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第三十話 人が作りし文化に唸る龍

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 超田舎の妙にさみぃ空気の中をひぃこらと息を荒げて歩き続け、鼻の奥が妙にむず痒くなる土埃舞う街道を進み続けて……。


 遂に……。遂にぃっ!!!



 私は熱気溢れる文化の街へと帰って来たのだ!!!!



 蠢く人々が放つ熱気が初冬だというのに初夏を感じさせ、炊き立てホカホカの米粒が落ちた音さえも拾えそうな森の静かな環境の代わりに。呆れた数の口と足から放たれる轟音が嬉しく私の鼓膜を刺激していた。



 相も変わらず此処は大盛況!!


 苦しい思いを抱いて帰って来た甲斐があるってぇもんよ。



 はぁ……。全く、溜息しか出ないわね。


 溜息と言っても?? 負の感情を含む訳では無く。


 感嘆の意味を含ませた嬉しい溜息だ。



 魅惑的な食べ物が私の凱旋を心待ちにして待ち構えているのよ?? これで心が湧かない奴はいないっ!!



 お待たせ!! 皆!! 私の帰還よ!!


 さぁ……。万雷の拍手と喝采を浴びせなさいっ!!



『マイちゃんまた変な顔しているよ??』


『まぁ気にするな。あれが本来の顔だって』



 ふんっ。何とでも言えばいいさ。


 今日の私の食欲は神でさえも止められないのよ!!



『まだ何も食べていないのに何故そこまで高揚しているのだ??』


『リュー。マイちゃんはね?? 最初の一個をすんごく大切にしているんだ。だから、その味を想像して馬鹿みたいな顔を浮かべているんだよ??』


『馬鹿は余計よ!!』


『びゃっ!!』



 こいつは何度言ったら理解するのだ!!


 毎度毎度私の神経を逆撫でさせて!!



『いい?? よぉく耳をかっぽじって聞きなさい』



 腰に両手を当ててお惚け狼に説いてやる。



『私達は約四十日振りに此処へ帰って来た。それは分かるわよね??』


『勿論!!』



 灰色の長い髪をフルっと動かして頷く。



『宜しい。つまり、つまりだ。約四十日もの間、此処の屋台群を放置してしまった。それが意味する事はお分かり??』


『ううん。わかんない』



 これだから素人は……。


 度し難いとしか言いようが無いわ。



『四十日は長いわ。その間、どれだけ食す機会を逃したと思う??』


『ん――。一日に三回御飯を食べてぇ、四十日だからぁ……。かけて……。五十??』


『ぬるい!!!! 二百は余裕で越えているの!!!!』


『何で一日五食計算なんだよ。後、ルー。四十かける三は百二十な』



 この際、親友の声は無視する事にしよう。


 一々気にかけていたらあっと言う間に日暮れだ。



『それだけ逃しているのよ!? これは……、由々しき問題よ。本当に……』



 心が蕩けてしまいそうな甘味、力が漲って来るカッコいい塩味、そしてだらけた舌を引き締めてくれる苦味。


 多種多様な味の宝を味わう機会を逃したと思うだけで胸が張り裂けそうだわ。


 ごめんね?? 皆……。


 ちゃんと食べ尽くしてあげるから許してね。



『何だぁ。じゃあ結局は食いしん坊って事じゃん』


『無きにしも非ず、とでも言いましょうかね。兎に角、私に従えば美味しい物を食べられる。それが真実なの。お分かり??』


『ん――。我慢するから早く選んでよ』



 くっ!!


 それが玄人に物を言う態度か!!


 まぁいい。私も早く決めねば、玄人の名が廃る!!



「はぁ――い!! 皆さん、進んで下さいね――!!」



 交通整理のあんちゃんがニッコニコの笑みを浮かべて西大通り、並びに屋台群からの往来を許可。


 神に等しき力を持つ子孫の我々が、その神擬きに生み出された人と肩を並べて素敵に、可憐で、愛おしい中央屋台群へと足を踏み入れた。


 刹那。


 腰が砕け落ちてしまいそうな嗅覚に包まれてしまう。



 う、うぎぃぃいい!!


 に、匂いだけで私の腰を折るというのか!?


 何んと言う文化の力っ!!!!



 亜人って神擬きは私達を文化という名の力で打ち倒す為に。人間に思考と感情、知識を与えたんじゃないのかしらね。




 そしてその亜人なのだが…………。




 ボケナスが酒の余韻で苦しんでいる中、ルーとリューヴの母ちゃんから聞いた話によると狼達が守る神器は今も摩訶不思議な力を宿しているそうな。


 私達がまぁまぁ苦労して倒したあの黒の戦士。



 それは何んと神器の力の影響を受けて生み出されたものだったのだ!!



 大陸に渦巻く負の感情を吸収して長い年月を掛けてあの化け物を生み。狼の戦士達は黒の戦士が暴走せぬ様、出現したら張り倒して負の感情を霧散させる。


 神器の副作用としてずぅっと昔から繰り返されている悪循環。


 しかし、神に等しき力を持つ化け物の魂を現世に解き放つよりかは幾分……。ううん。べらぼうに楽でしょうね。


 超田舎に住み、そしてそこを聖域として守り続けるのにはそういった理由があった。


 いつかはルー達もあそこを守る為に戻って行くと思うと……。ちょっと寂しいわね。



『んっふふ――んっ。いい匂いだなっ』

『ほぅ。あの肉は美味そうだ』



 この二人の煌びやかな笑みを、そして彼女達の故郷を守る為なら。地の果てからでも駆けつけてやるさ。


 腰がクニャクニャに折れ曲がってしまいそうな香りに囲まれながらそんな事を考えていた。




『おっ。あのパン美味そうじゃん』


『ユウ、駄目よ。あれは随分前に見た屋台の店主ね。味は、まぁ悪くは無いけど量が全然なっていなかったわ』



 幸先不安な未来よりも、今は目の前の幸せを噛み締めましょう!!



 屋台群の中を跋扈しながら見て回ると否応なしに腹が減る光景が燦々と輝く。


 王道の肉の塊を頬張って目尻を下げる男性。


 ほくほくの栗を愛しむ瞳で見下ろす少女。ちょっと寸法を間違ったのではないかと問いたくなる長さのパンを頑張って胃袋へ詰めている少年。



 くそう。どの姿も私の心を惑わす悪者に見えてしまう。


 止めて……。


 後でちゃんと全部食べてあげるからこれ以上私を困惑の園へ誘わないで……。



『マイ、まだですか??』


『もうちょっと待って』



 蠢く人の波に辟易している後方のカエデへ振り返らずに話し。



『早く決めろ。これではいつまで経っても食べられないであろう』


『後少しだから!!』



 眉の角度がいつもよりも二割増しに尖っているリューヴには多少強めに言ってやった。



『さっさと決めなさいよ。私、人混みは苦手ですのに』



 はい、蜘蛛は当然無視。


 私は何を欲しているの……。誰か……。私に教えて??



 世界最強の嗅覚を最大限に発揮し、私の心とお腹ちゃんを掴んでくれる可愛い子ちゃんを探していると。





『お腹空いたなぁ。ねぇ、マイちゃ……』

『ギルスウマッ!!!!』



『ビャッ!? い、いつも言っているけど急に気持ち悪い声出さないでよ!!』



 こ、こ、この香り!!


 き、き、来やがった!! やぁぁっと捉えたわよ!?



 頭の天辺にとんでもない威力の稲妻が直撃した。


 ふんわりと甘く、そして胸の奥をぎゅっと掴んで放さない優しいかほり……。


 素敵な香りを放つ貴女はど、どこにいるの??



『はぁ。やっと決まったな』


『ユウ。何ですの?? あの気色悪い顔は』


『やっと食べたい物が見つかった顔だよ』



 スンスンと鼻を動かすと。



『おねぇさんが食べたい御飯はあっちにあるよ!!』



 頭の中に現れた素敵な妖精さんの幻影が私の手を引いて馨しい香りの下へと導いてくれる。


 若干浮かれた足取りで妖精さんの気の向くまま進んでいると……。




「いらっしゃ――い!! 新作のマロパステルは如何ですかぁ!!!!」



 こ、ここだ!!


 甘く、切ない香りが全身を包み私をこの場所へと拘束してしまった。



『えぇっと……。甘栗を柔らかくて粘り気のある糊状ペーストにして、カリカリに焼いたパンと合体!! 稀に見る甘みをその御口で是非とも御賞味下さい!! だとさ』



 ユウが屋台の看板の女々しい文字を見つめて説明してくれた。



 甘栗とパンの合体、それは龍に黄金の槍。ミノタウロスに大戦斧に類似した関係では無かろうか!?


 強い奴にすげぇ武器を持たせたら絶対強くなるに決まっているじゃない!!



 な、何よ、それ!! インチキじゃん!!



 人間め。


 こんな悪魔的な文化を作りおって……。私が貴様達の力、見定めてやろう!!


 列の最後尾に颯爽と並び、その時に備えてえっさほいさと屈伸運動を開始した。



『わっ。結構並んでいるよ??』


『構いませんわ。無駄に歩かされるよりさっさと食べ終えて、各自の好きな物を食べた方が効率的ですし』



 蜘蛛は無視無視――っと。



『栗とパンの合体、ねぇ。どんなのかなぁ?? マイ、そこから見える??』


『いいえ。歯痒い事に全く見えねぇわ!!』



 ユウの言葉を受けて背伸びして前方を見つめるが。


 私達の前には凡そ三十人程が列を形成。客層は女性のみが並んでおり屋台の前を隠している。


 一体、何が私を待ち構えているの??


 期待に胸を膨らませ、忙しなく体を動かしているといつもの声が頭の中に響いた。




『皆、聞こえるか??』



『やっほ――!! レイド元気――!?』



 お惚け狼が速攻で間の抜けた声を放ち。



『聞こえています』



 カエデが冷静な声でだらしない声色の後をピリっと引き締めた。



『宿はいつもの場所だから好きな時間に来てくれ』



 うん??


 ちょっと声に元気が無いな。



『分かりました。…………。どうかしました??』



 カエデも気付いたか。


 流石と言うか、当然と言うか……。


 普段から小さな違和感を見逃さないからなぁ。うちの恐怖の纏め役は。



『いやさ、ちょっと……。ちょっとじゃないな。報告書の量が多くて大変なんだよ。今から宿で作成を始めるから、何か買って来てくれると助かる』


『レイド様ぁ!! 私が精の付く食べ物を御持ちしますわね!!!!』


『ん、助かるよ。それじゃ』



 最後に小さな溜息を吐くと、野郎の念話が途切れた。



『またあの紙の山と戦うのか。レイドも大変だなぁ』



 ユウが誰とも無しに話す。



『好きで書いている訳じゃないでしょ。仕事でしょ、仕事』


『それは分かるけどさぁ。あたしなら二秒で紙を放り投げてやるね』



 ユウならそうしかねないわね。


 まぁ多分、私もそうすると思うけど……。いや、いっその事炎で焼き尽くす??



『マイちゃん!! 見えて来たよ!!』


『ぬぅ!?』



 今はそんな事はどうでもいい。


 漸くマロパステルのお出ましだ。気合を入れようじゃあないか!!



「誰も見た事の無い新作ですよぉ!! あま――い栗に更に砂糖を足して、パンと合体!!」



 ほうほう!! いいじゃない!!


 指で押せば崩れてしまいそうな糊状の栗色が、カッリカリに焼かれたパンの上に乗っている。


 焼かれた丸いパンの直径は凡そニ十センチちょいといった所か。



「口に含めばあら不思議!! この世に天国が訪れちゃうのさっ!!」



 店主が華麗な包丁捌きでマロパステルを十字に切って四等分、更にそこから斜めに切れ目を入れて八等分へ。



 その一個当たりの値段は……。



「はい、お姉さん!! 一個四百ゴールドだよ!!」



 ふむ、四百ゴールドか。


 ちょっと高いけどまぁ許容範囲だ。



「やったぁ!! 早く食べよ!!」


「うんっ!!」



 その栗ケーキを購入した若い女性二人組が意気揚々と列を離れて行く。



 くそっ。いいなぁ……。


 私も早く幸せを口に運びたいのにぃ!!



 両腕を組んで眉を尖らせ、右足の爪先で地面をパタパタと叩き続けていると。



『マイちゃん。貧乏揺すりは行儀が悪いんだよ??』



 私の気持ちを悪戯に逆撫でするお惚けた声が届きやがった。



『次、口を開いたらテメェの胸をもぎ取って鳥の餌にする』


『これは念話だし、口は開いていないから大丈夫だね!!』


『誰が上手い事を言えと言った!!!!』



 この馬鹿狼めが!!


 これ以上私を怒らすんじゃねぇ!!



『やぁぁああ――!! 取れちゃうって――!!!!』



 腹が立つ成長を続けている大ボケ狼の胸を地面と平行に引っ張り、抓り、総仕上げとして。綺麗な平手打ちを一発ブチかましてやった。



 うむっ!! 良く晴れた空に合う乾いた良い音だ!!



『うぅ……。何で注意しただけこんな目に遭わなきゃいけないの……』



 目に矮小な涙を浮かべて己の胸を抑えている敗者の姿を満足気に眺めていると。



「お待たせ!! お嬢さん達、何個買います??」



 漸く私達の番が回って来やがった!!



『っ!!!!』



 笑顔が眩しい店員へ向かって無言で六本の指を立ててやる。




「六個ですね!! 少々お待ち下さい!!」



 店員が華麗な手捌きで綺麗な三角の形を崩さぬ様、大き目の紙袋の中へマロパステルを静かに水平に入れていく。


 ぐぬぬぅ!! じ、焦らすわねぇ……。


 目の前で焦らされるのは玄人である私でさえも苦痛に感じてしまう。


 も、もう限界に近いのっ!! 早く食べさせて!!



「はい!! どうぞ!! 代金は二千四百ゴールドになります!!」

『っ!!』




 提示された金額の額を颯爽と支払い、二つの紙袋に包まれたマロパステルを奪取すると。


 猛烈な勢いで中央屋台群の外周に併設されているベンチへと向かって行った。




「だぁぁああああ!! 久し振りに見たかと思ったら!! いい加減にしなさいよ――!!」




 毎度お馴染みの交通整理の姉ちゃんのお叱りの声を受け。


 土中で熟睡しているミミズも何事かと驚き慌てふためいて上体を起こしてしまう程の勢いでベンチへと座り紙袋をそっと開けた。



『わ、わ、わぁぁぁぁ……』



 何よ、この香りぃ……。


 甘い香りを嗅いだだけで脳が溶けて耳の穴から零れ落ちちゃうよぉぉ……。



『やっと追いついた!! あたし達の分も入っているんだからゆっくり歩けよな!!』


『ユウちゃんの言う通りだよ!!』


『主に目立つなと言われているだろう』


『卑しいですわねぇ』


『食欲の権化』



 けっ、雑魚共が。チンタラ歩いているあんた達が悪いのさ。



『ほら、あんた達の分』



 慎重に形を崩さぬ様に自分のマロパステルを取り出し、ユウへ紙袋を渡してやった。



『おぉぉ!! こりゃ美味そうだ!!』


『強烈に甘い匂いだな……』



 ふふふ。


 私の目と鼻に狂いは無いのだよ。


 さ、さぁ――……。凱旋記念一発目を食らうとしますか!!!!




『で、では。頂きます……』



 口の中にジャブジャブと湧き続ける生唾をゴキュっと飲み干し。掌大のケーキへ、多大なる期待を込めて噛り付いた。



『どう?? マイちゃん』


『…………だ、駄目』



『『『駄目??』』』



 一堂が声を合わせて私の顔を見つめる。



『う、美味過ぎて言葉に出来ないの』



 前歯でサクッと裁断すると、口の中に甘味の衝撃が走った。


 舌でクニっと押すと糊状の栗がクシュっと崩れて、柔らかさに含まれた粘度のある甘味が舌を喜ばせてくれる。


 そして、鼻から微かに抜けていく栗の香が考える事を停止させてしまう。



 精魂を全て出し尽くして敵を殲滅したと思いきや、更なる力を持った強敵に包囲。絶体絶命の窮地に立たされた舌は右手に持つ武器をポロっと落としてしまった。



 しかし!! 此処で英雄の登場さ!!



 舌が強烈な甘味と凶悪な香りで降参すると……。サクっとしたパン生地が舌に手を伸ばしてまだ降参するなと立たせて励ましてくれる。


 このパン生地の絶妙な苦みが素敵だよぉ……。



 これ以上咀嚼を続けていたら頭が馬鹿になってしまうのではないか?? いっその事、咀嚼を止めようかしら??


 い、いや!! 此処で止めたら絶対後悔する!!



 この幸せな甘さを一生咀嚼していたい。


 マロパステルにはそう思わせる程の力が備えられていた。



『うんめぇ!! マイ!! 大当たりだ!!』


『そうだろう?? そうでしょう?? 参っただろぉぉう?? これが初手の大切さよ』



 参ったわねぇ。


 これなら百個位余裕で食べられそうだわ。



『もいひ――』


 お惚け狼はトロットロに目尻を下げ。


『ふふ、疲れた体に甘味は確かに良いぞ』



 強面狼は頑張って表情を崩すまいとしているが、甘味の力に屈して口角を上げ。



『んっ。美味しいですね』


「「「……」」」



 きゃわいい海竜ちゃんの放つ強烈な笑みが街行く野郎共の足を止めていた。



『これは……。確かに素敵な甘味ですわ』



 あ、蜘蛛はどうでもいいので割愛します。




 一口食べれば心が騒ぎ、二口食べれば意識が不明瞭に。


 この甘味には女性を虜にする変な薬でも入っているのではないかと錯覚させる味に私達は酔いしれていた。



『――――。あれ?? 私のマロパステルは??』



 何気無く口元へ手を運んだが、あの幸せな味が訪れ無い事に驚いてしまう。



 へっ?? 何処かに落としちゃったかしら??



 手の中、太腿の上、足元、更には足の裏。


 何処を探そうとも愛しの姿を捉える事は叶わなかった。




『はぁ?? 今全部食っただろ』


『そ、そんな馬鹿な!?』



 嘘でしょ!?


 記憶に無いんだけど!?



『記憶が飛ぶ。それだけ美味いって事だな』



 な、なんてこった!! 最後の一口は味わって食べようと思ったのにぃ!!


 かくなる上は!!



『ねぇぇええ、ユウぅ――。いつもぉ、優しくしているでしょぉう?? だ、か、らっ。一口頂戴??』



 恥を忍びに忍んで人生でほぼ初となる猫撫で声を放って我が親友の左肩口に右頬を擦り付けた。



 さぁ、これで優しい彼女は憐れな私に一口分譲ってくれる筈さ!!


 だが、悲しい事に人生は自分の思い通りに事が進まないのが世の常。



『駄目だ。あたしもこの味好きだもん』



 ユウが左肩を邪険に動かして私の横顔を突っぱねてしまった。



『えぇ!? い、いいじゃん!! 一口!! 一口分だけぇ!!』


『そこで大人しくお座りしてろ』



 こ、このお化け乳めが!! 偶には私のお強請りに応えなさいよね!!


 こうなったら……。最終手段よ!!



『この栗の甘味が……。いってぇぇ――!! マイ放せ!! 指が取れちまう!!』


『ふぁむ、んむ……。はわぁ。あまぁあぁい』



 ユウの手元のマロパステルを豪快に齧り付いてやった。


 ちょっと指を齧っちゃったけど、うん。


 これ、美味しっ。



『人のケーキを奪って。しかも指に噛みつくって。どんだけだよ』


『ごめんって。ほら、もう一個奢ってあげるからさ』



 軽快に親友の肩を叩き自分の愚行を誤魔化す。


 この甘さがいけないのよ。そう、人を狂わす程の代物なのだ!!



『人の物を奪うとは。そこまで落ちぶれましたか』



 無視!! 無視!!


 聞こえません!!



『あれ?? アオイちゃん、どこ行くの??』


『レイド様に差し入れを購入して宿へ戻りますわ。間もなく夕刻です。これ以上人が増えたら鬱陶しいですので』



 蜘蛛がするりと立ち上がり、そう話す。


 けっ、勝手に何処へでも行っちまえ。そして二度と帰ってくんな。



『アオイ、一緒に行く』


『相伴しよう。ルー達はどうする??』



『私はもうちょっと楽しみたいかな』


『右に同じ』


『食べ尽くしてから帰るわ!!』


『そ、そうか。程々にするのだぞ』



 人混みが苦手の三人衆は口を揃えて姿を消してしまった。



 無粋よねぇ。


 こうして美味しい物が沢山あるのに帰るなんて。


 ま、私達は存分に堪能してから帰りますよ!!


 その為に帰って来たのだから!!




『さぁ、行くわよ!! 私に続けぇぇいっ!!!!』



『マイ、待てって!!』


『置いて行かないでよ!!』



 ここから先は敵味方入り乱れた大乱戦だ!! 私は自分の胃袋と食欲の限界を今日こそ越えて見せる!!!!


 断固たる決意を胸に秘めて、人が蠢き熱気溢れる屋台群へ堂々たる姿勢で向かって行った。




お疲れ様でした。


出来るだけ日常パートは短く纏めて御使いへと向かいますので今暫く彼女達の休日をお楽しみ下さいませ。


いいね、そしてブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!!


間も無く連載開始一年を迎えるのですが……。正直自分でもここまでよく続けられたなぁと考えております。


それは自分だけの力では無くて、読者様達が貴重な時間を割いてこの作品を御覧になられている。そう考えると、連載を続けようと執筆意欲が湧いて来るのです。


まだまだ未熟で稚拙な文章だとは思いますが、温かい目で見守って頂ければ幸いです。



私はこの週末に前話完結を祝して自分への御褒美と題して靴を買いに行く予定です。皆様も良い週末をお過ごし下さいね。



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