるのか、頑丈な鉄の感触に目を輝かせてしまう。


 柄の部分も持ち易く、どんな料理にも対応できるようになっているぞ!!



 それにこの包丁!!


 太い木の枝でさえ豆腐を切るように裁断出来てしまいそうな鋭く磨かれた刃先。


 軽く丈夫な鉄を使用しているのか、手に持っても重さを特に感じない。



「お兄さん。随分と気に入ったみたいだね」



 壮年の男性店主が笑みを浮かべて話す。



「す、すいません。お店の商品に勝ってに触ってしまって……」



 つい魅入られて手を出してしまった。



「気に入ってくれて嬉しいよ」


「これはどこで生産された物ですか??」



 鉄鍋の底を触りながら話し掛ける。



「クレイ鉱山で採れた鉄。そして、ストースで作られた物だよ」



 ストース、か


 確か……。


 パルチザンの兵士が利用する武器もそこで生産されていた筈。



『大昔から有名な場所よ、そこ』



 エルザードがそっと耳打ちをしてくれた。


 昔から変わらない信頼と実績のある、由緒正しき場所で生産された調理器具。


 これは……。買いの一手しかあるまい。


 ずっと鍋を買い替えようと思っていた所だし。



「すいません。この鉄鍋お幾らですか??」


「それは……。六千ゴールドだね」



 ふぅむ。


 通常の鉄鍋の倍以上の額だが……。


 これ程の逸品、そうはお目に掛かれないぞ。



「その鉄鍋購入してくれるなら、この小さな果物包丁も付けてあげるよ??」



 店主が傍らに置いてある包丁を取り、鉄鍋の傍らに置く。



「買います」


「毎度あり!!」



 俺としたことが……。


 即断してしまうとは、恐るべき魅力だ。



「大切に使ってね」


「勿論です!! 鉄が擦り減り、底が抜け落ちる迄使い込みます!!」


「あはは!! そうなる前に寿命が来ちゃうって」



 店主さん。


 笑ってはいますけど、俺の寿命は龍の契約によって数百年先まで続いているのですよ。


 人生を長く全う出来るのは嬉しい反面、人間の知り合いは先に旅立ってしまう。


 そこだけが寂しいよ……。



「それじゃまた来てね――」



『何で鉄鍋なんか買ってそこまでニッコニコの笑みを浮かべられるのよ』



 鉄と果物包丁が入った紙袋を持って満足気に口角を緩めていると、エルザードが呆れた声を漏らす。



「今使っている鉄鍋が大分草臥れて来てさ。丁度買い替えようと思っていたんだよ」


『だからって……。値が張る物を態々買わなくてもいいんじゃない??』



 ふっ、これだから素人さんは……。





「分かっていないな?? 任務中の長きに亘る移動で疲労が蓄積された体には、食事で栄養を補給しなければならない。食事をする際、必要なのは食料と調理器具だ。食材はあってもそれを作る為の道具がなければ美味い飯は出来ない。道具はあってもそれが質素な物では料理をする者も疲れてしまうだろう。ところが、だ!! この鉄鍋は相当やるぞ?? 金槌で鉄をしっかり打ち込み、伸ばし屈強に鍛え上げられ。この薄さでは考えられない強度を誇っているんだ。それにこの柄。持ち手の事を考え、持ち易いように工夫され。湾曲した反りは食材を返し易いよう計算され、スープや炒め物。全ての料理に対応出来るようになっているんだ!!!!」





『あ、広場に到着しちゃった。人間が鬱陶しいから迂回して南大通りに抜けるわよ――』


「…………。はい」



 俺が饒舌に説明しても、この鉄鍋の素晴らしさはエルザードに砂粒程も伝わらなかった。


 分かっていない奴め。



『大体、遠いのなら魔法で移動しちゃえばいいのに』


「カエデに負担を掛けたく無いし、それに移動中組手もしているからな。体を鍛えて、尚且つ栄養もしっかり摂る。強さを求める事に近道は無いんだよ。あ、すいません」



 中央屋台群を迂回する歩道を進んでいると、他人様の肩にぶつかってしまった。



「構いませんよ――」



 良かった。優しい人で。



『へぇ。毎日組手しているんだ』


「最近はクジで組手相手を決めているよ。余った一人が食後の洗い物担当」



 貧乏クジを引かされた人はギャアギャア文句を叫びながら頑張って食器を洗っていますが……。


 特に洗い方が雑なのはマイだな。


 アイツ、俺が見ていないと思って適当に洗うんだもの……。組手を終えて、アイツの荒い残しを洗う此方の身にもなってみろって。



『クジ……か。それはいい考えね。いつも同じ相手だと変な癖がついちゃうし。それに毎日同じ食べ物ばかり食べていたら飽きちゃうでしょ??』



 定時に提供されるお弁当……。みたいなものかな。



『あ、でも毎日食べたい物はあるわね』


「何?? それ」



『…………ここにあるじゃない』


「公衆の面前で止めなさい」



 此方の右腕に甘い香りがする体を絡め、これ見よがしに双丘を押し付けて来る。



『何よ――。いいじゃない、どこだって』


「どこでもは不味いだろ」


『あ。じゃあ二人っきりならいいの?? 安宿探して……する??』



 にぃっと淫靡な笑みを浮かべ、誘う瞳をこちらに向ける。



「しません」


『もぅ!! 男ならガツンと私を孕ませてみろ』



 怒ったり笑ったり、忙しいなぁ。


 でも、この雰囲気は嫌いじゃない。



「今はそれ処じゃないんだよ。魔女にオークにイル教。頭を抱えたくなる問題が山積みなんだって」


『…………今は。そう言ったわね?? という事はその問題が解決したら、私と繋がってくれると??』


「独りよがりの解釈をするな」


『レイドとなら可愛い子供出来ると思うんだけどなぁ――。私は良いお嫁さんになると思うんだけどなぁ――!!』



 これが九祖の血を受け継ぎ数百年も生きている大魔だと思うと。何だか気が抜けてしまう。


 きっと彼女の御先祖様達も呆れた顔で……。あ、いや。淫魔だからもっとグイグイ攻めろと彼女の背中を後押ししそうですね。




 人と変わらない明るい笑み。人と変わらない暗い憤り。


 そして、人と変わらない……。素敵な心。


 そのどれもが美しく華麗で光り輝いている。


 俺は幸せ者かも知れないな。こうして彼女達と蟠りも無く会話を可能に出来て。



『――――。ねぇ、ちょっと聞いてるの??』


「あ、うん。聞いてたよ??」



 しまった。


 上の空だった。



『もぅ……。ね、南大通りに出たらどこに行く??』


「ん――。落ち着ける場所なら、どこでもいいかな」



 人の波に揉まれるのはやたら体力を消費してしまいますからね。



『ちょっと。冷たい言い方するわね』



 おっと。この会話の流れは……。


 早速出番が来たようだ。



「エルザードが居る所なら、どこでも楽しく思えるからさ。ついそう言っちゃうんだよ」



 彼女と出会う前に仲睦まじい男女の会話から得た模範解答だ。


 これならエルザードの機嫌を損なわせないでいつも通りの会話が継続出来る筈さ。



『そ、そうなの。へぇ……。うん、そっか』



 あんれぇ??


 想像した反応と大分違うんだけどなぁ。


 ここは……。



『もう!! 揶揄わないで!!』



 そうやって激しく俺の肩を叩く場面なのだが。


 可愛く頬を朱に染めるのは違うと思いますよ。



「ま、まぁ。あれだ。冷たい飲み物でも飲もうか」


『そうね、丁度喉が渇いて来た所だし。それに甘い物も食べたい気分だわ』



 甘い物、ね。



「じゃあ南大通りを歩きながら店を探そうか」


『ん――。分かった』



 まだ昼と夕の間だし、何も焦って店を探す事もあるまい。


 彼女の歩幅に合わせてゆるりとした歩調で南大通りを散策し始めた。




最後まで御覧頂き有難う御座います。


もう間も無く連載開始一周年です!! それを祝して何かしたいなと考えているのですが……。特に思いつかなくて悶々とした日々を送っております。


読者様への一番の恩返しは続きを書く事。これを第一に考えてこれからも連載を続けさせて頂きますね。



そして、ブックマークをして頂き有難うございました!!


執筆活動の嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、花粉にそして体調管理に気を付けて下さいね。

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