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第三十四話 高嶺の花との逢瀬

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 空は初冬に相応しく突き抜ける青が占め、その中に浮かぶ千切れ雲が青に申し訳なさそうにヘコヘコと頭を下げて流れていく。


 これぞ正しく快晴のお手本とばかりに晴れ渡った空を眺め一つ息を漏らす。



 お出掛け日和で何よりなのですが……。



 空から地上に視線を戻すと、犇めき合って移動を続けている蟻の軍団も呆れて物も言えぬ人の波がそこかしこに流れていた。



 この人だかりは勘弁して下さいよ。此方は任務明けからの激務で疲労困憊なのですから……。



 うだるような夏の暑さとは打って変わり。冷たさをほんのり感じる季節にも関わらず暑さを感じてしまう。


 だが涼しい空気が漂っている所為か。真夏の季節と比べると人の顔にも余裕が見て取れた。



 季節の変わり目、か。



 寒波から身を守ってくれそうな上着、温かそうな襟巻き、そして分厚い手袋。


 西大通り沿いの店々に並ぶ商品も顔を変えてそれを如実に此方へと伝えて来る。



 おぉ。あの南瓜美味そうだな。



 商品棚から車道へ視線を送ると、丸々と太った緑の塊が荷馬車に乗せられて運ばれて行く様を捉えた。



 夏で弱った胃袋、体を癒すのには丁度いいかもしれない。今度の任務の時に持って行こうかな??


 けど、余り積載量を増やすとウマ子に怒られそうだし……。


 頑丈だとはいえ彼女の負担を増やすのは憚れるなぁ。



 我が相棒の凛々しい姿を思い浮かべつつ目的地へと向かって人で溢れ返る西大通りを進んでいた。



「ねぇ。今日はどこに行く??」


「どこでもいいよ」


「も――。そのどこでもって言い方きら――い」


「はは。ごめんな?? 君が居るのならどこでも楽しく思えるからついそうやって言っちゃうんだよ」


「もぅ。上手い事言って!!」



 ふぅむ……。デートの時はあぁやって女性を煽てる事も出来るのか。


 参考にしよう。



 あちらの男女はどうだろうか??



「ちょっと――。一緒に歩く時は手を繋ぐって決まりでしょ??」


「あ、ごめん。君の横顔に見惚れていたら忘れちゃったよ」


「んもぅ……」



 男性が渋々といった感じで女性の手を握ると、彼女の顔は渋くも内心は本当に温かな感情が浮かんでいる事だろう。


 先程の台詞と違ってあちらの恋人同士の所作は参考には出来ません。


 自分から女性の手を握る行為はちょっと……ね。



 いい歳をした大人の男性が何を言っている!! と。世間一般の方々は口を揃えてお叱りになるでしょうが。女性の手の柔らかさを感じ取ろうとする興味よりも、周囲の目を気にする羞恥が勝ってしまうのですよ。


 相手は超別嬪であり俺とは地位も、そして血統も段違いの傑物なので。此方から手を繋ぐのもアレだしさ。



 人波に飲まれて周囲の人々と歩調を合わせて進んでいると様々な声が耳を楽しませ、愉快な想像を駆り立てて来る。



「やばいやばい!! 待ち合わせに遅れちゃう!!」



 青年よ、何処へ行こうというのかね。


 一人の男性が額に汗を浮かべ、人並みを掻き分けて走り去って行く。


 恐らくここから僅かに天辺が見える銀の大時計へと向かっているのだろう。



「きゃ――!! ごめんなさい――!! 通ります――!!」



 そして彼女も又然り。


 そんなに慌てて走ると転んで怪我しますよ??




 西門から中央屋台群までの中間地点に建つ銀時計。



 高さは二階建ての建物の屋根より高く、この西大通りの名物として広く認知されている。


 俺が生まれるほんの少し前に作られ……。いや建てられたと言った方が正しいか。


 建てられてから長きに亘る間、現在も変わらず時を刻み続けている。



「ねぇ。この前、銀時計で待ち合わせしてたら男の人に声掛けられちゃった」


「うっそ――。私も――」



 向こう正面から歩いて来た女性二人が嬉しそうに嫌がり、過ぎ去って行く。



 名物と言われ、待ち合わせにも良く利用されているのにはとある噂が絶えないからだ。


 銀時計を建てたのは二人の男女。


 腕利きの職人らしく、その腕を買われ建造に深く関わっていたらしい。


 そして二人は銀時計を建てた後、意気投合して同じ苗字になった。


 それに肖ってか、ここで会うと恋が成就するとまことしやかに噂されているのだ。



 だが、噂はあくまで噂。



 俺はその手の類は信用してないけどなぁ。


 大体、銀時計が出来てからどれだけの年数が経って。数えるのも面倒な恋人同士があそこで待ち合わせていたと考えている??


 数が増えればそれだけ可能性が増える訳で。偶々運良く結婚出来た恋人同士もいれば破局を迎えた恋人同士もいるだろう。


 現に。



「ちょっと!! その女は誰よ!?」


「いや、先ずは説明させてくれよ……」


「ねぇ。こんな女放っておいて、早くいこ――よ――」


「はぁっ!? まだ話は済んでいないんですけど!?」



 ほらね??


 こんな感じでいざこざが絶えないのも、ここを通る時の醍醐味の一つと言われている。


 他人の不幸は蜜の味と言われているが、俺はこの手の言い争いを好き好んで見ようとは思わないけどね。


 自分の立場であったのなら他人に見られて心地良いとは思わないだろうし……。



 居もしない恋人との口喧嘩を頭の中で想像していると。



「はぁ、やっと着いた……」



 当初の目的地である銀時計前の広場へと到着した。



 全く、此処まで歩くのにどれだけ時間を有したと思っているのだ。


 人が多過ぎて自由な歩速を選択出来ないのは大変歯痒いですよっと。



 人で溢れ返る銀時計前の広場に到着して少し奥に見える時計へ視線を送ると。銀時計の針は集合時間である十一時を指していた。



 ふふ、時間通りだ。


 我ながら完璧な時間配分に大きく頷き。



「すいません。通りますね」



 大変狭い空間の隙間を見つけて銀時計下へと向かって行くと。


 何やら複数の男性がこそこそと小声で話し合いある一点を見つめていた。




「なぁ。お前声掛けて来いって」


「無理だって。さっき声掛けた超美男子が玉砕したもん」



「滅茶苦茶可愛いじゃん、あの人」


「あ、あぁ。誰か待っているみたいだし……。相手してくれないかなぁ」


「お前じゃ相手にされないって」


「しかもあの体!! くはぁ!! 舐めまわしてぇ!!」



 そこの男子。


 こんな明るい内に卑猥な言葉はよしなさいよ。



「ねぇ。あの女の人、美人だよね??」


「うん!! 憧れちゃうな……」



 ほぅ。女性にも人気が出るとは余程の美人なのだろうな。



 人の波を横切り、やっとの思いで銀時計下の姿を捉え。此処を集合場所に指定した傑物を探すと……。



「……」



 いたいた!!


 エルザードが腕を組んで銀時計の支柱にもたれ、石畳の一点を見つめて暇そうに時間を持て余していた。



「御免。おまた……」



 声を掛けよう、そう思い歩み出すと一人の男性がエルザードに歩み寄った。



「ねぇ、お姉さん。今何しているの??」

「…………」



 暇を持て余していた視線を上げて、話し掛けて来た男性を品定めするように見つめる。



 おいおい。君、正気かね。


 その女性は人を容易くこの世から消し去る事が出来る大魔ですよ??



「良かったら俺と御飯でも行かない??」


「……」



 しかし彼に対して然程興味が湧かなかったのか、男性からふいっと視線を逸らして。



『貴方では役不足よ』



 そんな意味に捉えられる大きな欠伸を放ってしまった。



「とほほ…………」


「今ので六人目だぜ?? お前七人目になれよ」


「嫌だよ!! こんな大衆の面前で振られたくないもん!!」



 他人から見れば絶世の美女と映るのも納得できる。


 煌びやかな濃い桜色の髪をかき上げ耳に掛ければ、美麗な顔が日の下に現れ息を飲んでしまう。


 女性らしい丸みを帯びた胸元、すらりと伸びた美脚と白鳥も嫉妬する白い肌。



 う――む。


 見知った仲だが、こやって改めて見直すと美人だよなぁ。


 これであの性格が無ければ非の打ち所がないって太鼓判を押せますのに。


 勿体無い……。




「お、おい。あいつ、声掛けに行くつもりだぞ」


「あんな普通の顔の奴に振り向く訳無いって」



 すいませんね。


 普通で、地味で、目立たない男で……。



「エルザード、お待たせ」


 俺の顔を見付けるや否や。


「……っ!!」



 暇が空の彼方へ吹き飛んで行き、代わりに彼女の顔には太陽も舌を巻く明るい表情が現れた。



『もう。待ったんだよ??』



 彼女からちょいと不機嫌そうな声色の念話が届く。



「ほら、時間通り……。いや二分遅刻だな」


『遅刻した罰よ。昼ご飯奢って』


「はいはい。仰せのままにっと。どうする?? 取り敢えず移動しようか。ここだと、ほら。人の目が……」



 今も男性の嫉妬を孕んだ視線が体中に刺さり気が気じゃないんだけど。



『うんっ。じゃあ行こうか!!』


「お、おい。歩きにくいって」


『ふふっ。これでいいのっ』



 俺の右腕へ己の腕をしゅるりと絡ませて共に歩き出した。



「う、嘘だろ」


「あんな平凡な顔が……」



 男性の羨む声を背に受けて人の輪をかき分け、街の中央へと向かって歩み始めた。



『…………ねぇ』


「うん??」


『あそこでレイドの事待っていたら、沢山の男の人に声を掛けられちゃった』


「そうみたいだな。人の輪が出来ていたから、何事かと思ったぞ」


『レイドは贅沢だよ?? 絶世の美女と、しかも腕を組んでデート出来るんだから』


「お、おう」



 贅沢かどうかはさて置き。



「わっ……。凄い美人……」


「くそう!! 何であんな平凡な男と腕を組んでいるんだよ!!」



 大通りを歩いていても手厳しい視線が突き刺さる。



『う――ん。ちょっと落ち着かないからお店に入ろ??』


「そうだな。おっ、丁度いい。あそこの店はどうだ??」



 大通り沿いに食事処が見えて来たので、笑みを浮かべて俺の横顔を覗くエルザートに尋ねた。



『うん。いいよ』


「決まりだな」



 昼には少し早いし、席も空いているだろう。


 食事と聞き、途端に喧しくなった腹の虫を宥める為。年季の入った木の扉を開けてお店にお邪魔させて頂いた。




















 ◇





 西大通りから一本奥に入った薄暗くちょいと汚い細い路地の上を出来るだけ目立たぬ様に歩き続けている。


 何か、こうやってコソコソと尾行するのも随分と慣れて来た気がするのはあたしだけだろうか。



「むむっ。対象は俄然進行中です!!」



 ルーが表通りへとピョコンと顔を覗かせ、金色の瞳をきゅうと細めてレイドの姿を捉えると人間に悟られない程度の小声でそう話す。


 何でも??


 念話で会話をするとレイド、若しくはエルザードに感知されてしまう恐れがあるから使用禁止だそうな。



「良くやった。監視を続けなさい。それと……。俄然じゃなくて、依然よ!! 気を付ける事ね」


「了解であります!!」


「もっと普通にしてくれ……」



 お道化る深紅の髪と灰色の髪に言ってやった。



 最初は申し訳無いかなぁ――っと考えていたけども。


 コイツ等と一緒に行動している内にあたしも何だか楽しくなって来ちゃったよ。陽気な感情というものは伝播するものさ。



「ユウ、申し訳ありません。重くありませんか??」



 背中から弱々しい声が鼓膜に届く。



「ん?? いやいや。軽過ぎて驚いているよ。マイより軽いんじゃないか??」


「はぁ!? そんな訳……。あるかも……」



 マイはこの中で一番背が低い。チビ中のチビとでも呼べばいいのかな??


 まぁ、そんな事を言った日にはあたしの大事な胸に穴が開いてしまうので言いませんが。


 カエデとは、そうだな。


 大体数センチ程しか変わらないが筋力の積載量が桁違いなのだろう。



 前に大馬鹿野郎をおぶった時と重みの違いがそれを物語っていた。



「卑しい豚宜しく、バカバカと食えばそうもなりましょう」


「あ?? 何か言ったか??」


「別に……」


「もう。喧嘩しちゃ駄目だよ?? 見つかっちゃうから。おぉ!! 銀時計が見えて来たよ!!」



 レイドの姿を見失わない様にあたし達は時折西大通りへと顔を覗かせて、そして少しだけ大通りを移動するとまた裏路地へと戻って尾行を続けていた。


 そしてルーの声を受けて裏路地からひょっこり顔を覗かせると、本日も大盛況である銀時計前の広場を捉えた。



「ここからでは丸見えだ。一旦中に戻るぞ」


「おう」



 リューヴに連れられ再び薄暗い路地をひた進む。


 そして、銀時計前の広場の正面に位置する細い路地へと到着した。



「此処なら向こうからは見えぬだろう」



 家屋と家屋の間にある細い通路から見える銀時計前の広場には相も変わらず人だかりが蠢き、男女の明るい笑みが交わされていた。



 いいよなぁ。


 あぁやって笑みを浮かべながら、二人きりで過ごすのって。


 あたしも、いつかはレイドとあそこで落ち合ってさ。朗らかな笑みを浮かべて買い物へ出掛けたいもん。



 釣り大会の時はそこまで悔しくなかったけど。こうして現実の御褒美をまざまざと見せつけられるとやっぱり悔しいよ。



「いた!! エルザードとレイドだ!!」


「ぬぅっ!?!? あ、あんにゃろう!! 腕なんか組んで!!」


「お、おい。間違っても魔力を放出するなよ??」



 今にも拳を握って大通りへと躍り出ようとする荒ぶる龍を御した。



「ゆ、許せませんわ!! 私の夫を誑かすなんて!!」


「アオイちゃん。レイドと結婚していないでしょ?? も、もう――……」


「妄想」


「そう!! 妄想って奴じゃないの、それ」


「いずれはそうなるのですよ!! ほら、追いかけますわよ!!」


「おらぁ!! 私の前を歩くんじゃねぇ!!」



 あぁ、はいはい。


 マイとアオイを先頭にあたし達は慌てて二人の追い。更に尾行を続けていると、二人がとあるお店の前で足を止めた。




「しまった!! あいつら、お店に入る気よ」



 二人が方向を変え、一軒の店へと歩み出した。



「じゃあここで暫く待機だな。カエデ、少し座るか??」


「そうします」



 大変お軽い小鳥を地面に降ろし、大通りへ視線を向ける。



「ありゃ。もう店に入っちゃったか」



 二人の姿は消え失せるも、人の波は相も変わらず流れていた。



「暫くは出て来ないでしょう。その間暇だし、食料を調達して来るわ。ルー、行くわよ??」


「えぇ――。マイちゃん一人で行ってよ」


「ああん!? 私一人で全員分の食い物持てって言うの!?」


「五月蠅いなぁ……。じゃあ行って来るから監視宜しくね」


「あいよ――」



 一人は意気揚々と、一人は後ろ髪引かれる思いで大通りへと出て行った。


 さてと、あたし達は出て来るのをゆるりと待つとしますかね。


 建物の壁に体を預け、その時を待った。




















 ◇





 俺の予想通りと言うべきか、店の中は片手で数えられる程の客が席に着き少し早い昼食を摂っていた。



 此方の目を誘う美しい小麦色に焼かれたパンに挟まれた野菜と肉を食らう男性。


 乳白色と黒の配色が視覚を大いに刺激するパスタをしっかりと噛み締めて味わう女性。



 少々年季が入っているお店だが、それが敢えて落ち着いた雰囲気を醸し出し。加えて素敵な食事の香が心を楽しませてくれていた。



 へぇ――……。適当に入ったお店だけど、いいお店じゃ無いか。



「いらっしゃいませ!! お客様は御二人で宜しいですか??」



 俺達の姿を見付けた女性店員さんが満面の笑みを浮かべて此方に向かって静かな足取りでやって来る。



「はい。そうですよ」



 それに対してこちらも笑みで返す。


 人を元気にしてくれる気持ちの良い笑みを浮かべる店員さんですね。笑顔勝負ならココナッツの看板娘さんといい勝負するかも。



「個室と、此方の席。どちらも御利用出来ますけど。どちらにしますか??」



 店内と、奥へ続く廊下に目配せして話す。



「じゃあ個室でお願いします」



 人の目を気にせずゆっくり会話出来るし、そっちの方がエルザードも……。



『えぇっ!? 個室に連れ込んで何をする気なのっ!?』


『そういう意味で選んだのではありません』



 あからさま過ぎるお道化方に対して小声で訂正してあげた。



「畏まりましたぁ!! こちらへどうぞ!!」



 素敵な笑顔の店員に促されて奥の廊下へと案内された。



 食事を続ける机の間を抜けて少し細い廊下を進んで行くと。左右に四つの扉が確認出来た。その四つの内、一番右奥の小さな扉を開けると落ち着いた空間が俺達を迎えてくれる。



 机と二対の椅子。


 質素な造りだが、その分広さを堪能できるようになっていた。



 ふぅん……。大人数用の個室では無くて少人数用の個室って感じか。



 ちょいと硬めの椅子に座り、机の中央に置かれている品書きを手に取ろうとすると。女性店員さんが、水が注がれた木製のコップを持って舞い戻って来た。



「注文がお決まりになられましたらら……。申し訳ありません!! 噛んじゃいました」



 屈託の無い笑顔を見せ、えへへと明るい笑みを浮かべる。



「構いませんよ。注文が決まったら呼びますね」


「すいません。宜しくお願いします!!」



 どういたしまして。


 明るい空気を残して扉を閉めると。



「ねぇ、あの女に気があるの??」



 淫魔の女王様から何だか棘のある声色が届いた。



「え?? 何で??」



 普通に会話していただけですけども。



「だって。妙に気に入ってそうだったし……」



 むすっとした表情を浮かべて品書きを見下ろしている。



「いやいや、元気だなぁって思っただけだよ。それ以上でもそれ以下も無いって」


「ふぅん。それならいいけどさ。何にしようかなっと!!」



 曇り空が一転し太陽が顔を見せた。


 きっと腹が減って苛ついていたんだな。


 分かるぞ、その気持。



「所で……。人間の言葉で書いてあるけどさ。理解出来るの??」


「え?? うん。カエデと同じ様な魔法唱えられるから」


「流石」



 生徒に劣る筈も無いか。



「う――ん……。決まらないなぁ。レイドは何にする??」


「俺?? そうだな……」



 品書きを縦に読み進めて腹の虫に尋ねて行く。


 牛肉の一枚肉のソース添え。季節の野菜の盛り合わせ、更に当店お薦めのサンドイッチね。


 無難で定番料理が多いお店、それに加えて値段もお手軽だ。



「このお勧めのサンドイッチと温かい紅茶にしようかな。初見のお店だし、こういうのは先ず無難な物から攻めるのが大事なんだ」



 ちょっと冒険した料理を注文して後悔したくないし。




「じゃあ、私は……。塩胡椒のパスタと温かい紅茶にしよっ」


「決まったな。すいませ――ん。注文お願いしま――す」



 椅子から立ち上がり扉を開けて先程の店員を呼ぶ。すると。



「は――い」



 俺の顔を捉えた女性店員さんが周囲のお客さんに迷惑を掛けない所作で素早くやって来てくれた。



「お薦めのサンドイッチを一つ。それと…………」



 今しがた決めた注文を伝えると、店員さんは小さくコクコクと頷きながら俺の注文を頭の中の伝票へ書き記していく。


 何だか小動物みたいに頷きますね??



「はい、承りました!! 少々お待ち下さいね!!」


「どうも。……ふぅ」



 注文を伝え終えると席に着き、大きく息を漏らした。



「お疲れ様」



 両手で頬杖をついて微かな笑みを浮かべると労いの言葉を放ってくれる。



「どういたしまして。師匠は元気??」



 水を一口分、静かに口に含んで話す。



「クソ狐?? あぁ……、腹が立つ事に元気よ」



 師匠の名前を聞くと途端に不機嫌な表情を浮かべた。



「もうちょっと仲良くしなよ。古い付き合いなんだろ??」


「そうだけど……。ど――も気が合わないのよねぇ」


「犬猿の仲って奴か。マイとアオイみたいな感じだよな」


「あの二人も大概じゃない。レイドも苦労してるでしょ??」


「苦労どころじゃないって。毎日いざこざが起きて、収拾がつかなくなったらエルザードの愛弟子が収めてくれるんだよ」


「カエデが?? ふふ。あの子、大人しそうに見えて意外と怖いのよねぇ」



 分隊長殿の冷たい表情を思い出している様だ。小さな笑みを浮かべてふふっと小さく息を漏らした。



「ま、喧しいながらも上手くやっているよ」


「それがレイド達らしいわよね。次の仕事はどこへ行くの??」


「次の任務??」



 軍規で任務内容を話す事は禁止されているけど、エルザードなら大丈夫だろう。


 師匠と同じで信ずるに値する人物だし。



『儂とあ奴を一括りにするな!!』



 あ、いや。全く一緒という訳では無いな。師匠と比べるとちょっとだけ下がった信頼度ですね。



「行政特区レンクィストから、北東の町。メンフィスまでの護衛任務だよ」


「護衛?? 誰を護送するの??」



「イル教の信者。何でも?? お偉いさんがいるみたいでさ、その人達を護送するんだよ」


「……」



 イル教。


 その単語を聞くと楽し気な表情が霧散。冷酷な淫魔の女王様の素顔を覗かせた。



「どこでそいつらを皆殺しにするのかしら。私に頼めば直ぐにでも酷い目に遭わせてあげるわよ??」



 にやりと歪な笑みを浮かべるので要らぬ心配が湧き起った。



「お、おい。護衛中に襲い掛かるのは止めてくれよ??」



 エルザードが襲撃してきたらものの数秒で隊は壊滅。


 憐れ無残な焼死体が九体も野晒の状態で発見されてしまうだろう。


 それとも、死体が残らない程の火力で焼き尽くして生死不明として扱われるのかな??



「冗談よ。真に受けないの」



 はぁ……。


 エルザードが話すと洒落に聞こえない時があるからなぁ。



「――――。一つ聞いていいか??」


「何かしら?? 男性経験??」



 またこの人は……。



「女性に対してそんな事聞く訳ないだろう。その、言いにくかったら言わなくていいけど。どうしてイル教を毛嫌いしているの??」



 先程の表情からしてあまりいい思いはしてないのだろう。


 まぁ、魔物排斥を唱えている団体だ。魔物であれば誰だって気持ちの良い話ではあるまい。



「…………」



 俺の質問を受けると言おうか言うまいか。


 そんな微妙な顔を浮かべている。



 そして暫しの沈黙の後、静かに口を開いた。



「――――。別にイル教の信者云々はどうでもいいのよ。昔、本当に大昔。私がまだ小さかった頃にね?? 人間達に迫害……。ううん。理不尽な暴力を受けたの」


「エルザードが!?」



 これは素直に驚いた。


 常軌を逸した力を備える者にそんな過去があったとは。



「あのねぇ。今は最強最高の魔法使いかもしれないけど、幼少の頃は世間知らずで、可愛くて、弱々しい存在だったのよ?? それで、かな。人間に対して素直に好意を向けられなくなったのは」



「そうか。すまない、嫌な事を思い出させて」


「女性の過去を詮索する男は嫌われるわよ」


「以後、気を付けます」



 頭を下げ、陳謝の意を表してやった。



「あ――あ!! せ――っかく楽しい思いしていたのにぃ。傷ついちゃったなぁ」


「嘘を付くな、嘘を」


「へへ。バレちゃった??」



 ペロっと舌を出してお道化る。



「毛糸を切るより簡単だぞ。大昔って事は……。イル教が成立した時位??」



 確か……。


 以前調べた本に成立したのは凡そ三百年前だと記載されていた筈。


 エルザードの年齢は三百ウン歳だからぁ……。話の内容に矛盾は無いでしょう。




「まぁ多分それ位じゃない?? くそう。思い出したらはらわたが煮えくりかえってきた」


「頼む。大人しくしてくれ」



 此処で大暴れしてみろ。


 王都が半壊して数えるのも億劫になる死傷者が計上されてしまうからね。



「レイドが……。そう言うのなら」



 すっと手を伸ばし、机の上の手を握って来る。


 今朝方の破廉恥な夢を思い出して体温がほんのり上昇してしまった。



「お、おい……」


「ふふ。どう?? 本物の感触は??」



 見透かされたな。



「どうって。うん、普通の手だな」



 彼女の恐ろしい実力とは裏腹に女性の柔らかさと頼りなさを体現した手だ。



「あはは。普通かぁ。うん、普通だね??」



 俺の発言が嬉しかったのか、にこりと笑い目尻を下げた。



「普通が嬉しいの??」


「厳密に言えばちょっと違うかなぁ。まぁレイドには分からないよ」


「??」



 小首を傾げ、目の前の太陽を見ていると女性店員が扉を叩いた。



「失礼します!! 注文頂いた品をお持ち致しました!!」



 おぉ!! 美味そうだ!!


 深緑の森を感じさせる野菜に、旨味がぎゅっと詰まった薄い肉がパンに挟まれ俺の食欲を悪戯に刺激する。



「食べようか」


「そうだな。頂きます!!」



 がっつり口を開けて、四角いパンに齧り付いてあげた。



「美味い!!」



 肉汁がジワリとパンに滲みて、野菜の清涼感がパンと混ざり合い口の中を歓喜で包む。


 噛めば噛む程肉に掛けられているソースの微かな甘味と塩気が複雑に絡み合い、体がもっとそれを食らえと頭に命令する。


 うん……。お薦めを注文して大正解だな。



「こっちも美味しいわよ?? ほら、あ――ん」



 器用に巻き取ったパスタを机越しに差し出して来る。



「いや、普通に食べるよ」


「誰も見ていないじゃない。ほら、早く」



 此処で断ったら臍を曲げてしまう恐れもあるし。


 仕方が無い。



「んむっ……。おっ。塩胡椒がしっかり効いてて美味いな!!」



 麺本来の微かな甘味と塩気。


 それに加えてピリっとした胡椒が絶妙な塩梅を醸し出していた。



「えへへ。でしょ?? あ、パン屑付いている」


「ん??」



 咄嗟に右手で唇を拭くが、それらしき物はついてこなかった。



「違う、こっち……。ね??」


「あ、あぁ」



 身を乗り出して、俺の左の唇の端を摘まんでパン屑を見せる。そしてそのまま己の口へと運んでしまった。



「おいおい」


「何?? あぁ。私は気にしないわよ」



 左様で御座いますか。



 しかし……。この店、当たりだな。


 味に加え値段も適正価格。今度時間があればマイ達を連れて来ようかな??


 あ――でも。個室は狭いから無理そうだな。




 静かな雰囲気の中、慎ましい雑談と日常会話を続けて摂る食事は格別なものであり。


 素晴らしい食事は空腹も相まって滞りなく進んだ。



 気が付くと、目の前の皿は空になり。食後の紅茶を口の中で転がしていた。


 美味かった……。


 素直な意見が出て来てしまう。



「御馳走様でした」


「中々美味しかったわね」



 紅茶を啜り、こちらを見つめる。



「値段も適度だし、うん。文句のつけようが無いな」


「あはは。最初に出て来るのは味の感想じゃなくて、値段が出て来るのね??」


「う……む。まぁ気になるのは確かだな」



 この笑顔。


 何んと言うか、こうして見ると普通の人間と変わらないよな。



「私の顔に何か付いてる??」



 俺の視線を不思議に思ったのか。パチパチと瞬きを繰り返す。



「いや、こうやって見ると普通の人間にしか見えないなぁって」


「何よ、それ」



 ふふっと微笑を浮かべると、少しの間を置いてちょっとだけ硬い口調で言葉を放つ。



「――。レイドはさ、魔物の事どう思っている??」


「それはエルザードやマイ達の事??」


「それを含めた、全ての魔物に対してよ」



 ふぅむ……。どう、思っているか。



「こうやって皆と知り合う前までは、魔物はお伽噺の存在だと思っていたからな。でも、今は物凄く尊敬している。仲間を想いやったり、絆を大切にしたり。下手な人間より尊敬出来るよ」



 心の中に想う全ての事を、包み隠さずに話した。



「でも……。普通の人間はそう思わないんじゃない??」



「言葉が通じないってだけで畏怖されるだろうな。体の造りも根本から違って、人間から見れば奇跡に近い魔法も唱える事も可能だし。だけど、俺は両者の溝を埋めて互いに理解し合える世界になればいいと考えているんだ。その為には努力を惜しまないさ」



「そう……」



 コップの淵に唇をそっと付けて話す。



「エルザードは人間の事をどう思っているんだ??」


「ん――。今は別に好きでも嫌いでもないわ。一時期は只の餌と見ていた事もあったわねぇ」



 餌って。


 そう言えば、初めて会った時は兵士達から精力を吸い取っていましたね。



「でもね、レイドと会ってもう少しだけ知りたいと思った。興味を持ったと言った方がいいのかな。私達にみたいに魔法も使えないし寿命も短い。そんな劣等種に興味を持つのは大魔として失格かしらね」


「他人や異種を知ろうとするのは良い事じゃないか??」


「そうかしら」


「他人を知ろうとする事は、その人が持つ価値観や考えを理解するという事だ。他人と完璧に分かり合える事は出来ないけど、知ろうとする事は価値がある事だよ」


「でも、私が興味を持っているのは……。たった一人の男性だけどね」



 受け皿にコップを置き、俺の瞳の奥をじっと見つめて来る。



「そ、そうなんだ」


「前にも言ったけど。私が一人の男性に固執する何て早々無いわよ??」


「逆に聞くけどさ。どうしてそこまで固執するの??」


「う――ん。見ていると放って置けないし。見守ってあげたくなるのかな。あっ!! 後、子種が欲しくなるわね」


「俺、そこまで頼りない??」



 後半の部分は一切合切無視をして話を進めた。



「あら?? 私、レイドの事とは言っていないわよ??」



 口元に手を当てて柔らかく笑みを零して話す。



「あのなぁ」


「冗談よ。ほら、そろそろ行きましょうか。色々見て回りたいし」


「行きたい所あるの??」


「服とか小物を見て回りたい。かな??」


「了解。そこを中心にして回ろうか。会計済ませて来るから待ってて」


「ありがと――。御馳走様ですっ」



 片目を瞑ってこちらを見送ってくれた。


 まぁこれ位なら奢りましょう。


 カエデ達に対しての魔法講座、それに龍の力の発現にもお世話になったし……。


 食事代だけでは安過ぎるお返しにならないかしら??


 エルザードと一緒に店を回りながら探して、彼女が気に入りそうな物があればそれをお礼の品として贈りましょうかね。


 そんな事を考えながら個室の扉を開けて、会計へと向かって行った。



お疲れ様でした。


花粉の季節真っ只中ですが、皆さんの鼻の調子は如何程で御座いましょうか??


私の場合は現在絶不調でして……。鼻をもぎ取って道端に捨ててやりたい気分です。


まだまだ辛い季節が続くかと思いますが、頑張って乗り越えて行きましょうね。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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