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第三十一話 お留守番のお願い

お疲れ様です。


休日の午前中にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 日が傾いて赤みを増した優しい陽光が窓から射す。柔らかい夕焼けの色が強張った体を脱力させ、それに従い走らせる筆を一旦止めて疲労の色を籠めた息をふぅっと漏らした。


 古の時代からの普遍的自然現象事象が続く中でも仕事の総量は不変であり、泣きたい気持ちをぐっと堪えて机に噛り付いて作成に追われていた。



 どうしてこうも多いのかね。


 軍部に提出するのは納得しますよ?? それが自分に与えられた当然の仕事ですから。


 しかし、イル教へ提出するのは如何なものかと納得しかねます!! 何せ仕事の量が倍に増えるだけですからね!!


 同じ書類を二枚書く身にもなってくれよ……。誰もいない部屋の中で小さく溜息を吐いた。



「はぁ――……」



 悪態、溜息を吐いても仕事量が減る訳じゃない。文句を言わずに続けるとしましょう。


 自分に強くそう言い聞かせ、一時停止させていた筆を走らせていると扉から乾いた音が響いた。



「レイド様ぁ!! 只今戻りましたわ!!」


「おっと……。お帰り」



 アオイが部屋に着くなり蜘蛛の姿に変わると、お決まりの定位置である俺の右肩へ八つの足を器用に動かして華麗に着地する。



「まぁ。凄い量ですわね」


「だろ?? 今日の就寝は遅くなりそうだよ……」



 本当なら仕事の手を止めて散策の感想の一つや二つを問うのですが、多少行儀が悪いと思いながらも筆を走らせながら彼女へ返事を返した。


 そうでもしないと提出日に間に合いそうにありませんからね。



「肩でもお揉み致しましょうか??」


「ん――。まだ大丈夫。本当に疲れた時に頼むよ」


「畏まりましたわ」


「…………。所で、マイ達は??」



 作業の手を止めず仕事に没頭していると、ふと奴らの顔が頭の中に浮かんだ。



 人で賑わう雑踏の中を激しく右往左往して道行く人々の顰蹙ひんしゅくを買い、お目当ての食べ物目掛けて爆進すれば彼女が巻き起こした土煙によって目を傷めて涙を流す。



 呆れた行動力の塊が人に迷惑を掛けていないだろうか。


 そんな心配がふと過ってしまう。




「安心して下さいまし。ユウとルーが付いていますわ」


「ルーは兎も角、ユウが付いているなら安心出来るか。カエデとリューヴは??」


「間もなく……。ほら来ますわよ??」



 アオイの言葉を受け、扉に視線を移すと。



「ただいま」


「主、戻って来たぞ」


「ん。おかえり」



 機会を窺った様に二人が現れた。


 その表情は疲労の色が滲むものの。久し振りに巨大な文化に触れた御蔭か陽性な感情が籠っている。


 きっと満足のいく散策が出来たのだろう。羨ましい限りです。



「凄い量だな」



 部屋に戻るなり狼の姿に戻ったリューヴが机の端に前足をちょこんと乗せて覗き込む。



「こっちは軍部に提出する用で、こっちはイル教へ提出する用なんだ」



 大きな鼻で机の端に積まれている紙の匂いをスンスンと嗅いでいる狼さんへ、親切丁寧に二つの山を指差して説明してあげた。



「一方へ提出した報告書を、後でもう片方へ回せばいいのでは無いか??」


「そうしたいのは山々なんだけどさ。軍部とイル教はちょっと拗れた関係でね?? 同じ資料が無いと嫌なんだって」



「不便なものだな……」



 至極同意するよ。



「レイド様の御体は私と一心同体なのですから、無理は駄目ですからね??」


「ん、ありがと」



 前半部分は疑問が残りに残る言葉ですが、後半部分の嬉しい励みの言葉だけを掬って黒き甲殻を携える蜘蛛の頭を撫でてやった。


 狼さん達と違ってちょっとチクチクするのが偶に瑕なんだよねぇ。



「あ……。もうちょっと下です……」


 はいはいっと。


「レイド、これ」



 蜘蛛の頭に生える何とも言えない硬さの毛を撫でていると、カエデが机の上に紙袋を置いてくれた。



「差し入れか!! 助かるよ!!」


「私達三人で選びましたわ。気に入ってくれるといいのですが……」


「では、早速……。おぉ!! クルミパンにチーズパン。それに栗もあるじゃないか!!」



 こりゃいいぞ!!


 しかもお気に入りのココナッツのパンだ!!



「わざわざお店まで行ったの??」


「我々の夕食も兼ねてな。いつもの店員が愛想良く接客してくれたぞ??」



 看板娘さんも頑張っているんだな。俺も素敵な笑みを人に送り続ける彼女を見習って頑張らなきゃ。



「どれどれ?? 頂きます!! …………美味しい!!」



 疲れた体に優しい小麦の甘味がすっと染み渡る。


 クルミの独特の食感が歯を喜ばせ、腹の奥底から食欲がぐっと湧いて来た。


 今日も変わらぬ良い味だ。



「良かったですわ。気に入って頂いて」


「これで深夜まで頑張れるよ」


「ふふ。眠気に襲われたらいつでも言って下さい。直ぐに目が覚めるモノをお見せ致しますので……」



 そう話すと、糸を頼りに天井へと昇って行った。


 目が覚める物とは一体何かと気になる所ですが。凡そ俺が想像しうる物なのでしょう。


 しかし、そんな物を視界に入れた日には……。



『おっしゃ!! 首捻じ切ってやんよっ!!』



 恐ろしい龍の腕力が炸裂して首が百八十度回転、一生後ろを向いて前に進まなければなくなりますので遠慮させて頂きます。



 さてと、仕事仕事!! 


 肩をぐるりと回し、再び机に噛り付いた。



 パンの差し入れは正直ありがたい。報告書の作成を続けながら食事も摂れるし。


 しかし、此処で油断は禁物だ。パン屑を書類上に残さない様に気を付けなければならない。


 レフ准尉にどやされて肩を窄める姿が容易に想像出来ますよっと。




「「「……」」」



 それから暫くは、矮小な鼠さんの御手手でも扱いに困る小さな針が床に落ちても。その音が聞き取れる程の静寂が部屋を包んでいた。



「「「……」」」



 リューヴはベッドの上で丸まり安らかな寝息をたてて、小さな眠りへとつき。


 アオイは天井でじっと動かずになにやら八本の足を器用に動かし。


 カエデは大きな欠伸を放つとシーツの中へと潜ってしまった。



 コールド地方から此処まで歩いて来たのだ、そりゃ疲労も溜まるだろう。



 それと移動だけでは無い。魔力の消費も彼女達に負担を掛けている。俺がもう少し強くなれば彼女達の負担を軽減出来るのに。



 …………。



 また師匠に鍛えて貰おうかな??


 怪我も癒え、体の調子は絶好調とまではいかないが頗る良い。


 この調子なら師匠の稽古にも耐えられる!! ……、筈。



 快気報告に行ったついでに稽古を付けて貰おう!! うん。今度の休暇はそれで決まりだな!!



 一人静かに身勝手な決意を固めて作業を続けていると、静寂の中に異様な空気の振動が伝わり始めた。


 何て、分かり易い……。


 魔力を感知出来ない俺でも容易に理解出来てしまう。



「おらぁ――!!!! 王の帰還よ!! 喝采して迎えろい!!」



 ほらね??


 静かで有意義な空間をけたたましく切り裂き、裸の王様が満面の笑みで帰って来た。


 手には夜食用なのか、二つの紙袋を携えている。



「おう?? 何?? 何か静かじゃない」



 俺達の様子を見てキョトンとしている。



「皆疲れているんだよ」


「私は元気よ!! 沢山御飯食べたもん!!」



 それはようございましたね。


 適当に頷き、再び机に振り向いた。



「どれどれ?? おっわ。凄い量じゃん」



 龍の姿に変わると左肩へと乗って書類の山を見下ろす。



「まぁな。ユウ達は??」


「もう来るんじゃない?? ほら」



 先程と同じ流れに若干の笑みを零して振り返った。



「た、ただいま……」

「マイちゃん。置いて行かない……でよ」



 アオイ達との流れは一緒だが、遅れてやって来た二人の表情に差異が見受けられる。


 両眉は情けなく垂れ落ち、今にも床へ崩れ落ちてしまいそうな体を必死に支え。起きたてホヤホヤの死人みたいな足取りで部屋に入って来た。



「おいおい。どうした??」



 二人が部屋に到着するなり、定位置になりつつある自分のベッドの上へ倒れ込み。


 そして苦しそうに呻き声を上げて天井を睨んでいた。



「どうしたも何も」


「食べ過ぎたんだよ――」




 あぁ。いつもの事か。



「因みに、どれくらい??」



 それなら、と。一つ安心して再び書類に噛り付きながら聞いてやる。



「先ずはマロパステルを食べたんだ」



 マロパステル??


 聞いた事が無い商品名だな



「ユウ、それ買って来てくれたか??」


「いんや。お代わりする為に並んだけど。あたし達の分で丁度売り切れになっちゃった」


「聞いた事無いから気になったんだけどなぁ。まぁいいや」



 ちょっと食べてみたかった気がするけど、売り切れなら仕方が無いな。



「そこからが……。地獄だった」


「ルー!! あれ位で音を上げてどうするのよ!!」


「あれ位って……。マイちゃんがおかしいんだよ」


「おい。どれだけ食わせたんだよ」



 多少憤りを籠めた視線を肩の龍へ送ってやる。



「えっとぉ。マロパステルの後は、お肉ぅ!!!!」



 ごめん、君の声量で鼓膜が破れそうだからもう少し静かに叫ぼうか??



「んで、揚げジャガイモに山盛りパンに肉の串焼き」


「私はそこで断念した――」


「それが賢明だよ」



 こいつに合わせていたら胃が壊れかねない。



「一旦甘味を挟みたいとか抜かして、甘栗を食べて……」


「栗の後はこれでもかと盛られたチーズを挟んだパンを食べたわね」



 どんな胃袋してんだよ。


 鉄、いいや鋼鉄で出来ているのか?? お前さんの胃袋は。



「あたしはそこで降参したよ……」


「情けないわねぇ。イスハの所じゃもっと食べてたじゃない」


「あれは運動した後だろ……。うぷっ」


「ユウ、無理しないでそのまま寝てな。…………で?? お前さんはそれでも飽き足らず、夜食を買って来たと??」



 今も左肩の上でパンを齧る龍を見てやる。



「せいふぁい!! ココナッツでかふぇ来たのよ」


「マイ達もか。カエデ達も寄ったらしいぞ??」


「そうふぁの?? あぁ。そう言えば何となくそんな事言っていたような、いなかったような……」



 ちゃんと聞いて?? そうじゃないと次から割引して貰えなくなるぞ。



「食べるなとは言わない。けどな?? 量を弁えろ。いつも言っているだろ」


「ふぁいふぁい」



 あぁ!! もう!!


 パン屑が落ちる!!


 書類の上に乱雑に降りかかる屑を手で払ってやった。



「兎に角、皆疲れているから静かに食ってろ」


「言われなくてもそうするわよっと」



 そう話すと自分のベッドへとひらりと飛んで行く。


 その後ろ姿は都会で餌を食い続けて太りに太ってずんぐりむっくりした雀みたいだった。


 絶対言わないけどね。噛まれるから。


 取り敢えず、これで汚れないで済む。それに集中出来るし……。



「マイ、静かに食え。咀嚼音が五月蠅くて叶わん」

「気持ち悪くなるからもうちょっと静かに食べてよ」



 うたた寝している時に隣のベッドでガリゴリと耳障りな音を奏でられたら堪らんだろうさ。



「五月蠅い下等生物ですわねぇ……。周囲の空気を読む事も出来ないとは呆れを通り越して憐れな感情さえ抱きますわ」



 天井で休む黒き甲殻を備えた蜘蛛さんから更なる苦情が寄せられ。



「……」



 大海も羨む藍色の髪を持つ女性は目元だけをシーツだけ覗かせてプックリと膨らんだ龍を睨みつけていた。



 丁度良いや、どこぞのお馬鹿さんの所為で皆起きたし。次の任務の説明をしましょうかね。



「皆、ちょっと聞いてくれ。次の任務なんだけどさ…………」



 今回の任務の内容及び日程、そして彼女達は連れて行けない事情を端的に説明する。


 俺が魔物達と行動を共にしている事が露呈されたら不味いからね。それに魔物さん達が魔物排斥を唱えている彼等を守るってのも何だかちぐはぐな感じだもの。




「成程。分かりました」



 カエデが口元のシーツをモゴモゴと動かして話す。



「申し訳ない。断ろうにも任務には従う義務があるんだ。それで俺が任務に行っている間、皆に一つ頼みたい事があるんだ。先日、リューヴ達の里に伝わる伝承があったよね??」



 そう話してカエデ達を見つめる。


 各々は軽く頷き話の内容を咀嚼しているが。



「むぉっ!? デヘヘ……。お肉入りのパンだっ」



 約一頭だけは話半分……。いや、全く聞いていない素振を見せてしまっていた。


 アイツに構っていたら話が進まないので此処は敢えて無視をしましょう。



「まだこの大陸には沢山の伝承や古い話が残っていると思う。それで……。可能な限り、図書館にある伝承の類の話を調べてくれないか?? 俺達しか知り得ない話、若しくは狼の里の伝承と類似した話が出て来れば。それらの情報を統合して九祖、そして生物の成り立ちが分かるかも知れないから」



 マイ達の御先祖様である九祖がどうしてこの星に生まれたのか……。いいや、星に降り立ったと聞いたから生まれたと言うのは正確な言葉じゃ無いか??


 兎に角。


 どんな些細な情報でも良いから彼等に繋がる情報を入手しておきたいのが本音だ。


 亜人を封印する為にこの世に神器が生まれ、その神器が今もルー達の里を苦しめている。少しずつでも良いから情報を集め続けていけばもしかすると神器の副作用を抑えられる様になるかもしれない。それに、彼女達も自分の御先祖様の情報を知る良い機会だ。



 九祖の道具同然として生まれた人間とは違ってマイ達は由緒ある血統を受け継いでいる。



 超優秀な家系に生まれたのだから自分の出生を知っておいても損では無いでしょう。


 それに何か作業を与えないと好き勝手に動き回って散財してしまう恐れがありますので丁度良い暇潰しになるだろうさ。




 まぁ、九祖関係の話は相当古い話になりそうなので。


 図書館にその手の類の話が保管されているかどうかは藁にも縋る思いになりそうだよな……。



「何も全部とは言わないよ?? 俺が帰って来るまでの間で構わないから」



「いいよ――!! それ位ならお安い御用だよ!!」


「了解。レイドの頼みとあっちゃあ断れないな」


「了承した」


「分かりましたわ、レイド様」


「八日間耐久読書会ですね」



 いつぞや、カエデが所望していた事が現実になるとはな。


 口元が隠されているであろう白いシーツがモサモサっと動いて己の高揚度の高さを示した。



「任務が終わって帰って来るまでは自由行動でいいからね。勿論、慎ましい行動を心掛ける様に」




「ん――。わらっら。ガッフォ!! ンンン゛っ!!!!」



 一番の心配の種は話を聞き終えると、大きく御口を開けて焦げ目が美しいパンへと齧りついてしまった。



 龍の両隣で大人しくしている狼二頭から苦情が寄せられても彼女は顎の動きを止める事は無く。



「うまいっ!!!! いやぁ――。敢えて硬めに焼いてある御蔭か、小麦の香が強めに感じる事が出来るわねっ!!」



 我が物顔で目尻を下げて咀嚼を続けていた。



 さてと……。作業の手が止まればそれだけ完成の時間が遅延する訳だ。


 文句を言わずに作業に没頭しましょう!!


 気合を入れ直してココナッツのパンを食んで栄養を補給。少しだけ見えて来た山の頂目指し、再び登頂を開始した。




























 ◇




 顔を真っ赤に染めて大欠伸放つ太陽と決別すると暗き闇が訪れる。彼の明るい顔の代わりに蝋燭の淡い光と窓からほんのりと射し込む月明りが部屋を優しく照らしていた。



 部屋に響くのは書類の上を走る乾いた音と、誰かの静かな寝息そして。



「えへへ……。レイドぉ。小鹿のはらわたにむしゃぶりついたら駄目だよぉ……」



 時折、摩訶不思議な寝言が眠い体に驚きと目覚めを与えてくれていた。


 ルーさん。小鹿の腹を切り裂いて直接獲物の腸を口へ運ぶ勇気は俺にはありませんので御安心して好きなだけ小鹿の腸を御賞味下さい。



「ふむ……。これで軍部に提出する書類は完成したな」



 一つの山を制覇し大きく息を漏らす。


 書類の作成も慣れて来たのか、随分と早く処理出来るようになってきた。


 これも成長の一つだな。


 自画自賛し、凝り固まった首の筋を左右に動かして解していると……。突如として黒い塊が机の上に落下して来た!!



「うおっ!?!? な、何だ、アオイか」



 び、びっくりしたぁ……。急に何かが落ちて来たと思ったら、その正体は蜘蛛の御姫様であった。


 うん?? 寝ている、のか??


 机の上に背中側から落下すると、複雑な構造の腹部を露呈し。八本の節足が細かくピクッと動いている。


 複眼でしかも瞼が付いていないから起きているのかどうか分からないよ。



「仕方が無い」



 両手でそっと黒き甲殻を纏う蜘蛛を掬い上げ、彼女のベッドへと運んでやる。



「…………ゆっくり休めよ」



 彼女を起こさぬ様にシーツの中へ入れてやり、モゾモゾと動く白いシーツへ一声かけて再び机へと戻った。


 驚いた所為か、眠気が一気に吹き飛んだぞ。


 この調子でもう一踏ん張りしようかな!!


 決意を改めて筆を手に取り、残るもう一方の山の麓へと手を伸ばした。









 ――――。




 はぁ……。


 パンも全部食べ終えちゃったし、ユウもルーも……。


 皆、ぐっすり寝ているから話し相手もいない。



 ボケナスと話そうにも紙の山とずっと睨めっこしているからそれを止めるのも何だか気が引けるし。


 退屈だなぁ……。


 深夜になっても膨れ過ぎた腹の所為で眠れず。悪戯に過ぎて行く時間を天井を何んとなく見ながら過ごしていた。



 ボケナス、まだ頑張ってるかな??


 音を立てないで寝返りを打つと。



「……」



 あ――あ。怖い顔しちゃって、まぁ。


 苦虫を食い潰したような表情を浮かべて今も椅子の上で躍起になっていた。


 手伝ってあげようかな??


 でも、私が出来る事は無いだろうし……。


 眠気が訪れるその時までこのまま暇潰しに見ていてやろう。



「ふむ。これで軍部に提出する書類は完成したな」



 おっ。やっと折り返しってとこね。


 ちょいと前は要領が悪いのかどうか知らんが、あれと同じ仕事量ならもう少し時間を掛けて仕上げていた。


 それを半日程度で仕上げるとはね。褒めてやらん事は無いが、此処で甘い声を掛けようものなら増長してしまう恐れがある。


 しかし、辛辣な言葉を投げ掛ければ仕事を放棄して発狂する可能性も捨て難い。


 考えに考えて捻り出した答え。それは……。



 神の末裔である私が労いの声を掛けてやるべき。



 その答えに辿り着いた。


 ふふ、私は優しいのだよ!!


 さて、ちょいとお邪魔しようかと静かに上体を起こすと。あの口喧しい蜘蛛が重力に引かれて無防備な姿でボケナスの仕事机の上に落下した。



 おいおい。


 いくら疲れているからってあの落ち方は無いだろう。


 受け身くらい取りなさいよ。



「うおっ!!!! 何だ、アオイか」



 そりゃびっくりするだろうよ。


 目の前にデカくて気色悪い蜘蛛が落ちて来たら。


 私だったら速攻で燃やしてやるわね。


 あいつめ、ちょっかい掛ける気か?? それなら全力で止めてやる。一暴れすれば自ずと眠気もやって来るだろうし。



 ギチギチと顎を動かして咬筋力を慣らし、その時に備えて準備運動を始めた。



「…………ゆっくり休めよ」



 ちぃ!!


 私の予想に反して蜘蛛は熟睡しているようだ。


 ボケナスが気色悪い蜘蛛をベッドへと運んで行く。


 噛みつこうと思ったのに……。


 私のワクワクはどこにぶつければいいのよ!!



 暇だし、この際直ぐ近くで見学してやろうかな??


 それにワクワクもどうにかしたい気分だ。


 ベッドを降りて、足音を立てずに移動を果たして机の端へとしがみつく。


 ぬふふぅ……。寝ていたら横顔を蹴っ飛ばして起こしてやろう……。



 ゆっくりと、そして遅々足る所作でぬぅぅっと机の端から顔を覗かせようとすると。



「――――。そこの赤い土筆つくし。まだ寝ていないのか??」



 おぉう。直ぐに気付かれてしまった。


 意識はしっかりしているようだ。



「ばれたか」



 へへっと照れ隠しの笑みを浮かべて、机の上を横断する。



「食べ過ぎて寝れないの??」



 こんにゃろうめ、女性に向かって何て事言うんだ。


 まぁ、でも少し当たっている事に腹が立つ。



「ん――。それもあるかな??」



 褒めるのは止めだ。


 神と同列である私を馬鹿にしおって。



「要領を得ないな」


「そんな事はどうでもいいのよ!! お!! 何、結構進んだじゃない」



 はっきりとした文字でキチンと整列して書かれている。


 こいつも仕事が早くなったもんだなぁ。私の指導の賜物を捉え、一つ満足気に頷いてやった。



「お陰様でね。明日の夜には完成しそうだよ」


「ふぅん。次の任務はクソいけ好かない連中を守る為に、えぇっと……。」



 何処に向かうって言ってたっけ??


 美味しいパンを食べていた所為で忘れちまった。



「メンフィスだよ」



 眠そうな顔で必死に口を開いて私の問いに答えてくれる。


 眠いなら寝ればいいのに……。



「美味しい物があるかな!?」



 初めて聞く街の名にちょっとだけ心に温かい火が灯る。


 私程度の大きさなら荷物の中に紛れていてもバレなさそうだし。いっその事連れて行って貰えればぁ……。



「すぐそっちに結び付けるな。後、留守番の間。お前さんが横着しないか監視の目を強める様にカエデに言っておくから」


「はぁっ!? 聡明である私をお留守番も出来ない駄犬と一緒の括りにするな!!」



 い、一度一発本気でぶん殴ってやろうかしら!? コイツは私の事を一体何だと思ってんのよ!!



 後!!!! 何で今此処でカエデの名前が出るのよ……。


 別にどうでもいいけど、何だか釈然としなかった……。



「こうでも言わないとお前さんは皆に迷惑を掛けそうだからな。宿代は期間分支払って出て行くから安心して疲れを取ってくれ」


「はいはい。そういう事なら仕方ないわね」



 ボケナスが居ない状態で留守番か……。


 暇潰しに沢山食べようかしら?? それとお金、足りるかな。


 頭の中でどんぶり勘定しながら丸くなると……。



『よぅ。お待たせっ!!』



 やぁっと夢の世界からお迎えが愛想笑いを浮かべながらやって来やがった。



「ふわぁぁ――……」



 体を丸めて、龍族で最も美麗だと自負している赤き尻尾を丸めて眠りの体勢へと移行した。



「おい。寝るならベッドで寝ろ」


「寝ないって。書類が出来上がるのを見学するのよ。こうして監視していないとあんた寝ちゃうでしょ??」



「俺は囚人か。どの道、もう少ししたら寝るからな」


「はいはい」



 手を振り返すのも面倒になり尻尾で答えてやった。


 それから少し時間を置いて、机の上に眠りへ誘う筆を走らせる音が響き始めた。


 いつも嗅ぎ慣れている匂いが私の体を包み、否応なしに意識を刈り取りに来る。



 明日は……。今日よりももっと沢山食べよ……。



 夢の世界へと旅立つ直前に屋台の群れと、己が食すであろう食べ物をしっかりと頭の中で想像して心地良い眠りへと就いたのだった。



お疲れ様でした。


次話では彼等に少しだけの変化が訪れる予定です。



それでは引き続き、素敵な休日をお過ごし下さいね。

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