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第三十二話 現れた二体の新人

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


話を区切ると流れが悪くなる恐れがありましたので、二話分の掲載となります。


それでは御覧下さい。




 太陽が欠伸を放ちながら地上で生きる者達へ挨拶する時刻が訪れると猛烈な眠気が体を襲い。このままでは作業に支障をきたすとしてベッドで仮眠を取り始めた。


 横たわると同時に眠りへと就き、このままずぅぅっと眠っていたいという心地良い眠りに身を委ねていたのだが。



『レイド――!! 朝ですよ――!!』



 頼んでもいないのに横着で陽気な狼さんがタフタフと俺の顔を前足で突いて幸せな眠りから非情な出来事が待つ現実へと引き戻してしまった。



 君達とは違ってこっちは一時間程度しか眠っていないのだ。



 大きな御口を開けてハッ、ハッと獣臭い吐息を漏らす狼さんには悪いけど適当に返事を返してシーツの中へと潜らせて頂いた。


 しかし、この態度がどういう訳か彼女の気に障ったみたいで??



『折角起きたんだからお散歩行こうよ――!!』


『いやぁぁああ――!!』



 抵抗虚しくたった二秒でシーツを引っぺがされ、粘度の高い液体を纏わせた舌が顔面を急襲。


 目玉の裏、鼻の穴、そして唇の裏側。


 余す所なく獣臭がふんだんに含まれた液体を塗り付けてくるので、思わず胃の奥からすっぱい物が込み上げてきました。


 目の端から零れ落ちて来るのは己の涙か、それとも狼の唾液か。


 それを震える腕でそっと拭って体を起こし。



『あはは!! やっと起き……。あいだっ!!!!』



 彼女の叩き易い頭をピシャリと叩いて早朝からの作業を開始したのだ。




 それからというものの。目に映るのは美しい自然では無く忌まわしき紙に刻み込んだ己が文字、訂正印、数字……。


 もういい加減見るのもうんざりだ!!!!


 朝から晩まで俺の目の前を縦横無尽に駆け回って!!



 早朝から吐き気を伴う起こされ方をして随分と時間が経つ。羨ましい欠伸を放っていた太陽さんは空の一番高い位置から机の前で悪鬼羅刹も慄く表情を浮かべている俺を呆れた顔を見下ろしていた。



 だが……。


 素晴らしい努力の甲斐あってか、イル教に提出する報告書は頂上まであと一歩の所まで登って来た。


 ちょっと休憩しようかな。根を詰め過ぎても宜しく無いでしょうし。



「ん――っ……!!」



 椅子の背もたれに体を預け、ぐぅぅんと体を反って凝り固まった筋力達を解すと。



「…………」



 俺の顔を見下ろす端整な顔とバッチリ目が合って心臓が飛び上がりそうになった。



「どわぁっ!!!! カ、カエデ!! 静かに背後を取るなよ……」



 微塵も気配を感じ無かったぞ……。



「休憩??」



 目を白黒させている此方の様子を見ても一切悪びれる様子を見せずに話す。



「そんなとこ」


「お昼ご飯、買って来たよ」



 彼女がそう話して差し出してくれたのは一つの紙袋。



「おぉ!! 助かるよ!! ほぉ。美味そうなパンだな」



 それを颯爽と受け取り紙袋を開けると柔らかい小麦の香りが鼻腔の中をそっと駆け抜けて行った。


 昼飯時だ、有難く頂こう。



「朝からアオイと何か相談してるけど……。新しい魔法でも作ってるの??」



 小麦の甘い香りが漂うパンを齧りながら話す。



 カエデとアオイ以外の方々は朝からお出掛けして、居残った二人は同じベッドに腰掛けて術式と難しい顔を浮かべて睨めっこをしていましたからねぇ。



「以前先生が詠唱して呼び寄せた使い魔を覚えていますか??」


「勿論。ベゼルだろ??」



 あの巨躯にふわふわの黒毛。


 組手も付き合って貰ったし、当然覚えているさ。



「実は戦力増強を兼ねてカエデと使い魔の術式を構築しているのですわ」



 アオイがベッドから立ち上がり此方へとやって来る。


 うん、ぐっすり眠って疲れは取れたみたいだ。


 昨晩に比べて顔の血色が良い。



「一日足らずで完成するの??」


「先生から術式を見せて頂き、アオイと相談しながら時間を見つけては構築していました」


「へぇ!! 凄いじゃないか」



 あの大飯ぐらいの龍も彼女達の勤勉な態度を是非とも見習って頂きたいものです。



「ですが……。エルザードさんが仰っていた通り。自分の性格の一部を反映する事が少々億劫でして」



「陽性な感情だったり、陰性な感情だったり。自分の好きな性格を選べないって事??」



 彼女達の考えを自分なりに咀嚼して話した。



「正解ですわ。他人に見られたく無い一部が露呈してしまう恐れもありますので……」


「ふぅん。でもさ、ベゼルの場合。魔法を感知してくれる能力があっただろ?? 便利な能力もあるし、仲間内だけに見せれば問題無いでしょ」


「そう……ですね。分かりました。今晩までに完成させて披露しましょう」



 俺の言葉を受けてカエデが小さく頷く。


 聡明な彼女達が邪な考えを持っている訳は無いのに何で躊躇うのだろうねぇ。



 …………いや。



 アオイの場合は分からないな。


 そう考えると使い魔を呼び出すのはちょっと考え物だ。


 アオイと、そして彼女の使い魔に追われるのは勘弁して貰いたい。



「一長一短な魔法なだけに、気が重いですわぁ」


「ははは。アオイでも気が重くなるんだ」


「勿論ですわよ?? アオイのイケナイ感情がレイド様に御迷惑をお掛けしてしまうかも知れませんので」


「あ、うん。そうなんだ……」



 想像が現実にならない事を祈りましょう。



「アオイ。やるよ??」


「はぁい。レイド様、続きはまた後で」



 片目をパチンと瞑り、柔らかい笑みを浮かべると踵を返してくれた。



 よし。彼女達も頑張っているんだ。俺ももうひと頑張りしましょうかねっ!!!!



 眠い眠いと我儘を泣き叫ぶ体に喝を入れ、パンを片手に作業を再開した。





























 ◇






 やっと……。やっと終わった……。


 茜色が部屋を赤く染めて帰宅途中であろう人々の陽性な声色が宿の部屋に響き。もう間も無く一日の終わりが訪れる事を自覚する頃。



 忌々しい集団を撃ち滅ぼす事に成功。


 自重を支えられぬ体は肩から崩れ落ちて机の上に頬を乗せて大きく、そして歓喜の溜息を吐いた。



「はぁぁぁ。終わったぁ」



 心の想いを惜しげも無く言葉に出し、聳え立つ二つの山を横の視線で見上げていた。



「出来ましたわ!!!!」


「完成」



 うん?? カエデ達も出来たのかな??


 重い上体を持ち上げて振り返ると喜々とした表情を浮かべる二人がそこには居た。



「魔法、完成したの??」


「たった今完成した所ですわ!!」


「後は皆の前で披露するだけ」


「へぇ!! 良かったじゃないか」



 言葉の端に、いや。言葉全体に陽性な感情が含まれている。


 長い時間を掛けて遂に魔法が完成したのだ。嬉しいのも当然か。



「レイド様も……まぁ!! 終わりましたのね??」


「お陰様で。もう指と手が限界だよ」



 此方へ静かに近寄り、出来立てほやほやの紙の山を見下ろしていた。



「あぁ。お可哀想に……。私が癒して差し上げますわ」


「あ、うん。有難う」



 手を取り、柔らかく温かい手で俺の手を解き解して行く。


 疲労した筋肉の繊維が解れ堪らなく気持ちが良い。



「こんなに硬くなって……」


「これも仕事の内さ」


「ふふ。そうですわね」



 床へ両膝をついたまま、にこりと笑みを浮かべて此方を見上げる。


 疲れが吹っ飛ぶ素敵な笑みなのですが……。この位置からだと、ちょっと目のやり場に困るんだよなぁ。


 アオイは着物を少し着崩して着用している。


 つまり、ここからだと豊かな双丘の谷間がこれ見よがしに視界に飛び込んでくる訳。


 何とも言えない感情を胸に抱きつつ視線を明後日の方角へ向けると。




「……………………。もっとじっくりと舐め回す様に見ても宜しいですよ??」


「へっ??」




 突拍子も無い一言に思わず声が上擦ってしまった。



 男の性を悪戯に刺激する笑みを浮かべ、敢えて此方から見え易い様に体を寄せる。


 淫靡な柔肉から放たれる香が鼻腔から侵入して嗅覚を魅了、そして視覚を独占する数々の女の武器が正常な思考を阻害。


 大きな石粒程度の硬度を持った生唾をゴクリと喉の奥へ送り込むと、彼女は俺の心を見透かしたのか。妖艶な笑みを浮かべて俺の手を魔性の渓谷へと誘う。



 お父さんはそんなふしだらに育てた覚えはありません!! と。


 年相応に育った娘さんの私服に諸注意を放つ父親の台詞を吐こうとした刹那。



「たっだいま――――!!」



 ルーを先頭に外出組が帰って来ると、俺とアオイを包む酷く親密な空気が霧散してしまう。


 彼女達の絶妙な登場にほっと胸を撫で下ろした。



 び、びっくりしたぁ……。


 急に揶揄うものだから心臓が驚いちゃったじゃないですか……。



「あ――!! アオイちゃん!! レイドと手を繋いでる!!」


「ちょっと手が痛くてさ。今アオイに解き解して貰っているんだよ」



 心臓の音が五月蠅く鳴り響きその音が鼓膜をドクン、ドクンっと等間隔に揺らす。この動悸を耳の良い狼さんに悟られまいとして至極冷静を努めて説明してあげた。



「ずるい!!」



 何故そこで卑怯という意味の単語が出るのでしょうか??



 狼の姿に変わると両者を繋ぐ架け橋の間にフワフワの顔を突っ込み、彼女との物理的接触が強制解除されてしまった。



「ちょっと!! 邪魔ですわよ!!」


「いいの!! ほら、レイド。頭撫でて??」


「はいはい……」



 いつもと変わらぬやり取りに何だか顔の表情が崩れてしまう。


 相変わらず甘えん坊だな。



「ん――。もうちょっと下」


「ここ??」


「そうそう!! 私の気持ち良い所、分かって来たね!!」



 そりゃどうも。


 これだけ撫でれば自然と覚えるさ。



「何?? 紙との戦闘は終わったの??」


「さっき漸くね」



 マイが自分のベッドに座り、手に携えた紙袋から肉の串焼きを取り出して美味そうに咀嚼を始める。



「……っ」



 俺の腹の虫がその姿を捉えると。




『俺にもアレを食わせろ!!』 と。



 大変我儘な台詞を吐いてしまった。



「そう来ると思ったわよ。はい、あんたの分」


「カエデ達の分はここにあるぞ――」



 マイが一つの紙袋を俺に。


 ユウがカエデとアオイに紙袋を渡す。



「おぉ!! 助かる!!」



 カエデからの差し入れはあったけども。朝からずっと部屋に篭りっぱなしで沢山飯を食う暇も無かったですからね。


 これは正直有難い。



「今日はどこに行っていたんだ??」



 ちょっとだけ冷めた肉を咀嚼しながら話す。


 これ、美味いな。


 冷めたとはいえ肉の味を損なわせない丁度良い塩梅の塩加減、奥歯で少し硬めのお肉を咀嚼すると肉汁がじゅわりと舌の上に広がり。俺は今肉を食っているのだと認識させてくれた。



「いつも通り屋台群の中を暴れ回って来たわ!! この肉、うっっめぇぇええ!!」



 己の太腿をピシャリと叩き、軽快な音を奏でて美味さを表現する。


 毎度毎度思うのだけど。コイツの飯の食い方って妙に美味そうに見えるよな??



「レイド聞いてよ!! マイちゃんったらおっきなおにぎりを五つもぺろりと食べちゃったんだから!!」



 掌の下から陽気な狼さんがそう話し。



「余裕よ、余裕。まだまだ食い足りねぇ分は明日に持ち越しね」



 食の権化は咀嚼を続けながら笑みを浮かべてビシっと親指を上げた。



「それ食べた後に肉食ってんのかよ」


「子豚も呆れた声を上げそうですわねぇ……」


「あ?? 何か言ったか??」


「さぁ??」



 御二人方、喧嘩は止めなさいよ??


 今日は疲れているから止めに入る元気も無いんだからさ。



「カエデ、今朝方から苦戦していた魔法は出来たのか??」



 リューヴが己のベッドに腰かけて話す。



「お陰様で完成しました」


「ほう。どんな魔法だ??」


「使い魔を構築する魔法です。ほら、以前先生が詠唱してみせた奴ですよ」


「あ――!! あの黒いわんちゃんか!! むぅ!! レイド、もっと上!!」


「はいはい……」



 狼の姿でわんちゃんと言われてもなぁ。


 まぁ、狼と犬とでは雲泥の差があるけど。何だか腑に落ちないのは気の所為でしょうか。



「見せてよ!!」


「では、私から詠唱しましょうか……」



 陽気な狼さんの御要望を受けるとアオイがベッドの淵から静かに立ち上がり、口元で何かを呟きながら目を瞑る。


 そして、両手を前に差し出すと眩い光の魔法陣が浮かび上がった。



「へぇ!! 凄い魔力だな!!」



 ユウがそれを見て目を丸くする。


 彼女が驚く程だ、それ相応の魔力が放出されているのだろう。


 肌がざわつく感覚は確かにあるが、それを確と感知出来ないのはちょっと歯痒いけどね。



「此処に示すは古より伝わりし秘術。随順なる眷属よ、我が魔力を糧にその姿を現せ!!」



 眩しっ!!


 アオイが目を見開くと膨大なその魔力を解放した。


 目を開けていられない程の閃光が部屋を包み込み、強烈な光の波動に抗い手を翳してその光量から逃れた。






「――――。アオイ様。本日これより私は貴女様を主人とみなし、この生命が尽き果てるまで随順な眷属としてアオイ様の命に従います」





 誰の声だ??



 迸る閃光が止むと、一段と低い女性の声が響く。


 翳した手を下げると一羽のからすがアオイの前で頭を垂れていた。



 その姿は闇夜も畏れる漆黒の黒羽に身を包み、鋭い嘴と大きな黒き瞳は野草に隠れた矮小な獲物も逃さないであろう。


 普段見掛ける烏より一回り程大きいな。




「わぁ!! 烏ちゃんだ!!」



 一頭の陽気な狼が意気揚々とその烏の下に近寄る。



「無礼な。私は崇高な魔物であられるアオイ様の眷属ぞ」



 両の羽を大きく広げ、威嚇するが……。



「フンフンフンフンッ!!」



 彼女はそれを意に介せず目を輝かせて匂いを嗅ぎ始めた。



「や、やめぬか!! ルー殿!!」


「あれ?? ルーの名前知っているの??」



 大きな狼に狼狽える漆黒の烏に尋ねた。



「勿論です、レイド様。私はアオイ様の中から生まれました。ここに居る者、アオイ様が接した者は私の記憶に刻まれています」



 へぇ、便利なもんだな。



「アオイの性格の一部を反映してこの魔法は発動します。どうやら……。特に問題無い性格が反映されたようですね」



 カエデがコクンと頷き、一人で納得している。



「わぁ!! アオイちゃんの匂いがするよ??」


「ふんっ!! 下郎が!! この体に触れる事が出来るのはアオイ様とレイド様。この両名のみ!!」


「あ――……。逃げちゃった」



 大きな翼を羽ばたかせ、俺の右肩に止まる。



 おぉ。見た目よりも意外と軽いな。



「俺は触って良いんだ??」



「勿論で御座いますっ。んふふ……。此処がアオイ様のお気に入りの場所ですか。何んと素晴らしい眺めなのでしょう。横には愛しの御方が居られ、鼻腔をそっと擽る殿方の香り……。あぁ、桃源郷とはまさにここなのでしょう!!」



「前言撤回です。問題大有りですね」


「カエデ、それは酷い言い方ではありませんか??」



 その言葉を受けてアオイが顔を顰める。



「卑猥な性格が反映されたのか。蜘蛛に似てうっとおしい面構えしてら」



 マイがベッドに寝そべり、俺の右肩に止まる烏を特に興味を示さない瞳の色で見つめた。



「そこの超絶直角残念娘。我が主を愚弄するのは許されぬぞ??」


「ちょ……超絶……。おい、そこのクソ烏。もう一度言ってみろや」



 お、おいおい。この烏さんは生まれて直ぐに死にたいのか??


 漆黒の烏さんが放った台詞に室内の空気が一気に凍り付いてしまう。




「何度でも申してやろう。貴様の様な水平で、直角で。どこにも丸みが無い……。いや、尻だけ!!!! は流石に丸みはあるな??」


「へぇ?? そんなに、死にたい訳??」



 マイの肩口から憤怒によって高まった魔力が零れて周囲の空気が朧に揺らぐ。


 そして、静かに上体を起こすと今まで何十名と敵を屠って来た歴戦の戦士さえも手に持つ武器を放棄して命を懇願してしまう凶悪な顔を浮かべてしまった。



 や、やめて!! こんな狭い部屋で暴れないでよ!?



「貴様では無理だ。私はアオイ様の魔力で作られた傑作。極薄で希薄な胸板を有する者に負ける筈は無い」


「こ、この……」



 やっべぇ!!



「マイ!! 落ち着けって!!!!」


「その皮全部剥いで、唐揚げにしてやらぁぁああ――ッ!!!!!!」



 マイの鋭い踏み込みと同時に熱き魂が籠った右手が烏に襲い掛かる。



「ふふっ。これしきの攻撃……」



 意外や意外。烏さんの行動は素早く、両の翼を翻していとも容易く龍の雷撃を躱した。


 これが指し示す意味。


 それはつまり、対象物を見失った彼女の右手は俺の横顔に襲い掛かる訳だ。



 今日も貴女は馬鹿みたいに速いですからね。きっと激烈な……。




「や、やめ……!! どぶがっ!!」



 右の頬肉に想像の二割増しの気持ちの良い衝撃が走り、口の中が鉄の味で覆われてしまった。



「ふっ、遅い。欠伸が出るぞ」



 陽気な狼の頭の上に止まり、嘴を大きく開けて欠伸の動作を模倣する。



「ねぇ、烏ちゃん」


「何だ??」


「今の内に謝っておいた方がいいよ??」


「ふんっ。あれしきの速さ、見切れぬ私では無い!!」


「う――ん……。一応、私言ったからね??」


「お心遣い感謝する」



「そこにいたのかぁ……」



 相手に恐怖感を抱かせる為か、将又間も無く訪れるであろう愉快で痛快な暴力を楽しむ為か。


 遅々とした所作でぐるりと首を回し、歪な口元を浮かべて烏さんを捉えた。



「うぅっ……。な、何んと恐ろしく醜い顔だ。アオイ様の美麗な御顔とは正反対では無いか」


「死ねや!! クソ烏!!」


「何ぃっ!? クァッ!!」



 夏の嵐も何度も瞬きをして己の目を疑う程の速さで移動し、烏さんの首根っこを右手で掴み天高く掲げた。



「さぁ……。どう料理してくれよう??」


「ま、まさか。これ程の速さだとは……。風の抵抗を受けぬのはその薄い胸元の所為か」


「あ??」



 きゅっと力を籠めて首を絞める。



「カァッ!!」


「いてて……。マイ、その辺りにしといたら??」



 このままでは折角長い時間を掛けて召喚した使い魔さんが理不尽な龍の手によって屠られてしまうので。


 大変痛む頬を抑えつつ、鋭く尖った牙を剥き出しにしている龍へ言ってやった。



「ふんっ。次は命が無いと思えよ??」


「ぜぇ……ぜぇ……。申し訳ありません、アオイ様。あの残念娘に一太刀も浴びせる事は叶いませんでした」



 弱々しく羽ばたき、アオイの右肩に止まる。



「ふふ。あの悔しくて歪んだ顔を見れただけで私は満足しましたわよ??」



 細く、白い指で烏の顎を撫でると。



「有難き幸せ……」



 心地良さそうに長い瞬きをしてアオイの指の感触を楽しんでいた。


 何か……。問題児がまた一人増えちゃったな。



「所でアオイ。そいつの名前は??」



 ベッドの上で随分と寛いだ姿勢で静観していたユウが声を上げた。



「そうですわね……」



 じっと考え、腕を組む。



「…………東雲しののめ。今日から貴女は東雲と名乗りなさい」


「東雲!! あぁ!! 何んと素晴らしい響きなのでしょう!! 一生大切にします!!」



 バサバサと羽を動かし、その喜び?? を表現していた。


 烏も……。


 基、東雲はあぁやって感情を表現するのか。


 その外観はまるで生きている本物の生物みたいだな。



「カエデ、次はあなたですわよ??」


「分かっています。では……行きます!!!!」



 アオイと同じようにカエデが魔力を放出すると、眩いばかりの閃光が再び部屋を包んだ。


 これだけの光量、窓から漏れて外の人達に迷惑かけていないかな??


 そんなどうでもいい杞憂が心に浮かぶ程の発光だ。




「…………皆さん!! 初めまして!!」



 東雲の低い声とは正反対。今度は明るい女性の声が部屋に響く。


 光量が止み中途半端な暗さに目が慣れると、そこには一匹の虎猫が床の上で優雅に毛繕いをしていた。




「猫……??」



 リューヴが呆気に取られた声を上げる。



「失礼にゃ!! オホン!! 失礼な!! 私はれっきとした使い魔だ!!」



 二足で立ち上がり胸を大きく張る姿は多分に笑いを誘う。


 柔らかな毛並み、縦に割れた怪しく光る瞳孔。


 あれを見た百人にどのような生物に見えると問えば、百人中百人が猫だと答えるだろうさ。



「カエデしゃま!! 初めまして!! 私を御作り頂き感謝しています!!」


「どういたしまして」


「ニャゴロロ……」



 カエデがすっとしゃがみ、使い魔の顎を撫でるとどこにでもいる猫と変わらぬ態度を示した。


 やっぱり猫だよなぁ。



「はっ!! や、止めるにゃ!! 私は猫じゃありません!!」


「いや、どこからどうみても猫だろ」



「こ、この牛娘め!! 私を愚弄すると許さないぞ!!」



 全身の毛が逆立ち、ユウに威嚇体制を整え小さな牙を剥き出しにした。



 あのフシャ――っ!! って声。猫同士の喧嘩で良く聞く声だ。




「お――。かかっておいで??」



 ユウがベッドの上で寝そべりながら余裕の表情を浮かべて手招きする。



「私の恐ろしさ。身を知って味わうがいい!! とぁ!!!!」



 鋭い爪を剥き出しにしてユウへと飛び掛かった。



「あはは!! 可愛いなぁ!! カエデ、ちょっと可愛がっていいか??」


「は――な――せ――!!」



 ユウに顔面を鷲掴みにされて悪戯に爪を振るが……。彼女の鉄壁に対して、使い魔の攻撃は通じぬようですね。



「構いませんよ?? 世の中の厳しさを教えてあげて下さい」


「そ、そんにゃ!! むぐぅっ!!」


「あたし、可愛いのに弱いんだぁ」



「「「…………」」」



 そう、俺達は知っている。


 あの魔境に入り込んだら最後、生きて帰る手段はない事を。


 猫が苦しそうに手足を無意味に動かして抵抗しているがそれも直ぐに収まるだろう。



「ニャ!! た、たしゅけっ!! まむぅっ!!」


「へへ。だ――め」


「ひぃっ!!」



 手足、並びに胴体。その全てが柔らかくも恐ろしい魔境に埋まる。


 あぁなったらもう天に祈るしか術は残っていない。


 どうか、安らかに眠りに着けますようにってね。



「ニャめろぉ!!」


「ユウ、そろそろいいんじゃないか??」



 生まれたばかりの体で気を失ってはトラウマを与えてしまう。


 あの猫さんの将来の事を見据えて助け舟を渡してあげた。



「そう?? ほら、新鮮な空気だぞ」


「ぷはぁっ!! レイド――。ありがと――」


「どういたしまして。東雲と一緒で君にもカエデの記憶が宿っているのかな??」


「勿論!! 私はカエデにゃんの記憶から生まれた者ですから!!」



 ふぅん。詠唱者の違いによって使い魔の差異は無いのか。



「あ!! こら!! 逃げるな!!」



 ユウの魔境から脱兎の如く逃げ出すと俺の下へ駆け寄って来る。



「んふふ。良い匂いがするなぁ」



 そして足元に到着すると、椅子に座っている俺の膝元にポンっと乗り胸元に顔を埋めていた。



「そう??」


「マタタビ級にゃ!!」



 それは……。褒め言葉と捉えて素直に喜んでも宜しいのでしょうかね。



「カエデ、あの猫の名前はどうすんのよ??」


「普通に猫でいいんじゃないですか??」



 マイの言葉を受けて、カエデが特に考えずに話す。



「酷いニャ!! あっちの烏はカッコいい名前にゃのに!!」


「冗談ですよ。――――、ペロ。今日から貴女はペロと名乗りなさい」


「ペロ……。いいにゃまえ!! レイドにゃん!! 私は今日からペロだよ!!」



 膝元から頑張って後ろ足で立つと、ザラつく舌で右頬を一つペロリと舐めてくれた。



「はいはい。宜しくな?? ペロ」



 猫舌のざらつき具合の表現も完璧。


 ペロの心を傷付けてしまうから言わないけど。正真正銘、見事完璧に猫だ。



「ねぇ、カエデ」


「何です??」


「一つ気になったんだけどさ」



 マイがペロの甘えた姿を見ながら徐に話す。




「使い魔って主人の性格の『一部』 を元に作られるのよね??」




「…………。ペロ」


「はい??」


「レイドから離れなさい」


「嫌!! ここがいいのっ!!」



 ゴロゴロと喉を鳴らし。俺の腹にフサフサの頭を摺り寄せて得も言われぬくすぐったさをこちらへ与える。



「…………」



 出たよ、あの目。



「ペロ。ゆっくり振り返ってみな」



 ペロの頭をトントンっと優しく叩いてあげて、御主人様の御怒りの顔へ指を差してあげた。



「へ?? …………っ!! た、只今戻ります!!」


「宜しい」



 尻尾を垂れ下げ、瞬足でカエデの足元に戻り直立不動で彼女を見上げる。


 何だか鬼上官とその部下みたいな関係性ですね。



「いいですか?? あなたは私の使い魔です。私の命令には従うように。いいですね??」


「りょ、了解にゃ!!」



 焦ったり、驚いたりすると語尾がにゃ、となるのか。


 覚えておこう。



「東雲。あなたの固有能力オリジナリティは何ですか??」


「御覧になられますか?? では……!!」



 東雲が魔力を放出し始めると漆黒の体の周囲がぐにゃりと歪み始めた。



「アオイ様。お目を瞑って下さい」



「目を?? …………まぁ!! 凄い!!」


「アオイ、何が凄いんだ??」



 目を瞑って驚く事象って何だろう。



「ふふ。私の固有能力は『千里眼せんりがん』 です。私が見ている今の光景を離れた位置に送る事が可能なのですよ。その距離は私の魔力の及ぶ範囲。まだ正確な距離は分かりませんが、後々測っていく予定です」



「おぉ!! それは凄いじゃないか。偵察にぴったりだ」



 加えて烏の姿をしているし、斥候にお誂え向きだ。



「東雲、ちょっと耳を」


「何でしょうか?? ふむ……。ほう……。何んと!! それは名案ですね!!」


「そうでしょう??」



 何を相談しているんだろう。


 まぁいいか。



「ペロ。あなたはどんな能力なの??」


「んふふっ!! 私の能力は『絶対無敵時間アブソリュートインビジブル』 と命名した!!」


「何だそりゃ??」



 ユウの気の抜けた声が響く。



「百聞は一見に如かず。実際に見てみるのが一番!! んぬぬぬ――!! たあ――っ!!」



 ペロが体にぐっと力を籠めて魔力を解放すると、姿形が目の前から忽然と消えた。


 比喩とかでは無く、文字通り完璧に消えたのだ。




「はぁ!? どこ行った!?」



 この事象にだらけて寝転がっていたユウも思わず上体を上げた。


 そりゃそうだろう。


 目の前で速さとか、目くらましとかでは無く存在自体が消えたのだから。




「…………。とうっ!!」


「のわっ!!!! びっくりさせないでよ……」



 背後の机からペロの声が響き、心臓が胸から飛び出しそうになった。


 いつの間に背後へ……。



「ぬふふ!! 姿を消せるのは約三十秒、魔力を溜め直すのに時間が掛かるのが玉に瑕。しかしその間、魔力、匂い、気配。ありとあらゆる知覚現象から逃れる事が可能なのだ!!」



「凄いじゃないか!!」


「にゃはは!! もっと褒めて――!!」



 ふんぞり返っても大きさが、その……。普通の猫と変わらないから迫力に欠けるんだよな。



「でもさ、あんた自身が弱かったら駄目じゃない」

「にゃ??」



「そうそう。それに、連発も不可能だろ??」

「にゃにゃ!?」



「姿が消えるだけじゃ、敵を倒せないよ??」

「にゃにゃにゃ!! 寄ってたかって揚げ足を取るにゃ!!」



 マイ、ユウ、ルーの口撃に吠えるがその姿もどこか可愛気がある。


 どうやら俺達分隊内でのペロの位置は愛玩動物に決まりそうですね。



「まぁまぁ。物理攻撃を受けたらどうなるの??」


「例えば、転んだり。相手の体に触れたり。物理的接触があると解けちゃうの……」



 先程までの勢いは何処へ。


 途端に肩を落としてシュンっと項垂れてしまう。。



「そ、そっか。で、でもさ!! 相手の隙を突いたり、奇襲を掛けるのにぴったりじゃないか!!」



 思いつく限りの妙案を話してやった。


 ごめんな??


 これが精一杯の助力だよ。



「そうにゃ!! 私はこれで無敵ににゃる!!!!」



「無理無理」

「その体じゃなぁ」

「ペロちゃん、撫でてあげるからおいで――??」



「あんた達は嫌いにゃ!!!!」



 どうやら陽気な三人とは相性が悪いみたいだ。



「お披露目はこれくらいで宜しいでしょう。ほら、ペロ。おいで」



 小さな体の前に淡い光を放つ魔法陣を浮かべてカエデが話す。



「え――。こうして出たからにはもうちょっと遊びたいにゃ」



 机の上から再び俺の膝元へぽんっと乗る。


 御主人様と同じで大変軽いっ!!



「主人の言う事が聞けない、と??」


「戻りますにゃ!!」



 忙しい奴め。



「それじゃ皆、またにゃ――!!!!」



 路地裏で偶に見掛ける猫の足とほぼ変わらぬ速さで光の輪の中に飛び込むと魔法陣が霧散して、それと同時にペロの姿も消えた。


 あぁやって体の中に仕舞い込むのか。




「東雲、御苦労様。私の中に戻りなさい」


「畏まりました。アオイ様」



 東雲が姿を消すと暫くの間。部屋の中に驚きの余韻が残っていた。



「使い魔って便利なもんだね。色んな能力があってさ」



 椅子から立ち上がり、己のベッドへ移動する。



「便利な分、魔力の消費が付き纏います。現時点では一体が限界ですね」


「私も一体が限界ですわ」



 ふぅん。何体も使役出来る訳じゃないのか。



「エルザードは何体使役しているの??」



 隣のベッドで寛ぐカエデに尋ねた。



「数体はいると仰られていましたが、詳しい数は分かりませんね」


「へぇ。流石、カエデの先生なだけあるな」


「私も使い魔作ってみようかなぁ??」



 陽気な狼が俺の狭いベッドに飛び乗って口を開く。



「ルーではまだ無理ですね。圧倒的に魔力の容量が足りません」


「カエデちゃん、そこまではっきりと言わなくてもいいじゃない。もっと包み込んで優しく話すとかさ――」



「今は。ですよ?? 鍛えて魔力の容量が増えればその内可能になると考えています」


「そっかぁ!! じゃあ頑張って鍛えなきゃ!!」


「ほら。もう寝るから自分のベッドに戻りなさい」



 ルーの頭をポンっと叩いて彼女が使用するベッドを指差して言ってやる。



「え――。ここじゃ駄目??」


「駄目です。今日はぐっすり眠りたい気分なの」



 深夜から早朝、早朝から夕刻までずっと忌々しい書類と格闘を繰り広げていたから疲労困憊だ。


 少し早いけど、明日の朝まで優雅な睡眠を摂取しなければ。



「んもう。仕方が無いなぁ」



 はぁぁ……。これでやっと静かに眠れる……。



「漸く、邪魔者が消えましたわね。レイド様っ」


「いやいや。俺の話聞いてた??」


「何のです??」



 黒き甲殻を身に纏う蜘蛛が首を傾げる。



「だから。一人でゆっくり、寝たいの」



 頭の中を色香に占領されてしまっている蜘蛛の御姫様へ。誰にでも簡単に理解出来る速さで話しあげた。



「私とレイド様は一心同体。ですから共に夜を過ごすのは至極当然かと??」


「それはこじつけって言うんだよ。はぁ……。静かにするならいいよ」


「んふっ!! 勿論ですわ!!」



 もう反論するのも面倒だ。


 は、早く眠りに就かないと死んじまうよ。



 中途半端に硬い枕に後頭部を乗せ。倦怠感を覚えている体にシーツ被せて目を瞑るとどうでしょう??


 大変素敵な眠りの始まりが訪れてくれるではありませんか!!



 食事の最高のおかずは空腹と言われている様に、素敵な睡眠を取る為に必要なのは高価な寝具ではなくて。疲労、若しくは睡眠不足なのかも知れない。


 只、俺の場合はその度合いが酷過ぎるのですよっと。




 はぁぁ。これだよ、これ。


 やるべき事を片付けて、後顧の憂い無く安寧を得る。


 こんな安物のベッドの上がこうも快適に感じてしまうとは……。後は朝までぐっすり熟睡ですね!!




「アオイちゃんだけズルイよ!!」


「ちょっと!! そこは私の場所ですのよ!?」



 耳にキ――ンと響く声と獣臭が漂い始めれば。




「ユウ――。御菓子持ってない??」


「クッキーならあるぞ」


「やっほい!! 投げて投げて!!」


「せいっ!! ……おぉ!! 上手く取れたな!!」



 何かが床の上を跳ねた耳障りな音が響く。




「痛い!! アオイちゃん!! お尻噛んだでしょ!!」


「噛んだ、とは言いませんね。正確には突いたとでも申しましょうか」


「ユウ!!!! もう一丁!!」


「おうよ!!」



 頼む。本当にお願いしますから静かにしてくれ!!!!


 俺は皆と違って寝不足なんだ……。その騒音から逃れる様に仰向けの姿勢から俯せの姿勢へと移行して枕で両耳を塞ぐ。



 しかしそれでも、喧噪で愉快な音は鳴りやまぬ様子を見せず。海竜様のお叱りの声を受けて漸く本日の全日程が終了した。



 折角早く寝ようとしたのに、無駄に時間を浪費してしまった……。


 明日はゆっくり起きて、遅めの朝食を済ませたら素敵な陽光を浴びながら昼寝をしよう。


 底が見えない深い眠りへ着く前にそんな事を考えていたのだった。




お疲れ様でした。


本日は靴を買いにお出掛けして来たのですが……。日曜日もあってまぁ人が多い事で。


それと花粉の脅威に晒される中での買い物は正に死闘と呼んでも差し支えない労力でした……。


大人しく家でプロット作成していた方がよっぽど楽な日曜日でしたね。



そして、ブックマークをして頂き有難う御座いました!!


これから始まる御使いの執筆活動の嬉しい励みとなります!!



それでは皆様、お休みなさいませ。

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